Fate/Imagine Breaker   作:小櫻遼我

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そろそろヤバイかも


第六章 伽藍の洞
Spell16[無慈悲なほどに無力 Weak_in_the_girl's_organ.]


9月、25日。

余熱も引いた、秋の真っ盛り。

 

「っちゃりゃあォォ!何だってこんな寒くなってまでプールの授業があんだよぉオラァン!」

 

イリヤの親友の一人、嶽間沢龍子が叫ぶ。

 

場は穂群原学園初等部、プールの女子更衣室。

女子の着替えはこれといってお淑やかな要素は無く、中には男子以上に周囲の女子に手を出す女子もいる。

現実である。

 

「でもなー、高校からはプールないんだろ?着替えもめんどくさいし、その方がいいよなー」

「で、でも暑いし…」

 

森山那奈亀と桂美々が話している。

その中、栗原雀花はじっと龍子を見ていた。

 

「あンだ?」

「なんてかさ…タッツン意外と筋肉あるんだ〜って」

「そりゃあ家が家だからな!んな事言ってお前もいい身体してるじゃねーかー!」

「のわっ、ちょタッツン、やめ…ぁん、そこ、ダメだって、だっははは!」

 

何やら雀花と龍子が身体を触りあっているが、むさくるしくないのだろうか。

そもそも次の時間も授業があるため、急いで着替えねばならないというのに、と美々は一人呆れる。

そんな美々に、那奈亀は愛想笑いで応答する。

 

さて、一方のイリヤだが、あまり気分は良くなかった。

先日……

 

(美遊…どうして、あんな……)

 

それを思い出すと、おちおち着替えもしていられない。

美遊が悪い訳では無い。

実際美遊の方をチラチラ見てみると、クロと話をしていてこちらのことなど気にもしていない。

 

それはそれで良いのだが、イリヤの不安からか、常に何者かに視られているような錯覚を憶えるのだ。

どす黒い、まるで黒化英霊( サーヴァント)のような気配を感じる。

魔力など、ルビーの助力無しに感じ取れるはずもないのに。

 

(気のせい、かな…)

 

と、龍子がいきなりイリヤに抱き着いてきた。

そいつはもう野獣だぞ、と雀花が警告する。

負けじと、イリヤも龍子をくすぐり回した。

 

「……………」

 

美遊は、イリヤを見ていた。

 

気にしないはずがない。

ただ、イリヤに嫌われるのが嫌で、彼女の視線がある間はこちらの視線を外していたのだ。

流石にガン見とまでは行かないが、イリヤの身体からは目を話せなかった。

 

下着だけになった白い肌。

プールの水滴で艶やかに光るそれは、むしゃぶりつきたくなるほど麗しかった。

 

(……駄目…っ)

 

全力で、己を制する。

しかし、視線は依然としてイリヤの身体に向いていた。

 

舐め回すようにイリヤを見つめる。

そのうち周りの障害物も見えなくなり、彼女だけが視界に残る。

この支配感が、美遊にはたまらなく病みつきだった。

 

つう、と。

鼻孔の奥に鉄の匂いを感じた。

 

「………っ!」

 

がた、とロッカーに寄りかかる。

 

「ちょっと美遊、大丈夫…?」

「ごめんクロ、鼻血出た感じがして…プールの水が入ったかな…?」

 

小声の会話ではあったが、美遊は笑って誤魔化す。

最近、勉強にも集中できない。

この欲望を、どこかに葬らなければ。

 

(……気付いてるわよ、アナタがイリヤに夢中なことくらい)

 

だが、美遊の隠れた欲望も、"大人"クロにはお見通しだったようだ。

 

 

 

「でさー当麻のアニキー、美遊のやつその後でホントに鼻血出しちゃってさ!」

「大変だなそりゃあ。待て、塩素で鼻血って出るんだっけ…」

 

帰り道。

連続通り魔の出没で部活は無くなり、上条、士郎、イリヤ、そして那奈亀という珍しい面子で帰路についていた。

 

「なんかホッとしたな、当麻が学校に溶け込めてるみたいで」

「俺を舐めんじゃねぇ!前はコミュ力高校一とまで言われた男だぞ!」

 

どっ、と笑いが起こる。

 

だがそんな中、イリヤは浮かない表情をしていた。

 

「ん…どうした、イリヤ」

「お兄ちゃん…ごめん、ちょっと来て」

 

士郎にだけ話せることなのか、上条と那奈亀を隔離して耳元で話す。

 

「…?どうしたんだアイツ」

「それが最近おかしいんだよなー、美遊と全然関わらなくなったと思ったらあたし達とも疎遠になりつつあるし」

 

美遊絡みか、と上条ははっとする。

ツヴォルフセイバーとの戦いでの、あの美遊。

あれを見れば、今どんな問題が起こっているか考えるまでもなかった。

依存しているのだ。

 

「な…!イリヤ、それは……」

 

士郎の声が路地に響く。

どうやら、話していることは合っていたようだ。

 

だからだろうか、最近美遊はクロとばかり登下校していて、イリヤとの接触も少ない。

意図して隔離しているのだとすれば、かなり大事だ。

それほどまでにイリヤが美遊を嫌悪するならば、彼女はいずれ孤立する。

 

「ごめんごめん、ちょっとイリヤと話しててさ」

「ああ、わかってる…」

 

士郎が笑顔で戻ってくる。

どこか無理矢理な、辛そうな笑顔だった。

 

十字路に着く。

森山家は上条達とは別の方角だ。

 

「イリヤー、兄ちゃん達ー、じゃあなー!」

「最近物騒だから気を付けるんだぞー!」

 

一人去っていく那奈亀の背中に士郎は大声で言う。

那奈亀は手を振って、変わらず細目の笑顔を見せた。

 

「はぁ…にしても、ガランドウもあと五日かぁ」

「早めに決めないとな、桜の予定もわからないし。聞いといてくれよ」

「わかってるって」

 

軽く、本当の兄弟のように言葉を交わす。

しかし、イリヤは落ち込んだままだ。

 

その時。

 

「______?」

 

ずん、と嫌な気配がした。

 

(………アサシン)

(魔力を感じる。だがこのように弱くては何者かも感じ得ぬ)

 

右手のアサシンがそう応える。

確かに、魔術師でないにしろ一般人にもそれなりの魔術回路は備わっていることがあると聞いた。

黒化英霊(サーヴァント)の出現とするのは早計だったか。

 

それに、ここは現実世界。

彼等は鏡面界にのみ現れる存在だ。

話に聞いたアハトアーチャーのようなカードそのものに意思が宿る例外でない限り有り得ないことだった。

 

「当麻?」

「いや……空耳だった」

 

適当に誤魔化し、元の道へ戻る。

 

少女の声のような、助けを乞うような声が聞こえた気がした。

 

 

 

「ただいまー………」

 

上条が控えめに言う。

衛宮邸。

暫くして、廊下の奥から足音が聞こえ始めた。

 

リズだ。

 

「ん、おかえり」

「あれ、リズさん?いつもセラさんかアイリさんなのに」

 

士郎も疑問に思う。

それもそのはず、リズは腐っても帰ってきた我々を迎えるようなたちではない。

いつもソファーに寝転がってスナック菓子をつまんでいるか、よくて椅子に座ってスナック菓子をつまんでいるかだった。

 

それに、今日のリズはどことなく声に伸びがない。

 

「……二人は」

「あー、うん……テレビ、見てるんだけど………」

「テレビ…?」

 

上条はそそくさと靴を脱ぎ、リビングへ向かう。

扉を開けると、ソファーに腰掛けるセラとアイリの姿があった。

 

「ああ二人共、今日はどうしたんで、すか…………」

 

異変に気付いた。

二人が妙に暗い。

アイリはこれまでイリヤですら見たことないような真剣な顔立ちをしており、対してセラは何かに怯えるように身体を震わせている。

 

そして、テレビ。

速報だった。

 

『___繰り返します。速報です。今朝未明、冬木市深山町にて発見された女性の遺体推定二十代は、近日の連続通り魔のような手口で殺害された後、人によって食べられた痕跡があったことが、冬木市警より発表されました。警察は連続通り魔と同一犯として調査を進めると同時に、市民に対し外出を控えるよう警告しています。冬木市の皆さん、これからは一人で、特に夜には外出しないように心がけてください』

 

悪夢のようなニュースだった。

 

学園都市でも、ここまで残酷な事例はなかった。

上条は長期間の戦いの中で、今初めてカニバリズムに接触した。

 

「なんて、残酷な…」

 

その時、ただいま、と威勢よく玄関を開ける声がした。

クロだ。

 

「ママ、ニュース……!」

「ええ、見ているわ。これは……禁忌よ。とても霊長類に許される業じゃない」

 

真面目に語るアイリ。

奇妙な言い回しだったが、正しいのは確かだ。

 

「………はぁ」

 

上条は、ホッと一息吐く。

 

那奈亀のことだった。

この一帯は人通りが少ない。

もし襲われたらと思ったが、あの家の距離なら安心だ。

 

だが、油断してはいけない。

いくら安心できるとは言え、通り魔は直ぐ側に潜んでいる。

いつ誰が犠牲になるか、知れたものではない。

 

「………怖いな」

 

ふと、呟いた。

 

 

 

「ごちそうさまでした」

 

夕食後、上条はソファーに腰掛けテレビをつける。

昼のニュースが嘘のように、テレビでは芸人が観客を笑わせている。

 

「ちょっと、当麻くん」

 

舞弥が声をかける。

あちらから声をかけてくるのは、今となっては珍しかった。

 

「?なんですか、急に」

「予習、忘れないようにね」

 

忠告だろうか。

そういって、テキストを手渡す。

 

「えっと……C…r…パスカル……」

「ちょ先生、これ高二の範囲じゃないですか」

 

士郎が口を挟む。

それもそのはず、上条には何がなんだか。

 

「予習。何事も事前演習は大切なんです」

 

えへん、と胸を張って答える。

偉そうな顔が妙に憎たらしい。

 

「どーしたの、見せてっ」

「わっクロ!」

 

クロが背後から飛びついてきた。

テキストの内容を見ているようだ。

 

「う〜ん……わっかんない!」

「ったり前だろ!」

 

ぺし、とクロの頭を軽く叩く。

ふえぇ、とクロらしからぬ弱々しい声を上げる。

 

「で・も、もうしばらくこのままでいさせて♡」

「ん?お、おう…」

 

上条はページを捲り、公式を探す。

クロはそんな上条にわざとらしく胸を押し当てる。

 

淡々とページを捲る上条だったが、手は汗だくだった。

「当ててんのよ」というやつだろうか。

邪魔にならない大きさの膨らみが上条の背中を癒やす。

ふわふわとした感覚の中に別の感触が_____

 

と思うと、イリヤに殴り飛ばされていた。

 

「顔に出てる!とうまの変態!」

「いでで……なんだよ、殴り飛ばすことないだろ!」

「だって変態だもん、ねぇ?」

「クロ……!いつっ、頭が痛むぞ………」

 

フローリングに頭をぶつけたからか、頭が痛む。

一方、クロとイリヤはセラにげんこつをくらい頭を痛めていた。

 

「よかった、やっとセラさんが味方に………いてっ」

 

ずきん、と痛む。

頭痛が走る。

 

「……?おかしいな………」

 

これは外傷による頭痛なのだろうか。

内側から響くような痛み。

頭というより、脳が直接痛むような悪寒。

 

「いったぁ……ごめんなさい、とうま……とうま?」

 

頭にたんこぶを作ったイリヤが上条の様子を見る。

上条は冷や汗を流し、息を荒げていた。

 

「とうま…?セラ、とうまが……!」

「当麻さん!?全くイリヤさん!いくら彼が変態だからといってもアレはやはりやりすぎでは____」

 

「"違う"」

 

上条が、そういった。

周囲が静まり、テレビの音だけが流れる。

 

空気の読めない笑いだけが、テレビから鳴る。

 

「"痛い"んじゃない、"痛む"んだ。頭をぶつけた痛みはもう引いた……これは内側から…」

 

すると、突然固定電話が鳴り出した。

偶然場所が近かった舞弥が応答する。

 

「はい、衛宮ですが。…はい。私、家庭教師の久宇と申します」

 

この悪寒は何だ。

得体の知れぬ恐怖が上条を襲う。

顔はさーっと青ざめ、病人のように目が眩む。

 

「とうま!大丈夫、とうまっ!」

「イリヤさん、電話中です!とりあえず部屋に…」

 

そんな声も届かない。

届くのはテレビの音。

 

『___ヒョウは黒い、丸の中〜、が、空いて……ますやんか』

『___いや周知の事実みたいに言うぅ!?』

 

どっ、と笑いが起こる。

笑いが………

嗤いが………

 

『___っだぁもうええわ、()()()()()

 

「ッ!」

 

その言葉で上条は目を覚ました。

気付いたら家族全員の視線が電話に出ている舞弥に向いている。

 

「那奈亀ちゃんはうちには来ていませんが……そちらに帰っていないのであれば他の子のお宅にも聞いてみたほうが…」

「駄目だ」

 

上条は思い切って言った。

受話器の向こうにも、あえて聞こえるように。

無意識に大きな声で、言った。

 

「那奈亀ちゃんとは一緒に帰ってきた。コンビニのひとブロック前の十字路で別れた」

「当麻くん、それ………」

 

すると、右手のアサシンが何かを伝えた。

その瞬間、上条は涙袋が決壊しそうになった。

 

(晩鐘の音が響く。その少女、永くはあるまい)

 

「………イリヤ、来るな」

「とうま!?」

 

上条は靴も履かずに飛び出た。

 

「そんな……那奈亀…!」

「待ちなさいイリヤ、一人じゃ……!」

 

暫くして、イリヤも裸足で駆け出した。

クロはそれを追い、靴を履いてから家を出る。

 

「俺、一成にも聞いてみます」

 

士郎は連絡用の携帯を取りに部屋へ走った。

 

「ああ、そんな…奥様、どうしましょう!」

「最悪よ……当麻くんがあんな言い方だったら、もうどうしようもないじゃない」

 

アイリは顔を覆い、涙ながらに言う。

それを聞いて、セラは舞弥にひと声かけて受話器を奪い取った。

 

一方舞弥は全てを察した。

 

 

 

見違えるほどの雨だった。

地面は生暖かく、水溜りを踏みつけた水滴がズボンの裾に跳ねる。

 

そんな些細なことは、上条の眼中になかった。

人命がかかっているのだ。

 

どん、と。

人にぶつかる。

 

「つつ……オマエ、三下!」

 

買い物帰りの一方通行(アクセラレータ)だった。

傘は投げ出され、ビニール袋から品物が見えている。

ブラックの缶コーヒーと、何かの雑誌だった。

 

「おいオマエ………濡れたじゃねェかどォしてくれンだ、あァ!!?」

「駄目だ……駄目だ、そんなの……!」

 

上条はそれすらも気にせずに走り出した。

 

「あっ、オイ……」

 

流石の一方通行(アクセラレータ)も急すぎて対応しきれない。

ただ、缶コーヒーを拾うだけだった

 

「……暖けェ」

 

「はっ、はっ、はっ………」

 

上条は首をせわしなく動かしながら走る。

どこかで那奈亀が縮こまっているのではないか。

どこの家から出てくるのではないか。

そんな無意味な希望を抱いたところで、彼に何かできるわけではなかった。

 

(契約者、落ち着け。息を吸わねば、見えるものも見えまいに)

「うるせぇ!はやくしないと…那奈亀ちゃんが……!!」

 

アサシンは黙る。

彼を、そして彼女を知ったうえで何も言わなかった。

 

角を曲がる。

もはやどこなのかもわからない。

 

どこなのかもわからないが、見覚えのない竹林があった。

 

(馬鹿な…このようなもの、冬木にはない…)

「そこに……そこにいるのか!」

 

上条は後先考えず突っ走る。

いつ襲われてもおかしくないこの状況で、たった1つの小さな命のために走る。

 

狭く、暗い竹林。

一本だけ引かれた舗装路を走る。

舗装と言っても道として整理されているだけで、地面は砂利だった。

アスファルトと砂利を裸足で駆けたせいで、足の裏は血塗れだった。

 

「どこだ……どこにいるんだ…!!」

 

幸い、アサシンの力は幻想召喚(インヴァイト)を行使せずとも使える。

視力を最大限まで強化し、竹の隙間という隙間を捜す。

 

「………いた」

 

僅かな隙間だが、確かに見えた。

横たわった彼女のものであろう、桃色の髪が。

 

「ああ、待ってろ……今…!」

 

上条は柵を越え、もはや道ですらない場所を進む。

顔に虫が激突する。

だが、そんなことはどうでもいい。

彼女を救うことができれば、彼はそれでよかった。

 

竹を掻い潜り、筍を踏み潰し、自然を殺し進む。

これだけの自然破壊で人の命が救えるなら。

俺は、世界を更地にしよう。

そう考えるほどだった。

 

竹を越え、少女を見る。

横たわった後頭部だけだったが、間違いなく森山那奈亀のものだった。

 

「ああ、よかった……ああ…!」

 

ふらふらになりながらも那奈亀に近付く。

 

ぐちゃり。

 

「………………………え?」

 

ばちっ、ぐちっ。

びちゃり、ぶちん。

べき、べき。

 

「な、那奈亀ちゃん…?何して…」

 

否、森山那奈亀のものではない。

石のように固まった彼女は、赤い池の中にいた。

 

「________」

 

まるでディナーだった。

 

手の上には脂の乗った肉が握られ、もう片方の手には柔らかいソーセージ。

口にはキモを加えたままの、行儀の悪い客だった。

赤い生き血スープを、ごくりと一飲。

まるで獣のように、客は食事に貪りつく。

 

金の髪が、揺れる。

客はこちらを見て、美しく微笑む。

口紅の塗られた唇が、これ以上ないほどにセクシーだった。

 

ただし、傍らにサバイバルナイフを突き立てて見せる、血の口紅だったが。

 

(あやつ…………アサシンの黒化英霊(サーヴァント)か?魔力を感じる、昼のも奴であろう。心せよ契約者………契約者)

 

アサシンが右手から呼びかける。

 

「あ…………なな、き、ちゃ………」

 

ぼそぼそと呟く。

意識もせずに、涙が流れる。

だが、雨に揉まれ誰も涙に気付かない。

 

真実を受け入れよ、上条当麻。

アレはドライツェンのアサシン。

アレは連続通り魔。

アレが食べているのは内臓。

森山那奈亀の血肉。

 

森山那奈亀は死んだ。

 

「_____ぁぁぁぁっぁあああああああああああア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"!!!」

 

上条は叫んだ。

己の喉の限界など考えずに叫んだ。

近所迷惑など考えずに叫んだ。

 

叫びたかったから叫んだ。

それだけだ。

 

「殺す」

 

上条は駆け出した。

武器も持たずに、死体へ向かって駆け出した。

 

(契約者、待て!奴は並の者ではない、無策で挑めば飲まれかねん!)

「黙れえええええええェェェェえェェェエェェえ!!!」

 

その時、上条の腕が変質した。

 

竜でもない、幻想召喚(インヴァイト)でもない。

異形の鎧のような、悍ましい右手へと変質した。

 

(契約者、汝は…)

 

おもむろに、拳を振った。

ドライツェンアサシンはそれを面白みもなく躱す。

躱しざまにナイフを持ち去ったため、奴も戦える。

 

「てめぇ……そんなに死にてぇか…!!」

「………」

 

くすくす、と嗤う。

 

よく見れば、奇妙な格好をしていた。

紫色の着物の上から赤い革ジャンを羽織い、金のセミロングの隙間からは目ではなく包帯が覗く。

そして、ブーツ。

 

これまで以上に異様で、現代的だった。

 

だが、上条には見えていなかった。

 

「死ね!!」

 

拳を放つ。

またもや躱される。

 

「死ね!!」

 

殴る。

 

「死ね!!」

 

蹴る。

 

「死んじまえ!!!」

 

飛びかかる。

 

どれも、容易く躱される。

相手は一度も攻撃していないのに、上条は疲弊していた。

 

今なら、あの時の美遊の心境がわかる気がする。

大切な人を失う恐怖、そして狂気。

守るべき人を守れなかった自分に対する怒り、そして贖罪。

いずれ、刃は自身にまで向くかもしれない。

 

それでも、いい。

上条は、この欲を満たしたかった。

 

「てめぇが殺したんだな!!この子を、未来ある女の子を!!最低だよ、俺も、てめぇも!!!」

 

怒りに任せ、上条は暴れる。

そこにかつての面影はなく、後悔、そして憤怒だけがあった。

 

ざくん、と。

ドライツェンアサシンのサバイバルナイフが、右掌に突き刺さった。

 

「が、ぁ………!!」

 

ドライツェンアサシンは口角を上げる。

愉悦に浸り、上条の無惨を舐め回すように見る。

 

だが、怒りは収まらぬ。

 

「」

 

もはや言葉にすらならない。

上条は怒り狂い、叫び、血を流し、戦う。

いや、これはもはや戦いではない。一方的な暴力だ。

その暴力が成就されるとは限らないが。

 

上条は、突き刺さったナイフを右手を握る形で解いた。

右手は縦に大きく割れたが、気色悪く再生する。

 

「グ、ううぅ…!」

 

その時だった。

痛みに悶た一瞬を、ドライツェンアサシンは拳で突いた。

 

上条の鳩尾に当たった拳は、上条の巨躯を吹き飛ばした。

口から唾液と血が噴き出る。

 

「ごほ、ごほ……てめ____」

 

視線を上げると、そこには誰もいなかった。

ドライツェンアサシンは逃亡し、残ったのは那奈亀の死体だけ。

 

「………ああ、そうか。俺は」

 

そっと亡骸を抱える。

いつも閉じたかのような彼女の細目。

それが、薄く開いていた。

生気の失われた瞳孔が、上条の心に杭を打ち付けた。

 

「……ぐっ、あぁ…」

 

声を上げた。

男は泣くな、と大人は言う。

それは不可能だ。

 

何せ、上条当麻は限りなく弱者なのだから。

 

「いた…とうま!那奈亀、は………」

 

上条に追いついたイリヤも、その惨状を目にして膝をつく。

顔を覆うが、もはや涙もわからない。

 

「いや……いやだよ、そんな…あああぁああああああああああぁぁああぁぁっ!!!」

「イリヤ…」

 

後から来たクロも、イリヤに同情する。

だが、涙は流さない。

だって、クロは"大人"なのだから。

 

「………なぁ、アサシン」

(何用か)

「俺は…この右手は…人を殺す右手なのか……?」

 

上条は、亡骸を抱きながらアサシンに問う。

アサシンはそれに答えを返す。

 

ひどく曖昧な答えを。

 

(我にはわからぬ。だが契約者よ、汝がそう信じるのであれば……きっと、そうなのだろう)




(こんな雰囲気で書ける後書きなんて)ないです
ただひとつ、申し訳ございませんでした

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