葬儀は三日後に執り行われた。
上条は斎場を遠くから眺めているだけだった。
土砂降りの雨の中、上条のツンツン頭はペタンと潰れてしまっている。
空が泣いているような大雨。
雨の打つ音の他に、啜り泣く声が聞こえた気がした。
この距離で聞こえるはずもないが、上条の神経が過敏になっているのかもしれない。
もはや上条は自身のことが嫌になった。
ここに居ることも烏滸がましいと思い、雨天の中その姿を消した。
さようなら、と、元気の無い声が教室に響く。
イリヤ達のクラスには森山那奈亀が在籍していた。
それもあって、他のクラスよりも生徒への精神的ダメージが大きかった。
「イリヤ、今日は……ごめんな。先、帰るよ」
雀花はイリヤに帰宅を誘うが、イリヤの様子を察し、先に下校する。
イリヤはあの日からずっとこの調子だった。
数少ない親友を亡くし、まだ暖かい遺体を間近に捉えた彼女の負担は、グループの中で最も大きかった。
集団下校が義務付けられた現在、下校時は身内の人間を校門で待たせるスタイルになっていた。
「ねぇ、イリヤちゃん、ちょっといいかしら」
そんなイリヤは、担任の藤村大河から面談を称して呼び出された。
フロアの空き部屋で積まれていた机と椅子を二つならべ、対面して座る。
ずっと暗い表情のイリヤを、大河は不安げに見つめる。
「あのね、イリヤちゃん…無理に笑顔でいろ、とは言わないのだけど……よければ、私にも話を聞かせてくれないかしら。共有すれば、少しは楽になるかもしれないわよ?」
「……………」
イリヤは思った。
人に話しただけで気持ちが安らぐわけがない。
イリヤは大河を尊敬ていたが、所詮は教師という先入観で行動しているのだと。
話を聞けばいい教師でいられるとでも思っているのだろう。
だが、生徒のことは生徒にしか分からない。
イリヤは、話しただけで楽になるとは思わなかった。
「ごめんなさい。呼び出してもらって悪いんですけど、嫌です。あんなこと、思い出しただけでも涙が出てくるのに、それを話せだなんて……っ」
イリヤは涙を流す。
人の死などとは直面したことが無かった故に、あの出来事は大きすぎたのだ。
それを見て、大河はイリヤを優しく抱きしめた。
「うん、ごめんね。ごめんなさい…先生分かってなかった。そうだよね……話したくないよね…」
「……っ、うぅ……」
イリヤはしばらくの間大河に抱きつき泣いていた。
彼女を抱きしめる大河も、自然と涙を流す。
これほどの大きな傷、容易には治らない。
森山那奈亀の死は、それ程大きなものを残したのだった。
一方、クラスメイトと別れた士郎は、一人病院に赴いた。
森山那奈亀の姉、奈菜巳が入院している。
彼女は妹の死に耐え切れず気を病み、病院に入院せざるを得ない状態にまでなってしまったという。
友人として、彼女の見舞いに行ってやらねばと思ったのだ。
「奈菜巳?入るぞ…」
病室の扉を開けると、そこにはベッドに横たわる奈菜巳の姿があった。
士郎の知る奈菜巳とは違う、見るにも耐えない姿だった。
細い目は吊り下がり、頬は痩せこけ、細目の下にもクマが浮かび上がっていた。
「ごめんなさい。入って」
士郎は申し訳なさそうに部屋に入り、椅子をベッドの横につけ座る。
「…その…大丈夫か?具合とか…」
「うん。落ち着いたけど…まだ食欲は戻らないの」
そっか、とだけ言って士郎は黙り込んだ。
コップに口をつけ水を飲む奈菜巳。
ぷっくりと膨れて艶やかだった唇は、いくら水を含もうと活気を取り戻さない。
彼女の心の内を表しているようでもあった。
ここで、士郎が話を切り出す。
「あのさ………妹さんのことは、残念だった。酷いよな、あんなの。絶対に許せないよ」
「…あなたは、本当に正義感が強いのね」
微笑む奈菜巳に、そんな、と謙遜する。
しかし、士郎は奇妙なことに気づいた。
細くてもわかる、目が笑っていない。
「それに、とっても鈍感」
「鈍感……?」
空気が一変する。
吊り上がっていた奈菜巳の口元も、唇を噛み締め震えている。
「そんなことを言う為に来たのね。私が一番辛く気にしてることを」
「いや…ごめん、そんなつもりは……」
「じゃあ何で来たのよ!」
ガン、とコップを机に叩きつける。
跳ね上がった水が、机に散らばる。
士郎は発言を後悔した。
初めて見た、奈菜巳が目を見開いた表情。
逆鱗に触れ、あろうことかそれを叩き割ってしまったのだ。
「どうせあなたもマスコミの人達と同じよ!みんなして私の傷を開いて、何が楽しいの!?他人だからって、人の妹の死をネタにして!」
「そんな……」
マスゴミ、という言葉は士郎も聞いたことがある。
人にとって都合の悪いことばかりを取材したり、相手を邪魔して取材するような連中のことだ。
奈菜巳の訴えを聞いた時、真っ先にその言葉が思い浮かんだ。
そうか。
自分も奴等と同類だったのか。
正義の味方が聞いて呆れる。
「…そんなつもりはなかったんだ。俺はただ──」
「もういい、何も聞きたくない、もう誰にも…出てってよ!」
奈菜巳は感情に身を任せて、コップを士郎に投げつけてしまった。
森山姉妹特有の怪力で投げられたコップは、士郎の
あと少しズレていれば、破片が眼球に刺さっていたことだろう。
「…………ッ!」
痛みはあったが、士郎は声ひとつ上げなかった。
何か余計なことを言って、彼女を傷つけてしまうことを恐れたからだ。
「あ……あぁ…………いやあああああああ!!あああああああああああああああっ!!!ううっ、うううぅぅぅぅぅぅ!!!」
奈菜巳は自分のしたことを再認した途端に叫び出した。
気を病んでいる、という、意味がやっとわかった。
すると、怒号を聞いて駆けつけたのか、扉を開けて看護婦達が流れ込んできた。
士郎を退けるようにしめ奈菜巳の周りに集う。
「森山さん、大丈夫ですよ、ゆーっくり深呼吸をして落ち着いてください…」
「ふっ、ふっ、ふっ、ふっ、ひっ、はぁ、はぁ、はぁ……ぅぅぅぅぅ…!」
落ち着いたようには見えるが、ベッドの上にうずくまって泣いているのがわかる。
士郎は罪悪感に駆られた。
「すみません、お見舞いに来てくれた中申し訳ありませんが、少しお話をよろしいですか」
「あ、はい、すいません…」
「では、こちらへ」
士郎は看護婦に連れられ、病室を後にする。
泣き崩れる奈菜巳を、士郎は生き別れる兄妹のような悲しい目で見つめていた。
「貴重なお時間をありがとうございます」
「いえ…それで、話というのは」
「森山さんの容態についてです」
ああ、と士郎は俯いた。
未だに彼女への申し訳なさが頭の中で蠢いている。
「現在、彼女は一種の
「そう、ですか…」
思ったより事態は深刻なようだった。
気を病んでいるとだけ聞いていて、こんなことになっているとは思いもよらなかった。
だが冷静になって考えてみれば、妹を失ったのだから当然といえば当然だろう。
「……森山さんとは仲がよろしいのですか?」
「…?はい、風邪の見舞いに行くくらいは」
「そうですか、よかった。よろしければ、携帯電話の番号を教えていただけますか?」
突然の問いに戸惑いながらも携帯電話の番号を教える。
相手は医療者なのだし、別に怪しいことに利用されるということはないだろう。
「あの状態ですと、暫く面会謝絶も辞せません。何か変わった様子があれば、こちらからお電話いたします。気になるようであればいつでもこちらを訪れていただいて構いません。少々大袈裟かもしれませんが、衛宮士郎さん…でしたか。今の森山さんには拠り所が必要でしょうし、彼女を心配する気持ちは衛宮さんも同じはずです」
「そうですね…ありがとうございます。また来ます」
親切にさせてもらって悪いが、今はここにいるべきではない。
そう悟った士郎は、ただ一言告げて病院を後にした。
「よお、衛宮」
「美綴…」
正門前にいたのは、部活仲間の美綴綾子だった。
彼女も、奈菜巳と交流があったのだろうか。
「って、おい!どうしたんだ、そのガーゼ…」
「ああ、ちょっとな。コップ投げられちまって」
「まーた何か言ったんじゃなかろうな、この朴念仁。…だとしてもこの大怪我か。見舞いはやめとくかな」
「ああ。暫く面会謝絶みたいだ」
そっか、と缶コーヒーを口に含む。
その顔はいつもの美綴らしくなく、とても暗い表情だった。
「……すっかり変わっちゃったな、この辺も」
「ああ、そうだな」
少し前までは殺人事件なんて縁がない街だったのに。
それが今では未成年が犠牲になる連続殺人にすっかり埋もれてしまっていた。
正義の味方を是とする士郎にとって最も居心地が悪くなってしまったのだ。
「………なあ衛宮、あいつ」
美綴に呼ばれ、指差された方を見る。
そこには一人の女性が、奇妙な風貌で立っていた。紫の着物の上に赤いジャンパーを羽織り、金色の髪の下で包帯が両目を覆っている。
そして、その口角は大きく歪んでいた。
「なんなんだ…あいつ?」
「知らないし、気味悪い。面会もできないし、もう行こうぜ」
イカれたコスプレイヤーとでも捉えたのか、軽い反応で流し、振り返ってその場から去ろうとした。
士郎は後をついていく前に、ちらりと病院を見る。
彼女の病室はカーテンで締め切られ、傷がどれだけ深かったかが窺える。
今日は士郎が夕食の当番だったが、今晩は喉を通る気がしなった。
「……帰るか」
ふぅ、と一息つき、足を進める。
その時、しゃきん、と嫌な音が聞こえた。
「……っ」
士郎は微かに震えながら振り向く。
怪しいのは先程の女。
あれはコスプレイヤーなどでは決してない。
その手には、細身のバタフライナイフが握られていた。
そして女は小さく腕を振り上げる。
視線は士郎を掠め───
「──美綴ッ!!」
咄嗟に飛び出た。
「わっ、びっくりしたなぁえみ───?」
名を呼びかけた瞬間、美綴の服に血が跳ねた。
何かの返り血、目の前には美綴を庇う士郎。
掌には、ナイフが突き刺さっていた。
「が、あ────!」
「衛宮っ!!」
今まで感じたことの無い痛みに悶える。
だが、士郎の正義感が跪くことを許さなかった。
奈菜巳を救えなかったからこそ、仇をとる。
「この、殺人鬼が───っ!?」
ナイフを引き抜き交戦状態で振り向くと、すぐ目の前まで迫っていた。
殺人鬼は取り出したサバイバルナイフを大きく振りかざす。
「ぐっ…!」
鍛錬された反射神経でナイフを防ぐが、女としては異様な膂力で士郎を叩き潰す。
地面に倒れた士郎は乱暴にナイフを振り回す。
「逃げろ、美綴!!」
美綴は怯えた様子で院内に逃げ込む。
「これで二人きりだ、殺人鬼!」
『h、222……』
威勢よく挑発する士郎だが、その歯は小刻みに音を鳴らす。
真の恐怖と相対したことのない士郎は、格好の獲物だった。
「おおおおっ!」
士郎はナイフを振る。
だがその動きに規則性はなく、力任せ。
素人の剣戟を防げぬほど、殺人鬼は甘くはない。
殺人鬼は防ぐまでもなく、首を傾げるような小さな動作で躱し切る。
その口は未だに笑い、士郎を嘲笑する。
「この、野郎ォッ…!」
士郎は刺された手を握り力ないパンチを繰り出す。
剣戟の中の一瞬の隙だったため反応しにくかったのか、殺人鬼はバク転するように飛び退いた。
士郎は考え無しにナイフを投げる。
あの動きの後なら避けるスタミナは残っていまい。
しかし、殺人鬼はそれを避ける様子すら見せず、指でカードを引くように刃を掴み取った。
「な───」
士郎は尻餅をつく。
規格外の相手に死を覚悟する。
覚悟するといっても、死を意識しただけであり、その震えに覚悟など断片すら見られなかった。
ゆっくり、近づいてくる。
殺人鬼は座り込んだ士郎にナイフを逆手で持ち、その切っ先を向ける。
ぺろり、と舐めずった舌が、異様にも妖しく見えた。
(やっぱり、無茶だったか……)
士郎は目を瞑る。
いっそこのまま眠ってから殺して欲しいと思った。
だが次に五感が感知したのは、鋼鉄がぶつかる音だった。
「───!?お前………」
轟、と空気を裂くような反響と共に、力負けした殺人鬼が弾き飛ばされる。
目の前に現れたのは黒い大剣。
血で錆びたようにも見えるその剣は、殺しに特化たようで、しかしその使用者は信じ難いものだった。
同居人の上条当麻であった。
「当麻!?どうして………」
「逃げろ!」
状況を理解できないようだが、上条らしくない剣幕に圧され、院内へ避難していった。
幸いここは総合病院、手の傷の処置も行えよう。
「こんな昼間にご苦労なこったな……ドライツェン」
殺人鬼───ドライツェンアサシンの顔から余裕が消える。
あの夜は動揺していたからなのか、今回は精度が桁違いだった。
(契約者よ、此度は荒れるでない。以下に日中であろうと、彼奴のような狂気は抑えを知らぬ)
「ああ、わかってる」
ドライツェンアサシンは獣のように構え、四足のバネを用いて大きく跳んだ。
上条は冷静に、怒りを忘れ、ドライツェンアサシンの動きを読む。
「………ここだ!」
こちらに向けたナイフを、上条は大剣の側面で上へ弾く。
振り上がった大剣は前方に円を描くようにドライツェンアサシンの横っ腹を狙う。
だがアサシンの名の通り、身軽なドライツェンアサシンは大剣を体操の鞍馬のように側転し、地面に足を着く直前に上条の横っ腹を蹴る。
「がふっ」
上条は大剣で反撃するが、ドライツェンアサシンはナイフ一本で衝撃を抑え込む。
きりきり、と刃が擦れる。
それとも力んだ上条の歯軋りだろうか。
「ぐ、うううっ……」
圧されている。
相手が
ドライツェンアサシンは鈍く微笑む。
だが、同じく上条も笑った。
「ちゃんと仕舞っとけよ、馬鹿野郎っ!」
鍔迫り合いの最中、ドライツェンアサシンの懐からバタフライナイフをスリ取っていたのだ。
手首のスナップで出した刃で顔を狙う。
『────ッ!』
顔面に痛覚を感じ、咄嗟にドライツェンアサシンは飛び退く。
顔を抑え、俯いている。
手の隙間からは包帯が垂れ、どうやら包帯が切れてしまったようだ。
「そら見たか!ちゃんと目を見て戦いやがれ!」
(いかぬ、奴は未だ未知数だ、挑発するな!)
アサシンの訴えも叶わず、上条は挑発を飛ばす。
やはり、未だに冷静になりきれていないのだろうか。
その挑発に答えるように、ドライツェンアサシンは顔を上げる。
包帯は落ち、凛とした顔は瞳を閉じている。
所業を知りさえしなければ、男女問わず誰もが誘惑される貌であった。
瞼を開ける。
瞳が覗く。
その瞬間、上条にこれ以上ない悪寒が走った。
「─────ッ!?」
身体が緊張で硬直し、ドライツェンアサシンの瞳を凝視してしまう。
赤と青の螺旋を描く瞳孔。
それは美しく、また恐ろしい。
「何だ、あれ……この、威圧感は……」
(否、只の威圧ではない。汝は死を恐れている。そして、あの瞳孔の螺旋……魔眼の類か)
「来る!」
ドライツェンアサシンは駆け出した。
上条は大剣を構え、ナイフを相殺するように振りかざす。
だが、直前でナイフの軌道がずれた。
曲線を描く様に斬る。
危うくも上条は大剣で防いだが、明らかに攻撃が変わっていた。
その軌道は、首、左胸、手首を一閃にするように滑らかだった。
(急所を連続して…剣の刃も欠けている……)
「なんだそれ、クリティカル確定かよ!」
(似たようなものであろうな。恐らく、奴にはモノの死が視えている。直死の魔眼、といったところか)
「それは…………!」
上条は言葉に詰まる。
この恐怖と姑息を、如何にして形容するか思い浮かばなかったのだ。
その時、何を思ったのかドライツェンアサシンはナイフを納めた。
自身の業が露見し、同時に弱点を見破られ不利になったと判断たのだろう。
聖杯戦争における基本とも合致する。
そこから考えるに、ドライツェンアサシンは相当頭のキレる
「くそっ、待て!」
(深追いするでない。剣の耐久のみならず、あの魔眼の前では汝の首も危うかろう)
「けど……!!」
アイツは、那奈亀を殺した。
裂き、抉り、喰らった。
上条は結局のところ、怒りに呑まれていたのだ。
そして、ドライツェンアサシンを見逃すしかできなかった。
(決戦は消耗している今夜がよかろう。魔力というのは、人の疲労と違い自然回復し難い)
「……………ッ」
きりきりと、歯軋りした。
桜は目を覚ました。
古倉庫だろうか、天井は錆付き、プレハブのような素材で壁、屋根と覆われている。
「ん………これって……」
この感覚には覚えがある。
桜は仰向けに寝転がり、頭の上で両手が拘束されていた。
足も妙に力がなく、藻掻く程度しかできない。
「うぅ……これ、外れ…………はっ!?」
枷に気を取られている間に、女が自分に跨っていた。
和装にジャンパー、金色の髪が美しく靡き、赤と青が混ざった瞳が桜の視線を引き込む。
「………ああ、綺麗」
桜は不覚にもときめいてしまった。
愛を知らぬ身が、その女の肢体に欲情したのだ。
『ん……れぇっ…』
「ひっ」
突然、女が首筋を舐めた。
ざらつきのない綺麗な舌が、頸動脈を撫でる。
女は、舌をどんどん下半身へ向かって降下させていく。
「やっ、やめ……ぁん」
服の上から、豊満に実った桜の胸に食いついた。
赤子のように吸い上げ、口の中で舐め回す。
意図も知れぬ行いだが、桜は知らぬ間に快楽していた。
「だめ、こんな………っ、ふう…」
呑み込む快楽に怯えながらも、止めはしなかった。
力がないのもあったが、どこかで桜は受け入れていた。
舌が、太腿を伝う。
「は……あ、んっ……んうぅ」
息が熱い。
顔も火照り、身体が疼く。
もはや桜の顔に嫌がる様子は無く、自ら行為に及んでいるような錯覚に陥った。
膝上まで来たところで、女は舌を離した。
桜は惜しそうに舌を出している。
「いや、やめて…そんな……生殺しだなんて………っ」
女は髪を耳に寄せると、桜の頬に触れ、ゆっくりと唇を合わせた。
「んぷっ」
突然の出来事に一瞬戸惑うが、直ぐに舌を動かし始めた。
女の口の中はどこか甘く、まるで一粒の飴玉を舐めているようだ。
「ん……っ、んう……」
『ふ…………っ』
「っん───!?」
すると、唐突に女が桜の舌に噛み付いた。
がり、と肉が削れる音が口内に響き、鉄っぽい味覚を感じる。
「んんーっ、んっ、んんんんんっ!!」
枷に繋がれた手が、かたかたと音を立てる。
ちゅうちゅうと、舌から血を吸う。
それですら、桜は心地よく感じた。
女が口を離す。
唇から垂れた血が、桜の頬に落ちる。
「はぁ……はぁ………っ」
血を吸われすぎたのか、意識が遠退く。
瞼が重く、力は抜け、声も薄れていく。
最後の瞬間、母性に溢れる顔で女は微笑んだ。
「──────」
気づくと、自室のベッドに横たわっていた。
舌に痛みはない。
鮮明な夢だ。
痛みと快感が、まだ身体に残っている。
「っ、あ…あぁ……いや……しらない、こんなの………」
顔は熱いままだ。
風邪の夢だったのだろうか。
だが、その不穏な雰囲気が、震えが止まらない。
「たすけて…ここからだして……先輩……当麻くん………」
桜は布団に包まり、啜り泣く。
誰にも聞こえないように、独り占めするように、助けを待つのだ。
一人の少年が、視ていた。
間桐邸の傍、電柱の上に座る小学生ほどの黒衣の少年、そしてその手には宝石の埋め込まれた杖があった。
「むむ……よもや、そこまで…」
杖が言う。
それに、少年は笑って返す。
「どうしたの、オニキス。昂ってる女子高生が観れて眼福?」
「いえ。ただ当方は…彼女を警戒しているのです」
そっか、と言い少年はそっぽを向き考える。
上条当麻と間桐桜、どちらもこの世界では異質な在り方。
考えるだけでも、鳥肌が立つ。
「如何なさいますか。主は、あれを抑え得ると?」
「うん。たかが女、内に何を秘めてようと遅れはとらないさ」
ころころと口調を変え、少年が言う。
「それに俺には……」
少年は一枚のカードを取り出す。
弓兵の姿が記されたそのカードは、どこか輝いて見えた。
「……特別な智慧がある」
「流石、お見逸れ致しました。我が主……
……キリト・エインズワース様」
やられてしまいました
まさかこんなに遅れるとは思わなかったんでね
次回もお願いします