夜も更けた。
そして、今回は特別な理由がある。
多くの無辜の、そして小さな命を奪った獣。
その無念を晴らさねばならない。
同時にこの戦いが、
日付変わり頃だろうか。
あのような事件の起きる時世だ、通りに出ても車の一台すら走っていない。
人払いはかけていない。
孤独の為に生まれた魔術、それを超える静寂だ。
小道を往くイリヤは、隣の上条に目をやる。
瞳に光こそあるものの、その表情は虚ろで、あの一件からはずっとこの調子だった。
士郎にも、舞弥にも振り向かない。
当然、イリヤにも。
上条とは別件で、美遊も触れ難かった。
イリヤに対し性的感情を抱いていると知ったあの日から、互いに避け合っている。
美遊も美遊で、イリヤの純潔を汚してはならないと自制しているのだろうか。
それもあって、今回美遊は自宅待機だ。
その面倒を見るため凛とルヴィアも休み。
今回のメンバーは上条、イリヤ、クロ。
そして……
「そろそろ目的地周辺ですね……にしても、そのような事情があったとは。シフトを入れていなくて良かったです」
バゼット・フラガ・マクレミッツ。
ルーン魔術とマーシャルアーツの使い手。
味方ではあるもののかつての敵、不安は残る。
「とうま、あの……」
「わかってる。わかってるさ」
感情のない声で上条は返事をする。
その視線はイリヤには向かず、唯一の目標を定めていた。
「倒すだなんて生易しい。アイツは絶対に殺す」
そんな上条に、イリヤは恐れすら抱いていた。
「着きました。ここです」
「ここにアイツがいる…だって?」
たどり着いたのは小綺麗な美術館。
まだ平和だったあの日、士郎と桜の三人で行く約束をしたガランドウの抜け殻展…その会場だった。
「なんでここに……」
「今までの傾向を見るに、発生場所は無作為です。何があっても単なる偶然に過ぎませんよ」
ああ、奴はまた平和を奪おうというのか。
拠り所が失われていく。
自分たちの過ちで、世界が狂っていってしまう。
上条の憤りは増す一方だった。
美術館に入ってすぐ、バゼットは異変に気づく。
「下がって」
突き進む上条を静止し、ぎょろぎょろと辺りに目を配る。
ルーンが刻まれた手袋で壁に触れると、沸きたてのやかんにでも触れたかのように手を引き戻した。
「きな臭いですねぇ〜〜」
「これは…ルーンではない……幻術か?」
ルビーもバゼットに呼応して辺りを飛び回る。
上条はもしやと思い、壁に触れてみる。
………違和感は感じない。
この"建物"には、何の魔術も施されていない。
「おい、どうなってんだよ! さっき幻術がどうとか……」
「ええ、確かに感じましたが貴方の右手が反応しないとなると話は変わります。建物ではない…空間そのものに対する概念付与か、私達への擬似催眠…或いは……"ここ"ではない?」
バゼットが考えを巡らせていると、足元に何かが転がってきた。
缶コーヒー程の大きさの筒で、所々に穴ぼこが空いている。
何がピンのようなものが引き抜かれて……
「……
どばっと冷や汗を流したバゼットが缶を蹴り飛ばす。
だが僅かに遅く、缶は蹴り上がった瞬間に爆ぜ、四人の視界を真っ白に覆い隠した。
「あっ、目、痛…っ!」
「まだ若いのに、目がおかしくなるじゃない…!」
あまりもの閃光に、刺すような痛みが眼球を襲う。
四人ともとても目を開けていられない。
その隙に、
「…まずいっ!」
バゼットの声。
直後、鋼鉄が叩き合う音が響いた。
きりきりと擦れ合い、つんざくような金属音が鼓膜を刺激する。
「三人とも、警戒を! ドライツェンで……ぐぅっ!」
「んなこと言われたって…!」
まだ視界がぼやけている。
僅かに見えたのは、部屋の中を飛び回る人影。
見覚えのある身のこなし、型。
「ッ……バゼットォォ!!」
僅かな視界の中で、上条は人影目掛けて殴りかかる。
人影は焦点の合わないふらふらとした拳をいなすと、そのまま腕を掴み放り投げた。
「ごふっ」
壁に激突した。
頭を打ったからか、視界がぐるぐると歪む。
だがそのお陰か、フラッシュバンの衝撃が早く収まった。
体を起こすと、二人の人影が見えた。
ひとつはバゼット。ルーンが刻まれた手袋でやりあったのか、手袋はほのかに緑色の輝きを放ち、煙だか蒸気だかが立ち上っていた。
もうひとつは、奴だ。
歪なファッションに、金色の髪。
自らの指かのように手のひらでナイフを弄り回す、癇に障る立ち振る舞い。
「ドライツェンアサシン……!!」
ぎり、と顎の力が増す。
我を失いかけている上条にイリヤが呼びかける。
「とうま、ダメ! 気持ちは分かるけど、それじゃあアサシンの思うつぼだよ!」
上条はハッとした。
ああ、イリヤは強いな。
親友を亡くしたのに、冷静さを失わない。
それに対して自分は……
今度は自分への怒りが湧き上がってきた。
上条は血塗れの剣をその手に出現させる。
この手、この力で、殺してやる。
そんな些かおぞましい決意が、彼の中には確かに在った。
上条は飛びかかり、剣を振り下ろす。
ドライツェンアサシンはその短いナイフで剣を防ぐ。
手応えがない。
上条はすぐさま剣を引いた。直後別の角度からドライツェンアサシンの腹を裂く。
だが、同じことだ。
奴の動体視力をもってすれば、ただの人間が振るう剣など棒振りに等しい。
「クソッ……」
引き下がる上条。
いくら復讐に燃えるとて、勝機がなければそう気安く戦には臨めない。
「クロ!」
「オーケー!」
ツヴァイランサーを
双方とも英霊の影法師として襲いかかる。
しかしドライツェンアサシンはこれを躱してみせる。
その仕草はまるで舞踊のように、無駄のない動作で攻撃を避けていく。
そして二人の僅かな隙を突き、確実に攻撃を加える。
幸運だったのは、ドライツェンアサシンが再び目に包帯を巻き、直死の魔眼を封印していることだ。
だが、それでさえこの格差。
あまりにも洗練されていて、取り入る隙もない。
二人もいずれ疲弊し、攻撃のより多くを受けるようになっていった。
問題なのはイリヤだった。
戦闘マシーンとして生を受けたクロと違い、人の身で生まれたイリヤは心が弱い。
故に、その限界はいち早くやってくる。
「イリヤ、危ないっ!」
駆け寄ったクロがイリヤを突き飛ばす。
そこに振り下ろされるナイフ。
クロはイリヤを庇いつつ回避行動を取り、ナイフから逃れようとする。
しかし二兎を追う者は一兎をも得ず、イリヤの庇護に注力したクロが同時に回避するのは無理があった。
その回避には確かに綻びがあり、ドライツェンアサシンはその一点にナイフを滑らせた。
「────っ」
転ぶクロ。
その背には定規で引いたような赤い傷跡が。
ドライツェンアサシンがナイフを振り上げる。
「やめろぉぉーーッ!」
しかしそこへ上条が割り込み、剣を振るう。
不意を突かれたドライツェンアサシンは咄嗟にナイフで防ぐも、力を込め切れず大いに退く。
「クロ、大丈夫か!」
「ええ……ちょっと違和感があるだけ……」
ドライツェンアサシンはすぐさま体勢を立て直し、再び一歩踏み出す。
しかし、
「私を無視しては困りますね」
立ちはだかったのは男装の麗人。
ルーンが刻まれたグローブが妖しく輝く。
ドライツェンアサシンは獲物を切り替え、襲いかかる。
格闘家のようなファイティングポーズをとるバゼット。
襲いかかってくるドライツェンアサシンの動きを凝視する。
銃よりナイフのほうが強い、そんな僅かな間合い、僅かな瞬間。
その一瞬で相手の動きを見切る。
それが、リーチの短い拳で戦う者なら尚更だ。
「シッ」
バゼットは身を屈ませ、ドライツェンアサシンの脇腹に拳を打ち込む。
唾を吐くドライツェンアサシン。
その揺らぎを突き、今度は胸に。
ドライツェンアサシンは負けじとナイフを振るう。
しかしその動きは既に見切られており、剣筋の一つ一つが鋼鉄のような拳に防がれる。
そうしている間にも、バゼットは攻勢を崩さない。
一発一発確実に、時には顔面にさえ拳を叩き込む。
常人であれば全身の骨が粉末状に砕ける程の衝撃。
それを物ともしない
「凄い……
暗殺者とはそういうものだ。
その多くは闇討ちしか能がなく、正面一騎打ちには弱い。
ぽつり、とタイル床に血が落ちる。
それはドライツェンアサシンの鼻から垂れていた。
バゼットは依然としてドライツェンアサシンを威圧する。
上条はクロを支え共に立ち上がり、イリヤも槍を向ける。
四面楚歌、いや違う。
ドライツェンアサシンはこの状況で笑っていた。
「……そうか、まだ!」
ドライツェンアサシンはナイフを自らの顔に振るう。
その刃は包帯を切り裂き、割れた包帯が地面に舞い落ちていく。
見開いた"眼"には、"死"が渦巻いていた。
「バゼット、避けろ!」
警戒を解かないバゼット。
しかしそんな彼女でも、今度の攻勢には面食らった。
瞬間移動とも見紛う程素早く接近するドライツェンアサシン。
その眼でバゼットを凝視し、ナイフを振るう。
咄嗟に回避するバゼットだが、その判断はあまりに遅かった。
大きな傷こそ負わなかったが、そのナイフはバゼットの右拳を掠めていた。
途端、バゼットの拳から輝きが失われた。
このグローブ、このルーンは今”死んだ”。
「これが話に聞く直死の魔眼……生命、無機物のみならず、魔術といった概念すら"殺す"とは……」
バゼットは死んだグローブを放り捨てる。
こうなってくると、簡単には攻められない。
続いて、上条が剣を振り下ろす。
その背後からはクロが矢を放ち援護する。
しかしドライツェンアサシンは矢を全て躱し、上条の剣を防ぐ。
ドライツェンアサシンのナイフを握るてに力がこもり、剣を押し返そうとする。
すると、あろうことか剣はナイフによって切断されてしまったのだ。
「は……っ!?」
飛び退く上条。
クロの放った矢がドライツェンアサシンに迫るが、その矢を難なく切り裂いてみせた。
「そんなのあり!?」
障害が無くなり、一気に攻勢に出るドライツェンアサシン。
まずターゲットになったのはクロだった。
「来る……!」
クロは双剣を投影する。
一刀より二刀の心意気で双剣を振りかざすが、ドライツェンアサシンはそれを容易く防ぎ、上条のものと同じように破壊する。
その度にクロは投影を続けるが、出しては壊されの堂々巡り。
魔力は枯渇し、投影品の質も悪くなっていく。
「これ以上は……」
そこに、光の玉が飛来する。
はじめは二人の間を割って入り、次いではドライツェンアサシンを狙っている。
だがドライツェンアサシンはその全てを避けるのみならず、魔弾のいくらかをナイフで切断しイリヤに迫っていく。
迫りくるドライツェンアサシン。
接近するにつれて、イリヤの中で恐怖が込み上げてくる。
その恐怖の隙を、文字通り突く。
ドライツェンアサシンはナイフを構え、一直線に突き出してきた。
「ひっ」
怯えるように頭を抱え屈む。
ナイフは髪を掠め、片方の髪飾りを切り裂いた。
ドライツェンアサシンは屈んだイリヤを見下す。
イリヤの目に写ったのはまさに"死"の権化だった。
二人の目が合った瞬間、ドライツェンアサシンはその腹を蹴り上げた。
「ぐ、うぅ……」
腹を抱え悶えるイリヤ。
ナイフを持ったドライツェンアサシンの手が高く掲げられる。
「何するのよっ!」
そこへ、魔力を使い果たしたクロが飛びかかる。
クロは背からしがみつき、首を絞め落とそうとする。
しかし子供の抵抗など無に等しく、ドライツェンアサシンはクロを背負い投げ、屈み込んだイリヤにぶつける。
そこへ拳を一閃放ち、白黒もろともノックダウン。
二人は力なく倒れ、苦痛に喘ぐ。
残されたのは二人。
片や危機察知し、前線から身を引いたバゼット。
片や剣を両断され、武器を失った上条。
まさにピンチ。
そこへ、ドライツェンアサシンが歩み寄る。
「どうします。あの眼があってはそう攻めるものも攻め切れない……!」
(こちらは剣を破壊された。我の魔力もってしても、剣はしばし使えぬぞ)
「…………ッ!」
上条は剣を落とす。
そしてあろうことか、拳一つで向かっていく。
「上条当麻、無茶です!いくらその右手を持っていたって、奴の眼は……!」
「わかってるさ」
この
無垢な子供の命でさえ。
だが、そんな復讐心は後に置いておく。
分析する。
自分が今何をすべきか、何が目的なのか。
この拳でどこを"突く"のか……
バゼットでさえしなかった凶行に、打って出る。
その勇気、あるいは無謀は、この世界に来る遥か前に上条には備わったものだ。
二人が大きく踏み出す。
上条は拳を、ドライツェンアサシンはナイフを向ける。
違うのは、ドライツェンアサシンには上条の"死"が視えるということだ。
だがその瞬間、その一瞬だけドライツェンアサシンは固まった。
この男の右手には"死"が視えない。
こんなにも弱く、こんなにも線で満ちた肉体のうち、右手だけなにも写っていない。
白いキャンバスのような────
判断が鈍った。
ドライツェンアサシンは意識を引き戻し、ナイフを突き出す。
上条も迷わず拳を突き出す。
右手に意識をとられたからか、ドライツェンアサシンのナイフは"死の線"を僅かに外れ、上条の頬を掠めた。
上条は頬の痛みすら気にせず、ドライツェンアサシンの顔面に拳を突き進める。
しかし、その右手は
「もらったッ!」
上条の二本の指が、ドライツェンアサシンの眼に突き刺さる。
ドライツェンアサシンは眼窩から血を吹き出し、押さえ、叫ぶ。
上条の
その指がドライツェンアサシンの魔眼に突き刺さった。
そうすれば、間もなく眼の力は失われる。
ドライツェンアサシンが悶える隙に上条はイリヤとクロに駆け寄る。
「二人とも、しっかりしろ!」
「ごほ、ごほ……私は、なんとか…………」
「私は無理かも……魔力も尽きかけだし、背中も痛んできた……」
少なくとも無事ではないが、生きていた。
ようやく守ることができた命の前に、上条は微笑む。
そして心なしか、目頭が熱くなるのを感じていた。
「上条当麻」
バゼットの呼び声。
上条は振り返る。
しかしバゼットの声色、そして表情にはただならぬものがあった。
視線の先にはドライツェンアサシン。
目を向けると、ドライツェンアサシンは獣のように唸っていた。
唸りといえば先程の悲鳴も唸りとさして変わらぬものだった。
だがこれは違う。
例えるなら"怒り狂う肉食獣の唸り"…………
「あいつ、何を……」
次第に、ドライツェンアサシンの唸りは静まっていく。
そして背筋を正すと同時に、先程までのような、優勢だった時に見せた笑みを浮かべた。
「……しまった!」
「何なんだ、バゼット!」
「我々は魔眼という先入観に囚われすぎていました! あんな魔眼は協会の記録にない、だから勘違いしていた! あれは魔眼ではなく、"超能力"の類い! 異能の出力は"眼"には依存していない!」
「で……でも、眼は潰しただろ!?」
「いえ、あの勝ち誇った表情……恐らく奴の死を視る視界は眼球に依存しない! 直死の魔眼は
その時、ドライツェンアサシンが何かを解き放った。
その様子は冷静沈着に見えるが、確かに笑みを浮かべている。
正直なところ、上条は勝ちを確信していた。
ドライツェンアサシンの目を潰せば視力を奪うのみならず、
そうなってしまえば、奴はもう何もできない。
だが力が目に依存していないとわかった今、全てが覆った。
状況は何一つ変わっていない。
いや、むしろ目で見る必要がなくなった分、ドライツェンアサシンに分があるとも言える。
甘かった、と言えばそれまでだ。
それに奴はナイフを持ったまま、動く気配がない。
つまり、ドライツェンアサシンにはナイフを振るわず、動くことすらなく、上条一行を効率的かつ瞬間的に始末する手段がある。
「2、2222……」
「しまっ……!」
慌てて上条は駆け出す。
だが何もかもが遅い。
膨大な魔力がドライツェンアサシンに集まっていくのがわかる。
いや、魔力は既に放出されている。
宝具は、既に発動している。
ドライツェンアサシンが勝ちを確信した瞬間。
だがその瞬間、胸が何かに貫かれたのに気づいたのは一拍遅れてからだった。
「z……t、f………………」
本人すら何が起こったのか理解できず、力なく倒れてしまった。
上条が視線をやると、拳を突き出したバゼットがいた。
足元には錆びた鉄球が一つ転がっている。
「
「その通り。奴が何をしでかすかわからなかったからビクビクしていたものの、大技を繰り出すとなればこっちのものです。正直、奴が宝具を使わず、加減してこちらを殺しにかかっていたら終わっていました」
「そう、か……」
今まで体験したことのない緊張。
感情が混ざり合い、押し潰され、威圧された上条はへたり込む。
「おわった……」
だが、安堵すると同時に、封じ込めていた憎悪がぶり返してきた。
無力感と、虚無感さえも。
9月30日。
上条、桜、士郎の三人で前々から約束していた『ガランドウの抜け殻展』へとやってきた。
一種の人形展で、人間大に作られた奇怪な人形達が展示されている。
現代における人形というニッチさと、最終日滑り込みというのもあって、観客は少なかった。
そしてここは、あの
当然鏡面界だったので、瓦礫や血痕も何一つ見当たらない。
「……にしても当麻、俺が来てもよかったのか?桜って言えば、遠坂、ルヴィアに次ぐ穂群原のマドンナだって話題だし、せっかくだし二人きりの方が……」
「うんにゃ、俺にはそんな下心ないからな。ってか、マドンナってのも今知ったし」
「まぁ、そんなに大っぴらに噂話する奴は少ないだろうけどさ」
すると、遠くから桜の声が聞こえる。
その声は士郎を呼んでいるようだった。
上条と士郎、どちらの好感度が高いかは明確だった。
「ほら、士郎」
「ああ、悪いな」
士郎は小走りで桜のもとへ向かった。
二人は仲良く話し、別エリアへ展示を見に行った。
丁度いい。
あんな凄惨な戦いの後には、孤独に感傷に浸りたいものだ。
上条は人形を見て回る。
ところどころ小型の人形も展示されており、パンフレットの内容と違いバラエティに富んでいると感心する。
そして、その人形のどれもがタイトル通り抜け殻、魂が宿っていたような、元から宿っていないような、絶妙な点を攻めた人形だ。
その不気味さと美しさたるや、美術の授業なんかで見せられたものとは桁違いの、現代に産まれたナマの芸術だった。
蒼崎橙子というのは、凄まじい人形師に違いない。
解説を読みながら角を曲がる。
顔を上げると、驚愕のものがあった。
死んだ、消滅したはずのドライツェンアサシン。
それに瓜二つの人形が展示されていた。
「…………これは」
関連がないことはわかっている。
他人の空似というものだ。
この場合人ではなく人形だが。
台座に刻まれた解説を読む。
そこにはこう記されていた────
"『太極』
1998年作(没作品)
私は当時、ある少女と出会った。
少女は炎のように猛々しく、水のように穏やかで、光と影を併せ持った稀有な人だった。
そして、私は彼女を美しいと感じた。
その時作っていた女児人形があった。
しかしその出逢いを通して、方針を変更した。
そして私は、光と影に生きる彼女、そして彼女を重ねたこの人形に見出したのだ。
この世の根源、太極、生と死を司る陰陽魚、そこに描かれた両儀…………
私は彼女と多くの時を共にしたが、ある時彼女は消えた。
或いは、私が自分から立ち去ったのか。
消息はわからない。
その生死さえも。
しかしその思い出と記憶は、明確にこの人形に秘められている。"
────そうだ、関係はない。
だが見れば見るほど魅入られていき、奴のことを想起せずにはいられなかった。
ドライツェンアサシンを殺して、残る
そして、世間を騒がせる殺人鬼も消えた。
だが、本当によかったのだろうか。
奴は超常的な存在だ。
逮捕は叶うはずもない。
そして、自分達が奴を殺してしまった。
死体は残らず、奴の残滓はクラスカードだけだ。
表向きには森山那奈亀を最後に殺人鬼の凶行、消息は途絶え、永遠の未解決事件として迷宮入りしてしまうことになるのだ。
仮に奴が殺しを続けていれば、犠牲者は当然増えるばかりなのだが、同時に殺人鬼の存在も確固たるものとなり、人々は僅かながら逮捕の希望を見出す。
被害者遺族にとって、果たしてどちらが幸福だろうか。
「────いい人形だな」
上条は、ドライツェンアサシンとの確執は脳の彼方に追いやることにした。
今更気にしても、糞の役にも立ちはしないのだから。
三年費やさないと書けないようなシロモノではありませんね、えぇ
ならもっと短期間で書けって話です
僕もそう思います