Fate/Imagine Breaker   作:小櫻遼我

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シンプル長いです


Spell22[無限の剣製 Unlimited_Blade_Works.]

 夢を見た。

 赫い光の降り注ぐ丘で剣を突き立てられる男の姿。抑止力の光の前に、己が身を世界に捧げた男の姿。雪原の最中にて、愛する者のため命を削る男の姿。自らの肉体を刃で引き裂かれながらも、僅かな命を使い怨敵へと拳を振るう男の姿。黒い絶望に塗れ、守るべきであったひとに銃口を向ける男の姿。歪んだ正義の末に、絞首台へと登っていく男の姿──。

 それは、全て私だった。私の、あり得たかもしれない姿(イフ)だ。

 この力を持つ者は、人生の全てが「剣」に汚染される。どこへ行っても、誰を愛しても、その人は剣を突き立てられ死んでしまう。そんな悪寒が、この力を使う度によぎるのだ。

 彼らは私に問いかける。光の先で、闇の底で、誰もがどこからでも私を見ている。私に問いかける。私を嗤うように、そして試すように、問いかける。

 「ついて来れるか」────。

 

 そんな、夢を見た。

 朝日が網膜を突き刺し、クロエは目を覚ます。

 

 或る深夜。

 人払いの結界が張られ、人っこ一人通り過ぎることのない都市部。──穂群原学園高校、校庭。陸上トラックに囲まれたグラウンドはひたすらに広く、人の目から解き放たれたそこは駆け回り殺し合うには最適な舞台だった。

 そんなグラウンドに、九つの人影があった。上条、一方通行(アクセラレータ)、イリヤ、美遊、凛、ルヴィア、バゼット、クロエ。そして彼らと向かい合うように……赤い外套の女戦士(フュンフツェンアーチャー)。八人はフュンフツェンアーチャーを睨み、フュンフツェンアーチャーもまた八人を睨む。しかしその中に二人、まるで互いしかこの世界にいないかのような熱烈な視線を送り合っている者がいた。同じく赤い外套を纏う者……フュンフツェンアーチャーとクロエだ。

「クロ、傷はどうなってる?」

「大丈夫。魔力を供給できたから、ほぼ完治してるわ」

「魔力を……、……そうか」

 上条がクロエに問う。しかしそれに答えながらもクロエはフュンフツェンアーチャーから目線を外さない。それは相手も同じだった。

 ニイ、と微笑むフュンフツェンアーチャー。……筋肉が弛緩している。向こうから攻めてくるつもりはないのか? そう信じ、クロエは僅かながら警戒を緩める。仲間達と目を合わせられる程度に。そうしてクロエは、傍のイリヤを見る。余程クロエのことを心配していたのか、クロエが向いた時にはイリヤはずっとクロエの方を見つめていた。その視線は決してクロエを案じているのではない。子供を送り出す母親のような、信頼と誇りを孕んだ眼差しだ。……姉妹として、イリヤはクロエの誇りだ。だがそれ以上にイリヤはクロエを誇りに思っていた。クロなら、きっと──そう彼女は信じてやまないのだ。

 クロエはフュンフツェンアーチャーの方に向き直る。その時には既に、フュンフツェンアーチャーは双剣を投影していた。しかし動く気配はない。彼女は真っ直ぐ、クロエだけを見つめていた。微笑みを浮かべ、嘲笑しているのではない。フュンフツェンアーチャーには、クロエの成長が筒抜けだった。クロエが何をしたか見ただとか、そういった根拠のあるものではない。ただ……クロエの振る舞いと目つき、纏う魔力を見ただけで、その成長を十分に察することができたのだ。そんなフュンフツェンアーチャーがクロエに向けるのは、戦士の目だ。ただ暴力を振るう殺戮者でも、暴力を楽しむサイコパスでもない。相手を同じく戦士と認め、自身に立ち向かう権利を保証している、あるいは彼女自身今のクロエと戦えることを誇りに思っている……そんな眼差しだ。

 クロエは干将と莫耶を投影する。フュンフツェンアーチャーと同じように、白黒二色の刀を両手に携える。……このまま睨み合っていても何も始まらない。これは死合いだ。一振りでも得物を振えば、その瞬間に校庭は戦場と化す。

『……gwnuxe』

「言われなくても──ッ」

 ぐっ、とクロエの足に力がこもる。だがそれは以前の彼女のそれとは別物だった。空間に満ちるような魔力の高まり、大腿筋の躍動……全てに至って、クロエは成長を遂げていた。……剣を握るフュンフツェンアーチャーの拳に力が入る。クロエがそうさせるのだ。

 片足に入れた力を解放し、クロエは駆け出した。それは目にも留まらぬ瞬足で、イリヤや上条達には一条の風が吹き抜けたようにさえ見えた。それはもはやサーヴァントの領域だった。……フュンフツェンアーチャーは反応に遅れた。ある意味ではクロエを侮っていた。成長しているとはいえ、これほどまでとは……。クラスカードを核とした魔力構成体でしかないクロエがサーヴァントの領域へここまで肉薄するとは。だがそれは一方で、クラスカードの真の力を引き出してもいた。アサシンの力を宿した上条のように。

 ガン、と二人の双剣がぶつかり合う。鐘のような轟音が響き、衝撃波が木々の葉を散らす。不動の攻防は長く続いた。剣同士が火花を散らし、互いに一歩も譲らない。……クロエは、フュンフツェンアーチャーとの戦いについて行けているのだ。

 フュンフツェンアーチャーは体格と力の差を利用してクロエを弾き返す。しかしクロエは吹き飛ぶことものけぞることもなく何度も剣を振るう。その剣戟は一見クロエが優勢に見えるだろう。だがフュンフツェンアーチャーは的確な動きで剣を弾いており、決してクロエに分があるわけではなかった。だがそれでも、”同格”であった。

「クロ……あいつ、いつの間に!?」

「しっかり頭ァ冷やしてきたみてェだな」

「……」

 上条や一方通行(アクセラレータ)の言葉の裏で、イリヤはただ黙ってクロエを見つめていた。彼女を信じる者として、彼女を愛する者として、一瞬たりとも見逃さず網膜に焼き付ける。クロエは、そんな視線に気づいていた。だからこそ、剣を握る手が軽くなるのだ。

「(いける……やれる!)」

 クロエは一歩進んだところまで来ていた。これまでの自分は遠くに追いやり、サーヴァントへと近づいた。それも全て、フュンフツェンアーチャーに報いるためだ。そして、守るための戦いをするためだ。

 ──しかし、フュンフツェンアーチャーは笑う。剣を手に持つだけが、投影魔術の戦い方ではない。フュンフツェンアーチャーは剣を握る手に力を込め、クロエの刃を抑え込む。その隙に魔力を集中させ、宙に浮遊する剣を何本も投影した。そしてそれらは、合図さえなく一斉に射出された。

「しまっ──」

 クロエは反応できなかった。目の前のフュンフツェンアーチャーのみを捉えた一騎打ちのはずだったが、それ故に宙に投影された剣の存在に気付くのが遅れてしまったのだ。剣は命中した途端、強烈な爆発をもって砕け散った。壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)……。フュンフツェンアーチャーの投影する剣はその一つ一つが弱小ながらも宝具であり、それを破壊することで膨大な魔力を燃やし爆発を起こすのだ。

 目の前の敵はこの手の剣で応戦し、一方で投影剣の射出、壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)による起爆で奇襲する。投影魔術使いである彼女ならではの、よく練られた戦術だ。

 クロエは爆発に晒される直前でその場から離脱していた。その露出した腕には、僅かながらの切り傷が。

「クロ、腕!」

「このくらい平気! そんなことより……!」

 フュンフツェンアーチャーは距離を置いたクロエを狙い撃つように、数多の投影剣を浮遊させていた。その切っ先は全てクロエを向いている。この物量……いつかの王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)のようだ。

 意識できるのであれば見切れる。それを剣で弾くか? ……いや、剣と触れた瞬間に壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)が起爆する。回避するにも、あの量では逃げ道まで塞がれかねない。なら、できるのはこれしかない。

「っ……はああぁぁぁっ……!」

 クロエが叫び、魔力を高めていく。すると一本、また一本と宙に投影剣が浮遊する。避けられないミサイルなら、同じくミサイルで撃ち落としてしまえばいい。……だがその数は、とてもフュンフツェンアーチャーのそれには及ばなかった。クロエは、まだ投影魔術の全てをマスターしたわけではない。今の彼女には剣を浮遊させることさえ高等技術だ。そんなところであのような戦い方をされてしまったら……とても太刀打ちできない。

 だが……止まる理由はない。

「行けっ!」

 クロエの投影剣が一斉に射出される。一方でフュンフツェンアーチャーも投影剣を射出するが、その量は桁違いだ。とてもクロエの投影した分では相殺できない。互いに相殺し合い爆発し合う業火の中から数本の剣が相殺を免れ飛んでくる。ならば、とクロエは手の中に次々と剣を投影し、それを投げ飛ばす。浮遊させるのが辛いのなら、という理屈だ。実際にそれは功を奏したようで、投擲した剣によって敵の剣の多くが破壊されていく。

 だが、ジリ貧だ。

「こんなに、捌き切れない──きゃあっ!」

 一本の剣が、クロエの足元に着弾した。その瞬間剣は爆発し、クロエに避ける隙も与えずその体を吹き飛ばした。土煙を上げながらグラウンドを転がるクロエ。その体は土まみれになり、至る所に傷ができ血を流している。

「クロっ!」

「チクショウ、俺達もいくぞ!」

「おいガキ、動け! なンのために全員で来たと思ってンだ!」

 上条が駆け出したのと同時に、一方通行(アクセラレータ)や凛達も一斉に動き出す。……イリヤは、クロエの身を案じ硬直していた。しかし僅かなタイムラグの後に、イリヤもカレイドルビーを握り締めて飛んだ。

「力を貸せ……吸血鬼(バーサーカー)!」

 上条が握り締めたのは狂戦士のカード──フィルツェンバーサーカーのクラスカードだ。上条カードに強く念じると、その体が眩い光に包まれる。幻想召喚(インヴァイト)。英霊の武器を形成する限定召喚(インクルード)や英霊の姿を宿す夢幻召喚(インストール)とも異なる力。英霊の持つ”縁”を用い、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の力を宿すものだ。

 ……上条の姿が明らかになっていく。はぁ、と白い息を吐く。今宵──秋の夜は確かに寒いが、息が白くなるほどではないはずだ。ならば、その故はわかりきっている。外が寒いのではない、上条自身が火のように熱く燻っているのだ。

 上条は、まるで死体のように青白くなり、その手には自身の身長の何倍もある──騎士を思わせるような、白銀の槍を握っていた。

「──燃えろぉっ!」

 上条はその槍をいとも容易く振るう。槍が地平を薙ぐと、その軌道から生じたように炎の扇が吹き出た。横一面を焼き尽くす”面”の攻撃。フュンフツェンアーチャーは高く跳び退くことで炎を回避するが、そこへ青い光の玉が迫り来る。

「行け、美遊!」

 上条が叫ぶ。声の行く先には、魔力の足場を形成し浮遊する美遊の姿があった。美遊の握る杖・カレイドサファイアの先端に魔力がこもる。それは凄まじい気迫を放ち、魔力に当てられただけで肌が切れてしまいそうなほどだ。斬撃(シュナイデン)……放たれた魔力の刃は、跳び上がったフュンフツェンアーチャーに向かって真っ直ぐ飛んでいく。

 だが斬ることに関してはこの場で彼女を上回る者はいない。フュンフツェンアーチャーは空中浮遊はできない、しかし跳び上がり自由落下しながらも手には剣を握り、魔力の刃を弾き飛ばした。それは一方通行(アクセラレータ)のベクトル反射のように来た道を真っ直ぐ跳ね返って行き、刃を放ったはずの美遊へ向かう。

「くっ……!」

 美遊は魔力の足場を跳ね、宙を()()ことで刃を回避する。その隙に、フュンフツェンアーチャーは落下し、着地した。

 しかしそこへ、獣のように低く駆ける一方通行(アクセラレータ)が迫る。彼の姿を捉えると、フュンフツェンアーチャーはすぐさま剣を振るう。だが一方通行(アクセラレータ)はその抵抗を織り込んでいた。フュンフツェンアーチャーが剣を振り上げたのとほぼ同時に一方通行(アクセラレータ)はその手を突き出す。剣が振り下ろされる。一方通行(アクセラレータ)は突き出した手でその刃を鷲掴んだ。眉をひそめるフュンフツェンアーチャー。しかし、彼の手から血は流れていない。

「……俺ァな、どうもサーヴァントっつー連中とは相性が悪い。反射までベクトルを計算できねェンだよ。だがな、ベクトル停止まで計算できンなら、後ァ腕っぷしの勝負ってこったァ!」

 一方通行(アクセラレータ)は自身のベクトルを乗せて、掴んだ剣を振り払った。そして、空いた腹へ拳を一発。自身へ返ってくる衝撃さえも相手に反射してしまうので、その威力は単純に二倍になる。加えて、一方通行(アクセラレータ)はこちらの世界に来て以降、能力の通用しない相手にも対応できるように能力に頼らない戦闘術の訓練を受けた。今やその拳の威力さえ、かつての彼のものとは桁違いだ。

 フュンフツェンアーチャーは耐える。腹を殴られても顔をしかめるだけで次の剣を投影し振るう。一方通行(アクセラレータ)は避ける素振りすら見せず刃を受ける。しかし、刃は通らない。彼のベクトル停止によるものだ。通常であれば初見かつ神秘性の強い相手へのベクトル計算は時間を要するはずだ。しかしフュンフツェンアーチャーの能力はクロエとほとんど同じ。既知の能力で戦っていることが彼にとっては都合が良かったのだ。

 フュンフツェンアーチャーは投影した剣を消し、一方通行(アクセラレータ)の攻撃を回避することに専念する。だが、それは逃げではない。機会をうかがっているのだ。──一瞬だった。常人では気づけすらしないような一瞬の隙を突き、フュンフツェンアーチャーは小さく跳び上がり両足で一方通行(アクセラレータ)の首に組みついた。

「なっ、テメェ──ッ!?」

 次の瞬間、組みついたフュンフツェンアーチャーは体を大きく捻り、一方通行(アクセラレータ)の首を軸に回転する。遠心力がついたタイミングで体重の全てを外側にかけ、一方通行(アクセラレータ)の重心を崩し地面に叩きつけた。……ベクトル反射を受けないためには、できるだけ力のかからない方法で攻撃するしかない。だが力を弱めればダメージも期待できない。敵へのダメージと力の弱さ、その二つを両立できるのは体を密着させて放つ()()()だった。

「クソが……ッ!」

 一方通行(アクセラレータ)は地面とのベクトルを変換し、()()()()()()()()姿勢を起こす。……しかし彼が倒れている時間は、フュンフツェンアーチャーに攻撃の準備をさせるには十分だった。一方通行(アクセラレータ)に突きつけられたフュンフツェンアーチャーの右拳。その前腕には、弓のような刻印が魔力実体をもって展開されていた。

 肉体が消し飛ぶほどの魔力投射、痛哭刻印(フェイルノート)第一解放(ファーストストライク)──!

「ッ……ああ、クソッ」

 次の瞬間、ドンッ──と、音さえ消し飛ばすほどの魔力爆発が起きた。

 爆炎の中から飛び出てくる一方通行(アクセラレータ)。しかしそれは、爆発を受け吹き飛んだ姿だった。受け身さえ取れず、地面を転がる。そんな目に遭いながらも、彼の体に傷はついていなかった。

 一方通行(アクセラレータ)は爆炎の向こうに見えるフュンフツェンアーチャーを睨みつける。……神秘相手のベクトル変換はまだ完全なものではなかった。クロエによって既知であった投影魔術でさえ、ベクトル停止による防御が精一杯だ。そんな一方通行(アクセラレータ)へ襲いかかる痛哭刻印(フェイルノート)は、クロエが使う投影魔術とは一線を画す力だ。彼は──爆発の”熱”は対応できたが、”衝撃”までは対応し切れなかったのだ。一方通行(アクセラレータ)はグラウンドの土を握り締める。かつて学園都市最強と呼ばれた男が、上条当麻(あの三下)に敗北したことを始めとし、今では敵へ一太刀入れることすら叶わない。この世界では物理法則が異なるのか、とさえ思った。それもこれも、全て彼の未熟からの逃避だった。

 爆炎により巻き上がった土煙が晴れ、フュンフツェンアーチャーの視界も明瞭になっていく。すると土煙の幕の向こうから、光り輝く何かが飛んできた。カレイドの魔弾ではない。もっと煌めいていて、硬い印象を持たせる光。──宝石魔術だ。フュンフツェンアーチャーは投影剣を射出し、飛んでくる宝石を命中前に打ち砕く。その瞬間、宝石は破片に分かれ飛び散ったと同時に、中からバッと眩い光が飛び出した。それは一定の衝撃波を伴っており、土煙を吹き払うと同時にフュンフツェンアーチャーの鼓膜をつんざく。

 フュンフツェンアーチャーの五感が回復し、宝石を投げた者の姿が見えてくる。遠坂凛とルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト……どちらも魔術世界においては宝石魔術の名家として知られる。だからだろうか、先程の閃光はフュンフツェンアーチャーが攻撃を投影魔術で迎撃することを読んで、()()()()()()()()()()()()()()を行使したのだった。

 だがその傍にもう一人。細い体つきの女……バゼット・フラガ・マクレミッツが立っていた。

「二人とも、行きますわよ!」

「了解です」

「アンタが私に指図しないで!」

 互いに突っかかりながらも、三人は攻勢に出る。まずはバゼットがフュンフツェンアーチャーへと駆け出し、凛とルヴィアがバゼットの方へ宝石を投げる。宝石がバゼットまで到達すると、バゼットはその速拳を振るい、宝石を殴り砕いた。すると宝石の破片はそのそれぞれが魔力を帯びた魔弾として動き出し、鳥のように複雑な軌道を舞いながらフュンフツェンアーチャーへと飛翔していく。しかしフュンフツェンアーチャーにとっては、投げられた宝石も飛び回る宝石の破片も同じことだった。フュンフツェンアーチャーは宝石の破片を命中寸前で回避したり、剣で振り払ったり、撃ち落としたりなどして対処する。だがはたからみてその様は、宝石の破片の対応で手一杯といった感じだった。

 そこへ、バゼットが迫り来る。

「アーチャー──アインスアーチャーを仕留めたのは他でもない私。同じ力を持つのであれば……!」

 バゼットはボクサーのような軽快なフットワークでフュンフツェンアーチャーの懐へ潜り込んだ。それはフュンフツェンアーチャーの視点から見ても”素早い”ものだった。

 シュッ、と空気を吐きながらバゼットは拳を突き出す。フュンフツェンアーチャーはそれを回避し、拳は顔の横を通り過ぎていく。……だが、フュンフツェンアーチャーは感じたのだ。拳が通り過ぎた瞬間の圧力、空気を切るような音。あのパンチは並の速度ではない。拳は腕を折り曲げた時点から、まるでバネか何かで跳ね返ってくるように真っ直ぐ腕が伸び、弾丸のように放たれた。さらにそのグローブに刻印されているのはルーン魔術、それもかなり質のいいもの。なるほど、確かにこれなら黒化英霊(サーヴァント)殺し得るだろう。

 だが、そう思考してなおフュンフツェンアーチャーは猛った。私をこれれまでの黒化英霊(サーヴァント)と同じと思ってもらっては困る、と。

 フュンフツェンアーチャーは襲いかかる拳を、剣で弾く。ルーンの防御効果で拳はおろか手袋にも傷一つつかない。だが、ガキン、と金属が打ちつけられるような音と共にバゼットの拳を振り払う。

「くっ……ついてきますか……!」

 バゼットはさらなる猛攻を繰り出す。それこそ、イリヤ達より以前にアインスアーチャー・ツヴァイランサーを仕留めた動きだ。しかし、フュンフツェンアーチャーはそれに対応できている。それまでの四人──あるいは三人か──ほど楽ではないが、フュンフツェンアーチャーは十分にバゼットの拳を見切っている。

「(攻め切れない……後より出て先に断つ者(アンサラー)を切るか? しかし、奴の宝具は桁違いと聞いている……火力目当てで切るには、あまりにも──)」

 バゼットは思考が混乱した。その迷いは拳にも表れていた。バゼットの拳に規則性を見出したフュンフツェンアーチャーは、その規則性の隙と、連撃が揺らぐのを待っていた。それはまさに訪れたのだ。僅か一瞬の隙にフュンフツェンアーチャーは身を屈める。拳は頭の上を通り過ぎ、握り締めた剣をバゼットの拳へ──正確には手首の腱へ振るう。

「しまった──!」

 グローブをした拳ならまだしも、裸のままの手首はまずい。その点で言えば、上条当麻と弱みは似ていた。バゼットは拳を引き、フュンフツェンアーチャーの刃から逃げるように一歩後退する。しかしその隙はこれまでの何より大きいものだった。退いた体を再び前に進めるには僅かだが時間がかかる。フュンフツェンアーチャーはバゼットが体勢を立て直す隙を狙い──バゼットに合わせてか──剣を放った空手でバゼットの腹を突いた。

「ごふ──ッ」

 バゼットを襲う衝撃。いくらバゼットが人間離れしているとは言え、サーヴァントの膂力には勝てるはずもなかった。防護のルーンで装甲化したスーツをもってしても防ぎ切れない。いや、防ぎ切れるはずがなかった。彼女の持つ斬り抉る軍神の剣(フラガラック)ならまだしも、宝具でさえない定命(にんげん)の魔術ごときでは()()にも等しい。

 パンチの衝撃を受け、バゼットは押し退けられた。引きずられるかのように地を滑り、停止と同時に跪く。さすがのバゼットもすぐに復帰はできそうになかった。

 しかしその左右から、ルヴィアと凛が飛び出てきた。

「合わせなさい、ミス・トオサカ!」

「アンタに言われたかないっての!」

 そう罵り合いながら、まずルヴィアが一撃、拳を放つ。この場にバゼット以上に素手戦闘を心得たものはいないはず、フュンフツェンアーチャーはそう読んだ。……しかしルヴィアのそれは徒手空拳などではなかった。フュンフツェンアーチャーの眼前に迫り来る拳、その中には輝く宝石が握られていた。

 フュンフツェンアーチャーは拳を顔に受けた。所詮大した威力ではないと、避けるまでもないと侮っていたのだ。しかし拳が命中した瞬間、握られていた宝石が爆ぜた。それは魔力を放つことでパンチの威力を増幅し、また指向性の衝撃波を伴いフュンフツェンアーチャーを襲った。

 頭部が揺さぶられ、視界が明後日の方向に外れる。フュンフツェンアーチャーはすぐさま視線を二人の方に戻すが、ルヴィアがいたはずのそこには今度は凛が迫っていた。凛は魔術師とは思えないほどの軽快な身のこなしで蹴りを繰り出す。その足には緑色の刻印が浮き出、身体強化を行っていることがわかる。だが、フュンフツェンアーチャーはもう一つ気づきを得ていた。──この動きには、格闘術の心得がある。

 フュンフツェンアーチャーは上半身を反り、凛の蹴りを回避する。すると凛はその足で強く地面をついた。ドン、とさえ聞こえるような足踏み。中国武術において、震脚と呼ばれる技法だ。

「──セイッ!」

 凛は強化した身体を最大限に活かし、目にも留まらぬ速度で拳を突き出した。震脚の勢いも込みで、その威力は並大抵のものではない。フュンフツェンアーチャーはかろうじて腹への直撃を防ぐも、その衝撃により大きく体が揺らいだ。

 そこへ再び、ルヴィアが襲いかかる。ルヴィアはひるんだフュンフツェンアーチャーの両足を持ち上げ、それを脇下に抱え遠心力をかけ回転した。ジャイアントスイング──回転数が上がるごとに速度も上昇し、フュンフツェンアーチャーの平衡感覚に少なくない違和を与える。

 十分に速度が上がり、ルヴィアも抱えているのが厳しくなった頃合いで、フュンフツェンアーチャーを投げ飛ばした。空中で受け身を取るフュンフツェンアーチャー。しかしそこに、紫色の宝石が迫る。宝石が弾けると、もはや粉末と呼んでいいほどまでに細かくなったその破片がフュンフツェンアーチャーにまとわりつく。すると次の瞬間、宝石の破片はドーム状の魔力の力場を形成し、吹っ飛んでいる最中のフュンフツェンアーチャーを地面に叩き落とした。重力魔術だ。フュンフツェンアーチャーが横たわると、その体格にぴったり合うようにドームが縮小していく。それに伴いフュンフツェンアーチャーを地面に押し付ける重力も強くなっていく。

 流石に、黒化英霊(サーヴァント)に戦いを挑んでくるだけはある。自分達の力量を弁えているようだ。……だが、()()()()()()

 フュンフツェンアーチャーは重力ドームの内側から投影剣を射出し、ドームを砕く。そこへ、宝石を握り締め格闘戦の構えをとった二人が接近する。

「ルヴィア、散開!」

「そちらこそ!」

 二人は罵り合いながらも息を合わせ、フュンフツェンアーチャーの左右それぞれに回る。そして宝石を握り締めたその拳を振るう。……しかし、その技法も、二人のコンビネーションも、既に読んでいる。フュンフツェンアーチャーは剣を投影するまでもなく、左右から迫り来る二人を両手で指差した。

「それは──」

「あっ、マズイ──っ!」

 警戒する二人。彼女らにはフュンフツェンアーチャーが何をしようとしているのか分かっていた。それは自分達も多用する、故に気づけた一工程魔術(シングルアクション・アーミー)……ガンドの呪い。

 フュンフツェンアーチャーの指先から、赤黒い魔弾が発射される。フュンフツェンアーチャーへ迫る二人は突然の魔術行使に反応できず、ガンドの直撃を受ける。本来なら体調失調を引き起こす程度の呪いだが、極まったそれは”フィンの一撃”と呼ばれ、高い破壊力を持つ。黒化英霊(サーヴァント)ともあろう者のガンドが不調の呪いごときに収まるはずもなかった。ガンドの直撃を受けた二人は大きく吹き飛ぶ。そしてあまりにも威力が高かった・あるいは当たりどころが悪かったのか、ガンドが命中した胸辺りを押さえて呼吸を乱している。

「はっ、はっ……この……っ!」

 苦痛に顔を歪めながらもルヴィアは立ち上がり、フュンフツェンアーチャーへ飛びかかる。しかし彼女らの戦い方は既に割れてしまっている。フュンフツェンアーチャーはルヴィアの拳をひらりと回避すると、再び人差し指を向ける。だが、そう来ることはルヴィアも呼んでいた。ルヴィアはフュンフツェンアーチャーよりも素早く、拳を回避されよろめきながらも人差し指を向け、ガンドを撃つ。彼女達のそれも、また”フィンの一撃”に値するものだった。ガンドはフュンフツェンアーチャーの額に命中し、その体を大きくのけ反らせる。その隙に、ルヴィアはプロレス技をかけるようにフュンフツェンアーチャーに絡みつき、拘束する。……しかし、フィンの一撃を頭に受けてなおフュンフツェンアーチャーは無傷に等しかった。フュンフツェンアーチャーは絡みついたルヴィアを逆に抱え上げ、ルヴィアがそうしたように回転し遠心力をつけ投げ飛ばす。宙を舞うルヴィア。フュンフツェンアーチャーはそこへ、さらに追撃を加えるようにガンドを放つ。受け身も取れず直撃を受けたルヴィアはさらに大きく飛び、力無く墜落する。

 そこで、背後から凛が襲いかかる。震脚を伴う強力な正拳突き。宝石を握り締めたそれは、ルヴィアがしたように拳の中で弾けた宝石の魔力により破壊力を高めフュンフツェンアーチャーを襲う。だが先程は油断していただけだ。フュンフツェンアーチャーは既知の攻撃を軽々と避ける。それでも凛の攻撃は止まらない。手の内の宝石を失ってなお、中国武術の振る舞いでパンチや蹴りを繰り出す。どれも整ったフォームの技ばかりだったが、フュンフツェンアーチャーにとっては大したことはなかった。一連の攻撃を避け、フュンフツェンアーチャーはガンドを放つ。しかし、凛も同じくガンドを撃つことでそれを撃墜した。すると凛は人差し指を向けたまま後退し、何発ものガンドをまるでガトリングのように連射した。流石に撃墜のしようも難しく、フュンフツェンアーチャーは弾幕の隙間を縫うように回避する。その中でも、一歩ずつ凛へと迫っていく。……凛は自らの放つガンドの弾幕によって視界を覆われ、弾幕の中にいるフュンフツェンアーチャーの現状を把握できずにいた。気がついた頃には、フュンフツェンアーチャーはすぐ目の前まで迫っていた。

「しまった──!」

 と、叫んだ頃には遅かった。フュンフツェンアーチャーは凛の足を払い、姿勢を崩す。倒れ込んだ凛が目を開けると、目の前にフュンフツェンアーチャーの人差し指が迫っていた。その意図に気づき怯えさせる隙さえ与えず、フュンフツェンアーチャーはゼロ距離で凛の顔面にガンドを撃ち込んだ。傷こそないもののその威力は絶大で、直撃を受けた凛はすっかり伸びてしまった。

「やああぁぁぁーーーっ!」

 背後から襲い来る何者か。フュンフツェンアーチャーは剣を投影し、振り向くことなく攻撃を背に防ぐ。……刃物と鍔迫り合う感覚。それも”剣”や”刀”ではない。

 ちらりと振り向くと、そこには浅葱色の着物を着た女──先程追い払ったはずの美遊がいた。その手には大きすぎないナイフを握り締め、その瞳の内には赤と青の螺旋が渦巻いている。──夢幻召喚(インストール)、ドライツェンアサシン。外道に堕ちた殺人鬼の、本来在るべき姿だった。

 美遊は剣を弾き返すと、さらにナイフを振るう。その軽量を活かし、ただ肉体の動きに身を任せて様々な方向から刃を刺し込む。フュンフツェンアーチャーは連撃を回避しながら、避けきれない分を剣で受けていく。

 ……しかし、フュンフツェンアーチャーは違和感に気づく。剣でナイフを受ける度に、例えようのない怖気が走る。奴らに恐怖しているわけでは全くない。ただ、これは……本能的な怖気だ。

 ふと、何気なく美遊のナイフを剣で受けた。するとその瞬間、まるでナイフが剣に入っていくかのように剣を切断し、消滅させたのだ。咄嗟に跳び退くフュンフツェンアーチャー。その最中に、彼女は理解した。あの眼……あれこそが噂に名高き直死の魔眼。生物・非生物を問わずあらゆるモノを”殺す”ノウブルカラー。バロールの遺物。その力は誰が持とうが、誰にとっても最大の脅威となる。あれほどの殺気、余程の武人であれば相対した時点で「自分を殺す用意がある」と知覚できるだろう。そんな第六感の領域にまで踏み込むほどに、魔眼の力は凄まじい。

 フュンフツェンアーチャーは双剣を投擲する。しかし美遊はそれを最も容易く切断してみせる。また魔眼の力だ。あの表情からすると、どうもここ二、三回の切断で魔眼の勝手を掴んだようだ。だが、あれがフュンフツェンアーチャーの想定通りなら……勝機は十分にある。

 フュンフツェンアーチャーは再び前進し、剣戟を見舞う。やはり、魔眼の力によって剣が破壊されてしまう。だがその度に剣を新たに投影し、勢いを弱めることなく美遊に襲いかかる。剣戟の中で、美遊は何回も投影剣に描かれた”死の線”をなぞり、破壊する。しかしその精度は回数を重ねるごとに悪くなっていった。これこそがフュンフツェンアーチャーの狙いだ。いくら夢幻召喚(インストール)、直死の魔眼といえど、投影魔術と異なり()()()()()()()()()()()()()()()()()。英霊の記憶や力は読み取れても、それをどう活かすかは使用者次第だ。そのためフュンフツェンアーチャーは、魔眼で捌ききれない物量で押し通る戦略を取ったのだった。そうなればジリ貧、次第に美遊の攻撃の精度も衰えてくる。

 だが、美遊の苦戦にはもう一つの理由があった。……それは彼女が現在進行形で行使している”魔眼”にあった。この魔眼は発火や魅了などといった()()()()()とは違う。”死”というもう一つの世界のレイヤーを視ることのできる力。同時に、目に映った光の反射を脳で像に変換するように、死の線を脳で認識し切り込む必要がある。人と脳は”死”を視るようにはできていない。直死の魔眼は──ドライツェンアサシンのような、生粋の使用者でもない限り──フォーマットの違う計算機で無理矢理読み込むことで、脳に強い負担をかけてしまうのだ。……きっとそれは、直死の魔眼を持つ者でも言えるのだろう。この人には全て視えるが、この人にはここまでしか視えない、といったように。後者が前者の見方をすれば、本来視れないものを視るわけだから負担がかかる。……美遊の場合、()()()()()()()()()()()()()()()()

 ふとしたある一撃が美遊のナイフを弾く、その一撃によって美遊は大きく姿勢を崩し、尻餅をついてしまった。

「きゃあっ!」

 声を上げる美遊。見上げると、変わらず剣を携えたフュンフツェンアーチャーが美遊を見下ろしていた。フュンフツェンアーチャーは剣を握り締め、そして……、

「──させないっ!」

 美遊の前に立ちはだかった何者かが、フュンフツェンアーチャーを追い払う。金色の剣に、白百合ような甲冑。…フュンフセイバーを夢幻召喚(インストール)したイリヤだ。

「美遊、もう大丈夫。下がって!」

「いや……私はまだ、戦える……!」

「えっ? ……もう、言ったからね!」

 そうして、二人はフュンフツェンアーチャーへと斬りかかった。

 二本の剣で、美遊とイリヤそれぞれの攻撃を防ぐ。新参のイリヤはまだしも、あれだけ疲弊していた美遊も攻撃の勢いが増している。そのやりとりから二人の友情関係は読み取れるが、これも絆の力というわけか……。そんな美遊の攻撃は、フュンフツェンアーチャーの剣をなかなか破壊しない。魔眼で視ればどう破壊するかも分かるはずだが、どうやら魔眼の力を使わずフィジカルで押し込む選択をとったようだ。イリヤと共に双方から攻めているため、いい戦略ではある。

 しかし、そのナイフ捌きも見飽きたというものだ。この娘(イリヤ)の言う通り下がっておけ、とでも言うかのように剣に力を込め美優を弾き飛ばす。ダメージの蓄積により夢幻召喚(インストール)は解除され、カードがサファイアから弾き出された。

「美遊っ! ……このぉっ!」

 見兼ねたイリヤはフュンフツェンアーチャーへ果敢に斬りかかる。大振りのはずなのに、無駄のない斬撃。夢幻召喚(インストール)は力と記憶を継承できても技術はコピーできない、フュンフツェンアーチャーはそう読んでいたが……イリヤは、自前の剣術でカードを使いこなしているのだった。

 フュンフツェンアーチャーは攻勢に出ない。あえて、この斬撃を受ける。そしてイリヤはフュンフツェンアーチャーをある程度押し込んだところで、聖剣を構え唱えた。

風王鉄槌(ストライク・エア)!」

 聖剣が風を纏う。台風の最中にいるような暴風が巻き起こると、それをフュンフツェンアーチャーに向けて放射した。地平を裂く竜巻のように風がフュンフツェンアーチャーを襲う。暴風に巻き上げられ、フュンフツェンアーチャーは空を舞っていく。そこへ、イリヤが飛び上がり聖剣を振り上げる。

「やああぁぁーーっ!」

 僅かに光を帯びた聖なる一撃。宝具とまではいかずとも、一太刀にエネルギーを込め、強力な斬撃を繰り出す。……しかし、それは通らなかった。突き出されたフュンフツェンアーチャーの手のひらから、魔力の盾が形成される。淡い桃色を帯び、七つの花弁からなる盾。イリヤも、クロエが行使しているのを見たことがある。……熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)

「な──っ」

 だが熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)とは、本来飛び道具を防ぐためのものだ。イリアスに描かれた逸話から、飛び道具──特に投げ槍の類に対しては、概念的な絶対防御となる。それを近接攻撃の受けに使っても、大した効果は見込めない。だが……()()()()()()()()()()()()()()()()

 無防備になるイリヤ。フュンフツェンアーチャーは展開した熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)を消し、再び投影した双剣を振り下ろしイリヤを叩き落とす。

「や、あ──っ!」

 重力に襲われ、悲鳴すら出せない。イリヤは真っ直ぐ地面へと墜落していき、跳ねるようにグラウンドを転がる。

 したり顔で見下ろすフュンフツェンアーチャー。しかしイリヤにも飛びかかられたように、空中は決して彼女の安置ではなかった。次の瞬間、青い炎の柱が噴火するように舞い上がり、フュンフアーチャーを飲み込む。……それこそ彼女は熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)で炎を防いで見せたが、地表には炎の主がフュンフツェンアーチャーを見上げていた。上条当麻だ。

「さあ、来い……!」

 落下していくフュンフツェンアーチャー。その軌道は上条めがけ、そして双剣を振り下ろす。上条もそれを迎撃するように、巨大な槍を突き出す。地表から数メートルのところで、双剣と槍が激突する。瞬間、その戦いの苛烈さを感じさせるような圧力と衝撃波が周りの者達を襲った。

 以前からそうだった。どういった故かは分からないが、上条の幻想召喚(インヴァイト)……これによって変身した上条の戦闘力は、夢幻召喚(インストール)を使ったイリヤ達とはかけ離れていた。その戦いは、まるで真の英霊(サーヴァント)のようであった。英霊の模造品であり、本来のサーヴァントと比べて出力が低いという研究結果が上がっているクラスカード、その研究さえも彼は()()()()のだ。

 上条が槍を振るい、フュンフツェンアーチャーを振り払う。同時に、槍の軌道に沿って炎が吹き上がる。フュンフツェンアーチャーは剣を構え、槍を警戒する。そこへ上条は、突き、薙ぎ、と攻撃を繰り出す。その度に刀身は炎を纏い、フュンフツェンアーチャーを威圧する。

 フュンフツェンアーチャーも、幻想召喚(インヴァイト)の力強さを痛感していた。それだけではない。上条の右手に宿る他の力、異能を打ち消し、サーヴァント(アサシン)を宿し自らの一部としている……。彼女とてただの()()()、この世界の全てを知っているわけではないが……あの右手の力は、この世界には余る。それほどに強力なのだ。

 ……ならば、()()()()()()()()()()()()()()()

 フュンフツェンアーチャーは大きく飛び退いた。十数メートル先だろうか。だが、上条の槍は超長射程かつ炎の力を持つ。この程度大した後退にはならない、上条はそう踏んでいた。

「くらえッ!!」

 上条が槍を突き出す。するとその先端から鋭い炎が吹き出し、それそのものも炎の槍となって一直線にフュンフツェンアーチャーを襲った。業火に飲み込まれるフュンフツェンアーチャー。炎が弾かれるような雰囲気を感じないことから、熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)で防いでさえいない直撃だと思っていいだろう。

 ……だが、それで奴を仕留めたかと言うとまた別の話だ。

 炎が晴れ、フュンフツェンアーチャーの姿が見えてくる。()()()()()()()。フュンフツェンアーチャーは多少の煤が付着したのみでほとんど無傷だっった。唯一、異なる点がある。彼女の得物だ。彼女の手から双剣は消えていた。その代わりに握られていたのは、異形の大剣だった。ごつごつと、まるで岩から削り出したような斧剣。……イリヤ達は目を見開いた。その斧剣は、かつてズィーベンバーサーカーが振るったもの、そしてそれを夢幻召喚(インストール)した際に握るものと瓜二つではないか。

「……射殺す百頭(ナインライブズ)……」

 否。是、射殺す百頭(ナインライブス・ブレイドワークス)。その真髄は”剣技”である。

「くそッ……!」

 上条が槍を振り下ろす。それは巨大な炎の剣となって、フュンフツェンアーチャーめがけ叩きつけられる。……が、その時()()()()()()()()()()()()()姿()()()()()

「な──」

 と驚いた頃には、全てが一変していた。目にさえ見えるほどの斬撃波、その数七つ。斬撃は瞬く間に炎の剣を破壊し消し去った。そして上条がそれに気づいた頃には、目の前にフュンフツェンアーチャーが迫っていたのだ。

 ヒュドラの首を落として九つ、その境地へ一歩至れず八つ。七つの斬撃を放ったのなら、最後の一撃が残っている。

 フュンフツェンアーチャーが斧剣を薙いだ。その大きさと重量感にも関わらず振りは手刀のように素早い。それはまさに、動きに刃が遅れて発生するほどだった。彼女が斧剣を振るった一瞬、僅かな時間ではあるがラグが発生した。その短時間に、人は電気信号を筋肉まで伝達できない。防がねば──。フュンフツェンアーチャーの斧剣から僅かに遅れて、八つめの斬撃が上条に放たれた。あまりの剣速に上条の脳と筋肉は指示を伝達し合えなかったが、幻想召喚(インヴァイト)した()()の本能により槍を構え、斬撃の直撃を防いだ。しかしその破壊力はまさに宝具級で、上条は大きく吹き飛ばされてしまった。

「ぐっ、うおおおおぉぉぉっっ」

 受け身を取れず転がる上条。美遊と異なりクラスカードは排出されないが、立ちあがろうともがく上条の姿を見れば、その衝撃は察するに余りある。

「まだよ」

 死に体同然の彼らを前に、ある声がフュンフツェンアーチャーに届く。クロエだ。全身に傷を負いながらも、彼女はまだ戦えた。しかしその外観は痛々しく、イリヤはグラウンドを這いずりながらクロエを見つめ、しかし目を逸らしてしまう。

「まさかそれで勝ったつもりでいるんじゃないでしょうね? 少なくとも、私を殺してからにしなさいっ!」

 クロエはそう叫び、双剣を携え襲いかかる。傷による衰えを見せない超速の剣戟、フュンフツェンアーチャーも同じく目にも留まらぬ速度で双剣を振るう。傍から見れば互角。武器も能力も同じ、完璧なまでのミラーマッチ。そう見えるはずだ。

 だが、フュンフツェンアーチャーは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

『q@/<』

 人の認識を外れた言語で、そう呟いた。

「なん、ですって──っ」

『ckwes@katow@、0qdsqqteigqk? 3uqf、jq@7;.fr@』

「あんたに、私の何が──!」

『0t.0』

 フュンフツェンアーチャーはただ一度、剣を強く振るった。それはクロエを弾き飛ばし、反撃の余地もなく無様に地面へ転がされた。

『3uqf0qd。cdw、0qdf3uq。w@d9?』

 そう呟くと、フュンフツェンアーチャーは魔力を込める。風が巻き起こり、外套が翻る。それは投影でも、他の魔術でもない。この爆発的な魔力の上昇は、あの宝具を展開する用意だ。

 フュンフツェンアーチャーが一言、唱える。その瞬間、ドッ、と暴風がフュンフツェンアーチャーを包み、地面に転がっていたクロエは風に乗り吹き飛ばされてしまう。

「ああっ……!」

 だが、上条は訝しんだ。あの宝具の詠唱に比べ、彼女の唱えた言葉はあの日のそれとは異なっている。だが、確かに似たものであり、放たれる魔力に至っては全く同質のものだ。……そこで気づいた。呪文詠唱の難点とは、()()()()()()()()()()()()なのだと。

「マズイ──遠坂、例の固有結界だ! それも……なんか、早口だぞ!」

「ぐ……高速詠唱の類い、ってこと? 弓兵(アーチャー)ごときが、どこでそんな芸当を……っ」

 痛みを堪えながら、凛が立ち上がる。事前に上条達からあの固有結界の説明を受けていた彼女は、その対策を練りに練った。聞く限り、あれを発動させたら一気に形勢が傾く。ただでさえこちらが劣勢な状況でそんなことをされては、敗北必至だ。

 だから、()()()()()()のだ。

「甘いわね、何のために()()()まで引きずり出したと思ってんの? ──バゼット!」

「出番ですね」

 立ち上がったバゼットが、鉄球を取り出す。彼女が時間をかけ、丹精を込めて精製した鉄球。なぜ、鉄球如きに時間がかかるのか。それは、それが実の宝具であるからだ。

後より出て先に断つ者(アンサラー)!」

 バゼットが拳を構える。同時に、詠唱によって拳の先端に鉄球が浮遊する。鉄球は青い稲妻を帯び、柄のない剣へと姿を変える。そしてそれは、フュンフツェンアーチャーのそれに劣らない魔力を波を放出している。これこそが、現存する数少ない宝具の一つ。因果を歪める、()()()()()()()()

斬り抉る(フラガ)──」

 と、名を放つ。すると、それに応じるようにフュンフツェンアーチャーが右手を突き出した。詠唱は止めていない、片手間での行動。だがその右手に刻まれた刻印が弓の形を取って、大きく展開された。何かが来る。後より出て先に断つ者(アンサラー)に対抗する用意がある。だが、この宝具は絶対的な因果律逆転(後出しジャンケン)だ。ツヴァイランサーの刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)のような同じ因果律逆転兵装でなければ、だがそれでも良くて相打ちにしか持ち込めない。それになにより、今更真名解放を止めることはできない。

「──軍神の剣(ラック)!!」

 バゼットの拳から光線が放たれる。剣は一筋の稲妻となって、フュンフツェンアーチャーの胸を貫く。ただの光線ではない。その異名は「逆光剣」。それは相手が切り札を使った時にのみ発動し、放たれた閃光は時さえも遡り、()()()()使()()()()()()を貫く。ドライツェンアサシンを仕留めたのもこの宝具だ。()()()()()()()()()()()……ある男が時を遡り自らの祖父を殺したとして、その男は果たしてそれまでと同じように存在できるのか?

 ……フュンフツェンアーチャーは、その問いへの答えを持っていたのだ。それこそがこの刻印弓。男が時を遡り自らの祖父を殺そうとするなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 刻印弓から閃光が放たれた。閃光は視界いっぱいに広がり、斬り抉る軍神の剣(フラガラック)の光線とかち合う。するとその光はブラックホールに飲み込まれるように一瞬で消滅し、その後には斬り抉る軍神の剣(フラガラック)さえ残らなかった。

「な──」

 バゼットは言葉さえ出なかった。こんなことは今までで初めてだ。理論上有り得る刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)との相打ちよりも、さらに()()()()となってしまった。

 上条は失念していた。今の今まで、この宝具の存在を忘れてしまっていたのだ。あまりに強烈な効果だったにも関わらず、第一解放の破壊力の大きさばかりを警戒してしまっていた。

 痛哭刻印(フェイルノート)第二解放(セカンドギア)夢幻凍結(ファントムキャンセラー)。その効果は斬り抉る軍神の剣(フラガラック)よりももっと単純な仕組みの、純粋な()()()()()()である。バゼットの得意とする後出しジャンケンは、なかったことにされてしまったのだ。

「──畜生ッ!」

 上条は幻想召喚(インヴァイト)を解除し、元の自分に戻って駆け出す。その身に宿るアサシンの力も借り、人ならざる速度でフュンフツェンアーチャーに肉薄していく。幻想殺し(イマジンブレイカー)──固有結界はこの右手では破壊できない、だがその発動なら破壊できる。この右手で奴に、それがダメでも奴の口の中に手を突っ込んでやれば、発動は止まるはずだ。

「間に合え──ッ!!」

 大切なものを手繰り寄せるように、その右手を伸ばす。フュンフツェンアーチャーがその手を見つめる。その力は知っていた。だからこそ、上条を恐れてもいた。右手がフュンフツェンアーチャーの鼻先直前まで迫る。あと一歩だけ踏み出せば奴に触れられる。その気迫で、上条は片足に全ての力を込める。

 ……だが、フュンフツェンアーチャーの偽・高速詠唱とは、上条の想像よりも随分と早口だった。

 

 光が収まり目を開けると、そこは一面の荒野だった。剣が突き立てられた一面の死の世界。生きると殺すのみが支配する極限空間。そして……彼女の心の世界。

「これが……固有結界……」

 凛は今が敵の術中の最中であることを忘れたかのように荒野を見回す。人の(わざ)としてはあまりにも高度すぎる魔術、固有結界(リアリティ・マーブル)。階梯の高い死徒──そんなものの実在さえ机上の空論でしかないが──くらいしか使いこなせないといわれるほどの大魔術。あるいは……かつて、固有結界を自らの体内に限定して発動する研究をしていた封印指定魔術師がいたという記録も聞いたことがある。だが、その程度だ。人の身で固有結界などを行使しようものなら、一発で封印指定をくらい”橋の底”幽閉される。

 だがサーヴァントの身ということなら、有り得ない話ではなかった。因果を歪める槍、十二回死んでも死なない不死身の体、星の力を持つ聖剣……そんなものが存在するのなら、その中での固有結界などは児戯に等しいものだった。だがそれをサーヴァントが行使したとすれば、彼らにっての児戯とはいえ我々(ヒト)にとってはこの世ならざる宝具でしかない。

「く……!」

 美遊は一歩踏み出す。この力は一度目にした。剣を投影する……その規模が肥大化しただけだ。それさえ分かっていればあとはこちらから攻めていくだけ。そしてあの技は……何より、危険だ。また誰かに被害が出る前に、()()()()()()

 美遊は半ば自暴自棄であった。大切な人を守る、ただその一心だった。……もう、十分に血は流れた。これ以上、大好きな日常を奪わせはしない。

「投影魔術……クロと同じそれなら、ズィーベンバーサーカーとは相性が悪いはず……!」

 美遊はバーサーカーのカードを取り出す。上条の持つフィルツェンバーサーカーのものとは違う、ズィーベンバーサーカーのもの。ズィーベンバーサーカーの最大の強みは”不死身の体”。十二回殺されねば死なず、神秘のレベルが低い攻撃はそもそも通用せず、一度殺された攻撃には耐性ができる。投影した武器は、オリジナルと比べてどうしてもランクが下がる。投影魔術にとってズィーベンバーサーカーは天敵だった。だからこそ、美遊は勇んでいた。同時に、不死身故の無謀さを持っていた。

 サファイアに魔力を込める美遊。その魔力でカードに干渉し夢幻召喚(インストール)しようとしたその時、黄金の剣が行手を阻む。イリヤだ。

「イリヤ、どうして!? 早くあいつを……」

「大丈夫。クロにやらせてあげて」

「でも──」

 イリヤの言葉に、美遊は反論しようとする。だが、イリヤのその声色と表情を見て、その気が失せてしまった。彼女は本気だ。フュンフツェンアーチャーは切り札を行使した。自分達はすっかりピンチに追い込まれた。それでもなお、クロ一人にやらせようと言っている。そして、その言葉には根拠のない説得力があった。クロエが勝てる保証はないし、確率も低いだろう。だがそれでも、イリヤはクロエを信じていたのだ。

 ……フュンフツェンアーチャーは、クロエを見据えていた。この大魔術は全てクロエのためのもの、クロエの戦う舞台を整えた、とでも言いたげだった。クロエは、気に入らなかった。フュンフツェンアーチャーが、人ならざる黒化英霊(サーヴァント)ごときが、自分のことを分かっている・見透かしているような気がした。だが、クロエとは何なのだろうか? クラスカードを核として、魔力によって体を形作った存在。クロエは時折思う。自分は、黒化英霊(サーヴァント)達と何が違うのだろう?

 フュンフツェンアーチャーが手振りで号令をかける。すると周囲に突き刺さっていた剣が一斉に浮遊し、クロエの方に切っ先を向けた。そして間も無く、その全てがレールガンのように射出された。クロエは双剣を握り締め、剣を一つづつ斬り落としていく。だがクロエは気づいた。投影剣には、壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)との相性がいい……!

 初めの数発は様子見だったとでも言わんばかりに、ある時点からの投影剣は弾く度に爆発を起こすようになった。これではおちおち捌いてもいられない。クロエは魔力を集中させて、空中に剣を投影し放つ。現状、こうするのが一番投影剣の応酬を防ぎやすい。

 しかしフュンフツェンアーチャーはクロエよりも上手(うわて)だった。クロエが気を集中して投影剣の射出を行っている一方で、フュンフツェンアーチャーは射出をしながら同時に手の剣を構え、クロエに襲いかかってきたのだ。

 フュンフツェンアーチャーの直接攻撃にクロエは対応に迫られ、安定しない足元でフュンフツェンアーチャーへ踏み込み、剣を振るった。だが同時に迫り来る投影剣の射出を防げず、クロエは後退する。しかしフュンフツェンアーチャーはそこへも迫ってくる。

「このっ……!」

 応戦するクロエ。だがその剣戟は乱れている。フュンフツェンアーチャーによる斬撃と射撃の応酬、そこからくる焦り……。だがその焦りは、決してフュンフツェンアーチャーによってのみ植え付けられたものではなかった。奴に勝てない、そう自分を追い詰めるクロエ自身も焦りの要因だった。

 フュンフツェンアーチャーの攻撃を剣で弾いては、射出された剣を避け・弾く。しかし壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)による爆発によって防ぐごとにクロエは傷ついていく。剣によって切り裂かれるのみならず、爆炎に晒され、露出しているクロエの脚や脇腹、頬が高熱でケロイドに爛れてしまう。痛いはずだ、悶えるほどに。だがクロエはそれでも剣を振るった。アドレナリンが分泌し、痛みさえ感じなくなっている。過度な集中状態。目の前の敵に狙いを定められる一方で、とても危うい状態でもあった。……痛みとは”罰”ではない。命の危険を脳に知らせるための安全装置、探知機なのだ。それがはたらかなければ、自分の状態さえ分からず無謀にも突貫してしまう。

 そして、そんなクロエの痛覚を呼び戻す出来事が起きる。

「痛っ──?」

 ふと感じた鋭い痛み。ドライツェンアサシンによる背中の傷ではない、この戦いで負った傷だ。ふと痛む方に目をやると……右肩に、無骨な西洋剣が突き刺さっていたのだ。フュンフツェンアーチャーはいくら爆発に巻き込まれても止まらないクロエの根性を挫くため、この一撃にあえて壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)を適用しないことで直接的な痛みを与えることにしたのだ。え、とクロエは声を漏らす。次第に薄れていた痛覚が回帰し、じわりじわり、ずきんずきん、ぐじぐじと、右肩から右腕、右腕から全身、全身から脳へと、痛みが突き抜けていく。

「っ、あ──ぁぁああああああああああっ!!!」

 クロエは叫び、倒れ込む。まるで何かにしがみつかれているかのように暴れ、痛みに悶える。ドライツェンアサシンによる傷とは違う、もっと深く強く訴えかけてくる痛み。……ドライツェンアサシンに殺されてしまった那奈亀も、一撃目はこれほどに痛く、これほどに叫んだのだろうか。

「……っ」

「……イリヤ?」

「──やっぱり、駄目……っ!」

 クロエを信じ傍観していたイリヤだったが、居ても立っても居られずに駆け出した。サーヴァント級の脚力で一瞬にしてフュンフツェンアーチャーに肉薄し、聖剣を振るう。しかしその攻撃はすでに何度も披露しており、そしてワンパターンだった。イリヤの剣はことごとく回避され、弾かれ、そして逆にフュンフツェンアーチャーにの斬撃にイリヤは圧されてしまう。

 ……確かにイリヤは、戦うクロエを信じていた。その点では彼女を裏切ってはいない。イリヤが裏切ったのは自分自身だ。クロエを信じる自分よりも、クロエを失いたくない自分の方が勝ってしまった。その弱みだった。それは彼女の剣にも表れている。葛藤と迷いを孕んだ弱々しい剣筋だ。

だがそれでも、イリヤはクロエを庇うように立ち塞がる。フュンフツェンアーチャーは攻撃しない。もうそれには値しないからだ。だがイリヤは果敢にも斬りかかってくる。その度にフュンフツェンアーチャーは気怠く剣を振るい、追い払わねばならない。

 一撃、二撃、三撃。攻撃を弾き返すごとに、イリヤは姿勢を崩し転んでしまう。乾いた土にまみれても、肌を擦りむいても、クロエが背後にいる限り立ち向かっていく。何度やっても結果は同じ。フュンフツェンアーチャーも飽き飽きとしていた。だが何度も立ち向かうイリヤの根性と、クロエを想う気持ちだけは、尊敬に値するものだ。フュンフツェンアーチャーはそう思い、対応を放棄することだけはしなかった。

「もう……いいから……!」

 それを止めたのは、他でもないクロエだった。イリヤは振り向き、フュンフツェンアーチャーは二人から一時身を引く。イリヤのその目は、死んでいく人を見つめるような悲しげな眼差しで、潤んでさえいた。

「これは、私の戦いだから……だから、イリヤが私を庇うことなんてない。この戦いで死ぬのは、私だけで……」

「いやだよ! ……そんなの、いやだよ。誰にだって死んでほしくなんかない。クロも……死んじゃ、いやだよ」

 イリヤの泣き言を聞いて、クロエは笑う。嘲笑ではない。自分はこれほどにも愛されていたのか、という幸福だった。

「ふ、ふふ……そこまで言うなら、しょうがないわね。だからイリヤ、下がってて。すぐにあいつをぶっ倒して、帰ってきてあげるから」

 そうクロエは立ち上がると右肩に痛々しく突き刺さった剣の柄に手をかける。そして力を込め、剣を肩から引き抜く。

「いぎ、っぐうぅっ……なんの、これしきぃ……っ!」

 クロエは痛みに喘ぎながらも決して弱音は吐かず、痛みにも負けることなく引き抜く力を強める。そしてやがて、ずりゅ、と肉肉しい音と共に剣を引き抜いた。傷口の栓が外れ、決壊するように血が溢れる。クロエは傷口に手をかざし、自前の簡易治療魔術をかける。血はすぐに収まったが、止血できたのみで完全回復とまではいかなかった。それにクロエに最適化された投影魔術とも異なるので、今の回復での魔力消費は無視できないものだった。

「調子悪い、でも……はぁ……よし、やるか」

 まだ回復しきっていない右腕をだらんと垂れ下げながらクロエは一歩踏みだす。来るなら来てみろ、と言わんばかりにその様子を見据えるフュンフツェンアーチャー。クロエの足が立ち尽くすイリヤを追い越すあたりで、イリヤはクロエの手を握った。

「イリヤ……?」

「違うよ……違うんだってば。何のためにみんなで来たの? 何のために、みんなで立ち向かったの? ……クロは、一人じゃない。クロが戦うって言うなら、私も戦うよ」

 イリヤはそう言うとクロエを引き寄せ、その唇を重ねた。

 気まずそうに顔を背ける男性陣、ニヤけ出す凛達、微笑みながらもため息をつくバゼット、そして……眉をひそめ、その接吻を見届けるフュンフツェンアーチャー。彼女が察するに、クロエは魔力欠乏状態にあった。サーヴァントへの魔力供給は一般的に魔術回路の経路(パス)を繋げることが最も効率がいい。だが腕のいい魔術師のもとにサーヴァントが現れるとは限らない。魔術師でさえないかもしれない。そういった場合に効率的な魔力供給法は、人並み以上の食事か……キスや性交渉といった、体液交換だ。

 イリヤが唇を離す。二人の間には唾液の糸が引き、イリヤの魔力がクロエに流れ込む。ぺろり、とクロエは下唇に垂れたイリヤの唾液を舐めとる。そして、笑った。まさかイリヤの方から()()()()くるとは。だが……彼女のおかげで魔力も、やる気も十分に回復した。

 クロエはイリヤの手を握り、立ち上がる。

「もう、イリヤったら。そこまでされちゃ……やらなきゃ()()()()、ってもんよ。──みんな! 甘えていい!?」

「当ったり前だろ!」

「よろしくてよ!」

「サポートするわ!」

「障害は全て私が殴り飛ばしましょう」

「もっと早く頼っとけってンだ、アマが」

 皆がクロエに激励の言葉を投げかける。クロエは自分の恵まれたるを実感するとともに、フュンフツェンアーチャーへの対抗心を燃やした。一人で敵わなくても、ウン人集まれば文殊のナントヤラだ。

 フュンフツェンアーチャーは、そんなクロエ達を今までで一番警戒していた。あれほど追い詰めて、なお皆して立ち上がってくるとは。精神(メンタル)の好調は身体(フィジカル)に直結する。今の状態の彼女らなら、あるいは……と、剣を握る手が力を増す。

 ……そんな中で一人、美遊だけは感情を露わにせず、繋がれた二人の手元を真顔で見つめていた。

 ふと、クロエは自分のへそに手を添えた。そこに刻まれているのは赤い紋様。死痛の隷属──イリヤとの痛覚共有の呪いだ。クロエはそこへ魔力を組成し、流し込むと……まるでシールが剥がれるかのように、紋様は消えていった。

「あの子ったら……全く、敵わないわね」

 あっけない解呪に冷や汗を流しながらも、笑みを浮かべた。既に解析済みであったことは想定外だったが、今のクロエならその解呪に納得さえできたのだ。

 ……死痛の隷属を刻んだ目的は、イリヤへのストッパーだった。当初敵として立ちはだかったクロエは、イリヤとの痛覚共有の呪いを結ばれたことによってイリヤへの攻撃の痛みが自身にもフィードバックされる、実質的にイリヤを攻撃できないようにされた。枷のようなものだった。だが、死痛の隷属そこに関連してもう一つの用途がある。魔力消費上限の設定だ。魔力をより多く消費すれば強力な武器を投影し魔術を行使し……フィードバックされる痛みさえ誤魔化すことも可能だろう。それを防止するため、多くの魔力を消費できないようにこれまたストッパーをかけたのだ。日々の投影魔術は可能だが、それ以上の大魔術となると使用に制限がかかる。……しかしクロエにとって魔力の使いすぎは死に直結する。その点、この死痛の隷属はクロエを拘束する枷でもあり、クロエの命を守る救命胴衣でもあったのだ。

 ……だが今、クロエはその拘束を脱ぎ捨てた。この状況においてそれが意味する事象は、一つしかあるまい。

 数拍の深呼吸。そして、

 

「──”体は剣で出来ている(I_am_the_born_of_my_sword)”!」

 

 クロエがそう唱えた瞬間、フュンフツェンアーチャーの瞳孔は一気に狭まり、クロエへ向かって全速力で駆け出した。今まで見たことのないような、その焦りよう。クロエと同じ力を持つ自分だからこそ、その脅威を理解できてしまうのだ。

 一直線に突っ込むフュンフツェンアーチャーの道程を、イリヤが遮る。黄金の剣が、フュンフツェンアーチャーに襲いかかる。イリヤの剣はそれまでと同じ、フュンフツェンアーチャーが既に見切りきっていたものだった。しかし此度のイリヤは違う。その剣の一振り一振りに力がこもっており、かつ魔力の高まりを感じる。

 フュンフツェンアーチャーは手間取っていた。クロエと同じだ、自らの焦りによってその剣に鈍りが生じたのだ。ぶんっ、と薙ぎ払ったイリヤの聖剣に押され、フュンフツェンアーチャーは後退してしまう。イリヤはそこへ、突き立てるように聖剣の切っ先を向ける。

十三拘束(シール・サーティーン)限定解錠(プロト・ナンバー)……勝利すべき黄金の剣(カリバーン)!」

 聖剣から、一筋の光が放たれる。それはかの聖剣のかつての姿(プロトタイプ)であり、失われた姿(ロストテクノロジー)。しかし()()()たる今のイリヤであれば、古今の双方を行使することも叶う。それこそ、()()()()()()()だ。

 フュンフツェンアーチャーは熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)を展開する。遠距離攻撃の類いであればこの盾の効果は絶大だ。

 七枚のシールドが、黄金の光線を防ぐ。その威力は絶大だったが、何とかシールドが一枚割れるか割れないかのところで防ぎ切ることができた。

 一瞬安堵し、再びイリヤを視界に捉えるフュンフツェンアーチャー。しかしそこにいたのはイリヤだけではなかった。その背後から、イリヤの肩を踏み台にするように跳び上がり襲いかかってくる美遊の姿もあった。

 

血潮は鉄で(Steel_is_my_body,)心は硝子(and_fire_is_my_blood.)!」

 

 詠唱は続く。

 襲いかかる美遊は、黒い晒しを胸に巻き、獣の皮で仕立てた腰布をまとい、その手には大きな岩石の剣を──フュンフツェンアーチャーが投影したのと同じ斧剣を持っていた。ズィーベンバーサーカーの夢幻召喚(インストール)だ。

 フュンフツェンアーチャーは跳びかかってくる美遊に剣を射出する。しかし美遊は避けようともせずに、その剣を体で受けた。突き刺さる剣。しかし美遊は止まらない。これこそ、彼女がフュンフツェンアーチャーへの対抗として目論んでいた力。ズィーベンバーサーカーの不死性だ。

 美遊はフュンフツェンアーチャーに斬りかかった。大振りのそれを、フュンフツェンアーチャーはひらりと回避していく。しかし次第に夢幻召喚(インストール)に慣れてきたのか剣速も素早くなり、回避だけでは対応できなくなっていく。

 ……そこで、イリヤの聖剣だ。あの技を使う一瞬、聖剣はかつての姿に立ち戻っっていた。星の力を得る前の、湖の剣。神によるモノでないそれなら、理論上投影は叶う。美優の斬撃が迫る。僅かな隙にフュンフツェンアーチャーはイリヤの聖剣を脳内で想起する。光線に盾で触れた際の構成材質を解析し、聖剣の組成を再現する。そして、フュンフツェンアーチャーは投影した聖剣で、美優の斧剣を受けた。

 美遊とイリヤは驚愕した。宝具の投影とはいえ劣化物だ。それなのに、これほどに莫大な魔力を放っている。それは純粋に、クロエと比較した際の技量によるものなのだろう。

「まずい、イリヤ、退いて──っ!」

 美遊は投影聖剣の魔力の高まりを感じ、そばのイリヤに声をかける。しかし声をかけた時には既に遅く。フュンフツェンアーチャーが聖剣を振るうと共に先のイリヤの技にも匹敵する魔力の衝撃波が放たれ、二人は吹き飛ばされてしまった。

 しかし、すぐさま次の刺客がフュンフツェンアーチャーの目に入る。彼女らを見兼ねて突撃してきたのは、意外にも一方通行(アクセラレータ)だった。

 

幾度の戦場を越えて不敗(I_have_created_over_a_thousand_blades.)!」

 

 詠唱は続く。

一方通行(アクセラレータ)はロケットのような速度で猛接近し、ベクトルの全てを乗せた拳をフュンフツェンアーチャーに叩き込んだ。受け身を取り、かろうじて直撃を避けたフュンフツェンアーチャー。しかしその破壊力に体は押し戻されてしまう。この足が、クロエから遠ざかってしまう。

「ギヒャヒャヒャヒャヒャヒャアーーーーッ!!」

 一方通行(アクセラレータ)は笑う。それはまるで年不相応な笑いで、心の底から楽しむような、玩具を暴力的に弄ぶ子供のような無邪気ささえ孕んでいた。

 それを、フュンフツェンアーチャーが警戒するのも無理はない。止まることを知らないかのように接近してくる一方通行(アクセラレータ)に、フュンフツェンアーチャーは剣を射出する。しかしそれが命中するやいなや、一方通行(アクセラレータ)はのけ反りさえせず、剣は来た道を真っ直ぐ巻き戻っていく。ベクトル反射だ。投影剣は、既にそこまで()()されていたのだ。

 一方通行(アクセラレータ)は跳び上がった。すると彼は空中で黒い翼を展開した。……否、それは翼のように見えるだけで、風を集めて浮遊しているだけだ。同時に、手の中に空気を集め、圧縮する。バチバチと稲妻が散り、プラズマ球が形成されていく。

手前(テメェ)でもどうかと思うンだが──生憎、ガキのお守りは俺の得意分野なンでなァ!!」

 一方通行(アクセラレータ)の手からプラズマ光線が放たれる。プラズマは光の速さでフュンフツェンアーチャーに降り注ぎ、全身を這い回る蛇のようにフュンフツェンアーチャーの体を引き裂いていく。苦しむフュンフツェンアーチャーへ、すかさず一方通行(アクセラレータ)は接近し追撃を企む。だがフュンフツェンアーチャーは、その接近を待たずにプラズマを振り払った。その手には、黄金の剣が輝いていた。

 フュンフツェンアーチャーは接近してくる一方通行(アクセラレータ)に聖剣を振るった。ベクトル変換を武器に、止まることなく突き進む一方通行(アクセラレータ)。そして、聖剣の刃が一方通行(アクセラレータ)に肉薄すると……一方通行(アクセラレータ)は本能で回避した。聖剣が能力による防護幕に触れた瞬間、妙な感覚が走ったのだ。計算ができない、あるいはできていない……。そう、これは星の力はなくとも、”聖剣”と呼ぶに相応しい神秘を秘めている。例外を除き黒化英霊(サーヴァント)の攻撃のベクトルを停滞させることが精一杯な一方通行(アクセラレータ)には、そのベクトルを計算できるはずもなかった。

「クソッタレが、コスいやり方しやがって……!」

 瞬間、フュンフツェンアーチャーは聖剣を地に突き立てた。突き立てられた聖剣の刃は大地を媒介としてそのエネルギーを拡散していき、黄金の爆発を引き起こした。それのベクトルを計算できるわけもなく、一方通行(アクセラレータ)は呆気なく吹き飛ばされてしまう。

「ぐ、おォ──ッ!」

 速度が乗り、Gに体を圧されながら宙を舞う一方通行(アクセラレータ)。やがて地面に墜落するが、地表とのベクトルを変換したことで滑り止めでもついているかのように静止した。しかし、爆発の余波と吹き飛ばされた際のGによって脳は揺さぶられ、意識は朦朧としている。

 ……そんな彼の左右を、二人の少女が通り過ぎた。凛とルヴィアだ。

 

たった一度の敗走もなく(Unknown_to_the_origin.)──」

 

 詠唱は続く。

フュンフツェンアーチャーは二人の接近に気づくことなく、クロエに向けて投影剣を射出する。しかしその軌道上に突然大きな緑色の宝石の(ビジョン)のようなものが現れ、盾となって投影剣を防いだ。

 迫り来る魔力。フュンフツェンアーチャーはすぐさま感覚の示す方向を振り向く。そこにいたのは、接近してくる凛とルヴィア。あの緑の宝石は、凛による宝石魔術だったのだ。

 凛は赤い宝石を投げる。フュンフツェンアーチャーはその命中を待つことなく投影剣で撃墜する。すると宝石はその小ささに反比例するかのような巨大な爆発を引き起こし、フュンフツェンアーチャーの視界をいっぱいにする。爆発はフュンフツェンアーチャーよりも遠くで発生しており、直接的なダメージにはならない。だがそもそもこの爆発はダメージではなく目眩しを目的としていた。フュンフツェンアーチャーが煙を振り払おうとすると、その向こうからルヴィアが出現する。煙に紛れ、気配を消し接近していたのだ。不意打ちを受けたフュンフツェンアーチャーは反応に遅れ、ルヴィアお得意のプロレス技で関節を固められてしまう。

 凛は宝石を用いた後方支援に徹し、ルヴィアが前線に出てフュンフツェンアーチャーへ技をかける。犬猿の仲とは思えないコンビネーション。あるいは犬猿の仲だからこそ、互いに通じ合うところがあったのかもしれない。

 しかし、フュンフツェンアーチャーは女性特有の体の柔らかさを駆使してルヴィアの固めをすり抜けた。ルヴィアは咄嗟にガンドの構えを取るも、同じくガンドの構えをしたフュンフツェンアーチャーの手に払われ、自分がガンドを受ける羽目になってしまった。だがルヴィアはその手をさらに蹴り上げ、ガンドの直撃を防ぐ。しかしその振り上げられた脚をフュンフツェンアーチャーに掴まれ、投げ飛ばされてしまった。

 

「──たった一度の勝利もなし(Nor_known_to_the_finale.)!」

 

 詠唱は続く。

 投げ飛ばされたルヴィアを見て、凛も突撃した。数個の宝石を投げ、フュンフツェンアーチャーを撹乱する。そのどれも爆発的な威力を持つわけではなく、閃光や怪音など、感覚器官に干渉する類いのものだった。僅かに怯んだフュンフツェンアーチャーに、拳を握り締めた凛が迫る。そして地を踏み締め、グンッ、と拳を一発。気配を察したフュンフツェンアーチャーは咄嗟に防御体勢を取り直撃は免れるも、身体強化も重なったその拳の威力に筋肉が僅かに痺れてしまう。そこへ凛は全身のバネを駆使し、さらに目にも留まらぬ連打を見舞う。

 揺さぶられるフュンフツェンアーチャーの体。しかしフュンフツェンアーチャーは意識を途絶えさせることはなく、連打を受けながらも凛の拳を掴んだ。連打はそこで勢いを止めてしまい、主導権を文字通りフュンフツェンアーチャーに握られてしまう。フュンフツェンアーチャーは掴んだ凛の拳を引き寄せ、空いた手で凛の腹へ拳を叩き込んだ。空気を吐き出し、怯む凛。そんな凛の顔面へ、さらにフュンフツェンアーチャーは再起不能の一撃を打ち込もうとする。

 しかし、そんな凛の手の中に何かが光った。オレンジ色の宝石。爛々と輝き、大きな魔力を放ち膨張している。すると宝石はカッと光を増し、二人の間で爆発を起こした。今度のそれは撹乱目的のものではない。明確な威力を持った攻撃用の宝石魔術だ。だがそれを受けるのは凛も同じだが……。

 爆発で二人は引き離されるフュンフツェンアーチャーは超至近距離で魔力爆発を受け煤けながら後退する。一方の凛は黒化英霊(サーヴァント)ほど強靭ではないため、あの距離であの爆発を受ければただは済まないはず。……しかし凛は身体強化と懐に仕込んだもう一つの宝石の魔術により防御を強化し、致命的な損傷もなく生還した。爆発で吹き飛ばされはしたものの、そもそもが防御力強化込みでフュンフツェンアーチャーとの距離の確保を狙ったものだったのだ。

 

少女はただ一人(Pain_with_inconsistent_weapons,)──」

 

 詠唱は続く。

 凛とルヴィアを退けたフュンフツェンアーチャーの前に立ちはだかったのは、バゼットだった。フュンフツェンアーチャーはバゼットの脅威度をよく認識していた。黒化英霊(サーヴァント)さえ穿ち得る拳、夢幻凍結(ファントムキャンセラー)がなければ防ぐことができなかったであろう逆光剣の宝具……。フュンフツェンアーチャーは、まだバゼットの全てを見切ったとは思っていない。あれほどの技量と宝具の持ち主であれば、その戦いのバラエティは豊富なはずだ。だからこそ、フュンフツェンアーチャーはバゼットの動向を特に警戒していたのだ。

 その時、バゼットが跳び上がった。空中浮遊ではない、ただの跳躍。しかしそのブーツには魔力が収束し、稲妻を纏っていた。

「アンサズ・エワズ・イングス!」

 そう唱えるとバゼットは空中で加速し、フュンフツェンアーチャーへ飛び蹴りを放った。かろうじて回避するフュンフツェンアーチャーだったが、命中地点には稲妻の爆発が発生し、フュンフツェンアーチャーを追い払った。それを逃さないようにバゼットは稲妻の爆発の中から姿を現し、後退したフュンフツェンアーチャーへ迫る。

 稲妻を纏い、碧色の閃光を放つ拳。それを見てフュンフツェンアーチャーは剣を構え、拳を防ごうとする。いくら相手が素手とはいえ、あれに刃は通らない。強力なルーン魔術が施されているのなら、あれはせいぜい弾くくらいしかできない。

 放たれたバゼットの拳がフュンフツェンアーチャーの剣とかち合う。やはり、バゼットの拳技は凄まじい……。黒化英霊(サーヴァント)たるフュンフツェンアーチャーにも劣らぬ膂力を用いて放たれた拳は剣を弾き、フュンフツェンアーチャーの目前まで迫る。

 バゼットが拳を打つ度に、パン、パンと空気さえ割るような快音が響く。それほどに素早い拳の持つ威力は想像に難くない。傍から見て、フュンフツェンアーチャーは押されているようだった。黒化英霊(サーヴァント)さえ屠るその拳は確かにフュンフツェンアーチャーにも匹敵し得たのだ。

 連撃に乗せ、バゼットは鉄球を構える。あの宝具の鉄球だ。しかしあの宝具は察するにこちらの切り札の発動をトリガーとして起動する、夢幻凍結(ファントムキャンセラー)と同様の宝具。だがフュンフツェンアーチャーは切り札どころか、是、射殺す百頭(ナインライブズブレイドワークス)のような特殊投影の素振りさえ見せていない。するとバゼットは拳に合わせ鉄球を浮遊させると、そこから剣を形成するまでもなく、拳もろとも包むような稲妻を放ち始めた。

「逆光剣が効かないのなら、純粋なエネルギーをぶつけるまで! どうせ捨てるし!」

 バゼットは本来宝具に用いられるエネルギーを拳の一点に収束させ、フュンフツェンアーチャーに放った。それはまさに異なるひとつの宝具と言っても差し支えないほどのエネルギーを秘めていた。フュンフツェンアーチャーは咄嗟に熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)を展開する。飛び道具相手ではないが、せめて盾として。半ば浅慮でもあるその作戦によりバゼットの拳を受ける。

 だが、所詮は対遠距離攻撃用、と言うべきか……拳を受けた瞬間、それまでなかったような稲妻の大爆発を伴い、熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)は呆気なく七枚全てが粉砕され、衝撃でフュンフツェンアーチャーは吹き飛んだ。受け身を取り着地するフュンフツェンアーチャーだが、思わず膝をついてしまう。その足元に、先の攻撃で消費された鉄球が赤錆びて転がった。

「まだまだ……!」

 バゼットは再び地面を蹴り、フュンフツェンアーチャーへ接近する。……フュンフツェンアーチャーは思った。人間を相手するつもりであれと殺り会わない方がいい。

 フュンフツェンアーチャーは立ち上がり、迫り来るバゼットを見据える。するとフュンフツェンアーチャーは……足元に転がった使用済みの鉄球を思い切り蹴り飛ばした。

「な────!?」

 鉄球はまるでサッカーボールのように、バゼットへ真っ直ぐ飛翔していく。いくら宝具としての効力を失ったとはいえ、黒化英霊(サーヴァント)の膂力で蹴り飛ばされた鉄球は人にとって致命的な質量兵器となり得る。バゼットは足を止め、ルーンの魔力を拳に収束させ、向かってくる鉄球を撃墜した。拳に押し出され、明後日の方向に吹き飛んでいく鉄球。だが、こうしている間にもフュンフツェンアーチャーは目の前に……、

「……っ、いない──!?」

 フュンフツェンアーチャーは姿を消していた。しかしその魔力は未だに力強く感じる。……バゼットはすぐに気づいた。フュンフツェンアーチャーはバゼットが鉄球に対応している僅かな時間でバゼットの背後まで先回りしていたのだ。ひとえに、黒化英霊(サーヴァント)としての敏捷力(デクスタリティ)のなせる技だ。

「そこか──っ!」

 バゼットはくるりと振り向き、拳を放つ。しかし拳が命中するという瞬間、そこに確かにいたはずのフュンフツェンアーチャーは再び姿を消していた。……と思えば、フュンフツェンアーチャーはバゼットの側面に現れ、無防備なバゼットに向けて剣を振るった。剣は何の妨害も受けることなくバゼットに命中する。

「っ……何の!」

 バゼットは無傷だった。グローブのみならずスーツそのものにもルーン加工を施すことで鎧と化していたのだ。しかし攻撃を防いだだけで、衝撃自体は内臓まで響いてくる。

 バゼットは何度も拳を放つ。しかしその度にフュンフツェンアーチャーは姿を消し、現れたと思えばバゼットを斬る。いくら防弾防刃のスーツとはいえ何度も攻撃を受けていればルーンも弱まってくるし、衝撃はバゼットに蓄積していくばかりだ。

「このぉ……っ!」

 ふと、バゼットは大振りの拳を放つ。案の定、それも躱されてしまう。しかしその時は、バゼットは拳に引かれてとうとう体勢を崩してしまった。この隙を逃す手はない。

 姿を消したはずのフュンフツェンアーチャーはバゼットの目の前に姿を現した。姿勢を崩したバゼットからの反撃を恐れる必要はない。するとフュンフツェンアーチャーはバゼットに向けて左手を──夢幻凍結(ファントムキャンセラー)によって破棄されていないもう一方の痛哭刻印(フェイルノート)を構えた。この場合フュンフツェンアーチャーが放つのは夢幻凍結(ファントムキャンセラー)第二解放(セカンドギア)ではなく……単発威力のみに特化した第一解放(ファーストストライク)だ。

 ドッ、と音を置き去りにする程の爆発が起こる。人体さえ崩すほどの魔力投射はバゼットの腹に直撃し、その体を大きく吹き飛ばす。バゼットはルーン防護によって辛うじて致命傷を免れた……しかしその体は爆炎によって焼け焦げ、スーツもルーンの加護を失い焼け・破れていた。

「く、そ……っ」

 転がったバゼットはもはや立ち上がれさえしなかった。あれほどの爆発の直撃を受けたのだ、ルーンの加護越しとはいえ内部へのダメージは甚大だ。

 と、横たわるそんなバゼットを何かが飛び越えた。白い息を吐き、巨大な白い槍を携えた……上条だ。

 

「──剣の丘で苦痛を呑む(Standing_alone_still_never_be_loved.)!」

 

  詠唱は続く。

「アーチャーぁぁぁぁぁああああああーーーーッ!!」

  その名を叫び、上条は槍を突き立てる。槍が地面に突き刺さると、その亀裂から噴き出るように炎が巻き上がる。フュンフツェンアーチャーはまたあの敏捷性を最大に活かし、消えるように炎を回避する。そして上条の背後に回り、その体を刃が斬り裂く様を想像する。

 だが次の瞬間、フュンフツェンアーチャーは額に汗を浮かべた。炎の熱ではない、緊張・焦燥からくる冷や汗だ。フュンフツェンアーチャーが誰にも目視できないような速度で回避したにも関わらず、剣を振りかぶった時には上条の目はフュンフツェンアーチャーを尻目に睨みつけていたのだ

 上条は振り返ると同時に巨大な槍を振りかぶった。フュンフツェンアーチャーは高く飛び上がり槍と炎の斬撃を回避し、抑え込むように彼の槍に着地する。しかし上条はフュンフツェンアーチャーの重量が槍にのしかかる前に槍を振り上げ、フュンフツェンアーチャーを打ち上げた。

 宙高く打ち上がるフュンフツェンアーチャー。だが、これはある意味で好機だ。ここから自由落下の重力を乗せ、上条に兜割りをお見舞いする。初めから避ける・避けられる前提がないのであれば、単純なパワー勝負に持ち込める。フュンフツェンアーチャーは聖剣に魔力を込めるとその刀身が結晶化し巨大化する。”オーバーエッジ”。本来は干将・莫耶に用いるものであり、故に聖剣を投影したこの剣には最適化されていないが、それでも強化としては申し分なかった。

 落下していくフュンフツェンアーチャー。上条は彼女を見上げ、その槍で突き上げる。しかしフュンフツェンアーチャーの持つ聖剣、そしてそのオーバーエッジの威力は想像を絶するものだった。落下するとともに剣を大きく振り上げ、そして振り下ろす兜割り。黄金の光を伴ったそれは、着地し振り下ろされると同時に宝具級の破壊力を放ち、上条の槍を弾くどころか粉々に粉砕してしまったのだ。

 勝ち誇るフュンフツェンアーチャー。あの炎の出力は槍に依存していた。あれが破壊されれば一切の戦闘手段を失う、悪くても炎の出力は極めて弱いものになるだろう。フュンフツェンアーチャーは剣を握る手に力を込める。振り下ろした姿勢のまま、今度は上条の胴体を貫く。少し足と肩の筋肉を動かしてやればそれは叶う。

 だが、次の瞬間。ゾッ──とフュンフツェンアーチャーに怖気が走った。いや……寒気だ。あの炎の力とこの固有結界の荒野の環境で暑くさえあったはずだが、まるで真冬の夜のような冷気を感じる。そしてその冷気は他でもない、上条から放たれていた。

 上条は槍の柄を握り締める。……そう、槍は破壊されてはいなかった。あの白い槍は本来の槍の外殻──本来の力ではなかった。外殻の下から現れたのは、白い槍よりも一回り小さい──しかしそれでも大きな黒い槍。血管のような赤い筋が刻まれ、その黒鉄は見ただけでもひんやりとした感覚を覚えさせる。同時に上条の吐く白い息が消えた。それは彼の体が温まったからではない、()()()()()()()()()()()()()からだ。

 凍えるような寒さ。それを偽るために身につけた、焦がれるような灼熱。ならば、その本来の力は──、

「──原理血戒(イデアブラッド)!」

 上条が黒い槍を突き出すと、ゴゥ、と吹雪が吹き荒れた。それは一瞬の吹雪だったが、その温度は絶対零度にも等しかった。身の危険を直感し、寸前のところで飛び退くフュンフツェンアーチャー。しかし抵抗虚しく、吹雪はフュンフツェンアーチャーの体の全てを包み込み、一瞬で氷漬けにしてしまったのだ。

 

しかしこの愛は偽りに非ず(I_have_no_despair. This_is_the_magnificent_life.)!」

 

 詠唱は続く。

 人間大の氷の塊の中で、フュンフツェンアーチャーは蠢いた。凍えながらも保たれていた意識が、クロエに向いている。そろそろ、詠唱も終わる。阻止するなら、今が最後のチャンスだ。フュンフツェンアーチャーは全身を魔力で満たす。魔力は膨大なエネルギーとなり、発熱し氷を劣化させる。そして溜め込んだ魔力を全て筋肉に回し、劣化した氷を粉砕してフュンフツェンアーチャーは飛び出した。

 同時に、左腕の刻印を展開する。痛哭刻印(フェイルノート)夢幻凍結(ファントムキャンセラー)()()()()()()に使うとは彼女自身思いもしなかったが、この技はそれに値する脅威である。

 弓が大きく開き、魔力の矢が形成される。弦が引かれ、クロエに照準を合わせる。そして、ピンッと弦が張られ、矢が投射される……はずだった。

 フュンフツェンアーチャーはクロエから左腕に意識を向けると、夢幻凍結(ファントムキャンセラー)を発射していないにも関わらず刻印が消滅していた。そして、その故はすぐに分かった。彼女の左腕を、幻想召喚(インヴァイト)を解除した上条の右手が──幻想殺し(イマジンブレイカー)が鷲掴んでいたのだ。

「させねぇぞ……それはな!」

 フュンフツェンアーチャーは上条の腕を強引に振り払い駆け出した。もう痛哭刻印(フェイルノート)は両方とも使えない。この投影魔術でなんとかするしかない。フュンフツェンアーチャーは風のように駆けながら剣を投影し、ダッシュの速度を乗せ射出する。それは通常の射出と異なり、まるで()()()()()のようにヒュンッと真っ直ぐ飛んでいく。このままいけば、剣はすぐにもクロエの頭を貫くだろう。しかし剣が到達するよりも前に、クロエは最後、口を開いていたのだった。

 

その体はきっと(My_whole_frame_was…)──」

 

 ふぅ、とクロエは僅かに呼吸をする。

 そして息を止め、腹に力を込め、身体中の空気を吐き出すように、叫ぶ。

 

「──無限の剣で出来ていた(“UNLIMITED_BLADE_WORKS”.)!!」

 

 

 

 ────────……………………。

 

 

 

 閃光が晴れる。

 同時に、まばゆい日の光が網膜を刺す。

 そこは雪原だった。否、そこは雪すら積もらない氷張りの”氷原”だった。曇りくすんでいたフュンフツェンアーチャーの固有結界とは異なり雲ひとつない青空で、その日差しは目を細めてしまうほど。だが、それだけではなかった。氷原には何本も何本も、地平線の向こうまで、見渡す限りに剣が突き刺さっている。その光景こそがまさに、フュンフツェンアーチャーとクロエとの類似性を最も示していた。

 クロエは目を閉じ、氷原の空気を全身に感じる。透き通り、澄み渡り、気分がいい。風の音が耳を撫でる。感じたことがないほどの”静寂”だ。だがそれは実際に無音なのだろうか。それともクロエの感覚が鋭敏になり、他の者に認知できない領域にいるのだろうか。それはクロエにさえ分からなかった。だって彼女は、この美しい青空の下にいるのだから。

 カッ、とクロエは目を見開く。突き刺すような魔力の気配。それはまさに文字通りで、どこからともなく剣が飛んできていた。フュンフツェンアーチャーの投影魔術によるものだろう。だがクロエは、それまで見せたような焦燥は決して見せない。クロエは剣を投影するのと同じ感覚で、魔力を高め軽く念じる。すると周囲に突き刺さっていた剣は独りでに動き出し、向かってくる投影剣の方向へと飛んでいった。二対の投影剣は正面衝突し合い、破砕され、消滅していく。クロエは一挙手一投足さえ見せずに、フュンフツェンアーチャーの攻撃を難なく凌いでみせたのだ。

「すごい……」

 そう呟くイリヤを、クロエは見つめる。……あの子が、今はこんなにも小さく見える。それはイリヤが弱々しいということではなく、自分が彼女達とは異なる高み・次元へと到達したことからくる感慨だった。だからこそクロエはイリヤを、イリヤ達を「守らねば」と思う。この場で、フュンフツェンアーチャーを相手取ってそれができるのは、そしてそれが相応しいのはクロエに他ならない。

「……みんな、ありがとう。もう大丈夫。ここからは──私一人でも、やっていける」

 クロエはそう宣言する。無謀なのではない。確固たる自信と義務感、宿命を孕んだ彼女の決意だった。

 クロエと目を合わせるフュンフツェンアーチャー。彼女が何を考えているのか、定命の人間達には分からない。だが彼女は確かに、クロエを睨みつけていたのだ。そしてその瞳孔には、敬意の念が宿っていた。

『……zei、qs@lzeqk<』

「ええ。この”景色”を、あなたも見ていたのね。……そう。これが私の心、私の世界、私の剣────無限の剣製(アンリミテッドブレイドワークス)よ!!」

 フュンフツェンアーチャーは、地を蹴った。

 クロエは、地を蹴った

 二人は真っ直ぐ接近し、そして激突した。

 火花が散る。鉄が斬り合い、剣の刃が欠けていく。だがそれは二人にとって何の意味もない刃こぼれだった。刃が欠ければ何度でも投影すればいい。それ故か、二人の放ったパワーはまるでリミッターが外れてしまったかのようだった。素手で殴れば、その威力のあまり腕の筋肉が砕け散ってしまうような、そんな危うさがあった。それが意図して出している力なのか、無意識による馬鹿力なのかはクロエにも分からなかった。ただはっきり分かるのは、フュンフツェンアーチャーはこの攻撃を受け平静を保っていられていないということだった。

 クロエが腕に力を込め、フュンフツェンアーチャーを弾き飛ばす。それはまるでフュンフツェンアーチャーがクロエを弾き飛ばしたことの意趣返しだった。だがフュンフツェンアーチャーとて負けっぱなしではいられない。吹き飛びながらもクロエを視界に捉え、ありったけの剣を投影し射出した。吹き飛ばされてから投影まで数秒と経っていない。クロエに、先程のような投影射出で対応できるような時間の余裕はないように思えた。

 だが違った。クロエは、それをするまでもなかったのだ。あるいは、試したかったのか。

 向かってくる剣にクロエは剣を向ける。全ての投影剣を弾く、そう双剣を振るう。だが、フュンフツェンアーチャーは甘くない。剣には全て壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)が仕込んである。弾こうと剣で触れた瞬間、大爆発を起こす。

 だからこそ、フュンフツェンアーチャーは同じ投影射出で対応せず、手に持った剣で立ち向かったクロエを訝しんだのだ。

 クロエの剣が、射出された剣に触れる。その瞬間、壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)は起動する。だが同時に、剣の()()がクロエの脳に流れ込んできた。

基本骨子、解明(アナライズ)……」

 クロエの腕に緑色の筋が走る。魔術回路だ。魔術回路はそれこそ血管を流れる血液のように、フュンフツェンアーチャーの剣の仔細を伝える。投影魔術とは、何も武器を投影するだけではない。その基礎は、物質強化にある。

「……構成材質、停止(ステイシス)!」

 クロエは剣を弾いた。さらに迫り来る投影剣も、その全てを自らの双剣で弾き切ってみせた。着地したフュンフツェンアーチャーは跪きながらもクロエを見つめた。……なぜ、壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)が起動しない。先程あえて突き刺すため力を抜いたのとは違う、今度は全ての剣に適応したはずだ。

 ……クロエあの一瞬、一発目の剣に触れた僅かな瞬間で剣の構成材質を分析、壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)の仕組みや経路を解明し、それらを断つことで機能を()()させた。無数に飛び交う爆弾に一瞬触れ、その全てから信管を抜き取ったのだ。

 フュンフツェンアーチャーは舌打ちをし、クロエへ飛びかかった。あれではもはや壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)は通用しない。ならば近接戦闘のバラエティで立ち向かうしかない。フュンフツェンアーチャーが投影したのは巨大な岩の斧剣。是、射殺す百頭(ナインライブズブレイドワークス)だ。神代より繰り出す八つの斬撃は、この現代において防げるものはない。

 だが、神代の技であるなら、神代の武器で防げばいいだけの話だ。クロエは跳び退き、投影魔術を行使する。是、射殺す百頭(ナインライブズブレイドワークス)ほどの攻撃を凌ぎ切れる兵装はそうないが……僅かにあるそんな兵装のうち二つを彼女は投影したのだ。

「これは、あの時の……」

 傍観していたイリヤ達は、眩しいほどの晴天が急に影で隠れたのを受けて、空を見上げた。日の光を遮っているのは、二本の剣だった。否、それは剣と呼ぶにはあまりに大きすぎた。いつかの夜、フィルツェンバーサーカーの光体にも並ぶ程の──下手をすればそれ以上に巨大な剣。何より、その剣こそがフィルツェンバーサーカーにとどめを刺した二本だった。

「──虚・千山斬り拓く翠の地平(イガリマ)……絶・万海灼き祓う暁の水平(シュルシャガナ)……!」

 巨大な剣が、まるで隕石のように射出される。それは一見ゆっくりとした軌道に見えたが、大きければ大きいほどその動きはゆっくりに見えてしまうものだ。迫り来る巨剣をフュンフツェンアーチャーは斧剣で弾く。流石は神代の技、これほど巨大で人の等身大に不釣り合いなほどの二本の剣を見事弾いてみせた。……だが、フュンフツェンアーチャーは歯を食いしばっていた。結果弾けたとはいえ、決して楽なことではなかった。そしてフュンフツェンアーチャーはよく知っていた。なぜならそれはあの光体を討った夜、彼女自身がクロエ達に投影して見せたものなのだから。

 残るは六撃。急接近し、クロエを直接攻撃する。……そう突貫したフュンフツェンアーチャーだったが、クロエの行動に度肝を抜かれることになる。彼女とて、クロエが抵抗してくるのを予想していないわけではなかった。接近のスピードを考慮すると、近接武器で向かってくるであろうことも。実際それは当たっていた。だがそれにしても、だった。クロエが持ち出した双剣は干将や莫耶などではなく、再び投影し直した虚・千山斬り拓く翠の地平(イガリマ)絶・万海灼き祓う暁の水平(シュルシャガナ)だったのだ。

「やああぁぁぁーーーーーっ!!」

 クロエが巨剣を振り下ろす。斧剣で防ぐフュンフツェンアーチャー。傷は負わなかった。だがその大きさに伴う破壊力により、防ぐ度に彼女の斧剣も弾き返され、肩が吹き飛んでいってしまいそうになる。そして向こうは二刀、三振りで六撃、一本の武器でかつ万全に防ぎきれないフュンフツェンアーチャーの不利は目に見えていた。

 この二本の巨剣……イガリマとシュルシャガナは、古代バビロニアの戦神ザババの握った双剣。神が握る、それ即ち、この二本の巨剣は神造兵装の一種であるということでもある。投影魔術では神造兵装を再現することはできず、再現しても外見だけのハリボテになってしまう。そうであるように、クロエの投影したイガリマとシュルシャガナも本来の海と山を割る力は失われている。しかし、それが神代の神が握った神造兵装であるというのなら、その格だけで十分に神代の神秘へも迫り得るのだ。

 一振り二振りとクロエは巨剣を振るう。フュンフツェンアーチャーはかろうじてそれを防ぐが、計六発の斬撃を喰らった今もう後はない。大きな剣ということは隙も大きい、そう信じてフュンフツェンアーチャーは巨剣の隙間を縫って接近する。こうでもしなければ、攻撃さえできない。

 だが、それはクロエにも見透かされていたようだった。クロエは巨剣を握ったまま大きく跳び退いた。それはフュンフツェンアーチャーが懐に入り込み、巨剣の柄に差し掛かった頃合いだった。逃げたか、とフュンフツェンアーチャーはクロエを目線で追う。しかしそれは逃げではなかった。()()()()()()()()()()()()()

 クロエは十分遠くまで交代すると、その巨剣を二つとも投擲した。射出された時のように真っ直ぐ飛んでくる巨剣。だが人力での斬撃でない分、動きの予測は立て易い。フュンフツェンアーチャーは巨剣の着弾位置を予測・確認し、そこへ”置く”ように斧剣を素早く二度振るう。それは巨剣に見事命中し、弾き返すかのように思えた。

 ……だが、そうはならなかった。クロエは先程フュンフツェンアーチャーの投影剣に触れた時、壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)の組成を感じ取っていた。なら、フュンフツェンアーチャーにも同じことができるはずだ。そして、それをよりにもよって今感じてしまったのだ。

 フュンフツェンアーチャーは慌てて後退しようとするが間に合わない。命中した瞬間二振りの巨剣は魔力を放ち、視力を奪うほどの発光を伴い大爆発を起こした。壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)だ。だがただの壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)では終わらない。二つの巨剣のサイズと”格”を持ってすれば、それはあわや核爆弾というところまでに凄まじい爆発を引き起こすのだ。

 大爆炎の端から何かが飛び出た。吹き飛ばされたフュンフツェンアーチャーだ。七枚の魔力の盾を展開し、身を守っている。いくらあの二刀といえど、手から離れてしまえば”遠距離攻撃”でしかない。そこへ熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)の特殊能力が適応され、フュンフツェンアーチャーはかろうじて無傷でやり過ごしたのだった。

 着地し、受け身を取りながらフュンフツェンアーチャーはクロエを見据える。彼女は贋作とはいえ神造兵装を計四振りも投影した。うち一対には壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)を適応した。それだけのことをすれば魔力はあっという間に欠乏するはずだ。世にどれだけの優れた投影魔術使いがいるかは分からないが、少なくともフュンフツェンアーチャーでさえ()()()()は連発できない。

 だが、クロエの勢いは衰えていなかった。それどころかより活発化しているようにも見える。それは外見の異常性からも察することができた。外套の赤色が不規則に明滅し、その体からは蒸気が発せられているようだ。それは果たして蒸気なのか? 高まった体温で彼女の汗が気化・蒸発しているのだろうか。なんにせよ、このまま放っておくとさらに厄介なことになりかねない。

 フュンフツェンアーチャーは突撃した。投影したのは、イリヤの聖剣からコピーした黄金の剣。消費は馬鹿にならないが、あれを速攻するのはそれだけの価値がある。

 しかし、先の大爆発でかなり距離を離されたのが悪かった。クロエに考え実行する隙を与えてしまったのだ。……何を実行するのか。それはフュンフツェンアーチャーを以てしても理解できなかった。

 クロエは手のうちに魔力を込める。すると、周囲にそれこそ無数に生えていたはずの剣その多くが()()()()

『──!?』

 思わずフュンフツェンアーチャーは立ち止まってしまう。さらに隙を与えることになりかねない停止だが、彼女は直感したのだ。何か凄まじいものが来る、回避に専念しなければ不意を突かれやられてしまう、と。

「無限の剣製──」

 そう、クロエが呟く。固有結界の詠唱ではない。どちらかと言えばあれは()()()()()()()だ。しかしバゼットの斬り抉る軍神の剣(フラガラック)のような実物宝具でもなければ、サーヴァントとして昇華され完成した宝具でもない。ともすればクロエが放つのは、人類史のも時折現れる、技術と鍛錬のみによって宝具や()()の域にまで肉薄した奥義。即ち、「魔剣」。

「──雪花燎原(せっかりょうげん)!」

 クロエが、手を突き上げるようなジェスチャーをとる。すると地面から、刀身とも氷ともとれる棘が無数に生えたのだ。それはクロエの目の前から生え、続々とフュンフツェンアーチャーのもとまで迫っていく。

 フュンフツェンアーチャーは動けなかった。驚愕した。()()()()()()()()()虚・千山斬り拓く翠の地平(イガリマ)絶・万海灼き祓う暁の水平(シュルシャガナ)も、自分が使ったものをクロエが真似(ラーニング)したものであったはずだ。であればあれは、()()()()()()()()()()()()だとでも言うのか。

 だが……贋作の投影ではなく、自ら真作を作り出す。それは────。

 判断が遅れた。フュンフツェンアーチャーは我に返って、天高く跳び上がる。地面から生えてくるのなら、空にいれば当たることはない。……だが、甘かった。クロエはあの巨大な剣さえも投影してみせたのだ、巨大な氷の棘を生成することも容易い。クロエが大きく腕を振り上げると、フュンフツェンアーチャーめがけてまるで山のような氷が突き出した。フュンフツェンアーチャーも流石にそれは避けられず剣で防御の姿勢をとるが、あの巨剣にも並ぶその氷の破壊力に全てを防ぎ切ることはできず、剣を弾かれ、衝撃でさらに打ち上げられた。

「そこっ!」

 そうクロエが叫ぶと、あれだけ突き出していた氷を全て引っ込めた。それが意味するのは、無限の剣製・雪花燎原の発動と逆のことをすると言うことだった。

 宙を舞うフュンフツェンアーチャーのさらに上空に、彼女を向いた剣が漏斗のように投影されている。クロエが合図を出すと剣は一点に向けて射出され、その全てが壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)により爆発し、フュンフツェンアーチャーを地表へと叩きつけた。

 そして、墜落する寸前。地表スレスレのところで、そばに迫るクロエが目に入った。クロエはフュンフツェンアーチャーも投影したあの黄金の剣を投影し斬りかかる。姿勢は安定しない……それでも、とフュンフツェンアーチャーは同じく黄金の剣を投影し、クロエの剣を防ぐ。クロエの突撃の勢いで、フュンフツェンアーチャーは押し込まれる。着地することなく、わずかに浮遊したまま空気押し付けられている。それはまるで、全速で走る新幹線の先端に磔にされているかのようだった。しかし斬撃を許すことはなく、二人は大きく移動しながらも鍔迫り合っている。

「うおおおおぉぉぉおおおおっ──!!!」

 すると、クロエはなにやら発光を始めた。本人の意図しているところでは……この様子では違うだろうが、それはイリヤ達の夢幻召喚(インストール)や上条の幻想召喚(インヴァイト)んいも通ずるものがあった。即ち、それに近しい強化手段……!

 クロエは発光に包まれ、フュンフツェンアーチャーは何と鍔迫り合っているのかすら分からなくなる。だが次の瞬間、急に強くなった力に押され、剣を弾かれ大きく吹き飛ばされた。氷原に転がるフュンフツェンアーチャー。一体何が、と発光するクロエを見つめる。

 発光が収まり、クロエの姿があらわになる。だが、それはフュンフツェンアーチャーの──この場の誰にも見慣れた姿ではなかった。赤い外套という点は同じだ。だが露出していた足や腹、胸元も覆い隠すような低露出の外套に変化し、その節々には金色の刺繍が施されている。外套の赤色もどことなく明度が強くなったようにも見える。そして彼女の薄紅色の髪は、腰ほどまで届くくらい長く伸びていた。

「クロ……!?」

「あの子、いったい何を……!?」

「オイ上条当麻! アイツに何が起きやがった!?」

「分かんねぇ……幻想召喚(インヴァイト)夢幻召喚(インストール)と似てるけど、あれは……」

 フュンフツェンアーチャーはその正体は分からなかったが、何が起こったかはなんとなく理解できた。それは英霊(サーヴァント)という当事者性(からだ)故か、同じ力・姿を持つクロエとの運命故か。あれは霊基の──再臨(マイナーチェンジ)

 するとどうだろう。ボゥ、と強風が吹き荒れ、フュンフツェンアーチャーの髪がオールバックにまでなびいた。……いや、これは暴風ではない。高まったクロエの魔力に威圧されただけだ。先程までとは文字通り桁が違う。まるで……サーヴァントだ。霊基の再臨とは、即ちサーヴァントとしてのさらなる格の高まり、魔力やその上限値の急上昇を意味してもいる。クロエは、戦いの中で急激に強くなっている。それこそ、人の域からはみ出るまでに……。

 その瞬間。フッ、とクロエの姿が消えた。

『!』

 フュンフツェンアーチャーはすぐにその行き先に気づいた。彼女がいるのはフュンフツェンアーチャーの背後。一瞬でその背面にまで回り、双剣を振りかぶっていたのだ。振り返る隙すらも十分にあるようには思えない。フュンフツェンアーチャーは慌てて体の軸を回転させ、双剣を投影し防御体勢をとる。ガン、と鉄の砕けるような轟音と共にフュンフツェンアーチャーは弾き返された。

 地を踏み締め、なんとか静止するフュンフツェンアーチャー。距離を離されてはまずい、接近しなければ、と一歩踏みだす。……しかし、その時ぐらっと体幹に違和を感じた。力が抜けていくような……。ふとフュンフツェンアーチャーが脇腹を触れると、その手には赤黒い液体が付着していた。彼女の血だ。クロエは双剣による二撃を重ねたのではなかった。クロエの刃はそれぞれフュンフツェンアーチャーの胸元──双剣による防御と、彼女の脇腹へと向いていたのだ。脇腹を狙ったのは、おそらく偶然だろう。だが異なる位置を攻撃するという意思は、傷のつき方からして確かなようだ。

 ……初めて、傷を負った?

 そう惚けているうちにも、クロエは駆け出していた。それこそ目にも留まらぬほどの──まるでサーヴァントの敏捷性でフュンフツェンアーチャーへ迫っていく。双剣を構えるクロエ。同時に彼女は何本もの剣を周囲に浮遊させ、追随させていた。それを射出するのではない。自らの手に握った剣のように、自在に操っていたのだ。

 二人は衝突する。クロエの双剣を、フュンフツェンアーチャーの双剣が阻む。クロエの斬撃はまばらだった。それは乱雑であるという意味ではなく、捉えようのないほどに複雑な動作でバラバラの位置を狙って斬りかかっていたのだ。それにあわせ、フュンフツェンアーチャーも剣を振るう。左右の剣を使い一撃一撃を的確に防いでいく。しかし、それだけでは終わらなかった。クロエの周囲に浮かぶ剣が、まるで意思を持っているかのように斬りかかってきたのだ。フュンフツェンアーチャーはそれを弾き返すも、その隙にクロエも斬りかかってくる。彼女はもはや二刀流どころではない。まるでオーケストラの指揮者のように、浮遊する剣を手足のように操っている。フュンフツェンアーチャーでも試みたことのない──いや、できない芸当だ。フュンフツェンアーチャーができるのは、それに投影射出で対抗することくらいだった。

 だが、それでもフュンフツェンアーチャーは投影魔術の達人であった。クロエのようなやり方は技術的にまだテストが必要かもしれないが、自前でできる技に関してはクロエよりも優れているつもりだった。クロエの操る無数の剣に向けて、フュンフツェンアーチャーも無数の剣を投影し射出する。その一発一発が、的確にクロエの剣を一本ずつ撃ち落としていく。しかし、クロエは新たな剣を投影しつつ剣戟を止めない。それはフュンフツェンアーチャーも同じだった。まさに達人の死合い。常人には立ち入れない、()()()()()()()()()だった。

 フュンフツェンアーチャーが投影の最中に魔力を集中させる。聖剣や斧剣のような、特殊な宝具の投影だ。クロエが宙に目をやると、そこに投影されていたのはドリルのような形状をした異形の剣だった。それはクロエも知っている。螺旋剣(カラドボルグ)だ。それはまさに宝具の投影であり、破壊力は尋常ではない。この無数の剣を以てしても防ぐことは叶わないだろう。

 クロエは大きく跳び退く。それとどうじに、フュンフツェンアーチャーの螺旋剣(カラドボルグ)が射出された。それは流星のように真っ直ぐ飛んでゆき、クロエに命中する。その瞬間、螺旋剣(カラドボルグ)に仕込まれた壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)が起動する。螺旋剣(カラドボルグ)ほどの宝具を破裂させた際のエネルギーは凄まじく、クロエがやった巨剣の壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)にも引けを取らない大爆発を引き起こした。

 ……だが、フュンフツェンアーチャーは安堵できなかった。不思議と、あれで死ぬはずがない、と確信できてしまったのだ。

 その確信通り、爆炎の中からクロエが姿を現した。魔力の盾──熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)を展開し、螺旋剣(カラドボルグ)の直撃から身を守っていたのだ。なるほど、遠距離攻撃であれば確かに防ぎ得るか。七枚の盾のうち三枚ほどを破壊されてはいたが、その程度で済んでいたのだ。

 するとクロエは、フュンフツェンアーチャーも想定していない行動に出た。熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)は解除せず、なんとそれを()()()()。残った四枚の盾がそれぞれ宙に浮く。……熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)とは花を模した盾であるが、それま象徴としての外見の話であって、実際盾の機能を果たすのは七枚の花弁の奥に隠れた七重に重なった円形の盾だ。クロエはそれを一枚ずつに分解し、操っていたのだ。

 操る……そうか。フュンフツェンアーチャーは察しがついてしまった。

 クロエは四枚の盾を従えると、それをフリスビーのようにフュンフツェンアーチャーへ投射した。飛び道具を防ぐ盾を、まさか飛び道具として使うとは。だが熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)ほどの盾であれば、投げればそれなりの脅威にもなる。

 フュンフツェンアーチャーは双剣を握りしめる。迫り来る盾を見据え、剣を振るった。盾が剣に命中する。だがその感触はフュンフツェンアーチャーの想定と違った。盾はただ投擲されたのではなく、高速で回転しながら射出されたのだ。ザリザリ、とノコギリのように回転する盾が刃を削る。フュンフツェンアーチャーは力任せに盾を弾くと、盾は明後日の方向へ飛んでいき、ギャリギャリと地面を抉りながらどこかへ消えていった。同時に、その衝撃でフュンフツェンアーチャーの剣が一本折れてしまっていた。

 そうしているうちにも、残り三枚の盾が迫る。フュンフツェンアーチャーは新たに剣を投影し、盾による攻撃を防ぐ。その度に剣は破壊されていくが、何度も投影し直して乗り切る。そしてその三発目、弾くことには成功したものの連続での攻撃に安定性を欠いてしまったのか、盾の吹き飛ぶ角度が悪く、スパッとフュンフツェンアーチャーの頬を掠めていった。ツゥ、と血が流れる。この程度は大したことではない……そう思う一方で、この固有結界を発動してから着実に攻撃を与えることに成功しているクロエへの危機感も抱いていた。

 ふと意識をクロエに向けると、フュンフツェンアーチャーが盾の投擲に対処している隙にクロエはすぐそばまで迫っていた。そしてその手には双剣ではなく、あの黄金の剣が握られていた。()()()

 その二刀流は流石にまずい──! フュンフツェンアーチャーは新たに双剣を投影し直し、それをオーバーエッジ化させた。ただの干将・莫耶ではあれには太刀打ちできない。

 フュンフツェンアーチャーは双剣を構え、クロエの攻撃を防ぐ。二刀を以ての鍔迫り合い。しかしいつの間にか二人の形勢は逆転しており、フュンフツェンアーチャーの双剣はオーバーエッジであるにも関わらずキリキリと悲鳴を上げ、クロエのパワーに押し込まれるだけだった。

「これで、終わらせる──っ!」

 クロエはフュンフツェンアーチャーの双剣を弾く。その衝撃で仰け反ったフュンフツェンアーチャーを踏み台にクロエは跳び退く。跳躍により踏み台にされたフュンフツェンアーチャーはさらに姿勢を崩し後退してしまう。思わず膝をつくフュンフツェンアーチャー。この一連の流れを、クロエは初めから狙っていた。

 顔を上げると、フュンフツェンアーチャーは気づく。自身の前後から合わせて二対の双剣が迫ってきていた。ブーメランのように回転して、投擲されたもの。だが投擲したにしては迫り方が素早すぎる。おそらく先程のように浮遊した投影剣を自在に操り、手で持つことなく投擲したのだろう。それはフュンフツェンアーチャーも知っている奥義(ぎじゅつ)だった。白黒二色の双剣──干将と莫耶は互いに引き合う性質を持つ。それを利用して二対を投擲し退路を塞ぎ、手に持った三対目で斬りかかり、三つのバツで相手を攻撃するものだ。クロエの動きは全て想定通りだった。投擲した剣の飛び方さえも。

 だがフュンフツェンアーチャーが想定していなかったのは、投擲され迫ってくる二対の干将・莫耶が、何もオーバーエッジ化されていたということだ。オーバーエッジは連発できるような代物ではない。本来なら手に持って斬りかかる三対目にのみオーバーエッジを適応するはず。投擲用の二対までオーバーエッジ化させると魔力がもたないし、回転の制御も難しくなる。

 ──では、彼女の三対目は? フュンフツェンアーチャーは投擲された二対を無視し、クロエを見据える。……その手には、変わらずあの黄金の剣が握られていた。しかしそれは結晶を纏い──まるでオーバーエッジのように巨大化していた。

 いや、あれは実際オーバーエッジだったのだ。だが、有り得ない。干将・莫耶以外のオーバーエッジなど聞いたことがない。ましてや宝具の投影品になど。そんなことをすれば生存のために回している魔力までもを消費してしまい、サーヴァントの身であっても肉体が形状を保てなくなる。

 あの少女、クロエ・フォン・アインツベルンとは……。

「鶴翼──三連っ!!」

 クロエは三対計六つの刃で同時に斬りかかった。彼女が握るのは宝具のオーバーエッジ、まともに防ぐ手段はほぼ考えられない。フュンフツェンアーチャーはオーバーエッジ化させた双剣を投影し、まず投擲された二対を防ぐ。だがそれでも防ぎ逸らすのがやっとだった。問題は正面から迫る、黄金のオーバーエッジを携えたクロエだ。

 六撃のタイミングはほぼ同時、回避の時間はそうない。フュンフツェンアーチャーは投擲された二対を破壊しできた空間へと退避を試みる。……だが、干将・莫耶と比べてあの聖剣は刀身も長い。そのオーバーエッジなのだ、干将・莫耶のオーバーエッジと同じ距離感で対応してはいけなかったのだ。

 クロエは腕を振り抜く。二つの斬撃がバツを描くように交差する。フュンフツェンアーチャーはそれを回避し切ることはできず、僅かに引くのが遅れた左腕を斬り落とされてしまった。

 吐瀉物のように血を腕から垂れ流し悶えるフュンフツェンアーチャー。隻腕となった以上、得意とする二刀流は使えない。──だが片手で扱う投影なら山ほどある。フュンフツェンアーチャーが投影したのはあの斧剣、是、射殺す百頭(ナインライブズブレイドワークス)だ。フュンフツェンアーチャーは片腕を失いながらも、流れた血が地面に落ちさえしないほどの速度でクロエへ急接近する。

 だが、地を蹴る直前に視界に入ったクロエは、あの聖剣を握っていなかった。そして地を蹴ると、右手を高く掲げ剣を投影した。それは岩のように角張り、大きく、不恰好な大剣……いや、斧剣だった。

「──是、射殺す百頭(ナインライブズブレイドワークス)!」

 それでもフュンフツェンアーチャーは止まることはなかった。一瞬でクロエの目前まで迫り、斧剣を振り下ろす。捉えられないほどの高速八連撃。始動はフュンフツェンアーチャーの方が早い。それを覆すには、クロエがそれ以上の剣速で一撃目の命中前に斬りかからなければならなかった。

 ……そう、今のクロエにはそれが容易かった。フュンフツェンアーチャーの斧剣が命中する直前、ヒュンッとクロエは斧剣を振り下ろした。たった一度の斬撃。しかし振り下ろされた斧剣は地面を割り、八つの地割れとなり拡散していった。それは全てクロエの斬撃だった。一度斧剣を振るったのではない、目にさえ見えない超高速で八つの刃をほぼ同時に引き起こしたのだ。

 フュンフツェンアーチャーはクロエの八連撃に合わせて斧剣を振るった。剣が互いに相殺し合っていく。しかしフュンフツェンアーチャーの剣速では全てを防ぎ切れるわけではなかった。斬撃を防ぐごとに斧剣は大きく弾かれていき、七撃目を弾くと斧剣を持つ腕は大きく弾き返され、防ぐ手段のなくなったフュンフツェンアーチャーへ最後の一撃が入った。フュンフツェンアーチャーは斧剣を弾かれた反動で回避さえままならず、直撃を受ける。刃は、残ったフュンフツェンアーチャーの右腕を斬り落としたのだ。

 絶叫しながら跳び退くフュンフツェンアーチャー。もはや死に体といった様相だったが、彼女の目はまだ鋭く光っていた。そう、手に持つのでなければ、投影魔術に腕の有無は関係ない。フュンフツェンアーチャーは空中に無数の剣を投影し、クロエに射出する。そのテンポも軌道さえも乱れており、フュンフツェンアーチャーの焦燥を表しているようだ。それでも、フュンフツェンアーチャーは数で勝負に出た。

 だが往々にして、投影者の弱々しさは投影品にも通ずる。まるで一面、幕のように広がった剣だが、その物量を以てしても今のクロエには脅威ではなかった。これといった逸品を投影するわけでもなく、その辺りに突き刺さった無銘の剣を引き寄せ、迫る剣を弾き、フュンフツェンアーチャーへ駆けていく。やがてフュンフツェンアーチャーの投影の勢いも弱まり──フュンフツェンアーチャー自体が弱っているからだろうか──クロエは剣で迎撃するまでもなく剣幕の中を駆け抜けていく。

 その間にクロエはあらゆる投影を解除し、全ての魔力を右手に集中させた。氷原に突き刺さった無数の剣さえも、次々と消えていく。やがてこの場にはフュンフツェンアーチャーによって投影された剣しかなくなった。

 そして、クロエは一本の剣を投影する。それは刀──しかし鍔も柄もない、裸身の刀だった。それはこの氷原に似つかわしくないほどに赤熱している。クロエが持つ全ての投影、その魔力を集めた一点突破の最終奥義。神さえも斬り裂く神技。

 クロエがフュンフツェンアーチャーの目前に迫る。この距離、この速度で、もはやフュンフツェンアーチャーに対抗策はない。その無防備な胴に、クロエはその名を高らかに宣言し、刀を振り下ろす。

「無限の剣製────叢雲一太刀(むらくもいったち)!!」

 その瞬間、ひんやりとしていたほどの氷原が業火に包まれた。それは全てその裸身の刀から発せられたものだ。

 クロエの奥義──雪花燎原や叢雲一太刀はモデルとなったものが存在しない、いわばクロエの想像(イマジネーション)の産物だ。しかし、()()()()()()()()のだ。一度見たことのある剣を外見のみ模倣して内面は異なるハリボテに投影する、というのは有り得る話だ。フュンフツェンアーチャーを発端とする虚・千山斬り拓く翠の地平(イガリマ)絶・万海灼き祓う暁の水平(シュルシャガナ)がそれにあたる。神造兵装は分析などできないからだ。だが奥義とは……どこから来たものか? クロエが出会った相手がこの奥義を使ったとは思えないし、そもそも奥義とは物質を伴わぬ故投影のしようもない。

 そういう意味で、クロエのそれは投影の域には収まらず、まさに彼女の()()であった。

 

 

 

 氷原が、まるで溶けていくように消え失せ、元の校庭に戻ってきた。クロエ達はあれほど駆け回りながら斬り合っていたはずなのに、いざ固有結界が解けるとクロエ達とイリヤ達の距離はそう離れてはいなかった。心の世界の縮尺とは、結局はそういうものなのだろう。

 クロエの振り下ろした刀は固有決壊解除に伴い色を失っていたが、その刃は確かにフュンフツェンアーチャーを斬り裂いていた。肩から入った刃はみぞおち辺りで止まり、傷からは向こうの景色が見えてさえいる。滝のような血を流し、吐いているにも関わらず、フュンフツェンアーチャーはその顔に苦痛一つ見せない、むしろ穏やかな表情を浮かべていた。

 それを見て、クロエは僅かにこの剣を握ったことを後悔した。彼女は本当に敵だったのか、クロエにはそうは思えなかった。だが相手が黒化英霊(サーヴァント)である以上殺さねばならない。二人はそんな宿命にあった。

 ふと、クロエは温もりを感じた。まるで頭を撫でられているような、優しい抱擁を受けているような。その正体は、フュンフツェンアーチャーだった。腕こそないが、彼女が浮かべる眼差しはクロエの温もりの故を確かに示していた。

「っ……」

『……、……』

 フュンフツェンアーチャーが、口を開く。それはこれまでと同じく、クロエにのみ投げかけた言葉。しかしそれは歪な音ではなく、透き通った美しい声色で真暗な夜空に響いた。

「……よく、辿り着いたわね」

 クロエが顔を上げ、フュンフツェンアーチャーの顔を見る。しかし致命傷は既に重く、クロエが目を向けた頃には彼女はすっかり霧散し消えてしまっていた。

 しかし、クロエは僅かな一瞬、確かに見たのだ。フュンフツェンアーチャーの澄んだ顔を、懐かしさや親しささえ感じさせる微笑みを。

「アー、チャー……」

 その時。あまりにも魔力を使いすぎたからだろうか、クロエはプツンと意識を失った。

 

 目を覚ますと、クロエは洋室のベッドに横たわっていた。天井にはシャンデリアが吊るされている。おそらくエーデルフェルト邸だろう。うめきながら横たわると、眩しい日の光が目に入った。一体、どれだけ眠っていたのだろう。

 再び、今度は逆の方へ寝返ってみる。すると目に入ったのは、心配そうに、しかしクロエの目覚めを喜ばしく思うような微笑みを浮かべたイリヤ、美遊、凛の姿だった。

「クロ……クロ──っ!」

 イリヤはおもむろにクロエに抱きついた。

「よかった……よかった……っ!!」

 抱きつかれ顔が見えないが、どうやら泣いているようだった。その様子を、凛はニンマリと笑みを浮かべ見ている。

 ふと、クロエはあの戦いのことを思い出した。抱きつくイリヤを優しく引き剥がし、自分の体をまさぐる。……傷がない。無数につけられた切り傷も、擦り傷も、肩に空けられた大穴も、その全てが完治していた。そしてクロエ自身も、8時間寝た寝起きのように具合がいい。

「これ、イリヤが……?」

「違う違う、バゼットよ。あいつ、シフト蹴ってまであなたに付きっきりでルーンを施してたんだから。今日、全黒化英霊(サーヴァント)討伐記念に祝賀会をやる予定なの。バゼットも日勤早上がりして来るらしいから、その時ちゃんとお礼言っときなさいよ?」

「分かってるわよ」

 クロエはそう返事をすると、再びイリヤを見る。イリヤはクロエと視線を合わせ、その瞳の奥を見つめている。

 彼女には、この瞳の中に何が見えているのだろうか。輝く日の光? 燃え盛る炎? それは分からない。だがイリヤの顔はとても満ち足りたように明るくて、彼女がこの瞳の中に何を見ていようと、それはきっと幸せなことなのだ。クロエは、そう思った。

 クロエは何を言わずイリヤを抱き締めた。イリヤもクロエを抱き返す。ふと、クロエはイリヤの頭に手を置いた。そして、優しく撫でる。それは我が子を愛でる母親のようで、あるいは妹を慰める姉のような振る舞いだった。

 

 エーデルフェルト邸のバルコニー。正面の道路に面したそこで、珍しく上条と一方通行(アクセラレータ)はドリンクを飲み交わしていた。上条はサイダーを、一方通行(アクセラレータ)はブラックコーヒーを飲んでいる。二人にとってはお馴染みの飲み物だった。

 上条はサイダーを持たないもう片手に、あるものを持っていた。フュンフツェンアーチャーのクラスカードだ。それを太陽にかざしてみると、日の光を透かすことなく(シャドウ)を生み出している。

「ま、結果オーライか」

 上条はカードをしまい、サイダーを口内に流し込む。

 一方で、一方通行(アクセラレータ)はどうも釈然としないといった面持ちだった。殺しが関わらない限り元からしかめ面ではあるが、その顔は不快感を表しており、何かが気に入っていない様子だった。

「なんだよ、そんな顔して」

「どンな顔だ、三下」

 上条が尋ねると、素っ気なく返されてしまう。だが一方通行(アクセラレータ)は上条を無視する気はないようだ。そのつもりなら、とっくにバルコニーを出ていってしまっている。

「でもよかっただろ? クロの傷も治せたみたいだし、アイリさんとの取り決めも守れて、アーチャーも倒せて万々歳だ。おまけに、とんだパワーアップまでしちまったしな!」

「パワーアップ、かよ」

 一方通行(アクセラレータ)は、よりにもよってそこに突っかかった。これといった意図もなく発した言葉だったが故に、何が彼の癇に障ったか分からなかったのだ。

「なんか、気に入らないか?」

 上条は一方通行(アクセラレータ)への意地悪さではなく、純粋な疑問で答えた。クロエとバゼットの訓練の際、一方通行(アクセラレータ)はクロエにあれやこれや突っかかっていた。であれば、クロエが力を手にしたのは良いことだと上条は思うのだが……。

「オマエは、あれが”パワーアップ”に見えンのか」

「ああ。じゃあお前にはどう見えんだよ」

()()だ」

 ぼうそう、と上条は反復した。上条にはクロエのそれが暴走しているようには見えなかった。むしろ理性的に、フュンフツェンアーチャーには有り得ない戦いを実践しているように見えたのだ。

「俺が言いてェのはな、あれで本当に力を我がものにできてンですか、ってコトだ。俺も同じだったから分かンだよ」

「そう……なのか?」

「ハッキリ言うが、あれは力を制御できてなンざいねェ。蛇口を大きく捻って大量の水を出す、そのはずがアイツは自分で蛇口をブチ壊してやがる。溢れる水を止める手段なンてねェし、勢いの調節もできねェ状態だ」

「でも、それは例えだろ? 実際にそうなってるわけじゃ……」

「あれで正しく使えてンなら、今ここでもっかいやれっつってもできるはずだ。……無理だろ? あの調子じゃ魔力の浪費も馬鹿になンねェだろォしな」

 上条は何も言い返せなくなっていた。実際、”戦い”においては一方通行(アクセラレータ)の方が詳しい。上条がやってきたのはステゴロばかりで、一方通行(アクセラレータ)のような哲学(エビデンス)のある戦闘ではない。そんな彼が言うことは専門家の批評でもあり、上条やクロエ達にとって確かに正しかったのだ。

「……ありゃあ力に体をいいように使われてる、”力の奴隷”ってもンだ」

 そう呟いて、一方通行(アクセラレータ)はバルコニーの外に視線を戻した。

 ……だが、上条は気に入らなかった。彼の態度もそうだが、クロエが力に使われているという事象も非常に腹立たしかった。彼女がどれだけ苦労したか、あの模擬戦を見れば分かる。フュンフツェンアーチャーとやり合っている時の必死さも。確かにクロエには力が無いのかもしれない。だがそれは戦闘力ではない、もっと概念的な例えだ。それは上条も同じで、だからこそ弱き者の意地がまるで自分のことのように分かるのだ。

 だがら、クロエを否定するようなことはしたくなかったのだ。

「……オイ」

 俯く上条を、一方通行(アクセラレータ)が小突く。彼も俺のことが気に入らないのか、と渋々顔を上げると、一方通行(アクセラレータ)の指差す道路には、焦茶のスーツを着た男装の麗人──バゼットがいた。その手には大きなビニール袋を抱え、その形が角張るほどにたくさんの食事を買ってきたようだった。……どことなく、目元の隈が濃いような?

「上条当麻! 運ぶのを手伝ってください!」

「分かった、今行く! ……ほら、お前も行くぞ! っしゃあ、肉だ肉!」

「チッ。俺は脂っこいモンは合わねェンだよ……」

 テンションを上げた上条に、一方通行(アクセラレータ)は親のショッピングに付き合わされる子供のように引き連れられていった。

 小難しいことは考えないで、今くらいは功績を祝おう。それがきっと一番いい。

 

 後日。

「ん──」

 イリヤとクロエの唇が重なる。こんな小学校の休み時間に、こんな女子トイレの一室で濃厚なキスを繰り広げる二人は異質だった。事情を知っている美遊以外の、誰かに見られでもすればただでは済まない。だがクロエの体質上、定期的な魔力供給は避けられなかった。

 だが今回は、これまでの魔力供給とは雰囲気が違った。いつもはクロエが好きなだけ魔力を吸い取ってイリヤはダウンしてしまうのだが、今回のイリヤは打って変わって積極的だった。自らクロエの背に手を回し、口の中に舌を挿し込んでいる。それはもはや魔力供給などではなく、純粋な接吻だった。……実際二人は、魔力供給を口実にキスをしている節もあったのだ。

「ふぅ、ふぅ──」

 二人の息が荒くなる。ただ舌で触れ合っているだけなのに、えもいわれぬ快感が脳まで突き上がってくる。その感覚を意識すればするほど、互いを抱き締める腕の力は強くなっていってしまう。狭いトイレだ、当然声は抑えなければならない。だが今の二人には、そんなことはできそうになかった。意識しているのではない、自然と声が出てしまうのだから。

「っ、あ──」

 ふと我に返り、二人は唇を離す。二人の間に唾液の糸が引き、紅潮した肌を光の反射で照らしている。見つめ合い、数十秒。二人は次第に理性を取り戻していき、気まずそうに笑う。

「え、えっと……魔力、足りそう?」

「え、ええ! もちろんよ! ……イリヤこそ、妙に積極的だったじゃない」

「それは……あ、あんなことの後だし……」

 イリヤが思い出すのは、あの日の夜のこと。あの夜が二人の関係を決定的に変えてしまったのだ。それはイリヤの緊張とキスへの欲が物語っており、同時に彼女もそれを自覚していた。

 イリヤは恥ずかしくなったのか、扉の鍵に手をかける。あー、と言葉を考え、捻り出すような言い訳を並べる。

「そ、そろそろ授業始まるから、ね! 先戻ってるね!」

「あ、もうそんな時間だっけ。分かった、私はちょっと……トイレしてから行くわ。外、誰もいないわよね?」

 イリヤがそっと扉を開け、外を確認する。トイレ全体を見渡すように首を左右すると、振り返り頷いた。合わせてクロエも会釈し、便座に腰掛ける。

 すると、出て行こうとしたイリヤが思い出したように声をかけた。

「ねぇ、クロ」

「ん?」

「アーチャーと……何話してたの?」

 え、と思わずクロエは声を漏らす。それは薄れた記憶を探すような、当たり前のことを聞かれ戸惑うような、そのどちらともとれる困惑を見せていた。

「いや、なにって……そんなに声小さかった? それとも、戦ってたから……」

「ううん、違くて……その、ヘンな感じに聞こえたんだよね。外国語っていうか。クロには意味が分かったのかな、って」

「外国語?」

 そう言われ、クロエはフュンフツェンアーチャーとの会話を思い出す。つい、二人同士の会話なので他の皆には聞こえていないと思っていたが、少なくとも聞こえてはいたようだ。だがその意味を理解できないほど、フュンフツェンアーチャーは滑舌は悪くなかったはずだが……。

「ほら、なんだっけ……だめだ、やっぱりよく分かんない。なんか、ゴニョゴニョ、って」

 口をすぼめ、イリヤが何やら声真似をする。おそらくフュンフツェンアーチャーのものだろう。……全然似てないし、言葉にすらなっていない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「いや……ゴニョゴニョ、じゃなくてそんなにあいつ滑舌悪かった?」

「じゃあ、クロエはなんて聞こえたの? あの人はなんて?」

「そうね……ちょっと、ムカつくけど──確か、そう。『3uqf0qd。cdw、0qdf3uq』、って」

 クロエが言う。それを聞いた瞬間、イリヤは紅潮していたはずの肌が真っ白に青ざめていった。元々色白なイリヤだったが、それは元の肌の色ではなく血の気を失った蒼白だった。

 あれだけ愛し合い、濃厚な接吻を交わしたクロエが、途端に遠くなってしまったようにイリヤは感じた。だが、それは確かだ。この場の誰も存ぜぬことだが、フュンフツェンアーチャーが、そして今クロエが話したのは()()()()()()()()黒化英霊(サーヴァント)混沌(ケイオス)──人の理解し得ぬ、神秘たる存在の間で執り行われるコミュニケーション信号だった。

「……イリヤ?」

「…………クロ、やっぱりもう少し休んだ方がいいよ。それかカレン先生に見てもらって……ごめん、もう行くね」

 そう言って、イリヤは足早に去っていってしまった。

 パンツすら脱がず、便座の上で放心するクロエ。用を足すのではなく、自分の行動を頭の中で振り返る。イリヤは何をそんなに不快に思ったのか。自分は何をしてしまったのか。

 ……と、自省しているうちに、クロエはあることに気づいた。さっき……何を話したんだっけ。正確には、()()()()()()()()()()

 慣れ親しんだ言語とは、無意識に発音するものだ。クロエ達ほどの年齢であれば異国語の習得も十全に可能で、発音も違和感なく会話できるようになるとは言うが、今から始めても遅く、発音はカタコトになってしまうだろう。そしてそれは脳に馴染んでいない言語であるため、意識して(マニュアルで)発音する必要がある。……先のクロエは、それをしていなかった。完全にネイティブの発音だった。

 もう一度、同じような思考回路で言葉を発してみる。

「『xzg、uywezqyq@z:』。……あれ」

 ついにクロエも気づいた。これは日本語ではない。だが、フュンフツェンアーチャーのあの言葉は確かに日本語に聞こえた。こんな違和感はなかったはずだ。だが、だとすれば──。

 

 人外に一歩近づく度、人からは一歩遠退いていく。

 ()()()()でも、それは世の常だ。




裏話ですが、上条の幻想召喚(インヴァイト)というネーミングは、執筆当時のガキ投稿者が学校で「招待する」という意味のinviteという英単語を学んだことから来ています
そう 彼の力は「招待」
身に纏うのではない 自らに身の内に彼らを「招き入れる」すること
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