Fate/Imagine Breaker   作:小櫻遼我

27 / 27
Spell24[二振りの拳 Disagreement_of_Us.]

 上条、一方通行(アクセラレータ)、イリヤ、美遊、クロエ、凛、ルヴィア、バゼット。合わせて八人。この傑物達は、同じく強大な力を持ったある一団と決着をつけるため、ここへやってきた。

 冬木市のランドマークの一つ、冬木大橋。深夜帯のここはただ電灯だけが焚かれ、八人の影を地面へ投射している。人もいない、車も通らない。鳥のさえずりさえなく、遠くから時折虫の音が聞こえる程度だ。すでにこの場には、人払いの結界が施されている。凛達曰くかなり高度なもので、言われても認識できないほどの認識改変がばら撒かれているのだという。そんなことができるのは、やはり”奴ら”の魔術師の一人に他ならないだろう。

 上条は皆の様子を確かめる。一方通行(アクセラレータ)や凛達はともかくとして、イリヤ達子供組も油断することなく辺りを警戒している。最近は大変なことがたくさんあった。心身ともに傷も負っただろう。それでなお、彼女達は確かに成長し、戦場へと馴染んでいる。……いや、()()()()()()()()()()。クラスカードを核として生まれたクロエも含め、彼女達はまだ小学生なのだ。自ら望んで死地へ臨む戦闘狂でもなければ、戦場へ差し向けられた少年兵でもない。ごく普通の女子小学生。友達とわいわい離しながら登下校して、家でだらけながらお菓子でも食べて、たまに正装で美味しいスイーツなんかを食べに行く。彼女達とは本来そういうものだ。そう、あるべきなのだ。だが争いは、そんな彼女達を変えてしまった。友人の一人を殺し、彼女達を怨嗟へ駆り立てる。それは復讐を果たし消える怨念などではなく、仇を討ってなお彼女達の中の何かを決定的に変えてしまったのだ。もう、元の価値観には戻れない。きっと全てが終わった後も、彼女達は平和な社会に馴染めない。どれだけ平和に身を置いても、きっと内のどこかで闇が燻る。故にこそ、世界各国の退役軍人という人々は往々にしてPTSDとセットで語られるのだろう。

「……イリヤ」

 ふと、上条は声をかけた。その瞬間、張り詰めていた空気が崩壊し、イリヤはいつもの明るい笑顔を上条に見せる。

「なぁに、とうま?」

「いや……なんでもないんだ。ただ……イリヤは、今の自分であいつらに勝てると思うか?」

「……どうだろう。まほうつかい、っていうのもいるみたいだし、それに()()のサーヴァントも……。でもね、フュンフツェンアーチャーと戦うクロを、みんなを見て思ったんだ。私達なら誰にも負けない、って。思っただけだけどね」

「そうか……」

 上条はそっと微笑みを返す。

 が、内心こうも思うのだ。「おめでたいな。俺もそう思えれば、これまでどれだけ楽だったことか」。恨み口などでは決してない。上条の、心の底からの憧憬(あこがれ)悔恨(こうかい)だった。

 次の瞬間。ゾワッ……と肌がひりついた。上条は慌てて周囲を見回すが異常はない。それどころか、他の七人は何も感じていないようだった。たった今まで話をしていたイリヤは、上条の豹変ぶりに首を傾げている。だが、上条は確かに何かを感じていた。そう、この右手が……。

「────ッ! みんな、避けろッ!」

 と、上条は七人を庇うように先頭に立った。見据えるのは新都方面。他の皆はその方を見ても何も感じ取れていないようだが……。

 だが間もなく、上条が感じたものの正体が姿を現した。きらり、と星のように輝く光が一条。それはこちらへと接近し、迫るごとに空気が灼けついていく。避けようのない死の気配。()()()()()()()()、そう、それは”時”。絶対的な”時”のエネルギーが可視化され、まさに全てを葬り去る破壊光線となって襲いかかる。

「くそッ……!」

 上条は咄嗟に右手──幻想殺し(イマジンブレイカー)を突き出す。あっという間に視線のすぐ先まで迫った光線は上条の右手のひらに命中し、弾けるような快音を響かせながら競り合っている。しかし……上条は、その右手で触れてなお光線を打ち消せてはいなかった。

「(不発……!? いや、違う、確かに効果はある……。くそッ、打ち消した瞬間次から次へと新しい一撃として襲ってきてるのか!)」

 その光線は一本の太い幹ではなかった。言うなれば枝の束。幹と見紛うほど太く束ねられたその枝が襲いかかる。幻想殺し(イマジンブレイカー)を行使しても、その枝の一本一本を消しているに過ぎず、根本的な解決には至らない。右手を構え続ける度に、気力ばかりが消耗していく。そしてその消耗は体にも影響し、肉体的な疲労さえ伴う。

 とうとう、上条は跪く……ちょうどそのタイミングで、光線は途切れた。乱れた息を吐き、膝をつく上条。そこへ、イリヤが駆け寄ってくる。

「とうま! 大丈夫!?」

「こんくらい、幻想召喚(インヴァイト)でもすりゃまた戦えるさ……。それより、気をつけろ。()()ぞ……!」

 七人皆が、上条の目線の方を向く。そこにいたのは一人の女……いや、光線の主犯である女に次いで五人、計六人がそこにいた。静寂の橋上、距離があるにもかかわらず十分音を通す大気に乗せて、女は言う。

「やるじゃない、私の魔弾(スターボゥ)を凌ぎ切るなんて。けれど、()()()()()()()()()()を防いだところで、やりきった気にならないことね!」

 赤い髪の女──蒼崎青子は、突き出した右手に青い稲妻の余韻を走らせながら笑っている。その後方からさらに五人──シグマ、マリスビリー・アニムスフィアとそのキャスター(サーヴァント)、キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ、そして上里翔流……上里勢力が現れたのだった。

 すると、青子が人差し指を向けた。ガンドを放つかのように、親指を立て鉄砲の形を作る。きらり、と一瞬の瞬きと共に、その指先に星空のように青い光が収束していく。不意打ちでないそれは、既に八人皆がその気配を察することができた。上条に膝をつかせた、あの()()()だ。それもほとんど等しい魔力の奔流。上条の右手をもってしても防戦一方を強いたあの一撃は、たかが一本の指先から放たれていたのだ。

 カッ、と閃光が瞬く。上条は立ち上がるも、その瞬間軽い立ちくらみに襲われてしまう。

「(くそッ、体が言うこと聞かねぇ……! やっぱり、右手の力が減衰して……)」

 上条は再び右手を突き出す余裕はなかった──少なくともこの瞬間は。だがこのままでは、あのビームの直撃を受けてしまうことになる。そうなってしまえば、果たして肉体が原形を保っていられるかどうか……。

 と、そこへ駆け出したのはクロエだった。クロエはふらつく上条の前に立ち塞がり、ビームへ向けて右手を突き出す。同じ右手だが、幻想殺し(イマジンブレイカー)ではない。純粋な、彼女の力だ。

熾天覆う(ロー)……七つの円環(アイアス)っ!」

 宣言と共に現れたのは、七枚の花弁。七枚の盾。神話に語られる古代のギリシャ、その英雄である大アイアースが用いたとされる盾の魔術。七枚の革を張り重ねて作ったとされるアイアスの盾は、名手ヘクトールの投擲した槍を最後の革一枚のところで防ぎ切ったという。

 その伝説から熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)とは、飛び道具の類い──特に投げ槍に対して、概念的な防御力を持つ。

 ビームが熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)に命中すると、水が弾けるように盾に遮られる。上条の右手とは違う、純粋な防御。その点で、彼女の熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)幻想殺し(イマジンブレイカー)にも迫る防御性能を秘めているのだ。相手が槍でないためその表情は引きつっているものの、もしこれが投げ槍であったら競り合うことさえなく一瞬で防いでいたことだろう。

 青子は、思わずビームを止めた。迫り来る全てを防ぎ切ったクロエは熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)を解除するが、上条ほどの疲弊は見せていない。相手が飛び道具であったという相性、フュンフツェンアーチャー戦を通したクロエの成長、それはまさに目を見張るものがあったのだ。

「……ねえロマン。前あなたが戦ってたあの子、相当成長したんじゃない?」

「本当だ……そこまで時間も経っていないのに、驚いた。確実にボクら(サーヴァント)に肉薄してるよ」

 と、ロマンと呼ばれたキャスターが微笑む。素晴らしき好敵手(ライバル)を見つけた、そんな喜びと気合を思わせる。

「そうか。なら、ぼく達も本気で相手をしないとね」

 そう言って前に出たのは、上里だった。以前と同じ、まるでどこにでもいる学生のような見た目で、しかし凄まじい圧力を放ってもいる。第六魔法使いを自称する彼だが、上条の幻想殺し(イマジンブレイカー)とは相反する性質の右手・理想送り(ワールドリジェクター)の存在が、その自称に説得力を持たせているのである。

「さあ、誰から来るんだい? 一人ずつ、相手をしてやるさ」

 彼ら六人が、各々戦闘体勢を取ってこちらを見据える。数で言えば上条達の圧倒的有利。しかし向こう側は個々の戦力が並外れており、これまでの黒化英霊(サーヴァント)達が束になってかかってやっと一矢報いることができるというようなレベルの相手が何人もいる。加えて人数差もそこまで大きいわけではなく、シンプルに上条達の不利は依然揺らがない……。

 しかし、そんな皆の不安を振り切って一歩踏み出したのは、クロエだった。

「全員よ」

「……へえ」

「一人ずつ、なんて面倒なことはしない。それぞれが、それぞれを迎え撃つ。待ってるのも、退屈でしょ?」

 クロエの言葉を聞いて、上里はにんまりと口角を上げた。そして背後にいる上条達に問いかける。

「この子はこう言ってるぞ! どうする!」

 凛とルヴィアが顔を見合わせる。フュンフツェンアーチャーとの戦いを経て成長したクロエだが、勇足が過ぎるかもしれない。実力の伴った故なのかもしれないが……。

 すると、そんな勇足クロエの隣に人影が立つ。イリヤだ。その隣には、少し離れて美遊もいる。

「そうだよ。私達は前とは違う! 辛いことを経験して、苦しい戦いを生き延びて、強くなった! だから……私達なら、やれる。よね」

 イリヤとクロエは互いに見つめ合い、微笑む。そしてその感情をすぐさま心の奥に仕舞い込み、上里達に向かい合い武器を構える。クロエは投影剣を、イリヤはマジカルルビーに魔力を込め輝かせる。その傍にいた美遊も、同じようにマジカルサファイアに魔力を収束させていく。

「……ったく、突っ走りやがって」

 そういって、後方からもう一人がイリヤ達の前線に並ぶ。それは、意外にも一方通行(アクセラレータ)だった。

一方通行(アクセラレータ)さん……」

「ガキが。仮にも仲間やってる以上、死なれっとこっちが困ンだよ。だが、まァ……いいじゃねェか、そのやる気。戦いたくて堪ンねェって感じだ。そォいうのは俺の好みだぜェ!!」

 ……語弊がないでもない気がするが以前一方通行(アクセラレータ)()()()()()として、彼女達の甘さが気に入らず厳しく対応してきた。そんな彼が見せている笑顔は、戦闘欲求に満ちた、狂気じみてさえいる笑顔だった。上条はそんな一方通行(アクセラレータ)の笑顔を、久々に見たような気がしたのだ。

「もう……アンタまでそんな感じだったら、やらない選択肢はないわね」

「全くですわ。さあ、貴方も行きますわよ、バゼット!」

「言われずとも、私は最初から()るつもりでしたが?」

 そして魔術師の三人組も一歩踏み出す。彼女らこそあの六人の恐ろしさをよく知っているはずだが、勇敢と言うべきか無謀と言うべきか、そんな恐怖さえもどこかへやってしまうような強さがあった。三人とも、上条より年上だ。この八人の中では年長者スリートップ。だから、とは上条は思っていない。自分より年上の相手など何人も殴り倒してきた上条は、そんな強敵達以上に凛達の姿が大きく見えたのだ。

「……だよな。まだ、あいつらは二発しか攻撃してきてねぇ。黒化英霊(サーヴァント)七騎、それをぶっ倒してきた俺達が、たかがビーム二発で負けてたまるかってんだ!」

 上条は復活した。依然身体のだるさは残るものの、彼の戦闘行為の何ら支障にもなりはしない。強く地を踏みしめ、上条は立ち上がる。ビームの圧力に心身ともに圧倒されていたはずの上条は、まるで獲物を見つけた獣のような、力強い微笑みを浮かべていた。

「……はは、流石。けど、敵は前と比べて二人増えてる。一人は新人、一人は前は寝てたっけ。……三人同時に行けそう? 蒼崎さん」

「名字で呼ぶのはやめてって。んー……まぁ、やれるだけやってみるか!」

「その意気だよ、青子さん。さて……やろうか、上条当麻」

「望むところだ、上里翔流。──行くぞ!!」

「「おおーーっ!!」」

 上条の掛け声に合わせ、八人皆が雄叫びを上げ突撃する。一方の上里勢力は声を荒げることもなく、各々が自分のペースで戦場に参戦する。マッチングの組み合わせは以前と同じ。加えてバゼットと、以前は気を失っていたイリヤも参戦する。見切った戦法、隠してきた奥義、新たに覚えた技術……その全てを振り絞って、八人は、六人は──十四人は、争う。

 

 キャスターのもとへ、クロエが駆ける。以前、キャスターの放つ圧に怯えていたクロエはどこにもいなかった。彼女は干将・莫耶をそれぞれ構え、まっすぐキャスターだけを見据えている。

「……キャスター!」

「了解! 小手調べだ、クロエちゃん!」

 すると、グオオッ、とキャスターとマスターのマリスビリーは宙に浮かび上がった。キャスターの魔術だ。クロエはあのイリヤや美遊という魔法少女と比べて空中戦が得意ではない。魔力の靴を編んでの空中歩行が彼女の対空戦法。だが察するに、彼女の投影魔術はそう都合の良いものではない。剣しか投影しない・そして肝心な時にしか盾を投影しないのを鑑みるに、剣の類いとそれ以外で投影の勝手が違うのだろう。おそらく前者に優れている。であれば、そんな彼女の空中歩行靴などは、付け焼き刃にしかならない。

 だからこその”小手調べ”。自分の不利な状況で、どうこちらに攻撃するか……。

 ……その予定だった。彼女を見据えた次の瞬間には、その姿は消えていた。

「──拙いっ!」

 キャスターはマリスビリーを連れ、浮遊する体を横に移動させる。その瞬間、キャスターの髪を何かが掠めた。刃だ。首を向けることさえできないその一瞬、キャスターは尻目で後方を振り返る。そこにいたのは、双剣を振り切ったクロエだった。まっすぐこちらを睨みつけ、次の攻撃の機会を狙っている。そしてその足下……魔力靴は、投影していない。彼女は自身の脚力のみで加速し、消え、跳び上がり、一瞬でキャスターに迫り刃を振るったのだ。

「く──っ!」

 キャスターはクロエの姿を確認するや否や速度を上げ、マリスビリーと共にクロエから距離を取る。しかしクロエはそんなキャスター達を見据えると、その手に持った双剣を投擲した。宙を舞う双剣は決して追尾性能のある類いのものでないにも関わらず、それぞれの剣が引き合うような対称的な軌道でキャスターに迫る。

「なんだよ、もうっ!」

 キャスターはマリスビリーを庇うように立ち、魔術を唱える。虚空に浮かび上がった魔法陣から高濃度の魔弾が射出され、そしてそれは迫る双剣をそっくり追尾し、撃墜した。その瞬間、双剣は砕け散りながら大爆発を起こす。壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)だ。成る程、武器を無から召喚するのであれば、壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)のデメリットも相殺される。

 スタッ、とクロエは着地する。そう、クロエはこの瞬間までたった一度の跳躍で滞空し、キャスターに攻撃を仕掛けていたのだ。単なるジャンプである以上重力には逆らえないはずだが、にも関わらずクロエは重力に引かれるよりも素早く反応し動くことでキャスターに二撃を叩き込んだのだった。

「これは流石に、驚いたな……。マスター、どうにか後退できそう? 言いづらいんだけど、マスターを守りながらじゃ防戦一方みたいだ」

「構わないよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()。じっくり観察させてもらうとしよう」

 そう言うと、マリスビリーは霧のように姿を消した。向かい合うのはクロエとキャスターのみとなった。邪魔者はいない。

「……追わないのかい。マスターを殺せば、サーヴァントも道連れになる」

「しないわよ、そんな卑怯なこと。この手で殺せるようなマスターなら、いつだって殺せるわ。そんなことよりも……今はこの万全のコンディションを保って、あなたを倒す!」

「はははっ! そうかそうか。なら──”私”も、見せてやるとしよう!」

 口調と声が変わった。以前と同じ、キャスターの臨戦状態だ。だが今回は前のそれとは大きく違った。変化した目の色声色、だがそれだけではなかった。肌は褐色に変色し、髪は灰色になりさらにボリューミーに、そして身に纏っていた白衣はごわごわとしたローブに姿を変えた。その風貌はまさに古代の魔術師といったイメージを持たせる。つまり、これがキャスターの真の姿。サーヴァントとしての正装。これまでのものは結局、非戦闘形態の様子見でしかなかったのだ。

 苛烈になるのは、ここから。クロエはその事実に体を震わせる。果たしてその震えは恐怖だったのか、高揚だったのか……。

「さあ避けてみろ、弓兵!」

 キャスターは後方に無数の魔法陣を展開する。そしてそこから、うねるようにクロエを追尾する金色のビームを射出する。その様はまるで()()()()()()()()()()()()()()()()()。迫り来るビームをクロエは一発一発弾いていく。正確な軌道、的確な位置で刃がビームに触れ、最適な方向に弾き返す。クロエはこの間、ほとんど思考を行っていなかった。サーヴァントを内に宿す本能、投影剣から流れ込む記憶と技術、それがクロエを本能的に突き動かしていた。

 ビームの隙間を縫うように、クロエは駆け出した。その速度にビームはもはやまともに当たらず、クロエは浮遊するキャスターのすぐ足下まで迫ってくる。

 クロエは真上を向いた。そこにあるのはキャスターの姿。一方のキャスターも真下を向き、クロエに魔法陣を向けている。ここでクロエは双剣を放り、黒い弓を投影した。もう片手には矢……ではなく、棘のような黒い剣を投影している。宝具、赤原猟犬(フルンディング)。これを矢として弦に乗せ射れば、クロエが死ぬまで目標を追尾し続ける。

 赤原猟犬(フルンディング)の矢が放たれた。本能的に危険を察知し急上昇するキャスターだが、赤原猟犬(フルンディング)の飛翔速度は凄まじく、すぐにもキャスターに追いついてしまう。

「だが……甘い!」

 キャスターは黄金の魔法陣を展開し、それを半球の盾のように構えた。赤原猟犬(フルンディング)が魔法陣の盾に命中する……その直前、赤原猟犬(フルンディング)は風に煽られたかのようにキャスターを逸れていった。おそらく、あれで展開しているのは一種の磁場のようなものだ。膨大な魔力で力場を形成することにより、範囲内のもの全てに喰らいつく自動防衛装置のようになっているのだろう。

 赤原猟犬(フルンディング)は飛翔を続けながらも振り返り、再びその切っ先がキャスターに向く。しかし、高速でキャスターを外れ飛んでいき、そこから軌道修正するには大回りで旋回する必要がある。そのカーブの隙は、キャスターには大きすぎた。

 キャスターは魔法陣を再び円陣として展開し、赤原猟犬(フルンディング)にビームを放つ。彼の目論見通りビーム発射は赤原猟犬(フルンディング)の速度に十分間に合い、それを撃墜することに成功した。

「なら……!」

 クロエは再び赤原猟犬(フルンディング)を投影する。しかし今度は片手の弓も放り、両手に赤原猟犬(フルンディング)を投影した。そう、剣として…・。

 次の瞬間、クロエは上空のキャスターに向かって跳び上がった。……いや、これは跳び上がったのではない。何らかの力によって引き上げられている──!

「小癪なッ!」

 キャスターは至近距離で魔法陣を展開する。それは魔術を放つ起点(ポータル)としてのみでなく、その膨大な魔力を質量としてぶつけることによる直接攻撃への転用も可能なのだ。ぐわっ、と暴風のような魔力の衝撃が放たれる。不可視ながらも誰にでも認識できるような強い気配を放ち、危機感さえ抱かせてしまう魔力波。キャスターの純粋な魔力から放たれるそれは、三流サーヴァントの宝具に匹敵する火力さえあるだろう。

 ──だが、まっすぐ突っ込んできていたクロエは、魔力波が放たれんとする瞬間大きく身を捩り、うねるようにして魔力波の射程圏外へ外れた。キャスターの真横についたクロエは、そのまま赤原猟犬(フルンディング)を振るう。

「ぐ──!」

 咄嗟ではあったが、キャスターはクロエに向けて魔法陣──攻撃能力を捨て、物理的な壁とした盾を展開し剣を防ぐ。しかしその一撃からほぼ間を置くことなく、次の斬撃が襲いかかる。クロエは脱力していた。思考もクリアだ。もはや……()()()()()()()()()()()

 彼女にそうさせるのは、まさにこの赤原猟犬(フルンディング)の能力だ。血に飢え、乾き、その嗅覚に長けた赤原猟犬(フルンディング)は、一度矢として放たれれば敵の匂いを嗅ぎつけ、敵と自身のどちらかが消えるまで追い続ける。そしてそれを、本来の用途──即ち剣として振るった場合どうなるか。赤原猟犬(フルンディング)は、依然血を嗅ぎつける。その追尾は剣を振るうクロエの腕に乗り、まるで腕を引かれるように剣を振るうのだ。跳び上がったのもそのため、キャスターを追う赤原猟犬(フルンディング)に引き寄せられたのである。何よりその動きはクロエが振りかぶっているのではなく、剣の意思でめちゃくちゃな軌道で斬り裂いている。それは人が剣の類いを振るう際の筋肉の動きとは全く異なり、故に防御を困難とさせているのだ。

 が、キャスターは考えた。回避も防御も難しいのであれば、あの剣を破壊すればいい。だが今の彼女は通常攻撃(魔力光線)程度は軽々と弾き返してしまう。使いたくはなかったが……と、キャスターは拳を握り、()()()()()()()()()()()()()()()()

「一の指輪よ────!」

 その瞬間、キャスターの指輪が輝き、何かが放たれた。それは魔法陣からの魔力波でもなく、青子の見せたような魔法的な気配でもなかった。それらさえも超越した、彼のみが持ち得るアーティファクト。

 そして、クロエが指輪の輝きに目を奪われている間に、強烈な衝撃と脱力感に襲われ二本の赤原猟犬(フルンディング)は霧散してしまった──否、()()()()()()()()()。クロエは感じていた。魔力が、失われていく──。上条の右手ほど強力なものかどうかは定かではないが、あの指輪の力によってクロエの投影剣は無力化されてしまったのだ。クロエの肉体を保つ魔力自体にはほぼ影響しないのがせめてもの救いか。

 そう、これこそがキャスターを英霊たらしめる十の指輪(テンリングス)。数々の偉業あれど、この指輪達はキャスターの中で大きな存在感を持っていた。

 だが、クロエは止まらない。破壊されたのなら、また新たに投影すればいいだけのこと。そうしてクロエは、新たな剣を投影した。いや──それは剣ではなかった。どちらかといえば棍棒(メイス)。無骨で、しかし赤原猟犬(フルンディング)と同じようにところどころが凶暴に尖っている。しかしその棘に殺傷能力はなさそうで、故にそれは純粋な殴打武器であった。

「その程度……!」

 キャスターは魔法陣を展開する。あの程度、指輪を使うまでもない。それに本来、宝具でないにせよ真名解放に等しい魔力を消費するこの指輪を連発するのは難しい。赤原猟犬(フルンディング)が脅威だったのはその追尾性能だ。このメイスにどんな力があるかはわからないが、クロエの振りかぶりを見る限り、少なくともキャスターの脅威になる類いのものではなさそうだ。彼はそう考察したのだ。

 メイスが魔法陣の盾に触れる。その瞬間、メイスは魔法陣から放たれる魔力放射によって粉々に砕けてしまった。投影であるからには真作(オリジナル)よりも弱くはなるものだが、あまりにも呆気なさすぎてキャスターは面食らってしまう。これではまるで、壊すために投影したかのような……。

 キャスターは勘づいた。そう、壊すためだ。この武器は壊れることによって効果を発揮する。そうでなければ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()──!

「──鉄鎚蛇潰(ネイリング)!」

 ここまで、ごくわずかな一瞬。メイスが砕け、今まさに破片が飛び散ろうとしている。が、キャスターは感じたのだ。粉砕したメイスの内側から放出される、凄まじい衝撃を。壊れることで機能するとは、こういうことか──!

 その名は、鉄鎚蛇潰(ネイリング)赤原猟犬(フルンディング)と対をなす、ある大英雄の得物であった。

 クロエは破壊されたメイスはそのままに、残った柄を振り下ろした。その勢いに乗せ、メイス破壊によるエネルギーがキャスターに襲い掛かり、彼を地表へ打ち落とした。アスファルトが砕け、粉塵が舞う。跳び上がっていたクロエはやっと重力に引かれ、スタッと着地してみせる。メイスを失ったその手には再び干将と莫耶を投影し、キャスターの再起に備える。渾身の一撃を放ったつもりではいたが、あれほどの相手が()()()()でやられるとは思えない。

 クロエの予想通り、粉塵の奥に人影が見えた。だぼだぼとしたローブの大きなシルエット。キャスターだ。姿を現したキャスターはローブについた粉塵を払い、長い髪をとかし整えている。……ふと、キャスターが頬に触れた。そこには、指先ほどの大きさの傷が。傷に触れたキャスターの指には少量の血が付着しており、それをローブで雑に拭った。

「は。それだけやって、この程度(キズひとつ)か」

「いいえ。小さな傷でも何十、何百とつければ致命傷になる!」

 クロエは怯むことなくキャスターを見据えている。そんな彼女に、キャスターは内心感心していた。初めて会った時はこの目を見ただけで怯えを露わにしていた彼女が、ここまでの戦士に成長するとは。それに純粋な戦闘能力も桁違いだ。この間に何が彼女に起こったのかは知らないが、これはもはやサーヴァントの領域に片足を踏み込んでいる。そう直感した。

「……であれば、私も見せてやろう。我が宝具、我が偉業、その一端をな!」

 キャスターはその手を掲げ、魔力を高めていく。すると、空気中に高濃度の魔力が充満し、そこにいるだけで肌をピリつかせるような威圧を放つ。これはまさに、宝具の構え──!

「真名封鎖、限定解放! 魔術王の名に於いて、我が神殿、宇宙、時、(ことわり)の下に於いて──出でよ、バルバトス!!」

 次の瞬間。ゴゴゴゴ……と大地が揺れた。地震ではない。このすぐ下に潜む何者かが、大地を揺さぶっているのだ。ざばぁ、と音を立て、飛沫を飛ばし、大橋のかかる川底から何かが飛び出してきた。それは触手のような柱のような得体の知れない生命体──いや、もはやそれが生命体なのかさえ定かではない。白い肉体についた無数の赤い瞳は、その全てがギョロリとクロエを睨みつける。たったそれだけ、その”視線”を受けただけで。クロエの全身に悪寒が走る。確かにクロエは強くなった。乗り越えてきた。だが、この怪物はこれまでの常識から全く外れた未知のものだ。未知を恐れるのは、人の常である。

「っ……その化け物が、あなたの宝具ってわけ?」

「否、これは宝具の一端に過ぎん。この程度は真名を明かすまでもなく我が召喚術の範疇の力だ。もっとも、学のある者であれば既に私の真名は察することができようがな」

「何よ、私が馬鹿だって言いたいワケ!?」

 クロエは赤原猟犬(フルンディング)を投影し、それをバルバトスと呼ばれたその異形へ向けて射る。この大きさで、そして水底から生えているのであれば、回避はそもそも不可能なはず。その想定通り、

赤原猟犬(フルンディング)はバルバトスに全弾命中する。一部はその弱点であろう目玉にも。……が、バルバトスは怯む素振りさえ見せず、蚊でも見つけたかのような殺意を迸らせてその目を輝かせた。

「まずい──っ!」

 クロエは咄嗟に弓を放り、駆け出した。どこへ向かっていくでもない、ただの回避行動。熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)をもってしても、あれを防げる気がどうもしなかったのだ。

 カッ、とバルバトスの目が大きく輝く。すると次の瞬間、クロエがついさっきまでいた足下から何本もの光の柱が突き立てられた。あと少し遅ければ、クロエの肉体を掠めていただろう。しかし、その光の柱から放たれる、避けてもわかるその熱量は……少し体を掠めただけで、全身を蒸発させてしまうだろう。そんなものを放つ怪物を平然と放っておきながら、本人は真名解放するまでもないという。

 彼の言う、魔術王という自称。それはきっと、全くその通りなのだろう。

 再びバルバトスの瞳が輝く。今度はあの光柱ほどではないが、黒い煙のようなものが襲いかかってきた。全てを飲み込む波のように迫るそれは、暗く見透かせず、しかしその闇の中に渦巻く破壊の気配は容易に感じ取ることができたのだ。

 だが、今度の攻撃は光柱とは異なり面の攻撃だ。今からではいくら走ったとしても回避できるものではない。

「お願い、もって……熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)!」

 クロエは花弁の盾を展開し、黒煙を迎え撃つ。黒煙に呑まれたクロエは、まるでミキサーの中に放り込まれたような衝撃を盾伝いに感じる。盾は機能を果たしてくれてはいるものの、それでもこれほどの衝撃が連続するとなればかなりの負担になる。

 黒煙の波が通り過ぎ、クロエの姿が明らかになる。盾は割れておらず、傷を負ってもいない。わずかに黒い煤で汚れているくらいだ。しかしクロエ本人は、荒く息を整え、黒煙に受けた衝撃からなんとか立ち直ろうとする。

「苦しいか? 当然だ。クラスカード如きに宿った、黒化英霊(まがいもの)どもの力ではな!」

「く……」

 だが、クロエは折れなかった。再び干将と莫耶を投影し、戦況を仕切り直す。

 が……。

「(投影(まりょく)のキレが悪い……流石に一気に消耗し過ぎた……?)」

 折れずとも、クロエはわずかに顔をしかめている。それが表すのは疲弊、焦燥。

熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)鉄鎚蛇潰(ネイリング)といった燃費の悪い投影を立て続けに行ったのだ、以降は魔力の節約を意識しなければ今晩を乗り切ることも難しいだろう。

 だがクロエは、顔をしかめつつも微かに笑っていた。類い稀なる強者との死合い、それを本能的に求めてしまっている。クロエの奥深くに眠る()()()()()()()()が彼女に囁くのだ。あれを乗り越えることができたなら、果たしてどれほどの成長を遂げることができようか。果たしてこの剣はどこまで届くのだろうか。そんな彼女の無意識の思考は、まさに”戦士の性”によるものであった。

 

「……なーんか大変なことになってるわね、向こう」

 青子が、三人の女を前にそう呟いた。青子は気だるげに腰に手を当てたりなどしているが、三人──凛、ルヴィア、バゼットは一瞬も気を緩めることなく青子を見据えていた。相手が相手なのだから、当然だ。

 魔法使い……まさかそんな相手と戦うことになるとはつゆほども思っていなかった一般的な魔術師と魔法使いとでは生きる世界そのものさえ違うだろう。ちゃんと食べて、ちゃんと寝ているのかさえ怪しい。それほどに、魔法使いとは都市伝説的存在で、しかし誰もがその強大を知り畏怖していたのだ。この三人も例外ではない。

「あれが、第五魔法使い……」

「以前は遠くから見ているだけでしたけれど、こう対面するとやっぱり違いますわね……」

「あら、嬉しい。これは、期待に応えなくちゃかな?」

 体をほぐす青子。彼女のどの動きがどう攻撃に派生するか定かではない状況で、三人は皆いつでも攻撃ができるよう備えていた。凛とルヴィアは宝石を手に握り、バゼットは拳を握りルーンを励起させている。

「遠坂、エーデルフェルト、フラガ……どれも名立たる名家ばかり。蒼崎なんて、使い所のわからない魔法を管理するだけの小さな家だし、そうなったのもたった三代前。やっぱり、学ぶことは多そうね!」

「今さら何を学ぶって言うんだか……っ!」

 唐突に凛が宝石を投げた。洗練されたフォームで投擲されたそれは美しい放物線を描き、青子の数メートル目先に来たところで爆ぜ、閃光を放った。凄まじい閃光で、青子が怯んでいるのかさえ見えない。だが三人は目を潰されてはいなかった。この技を使うことを想定して、事前に眼球保護の(まじな)いをかけておいていたのだ。目を守るだけで光の受容は対した変化がないため青子の位置は当然わからないが、特にバゼットは事前の距離感だけで青子の位置を予測することができた。凛達も、青子のいた方角であればしっかりと認識している。

 バゼットは光の中駆け出した。音、記憶、歩幅、あらゆる感覚を研ぎ澄まして青子の位置を探りそれに迫る。それはほぼ第六感のようなものだったが、バゼットの実力をもってすればそれを理論的に実行することができるのだ。

 閃光が晴れ、三人の目も次第に夜の闇に慣れていく。そうして、閃光に呑まれていた青子の姿を確認する。……彼女は、迫り来るバゼットにその指先を向けていた。

「くそっ──!」

 バゼットは咄嗟に拳で顔を覆い隠す。この速度で走っていてこの距離感では、避ける余裕もないし今さらこの拳も止められない。せめて顔の前に構え、直撃を避けようとする。

 ピカッ、と輝いた指先から青い魔弾が射出され、顔を保護するバゼットの拳に命中する。すると、そのあまりもの衝撃力によって拳に強い重力がかかり、バゼットの体は宙を回転した。バゼットは空中で体勢を立て直し転がることなく着地するが、その拳──ルーン仕込みのグローブは痛々しく発光し、煙が立っていた。

「……流石です。(フラガ)のルーンをここまで消耗させるとは!」

 バゼットは再び駆け出す。それに合わせ、青子も指先を向ける。だが今度のバゼットは青子の魔弾を学習し、常に油断を解かなかった。

 青子の指先から飛び出る魔弾。先程と同じく凄まじい魔力を帯び、バゼットに向かう。目にも留まらぬ高速。常人であれば反応すらできないだろう。しかしバゼットはその魔弾を──視覚ではなく半ば直感で見切る。青子の指先が発光した瞬間にバゼットは姿勢を下げスライディングし、迫り来る魔弾を下から回避した。そしてすぐさま立ち上がり、青子へ向かう。

 そんな彼女の立ち振る舞いを見て、青子は目を見開いた。これほどに接近され、これほどの技術を持つ相手なのであれば、魔弾だけで応戦するのは分が悪い。と、青子は手のひらに魔力を集中させ、新たな一撃を放とうとする。単なる魔弾とは異なる。彼女の”魔法”に類する一撃だ。

 ……だが、そんな目論見は死角から阻止される。バゼットに気を取られている間に、両側面から凛とルヴィアが迫っていたのだ。

「ルヴィア、合わせて!」

「ええ! ──それっ!」

 二人が投げた宝石が砕ける。するとその粉塵は青子の足元を囲うような円形に広がり、簡易的な魔法陣を形成する。魔法陣というものは魔術を展開するきっかけである他に、中のものを逃さないための拘束としても往々に機能する。

「そう、迎え討てってことね!」

 バゼットの拳が青子に伸びる。今魔弾を撃っても、この距離では十分に避けられてしまう。ならば……別の使い方をする。

 青子はブンッと腕を振り払うと、その軌道に乗せて魔力エネルギーが拡散された。そのエネルギーはあの魔弾に近しいもの。青子は至近距離で複数の魔弾を拡散させて放つことで、実質的なショットガンとしているのだ。

「く──」

 咄嗟の反応で、バゼットは身を屈め回避する。しかし魔弾の拡散率が大きく、赤紫色の髪に掠ってしまう。バゼットはその姿勢のまま、回し蹴りで青子の足を払おうとするが……。

「甘い!」

 バゼットの思考が見透かされているかのように、青子は飛び上がり回し蹴りを回避した。それどころか青子は空中で体を回転させ、逆にバゼットに回し蹴りを放ったのだ。単なる回し蹴りではない、その足にも破壊的な魔力が乗せられ、あの魔弾に相当する破壊力がこもる。

 しかし、青子の足がバゼットの頭を蹴り飛ばすその瞬間、バゼットは、青子の蹴りによるベクトルとは真逆の方向に吹き飛んだ。凛の放った宝石魔術により、ダメージを抜きに衝撃だけがバゼットを襲い、吹き飛ばすことで退避させたのだ。

「なるほどね……強引だけど、私好み!」

 接近してくる二人に対し、青子は笑いながら応戦する。……しかし、二人の戦い方は青子の想像するものとは幾らか異なっていた。遠坂とエーデルフェルトはどちらも宝石魔術の名家という認識だったが、迫る二人は宝石を握っていない。その代わりに二人の腕と足に碧色の魔術回路が血管のように浮き出ており、ただならぬ気配を放っている。

 凛が殴りかかった。物理で来ることはわかっていた、かつバゼットも物理の戦い方だったので、凛のそれを青子は軽々と回避してみせた。だが、凛の拳は普通のものではなかった。どこか格闘術の心得を感じさせる踏み込み。中国武術の類いだろうか。

「まだまだ!」

 凛は負けじと青子に連撃を放つ。身体強化が施されているためか、その拳の一つ一つが音を割るほどの速度と威力を伴っている。その全てを避けてみせながら、青子は気づく。やはり……あの武術は地を強く踏み締めることで限界まで力を高めている。俗に言う震脚というものだ。中国武術だけでなく、さまざまな武道において踏み込みは重要視されるものだ。

 しかし、それだけではこれほどの拳は放てまい。それを実現させているのは、ひとえに凛の実力でしかなかった。魔術の他に、常日頃から拳法を修めている。そういった者でなければ、これほどの行使はできない。

 だが、凛ほどでないにせよ青子にも格闘の心得がないわけではない。我流ではあるが、技術の差は個々人の基本スペックで埋めてしまえばいい。青子はタイミングを見計らい、凛の正拳突きを受け流す。凛は体勢を崩す──かに思われたが、僅かに重心が前に傾いた程度で、地を強く踏み締め立ち止まった。

「しぶとい……!」

 青子は一歩踏み出た凛の懐めがけ手のひらを向ける。そしてそこに集う魔力の束。バゼットにくらわせたような拡散魔弾だ。これほどの距離、そしてバゼットほど強固でない防御でこれを受ければただでは済まないだろう。

 だが凛は、青子が何をしようとしたのかはともかく、この手が攻撃に繋がることは瞬時に理解できた。自身の腹に向けられた手を、凛は叩きつけるように振り払う。手首に一撃を受け思わず手の構えを解いてしまう。その隙を突き、ガラ空きになった青子の胴体に凛は強い掌底を打ち込んだ。空気を吐き、青子は後退する。魔法使いといえど、直接攻撃をくらってしまえばそこらの女と大差ない。だが……面白い。痛い、苦しい、と感じたのは、随分久しぶりだ。

 ふと、青子は気づいた。ルヴィアを見ていない。交戦してからそう時間は立っていないが、てっきり同時に攻めてくるものだと彼女は思っていたのだ。だが一方の凛達はこう思うのだ。魔法使いほどの相手に正面を切っては、一人も二人も同じだと。

 ──次の瞬間、青子の後方からルヴィアが迫り、掌底を受けた隙を突いて跳び上がり、青子の首元に組みついた。

「うぐっ」

 これには青子も思わず声を上げる。魔法使いであろうと呼吸なしでは生きられない。

 組みついたルヴィアは体を大きく捻り、遠心力で青子の体を叩き伏せる。しかし青子は転がるように受け身を取り、すぐさま立ち上がった。……なるほど、中国拳法の次はプロレスか。貴族のようなあの少女がどうやったらプロレスと出会い魅入のかはわからないが、その技は本物だった。洗練された技に魔術による身体強化が乗ることで、より効果的に相手を絞め落とすことができるのだ。

 転がった青子が顔を上げると、そこにはあの三人が揃っていた。死角からの不意打ちに気づかれた以上は……ということなのだろう。三人の技はそれぞれ異なっていた。速度と力、そして技術。その全てに同時に立ち向かい打倒するというのは至難の業だろう。だが魔法使いならば。青子ならば、()()が違う。

 三人が一斉に青子に襲いかかる。一見同時に攻撃しているように見えて、三人は互いに一人ずつ攻撃の順番を譲り合っていた。三人の攻撃が絶え間なく連続しているものだから、傍から見れば同時攻撃であるように見えるのだ。実際に同時に等しい連続性を持ってはいるのだが。

 しかし青子はその全てを捌いていた。三人の特異な攻撃をそれぞれ受けたことで学習したのだろう。バゼットの拳は威力にも速度にも優れるが、逆に真っ直ぐすぎる。凛の拳法は恐るべき瞬間火力を見せるが、いずれの技にも起点となる震脚を妨害されると途端にリズムが狂う。ルヴィアはプロレスという競技の性質上大胆な攻撃が多く、拘束技に捕まると物理防御力を無視した絞め技で落とそうとするが拘束を受けなければ意味はない。

 青子はフリーの足下を見、凛の右足へ小さな蹴りを放つ。サッカーボールを奪い取るようなささやかな足払いだったが、それにつまづいた凛は拳の勢いを失ってしまった。続いて飛んでくるバゼットの拳は、大した苦労なく避けることができた。それはあまりにも直線的で、何度も受けていれば自然と避け方も察してくるというものだ。それにいくら拳速が速かろうと、()()()()()()()()()()()()()()。最後に残ったルヴィアの組みつきは、もはやそれほどの脅威ではなかった。一度受けて青子は思うのは、組みついてからの投げが強力であるということ。無防備を晒すことになるため、相手に手中から抜け出されでもしたら形勢は一気に不利になる。そのため決して相手を逃さず、一撃で仕留める気概で投げるのだ。だがそれ故に、守りを考慮に入れていない。青子はルヴィアの拘束の合間を潜り抜け、彼女の服を掴み逆に投げ飛ばしてしまった。ルヴィアは即座に受け身を取り立ち上がるが、その表情からは動揺が見てとれる。

「強い……!」

「当然! 肉弾戦に魔術戦、どんとこいよ!」

 戦闘の最中、青子はそんなふうに笑い飛ばす。三人に笑っていられる余裕はない。思うに青子は、三人を相手取ってなおそれほどの消耗はしていないのだろう。笑いながらも凄まじいまでの威圧感を放つ青子。それは三人を尻込みさせるには十分すぎた。

 だが違った。余裕がないにも関わらず、三人は半ば無理矢理笑みを浮かべたのだ。

「……?」

 不穏な気配に警戒する青子。自分は彼女らの術中にいる……彼女らの笑みは、そんな不安を思わせる。

「私たちもね、わかってたのよ。三人がかりでも魔法使いには勝てないなんて。ましてや接近戦なんてね」

「ええ。けれど……気づいた時には、もう遅くってよ!」

 ハッ、と青子は足下を見る。先程二人が宝石魔術によって青子を囲うよう形成した魔法陣。その陣形に沿って、ルーンの刻まれた宝石が等間隔に配置されていた。今思えば、この魔法陣はきっと中のものを拘束する効果などなかったのだ。魔法陣の内に留まっていたのは、そんな青子のプラシーボだったのだ。

「二人とも、合わせて!」

 凛の掛け声で、三人は魔力を込める。すると魔法陣に配置された宝石が光を放つ。そして青子を襲うのは、おびただしいほどの光の波。それに物理的攻撃力はないが、魔力的、精神的に青子を追い詰めていく。

 成る程、考えたものだ、と青子は光の中で悶えながら思う。魔法陣に宝石、ルーン魔術……それぞれがそれぞれを高め合う効果を発揮し、魔法使いにも十分届き得る一撃を生み出している。青子は昔から魔弾による破壊とこの第五魔法以外の魔術はからっきしだった。魔術師としては”姉”の方がはるかに優秀だろう。魔術使いにさえなれなんだ自分。そんな自分に、彼女たちは魔術の力を最大限に発揮し立ち向かってくる。……その事実が、青子を奮起させるのだ。

「っ……はあっ!」

 青子は光に呑まれながらも地に向かって強い魔力の波を放つ。それは全方位に響き渡る衝撃はとなって三人を襲い、同時に青子を拘束していた魔法陣やルーンの宝石も吹き飛ばす。

「やってくれるじゃない。ならこっちだって──バーナー点火!」

 青子は膝をつき、右腕を三人に向け構える。するとその肘から背後に巨大な魔法陣が形成され、ジェットエンジンのような魔力の炎が噴き出る。ばちばちと稲妻が散り、空気が燃えるように熱くなっていく。

 彼女が見せていた、スターボゥというビーム。その究極であった。

 しかし、凛は──、

「……かかった!」

 この展開さえも、読んでいた。

「バゼット、今よ!」

「本当にいいんですね? あと一個使えば、私はしばらく前線には出られませんよ!」

「大丈夫、相手は魔法使いよ、このために誘導したんだから! それにあなたのそれ……サーヴァントの宝具だけじゃなくて、()()であるなら効果範囲なんでしょ?」

「理論上は……」

「なら、やるしかないわよ! この機を逃す手はない!」

 なら、とバゼットは鉄球を取り出した。後より出でて先に断つもの(アンサラー)だ。彼女の持つ宝具の現物。大家フラガの伝承保菌者(ゴッズホルダー)たる証明。敵の大技に反応し、この宝具との順序を入れ替えることで、「大技を放つ前に相手を貫いた」という結果を作り出すことで実質的にその技をキャンセルする。

 そして、それが同じくサーヴァントの宝具にしか通用しないという道理はない。

 これまでの黒化英霊(サーヴァント)戦で、手元に残った後より出でて先に断つもの(アンサラー)の残弾数は数少ない。彼女が住居としている森林の洋館で錬成中ではあるものの、いかんせんひとつ錬成するのに一ヶ月ほどの熟成期間を要するため、連発はできない。今の残弾数では、上里勢力の全員──明らかに大技の類いを持たないであろうシグマを除く──にメタを張ることはできない。だが青子ほどの相手、魔法使いであれば、貴重な一発を使う価値もあろうというもの。

大月蝕(ブラックライト)──!」

「来た! 後より出でて先に断つもの(アンサラー)ッ!」

 バゼットの拳の先に浮遊した鉄球から剣が生成される。同時に、青子の魔力も右手の先へ収斂していき、今にでも空間ごと引き裂いてしまいそうな圧を放っている。

 バゼットは躊躇わなかった。迷わなかった。まだ相手は起動途中ではあるが、一度電源をいれてしまったのならそれはもう既に後より出でて先に断つもの(アンサラー)の射程圏内だ。

斬り抉る(フラガ)……軍神の剣(ラック)ッ!!」

 剣が光線となって射出される。それは真っ直ぐ、定規で引いた線のように、青子へ向かっていく。迫り来る閃光。まもなく斬り抉る軍神の剣(フラガラック)は着弾し、スターボゥをなかったこととして、青子の心臓を貫くだろう。

 青子は咄嗟に、スターボゥの起動を停止した。魔法陣が薄れ、バーナーのような魔力炎も消火されていく。だが、それでも斬り抉る軍神の剣(フラガラック)は止まらない。

「ハッ、今更止めてももう遅い!」

 斬り抉る軍神の剣(フラガラック)が適用されたのは、先ほどまで展開されていたスターボゥ。()()()()()()()()()()()()()()()()()斬り抉る軍神の剣(フラガラック)を見てから技を止めたところで、斬り抉る軍神の剣(フラガラック)が狙うのは()()()()()()()()()()()()であるため、斬り抉る軍神の剣(フラガラック)発動から未来の事象は因果律の改竄に何ら影響はしないのだ。つまり、このままいけば変わらず青子は心臓を貫かれる。

 ……と、その時。絶体絶命の青子の様子を見て、バゼットはゾワっと背筋を冷やした。笑っていたのだ。待ってました、とでも言わんばかりに。

「──ぶっ飛べ(スキップ)!」

 青子は斬り抉る軍神の剣(フラガラック)に手をかざし、何やら魔力を投射する。すると斬り抉る軍神の剣(フラガラック)は──青子に命中する直前でフッと電気を消したように姿を消し、どこかへいなくなってしまった。

「な──ッ!?」

 これにはバゼットも驚きを隠せない。宝具の性質上、常時発動でない大技や宝具には絶対的な特効をもつ。これを阻止できるのは、刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)といった同じ因果律に干渉する兵装などでしかあり得ない。だがたった今、そんな斬り抉る軍神の剣(フラガラック)は防がれ──いや、消去されてしまった。訳もわからず、バゼットの頭の中で情報が錯綜し、言葉が出てこない。

「そんな……ちょっとバゼット、効くはずじゃなかったの!?」

「いいや、効いたわよ。しっかりね。あのまま放ってたらぶっすりイってたし」

 青子は訳知り顔で語り出す。いや……それは実際に、()()()()()()()振る舞いと表情、そして滑らかな説明であった。

「優秀な諜報要員がいてくれたおかげでね、あなたの宝具については事前に知ってたの。使い勝手は難しいけど、とても強力な宝具。でも、それを防ぐ手段が私にはあった。何をしたかって? 私はね……斬り抉る軍神の剣(フラガラック)の”発動”と”命中”、その二つの事実(できごと)時間(しゅんかん)を未来にぶっ飛ばしたのよ。当たることには当たるけど、いつ当たるかまでは決まっていない。もしかしたら……病床に伏して、危篤状態(しにかけ)の私に命中するかもね?」

「だが、そんな……あなたの言うそれが事実であるならば、理論上は死者の蘇生さえ可能なのではないですか!? 確かに死者蘇生には第一、第二、第五魔法のどれかが絡むとは言われていますが、そんな世界の法則に逆らうようなことをしては……!」

「死者蘇生? ああ……()()()()()()()()()()()()

 三人は呆れ返った。というより、途方に暮れた。あまりにもぶっ飛んだ魔法使いの世界観、青子の超常的──魔術という異能の存在があってなお超常的と形容できるその力、そして飄々とした余裕……。それはもはや、一介の魔術師にどうこうできるものではなかった。五大元素使い(アベレージ・ワン)とそれに並ぶ名家の令嬢、そして宝具の現物を継承してきた封印指定執行者の伝承保菌者(ゴッズホルダー)……。その三人でさえ、蒼崎青子という女の前では小さな、小さな存在(もの)でしかなかったのだ。

「さ。これが第五魔法よ。認めましょう、計画のうちだったとはいえ私にスターボゥを構えさせたのは見事だったわ。流石は御三家の一角とその同胞たち。……いくら世間が魔法使いと持てはやそうとも、あなたたちに学ぶことは多そうね?」

 まだまだ消耗していない青子を前に、三人は思う。

 ああ。こんな怪物(ちょうじん)が味方であったならば、どれだけ頼もしいことか。それは青子への畏れであると同時に、上里への嫉妬でもあった。

 

 二人の男は、ただ立ち尽くし、向かい合っていた。

 学園都市第一位、超能力者(レベル5)一方通行(アクセラレータ)。第二魔法使い、万華鏡(カレイドスコープ)、キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ。周りで火花や血が散ろうという中、二人は一歩踏み出すこともなくただ見つめあっていた。否、それは警戒。強大な相手であることは間違いない。向こうがどう出るか、どんな攻撃を仕掛けてくるか。そのたった一瞬が生死を別ける。ある意味でそれは恐怖心だった。相手が何をしでかすかわからないという恐怖心から、踏み出せずにいたのだ。

 だが、そう思っていたのは一方通行(アクセラレータ)だけだった。ゼルレッチには落ち着きがあり、全身の筋肉が弛緩しているようだった。それは油断とも言えたが、彼が油断したところで誰かに負けることはない。ましてや一方通行(アクセラレータ)は、ベクトル変換を対黒化英霊(サーヴァント)用にさえ調整できていない。どれだけ強力な能力を持っていようと、それを使いこなせなければ意味がない。魔法使いを相手取れば、力を誰の考え得るよりも使いこなしてようやくスタートラインに立てるというものだ。

「ふむ……」

 ゆっくりと、ゼルレッチは右手を一方通行(アクセラレータ)へ向けた。む、と一方通行(アクセラレータ)は身構える。まだ避けることはしない。感覚を研ぎ澄まし、攻撃が放たれ、命中する直前に回避し、当たったと思い込んだその隙を突く。……だがどうだろうか。先の戦いでは、一方通行(アクセラレータ)は成す術なく、何が起きたかもわからないまま地面に倒されていた。またあれが来る可能性は、はっきり言って非常に高い。あれがゼルレッチの基本攻撃だとすれば、当然それが飛んでくるだろう。だがその時は、今度こそは目を離さず、何が起きたかをこの脳に焼き付ける。そして学習し、あわよくば反射できるようにする。

 ……と意気込んだのも束の間、ゼルレッチは手を下ろし、纏った膨大な魔力を解けさせていった。

()そうか、一方通行(アクセラレータ)よ」

「あン、だと……?」

 拍子抜けしつつも、一方通行(アクセラレータ)は依然としてゼルレッチを睨み続けている。そんなゼルレッチは、まるで近所へ散歩にでもいくかのような軽い足取りで、橋の落下防止柵まで歩いていく。

「なンのつもりだ、テメェ」

「止そう、と言ったのだ。儂に戦う気はない。お前は殺戮を楽しんでいるように見えて、その実狂人などではない。わかるのだよ、お前の内にある”慈愛”が。少女を10031人殺したところで、本質的なものは汚せぬさ」

「テメェを10032人目にしてやろォか、ジジイ」

 ずけずけと踏み入ってくるゼルレッチに憤慨する一方通行(アクセラレータ)。だがそんな一方通行(アクセラレータ)を見ても、ゼルレッチはまるで子供の癇癪を見ているような調子で不敵に微笑んでいる。その顔が、一方通行(アクセラレータ)を余計に苛立たせる。

「まあ、お前は案外あの中では一番話が通じそうではあるのでな。ほれ、こっちに来い」

「抜かせ、誰が……」

「──来い」

 ギッ、とゼルレッチは一方通行(アクセラレータ)を睨みつけた。すると次の瞬間、一方通行(アクセラレータ)は感じたことのない目眩に襲われる。意識が揺らぎ、視界がぼやけ、ついには真っ暗にブラックアウトしてしまう。ついには平衡感覚さえ失い、ふらりと崩れていく。その時、一方通行(アクセラレータ)は反射的に意識を取り戻した。体の落下を感じ、目の前の柵を支えとし立ち止まる。ゼルレッチが睨みつけた、ほんの一瞬の出来事だった。だが仕掛けてくるには攻撃が生易しい。果たしてどんな幻術を使ったのだろうか。

 ……と、一方通行(アクセラレータ)はここで気づく。()()()()()()()()()()()()()()。ゼルレッチは確かに柵の方へ歩いていったが、多少は遠いところだ。それに歩いていったのはゼルレッチだけで、一方通行(アクセラレータ)は依然道の真ん中にいる。ふらついた拍子に支えにできるほど近くない。

 そうだ、それしか考えられない。ゼルレッチの術にかかった一方通行(アクセラレータ)は、曖昧な意識の中ゼルレッチの傍まで導かれ、無意識下で歩いていった──あるいは歩かされたのだ。本人はまるで瞬間移動(テレポート)でもしたかのような心地だった。脳が混乱し、ゼルレッチの顔を見るまでは言葉すら浮かばなかった。そしてそんな彼の脳裏に浮かんだ言葉は「クソ野郎」だった。

「……チッ」

 そんな言葉を一方通行(アクセラレータ)は飲み込み──決して言い過ぎだと思ったわけではなく、言うことすら馬鹿らしくなってしまったのだ──ゼルレッチの隣で柵にもたれかかる。無言の敗北宣言、あるいは譲歩だろうか。そんな彼を見て、ゼルレッチはまたもや微笑んだ。

「で、なンの用だ。『話が通じそう』だとか言ってたが。……世間話とかだったら殺すからな」

「む、いけなかったか? 好みの茶葉でも用意してやろうと思ったのだが」

「テメェ茶の好み聞くつもりだったのかよ。誰が答えるか。だいたい俺はコーヒー派だ」

「そうかそうか。なら、極上の豆を用立ててやろう」

「……はあ」

 自分でも信じられないほどに迫真のため息をつく。彼には全く呆れてしまった。敵味方関係を無視してまで用があると言っておきながら、ふざけているのか何なのか……。あの蒼崎という女もそうだが、魔法使いというのは皆頭のネジがどこか外れているのだろうか。あるいはそうでもないと魔法という強大な存在を前に正気を保てないということなのだろうか。そんな魔法使いに見込まれたという凛とルヴィアが不憫でならない。あんな男に師事していては、遠からず精神に異常をきたしかねない。自分は何が何でも御免だ、一方通行(アクセラレータ)はそう舌打ちする。

 だがその一方で、くだらない冗談を終えたゼルレッチの表情は一変し、一方通行(アクセラレータ)と並んでも劣らないほどに強烈なしかめっ面を浮かべた。その変貌ぶりに面くらい、それほどの要件なら早く話すべきだろう、と一方通行(アクセラレータ)は夜の未遠川を眺めながらゼルレッチの言葉に耳を澄ます。

「儂は衛宮切嗣を、衛宮切嗣はお前を従えていたわけだが……どこまで聞いている? 当初の目的についてだ」

「クラスカードの回収……そンくれェだ。回収してどォなるかは知らねェ。あとはガキ相手でも容赦はするなってこととかか」

「奴め、仔細を伏せたな。全く、どの世界でも中抜き仕事というのはろくでもない」

 眉をひそめるゼルレッチ。一方通行(アクセラレータ)は──本当に、切嗣から深くは聞かされていなかったのだ。やれることだけをやれ、とでも言わんばかりのあの男の態度。まるで、大事なところは自分だけで済ませようとしているような……。そんな切嗣が伏せた仔細というのが、一方通行(アクセラレータ)は気になった。

 一方通行(アクセラレータ)は職業柄、上から具体的な指示の内容を聞かされることがない。最低限の情報だけで、正確に任務を遂行する。一方通行(アクセラレータ)はそんな待遇になんの不満も抱いていなかった。暗部として生きる以上、彼は”武器”に徹する必要があった。だが今は、誰の指示で動いているわけでもない。切嗣の指示ももう届いていない。今彼に課せられている使命としては、イリヤ達を守ることくらいだ。だからだろうか……自由の身になって、自分が何をしてきたか、その全てを知りたいと思ったのだ。

「聞かせろ。あいつは俺に何をさせた? でお前は何が目的だ?」

 真っ直ぐなその眼差し。ゼルレッチは、どこか微笑んだように見えた。そして一方通行(アクセラレータ)のその意志を尊重し応えるように、ゼルレッチは事の詳細を語り出す。

「初めから話そうか。まず、クラスカードとはこの世界のものではない。別の世界から流れ着いたものだ」

「俺や、あの三下みてェにか?」

「左様。……いや、まさにその通りだ。実際、クラスカードとお前達、それぞれをこの世界へ導いたのは同じ類いの力によるものなのかもしれん」

「同じ力、だ?」

 疑問符を浮かべる一方通行(アクセラレータ)。しかしゼルレッチは、別にそっちは重要じゃないとでも言うように──あるいは、同じ力であることは織り込み済みであるかのように、話を進めていく。

「だが、イリヤスフィール嬢達が回収した七枚──取り逃し含め八枚と、上条当麻が合流してからの七枚とでは出自が違う。無関係と言っても良い。そして重要なのは、あれを集めるというだ」

「集めて、どォなる?」

「……サーヴァントというのは、元々使い魔ではないく守護者だった。誰に召喚されることもなく、人と星の集合意識によって顕現し、七騎揃って敵を討つ。カウンターガーディアン。あの七枚の番外クラスカードは、おそらくその作用によるものだ。こことは異なる別の世界(マルチバース)で、危機に瀕し遣わされた英霊達……」

「その、危機ってェのは?」

 ゼルレッチは口をつぐんだ。一方通行(アクセラレータ)の真摯な視線を受けてなお、言うべきか言うまいべきか葛藤しているようだった。それほどに重大な事情があると言うのなら、一方通行(アクセラレータ)としては聞かずにはいられない。ゼルレッチを見つめ続け、その口を急かすと、ゼルレッチは決心のついたように口を開いた。

「──人類の脅威、星の外敵、というやつだ」

「……?」

 ゼルレッチは何ら難しい言葉を使っておらず、言葉通りの意味を読み取れば良いはずなのに、一方通行(アクセラレータ)にはその言葉が理解できなかった。意味が通わないのではない。唐突に出てきたそのワード、一見脈絡のなさそうなその言葉が果たして何を示しているのか、そしてそんな「脅威」の姿を想像することができなかったのだ。

「獣どもや()()()()もいるが……あれは中でも群を抜いて悪質だ。悪意のない純粋な暴力。あれはただそこに存在するだけで、生きているだけで、全てを破壊する」

「……カードが七枚集まりゃ、それをブチ殺せるってのか?」

「いや、スタートラインに立つだけだ。そもそもあれに対処するには人類は百年早い。あれを仕留める確実な手段は今のところない。光の巨人でもいれば話は別だがな。ほら、あるだろう。トクサツとかいう……」

「……あァ、はいはい」

 そんな冗談を一方通行(アクセラレータ)はしれっと受け流す。というのも、彼は彼でゼルレッチに問い詰めるべきことができていた。その眉は次第に重くなっていく。キッ、と、刃物を突きつけるようにゼルレッチを睨みつけ、一方通行(アクセラレータ)は問う。

「じゃあ聞くが、()()()()()()()()()()()()()()?」

「──ほう」

「俺が学ンでねェとでも思ったか。第二魔法の力は並行世界の運営。移動だけじゃなく、観測や管理も担う。そして、お前が観測した世界はその存在が確定される……。あれやこれや理由つけて剪定してンだったら、見捨てりゃよかったじゃねェかこンな世界。そうすりゃ面倒もねェ」

「……可能ならばそうしていた。本来、準備ができていない中あれが目覚める世界は無条件で剪定の対象だ。だが今回はそれができなかった。儂が観測し選別するまでもなく、この世界は確定していたのだ」

「……それは、どォしてだ?」

「──お前だ」

 は、と一方通行(アクセラレータ)は声をあげ、目を見開いている。それは誰が見ても困惑を示す表情だった。

「正確にはお前と、上条当麻だ。──並行世界というのは、それぞれの世界に同じ人間が必ず存在している。こちらの世界で尼僧であった女が、別の世界ではセラピストとして企業に携わっている。こちらの世界で(まつりごと)に尽力していた武士が、別の世界では若き剣鬼として刀を振るい続けている。別の世界の自分、というのは誰にでも存在する。かく言う儂も、別の世界では何やら”第三位の吸血鬼”などということになっているらしい」

「……その口ぶりだと、あれか。俺や上条(あいつ)は、パラレルが存在しねェってことか?」

「左様。通常、並行世界というのはある一定のポイントで分岐し、異なる枝を辿った世界のことを言う。それが神代(おおむかし)の分岐だろうが今この瞬間の分岐だろうが、その全てが枝になり無数に増えていく。なので理論上、どの世界にも存在しない人間というのはあり得ないのだ。だがそれがここに二人いる。そして唯一なるもの(オンリーワン)が介在してしまったことにより、剪定(さくじょ)されるべきものが編纂(こてい)されてしまった。それが、あれの存在さえも確実なものにしてしまっている」

 むう、と俯く一方通行(アクセラレータ)。自分達がこの世界にやってきたことで、この世界は滅亡の危機に瀕してしまったのか? それは果たして、自分達がこの世界からいなくなることで解消されるものなのだろうか? 自分達の存在が──イリヤ達を殺そうとしているのか?

 ……と、一方通行(アクセラレータ)はある疑問に閃いて再びゼルレッチに問うた。

「待て。じゃあ元を辿れば、俺達をここに連れてきた奴が……」

 彼らがこの世界にやってきたのは、決して自らの意思ではない。誰かの意思と、第二魔法に近しい異能。そしてそれはゼルレッチでもない。剪定されるはずの世界に、事象を固定してしまう異分子を連れ込む理由はない。

 だとすれば……。

「そうだな……お前達をこの世界に連れてきた者が誰であるかはさておき、儂はそいつに悪意を感じてならない。思うに……お前達を連れ込むと剪定されるはずの事象が固定され、滅亡へ導くというのをわかっていた。あれの到来も確実なものになる。其奴の目的は、そこにあるのではないか?」

 自分達を使って、世界を滅ぼそうとしている者がいる……? いや、それは果たして滅ぼそうとしたものなのだろうか。こういった陰謀ごとは、少し考えて言語化できるほど単純な論理で動いてはいない。一方通行(アクセラレータ)は滅びの確定という事象の他に、何か別の意図を感じたのだ。

 同時に、彼の頭の中にあの人影が浮かんできた。この世界に来る直前、夜の学園都市。突如現れた子供──一方通行(アクセラレータ)にそっくりとも言える異様な風貌のその少年の、企み笑いを。

 

 バババババ、バババババ……繰り広げられる魔術戦の最中、ここでだけは近代的な銃声が響いていた。その音の主はシグマ。短機関銃を持ち、飛び交う人影を狙う。飛び交っているのはイリヤと美遊。美遊は前回の雪辱を晴らすために、イリヤはそんな美遊を放っておけずに参戦した。勝負は互角。互いに攻撃が当たることはない。双方の戦力差を測れるものは、まだなにもない。

「流石に、疾いな──」

 宙を舞うことに、速度の限界はない。脚力も影響しなければ、空中での速度を決定づける動力も存在しない。ただ、人としての物理的な限界──肉体が耐え得る空気抵抗に留まること。それさえ守れば、鳥の如く空を飛べる。そこに照準を合わせるというのは至難の業だった。セミオート銃では安定して狙いをつけられないし、かといってフルオート銃でもそもそもの弾幕のブレで隙間を作り出してしまう。追尾する弾でもなければ、命中させるのは難しい。だがそんな都合のいい誘導弾は大抵ミサイルランチャーで、そんなものを携帯はできない。仲間の魔術師達ならできるかもしれないが、シグマにそれほどの魔術の腕はない。できることといえば……。

「なら……行けっ!」

 シグマは魔力を込め、何かを作り出した。鴉だ。どこにでもいる大きさ、存在感、程々の魔力の鴉。だがそれは、今のイリヤ達にとっての特効兵器でもあった。……いくら人が空を飛べるようになったところで、元々飛ぶためのカタチを持って生まれてきたものに敵うはずはない。

 シグマが鴉を解き放つと、鴉は翼でバタバタと羽ばたき、不規則な軌道を取りながら二人を追尾していく。それはとても素早く、イリヤ達が方向転換するなどして対抗するもすぐについて来られてしまう。一説によれば、鳥類の目のフレームレートは人間のそれよりも強力で、人が認知するよりも三倍の速度で世界を見ているのだという。つまり彼らにとって人間の動きは、三倍ほどのスローモーションで見えていることになる。人がどれだけ素早く逃げようと、鳥はその上を常に見ているのだ。

「ダメ、引き離せない……!」

「なら……ごめんなさい、鳥さん! ──夢幻召喚(インストール)、フィルツェンバーサーカー!」

 詠唱と共に、イリヤの体が輝いた。光が晴れると、突如振るわれた”爪”によって鴉は引き裂かれた。だがシグマとて一筋縄ではいかない。鴉は爪によって細切れになった瞬間、イリヤのそれと等しいほどに発光し、魔力の爆発を引き起こした。

「イリヤっ!」

 美遊が叫ぶ。煙を放ち、墜落していく何者か。だがそれは墜落などではなく、自らの意思による”着地”だったのだ。

 光と煙が晴れ、イリヤの姿が露わになる。白地に青いポイントの入ったドレスを身にまとい、その肌は一層血色悪く、まるで血に飢えているかのように蒼白していた。そしてその手はまるで引っ掻くかのように指を折り曲げ、その指先から鋭く長い爪が顔を覗かせている。

 フィルツェンバーサーカー。本来、座に記録されるはずのない、真祖の女王。月の姫(タイプ・ムーン)。この世界にてはあり得ざる怪物であった。

「それが夢幻召喚(インストール)……愉快型魔術礼装による第二魔法的世界間干渉を利用した擬似サーヴァント化か」

「……あなたは、魔術師なの? それとも……」

「いや、俺は魔術使いだ。本来、魔術というのは根源へと至るための研究の一環。俺は違う、根源なんかは目指していない。俺は戦うために、傭兵としての武器として、魔術を行使する。……お前達と同じだよ。何よりその力は……魔法によるものだ」

「違う、私達は……この力を自分のために使ったりしない! 誰かを守るため、日常を守るために使う!」

「いや、同じだ。その私的利用こそ魔術使いの証拠!」

 次の瞬間、イリヤが空高く跳び上がった。それは飛行ではなく、単に彼女の──夢幻召喚(インストール)により強化された脚力によるもの。月の光をいっぱいに浴びたイリヤはそのまま落下し、シグマに向かっていく。まるで隕石のように素早く、力強い落下。直撃を受ければただでは済まない。

「くっ……!」

 シグマは間一髪で、イリヤの落下攻撃を避けた。──間一髪というのは、距離的には余裕があったもののイリヤの攻撃による衝撃範囲があまりにも広かったためだ。地面に叩きつけられたイリヤの拳はコンクリートを大きく抉り、その一撃だけで巨大なクレーターを作ってしまう。シグマはその陥没に足を取られ、回避するも姿勢を崩し転がってしまう。

 シグマはすぐさま姿勢を起こし、間髪入れずにイリヤに向けて機銃を斉射する。だがイリヤはあろうことかその全てを受けてなお小石がぶつかった程度の怯みで済ませ、依然こちらを見据えている。確かに、サーヴァントの類いには神秘の薄い攻撃は通用しない。だがシグマの使う弾丸はいずれも魔術的なコーティングを施し、ある程度の神秘を付加したことによりサーヴァントにもある程度対抗できるようになっているはずだ。効果はキャスター──彼の厚意により実証済み。だが、今のイリヤにはそれが通じなかった。サーヴァントの神秘以上に、あの素体(サーヴァント)そのものの防御力によるものなのか? いや、それ以前に──夢幻召喚(インストール)した一般人の神秘とは、サーヴァント級とカウントしていいものだろうか?

 と、気を取られていると、シグマの側面から何かが空気を切る音が聞こえた。何らかの刃。シグマは我に返り、地面を転がって刃を回避する。その方に目をやると……鋼鉄のスカートに青いインナー、金色の剣を携えた美遊の姿があった。夢幻召喚(インストール)、フュンフセイバーである。

「二人か……卑怯だな」

 彼の目の前に立つのは、月の女王と騎士王。対してシグマは上里勢力の他のメンツほど魔術に長けておらず、どちらかと言うと銃火器を用いた非魔術戦の担当である。彼にこの二人を相手にするのは、多少以上に荷が重い。

 ……だが、そのために()()が存在する。()()()()()()()()()()()()()、使用者の魔術適性は問題ではない。

「……宝石翁、早速使わせてもらうぞ」

 懐から何かを取り出すシグマ。拳銃か。それとも手榴弾(グレネード)か。いや……それは剣士(セイバー)の意匠が刻まれたクラスカードだった。

「──まずい、美遊っ!」

約束された(エクス)──!!」

限定召喚(インクルード)!」

 次の瞬間、眩い光と衝撃波が二人を襲った。夢幻召喚(インストール)してなお吹き飛ばされてしまった二人は、光に包まれたシグマを見据える。

 光が晴れ、彼の姿が露わになる。──その風貌は、何ら変わっていなかった。それも当然、彼が行ったのは夢幻召喚(インストール)ではなく限定召喚(インクルード)。赤い稲妻の迸る彼の右手には、美遊のそれとは対をなすような、禍々しく、赤黒い剣が握られていた。聖剣──否、それは父への憎悪と血で魔剣と化した。

「魔剣──燦然と輝く王剣(クラレント)

 上里勢力が強奪した二枚のクラスカード……その一つ、ツヴォルフセイバーのカードである。

 シグマから放たれる凄まじい剣気。純粋な人間であるにも関わらず、その剣気はサーヴァントの域にまで迫っていた。それこそ、本来のクラスカードの用途である。神秘を持たない現代の人間が、一時的にサーヴァント級の神秘を宿す──サーヴァントを従えるのではなく、自らがサーヴァントとなって戦う。そのために作られたカードこそがクラスカードなのだ。

 しかし……。

「……ああ、そうだ。クラスカードの行使は、誰にでもできるものじゃない。流石に適性っていうものがある。お前達みたいに、第二魔法の力を挟めるのが一番理想だ。……そう、お前達みたいにな」

 と、シグマは懐から何かを取り出した。宝石をあしらったお守り(チャーム)のようだ。だが、イリヤ達はすぐに気づいた。お守りから放たれる異常なほどの魔力。それはどういうわけか、彼女達の持つカレイドステッキに近しいものだった。

「そう、宝石翁が用立ててくれた魔術礼装だ。お前達のステッキや宝石剣ほど優れたものじゃない、片手間で作られた小さなお守り。けれど──」

 次の瞬間、燦然と輝く王剣(クラレント)の鍔が機械のように変形し、赤黒い稲妻を放出する。それは魔力放出の一種で、もっぱら宝具発動のスタンバイとして展開される。だが宝具は宝具、人の身で使えるかどうかというレベルの話であるはずだが……嫌になるほどの魔力を放出してなお、シグマは平然としていた。

「腐っても第二魔法の礼装……その魔力に、制限はない!」

 稲妻が形を成し巨大な赤い剣と化した燦然と輝く王剣(クラレント)を、シグマは振り下ろした。あの時──ツヴォルフセイバーと戦った時と同じだ。この迫力、魔力、まさに宝具の一撃……!

「っ──約束された勝利の剣(エクスカリバー)ぁぁぁーーーーっ!!」

 出し惜しまず、躊躇わず、美遊は宝具を放つ。真逆の性質を持つ二つの光が交錯、激突し、時空を歪めるほどの衝撃波を放つ。第二魔法に接続しているという力は同じ。なのにも関わらず、あの赤い剣に美遊の聖剣は押されてしまっていた。

こいつ(クラレント)が誰の剣か知っててやっているのかッ!」

 ぐっ、とシグマが柄を握る手に力を込めると、魔剣は一層巨大な魔力を放出し、スパートをかける。これは凌ぎ切れない──迫り来る赤い光を前にそう直感した美遊は、聖剣の光を引っ込め、魔力を小さく放出することでジェット噴射とし、魔剣の射程範囲から脱出した。

 そして、美遊は確信する。()()()()()()()()。このクラスカード、この聖剣とは極めて相性が悪い。あれは王たる父を害する魔剣。その父の剣であるこの聖剣は、あの魔剣にだけは決して勝てないのだ。ならばカードを変えればどうだろう。……いや、それもダメだ。聖剣の破壊力は凄まじく、他のどのクラスカードを夢幻召喚(インストール)したとしても弱体化した聖剣(これ)にさえ至らない。

「イリヤっ!」

「任せて!」

 名を呼ばれたイリヤは、フィルツェンバーサーカーの空想具現化能力を行使し、生み出したツルで橋の支柱を掴んだ。そしてツルを全力で振り回すと、支柱はいとも簡単に破壊され、ツルに繋がった鉄塊となってシグマに襲いかかる。

「鉄ごとき……!」

 シグマは力強く剣を振り下ろし、目の前に迫った支柱を両断した。しかしこの規模の橋ともなると支柱一つ一つも大きなもので、シグマは迫る支柱の後方を視認することができなかった。真っ二つに切断された支柱の間から、夜空が見える。そしてそこに、こちらに飛びかかってくるイリヤの姿があったのだ。

「やああぁぁーーーっ!」

「くそッ──!」

 イリヤの攻撃を、シグマは転がって回避する。空想具現化によって巨大化した魔力の爪が、シグマの髪をわずかに掠める。たったそれだけで、シグマは心臓の真横を弾丸が貫いたような心地だった。背筋が冷え、まるですぐそこにあるかのような死の予感を感じてしまう。

 なら、こちらも死ぬ気で相手する他ない──!

「うおおぉぉぉっ!」

 シグマはまたもや魔剣に魔力を込め、赤雷を放った。そのすぐそばにいたイリヤは魔剣の魔力の高まりを感じすぐさま跳び退いたが、イリヤに向けて真っ直ぐ伸びた赤雷の射程から逃れることはできなかった。それを悟ったイリヤは──手先に魔力を集中させ、正面から受けて立つことにした。

 激突する赤雷。しかしイリヤは蒸発することもなければ、押し返されることもない。空想具現化の魔力全てを防御に回し、考え得る最大の防御力を以て宝具を凌ぎ切ろうというのだ。

「ぐ、うっ……!」

 防げている。赤雷に飲み込まれないイリヤの姿がその証拠だ。だが、流石にその顔に余裕は見られない。歯を食いしばり、眉をひそめ、腕が持っていかれそうになる苦痛を堪えながら、全ての意識を目の前に集中させている。まさに極限状態。イリヤは体に力を入れることはしていなかった。それは無意識下で既に成されていたからだ。

「……ああっ、無理あったかも……っ!」

 今になって自分の行いを後悔し始めるイリヤ。だがそれは極めて甘い発想だった。戦場において、後悔は”死”に直結するものだ。こうすれば、ああすれば……そんなものに何の生産性もない。思考を過去に飛ばしている隙に殺されて終わりだ。──その意味で、イリヤは壮絶な戦いを経てもなお、結局はまだ何てことのない女子小学生でしかなかったのだ。

 すると、その時。イリヤを庇うように飛び出してきたのは、相性の悪いはずの美遊だった。美遊は飛び出すやいなや聖剣を振りかざし、魔剣の闇を振り払った。魔剣は継続的な赤雷の放射によって出力のピークを過ぎており、故に相性の悪い聖剣でも打ち消すことができたのだ。

「美遊──」

「下がって。また来る!」

 しかし、瞬間火力に特化されてしまえば、美遊の聖剣では勝ち目はなくなる。結局のところ、あの魔剣に敵う手はなかった。……ように思えた。

 再び魔力を高め、魔剣を掲げるシグマ。それに向かい合い、美遊も聖剣に魔力を込める。相性は悪い。それに相手は確実に出力を高めて宝具を放ってくる。一見打つ手のないように見えるこの状況。しかし美遊にはある考えがあったのだ。──瞬間火力がものを言うなら、密度を高めてやればいい。

「まだ立ち向かってくるのか……!」

 シグマはうんざりしたように、しかし美遊達を宝具を振るうに値する”敵”と認識し、魔剣を振り下ろした。赤黒い波動が大地を割るように美遊へ迫る。

約束された(エクス)────」

 美遊が聖剣を構える。しかし、美遊はそれを振り上げることはしなかった。手に持った聖剣に、ただ光が集まっていく。それは手で持つに余るほどで、膨大なエネルギーの振動で手元の感覚が薄まっていく。しかし、手はまだこの柄を握っている。美遊は全力を振り絞り、力強く聖剣の柄を握る。そして──

「────勝利の剣(カリバー)ぁぁぁーーーーっ!!」

 その剣を、()()()()()()()()()

「何ッ!?」

 驚愕するシグマ。しかしほぼ同時に、シグマは美遊がやろうとしていることを全く理解し、その策略に感嘆の意さえ漏らしてしまう。……宝具を伴う、聖剣による突き。振り下ろしとは異なり、先端にだけ威力を集中させ光の剣は真っ直ぐ伸びていく。そう、美遊はシグマを越えて、瞬間火力を追求していた。その答えが”突き”だ。切っ先のわずかな面積に宝具のエネルギー全てを集中させる。範囲は極めて狭まるが、敵が一人ならばなんの問題もなかった。

 極限まで密度の高まった聖剣の突きは、迫る魔剣の赤雷を呆気なく貫いてしまった。いくら相性が悪いといえど、それまでの無駄を最大限省けば肉薄もできよう。だが聖剣による突きは肉薄どころでは済まなかったのだ。宝具を無力化されなす術を失ったシグマは、せめてもの抵抗として魔剣の面で聖剣を防ごうとする。しかし宝具さえ発動していないその魔剣では、流石に敵うはずがなかった。

 光がシグマを飲み込んだ。彼の姿はあっという間に見えなくなってしまい、二人の緊張が解けていく。

「や、った……?」

 心が静まり、聖剣を下ろす美遊。剣を包む光が失われていき、あれほど壮大に広がっていた閃光も鎮まっていく。ふと、夢幻召喚(インストール)を解こうとする美遊。そんな彼女の視界に、光が晴れた冬木大橋の道路が映る。そこに彼の姿は……。

 ──あった。

「っ」

 緩んでいた空気感が一気に強張った。聖剣の直撃を受けながらも、シグマはその魔剣を依然握り締めたまま立っている。傷を負い、汚れ、相応のダメージは受けているようだったが、()()()()()だった。撃破するには程遠かったとさえ思わせる。

「やられたと思ったが……そんなに父親が嫌いなのか、()()

 手に持った魔剣に、シグマは語りかける。まさかあれが、限定召喚(インクルード)しただけの剣が、宝具の直撃から彼を守るほどの力を発揮したとでも言うのか。武器を投影しただけで、肉体そのものに変化はないはずなのに──。

 美遊とイリヤは再び戦闘体勢をとる。しかし二人の額には汗が浮かぶ。この秋の夜に普通の汗が出るはずもない。それはまさに、シグマへの不安に煽られている証拠だった。

 しかし、同時に二人はこうも感じていた。傷を負って、「やられた」とさえ思ったのなら、きっと限界はある。だが二人は、その存在を仮定できただけで、どこにあるのかなど見当もつかなかったのだ──。

 

 二振りの拳がぶつかり合う。時に互いの頬を殴打し、コンクリートの地面に唾と血が飛び散る。あまりにも泥臭い殴り合い。しかしそれは、互いの拳が持つ()()に好き勝手させまいと双方が企んだ結果であった。

 上里翔流の右手、理想送り(ワールドリジェクター)。自称第六魔法。自身の影を媒体とし、影に触れたものを「新たな天地」へと送りつける。分類で言えば単なる空間転移(テレポーテーション)に過ぎない。しかしその「新たな天地」とやらがどこにあるのか、そしてどんな場所なのかが不明である限り、影に触れたものを即死させる危険極まりない異能であるのに変わりはない。──人はなぜ死を恐れるのか。それは死の先が”未知”であるためだ。であれば同じく”未知”である「新たな天地」に送られることは、死と同義であると言えないだろうか。

 上条がすべきなのは、襲いくる上里の右手の影を、自身の右手(イマジンブレイカー)で干渉して無力化することだ。力の範囲外──二の腕や肩に触れられるわけにはいかない。以前のように(ドラゴン)を呼び出せるのなら──とも思ったが、次も召喚できる保証はないし、負担が大きすぎるし、そのまま死んでしまうかもしれないし、そもそも右腕だけでなく全身諸共持っていかれる可能性だってある。それらの条件を踏まえて編み出した戦法が、「右手の影に幻想殺し(イマジンブレイカー)で覆い被さりつつ殴る」だった。あの力は自動ではない。殴って殴って発動する余裕がなくなってしまえばこちらのものだ。

 現に、この作戦は成功であると言える。上条の喧嘩っ早さにあてられた上里は力の行使をすっかり忘れ、ただひたすらに上条と殴り合いを交わしていた。ここまで来れば、あとは幻想殺し(イマジンブレイカー)理想送り(ワールドリジェクター)も関与しない純粋な殴り合いがあるだけだ。そこに戦力差は存在しない。ただの男子高校生が二人いるだけ。あまりにも均等なスペック、ハンデ。だからこそ、この勝負はある意味で予測できないとも言えたのだ。

 鼻を、頬を、腹を……二人は全く同じ場所を殴る。それは二人が不思議な何かで通じ合っているからではない。相手を殴ると考えた時、その導き出される思考が同じだっただけだ。故に二人の消耗さえも等しく、殴り合い続けるにつれて勢いも衰え、さらに泥沼化していく。

「こ、の……チクショウっ!」

 上条の力強い拳が、上里の頬に突き刺さる。上里はその顎を歪めながらふらつき、朦朧とさえした目で上条を睨みつける。

「舐める、な……っ!」

 上里が拳を放つ。それは上条の胸元に命中し、彼に大きな空気の塊を吐かせた。咳き込み、思わず膝をつく上条。それを見て上里は笑う。確かに今、上里の方が上条よりも高い位置にいる。

「ははっ! どうだ、上条当麻! ぼくに見下される気分は!」

「はぁ、はぁ……甘い、な……お前こそ、足元注意だぜ!」

「なにっ」

 と、上里が言葉を発するまでもなく、上条の足払いが上里を襲った。上里は見事に足を取られ、尻餅をついてしまう。寝そべるも同然に倒れ伏し、アスファルトの表面から立ち上がる上条を見上げている。

「これで……俺の方が上だな……!」

「こ、の……っ!」

 上里は力を振り絞って立ち上がり、その瞬間に上条の顎へアッパーを放った。ガン、と上条の脳が揺さぶられ、ふらふらと後ずさってしまう。だが上里はさらに接近し、渾身のもう一発をお見舞いしようとする。

 しかし──仰け反った上条は、迫り来る上里に向け、腰のバネを使って上体を起こし頭突きを放ったのだ。上条の額と上里の拳が激突する。ベクトルが反射されているわけでもない双方はそれぞれの部位を抑え、骨に響くように痛がっている。

「くぅっ……幻想召喚(インヴァイト)とやらがなくても……やるじゃないか……」

「はは、何言ってやがる……俺は喧嘩(こっち)が本分なんだよ……痛ってぇ……」

 二人はもうボロボロだった。確かに何箇所かの青あざを作ってはいたが、それ以上に疲弊していた。気力(スタミナ)切れだ。そんな状態の彼らは、今やパンチ一発を放つだけでも全身の力を振り絞らなければならなかった。一発打つ度に何徹もした後の朝のようなどんよりとした重量感が全身を襲う。それでも二人は拳を止めず、互いに睨み合っていた。目の前にいるのは敵であり、その思想の違いは殴らねば気が済まないものであったからだ。

「まだ……やれるだろう……?」

「勿論だ……この野郎……ッ」

 二人はふらふらと接近していく。拳を握りしめてはいるがその握力はもはや弱く、振りかぶりもふにゃふにゃとしていて力を感じない。二人の疲弊がどれほどのものか、それを見れば一目瞭然であった。だが、二人は止まらない。この拳を叩き込んでやる──その一心で、二人は足を進めていく。

 それぞれの姿がすぐそこまで迫り、二人は拳を振りかぶった。全身の体重を乗せたパンチ。体幹はおぼつかないがその拳はまっすぐで、それぞれの頬に突き刺さる。二人はもう限界だった。その拳は非常に弱々しく、イリヤ達のような子供に放ったところで大したダメージにはならないようなものだったが、二人はそんな拳を受けただけで体勢を大きく崩し、共に崩れ落ちてしまった。

「はぁっ、はぁっ、はぁ……」

「ぐ……うぅっ……ダメだ……やっぱもう限界だ……」

「ああ……ちょっと強がっちゃったな、ぼくら……」

 二人は笑いながら、そんなことを口にする。明確に敵という立場にありながら、それでも二人は互いの健闘を称える合っているようであった。彼らの顔に刻まれた青あざや腫れが、その勲章だった。

「──おっと、そろそろ限界か。一方通行(アクセラレータ)、失礼する」

「あァ? オイ、まだ肝心なところが──」

 一方通行(アクセラレータ)と対話していたゼルレッチがその場を切り上げ、上条と上里のもとにやってくる。彼は二人の姿を目の当たりにすると、随分はしゃいだなぁ、と親のような目線を向け、傷の様子を確かめる。

「おい、上里翔流。立てるか?」

「立ては、する……」

「”立ては”か……その様子では、これ以上は不毛というもの。──皆よ、聞け!」

 ゼルレッチの声が橋中に響き渡る。特別大声を出しているわけでもないのに、全員がその声を認識し、交戦を止める。

「皆よく戦った。だが此度は……これで一旦、終いとしないか? 皆負傷し、限界も近かろう。何、カード回収は急いでいるわけではない。しばらくは彼らに預け、気が変わるのを待つというのも一つの手であろう。あるいは互いに英気を養い、再び剣を交えるか。ともかく……首領(かみさと)がこの状態だ。これ以上は続けられまいよ」

 上条は立ち上がり、皆にそう宣言するゼルレッチを見つめる。第二魔法使い……強面で何を考えているか上条には想像もつかない、ある意味で雲の上の人。だがそんな彼は、案外話のできる・わかる男なのだと上条はそう思ったのだ。

 ゼルレッチの宣告を聞き、皆それぞれ武器を収めた。キャスターは白衣の通常形態に戻り、クロエは投影した武器を手放す。青子は魔力を鎮静させ、凛とルヴィアの四肢に浮かんでいた魔術回路も薄まっていく。シグマは限定召喚(インクルード)を解除し、しかしイリヤと美遊は依然警戒を解いていない。一方通行(アクセラレータ)は橋の柵に寄りかかり、状況を俯瞰している。

「さて……どうだった。上条当麻との本気の戦いは」

「はぁ……強かった。戦い方に関しては、我流の喧嘩術(ステゴロ)でしかないけど……彼の執念、気迫、意志、それらはぼくにはとても至れない境地にあった。この世界に来る前も、きっと壮絶な戦いを何度も経験してきたんだと思う……」

「この世界──ちょっと待て、なんでお前がそれを知ってんだよ!?」

「儂の魔法は”並行世界の運営”だ。戦うにあたって、お前達二人ことは皆に伝えてある」

 余計なことを、と上条は奥歯を噛み締める。別世界から来た人間であるというのは極秘情報だ。アインツベルン家の面々を含め、知っている人間はごく僅かしかいない。常人には理解もできない領域の話だからだ。だが、それを理解できる、かつ専門的なほどに詳しい人間に知られているのであれば、むしろ頼もしくさえある……とも上条は思うのだ。

 お前達()()と言われ、一方通行(アクセラレータ)の方を見る。彼は上条の目線に気づくと、憎たらしいニヤケ顔を浮かべながら鼻で笑い、上条を侮蔑する。大方、彼と対戦(マッチ)を組んでいたゼルレッチに聞かされたのだろう。なんだよ……と上条は不貞腐れ、視線を逸らす。

「──というわけだ。警戒を解いておらぬ者もいるようだが……無理もない。だがこれだけは理解してほしい。儂らにお前達を殺す気はない。どれだけ抵抗されようと、悪くて半殺しに留めるつもりだ。カードさえ手元に来れば良いのでな」

 ゼルレッチに説得に、イリヤ達は僅かに警戒を緩める。まだ完全に戦闘体勢を解いたわけではないが、その魔力量は急激に低下していっている。彼女らの使役するカレイドステッキ、その創造主たるゼルレッチの言葉なのだから、彼女らがそうしなくても杖自体が戦意を収めていっているのだろう。

 ゼルレッチは場を見渡す。その全員の顔には、落ち着きが表れているように見えた。上条と上里も落ち着いたようで、きっとまだ戦えるだけの体力は回復したのだろうが、肝心の彼ら二人にその気がないようであった。なら、急ぎでもあるまい──急ぐに足る傾向は未だ見られない──し、此度はこれで剣を収めるとしよう……そう、ゼルレッチは皆を率い踵を返そうとする。

「では、これにて。だが勘違いをするなよ、次出会った時にはこうは──」

 

「いいや。次はない。お前(かみじょう)達も、お前(かみさと)達も」

 

 その瞬間、空気の質がどっと重く変わった。

 真っ先に警戒したのはキャスターだった。再び戦闘形態に変化し、召喚した魔神柱(バルバトス)の全ての目で周囲360度を監視させる。

「どうだ、管制塔(バルバトス)。敵は?」

「姿は見えぬ……だが彼の者の殺意が、空間を裂くかのように一帯に満ちている……」

 バルバトスと対話するキャスター。あの化け物言葉喋れたの!? とクロエは驚愕するが、バルバトスの言う通り目には見えない重圧を彼女自身も確かに感じていた。

 そんなキャスターのもとに、ゼルレッチが近寄り声をかける。ゼルレッチも魔力を敏感にさせて敵を察知しているようだが……。

「師よ、如何する」

「まだなんとも……過剰戦力かもしれないけど、情報室(フラウロス)観測所(フォルネウス)も喚び出すべきなのかも……。そっちは?」

「こちらもまだ。儂の魔法から隠れるとは……」

 そんな中、最も違和感に近づいたのは青子だった。青子は周囲の状況ではなく、()()を見ていた。現在の観測は彼らに任せ、青子は自身の()()を未来の時間に飛ばし、後出しジャンケンの要領で先手を打とうとする。だがそれでも、はっきりとは見えない。何かが襲いかかる、その光景は見えるのだが……。実際に五感を司る肉体が現在に、認知力が未来にということで、ハードウェアとソフトウェアの時間的な距離が離れたことで、情報の同期が難しくなっているのだ。それでも見えるものは見えるのだが、今回は相手が一歩上手だったようだ。数秒、十数秒と時間が経ち、肉体(ハード)認知(ソフト)距離(じかん)が狭まっていく。それにつれて、ラグもなくなり情報同期が正確になっていくのだが……。

 ──時間の距離、僅か数秒。その、危険を知らせるにはあまりにも短い時間感覚の中で、青子はやっと敵の姿を認知できた。

「ッ──翔流くん、上っ!」

 青子の声で、上里は上空を見上げる。しかしその時にはすでに、()()は広がっていた。黒い空をいっぱいに埋め尽くす金色の円陣(ポータル)。こちらへ向かって飛んでくる無数の剣。神々しくさえあるその光景は、しかし上里に死を予感させた。無数の凶器の前に、平常でいられるはずもない。

 剣は弾丸のような高速で飛んでくる。回避はできない。できたとして、次の剣が上里を貫くだろう。否、「貫く」で済めば良い方だ。逃げ場はない、ならば──迎え討つしかない。

「『新たな天地を望むか』ッ!!」

  上里が右手を突き出すと、その腕の影がグンと伸びる。大橋の電灯に照らされ、それは大きくアスファルトに像を残す。そしてその影に触れたものは、「新たな天地」へと送られ、消滅する。

 剣が影に触れる。すると上里の目論見通り、迫り来る剣は次々に消えていった。跡形も、塵さえ残さずスッと消えていく。人に使えば対象を一瞬で実質的に殺すことのできる恐ろしい力であるが、あれほどの攻撃を防ぐ様を見ると、あの力の真の要素は「攻撃」にはないように思わせる。「理想へと送る」というその名、第六魔法。ある者はに第六魔法を「皆を幸せにするもの」であると仮説を立てた。そのような力が、人を殺すための力であるはずもないのだ。

 しかし、攻撃を防ぎ続ける上里の顔色はよくない。元々上条との激戦を繰り広げた直後で、ある程度落ち着いたとはいえ消耗し切っていることに変わりはない。だがそれ以上に、彼の力そのものが消耗の原因でもあった。彼の理想送り(ワールドリジェクター)は上条の幻想殺し(イマジンブレイカー)とは異なり、()()()()()()()()()()()()()()。発動する力の全てをマニュアルで選択しなければならないため、脳をフル回転させる必要がある──考えることが多すぎるのだ。高速で迫ってくる無数の剣、その対応をするだけで彼の脳からエネルギーが失われていく。上里はこの力があるからといって特別頭がいいわけでもない、本当の意味での「平凡な高校生」。そんな彼の脳に、この量の処理はとても対処しきれない。もしこの力が一方通行(アクセラレータ)のものだったとしたら、その驚異的な演算能力──ミサカネットワークの加護があるとはいえ──故に恐ろしい脅威となるだろう……というのはゼルレッチの談である。

「ふぅっ……ふぅっ……」

 力を全力で回した際の脳の活動量は、日常生活の比ではない。そんな莫大なまでのエネルギー消費により、上里の腕の力が抜けていき、視界はぼやけ、意識は朦朧としてくる。足が震え、再び跪いてしまいそうになる。それでも、あの無数の剣から意識を逸らすわけにはいかない。その時が最後、理想送り(ワールドリジェクター)は機能を停止し、上里の体は破壊されるだろう。だが……彼は、もう限界だった。

 視界が真っ暗になり、ガクン、と膝をついてしまう上里。その瞬間理想送り(ワールドリジェクター)は発動しなくなり、剣は消えることなく上里に向かってくる。ぼやける意識の中、上里は確かに死を意識し、あらゆる意思を失った。……しかし、彼の恐れることは起きなかった。かろうじて機能する視界には、彼を庇うかのように立ち塞がるクロエの姿があった。

熾天覆う(ロー)……七つの円環(アイアス)っ!!」

 上里の前に、七枚の花弁が広がる。桃色のその盾は、飛び道具の類いにめっぽう強い。そしてクロエ自身がさらなる境地へ至ったことにより、盾の防御力もサーヴァントのそれと遜色ないほどまでに成長したのだ。

 無数の剣が盾に打ち付けられる。機関銃の弾幕のように降り注ぐ剣。しかしその直撃を何度受けても、クロエは盾を維持していた。この状況下で最も効力を発揮する防御手段は、熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)に他ならない。クロエ自身それをよく理解し、そしてそれを実行に移せる力も備わっていた。まさに鉄壁のはずだった。

 しかし熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)の性質以上に、降り注ぐ剣の群れは苛烈だった。クロエの読み通りであるならば──これらの剣は一本一本が、サーヴァントの切り札に値する宝具、その原典(オリジナル)だ。それを受け、花弁が一枚も割れていないのが奇跡と言えるほどだった。クロエは全ての意識を盾を展開する右手に集中させるが、それでも重圧の全てを防ぎ切ることはできない。……一歩、片足が後ずさった。右腕が砕け散りそうになりながらも、衝撃で吹き飛ばされそうになりながらも、それでもクロエは足を地面に突き刺すようにして立ち、上里を背後に立ち塞がる。

「(この攻撃、この魔力、圧力……この力は、やっぱり……!)」

 と、ここで一人が駆け出した。上条だ。上里と同じくらい疲弊しているにも関わらず、右手を握り締めクロエの方へ──剣の弾幕へと向かっていく。

 しかし、クロエはそれを強く制止した。

「来ないでっ!」

「でもクロ、お前一人じゃ耐え切れ──」

「違うの! あれは私の投影魔術みたいな魔力の生成物じゃない、実体がある! その右手(イマジンブレイカー)じゃ防げない!」

 真に迫ったクロエの制止によって立ち止まる上条。しかしクロエは上条に一瞬意識を向けたことで盾の精度が弱まり、とうとう花弁一枚の破壊を許してしまった。一枚割れただけでクロエに襲いかかる衝撃はそれまでの何倍にも増加し、顔さえ背けてしまいそうになる。だが、それでもクロエは諦めなかった。使えるのはこの盾だけじゃない。投影魔術の本分、剣の投影であれを迎え討つ。

「イリヤ、あとで魔力供給よろしくっ──多重詠唱(ダブルクロス)! 全投影(ソードバレル)連続層写(フルオープン)!」

 クロエは盾を展開したまま、空中に無数の剣を投影する。そしてそれを、たった今防いでいる剣の雨と同じように、それらを相殺するように一斉射出した。剣は空中でバチバチと音を立てながらぶつかり合い、破裂し、その衝撃波が降り注ぐ。物量で言えば全くの互角。なぜならクロエが降り注ぐ剣を視認することで、投影が可能になるからだ。相手とこちらの武器の用意は、全く同じであるとも言えよう。

 しかしそれでも、クロエの弱点は二つある。投影では決してオリジナルには至れないということと、クロエの魔力消費が激しいということだ。投影魔術による投影剣とはどれだけ精巧に作っても所詮贋作(まがいもの)。究極の一たる真作(ほんもの)には決して到達できない。あれらは全て何らかの宝具のオリジナルだ。その階梯(ランク)がどれだけ低くても、真作であるという一点がクロエの邪魔をする。──かつ、今のクロエはかなり無理のある方法で剣の投影と熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)を両立させている。燃費度外視の最大出力で魔力を回し、それによりかろうじて防ぐことができている。だがこれではジリ貧というもの。そう遠くないうちにクロエの魔力は尽きかねない。

「これでも、足りないの……っ!?」

 クロエは、自身の手のかじかみを感じた。自らさえ顧みず魔力を回したことで血の気さえ失っていた。継続して投影魔術を行使はしているものの、今の彼女はほぼ貧血状態に近かった。寒気と震え、頭が重りにでもなったかのような朦朧に襲われる。それでも、投影は止めない。クロエの本能がきっとそうさせるのだ。

 ……ふと、クロエの震えが止まった。寒気も感じない。意識もはっきりしている。それどころか。あれだけ無理をしていた魔力が内から溢れ出し、体が軽くなっていくのを感じる。この感覚は……魔力供給。

 ちらりと横を見ると、そこにいたのはキャスターだった。その手をクロエにかざし、念を送っている。……そう、彼が今もクロエに供給されている魔力の源だったのだ。

「キャスター……」

「上里くんを守ってくれてありがとう、かっこよかったよ。……せめてもの恩返しだ。その皺寄せ、イリヤちゃんばかりには背負わせない!」

 心なしか、クロエの投影の勢いが増したように見える。クロエの魔力供給とは、必ずしもイリヤとのキスによるものではない。他の相手へのキスや、正式に魔力のパスを繋げる方法もあるが、半身であるイリヤの魔力が最も供給効率がいいというのがクロエのキス魔たる所以だ。それはキャスターの魔力供給を受けてもなお変わらず、魔力の効率で言えばイリヤのそれに軍配が上がる。しかしキャスターはその膨大な魔力量により、大量の魔力を絶え間なく供給することで高い供給効率を生み出していたのだ。

 実際、降り注ぐ剣の雨とクロエの投影魔術は拮抗した。押し返すことも押し返されることもなく、定位置で競り合っていたのだ。だが、言い方を変えればそれ以上でもそれ以下でもなかった。相手の本体を炙り出す決定打に欠けていた。シンプルにクロエの実力不足か、あるいは相手がクロエに合わせて拮抗させているのか……。今の魔力量なら、固有結界の発動も考慮に入る。だが今のクロエではまだフュンフツェンアーチャーのような高速詠唱はできず、発動したところで意識外の相手を結界内に取り込めるかは定かではない。

 改めて考える。この拮抗を生み出しているのはクロエの実力不足か? 相手の手加減か?

「(……私は全力を出してる。ここまで一定のリズムで競り合うのは力のぶつかり合いとしては考えづらい。だから、答えは多分後者。あえて私の実力に合わせることで拮抗させてる。でも、なんで……)」

 と、クロエはハッとした。彼女が閃いたのは、自分達が置かれている今この瞬間についてだ。二方からの攻撃が拮抗し、競り勝つことに意識を向けているだろう。その()()が外部に向いた頃には、クロエは既に術中にはまっていた。

「主!」

 バルバトスがキャスターを呼ぶ。このせめぎ合いの中声をかけられるものだから、何だ何だと注意散漫になり、本来見るべきものに意識を向けられない。しかしクロエは、全てを察していた。バルバトスが示すもの、そしてこの剣の雨が()()()()()()()()()()()()()()

「くっ──!」

 クロエは振り向き、剣を一本投影し射出する。速度に特化した一本。弾丸のように風を切り、剣は飛翔していく。……だが、遅かった。一本の剣が、アスファルトに突き刺さる。それはまさに宝具といった様相の光を放ちながらも、その刃は血に濡れていた。何の血か? それは考えるまでもなくすぐにわかった。剣の柄の方、剣が飛んできた軌道上には上里がいた。そしてその軌道上にトンネルをつくったかのように──上里の腕は肘を境に切り離されていた。

「……え?」

 気の抜けた声をあげ、上里は自身の右腕を見る。……ない。いや、あった。それは彼の手から文字通り離れ、暗い色のアスファルトの上に転がっていた。理想送り(ワールドリジェクター)、上里の右手が。

「……ぁ……あああああああああぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 上里は喚き、体を丸め苦痛に悶える。一説によれば、人は痛みで叫ぶことはないのだという。確かにそれは一理ある。だとすれば、上里は何に叫んでるのか。苦痛……そして、それに伴う恐怖にだった。

「しまった……!」

 上里の惨状を目の当たりにし、キャスターは剣が飛んできた空へと魔法陣を向ける。彼にとっては銃口を突きつけるようなものだ。パスが繋がっているクロエは感じる。彼の抱く殺意は並大抵のものではない。きっと、クロエと戦っていた時さえ上回るものだ。無理もない。大切な仲間に傷と恐怖を負わせたのだから。……だが、彼が見る方向には何もいない。それでもキャスターは鋭い目線を虚空に向けている。まるで、そこに確かに何かがいる、それを睨みつけるように。

「姿を隠しても無駄だぞ! ボクの目は誤魔化せない!」

 ”まるで”ではない。その相手が、キャスターには確かに見えているようだった。その根拠に、彼は今にも引き金を引くかのように、臨界に近い魔力を魔法陣に投射し凝縮させている。

 すると、

「……さすがは魔術王。ほんの少しの魔力でも、気づきさえすれば見えるのか」

 どこからか声がした。それはまさに、キャスターが狙いを定める方向からだった。そしてそれは、観念したかのように姿を現した。鉄橋の骨組みの上に現れたのは、イリヤ達と同じほどの少年だった。だがその風貌は一方通行(アクセラレータ)のものに近い。不自然なまでの白髪と、この距離でもわかる赤い瞳。そして身に纏うその服は……とても一般で身につけるとは思えない意匠で、イリヤ達の変身形態に似ていた。しかし決して女装をしているというわけではなく、男が着るという前提でのデザインがしっかりとなされ、違和感は感じさせない。しかしそのコーディネートは、どちらかというと英霊のそれに近い印象さえ抱かせる。──黒い帽子を深々と被った彼は、それを外して皆に顔を見せる。帽子を外した瞬間、彼の姿がより一層はっきり見えるようになった気もした。

 それを見て、ゼルレッチとキャスターは何やらつぶやく。

「……ハデスの隠れ兜か」

「ああ。古今東西の神話に伝わる、『姿を隠す』道具の原典(オリジナル)。でもあれはただの宝具じゃない、ハデスという正真正銘の神による神器(アーティファクト)だ。ヒトごときに扱える代物じゃない。それを持っているだなんて、彼は……」

 二人は共に、少年の正体について頭を悩ませている様子だった。しかしイリヤ達には、彼の正体──とまではいかずとも、()()()()使()()()()()()()はすぐにわかった。それはかつて相見えた相手。辛勝するも取り逃がし、どこへいったのかと頭痛の種になっていたカード。金色の鎧とポータルを駆使する、あらゆる宝具の原典を収めた英雄王。

「──ギルガメッシュ……!」

「おっと、その名前を知ってるのか。()()()とはどこかで縁があったのか? なぁ、オニキス?」

「英雄王のクラスカードは自我を持ち、独自に行動していました。彼がカードに戻った原因が、彼女らかと」

 そう語るのは、少年が取り出した杖だ。黒い宝玉に、羽が生えたような先端のデザイン。そう……それはまるで、いやまさに、カレイドステッキそのものだった。

「ッ──貴様、それは何だ? 儂はルビーとサファイア以外に、ステッキを作った記憶はないぞ」

「当然さ。何せこれは──いや、それはまた今度にしよう。まずは、俺の自己紹介からだ」

 と、少年は鉄骨に腰掛けていたところを立ち上がり、上条達を見下す。そうして高らかに、自らの名を宣言する。それがまるで、誰もが知っている名であり、その響きに秘められた恐怖を想起させるように。

「──キリト。キリト・エインズワース。お前達をこの場に──世界の隔たりさえ超えて集めたのは、俺だ」




傍から見たらかなりメチャメチャな状況なのでは?
まぁそうならないために人払いしてるんですケド……
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。