Fate/Imagine Breaker   作:小櫻遼我

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※この作品において、イリヤとクロは同室です


Spell6[誓約と絶望の騎士 Diarmuid_Ua_Duibhne.]

夜、イリヤの部屋。

 

二つのベッドに寝ているのは、イリヤとクロ。

住み込み家庭教師の久宇舞弥は、床に布団を敷いて寝ていた。

 

かちゃり。

 

かさ、かさかさ。

 

扉を開け、ベッドで寝る二人へと迫る影がひとつ。

 

(ん、んぅ……なに…?)

 

いち早く気付いたのはクロだった。

部屋は真っ暗で、寝起きなので目も冴えない。

機能停止中の目を(こす)り、無理矢理目を覚まさせる。

 

とっ、とっとっ、ととっ。

 

フローリングの床を突くように影は忍び寄る。

そして影はクロのベッドの前まで辿り着いてしまった。

 

「…………誰!」

 

掛け布団を取っ払い、影の正体を捉える。

 

「うおっ……シッ、静かにしてくれって…!」

「あれ、とうま?何してるのこんな遅くに……夜這い?」

 

影の正体は、まだパジャマに着替えていない上条だった。

パジャマに着替えていないどころか、いくらか上着を羽織っていた。

 

「バカヤロウ、んなわけねぇだろ……」

「じゃあ何よ?女子小学生をこんな遅くに起こして……明日も学校なのよ?」

「んなこと言ってる倍じゃねぇんだ……出たんだよアレが、黒化英霊(サーヴァント)が」

「え……十体目(ツェーン)?」

 

彼らが追っているもの。

それは黒化英霊(サーヴァント)と呼ばれる敵である。

 

その黒化英霊(サーヴァント)を撃破し、身体に眠るクラスカードを回収する。

それが彼らの使命である。

 

上条はその「使命(もくてき)」をつい最近知った。

 

黒化英霊(サーヴァント)は、ドイツと日本のハーフであるイリヤとクロに(なら)って、クラス名の前に目安となるドイツ語数字を付け加えている。

一体目の弓兵であればアインスアーチャー、二体目の槍兵であればツヴァイランサーとなる。

今回の場合十体目なので、ツェーン◯◯◯◯(クラス名)、といった感じになる。

 

「…………先生は、起きてねぇよな?」

「大丈夫、今頃夢の中でケーキバイキングよ。ほらイリヤ、起来なさい!」

 

そう、久宇舞弥はただの家庭教師(なお住み込み)であり、彼らの事情とは何の関係もない。

 

この世界の魔術は「神秘の秘匿」が義務である。

一般人にその神秘が知られると、信仰が弱まり、それに応じて、魔術の力も弱くなる。

 

昔は、何もないところに火を点けたとなると、それはもう大騒ぎだっただろう。

だが、全人類がそれを可能としたならばどうだろうか。

 

それが現代(いま)だ。

 

今はマッチがある、ライターがある、コンロがある。

神の如く崇められていた神秘が、当たり前のように行われしまっている。

それでは火の出現が神秘でもなんでもなくなってしまう。

 

神秘の秘匿とは、そういうことだ。

 

上条のいた世界では、科学と魔術の戦争が起こっていたが。

しかも「第三次世界大戦(WWⅢ)」ときた。

 

それでいいんか世界。

いいんだ…

 

ともかく、この家の中で魔術事情を知っているのは、イリヤ、クロ、上条、母アイリだけである。

 

ちなみにアイリはかなりの強者。

母は強かった。

 

「………十体目の黒化英霊(サーヴァント)!?大変、すぐ行かないと!」

「ああ。とりあえず、美遊とルヴィアと遠坂を呼びに行くぞ!」

「いつの間に呼び捨てするようになったのよ」

 

三人はまたかさかさと、ゴキブリのように忍び足で部屋を出た。

 

「むふー………おなかいっぱぁい………ふたりもぜひたべてくだひゃぁい………まだむぅ………きり___」

 

 

 

「はぁ!?パス!?」

 

夜の街に上条の叫びが響く。

「響く」ほどのものではなかったが。

 

「ええ。アンタ転入直後でイイ気になってるかもしれないけど、あと一週間半もしたら中間テストだから」

「最近忙しかったせいで成績も下がってますし。バゼットもバイトが入っていたはずですので、四人でお行きになって?」

「は、中間そんな早いの!?うちのとこ十月中旬だったぞ!」

「そっちの事情なんて知らないわよ。それと、アンタがいるだけでここの結界消えてるし。私達は勉強しないといけないから、このメモ書き見て何とかしてちょうだい。じゃあね」

 

そう言い、扉を締めてしまった。

 

「なんか……いろいろと悲しいわよねアナタ」

「不幸……圧倒的不幸……ぐぅっ、それもこれも全てこの右手が……おおおぉぉぉん…」

 

上条の右手「幻想殺し(イマジンブレイカー)」は、異能の力なら神の奇跡だろうと問答無用で打ち消す能力を持っている。

神の奇跡だろうと打ち消す。

それはすなわち、神からの加護を断ち切るということ。

不幸になるのも当然である。

 

「で、そのメモ書きにはなんて書いてあるのよ?」

「はぁ………えーっと……?」

「…………新都の新ビル建設予定地だって」

「つまり、工事現場ってこと?でも__」

 

イリヤが不安気な表情を浮かべる。

 

建設物関連の工事といえば、だいたい夜の十時には終わっているものだ。

しかし、警備や監視カメラなどが見張っているかもしれない。

 

「___っていうこともあるから、危ないんじゃ…?」

「確かにな…それに、深夜だって街を歩いている人は結構いるもんだぞ。どうすんだ?」

 

上条も同じく表情が曇る。

 

夜十一時半というと、会社員の帰宅時間はとうに過ぎている時間帯だ。

しかし、酔っぱらいや夜歩きなど、結構人通りがあったりする。

街道沿いだと、車なんて一分に一台は必ず通る。

 

「そうよね……いや、待って。ここに書いてあるんだけど、バゼットがバイトの合間を縫って人払いの魔術を周辺に施してくれたそうよ。街の監視カメラも対策済みですって」

「…バゼットさん、バイトで大変なのにそんなことを………」

 

ちなみに、バゼットも上条には自己紹介済みだ。

 

「そうなのか、なら安心だな……待てよ、移動はどうすんだ?イリヤと美遊はともかく、クロと俺は飛べねぇじゃねぇか!歩きでここから新都だと結構時間かかるぞ?」

 

「え、私飛べるわよ?」

 

『え?』

 

クロを除く三人は愕然とした。

 

長く暮らしてきたイリヤとクロでさえ、彼女が飛行したところなど見たことがない。

超ジャンプで全て済ませてきたからだ。

 

するとクロは、例えのためか、白と黒の曲刀を投影する

彼女のオキニ、「干将(白い方)」と「莫耶(黒い方)」だ。

 

「見たでしょ?私は今みたいに、投影魔術で武器は造ってるの。この戦闘服も同じ。魔力のカタチと向きさえ変えれば、空だって飛べるわ」

「そういうもんなのか、魔術って?」

「そういうもんなのよ、魔術って」

 

クロの脚が光り、少し浮いた。

しかし、

 

「……で、とうまはどうするのよ」

「………あー」

 

そう、クロが飛べても上条は飛べないのだ。

 

これで策は三つにまで絞られた。

①、歩きで行く。

②、飛んでいる他のメンバーにぶら下がって行く。

そして③、日を改める。

 

「………………現実は非情である、ホントよく言ったもんだよなぁ」

「どうするのとうま?」

「ん〜……よし!選択肢①、歩いて行こう!」

 

夜のお散歩(早歩き気味)の始まりだ。

 

 

 

まぁ、結果日付が変わるギリギリまでには着いたのだが。

 

 

 

人通りはなく、車のエンジンすら聞こえない。

魔術が効いているのだ。

 

夜11時55分、新都、新ビル建設予定地。

 

そこは工事現場という印象は全く無かった。

 

建設機械は全て撤収済みなのだろう。

だが、臨時のトイレすらも設置されていない。

まだ解体されただけなのか、先に見えるコンクリート建造物は半壊状態で、辺りには瓦礫のようなものが転がっていた。

 

その様はまるで____

 

「なんというか……廃墟ね」

「あれ工事現場って、もっとこう、骨組みみたいなのが無かった?っていうか建物と思わしきものすら無いんだけど!?」

「多分、解体途中なんだと思う」

黒化英霊(サーヴァント)の野郎、随分と理不尽な場所に出現すんだな」

 

そう、黒化英霊(サーヴァント)は毎回毎回、変なところにいるのだ。

 

川だったり森だったりはまだいい方だが、今回のような工事現場だったり、雑居ビルの屋上で身長約250cmの巨人とやり合ったり、時にはイリヤたちの小学校の校庭に現れ、深夜に本校の女子小学生がコスプレ姿で敷地に潜入するというなんとも度し難い行為に至らせたこともある。

まるでちょっとしたスニーキングミッションのようだ。

 

メタル◯ア……………

 

「じゃあいくよルビー!」

「はい!」

「サファイア!」

「わかりました」

 

多元転身(プリズムトランス)!』

 

魔法のステッキであるルビーとサファイアが現れ、イリヤと美遊を光で包む。

それぞれ桃と青紫の衣装を身にまとい、舞い降りる。

そして、笑顔で二人息の合ったボーズをキメた。

 

「うはぁ、なんとぷりちーな……」

「まぁね。でも、凛とルヴィアはあの日曜日じみた変身のせいで死にかけたって聞いたわ」

「え、悩殺!?」

「いえ、底なし沼」

「えー」

 

上条はもはやツッコミを入れる気すらなくしてしまった。

ツッコみどころが多すぎて、もう面倒くさいのだろう。

 

そして、上条にはひとつ気になることがあった。

 

「あのさ、美遊。会ったときから思ってたんだが____」

「何?」

 

「その衣装……JSにしてはエロすぎね?」

 

瞬間、美遊とイリヤの顔が真っ赤に染まる。

 

「なっ……!?」

「何聞いてるのとうまーッ!」

 

やはり毎度のように女子に蔑まれる。

上条は一度、人との接し方を学び直したほうが良いだろう。

 

「すまん、そんなつもりで聞いたんじゃないんだ。でも、なんか、さ……その年でその服装は…児ポ的な何かに引っかかるんじゃねぇかな、と………」

「そんなこと言ったら、私だっていやらしい服装してるわよ?」

「いや、そうなんだけどさ……その……下、がさ」

「とうまの変態!美遊をそんな目で見てるなんて……!」

「とうまは男子高校生なんだし、仕方ないでしょ。あとソレ、アナタが言えたこと?」

 

イリヤ、クロ、美遊は、それぞれ別々のコスチュームを身に着けている。

イリヤは、よくあるフリフリスカート。

クロはただの水着に赤い布を付けたようなもので、3人の中で露出面積は最も多い。

 

で、問題の美遊の話だ。

 

露出面積はまあまあで、クロよりは多く、スカートも付いている。

しかし、前がほとんど隠れていないためスカートが意味をなしていない。

 

しかもインナーがスクール水着のような形状になっている。

股がよく食い込む為、下半身により目が行ってしまうのだ。

尻なんかは特に目立つ。

 

上条にはどストレートである。

 

ちなみに、筆者(わたし)にもどストレートである。

どうでもいいか。

 

「とっ、当麻さん………」

 

下半身のことを指摘され、お漏らしを我慢するような姿勢で上条に話しかける。

 

「………変えられるけど……その…イリヤに見てもらいたいから…っ♡」

『えっ』

 

瞬間、美遊を除く三人に電撃走る。

 

あの美遊に、まさかそんな趣味があったとは。

さっきからハァハァと小さく吐息を漏らしている。

 

「だから、イリヤ………いっしょに……♡」

「うん……なんというか……今度ね…」

 

美遊の味方をしていたイリヤも、すっかり動揺してしまっている。

そりゃそうだ。

 

「美遊…アナタまさかそんな趣味があったなんてね……」

「……ほ、ほら!()()()()()()()()()っていうだろ!」

 

上条はフォローしたつもりなのだろうが全然フォローできていない。

美遊は更に顔を赤らめ、今までにないほど赤くなってしまう。

 

「う………うぅっ……♡」

(ダメ……スイッチが…………入る……ッ!)

 

何やら先程からイリヤの息が荒い。

正直、美遊以上だ。

何かあったのだろうか。

 

「おい、イリヤ?」

(いや…ここでスイッチが入ったら……!)

「……おーい、お嬢様ー」

(なんとか話を打ち切って…そろそろ接界しないと……)

 

「………返事しろォ!!」

「………ハッ!」

 

飛びかけていたイリヤの意識が、一気に現実へと叩き戻される。

 

「結構時間経ったぜ?そろそろ始めねぇと、いろいろマズいと思うんだが…」

 

上条に正しい指摘をされ、目を覚ます。

 

「そっ、そうだよね!もう行かないと、だよね!じゃあルビー、始めて!…………美遊、ごめん」

「はい、行きます!」

 

四人を中心として魔法陣が展開される。

地面が発光し、得体の知れない風圧が四人を下から吹き上げる。

 

不思議法則によってイリヤのスカートは(めく)れ上がらない。

 

「半径2mで反射路形成ィ!」

「鏡界回路一部反転します!」

 

サファイアも加わり、接界するための陣を敷く。

そして、それはは最高潮にまで達し______

 

接界(ジャンプ)!』

 

_______飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鏡面界、旧ビル跡地。

 

佇んでいたのは、一人の騎士だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時、新大阪国際空港。

 

「着いたか……出身国だってのに、これはまァ随分と懐かしい気がすンなァ……………これがホームシックってヤツかよ」

 

男が降り立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ………ありゃ、なんだ?」

「わからない……緑毛の…イノシシ?いや、でも身体は…」

 

その騎士は、お世辞にも騎士と呼べる風貌ではなかった。

 

前回のノインキャスターは、一部に騎士の鎧を纏っており、騎士であったことがかろうじて確認できた。

だが、今回は違った。

 

首より下は人間なのだが、顔は血塗られたイノシシで、おまけに外套を纏っている。

体毛は翡翠色で、二本の牙は血のような赤と濁った黄。

 

よく見ると背中が盛り上がっており、首より下にもイノシシの特徴が見られる。

 

十体目(ツェーン)というだけで、クラスまでは流石に判別できそうになかった。

 

『ブルルゥゥッ……ブオッ、ブオオォォン…………』

 

イノシシのように、震えるような鳴き声を上げている。

その鳴き声には、何かに絶望するような、そんな悲しさが含まれていた。

 

黒化英霊(サーヴァント)は腕を地面に付け、擦り合わせる。

イノシシや牛などによく見られる、突進前の予備動作だ。

 

「あの動きは………来るぞ!!」

「イノシシの一匹くらい、この弓で射ってやるわ!」

 

上条は身構え、イリヤと美遊は飛び、クロは黒い弓と宝具”赤原猟犬(フルンディング)”を投影する。

相手は所詮イノシシ、狩人に射られる存在、クロはそう考えていた。

 

だが、事態はそう簡単には進まない。

 

ズバッ、という快音を立てて黒化英霊(サーヴァント)が一気に走り出す。

速度は速いが、それこそ目視できる速度だった。

 

「全然トロいわね!()(ころ)しなさい、赤原猟犬(フルンディング)!」

 

轟!と赤い衝撃波を発し赤原猟犬(フルンディング)が発射される。

もはや風を切る音すら聞こえず、当然目視もできない。

 

「うおっ、なんだ!?」

赤原猟犬(フルンディング)。英雄ベオウルフが使った剣で、矢として発射したときは音速の六倍ものスピードが出るわ」

「フルン()ィング、だと……!?」

 

上条はその剣を知っていた。

 

それは、イギリスで”カーテナ”をめぐる戦いの際のことだった。

騎士派のリーダー、騎士団長(ナイトリーダー)が用いた魔剣。

カーテナによる”天使の力”の供給によって力を増す。

 

しかし、今上条が目にしていたフルン()ィングは、形状も用途も異なり、効果も異なっていた。

これも二つの世界での違いかと思いながらも、事を大きくしないよう上条はこのことを胸の奥に秘めることにした。

 

クロが使用した赤原猟犬(フルンディング)は、もちろん投影宝具である。

 

音速を超えるその剣は黒化英霊(サーヴァント)へと直進し____

____()()()激突した。

 

「は…………?」

「避けられたッ!?くっそ、いねぇ!どこに消えた……!」

 

「とうま、上ッ!!」

 

イリヤの叫びが響き、上条は空を見上げる。

 

そこには、跳び上がりこちらへ急速落下する黒化英霊(サーヴァント)の姿が。

牙をひん剥き、こちらを噛み削ろうとしていた。

 

「クロ、避けろッ!!!」

「きゃっ!」

 

クロの手を掴み、無理矢理引き寄せる。

クロがいた地点に黒化英霊(サーヴァント)が落下し、多数の瓦礫と土煙が舞い上がる。

 

「何よ、あれ……バーサーカー!?」

「いや、あの時のノインキャスターだってあれ以上狂ってて衝撃的なヤツだったろ。……でも、可能性は否定できねぇな」

 

煙が晴れる。

そこには、何もなかったかのように凛と(たたず)黒化英霊(サーヴァント)の姿があった。

 

「美遊、私達もやろう!」

「うん!」

 

美遊とイリヤは高く飛び上がり、共にカレイドステッキを構える。

 

砲射(シュート)!!』

 

共通の掛け声で魔力を放射する。

放射された魔力は、赤紫色の太いスジとなって黒化英霊(サーヴァント)へと直進する。

 

『フゴアアアアアアァァァァァッ!!』

 

黒化英霊(サーヴァント)はその場から動かず、雄叫びを上げる。

魔力の放射は黒化英霊(サーヴァント)の顔面を捉えた。

 

「よしっ、行ける!」

 

イリヤは早くも勝利を確信する。

しかし、

 

黒化英霊(サーヴァント)はその魔力を口に咥え込み、

 

噛み砕いた。

 

「な___ッ!?」

「何だあれどういうこっちゃ!魔術の攻撃を噛み砕いて相殺するってよ……!」

「こ……この黒化英霊(サーヴァント)………____」

 

_____次元が……違う………!

 

今までの黒化英霊(サーヴァント)とは、まるでレベルが桁違いだった。

 

かつて、ゼクスアサシンは無限の残機(むれ)を有し、

かつて、ズィーベンバーサーカーは無限の残機(いのち)を有し、

かつて、アハトアーチャーは無限の残機(ざいほう)を有した。

 

ノインキャスターだって、無限の魔力を有していた。

 

この黒化英霊(サーヴァント)は無限など何も有していないのに、無限を有した黒化英霊(サーヴァント)以上の戦闘能力を持っている。

それに、魔力を()()()()()のだ。

 

()()()噛み砕く?

 

「……ちょっと待て。魔力を噛み砕いたんだよな?」

「ええ、そうだけど……」

「魔力って、普通噛み砕くのは無理だろ?口に含むのもさ。アイツの牙……何か魔力を阻害するような能力があるのかもしんねぇ」

「なるほど?珍しく冴えてるじゃない」

 

クロは両手にそれぞれ干将と莫耶を投影する。

 

「じゃあその牙、切り取って業者に売りさばいてあげる!」

 

地面を蹴り、黒化英霊(サーヴァント)へと突撃する。

それに合わせ、黒化英霊(サーヴァント)も進撃する。

 

双方の間の距離が1mにも満たなくなり、クロは剣を振り上げ、黒化英霊(サーヴァント)は口を大きく開く。

 

「貰ったッ!」

 

振り上げた剣を、黒化英霊(サーヴァント)の脳天へと振り下ろす。

 

しかしそう上手くも行かない。

黒化英霊(サーヴァント)は咄嗟に頭を下げ、さらに突き上げ、振り下ろされた剣を弾き飛ばす。

 

クロは手ぶらになってしまった。

しかし、

 

「ふふ……"貰った"って、言ったはずよ?」

 

黒化英霊(サーヴァント)の左右には、先程とは違う剣が一本ずつ浮遊していた。

 

いや、浮遊しているのではない。

投影したてで、まだ重力が反映されていないのだ。

 

それだけではない。

幾つもの剣が、黒化英霊(サーヴァント)を取り囲むように投影されていた。

 

「アナタがその状態で剣が撃ち出されるとどうなるか……さすがにバーサーカーでもわかるんじゃない?」

 

バーサーカーでもわかる、単純な結末(コト)

 

剣は射出され、二本の牙が砕かれるという、未来。

 

全投影(ソードバレル)連続層写(フルオープン)!」

 

そして、その肉体が細切れに切り裂かれるという、どうしようもない事実。

 

「_________発射ァッ!!」

 

クロの掛け声で、剣が一斉に射出される。

先行して発射された二本の剣によって、二色の牙は折れた。

 

残りの全ての剣もそのまま直進し、黒化英霊(サーヴァント)へと突き刺さる。

再び砂塵が上がり、黒化英霊(サーヴァント)の姿が完全に隠される。

 

とても生きていられる剣の量ではなかった。

 

「よ、………っし!」

「うっしゃあ、やったぜ!あれだけ撃ち込まれりゃ、流石に………」

 

誰もが勝利を確信した。

だが、謎が残っていた。

 

奴のクラスは。

 

もし、バーサーカーではなかったら。

 

もっと知的な行動が行えたとしたら。

 

その(ふあん)は、現実となった。

 

「そん、な………」

「…………、嘘」

 

「おい、どうしたイリヤ、美遊!何が見えてんだ!?」

「………まさか」

 

砂塵が散り、黒化英霊(サーヴァント)の姿を再び捉える。

 

五体満足で、肉体はヒトに変化し、先程の牙と同じ色の槍を一本ずつ持った、黒化英霊(サーヴァント)の姿が。

 

「は…お、おい!何で……なんであんだけの攻撃を食らって生きてられんだよ!!」

「まさか……あの二本の槍で、全て弾き切ったっていうの?」

「それじゃあ、あの黒化英霊(サーヴァント)のクラスは……」

 

 

獣のような、その風貌(なげき)

 

 

血涙を流す、血眼(あくむ)

 

 

右手の赤い槍(あい)と、左手の黄色い槍(ひげき)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

十体目の黒化英霊(サーヴァント)_______「ツェーンランサー」。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ア”ア”ア”嗚”呼”ア”ア”ア”愛”ア”ア”ァッァァァァァ亜”ァァァ荒”ァァァァッァァァァァァァ阿”ア”ァ会”ア”ア”ーーーーッッッッッッッ!!!!!!』

 

文に表せないような叫びが、辺り一帯に響き渡る。

その叫びは怒り、そして悲しみを孕んでいるようにも感じた。

 

「槍……ってことは、ランサーか!」

「なるほど、相手がランサーなら…イリヤ!」

「うん、分かってる!」

 

するとイリヤは太もものケースから一枚のカードを取り出す。

そしてそれを自身のカレイドステッキにかざし、

 

「フュンフセイバー、夢幻召喚(インストール)!」

 

そう唱えるとイリヤの身体は輝きだし、鎧を纏う。

 

クラスカードを用いた英霊(サーヴァント)の疑似召喚、夢幻召喚(インストール)である。

 

白い鎧を纏い剣を手にしたイリヤは、地上へと降りる。

 

「セイバーはランサーに強い、と言っても油断しちゃダメよ。ランサーってことは敏捷性も並じゃないってこと。気をつけなさい」

「わかった!」

 

忠告を聞きいれたイリヤは、ビュンと一気に走り出す。

 

その速度は、もはやそこいらの女子小学生とは比べ物にならない。

何せ今の彼女は、イリヤであってイリヤではない。

英霊(サーヴァント)、セイバーなのだから。

 

「はあああァァァッ!!」

 

一瞬のうちにツェーンランサーの懐に潜り込んだイリヤは、その輝く剣を振り上げる。

 

しかしその一撃は、ツェーンランサーの槍によって防がれてしまった。

 

「とうま!アナタ、戦える?」

「は?いや、ムリムリムリムリ!だって、アレ!刃物!二つ!アレ!」

「なら下がってて!私と美遊もイリヤを援護するから、巻き込まれないようにして!」

「お、おう!」

 

クロは投影に使う魔力を脚部に集中させ、浮遊する。

そして、空中からの援護射撃を開始した。

 

本当に飛べるのか。

 

(………やっぱ、ついてきても意味なかったかな)

 

上条は、自分の力の無さを嘆く。

 

彼の右手。

あらゆる魔術を無効化するという、とてつもない右手。

だが、相手が魔術を使わないのなら。

相手が実体のある武器で戦うのなら、その右手も無意味だ。

 

(クソッ……何か、役に立てねぇのか…?)

 

刃と刃の弾き合う音が聞こえる。

 

剣と槍は衝突し合い、火花を散らす。

 

「きゃあっ!」

 

ツェーンランサーがイリヤを押しのけた。

空中からの援護射撃を防ぐためだ。

 

魔力の弾丸と、鋭い剣がツェーンランサー目掛けて撃ち出される。

それに対してツェーンランサーは堂々と槍を振るい、射撃を打ち消した。

 

「手強いわね…美遊もやっぱりお願い!」

「わかった、夢幻召喚(インストール)!」

 

美遊もイリヤと同じうに光を纏い、その身の姿を変える。

現れたのは、赤い槍に全身青タイツの姿へと変貌した美遊。

夢幻召喚(インストール)したのは、ツヴァイランサーだ。

 

「目には目を、歯には歯を___槍には槍を!」

 

ちょっと改変したことわざを放ち、ツェーンランサーを突く。

 

プチュッ、という肉を裂く音。

どうやら上腕二頭筋を(かす)り、肉を持っていったようだ。

 

『………!!』

 

ツェーンランサーは一旦飛び退き、傷を確認する。

 

「やったね、美遊!一撃入ったよ!」

「うん!」

(すげぇな…あれで御坂より年下とか、考えらんねぇ……)

 

だが、喜ぶのはまだ早い。

 

しばらく傷を眺めていたツェーンランサーが顔を上げる。

両手の槍を一回転させ、姿勢を低くし短距離走のようなフォームをとると、

 

消えた。

 

「イリヤっ、気を付けて!」

「わかってる!」

 

イリヤと美遊は背中合わせでツェーンランサーに警戒する。

 

だが、ツェーンランサーのいた方を向いたのは美遊だった。

それが、何を意味するのか。

 

ツェーンランサーは姿を消したのではない。

姿が消えるほど、高速で移動していただけなのだ。

 

この短時間、奴は直進しかしていない。

 

「ごおっ_____ぷぁっ__!!?」

 

瞬間、美遊の脇腹に傷ができ、倒れた。

あまりの衝撃に夢幻召喚(インストール)が解けてしまう。

 

彫刻刀で木を削ったような、鋭い傷。

それはツェーンランサーの槍によるものだった。

 

現れたツェーンランサーの槍、黄色かったはずの槍の先端が赤黒い液体に濡れていた。

言うまでもなく、

 

それは、美遊の血だった。

 

「美遊っ!!!!!」

 

イリヤが剣を捨て、倒れた美遊に近寄ろうとする。

しかし、腹部に謎の衝撃を受け吹き飛ぶ。

 

ツェーンランサーの音速の蹴りが炸裂したのだ。

 

「あがはっ____!?」

 

内臓破裂でもしたのではないか、というほどの量の血を吐く。

イリヤもその衝撃で夢幻召喚(インストール)が解ける。

 

「んごふっ…」

 

痛覚を共有しているクロにも、痛みが伝わる。

 

「はぁ…はぁ…ッ、あぁ……マズイわ…私が食い止めるから、とうまは後退して____とうま?」

 

クロは気付いた。

先程まで物陰に隠れていた上条がなんとも言えない顔で直立している。

 

彼に”逃避"という選択肢はなく、

彼に”恐怖”という感情もなく、

 

ただ、"怒り"があった。

 

「何すんだ、テメェ______」

 

そして、

 

「_____美遊に何しやがんだ、テメェ!!!」

 

自身の全てを、怒りに任せた。

 

「ちょっ、危険よ!武器もないアナタが、魔術を使わないアイツに敵うはず……!」

 

静止を呼びかけるには、すでに遅かった。

 

上条に周りの声など聞こえず、ただ走っていた。

 

走る。

まっすぐ、走る。

 

ツェーンランサーへと向かって、走る。

 

『………………』

 

上条に呆れているのか、ゆっくりと歩き始める。

 

そして、二人の距離が縮まり、

 

「ォォォおおおおおお!!」

 

上条は拳を放った。

 

『…………ォァッ!!』

 

それに合わせ、ツェーンランサーも赤い槍で突く。

 

どちらにせよ、互いの攻撃が相手の本体に届く距離ではなく、拳と槍は、二人の間で交差した。

 

()()()()

 

ツェーンランサーの放った突きが、上条の放った拳に突き刺さったのだ。

 

「あ………ァ…ッ」

 

あらゆる魔術を打ち消す、その右手に。

 

「あ、ぁぁぁあっぁっ、あああああああっああああぁああああああァァァああアアアァああアァぁああああああああああああああァァァァッッ!!!!」

 

先程のツェーンランサーの叫びに負けない程の叫びが周囲の者の耳を(つんざ)く。

しかし、それだけではなかった。

 

上条の傷口、すなわち槍と拳の密着面が輝き出したのだ。

 

『ッッ!!?』

 

さすがのツェーンランサーでも、これにはビビった。

本来起こるはずもない現象が、本来起こるはずもない青年に起きているのだから。

 

「ッ……この、光は…!?」

 

クロも、衝撃を隠せないでいる。

その時、更に驚くべきことが起こった。

 

美遊の脇腹の傷が修復され始めたのだ。

 

「傷が……!!?」

 

更に驚くクロ。

 

「まさか、あの光が…?」

 

明日も学校がある彼女らにとっては都合のいいことだが、その都合のいいことが何故起きたのか、全くわからない。

 

上条の拳の傷は更に光を強め、魔術が通用するはずのない上条の右手をも癒やしていく。

そして衝撃波が発せられ、ツェーンランサーと上条、双方が吹き飛んだ。

 

『………!!』

 

ツェーンランサーの赤い槍は、砕けてしまっていた。

 

傷を負って砕けたとか、そういう類ではない。

年月を重ね腐敗するように、流血を拒むように、ゆっくりと崩れ去ったのだ。

 

「……ちょ、ちょっと!しっかりしなさいよとうま!ねぇ!」

 

状況を把握しきれていないが、とりあえず上条に歩み寄る。

まだ意識があるのか、上条はムクリと起き上がった。

 

「よかった……説明して?アレは何!今の!光は!!」

 

だが、上条は先程のように一切の言葉を聞き入れない。

 

「………とうま…?」

 

上条はゆっくり右手を伸ばし始める。

その手の先には、気を失ったイリヤが横たわっていた。

 

すると、イリヤのカードケースがもぞもぞと蠢き始める。

まるで、何かが出たがっているように。

 

あまりに強く蠢くカードケースのなかのソレは、イリヤの身体の向きすら変えてやっと外へ出た。

と思ったら、今度は上条の右手の中に収まったのだ。

 

「___ノインキャスター__ジル・ド・レェ_」

 

謎の口上を発し、立ち上がる。

そして彼はこう言い放った。

 

 

「_______幻想召喚(インヴァイト)

 

 

すると、上条の身体が光りに包まれる。

それは、まさに___

 

「____夢幻召喚(インストール)と同じ光!?」

 

そう、彼は今「転身」しようとしているのだ。

 

普通はありえない。

普通じゃなくてもありえない。

 

そもそもあの右手は魔術を無効化するはず。

ならば、この光が消えないわけがない。

 

幻想殺し(イマジンブレイカー)の許容範囲を超えた何かが、上条の身に起こっている。

 

光が消え、上条が降り立つ。

 

その姿は、先程までの上条とは見違えるほどの変貌ぶりだった。

 

髪はなびくほど伸び、その黒髪は金髪混じりだった。

右手には輝く剣を持ち、そしてその剣は幻想殺し(イマジンブレイカー)によって消滅しない。

目つきは鋭く、恐怖すら感じさせる程だった。

 

どこからどう見ても彼が上条当麻だとは思えない。

 

一体彼は、()()()()()()()

 

「とうま………」

「_________ッ」

 

上条は、何の迷いもなく駆け出した。

今までの走りとは天と地の差だった。

足を踏み込んだ地面は陥没し、疾走した衝撃のみで瓦礫が舞い上がる。

その姿は、英霊(サーヴァント)そのものだった。

 

『ア”ア"ァ……ゥ彰”ア"ァッ!!』

 

ツェーンランサーは動揺しながらも、もう片方の黄色い槍を振るう。

だが上条はそれを避けた。

マトリックスのような仰け反りで攻撃を躱したのだ。

 

上条はそのまま仰け反り続け、ブリッジをするように地面に手を付くと、思いっきり足を振り上げた。

空振った槍に振り上げた上条の足が直撃し、天高くへ弾き飛ばされる。

 

槍はツェーンランサーの遥か後方、ビルの廃墟に突き刺さった。

回収はできない。

 

素手になりながらも、ツェーンランサーは自らの拳で戦う。

しかしその抵抗も虚しく、拳は上条に命中するより前にその剣で手首ごと切り落とされた。

 

『愚、ゥゥウ”ウ”産”ウ”ゥゥウ”宇"ッッ………!』

 

言葉にならない叫びが木霊(こだま)する。

それは、憎しみだろうか。

あるいは苦しみだろうか。

 

そんなことは、もはやどうでも良い。

なぜなら、彼はもうお終いだからだ。

 

「___________」

『ア”、挙"ァ!ア”ア"ァッ!』

 

上条は剣を地面に突き立て、ツェーンランサーの頭をその右手で掴む。

助けを乞うようなツェーンランサーの叫びが響く。

 

それも、無駄だった。

 

『ア……アぁ遭アあァ……タ須、け…」

「uraf幻sgrenby想m殺vsbvSI」

 

突然、上条の右手から「龍」が(あらわ)れた。

 

右手の「龍」は瞬く間にツェーンランサーを飲み込み、やがて「龍」とツェーンランサーは消え失せた。

 

上条も元の姿に戻り、倒れる。

 

その右手には、「龍」の代わりにランサーのカードが握られていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とうま

 

 

 

 

 

 

 

 

 

上条ちゃん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

上条当麻

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カミやん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三下ァ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「________ッッ!!?」

 

上条は悪夢に目を覚ました。

 

見えるのは小洒落たシャンデリア。

エーデルフェルト邸だ。

 

確か自分は、あの時ツェーンランサーの槍が拳に突き刺さって、吹き飛んだはずだ。

それから…………

 

上条は思い出した。

 

あの時の、異常な自分。

使えないはずの魔術を行使する自分。

 

()()()は、一体誰だったんだ___?」

 

すると、部屋の扉が開いた。

 

「とうまっ!」

「当麻さん!」

 

いつもどおりの服装に戻ったイリヤと美遊だった。

そして、五体満足だ。

 

「あれ、お前らもう傷は大丈夫なのか?特に美遊、お前は脇腹を斬り抉られて…」

「ああ………()()()()()()()()()()

「は?」

 

イリヤと美遊は失神していたため、上条の発した謎の光が二人を治したとは知らない。

上条自身も、あれが自分の発した光によるものなのだと気付いていない。

 

「入るわよ」

 

コンコン、と軽いノックをして入ってきたのは、魔術師兼エーデルフェルト邸メイドの遠坂凛だった。

ここまで運んできてくれたのか、傍らにはバイト戦士ならぬバイト魔術師バゼットもいた。

 

なおバイト魔術師というのは上条命名である。

 

「話は一通り、クロから聞かせてもらったわ。アンタ、訳の分からない姿に変身して、黒化英霊(サーヴァント)を瞬殺したそうじゃない」

「ああ、そうみたいなんだよ。でも、あれは俺の意思じゃなくて……」

「わかってる。クロも言ってたわ、「アレはとうまであってとうまではなかった」ってね」

 

あの時起きた不可解な現象が、再度脳裏に浮かぶ。

身体の自由こそ無かったが、記憶は共有できているようだ。

 

「クロの話を聞いて、私なりに仮説を立ててみたわ」

「どんなだ?」

「ええ、でも長くなるわよ。まずアンタの右手。魔術も、アンタの言う「能力」とかいうのも無効化にできるのよね。それを踏まえて、ツェーンランサーのカードについて。あれを限定展開(インクルード)の結果現れたのは赤黄二本の槍、破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)。そのうち破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)の効果が______魔術的効果の打ち消し」

「魔術的効果の打ち消し、だって?俺の右手と一緒ってことかよ!」

「いえ、厳密には違うわ。アンタの右手は、神の奇跡とやらも打ち消すんでしょ?破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)はそれ程ではなかった。だからそのとき、砕けたんでしょうね」

 

そうだ。

上条は右手にその破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)が突き刺さった後、それを破壊している。

 

(なるほど、じゃああの件にも説明がつくな)

 

イノシシ状態のときのツェーンランサーは、魔術の放射をを自ら噛み砕いた。

そして、破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)には魔術を打ち消す効果がある。

 

つまり、あの赤黄の牙がそれぞれ破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)で、破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)の効果が適用され、魔術の放射を無効化した。

それが周りからは「噛み砕いた」ように見えたのだ。

 

「で、俺の件は…」

「ああ、それはおそらく別世界同士の魔術無効効果による感応現象ね。同じ、魔術を打ち消す力でしょ?それに別世界同士。本来同時に存在しないはずの二つが互いの力を打ち消し合って、おかしくなったのよ。この変身能力___幻想召喚(インヴァイト)、だったかしら。どうしてそれがピンポイントで宿ったのかはわからないし、どうしてイリヤと美遊の傷が治ったのかもわからないけど、これでアンタが遅れを取らずに正面から戦えるのは確かよ」

 

確かに、あのままでは上条はこれから先もただ邪魔なだけだっただろう。

彼女らに少しでも貢献できるとわかった上条は、嬉しかった。

 

「じゃあ……俺はもう、みんなを傷つけてしまうこともないんだな。みんなを、守れるんだな」

「ええ、そうよ」

 

もう二度と、あんな苦しい思いはさせない。

彼の知らない未知の世界で、上条はそう誓った。

必ず、帰る。

この少女たちを救った、その後に。

 

正義の味方(ヒーロー)」に、なる。

 

「そういや、今何時だ?」

「朝の四時よ」

「簡単な記憶抹消なら、私が済ませておきますが」

「………よし、帰って寝よう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、午後二時頃、市街地の一角。

 

「ふふ、今日もいい天気♪」

 

カジュアルなロングワンピースに身を包み、エコバッグ片手に帰路につく女。

衛宮家の家主(本人談)、アイリスフィール・フォン・アインツベルンだ。

 

エコバッグの中には、肉や野菜、リットルサイズの炭酸飲料などが詰められていた。

 

「う〜ん、献立はどうしようかしら。後先考えずに買っちゃったわけだけど……」

 

アイリの脳内に、トンカツやカレー、パスタのイメージが浮かぶ。

今日の夕食はセラと士郎に代わって、彼女が作る予定なのだ。

いつも作ってもらって悪いから、だという。

 

ちなみに、今までの彼女の料理は毎回悲劇を生み出してきた。

 

「え〜っと……じゃあ、今日は無難にカツカレーにしましょ!他の材料は、あの二人に託し____」

 

「アイリスフィール・フォン・アインツベルン、だな」

 

暗い声が、背後から聞こえる。

 

「あ、はい。私がアイリスフィールですけれ、ど………」

 

アイリは振り返り、その光景に言葉を失う。

 

声の主は、高校生くらいの青年だった。

その身体は簡単に折れてしまいそうな程細かった。

改造が施されているのか、変わった形の松葉杖をついている。

 

そして、青年は肌が白く、髪も白く、瞳は赤かった。

 

まるで、彼女達(ホムンクルス)のように。

 

「まさか、貴方………」

「いや、俺はユーブスタクハイトの回しモンじゃねェ。ってか、アイツも流石に諦めてンだろ」

 

特徴的な口調で、青年は言った。

 

「俺は衛宮切嗣の使いだ。言伝(ことづて)がある」

「キリツグから…?」

 

衛宮切嗣。

イリヤ達の父であり、衛宮家の本来の家主。

かつて起こったある「悲劇」がまた起きぬよう、アイリと共にヨーロッパで活動している。

 

アイリは衛宮家にいるので、今は切嗣単身とも言える。

 

そんな多忙の切嗣が、わざわざ使いを送ってまで伝えたい事があるという。

 

「なァに、単純なことだ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「は………?」

 

突然何を言い出したかと思えば、青年は美遊と上条をまるで()()のように扱っている。

そんな青年の言うことを受け入れる訳にはいかない。

ましてや、切嗣の使いだと信じるわけにも行かない。

 

「な、何を言ってるのよ!そんなこと……クラスカードはまだしも、当麻くんと美遊ちゃんは人なのよ!?そんな、テキトーな扱い方……」

「いや、あのカードとあの二人は()()()()()()()()()()()()()()()だ。オマエがこちらに引き渡し次第即刻()()する」

 

そして、信じられない言葉が青年の口から発せられた。

 

「処分」。

 

「処分って……ふざけてるの!?そんなことはできないわ!それに、貴方みたいな人をキリツグが使いに送るわけがない!」

「なら、証拠を見せてやりゃいいか?」

「証拠って______ッ!!?」

 

そう言い、青年は懐から小さなものをひとつ取り出した。

 

.30-06スプリングフィールド弾。

機関銃の弾薬などに用いられたそれを、青年は()()()()()持っていた。

 

それが何を意味するのか、アイリにはわかった。

 

「……………起源弾」

「そォだ。これで、やっと信じてくれたか?なら、取引の話を続けようじゃねェか」

「でも……それでも、あの二人とカードを引き渡す訳にはいかないわ。美遊ちゃんは娘達の大切な友達、当麻くんは私達の大切な家族。そんな存在を安々と渡せるもんですか!」

 

アイリは拒み続ける。

例え愛する者の頼みだとしても。

彼女は理由が聞きたかった。

何故必要なのか、必要としない問題の解決策はないのか。

 

それを、本人に、直接。

 

「………わかった。一週間、考える時間をやる。一週間だ。一週間後、ここにカードと二人を連れてこい。一週間を過ぎた場合、家族全員を殺してでも奪い取る」

「殺してでもって、貴方自分が何を言ってるのかわかってるの!?それに家族全員なんて、そんなことさせないわ!」

 

アイリは懐に手を入れ、何かを取り出そうとする。

 

針金だ。

 

アイリは針金に魔力を通し、使い魔などに変形させることができる。

彼女の魔術の腕は、並の魔術師よりかは普通にいい。

敵うものは、そうそういない()()()()()

 

針金を掴み、懐から手を引き抜こうとすると、

 

瞬間、エコバッグが真っ二つに切断された。

 

「_______!?」

 

炭酸のボトルが裂け、パンッ、という破裂音が鳴る。

食材は地面に落ち、それにかかった炭酸飲料がシュワシュワと新鮮な音を立てている。

 

一瞬の出来事に、アイリは呆然とした。

 

よく見ると、青年は付けている黒い首輪のようなものに手を添えている。

そして左手は、軽く空を切り終えたような姿勢をしていた。

 

ピッ、という電子音が鳴り、青年は首輪から手を離す。

 

「俺がガキだからってオマエごときが敵うと思うなよ。下手したらそっちが死んじまう」

「あ……………っ…」

 

恐怖に震えるアイリ。

それに近寄る青年。

 

すると青年は、地面にぶちまけられたエコバッグの残骸とその中身の残骸の側に一万円札を放る。

 

「そのバッグと中身ならこれ一枚で足りンだろ」

 

弁償のつもりだろうか。

 

今更弁償をしたって許されないし、許される立場でもない。

だがアイリは、ただ受け入れるしか無かった。

 

逆らったら、次は自分達が殺されてしまうからだ。

 

こんな使いをよこした切嗣に、失望してもいた。

最愛の夫にこれ程失望したのは、初めてのことだった。

 

「ンじゃま、交渉成立ってことでいいな?」

 

アイリは小さく頷いた。

いや、頷いてしまった。

 

納得したのか、青年は背を向け歩き去ろうとする。

 

「っと、名前をまだ言ってなかったな」

 

青年は立ち止まり、横目でアイリを睨みつけて名乗った。

 

一方通行(アクセラレータ)だァ_____ヨロシク、()()()()()()()()()

 

青年は立ち去った。

 

 

 

その場に人が訪れることはなく、

 

アイリはただ、立ち尽くした。




ご都合主義って素晴らしいね
上条さんを汚してしまったことを悔やみながらも更なる強化を図る牙砕爪鋭でした

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