Fate/Imagine Breaker   作:小櫻遼我

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あーねんまつ


第三章 シフト
Spell7[何でもない土曜日 Countdown_Saturday.]


翌日、今日は土曜日。

休日。

 

エーデルフェルト邸。

 

遠坂凛は、試験勉強をほったらかして頭を抱えていた。

 

「……………んー……?」

 

傍から見れば問題の解答に悩んでいるようにも見えるだろう。

しかし、彼女は別の問題の解答に悩んでいるのだ。

 

そこに、エーデルフェルト邸の家主ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトが現れる。

 

「あら遠坂凛(トオサカリン)。勉強もせずに、何をしてらっしゃるのかしら?」

「ああ、ルヴィア。ええ、ちょっと…疑問に思うことがあって」

「疑問?」

 

ルヴィアは凛のそばに寄り、手元を覗き込む。

 

凛が手にしていたのは、日本に派遣されてから今までの黒化英霊(サーヴァント)出現記録だった。

 

「……この記録が、どうかいたして?」

「妙なのよ。アハトアーチャーは例外として、アインスアーチャーからツェーンランサーまでがほぼ毎日のペースで出現が確認されている。空いても一日程度。でも今回はどうよ。十一体目___”エルフ(elf)”のサーヴァントは未だ確認ができない。ちっちゃな魔力の流れさえ、ね」

「それは……”妙”ですの?ただ時間が空いただけではなくて?」

 

正論を突きつけられ、凛はたじろぐ。

 

「そう、なんだけども……う〜ん、でもそうよね……二日三日だけじゃあ、ねぇ…」

「もう少し様子を見てから疑問に思ったほうがいいですわよ。一週間、とか」

 

そうね、と、納得した様子で記録を閉じる。

 

「あら珍しいですわねぇかの、五大元素使い(アベレージ・ワン)と評された、かの遠坂凛(トオサカリン)が私の言葉に納得するなんて!」

 

この一言が、引き金(トリガー)と化した。

何のトリガーかは言うまでもない。

 

「なッ、うっさいこのバカ!ツインドリル!贅肉胸(きょにゅう)!そんなだからすぐに下着(ブラ)ダメになんのよ!」

「はあぁ〜!?い、言いましたわねこのエセステータス(ひんにゅう)!なにそのまな板なめてますの!?」

「私はまな板じゃなぁ〜〜い!!77はあるわよ!「くっ」とは言わせないんだから!」

「その程度ですのねぇ!私なんて、軽く見積もって90はありますわよ!!」

「なンにぃ〜!?ああ、もうあっったまきた!そのキレイ()な顔をガンドでフッ飛ばしてやる!!」

「よくてよ!私の潤沢な宝石達に敵うものならね!」

「くうぅーッ、ガンド!ガンドッガンドッガンドッガンドガンドガンド!ガンドォーーーッ!!!」

「効きませんわ!!オォーーッホッホッホッホ!!」

 

凛の部屋はもはや修羅場と化した。

こうなってしまったからには、もうどうしようもできない。

 

そんな二人を陰から冷たい視線で見守る老人と少女が一人ずつ。

美遊・エーデルフェルトと、執事(バトラー)のオーギュストだ。

 

「……オーギュストさん……………」

「あれでいいのです。いくら無益な争いを繰り広げようとも得るものは何もなく、ただ虚しいだけ。喧嘩をしたいならさせておけばいいのです。それが無意味だとわかるまで。その先にあるのは、所詮”虚無”のみなのですから」

「…オーギュストさんがそう言うと、何故かものすごい説得力があります!」

 

流石は熟年執事、言うことが違う。

彼の身体の古傷とその白髭が、全てを物語っているように思えた。

 

何故女子小学生の美遊がオーギュストの服の下を知っているのかは謎である。

 

「ところで美遊お嬢様。本日は休日でございますが、イリヤ様と何かご用事は無いのでございますか?」

「うん、今のところは。だから心配してくれなくても大丈夫」

「左様でございますか……」

 

オーギュストは、特に何も言う気はなさそうだ。

 

凛たちの通う穂群原学園の高等部に土曜日授業はない。

故に、土曜日と日曜日の二日間、生徒は自由なのだ。

 

そして、この”自由”によって繰り広げられているのが、あの争いである。

 

「…せっかくのお休みが、もったいない」

「同感ですな」

 

喧嘩をしている暇があるなら、その分勉強すればいいのに。

この場にいる誰もが、そう思っていた。

 

あの二人を除いて。

 

「うおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉーーーッ!!」

「まだまだあああああぁぁぁぁぁぁぁーーーッ!!」

 

「………わけがわからないよ」

 

美遊はどこかへ向けて、首を傾げた。

 

 

 

同時、衛宮家。

 

朝食終わりのリビングで、上条は一人テキストと向き合っていた。

 

「はぁ、鬱だ…」

 

先日、上条は家庭教師の久宇舞弥から数学の課題を出されていたのだが、ツェーンランサーのゴタゴタで本来勉強しようと思っていた深夜の時間がまるまる潰れ、さらに寝不足により学校では暇な時間があれば寝ていた。

帰宅からずっと課題に取り組んでいたが、残り1ページのところで時は来た。

1ページだけだったのに、また二倍以上もの課題を出された。

 

久宇舞弥の考慮により、締切までの時間も二倍になったのだが。

 

「………あぁー、終わんねぇー」

 

イスに座ったまま後ろに仰け反り、身体を伸ばす。

 

すると、二階に続く階段から久宇舞弥が下りてくる。

 

「当麻くん、少し外に出てくるわね。イリヤちゃん達とお買い物に」

「あれ、アイリさんはどうしたんすか?」

 

住み込みといえど、久宇舞弥はただの家庭教師だ。

いくらなんでも皆で買い物に行く必要もない筈。

上条は本来買い物についていくであろうアイリについて訪ねた。

 

「マダムは……ちょっと気分じゃないらしいの。普段より静かだったし。具合が悪いのかも」

 

そう、彼女以外はその事情を知らない。

まだ。

 

「そっか……俺は買い物、遠慮しときます。これやんないといけないので」

「そう?じゃあ私達だけで行ってくるけど……セラさんとリズちゃんも行くから、マダムのことお願いね」

 

そう言い残し、久宇舞弥は部屋を出る。

ガチャリ、と、久宇舞弥が玄関の扉を開けた時、外からイリヤたちの賑やかな声が聞こえた。

 

バタン、と、扉が閉まった。

 

残ったのは、虚しさと静寂だけだった。

 

「………にゃはー」

 

今度は机に突っ伏す。

 

正直、彼も買い物に出かけたかった。

この世界のマンガに、参考書。

買いたいものは山ほどあった。

 

だが彼は、課題を進める時間が減るのが嫌だった。

だから残ったのだ。

 

「ま、いっか。進めよ………」

 

再びテキストと向き合い、課題を進める。

アイリの声もせず、何の音もない空間。

するのはただ、シャー芯が紙に擦れる音と、小鳥の鳴き声。

 

勉強するには格好の環境だ。

 

だが。

 

「だっは!わっかんねぇ!」

 

集中していたが、上条は思わず叫ぶ。

 

難しい。

エラく難しい。

 

先日の課題として出ていた平方根が終わり、今度は2次方程式の問題だ。

問い「図のような正方形ABCDで、点Pは、Aを出発してAB上をBまで秒速1cmで動く。また、点Qは点PがAを出発するのと同時にDを出発し、Pと同じ速さでDA上をAまで秒速1cmで動く。△APQの面積が10c㎡になるのは、点P、QがA、Dを出発してから何秒後でしょうか」。

 

「えっと…一辺が10cmで、AQは(10−x)cmだろ……で、△APQが10c㎡だから、これで式を立てると1/2(10−x)=10。二倍にして展開するとx²−10x+20=0、………んああ、この先だな…因数分解できねぇし………」

 

この先がわからない。

 

答えを言ってしまうと、解の公式を使えばいいのだ。

因数分解ができない場合は、基本的にこの公式を使うのが一番である。

 

それが導き出せない。

 

瞬間、上条はひらめいた。

 

「はッ、そうだ!」

 

上条はおもむろに立ち上がった。

向かったのは、家の固定電話。

 

彼は最終兵器を持ち出すことにした。

 

ボタンを押し、電話をかける。

 

プルルル、と、通話が繋がる。

その先は____

 

「もしもし!美遊、いるか?」

『はい、美遊・エーデルフェルトですけど……って、当麻さんっ?』

 

 

 

冬木市内、商店街、マウント深山。

少年が2次方程式と格闘している頃。

 

「どうしよっかなー。クロは何買う?」

「そうね……とりあえず、お菓子でもちょこっと?」

「何を買っても構いませんけど、無駄遣いはいけませんよ二人共!」

 

イリヤ達一家は、仲良く商店街を散策していた。

 

今日は土曜日。

流石に、商店街の人通りも多い。

 

しばらく歩くと、変わった造形の銅像がある広場に辿り着いた。

 

「じゃあ、そろそろ自由行動に移りましょうか。あまり無駄遣いはしないように、11時にここ集合ですよ!舞弥さんも!」

「わかりました」

『はーい!』

 

久宇舞弥の小さめな返事の後に、イリヤ達の元気な返事が続く。

 

イリヤとクロはじゃれ合いながら走っていった。

先程のように菓子でも買うのだろうか、あるいは漫画だろうか。

 

セラは凛とした後ろ姿で、カバン片手にその場から散る。

今晩の献立の買い出しか、それとも洋服でも見に行くのだろうか。

 

そして、久宇舞弥とリズは____

 

「………何か、買いたいものは?付き合いますよ」

「………ないかな。そっちは?」

「では……スイーツでも」

 

二人もまた、静かに買い物に向かった。

 

 

 

商店街の一角。

某スイーツ店。

 

「おお。おいしそうなケーキがいっぱい」

「好きに見て買っていいですよ。でも、奢りませんからね」

 

そう言うとリズは、うん、と言ってから自分の好みのスイーツを見に行った。

「おいしそうなケーキ」と言っていたが、当の本人はアイスクリームコーナーに釘付けのようだ。

瞳孔の中にシイタケが見える。

 

「さて、私は……」

 

一方久宇舞弥は特に目を輝かせる様子もなく、ただウィンドウ越しのケーキを眺めている。

小さな店舗ではあるが、独特なメニューが揃っていた。

 

「じゅるり……ハッ、私としたことがなんてはしたない………誰もいないし、いいですよ…ね」

 

普段、勤め先でも誰にも見せない自分の一面を一時的に開放する。

他のケーキも近くで見ようとウィンドウに目をやったまま横に移動する。

 

当然、横に注意が向くわけもなく。

ゴスン、と、隣りにいた客にぶつかってしまった。

 

「いたっ…!」

「っと……すみません、余所見していました。おケガは?」

「いえ、ありません。こちらこそ、すみませんでした……」

 

ケーキ群から目を離し、ぶつかった相手を見る。

 

相手は褐色の女性で、大学生ぐらいの年頃。

濃いめの紫髪に、白いワンピースが意外と映える。

 

正直、相手をここまで観察する必要はなかった。

しかし、久宇舞弥の”いつもの癖”が出てしまったのだ。

 

「ケーキ……お好きなんですか?」

「はい。時間が許しさえすれば、スイーツを食べに出かけますね」

「そうなんですか。意外ですね……結構静かそうな方なのに…」

「まぁ、静かですけどね。「暗殺者みたいだ」って、よく言われます」

 

二人はすぐに打ち解け、ケーキを眺めながら話す。

相手の女性もケーキが好きなようだ。

 

「あなたは……イスラム系の方ですか」

「はい。こんな肌の色していれば、みんなそう思いますよね……」

「………落ち込む必要無いと思うんですけれども」

 

女性はイスラム教徒だった。

 

世界三大宗教、仏教、キリスト教、イスラム教。

その内のひとつである。

この3つの中でも、イスラム教には珍しいルールが多い。

 

1日5回、聖地(メッカ)への礼拝。

豚肉の摂取禁止。

一定期間における、日没までの断食(ラマダン)

そして、預言者(ムハンマド)の絵画的描写の禁止。

 

日本人からすれば、かなり辛いだろう。

だがイスラム人は、生まれたときからこれらのルールを守っている。

 

だが、イスラム教では過激派組織が流行している。

それらは世間からテロリストとして捉えられている。

 

そして、事件は起こってしまった。

 

「……………911…」

「はい……そう、ですよね……あんな人殺し集団の仲間なんて、みんな嫌ですよ…」

「人殺し、集団……」

 

2001年9月11日、アメリカ同時多発テロ事件。

史上最悪のテロであり、彼女らイスラム教徒が差別される原因ともなったであろう事件。

世界中を恐怖に陥れた。

 

もう三年前のことである。

 

ウサマ・ビンラディン率いるイスラム過激派組織「アルカイダ」が主犯となって引き起こしたとされているこの事件。

4機の航空機がジャックされ、多くの人々を不幸にした。

小学生でも知りうるような有名な被害が二つある。

 

まず、世界貿易(ワールドトレード)センタービルの崩壊。

8時46分、アメリカン航空11便が北棟に突っ込んだ。

北棟は爆発炎上したが、この時点ではまだテロとの確信は得られておらず、ブッシュ大統領も航空事故だと考えていた。

 

9時3分、多くのメディアが臨時ニュースをお茶の間に届けている最中だった。

2機目のユナイテッド航空175便が南棟に突入した。

 

リアルタイムで世界中のお茶の間に届けられた、「死」の瞬間。

世界中の人々が、確信した。

これはテロだ、と。

 

同時59分、南棟崩壊。

10時28分、北棟崩壊。

 

世界貿易(ワールドトレード)センタービルだけでも、約1700人もの人々が犠牲となった。

その犠牲の中には女や子供、イスラム人、日本人だっていただろう。

現在、跡地はグラウンド・ゼロとして残っている。

 

ビルから上がっていた黒煙には、悪魔の顔のようなものが映っていたとか。

 

そして、国防総省庁舎(ペンタゴン)への突撃。

 

2機目の航空機が世界貿易(ワールドトレード)センタービルに突っ込んでから35分後。

国防総省庁舎(ペンタゴン)に、アメリカン航空77便(ボーイング757)が突入した。

 

幸い補修工事のためその場にいた人数は少なかったが、それでも航空機の乗員全員と、国防総省(ペンタゴン)職員189人が犠牲となった。

 

まるで夢のような大事件である。

しかし、これは現実なのだ。

 

すると突然、女性の頬を涙が伝う。

 

「私…あの事件があってから学校でもいじめられて……男子も、女子も、先生すらも、みんな言うんです。人殺しー、人殺しー、って………」

 

この事件があってから、世界でのイスラム教徒差別はますます勢いを増した。

彼女も、その被害者である。

 

「…実は私、その時現場にいたんです」

「っ…………!」

 

女性の言葉が詰まる。

久宇舞弥は彼女に子守唄を歌うように優しく語り始めた。

 

 

あの時、私は仕事の都合でアメリカにいました。

あのビルの近くび止まっていて、仕事は済んだので帰国しようと電車の駅に向かっている時でした。

 

突然、飛行機がビルに突っ込んでいったのです。

 

何分かして、多くの報道陣がニュースの撮影を始めていました。

これは実に不幸な事故だと、キャスターの女性はそう言っていました。

 

しかし、私にはわかりました。

本当に事故なのなら、あんなに真っ直ぐ向かっていったりはしない。

高度が全く下がらず、平行に飛行していた。

これは事故ではなく、事件なんだ、と。

 

すると、隣のビルにも飛行機が突っ込みました。

ビルは燃えて、崩壊しました。

 

私は心配して、ついビルの近くに行きました。

ビル崩落の被害を受けるほどの距離ではありませんでしたが、私は恐ろしい光景を目にしました。

 

おびただしいほどの、死体。

()()()()死体。

 

ごしゃっ、ごしゃっ、と、辺りで肉が叩きつけられる音がしていました。

もしやと思い上を見上げると、

 

()()()が。

 

その悲劇に絶望した人々が、ビルの上部高くから、自ら命を絶っていたのです。

下にいた消防隊や避難者にもぶつかり、たくさんの人が死にました。

 

電話がかかってきました。

ヨーロッパで働いている、いわゆる私の相棒のような人です。

 

『今ニュースを見た。そっちはどうなっている?』

「酷い状況です……あの世界貿易(ワールドトレード)センタービルが崩れて……上から、人が……これは、流石に…うぅっ」

『クソッ!そんな…また無実な人々が、無意味に死なないとならないのか!これじゃあ救われる方より、犠牲になるほうが圧倒的に多い…ッ!』

「私は、どうすれば………」

 

気付いたら、私は泣いていました。

彼の前では強がってばかりいた自分が、彼に聞かせた唯一の泣き声でした。

彼も泣きそうでした。

守られるはずの人々が犠牲となってしまった、この現実に。

 

『…………日本に帰ってこい。僕も戻る』

「うっ……あ、っあ…」

『どうしても、というのなら少しくつろいでこい。君は現実を知りすぎた。少し………心を休めるんだ』

「…………ッ……………はい…」

 

私は、人の死に対して耐性がありました。

しかし、流石にあれほどの惨状を目の前に、私は耐えきれませんでした。

 

人の心に、絶望しました。

こんなこと、人間のすることじゃない。

奴等に人の心はないのか、と_______

 

 

「_____そうして、3日後に私は帰国しました」

 

長い話が終わる。

久宇舞弥は、先程と変わらぬ表情で女性を見つめている。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい、ごめんなさい…!私達が……こんな私達のせいで…!」

 

泣きじゃくる女性の頭を、久宇舞弥は自らの胸に抱きかかえる。

 

「あなたは悪くない。人には必ず善と悪が均等にあるから。ちょっと、奴等の悪が善に勝っていただけです。誰でもあり得ることなんですから。それに、ケーキの前でこんな話は似合いませんよ。せっかくのケーキがおいしくなくなっちゃう」

 

そのまま、久宇舞弥は女性の頭を撫でた。

サラリとした髪の質感が肌を刺激する。

 

女性は、久宇舞弥に励まされ立ち直った。

 

「ッ……そう、ですよね…ケーキ買いに来たんですもんね。こんな話、似合いませんよね!」

「そう、それでいいんです。嫌なことは全部忘れて、今を精一杯生きてください」

 

そう言うと、久宇舞弥はレジに向かった。

カバンから財布を取り出している。

 

「あれ…どうしたんですか?」

「買うもの決めたので、一応待ち合わせの時間があるのでそろそろ失礼しようかと。あ、この「マロンのベターショート」でお願いします」

「そうですか……ちょっと、寂しいかな」

「そんなこと言わないでください」

 

久宇舞弥は女性の方に振り返る。

 

「所詮、私達は赤の他人同士。こんな話は、たわいもない挨拶程度に捉えてもらって結構です」

 

店員からケーキのはいったケースを渡されると、慎重に持ちながら店を出ようとする。

すると、先程の女性が彼女を引き止めた。

 

「あの……!」

「どうしました?」

「そ、その……良ければ、お名前を…………」

「なんだ、そんなことですか」

 

久宇舞弥は呆れたように溜息をつく。

そして、名乗った。

彼女の名を。

 

久宇(ひさう)舞弥(まいや)。どこにでもいる、ちょっとセクシーな家庭教師です」

 

そう言い残し、彼女は店を後にした。

 

「久宇舞弥、かぁ……」

 

今の自己紹介は、一部自画自賛にも聞こえた。

思い出して、女性はプッと吹き出す。

 

「色んな人が、いるんだな…」

 

彼女はイスラム教徒だ。

イスラム教は、犯罪組織を生み出した。

しかし、彼女は彼女だ。

過激派などではない。

彼女は彼女なりに、イスラム教徒なりに、生きる。

 

少しだけ、視界が明るくなった気がした。

 

「______ん?」

 

しかし、ひとつだけ疑問が残った。

 

彼女の話した、911当時の自分の話。

今考えてみると、その話の中にひとつ、矛盾点があった。

 

『私は、人の死に対して耐性がありました。

しかし、流石にあれほどの惨状を目の前に、私は耐えきれませんでした』

 

確かに彼女はこう話した。

 

明らかにおかしい。

 

()()()()()()()()()()()()()って、何_____?」

 

 

 

同時。

 

「お、おおぉおおぉぉおおお!!」

 

イリヤは店頭のモニターに釘付けになっていた。

何故なら、

 

『ニチアサでお馴染み「魔法少女マジカル☆ブシドームサシ」が、待望の映画化!舞台は、なんと神代!?魔獣巣食う古代都市ウルク。伝説の魔獣ゴルゴーン復活の危機!このままでは世界が全て石にされてしまう!そんな時、ムサシちゃんの前に一人の少女。彼女の正体とは!?「映画 魔法少女マジカル☆ブシドームサシSLASH 蛇の魔獣と金星の女神」!11月下旬公開予定!乞うご期待っ!!』

 

イリヤは「魔法少女マジカル☆ブシドームサシ」の大ファンである。

 

「………何よ、そんなガッツポーズなんかして。なんか大往生しそうなんだけど」

「ああ……我が生涯に一片の悔い無し………………っ」

 

かつて、イリヤはブシドームサシ1期目のDVDBOXを一気に観たという伝説がある。

観る間に時間をあけることすら許さない。

これがイリヤのブシドームサシ愛である。

 

なお現在、日曜朝に2期目「魔法少女マジカル☆ブシドームサシSLASH」が放送中である。

 

「……ハッ、そうだ、前売り券買わないと!せっかく貯めてたお小遣いだけど、こればっかしは仕方が無い!コンビニで売ってるかな?それとも劇場限定かな?今のうちにどこに観に行くか決めとかないと。でも、買い方わかんないし……」

「はぁ…あんなお子ちゃまアニメ、何がいいんだか…あーバカバカしい」

 

イリヤの呪文のような独り言を聞いていたクロが異議を唱える。

その異議は、その手のマニアにとっては禁句(タブー)とも言えるものだった。

 

「クロ、ムサシちゃんをバカにするの!?何も知らないくせに!」

「知ってるからバカにしてるんでしょ。「愛と正義と仁義の使者」ぁ?ハン、素人が付けそうな二つ名ね」

「かっこいいでしょ!くぅーっ、ムサシちゃんばかりバカにして!じゃあ、そっちがどんなの観てるのか言ってみてよ!バカにしてあげるから!」

 

イリヤの挑発を耳にした瞬間、クロの頬が緩む。

 

「名前は伏せとくけど、ハーレム物。女子校に転校してきた唯一の男子である主人公に発情した女子達が、主人公を奪い合う。女子達は片っ端から主人公に性技(パフォーマンス)を繰り出し、主人公の心を掴もうとする。地上波放送版では不適切描写を修正済み。円盤?もちろん買ったわよ」

 

最後の言葉を聞いた時、イリヤはハッとする。

 

「もしかして、お兄ちゃんの机に隠してあったあのBlue-rayって…!」

「ああ、見つかっちゃってた?隠すには最適だと思ったんだけど………」

 

そのBlue-rayのパッケージを思い出し、イリヤの顔がみるみる赤くなる。

 

「ほらほら、バカにするんじゃないの?言ってみなさいよ、ほら!」

 

そう、そのアニメは、

紛れもない、一般エロアニメであった。

 

「_____変態!!」

「我々の業界ではご褒美です」

 

普段のクロらしくない反論がイリヤを貫き、撃沈する。

完全に、イリヤの敗北である。

 

「さ、もう行きましょ。買いたいのあるんじゃないの?」

「うるさい、この変態」

 

もはや変態が定着してしまったクロだが、気にせずに歩き始める。

そして、さりげなくイリヤもついていく。

 

もしや、イリヤはツンデレなのか。

 

「でイリヤ、何よ買いたいものって?」

「うん、とね………………ムサシちゃんのTシャツ」

「あら、アナタそんな趣味あったの!意外〜」

「変態に言われたくないっ!」

「もう変態って呼ぶのやめてくれる?別に嫌じゃないけど、名前じゃないとちょっと寂しくなってきたんだけど」

「わかった変態(クロ)

「ルビやめい」

「メメタァ」

 

何のことかわからない会話をしつつ、道を進む。

 

アニメキャラクターのTシャツというのは、そんじょそこらじゃ滅多に売っていない。

しかしこのマウント深山、「とらのくら」という同人ショップが存在する。

 

イリヤは先日、そこにブシドームサシのTシャツがあるということを突き止めたのだ。

 

「にしても、よくそんなことがわかったわね。どうせ雀花でしょ?」

「ぐ、バレたか…」

「別にそんな隠すようなことじゃ…」

 

とらのくらのある通りへの角を曲がる。

遠くに見えたとらのくらは、休日ということもあって多くのヲタクで賑わっていた。

 

この中に女子小学生二人が入るという事実に、イリヤは少したじろぐ。

 

「どうしたの?」

「……私達が、あの軍団の中に…」

「そうね…結構ぽっちゃりさん多いし、ちょっと抵抗あるかもね」

 

ムサシちゃんTシャツのため!と、イリヤは心を改め進む。

 

すると、どこの店舗だろうか、コンパニオンの格好をした美女たちが広告入りのポケットティッシュを配布していた。

 

「いらっしゃいませーどうぞー!」

「よろしくお願いしまーす!」

 

「あっ、可愛い!さっすが大人、私達にはあんなの似合わないわ」

「そうだね。大人だからこその魅力もあるかも」

「真面目に語っちゃってぇ、最近おかしくなってきたんじゃなぁい?」

「そっそんなことないもん!」

 

ぷん、と頬を膨らませる。

 

「まぁ折角なんだし、一個貰ってきなさいよ。貰って損はしないでしょ?」

「うん、わかった。一人分だけでいい?」

「ええ。アタシ、基本ティッシュ使わないし」

 

個数の確認を終えると、イリヤは近くにいたコンパニオンへ近寄る。

するとコンパニオンは、笑顔でティッシュを差し出してくれた。

 

「お嬢ちゃん、ありがとう♪」

「はーい!」

 

イリヤは差し出されたティッシュを、同じく笑顔で受け取る。

そのコンパニオンも実に美しかった。

 

短髪の赤い髪が、意外にもコンパニオン衣装に似合う。

慎重も高めでグラマー。

そして目元にはチャーミングな泣きぼくろ。

 

バゼット・フラガ・マクレミッツのような、美しい女性だった。

 

 

というか、バゼット・フラガ・マクレミッツそのものだった。

 

 

「ぬうおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

「びゃああああああああああああああああああああああああああ」

 

二人は叫んだ。

 

「ちょちょっ、どうしたのイリヤいきな___バゼット!?」

 

クロも間違えない。

そう、コンパニオン衣装でポケットティッシュを配るバゼット・フラガ・マクレミッツがそこにいたのだ。

 

「何やってんのアンタ…?」

「な、何って……バイトです!」

「バイトってのは何でもやれりゃいいってもんじゃないのよ!」

 

鋭いツッコミが炸裂し、バゼットはうつむく。

その顔は、ほんのりと赤い。

 

彼女があの冷酷残忍な封印指定執行者とはとても思えない。

 

しかしひとつ疑問が。

 

「あれ、バゼットさんって確か死痛の隷属(痛覚共有の呪い)かけられてた気が…」

 

死痛の隷属。

クロにもかけられている、彼女らが痛覚共有の呪いと呼ぶものだ。

 

かつて、とある貴族が用いていたという呪術。

その名の通り、双方の痛覚を共有するというもの。

双方向ではなく、この場合で言うイリヤからクロへの一方的な痛覚共有。

イリヤの痛みはクロに伝達するが、クロの痛みはイリヤに伝達しないのだ。

 

エーデルフェルト邸襲撃の際、抑止力としてバゼットにこれがかけられた。

イリヤ本人の「死」は、対象にも伝達する。

つまり、バゼットがイリヤを殺せば、自分も死んでしまうのだ。

 

なので、生活費を稼ぐために、こうして普通にバイト生活を送っているのだ。

 

ちなみに、稼がないといけないのは、バゼットのカードがルヴィアの企みによって止められたため。

 

今回のコンパニオン衣装、へそが丸出しなのだ。

なのに、死痛の隷属らしき紋章は見当たらない。

 

「ああ、それなら……もう解除してもらいましたが」

「え”っ」

 

クロは思わずドスの利いた声を上げる。

 

「解除って…誰に!?まさか、自分でやったの!?」

「いえ、某シスターに解呪してもらいました。私でも時間をかければ解呪できたのでしょうが、私のルーン魔術は攻撃専門である故…」

「解呪系の魔術は習得するのにエラく時間が掛かる、ってことね」

 

だが、イリヤはふと疑問に思う。

 

「ぼう、シスター?」

 

バゼットは死痛の隷属を某シスターに解呪してもらった、と離していたが、某シスターとは一体誰か。

あれからあまり時間は経っていないので、冬木市内だろう。

このあたりでシスターと呼べる人物は_____

 

一人、いた。

 

邪悪な笑みを浮かべる、白髪の魔女が。

 

「奴ね……ッ」

「で、でも、解呪したからといって、もう私に襲う気はありません」

 

それもそうだ。

何せ彼女は、幾つものバイトでやっと食いつないでいる状態。

そんな状態でイリヤを殺してでもみろ。

きっと、「死」以上の苦痛が彼女を襲う。

 

あとちゃんとバイトしないと餓死する。

 

「…………ということで、ここはそろそろ去ってはくれませんか。一応バイト中でして、同僚の目もありますし…」

「そうね。お偉いさんにバレたらどうなるかしら?」

「うぅ……それは私が一番わかっています………っ」

 

ばいばーい、と、イリヤ達は手を振りながら去っていった。

 

案の定、隣の同僚に声をかけられる。

 

「随分小さなお友達でしたね?」

「べっ別に…お友達と言えるほど親しくはありませんっ!」

 

彼女の心は、確実に開いていた。

 

 

 

数時間後、夕方。

 

バゼットはその日の仕事を終え、いつもの男装姿で帰路についていた。

 

「まさか、あんなところであの二人に出会うとは……上司にも笑われてしまっ…………うぅ〜っ」

 

イカツイ体格の男装地味巨乳女が顔を両手で覆い道を歩くという、極めてシュールな光景が広がる。

しかし、それを見るものは誰もいない。

 

何故なら、ここは深い樹海の中だからだ。

 

どうしてこんなところにいるのか。

それはもちろん、この樹海の中にバゼットの自宅があるからだ。

 

では、どんな自宅か。

 

「着いた着いた。ふぅ、今日も疲れました。早いところ寝てしまいましょう」

 

一人敬語を呟きながら樹海を抜け、広い空間に出る。

 

そこにあったのは、白い屋敷だった。

 

これが、バゼットの自宅だ。

何階も、何平米もある大きな屋敷。

大きな正門。

見方によっては城とも見て取れる。

 

これを見つけたのは数週間前だった。

バゼットはふと、ログハウスを建てようと思い立ち、所有者のないフリーの樹海に足を踏み入れた。

なかなか質の良い木が見つからず、そのままどんどん奥へと進んでいった。

その果に発見したのが、この屋敷である。

 

彼女はログハウス建設を断念し、屋敷に住むことにした。

 

蜘蛛の巣こそ張っていたものの、いざ掃除してみるととても美しい仕上がりとなった。

光熱費どうしよう、バゼットは考えた。

しかしこの屋敷に電線はつながれておらず、火をつけるタイプの照明だった。

これならいつも通りのやり方でやっていけそうだ、彼女は思った。

 

彼女はこの屋敷を「フラガ城」と名付けた。

 

だが、最初正門から入ったとき、問題が発生した。

この屋敷、トラップが仕掛けられていたのだ。

 

入ってすぐは暗くて何も見えなかったが、明かりをつけてみると通路の端の像と像の間にワイヤーが仕掛けられていた。

遠くからアンサラーを転がし起動させてみると、両端の像が弾け、中から大量のパチンコ玉がとてつもない速度で飛び出してきた。

クレイモアである。

 

あまりの速度にバゼットは頬をかすってしまった。

傷一つない状態で保たれていた玄関は、一瞬でクレーターと化した。

 

そのクレーターは、今も玄関に残っている。

 

問題だったのは、それらのトラップが屋敷中に張り巡らされていたことだ。

こんな事ができるのは並の人間ではない。

それこそ元軍人か、策略家か。

もしくは、居場所を突き止められたくない孤高の暗殺者か。

 

バゼットはすぐに考えるのをやめた。

そんな考えは、この生活には不要である。

 

面倒なだけだ。

 

「さて、明日のシフトはいつ入っていましたっけ…」

 

バゼットはフラガ城へと入り、ゆっくりと休息をとった。

明日のバイトに備えて。

 

ちなみに、この屋敷にはベッドがあったが、今もなお遊園地でのバイトで貰ったきぐるみを寝巻き代わりに使っている。

なんでも「初心忘るべからず」だとか。




自分でもよくわかんない回でした。
正直やっつけ。
「彼」が「彼」らしい発言をした初めての回でした。
良いお年を。
なお今作の時代設定は2003年秋。

「びゃああああ」がバゼットです

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