08/07/17 加筆・修正
才人が先程の広場に戻ると、テーブルの一つが妙に騒がしい。
「ギーシュ、お前は誰と付き合っているんだ?」
「そうだ!そろそろハッキリと教えてくれ!」
口々に冷やかされ、問い質されるギーシュと呼ばれたブロンドの生徒はフリルをあしらったシャツを着ており、手には薔薇の花があった。その出で立ちは正しく気障の代名詞だ。
「付き合う?薔薇と言うのは、多くの者を魅了する為に咲く花。それと同じ様に、僕には特定の女性なんていないのさ。」
そう言いつつ、ギーシュは足を組んだ。その拍子に、ズボンのポケットから何かが零れ落ちた。鮮やかな色の液体が入った小瓶である。
「ミスター、落とし物です。」
丁度皿を下げに来たシエスタがそれに気付き、瓶を彼に差し出した。ギーシュは彼女を鬱陶しそうに見ると、瓶を持った手を押しやる。
「それは僕のじゃない。」
「いえ、しかしポケットから———」
「同じ事を言わせるな、それは僕の物ではない。」
だがその瓶に見覚えがあるらしい生徒が声を上げる。
「それは・・・・香水か?もしや、モンモランシーの香水じゃないか?その鮮やかな色は間違い無い!『香水』のモンモランシー謹製の物だ!ギーシュ、つまりお前は今モンモランシーと付き合っている。そうだろう?」
「違う。彼女の名誉の為に言っておくが———」
「ギーシュ様・・・」
その場のやり取りを聞いていた。茶色いマントを身に付けた女子生徒の一人が目に涙を溜めながらギーシュを見つめる。
「やっぱり貴方は、ミス・モンモランシと・・・・」
「そうじゃない、ケティ。良いかい?僕の心の内に住んでいるのは———」
だがギーシュの言葉は泣きながら走り去るケティには届かなかった。
「ギーシュ、あんたやっぱりあの一年生に手を出していたのね・・・・?」
ギーシュの本命らしいモンモランシーはその特徴的な巻き毛が逆立たんばかりの怒気を放っており、その凄みのある声にギーシュは顔からさーっと血の気が引いて行くのを感じた。
「ああ、お願いだ、『香水』のモンモランシー。咲き誇る一輪の花の様に可憐なその顔を怒りで歪めないでおくれ、僕まで悲しくなってしまうじゃないか!」
必死で彼女を宥めようとしても、今のモンモランシーにそんな事を言った所で彼女には薄っぺらい美辞麗句を並べ立てているだけにしか聞こえない。小気味の良い破裂音と共にギーシュの頬を彼女の平手が打ち抜いた。
「この嘘つき!」
そう怒鳴ると、足音荒くその場を去って行った。
「全く・・・・君がその瓶を拾ったお陰で彼女達に要らぬ誤解を与えてしまったじゃないか!それだけじゃない、二人のレディーの名誉まで傷つけた!どうしてくれるんだね?」
「も、申し訳ありません!どうかお許し下さい!!」
「いいや、許さない。」
深々とシエスタは頭を下げたが、ギーシュは聞き入れず、薔薇を振り上げた。
「クソが。」
才人は低い声でそう毒突き、近くのテーブルからデザートナイフを取り、投げつけた。回転するナイフは狙い違わずギーシュの手に命中し、杖を取り落とさせた。
「いっ?!・・・・誰だ?!」
「気取った振る舞いもそこまでにしとけよ。」
第二射を何時でも放てる様に、ティースプーンをその手で弄んでいた。
「同じ場所で女二人に声をかけた時点で失敗は目に見えている。上手く立ち回ればどうにかなるかもしれないが、少なくともお前はそれが出来る程の器用さや機転を持ち合わせちゃいない。」
「何だと?」
「それに加え、無抵抗の女に手を上げようとした。品性を疑いたくなる。それに加え、自分が二股をかけていたのを他人の所為にするその器の小ささ。貴族以前に同じ男として恥ずかしい。」
図星を突かれ、ギーシュの顔に赤みが差したが才人の正体に気付くと直ぐに鼻で笑い飛ばした。
「ふん・・・ああ、君は、ゼロのルイズが呼び出した平民の使い魔だったね。貴族に対する礼儀を知らない様じゃまともな親に育てられなかった様だね。」
才人のこめかみがピクリと引き攣った。
「あ?」
「聞こえなかったのかい?君はクズな親に育てられた同じ様なクズだと言っているんだ。」
瞬間、才人の纏う空気が一変した。穏やかだった物が一瞬にして張り詰め、冷たくなる。近くにいた生徒達もそれに気付き、ゾクリと鳥肌が立った。だが悦に浸ったギーシュはそれに気付いていない。
「撤回しろ。」
「何をだね?」
悪びれもせずにギーシュは聞き返す。
「俺の親に対する侮辱を取り消せと言っている。手遅れになる前にな。」
「ならば決闘で決着を着けようじゃないか。」
薔薇を突き付けながらギーシュは高らかにそう言った。
「君は平民の、使い魔の分際で貴族を侮辱し、剰え手を上げた。覚悟は良いな?」
「何時でも出来てる。その前に、一つ確認しておきたい事がある。お前がこれを決闘と明言した以上、過程でどちらがどうなっても恨みっこ無し、と解釈して良いんだな?」
「勿論だとも。では、ヴェストリの広場で待っている!謝罪の言葉でも考えておきたまえ。」
マントを翻して高笑いしながらギーシュは去り、他の生徒達もその後に続いた。
「あんた、何してるのよ!」
騒ぎを見ていたルイズは目尻を吊り上げて才人に詰め寄る。
「決闘の約束を取り付けられた。」
「分かってるわよそんな事、こっちに来なさい!」
ルイズは才人の袖を掴んで歩き始めた。
「何勝手に決闘の約束なんかしてるのよ!」
「どこに行くんだ?」
天を仰ぎながら才人は鬱陶しそうに尋ねる。
「ギーシュのとこよ。今なら謝れば許してくれるかもしれない。」
だが才人はルイズの手を振り払った。
「お断りだ。奴は・・・・・先生を侮辱した。先生を・・・・・」
モンモランシーとは違う静かな、刺す様に冷たい真冬の寒波の様な怒りが才人を包んでいた。だがルイズはそんな事などお構い無しに捲し立てる。
「あんた何も分かってないわ!平民は貴族には絶対勝てないの!打ち身や擦り傷の怪我で済めば良い方なんだから!」
だが才人はルイズの言葉には耳を貸す事無く、ヴェストリの広場へと向かって行った。
「いやあ、これは見物だねえ!」
「マリコルヌ!」
まるで新しい見世物小屋に向かう様な能天気な物言いにルイズは声を荒らげた。
「あ〜〜〜、もう!使い魔の癖に勝手な事ばかりするんだから!!」
仕方なしにルイズもその後を追う。
ヴェストリの広場では既にギャラリーが集まり、ギーシュを中心に輪になっていた。
「逃げずに来た事は誉めてやろう。」
「御託は良い。さっさと始めるぞ。」
「待って!」
ギャラリーを掻き分けてルイズはギーシュの方へ駆け寄った。
「ギーシュ、いい加減にして!そもそも決闘は禁止されているじゃない!」
「あれは貴族同士に限っての事だ。彼は平民、問題は無い。それともルイズ、もしや君はその平民にその乙女心を動かしているとか?」
「そんな訳無いでしょ!?自分の使い魔がワザワザボロクソにやられるのを黙ってみていられる訳無いじゃない!」
ルイズは顔を赤くしながら言い返す。
「君が何と言おうと、決闘はもう始まっているんだ!」
ギーシュは薔薇を一振りすると、花弁が一枚地面に落ちた。土に触れた瞬間、そこから等身大の槍を持った鎧兜の人形が現れる。
「僕の名は『青銅』のギーシュ。従って青銅のゴーレム、ワルキューレがお相手する。メイジである貴族が魔法を使って戦うのは当然の事だ、よもや文句はあるまい?」
「無いな。」
接近して殴り掛かって来たワルキューレの拳を僅かに体を動かしていなすと、ワルキューレを素通りして一気に駆け出した。命無き人形など相手にした所で無駄だ。拳を固め、ギーシュを凝視したまま接近する。
「そうはさせない。ワルキューレ!」
気迫に押されはしたものの、ギーシュは慌てて杖を振って更に三体のワルキューレを呼び出した。そして三体共剣や槍などで武装している。同時に飛びかかるも彼らの武器は才人にの両腕を覆う籠手によって阻まれる。
腰を落としてワルキューレの足の間を飛び抜け、再びギーシュに迫った。右腕の振り払う動作と共にコートの袖口から鎖に繋がれたゴルフボールサイズの鉄球が飛び出した。蛇の様に地を這う鎖はギーシュの足を絡め取り、バランスを崩させた。受け身の取り方を知らない彼は片足立ちのまま危なっかしくよろめく。
しかし才人は彼が体勢を立て直すのを待つ程優しくはない。バランスを崩した瞬間彼に向かって一直線に距離を詰めた。その勢いを利用して体勢を低く保ったまま鳩尾に拳を叩き込む。ギーシュの顔は土気色に変わり、倒れ込んだ所で追い討ちの二発目、三発目を同じ場所に食らってその濃さが増していく。
最初こそ歓声を上げていたギャラリーは、今では水を打った様に静まり返っていた。誰も言葉が出ず、中には顔を背けている者もいる。魔法を使う貴族相手に平民がどう奮戦するのか、そして場合によっては悪戦苦闘の末ボロボロに負ける様を楽しみにして来ていたのだが、いざ始まるとその真逆。開始から間も無く、最初こそ平民を寄せ付けなかった物のギーシュはボロ雑巾にされ、決闘は一方的な蹂躙に変わってしまった。
腹を抑え、体をくの字に折った所で髪の毛を掴むと飛び膝蹴りで額をを容赦無く打ち抜いた。あまりの衝撃にギーシュの体は地を離れ、仰向けにひっくり返る。待てと言いたくても痛みと呼吸困難ででまともに喋る事が出来ない。先程の膝蹴りの衝撃で視界も歪み、ぼやけている。脇腹を足で小突かれ、うつ伏せにさせられた。そして腰を中心に背中に拳とエルボーの連打が襲う。
「さてと。仕上げだ。」
ギーシュの背中に腰を下ろしたが、人垣を割ってルイズが乱入して来た。
「もうやめて!!もう良いでしょ!?アンタの勝ちよ!勝負はついたんだから!」
「いや、ついてない。こいつが言ったんだぞ?これは決闘だとな。ギーシュとやらはまだご存命だぞ。」
そして自分を取り囲むギャラリ—に目を向けた。
「聞いてる奴もいた筈だよなあ?こいつは間違い無く決闘と言った。」
頷く者はいなかったが、かと言って否定する者もいなかった。殆どの者が顔を見合わせ、黙りこくる。
「どちらかが死ねば決着がつく。どちらが死んでも恨みっこ無し。決闘とはそう言う物だ。部外者は黙っていろ。」
「部外者じゃないわよ!アンタは私の使い魔、私はアンタのご主人様よ!」
「たとえそうだとしても、この決闘に於いては部外者だ。コイツの命をどうするかは俺が決める。」
「ま、待っでぐれ・・・・」
ようやく漏れた掠れ声での懇願も虚しく、才人のスリーパーホールドで彼の意識は途絶えた。
「ちょっ!?」
「気絶させただけだ。しばらくすれば目を覚ます。」
決闘騒ぎの一部始終を『遠見の鏡』と言うマジックアイテムで見ていたオスマンとコルベールは長らく黙っていたが、やがてオスマンが沈黙を破った。
「・・・・・勝ってしまいましたな、あの青年。」
「うぅむ・・・・しかし一体どんな訓練をどれだけ積めばあそこまでの事が可能なのじゃ?見た所、彼はまだ二十歳にもなっとらんぞ。希代の、とまでは行かぬかもしれんが間違い無くハルケギニアでも五指に入る腕前じゃ。あやつがもし本気になれば、まだドットメイジのグラモンのバカ息子などあっと言う間に死んでおったじゃろうて。」
メイジ殺しと言うのは、その名の通り魔法を使えないにも拘らずメイジを葬る事が出来るだけの技術と力を持った人間を指す。オスマンは才人を大人びた礼儀正しい普通の青年だとばかり思っていたが、戦闘中とそうでない時の豹変振りに、少なからず恐怖を覚えていた。
「だとすれば、ミス・ヴァリエールの説得が通じた事と彼の慈悲に感謝、じゃな。」
「しかし、少々厄介なのでは?伝説では、『ガンダールヴ』は詠唱をする間主を守る存在。千の軍隊を一人で壊滅させる事が出来る、とあります。『メイジ殺し』の平民がそんな力を手にしたとなると・・・・」
「うぅむ。しかし、王室にこの事を報告する訳にも行くまい。あっと言う間に戦火がこの大陸中に広がってしまう。本人はそう好戦的ではないと言う印象を儂は受けとるんじゃがのう。まあ、今は様子を見るしか無いわい。」
決闘の後、才人は生徒達が茶を飲み、菓子を食べていた広場に戻った。決闘の最中殆どの生徒が行く末を見物しに来ていた。となればそのまま放置されている可能性が高い。食べたところで誰も何も言わないだろう。
そう考えていたが、既に茶器も食器も片付けられた後だった。げんなりして腹を抑えると、再び腹の虫が催促を始める。
「くっそ・・・・・」
「サイト、さん・・・・?」
中途半端に残った食器をトレーに載せているシエスタがいた。
「よお。とりあえず、勝ったぞ。」
「え・・・・?勝った・・・・・貴族の方に、ですか?!」
「向こうが死んでいない以上、正式に決闘に勝ったと言えるかどうかは分からんが、ある程度痛めつけてやった。もう奴にちょっかいを出される事は無い筈だ。」
堪えられない程ではないが、空腹で少しばかり腹が痛くなって来た。手近な椅子を引き寄せ、そこに座り込む。
「ありがとうございます!本当に、ありがとうございます!」
シエスタはヘッドドレスが吹き飛ばんばかりの勢いで何度も頭を下げた。
「俺が勝手に首を突っ込んだ事だ、気にしなくていい。ああ、それより、トレーの上のそれ、誰も食べないんだったら貰っても良いか?」
食べかけのケーキが載った皿を指差した。
「それは良いですけど・・・・・」
才人は直ぐにそれを手で掴み大口を開けて噛りついた。物の三口でそれを平らげると、再び才人の腹の虫が盛大に鳴った。
「すまん、昨日の朝から何も食っていなくてな。今朝にお茶を少し飲んだだけなんだ。」
「まあ、そうなんですか?じゃあ、厨房にいらして下さい。賄いならありますし。」
「本当か?それはありがたい。」
シエスタにつれられ、食堂の裏側にある厨房に向かった。
厨房はやはりと言うべきか、かなり広く、大量の食器、調理器具、ワイン、そして調味料などが整頓されておいてあった。丁度調理台ではコック帽をかぶった大柄な中年の男が包丁を扱っており、見習い達に手本を見せていた。
「おお、シエスタ。戻ったか。ん?そいつは?」
「あの、マルトーさん、彼です。私を助けてくれたのは。」
「おお、そうか!!あんたが!あんたが『我らの戦士』か!」
マルトーと呼ばれた男の言葉に、才人は目を見開く。
「『我らの戦士』?どう言う事ですか?」
「隠すこたぁねえよ、うちの見習い二人が見てたんだぜ?あんたが鼻持ちならない、高慢ちきな貴族のボンボンをタコ殴りにした所を。」
厨房にいた皆は嬉しそうに才人に拍手を贈った。
「なるほど。」
ギーシュが油断していた上、見慣れない武器で意表を突く事が出来たから良かった物の、正直首を突っ込んだのは危なっかしい賭けだった。いざ負けそうになれば銃でどうにか出来たかもしれないが、人前で見た事が無い様な武器をワザワザ見せつける訳には行かない。鎖分銅程度ならまだ大丈夫だろうと使ったが、これからはもっと気をつけなければ。
「で、どうしたんだ?」
「サイトさん、昨日の朝から紅茶しか口にしてなくて・・・・」
「何?!そりゃいかん!」
マルトーは即座に火にかけてあった鍋からシチューを掬い、大きな碗に並々一杯注いだ。他の見習い達も付け合わせのサラダを手早く作り、テーブルに置いた。
「さあ、食ってくれ、『我らの戦士』よ!」
「こんなに良いんですか?」
「どうせ貴族連中の余り物だ。シチューは賄いだが作ったのはこの俺だ、味は保証するぜ。」
「じゃあ、頂きます。」
才人はシチューを一口飲んだ。細かく刻んだ野菜や肉などのシンプルな具材が入った物だったが、シンプルであるが故に味わえる旨味が口一杯に広がった。
美味い。
二日近く飲まず食わずで過ごしていた才人は箍が外れた様に食べ始めた。気付いた時には、出された皿は全て空にしてしまっていた。
「みっともない所をお見せしました。」
と、汚れた口元をナプキンで拭いながら詫びる。
「いやいや、気にする事は無いさ。流石は『我らの戦士』だ、気持ちの良い食いっぷりだったぜ。ハシバミ草のサラダまでそのまま食っちまうんだもんな。」
「ハシバミ草?」
「そのサラダに使ってた野菜さ。かなり苦みがキツいんで好きな奴はそうはいないんだが。」
「ああ、あれが。苦みも旨味のうちだと思ってますから。にしても、残り物はそんなにあるんですか?」
「おう。」
頷きながら、マルトーは悲しそうに首を振る。
それを聞いた才人は顔を顰めた。中国では多少残す事が満足したと言う事を示唆するが、基本的に出された物を黙って完食するのは料理人に対する基本的なマナーの一つだ。
「罰当たりな。まるで食べ物のありがたさを分かってない。」
「だろう?俺もそう言いたい所なんだが、如何せん俺達平民は貴族にゃ逆らえねえからな。けどアンタのお陰で溜飲も下がったし、また仕事に励める。腹が減ったら何時でも来な。幾らでも食わせてやる。」
「ありがとうございます、マルトーさん。」
「そう堅くなるなって、同じ平民同士だろう?」
大人の太腿程もある太い腕を肩に回され、才人は苦笑した。
「そうですが、俺は他人に出せると認められる程の料理を作る事が出来る方は誰であれ尊敬に値すると考えています。ご馳走様でした。」
才人は皆に深く頭を下げて手厚く礼を述べると、厨房を後にした。