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私とエヴァ君の距離が急速に縮まっていく。
互いに刃を構え、速度を緩めることなく、ただまっすぐに。
その目的はただ一つ。
――目の前にいるモノを、切る。
ただそれだけのために、私たちは今すべてをかけている。
……しかし、妙だね。
好奇心に熱く燃える頭脳の片隅で、冷静な部分が違和感を告げる。
曰く、『なぜエヴァ君は全力でまっすぐに突き進んでくることを選んだのか』だ。
私の天牙の能力は、破壊の力を持った咆哮を放つこと。
まっすぐ光線状に放つこともあれば、刃を覆える最低限の量を放出して攻防一体の備えをすることもできる。
そして今も、天牙の表面にはうっすらと光がまとわりついている。
この状態の天牙に触れてしまえば、いくら斬魄刀といえど無抵抗に切られてしまうだろう。
……見たところ、エヴァ君の刀にそれに備えるための障壁は付与されていない。
このような状態ならば、正面からぶつかると見せかけて途中で回避に移行し、その隙をついて刃以外の部位に斬撃を放つという作戦をとるのが普通だが、この勢いだとそれも考えにくい。
どう考えても自滅行為にしか見えない軌道だが、まあ本当にエヴァ君が我を忘れているだけだとしても、時間はかかるが斬魄刀の修復自体は可能だ。
ここはひとつ、適度に痛い目を見てもらおうとそのまま迎撃のために天牙を椿鬼に叩き付け、
――二つの刀はガキンという音とともにぶつかり合った。
「なん……だと……!?」
本来ならば天牙に――正確には天牙を覆っている光に――触れた段階でほとんどの物体は破壊されてしまうため、刃と何かがぶつかり合うことなどありえないことだ。
そもそも、天牙は何かを直接切ったりぶつかり合うことを想定した形状ではない。
細い刀身の脆弱さを破壊の光で補っているからこそこれまで大きな損壊もなくやってこられたのだ。
今回の衝突だって、うっかりとエヴァ君を両断してしまわないようにすぐさま剣を引けるような構えをとっていたからこそ天牙を折らずに済んだようなものだ。
天牙を傷つけずに済んだことを安堵すると同時に、なぜこんなことが起こったのかを思考する。
とりあえず量が足りなかったのかと考えてより多くの咆哮を発してみるが、
……相変わらず拮抗を続けている、か。
天牙が折れてしまわないように力加減に気を配っているとはいえ、いくら丈夫な物質でもここまで持ちこたえられるはずがない。
強力な再生能力で壊れたそばから直しているのかと接触部分を注視するもそもそも壊れている様子すらない。
と、ここで一つの違和感を覚えた。
……魔力の消費が、激しい……?
鍛錬で天牙をふるったことは数えきれないほどあるが、その時の経験と比べても、今回は魔力の消費がほんの少し多い気がする。
普段ならば咆哮としてはなった光はゆっくりと大気に溶けていくため消費は緩やかだが、今はまるで何かに吸い込まれていくように魔力が消費されている。
……吸い込まれるように……?
と、ここで自らの思考の中に出てきた『吸い込む』という用語に注目する。
確かに、咆哮として放った魔力はまるで砂に吸い込まれる水のように消えていく。
そこまで考えたとき、私の中に一つの仮説が出来上がった。
……ならば、次は検証といこう。
そう思考を切り替え、これまで鎬を削っていたエヴァ君から離れ、距離をとる。
その瞬間、エヴァ君の顔は驚きから悔しそうな表情へとだんだんと変わっていた。
「……ち、もう気が付いたか!」
「いや、まだ検証が残っている。確定ではないのでもうしばらく協力してもらおう」
そう告げると同時、私は魔力に任せて作り上げた炎の魔法の矢を10ほど一斉にエヴァ君へと放った。
対して複雑な軌道を描いているわけでもないそれらの魔法に対し、エヴァ君は手に持つ椿鬼を目の前に掲げる姿勢を見せる。
そして魔法はすべて椿鬼に当たり、そしてすべてその刀身に吸い込まれていった。
……やはり、そういうことか。
「今やっと確信が持てたよ、エヴァ君。君はやはり素晴らしいね、そんなすさまじい能力を発現するとは!」
「その素晴らしい能力も、こんな短時間で看破されてはかすんでしまうだろうが……。まあ、あってるとは思うが一応答え合わせだ。この椿鬼の能力、言ってみろ」
「ああ、その椿鬼の能力は、『刀身に触れたエネルギーを吸い取る』んだろう?」
「……ああ、その通りだよ。『刀身に触れた魔力を吸い取る』と答えないあたりはさすがミコトだな」
「そのあたりをはっきりさせるための炎の矢だったからね」
そう、何かを吸い取る能力であることはぶつかり合っていた時にもうわかっていた。
だからこそ、その吸い取る対象にできるのがどこまでなのかを確かめるために、『魔法で作った炎の矢』と『魔法で熱を生み出して二次的に作った自然の炎の矢』の二種類を同時に放ってみたところ、両方ともしっかりと吸収されていた。
つまり、椿鬼が吸い取れるのは、魔法などの魔力により構成されたものばかりでなく、熱エネルギーも含むことがわかる。
おそらくは雷などの電気エネルギーも魔力という超自然エネルギーと同様に吸い込むことができるのだろう。
「まさに魔法使い殺しの刀だね。どれほどの偉大な魔法使いでも、その刀にはかなわないだろう」
「まあ、さすがに冷気はエネルギーではないから吸い取れないからな。魔力で冷やして作られた氷などは天敵だし、おそらく石や砂など実体があるものを操作してぶつけられるのには対応できん」
「なるほどね。つまりは――」
と、話している隙をつき、私はすばやく椿鬼に向けて全力の『滅破咆哮』を放つ。
破壊の光は速やかに驚くエヴァ君の持つ椿鬼の刀身に当たり、すべて吸収して見せた。
「い、いきなり何をする!? さすがの私も驚いたぞ!」
「いやなに、吸い込める量に限界はあるのかと気になったのでね。少々強引ではあるがためさせてもらった。この分だと、限界はあるがかなりの量を吸い込めるとみて間違いなさそうだね」
「……ああ、一応魔力に換算して、私の持つ魔力量と同等ほど吸い込んで蓄えておけるらしい。試してみないとわからないがな」
「吸血鬼の真祖と同等とは、またずいぶんと大きく出たものだ」
吸血鬼の人間離れした魔力量が基準となるということは、普通の人間の魔法だと数人分以上吸収しても大丈夫ということになる。
そして何より、
「吸収するということは、吸いとったエネルギーはおそらく――」
「ああ、純粋な魔力や魔法なら私自身が取り込んで自分の魔力にできるし、それ以外なら椿鬼に蓄えておけば……」
と、今度はエヴァ君が椿鬼をすっと私の方へ向ける。
それを確認した私は、前に天牙を向けたエヴァ君同様すぐさまその場を全力で飛び退く。
そして、
「このように、いつでも解放できる」
というエヴァ君のつぶやきと同時に、椿鬼から滅破咆哮と同じようなものが放たれた。
その威力はこれまで私が撃っていたものと同等かそれ以上だ。
おそらく、先ほどまで溜めていた滅破咆哮に炎の矢などをすべて加えて一気に放ったからだろう。
「攻防一体の素晴らしい能力だ。これから剣術と併せて鍛えていけば、より強くなれるだろう」
「そうだな。これまでの戦術にどのように組み込むかも考えなければならん。またしばらくは研究の日々がつづくだろうな」
「それもまた、我々不死者にとっては楽しみだろうさ。気長にやっていけばいい」
「ああ、わかっているさ」
と、そういいながらエヴァ君が椿鬼の開放を解いて鞘に戻した。
なので私も同じように天牙の開放を解き、鞘に戻すが、それを見ていたエヴァ君が眉を顰めながら訊ねてきた。
「おい、お前はなぜ斬魄刀を二種類持っているんだ? 確か少々特殊だとかなんとか言っていたが」
「ああ、そのことかね。大して難しい話ではない。空牙も天牙も、正確には私の斬魄刀ではないのだよ」
「お前のではない? ……ということは、借り物か?」
「ははは、そうではないさ。本来の私の斬魄刀の名は『
「停止と破壊、ということは……」
「そう、停止してしまったものは、ほんの少しの衝撃でも砕けてしまうほどもろくなる。だから、どれだけ手加減して出力を抑えたとしても、必ず対象を砕いてしまうという危険な技だ。それでは戦いを純粋に楽しめないのでね。『双牙』の人格と相談して、斬魄刀を停止の能力と破壊の能力の二つに分けたのさ。それが今の天牙と空牙の正体だよ」
双牙の人格が双頭の龍として現れたというのも役に立っていた。
二つの首の片方だけが起きてもう片方が寝ている、という状況を作ることで無理矢理半分だけ開放するという荒技を実現できたのだから。
……というか、双牙の方も提案に乗り気だったのには驚かされたものだったね。
『より長く寝ていたい、そのためなら何でもする』などと怠惰なことを言い出した時はどうしてくれようかと思ったものだが、世の中何が役に立つかわからないものだ。
ともあれ、このおかげでうっかり模擬戦で相手を消し飛ばしてしまうという悲しい事故が起きる可能性は減ったのだから、よしとする。
「とまあそんなわけで、私の斬魄刀は二本で一つ、というような状況になったわけだ。同じことをほかのものができるとは思えないが、そんな荒業でも行わない限り、一人が持つ斬魄刀は一種類のみだ。何せ魂の情報をもとにして作られるわけだからね」
「なるほど、そういう理由があったのか」
と、一度納得した表情を見せたエヴァ君だったが、すぐにまた眉を寄せて何事かを考え始め、
「なあ、ミコト。魂さえあれば、人間ではなくても斬魄刀を持てるのか?」
「まあ、理論上はそうなるね。動物などの単純な思考しか持たない存在だとうまくはいかなかったが、しっかりとした思考を持つ者ならば亜人でもうまくいくはずだよ」
さすがに植物などは魂という概念があるのかわからなかったので試してはいないが、イヌで試してみたことはある。
結果として魂の読み取りがうまくいかずに変化をおこさなかったが。
「……ということは、だ。魂さえあれば精霊種などの非生物でも斬魄刀を持てる、ということにならないか?」
「十分に可能だろうね。刀身に血をつけるという契約方法を満たせない場合には何らかの手法を考え出さないといけないが、逆に言えば契約方法さえどうにかしてしまえば問題ない。魂の質としては申し分ないものだろうからね」
「つまり、以上の事実を組み合わせて考えてみるとだな――」
「――自動人形たちに斬魄刀を持たせることも可能にならないか?」
「……ふむ、なるほど――」
その可能性を考えたことはなかったが、確かに言われてみればその通りだ。
自動人形たちは長い時間をかけて感情を身に着けた、行ってしまえば付喪神のようなもの。
魂と言えるものはしっかりと持っているはずなので、血による契約以外の方法、それこそ仮契約の術式を組み替えて新しいものを作ってやれば、
「うまくいきそうだ、試してみる価値はある。屋敷に戻ったらさっそく術式を組んでみよう」
「私も協力させてくれ。私が言い出したというのもあるが、何より面白そうだ」
「ああ、ぜひお願いしよう。この可能性は今まで考えたことがなかったからね。どのような結果になるか、とても興味深い」
さて、では早速戻るとしよう。
久方ぶりの新しい研究材料だ、どうなるか楽しみで仕方がないね。
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と、新しい発見に心を弾ませながら結界を解除して屋敷に戻ってみると、
「…………誰か……キャロルの事を……思い出してあげてください……」
誰にも助けてもらえず数時間放置されたキャロルが磔の状態のまましくしく泣いていた。
「……エヴァ君、実験がうまくいけばコレが斬魄刀を振るうようになるわけだが、どうだろう? ちなみに私は不安しかない」
「まあ、それも含めての実験だと思ってやるしかないだろう。不安しかないが」
とりあえず、私たち二人分の大きなため息が、部屋の中に響くのだった。
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