創造王の遊び場   作:金乃宮

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第二十一話

   ●

 

 

 エヴァ君が斬魄刀の解放に至ってから数日経過した今日、私はキャロル君を自室に呼び出した。

 自室に来たキャロルは、私の真面目な態度を見ていつものニコニコした笑顔を引き締めると、私が何かを言う前に口を開いた。

 

 

 

「ごめんなさいもうしません許してくださいお願いしますご主人様ぁぁ!!!」

 

 

 

 

 

「いや、いきなり謝られても何のことかわからないのだが、今度は何をやらかしたのかね。というか、この手のやり取りが何度もあったのだから、いい加減に私の話を聞いてから発言することを覚えたまえよキャロル君。――安心したまえ、今日呼び出したのは、ちょっとした実験に協力してほしいという話だ。叱るためではない」

「ああ、なんだ。てっきりこの間数字の桁を5つ間違えたことがばれたのかと思ってしまいました」

 

 何の数字をどのように5桁も間違えたのかを問いただす前に、キャロル君はわざわざ起動させた『目の幅涙機能』を切り、今度はちゃんとしたお辞儀をしながら答える。

 

「それでしたらこのキャロル、喜んで実験にこの身を差し出しましょう」

「……いい加減に落ち着き給え。実験の内容を話してもいないのに了承するなど、性急にもほどがあるとは思わないのかね?」

「いえ、適切だと判断します」

 

 またキャロル君の早とちりが始まったのかと待ったをかけてみれば、先ほどとは違い、静かな微笑みを浮かべたまま、はっきりとした口調で告げる。

 

「私以外の子たちはミコト様の部下ですが、私はミコト様の所有物です。他の子たちならばともかく、私に対してはお伺いを立てる必要などございません。命じていただければ、理由や経緯など関係なく直ちに実行いたします。ミコト様を主と決めた時から、私はミコト様の道具であり、ミコト様の目的のために使い尽くしていただけることを喜びとする存在でございます」

「ずいぶんな心がけだが、それでは私がわざわざ心を持てるように君たちを作った意味が失われる気がするのだがね?」

 

 自動人形――ただの人形とは違い、自分で判断し、自分で動くことのできる自意識を持った存在として作り上げたのが、目の前にいるキャロル君たちだ。

 それが自己判断を放棄しているという現状は、ゆゆしきものではある。

 あるのだが、

 

「いえ、私は自分の意志で、ミコト様ならば私をしっかりと私以上に使ってくれると確信しております。だからこそ、一番にミコト様を主とさせていただきましたし、その判断は今の今まで後悔していません。そしてこれからも、後悔することはないと判断します」

「その初めての後悔が今日これから出てくるという可能性は考えないのかね?」

「もし実験に失敗して私が損なわれたのならば、それはそれで構わないと判断します。人形は誰かの遊び相手ではありますが、それはあくまで一時のもの。いずれしまわれるのが定めであると記憶しております。……それに――」

 

 そこでキャロル君は言葉を止め、少しだけ何かを考えるように目を閉じると、すぐにぱっと見開き、嬉しそうに微笑みながら、再び口を開いた。

 

「今、65536回ほどシミュレーションをしてみましたが、その中でミコト様が私を無条件に捨てるという想定は一度も発生しませんでした。たとえ失敗しても、何らかの形で私の身が守られるように動いてくださると、確信しております」

「……私が、君の想定を下回るクズだという可能性は考えたかね?」

「それこそ考える必要がないと判断いたします。私は、ミコト様の道具作りへの執念とこだわりは本物だと信じております。その作品の一つである私が、その程度の判断も下せない欠陥品であるなど、考慮する意味がありますでしょうか?」

「……なるほど、そこを突かれると、何も返せないね」

 

 正直、あのキャロルがここまでのことを言えるとは思っていなかった。

 普段が残念なだけであって、やるときはしっかりとやれるのだね。

 

「――そうか。では、キャロル君の覚悟に報いるために、私も全力を尽くすとしよう。まずは計画の修正だ。君の本気を聞いてしまっては、手加減そのものが失礼に当たる。あまりにも危険すぎて実施するつもりもなかったが、もともと行う予定だったB案の13.2倍の苦痛が伴うA案の方を採用することにしよう。なに、魂が消し飛んだ方がましに思えるほどの激痛が8時間42分ほど走り続けるが、最後には必ず成功させると誓おう。君の献身は一切無駄にしないとも。さあキャロル君、まずはこの魔法陣の中心に立って――こら、いきなり駆け出してどこに行くのかねキャロル君!? さっそく予想を超えていた? そんなのむしろ見捨てられたほうがまし? 何を言うのかね、まだまだ本領発揮はこれからだとも! このままでは実験が始められないだろう。待ちたまえ、キャロル君!!」

 

 

   ●

 

 

 結果として、全身が少しムズムズするという苦痛が10分ほど続く程度ですむC案が採用されることになった。

 研究にかかる時間が54年と多くはなったが、まあ、我々にとっては些細なことだ。

 無機物同士の契約と魂の読み取り方法の開発に苦戦はしたが、結果として実験は成功し、キャロル君は見事、斬魄刀を所持することに成功した。

 そして、安全性が確保されたことをきっかけに、斬魄刀の所持を希望する自動人形を募ったところ、その時点で私の下で働いていた55体全員が希望を出してきた。

 特に数を制限する意味もないので、これまで私が作ってきた道具同様に安全装置がついていることを確認した上で全員に配布、契約を行わせた。

 その後、次々に開放を行えるようになった自動人形たちは、当然戦闘能力が上昇し、私のもとにはとんでもない軍隊が成立してしまった。

 さらに自動人形たちの中から『我々の中で一番強いのは誰だろう』という声が上がり、せっかくだから全員参加で序列でも決めてみようか、ということになり、暇に任せて総当たりで模擬戦なども行ってみたが、まあなかなか盛り上がった。

 娯楽というものがなかなか得られない我々にとって、いい刺激になったようで、修練のきっかけ作りのためにも序列決定戦を定期的に行いたいという案も出た。

 さらに、経営している酒造会社が全国的に有名になっていく弊害としてちょくちょく発生していた、製品貯蔵庫の襲撃もだんだん数が多くなってきたので、これまで強力な結界と自動で動く魔法具で行っていた対応を、希望制で自動人形たちに任せてみた。

 良い対人戦闘訓練になると思っての提案だったが、予想通り好評だった。

 時間があれば技術を磨き、鍛錬を重ね、警備の時に実践し、また改良していく。

 やる気と活気を得られるこの試みは、自動人形たちにとっていい娯楽になったようだ。

 皆、楽しそうで何よりである。

 

 

   ●

 

 

「――時間だ、出るぞ」

 

 リーダーが静かにそうつぶやき、同じ意味のハンドサインを出す。

 それを見た俺たちは、いくつかの切れ目はあるが、月明かりを完全にさえぎってしまうほどに厚い雲が広がる夜空のもと、森の中を静かに動き始めた。

 普段は騒がしい奴らだが、今夜は全く印象が変わり、真剣そのものである。

 だが、それも仕方のないことだ。

 今夜の仕事を成功できるかどうかは、かなり大きな影響を俺たちに与えるからだ。

 具体的にいうと、成功すれば大量の金と、上質の酒が手に入る。

 なにせ、今回俺たち青猫盗賊団が獲物に決めたのは、酒造会社の中でも最大手といわれている『バッカスの泉』が所有する倉庫なのだから。

 誰にでも手が出せる安価なものから、大きな屋敷が1つ建つほどの値段が付く高級酒まで、幅広く売り出している『バッカスの泉』。

 その本社や製造所の場所はいまだに公表されていないが、各販売所に卸す製品を置いておく倉庫に関しては、各地域に散らばっていることが知られている。

 

 ……まあ、知られてないと、酒を各地に輸送するのが大変だしな。

 

よって、本社や製造所を襲うことはできないが、倉庫から製品を盗むことは可能ということになる。

高級酒ならば一本持ち出すだけで俺たち全員がしばらく遊んで暮らせるほどの金が手に入る『バッカスの泉』の製品は、豪邸に空き巣に入って見つけたら真っ先に運び出すことが厳命されているほどだ。

 そんな十数件に一回引ければ豪運といわれる逸品が、あの倉庫の中にはゴロゴロしている。

 大もうけできるチャンスであるこの仕事に対して真剣さを出せないような奴は、俺たちの中には一人もいない。

 

 ……しかも、これまで誰一人として持ち出すことに成功してない、ってんだからな。

 

 倉庫の場所が公開されているということは、当然これまでにも俺たちと同じことを考えるやつがいたということだ。

 だが、それにもかかわらず、俺たち盗賊団たちの中でも『バッカスの泉』からの盗みに成功したという情報は流れたことがない。

 そもそも夜間は結界に阻まれて侵入することができないということで、よっぽど魔法に自信のある奴らでもない限り挑戦しようとすら思わない、割に合わない仕事だったからだ。

 だが、ここ数年、その結界が解除される日があるという噂が流れ始めた。

 最初聞いた時にはどこの誰が流したデマだと思ったものだが、実際に月に一度ほどの頻度で結界が解除されているのが確認されたのだ。

 これには盗賊団界隈が沸きに沸いた。

 なにせ、一切手を出せない難攻不落の城に、抜け道が見つかったのだから。

 結界の整備なのか何なのかわからないが、このチャンスを逃すことはできない。

 さっそく長期の調査が入り、どういう周期で結界が解除されるのかが解明され、次の解除日がいつになるかという予測が立てられ、その精度が確かなものだという検証までなされた。

 さすがに結界が解除される時には警備も厳しくなるのか、侵入したものはだれも無事に帰っては来ず、侵入時の記憶を失ったまま憲兵に引き渡されているらしいが、だからと言って得られるものの大きさを無視はできない。

 よって、綿密な計画を立てたうえで、俺たちもついに大きな獲物に手をかけた、というわけである。

 

 ……よし、予想通り結界は解除されているな。

 

 訓練したネズミが駆け抜けていき、何にも邪魔されずに見えなくなったことを確認。

 計画に一切変更が出ないことを確かめ、大きな音をたてないように一斉に進んでいく。

 すると、先頭を走るリーダーから『止まれ』のサインが出た。

 一斉に止まり、静かに身をひそめて警戒する俺たちの視線の先には、人影が確認できた。

 

 ……あれが、警備か?

 

 森の切れ目なのか、木がぱたりとなくなった広場があり、そこに立つ人影は、確認できる限り1つだけ。

 スカートのような服装と体のラインから、おそらく女だろうということは予想できるが、それ以外の情報は暗くて得られない。

 本来の盗みならば、速攻で襲い掛かって気絶させて放置し、帰りにまだ気絶しているようなら獲物に加えるところだが――

 

「――行くぞ!」

 

 というリーダーの声とともに、俺たちはあえて音を立てながらその人影の前に一斉に現れる。

 いきなりあらわれた多数の人影に取り囲まれた警備の女は、すぐさま侵入者アリの知らせを周囲の警備員たちに知らせるだろう。

 そうして瞬く間に俺たちは大勢の警備に取り囲まれ、お縄になってしまうはずだ。

 なので、本来ならこんなことはしない。

 が、

 

 ……俺たちの班の今回の目的は、あくまで陽動だからな。

 

 実は、俺たちやその他にもある陽動班が警備の大部分を引き付けている間に、少人数の隠密部隊が複数、別の方向から侵入して倉庫に侵入、ばれないうちにとんずらする手はずになっている。

 その後、俺たちは捕まる前に脱出用の魔法具を発動、警備の連中が不思議に思って上司に報告する頃には、俺たちは宴を開いているって寸法だ。

 なるべく多くの警備を集めなければいけない関係上、ここにいるのは戦闘に自信があり、かつ派手な戦い方をする奴らばかりだ。

 もちろん、陽動班の中にも用心棒代わりの腕利きは混ざっているが、そいつらは静かに動くことができるやつらだ。

 俺みたいに大雑把な奴は、こっちの陽動の方が性に合っている。

 

 ……さあ、とっとと合図を出しな!

 

 普通ならば、そろそろ驚きが通り過ぎるころだ。

 そうすれば花火なり通信なりで人を集めてくれるはず。

 それを促すために、俺たち全員が自分の武器を構える。

 すると、俺たちに囲まれた人影が首を動かし、俺たちをざっと眺めた。

 

「――15人。他に隠れている様子なし、と判断します」

 

 そう言って、人影は自分の腰のあたりに手を当てる。

 そこにあったのは、1mほどの棒状のもの。

 通信機か、とも思ったが、どう考えてもデカすぎるし、手に持って腰から引っ張り出したことから、細身の剣――武器だと判断できる。

 その剣を構えたと同時に、雲の切れ間から月が顔を出し、人影の姿がはっきりと確認できた。

 

 ――侍女、か?

 

 金持ちの家に侵入したときに出くわした侍女が着ていたものによく似たデザインの服を身にまとった若いヒトの女が、片刃の剣を持って立っている。

 腰まで届く長い黒髪を持つその女は、とりあえず抜いて手に持っているだけの剣をゆっくりと持ち上げ、体の前に立てるように掲げると、小さく口を開け、何かを呟いた。

 

 

 

「――すれ違え、『狐狗狸(こくり)』」

 

 

 

「は? お前何言って――」

 

 俺がその呟きの意味が分からず問いかけようとするも、その言葉を最後まで言い切ることはできなかった。

 なぜならその瞬間、女の方からとんでもない勢いの風が吹き寄せてきたからだ。

 しかもその風は大量の木の葉も一緒に運んできたので、あっという間に視界が緑色一色になってしまった。

 

 

 

 

 たまらず目をつむり、轟々と吹き荒れる風の音と、体に当たる葉の感触に耐えていると、しばらくしてふっと静かになった。

 ゆっくりと目を開けると、先ほどまでいた侍女の姿はどこにも見えず、周囲を見渡せば俺と同じようにきょろきょろしている仲間たちの姿しか確認できない。

 

 ……逃げられた、か?

 

 どうやらあの剣は風による目くらまし用の魔法が込められた剣だったらしい。

 無力化できなかったのは残念だが、戦線離脱したあの女は主に報告をするだろうから、とりあえず陽動という当初の目的は果たせたはずだ。

 もう少しこのあたりで時間をつぶしていれば、いずれ増援がぞろぞろと駆けつけて――

 

 

 

 

「――ああ、まだそこにいましたか。よほど私にかわいがられたかったのですね、かわいいかわいい仔豚さんたち?」

 

 

 

 唐突に、場違いなほど明るい声が響く。

 何事かと思って振り向けば、俺たちのすぐそばに、先ほどまでいた侍女と同じデザインの服を着た別の女が立っていた。

 先ほどの女がいた位置とは正反対、俺たちの進行方向とは逆の位置に現れたその女は、先ほどの女とは同じ服でもだいぶ印象が違う。

 いなくなった女はかなり物静かそうな印象だったが、今度の女は男と間違えそうなほどの短髪もあいまって、かなり活動的な印象を受ける。

 しかし、活動的とはいっても明るく朗らかという意味ではなく、どこかほの暗い、残酷な結果しか残さなそうな活発さである。

 

「――なんだてめぇ。まさか、増援がお前1人ってことはねえだろうなぁ?」

「あら、質問は一度にいくつもしてはいけませんと、教わらなかったのですか? 答えるのが面倒なので、誰何なのか増援のことなのか、どちらかにしていただけます?」

 

 この会話の間にも、俺たちは先ほどの女と同様に新しい女を取り囲んでいる。その中で、この女もさっきの女とよく似た武器を持っていることに気が付き、同じ轍は踏むまいと警戒を強める。

 そんな、明らかに絶体絶命の状況あるにもかかわらず、目の前の女の表情は楽しそうなままだ。

 まるで、お気に入りのおもちゃを前にした猫か何かを思い起こさせるその表情を見ていると、なぜか背筋がふるえてくるような錯覚を得る。

 

「……じゃあ一つ目。お前が増援の1人ってことでいいんだよな? 他の奴はお前をおとりにしてどこかに隠れている、ってとこだろう?」

「おあいにく様ですが、ここにいるのは私1人だけです。このような場面で他の子たちに助けを求めるなんて、そんな無様なマネは御免こうむりますから」

 

 ……ハッタリ、だよな?

 

 この女の言が正しいとするならば、この人数相手に自分一人で十分だから増援は呼ばない、ということだ。

 確かに、この業界で女だから弱いとかそういうことはないが、だからと言ってよほどの英雄クラスでもない限りこの人数差をひっくり返すことは難しいはずだ。

 ということは、さっきの女は戦闘能力の低い巡回役で、偶然近くにいた戦闘員であるこの女に連絡、到着に時間がかかる増援が来るまでの時間稼ぎを頼んだ、ということだろう。

 

 ……だったら、増援が来るまでは戦いを引き延ばすのが得策、ってところか。

 

 手早く倒してしまうと、その場にとどまっているのが不自然になる。

 倉庫から離れたこの場所に警備を集中させるためには、苦戦している風を装わなければいけない。

 ならば、

 

「――へえ、ずいぶん自信満々じゃねえか。その力、見せてもらうぜ!」

 

 と、挑発に乗ったように見せかけ、俺たちはそいつを包囲するためにゆっくりと時間をかけて動き始めた。

 それを見た女は、それでも笑みを崩さぬまま、ゆっくりと腰の剣を抜き、構えをとる。

 だがその構えは、上段の構えからさらに剣を振り上げたような、背中に背負っているといった方が正確な、かなり独特なものだった。

 眉をひそめる俺たちを見て、女はさらに笑みを好戦的なものに変えると、自分の背骨に剣を沿わせる構えのまま、告げる。

 

「『バッカスの泉』所属侍女型自動人形。序列32位、プレル。推してまいりましょう。――お聞きなさい、『赤羽音(あかばね)』!」

 

 プレルと名乗った女がそういった瞬間、先ほどの女が消えた瞬間と同じようにプレルを中心に突風が発生した。

 また逃げる気か、と思って見逃さないように注意していたが、プレルがいなくなる様子はない。

 が、突風の前後で明確に変わった部分が2つある。

 

 1つ目は、プレルが持っていた剣が消えたこと。

 プレルが手を離した瞬間に背後に回した剣が見えなくなったので、取り落としたのかとも思ったが、足元を見ても別に何も落ちていない。

 2つ目の変化はその直後に起こった。

 剣が消えたのと入れ替わりに、プレルの背後から白銀の翼が生えてきたのだ。

 

 ……この女、有翼種か!?

 

 普通のヒトかと思って迎撃準備をしていたのだが、空を飛べるとなると少々厄介だ。

 俺たちの手が届かない上空から突っ込んでくるような攻撃が何度も続くとなると、この人数でも一方的にやられる可能性がある。

 もちろん、倒してしまっていいのなら別だが、今回のような陽動という役目を全うするとなると、厄介の一言に尽きる。

 

「お前たち、戦闘準備だ。油断してやられんようにしろ」

『了解』

 

 これまで以上に気を引き締め、それぞれの武器を構えなおすのと同時、プレルの背の翼が動き始める。

 最初は自分の体を覆うように前に、続いて逆方向へ一気に広げて反動をつけ、大きく羽ばたく。

 三度突風が吹き荒れ、吹き飛ばされないように片腕を顔の前に構えつつ腰を落とす俺は、風が去った後、ある感覚を得た。

 

「――っ、痛てえ! 何だこりゃ!?」

 

 何の前触れもなく、頭部をかばっていた腕の前面に鋭い痛みをいくつも感じた俺は、敵の前にもかかわらず自分の体を確かめる。

 すると、痛みを感じた個所には、いくつもの銀色の羽が突き刺さっており、それ以外にも裂傷がいくつも発生していた。

 

「くそっ! 気を付けろ、あいつ、羽を飛ばしてくるぞ!!」

 

 俺の掌と同じぐらいの大きさしかない羽は、他の仲間たちの体にも突き刺さっている。

 もちろん突き刺さっているのは細い軸の部分だけだから、さっさと抜いて止血用の魔法でもかけてしまえば済む話なのだが、

 

「――なんだこれ、抜けねえぞ!」

 

 という声が上がり、俺も自分に刺さった羽を一枚引っ張ってみるが、確かに抜けない。

 正確には抜くことは可能なのだろうが、引っ張ると周りの肉もつられて動くので、下手に抜けないという状況だ。

 しかも、触ってみてわかったが、この班はただの羽ではないようで、一枚一枚が金属でできているように固く、刃物のように鋭い部分もある。

 俺たちの体に作られた裂傷も、おそらくこの羽がかすったからできたものなのだろう。

 

「ふふ、下手に抜こうとすると、余計に傷がひどくなりますので、お気を付けを。羽の1枚1枚に返しが付いておりますし、何より鋭い刃物ですので、つかみ方によっては手を傷つけてしまいますので」

「――そうかい、じゃあ手当は後回しだ。野郎ども! この程度の痛みで騒いでんじゃねえ! とっととこの女を片付けて、ゆっくり手当すりゃあいい話だろうが!」

 

 と、馬鹿丁寧に説明してきたプレルの声を受け、リーダーから激に見せかけた作戦変更の知らせが出た。

 戦闘で時間を稼ぐのではなく、治療を行うことで時間を稼ぐことにし、下手に消耗しないことを優先したのだ。

 とりあえず不自然にならないように時間を稼げればそれでいいので、俺たちも痛みは一度無視してそのように動き始めた。

 剣やナイフを持つ仲間がプレルに向かって駆け寄り、たたきつけるが、プレルの翼も見かけ倒しではないらしく、さらに大きく羽ばたくとその体は宙へ浮き上がり、普通の武器では届かない高さまで登ってしまった。

 それを見て、弓や魔法などの遠距離攻撃に切り替えるが、それらの攻撃も羽ばたきとともにひらりひらりと避けられてしまう。

 しかも、羽ばたき一つにつき何枚も羽が飛んでくるので、それを避けそこなった仲間たちにどんどん羽が突き刺さってしまう。

 が、しょせん皮膚の浅い部分にしか届いていないので、胴体や顔などの致命的な部分に刺さらないように気を付けながら、俺たちは動き回っていたが、

 

「――あ、なんだ、これ?」

 

 という声が聞こえたのでそちらをふと見てみると、体中羽だらけにした仲間の一人が自分の腕の羽を見下ろしていた。

 そいつが注目している羽に俺も視線を向けてみると、先ほどまで刃のような白銀だった羽の、根元部分が、

 

 ……赤く、なってる?

 

 ふと自分に刺さっている羽も見てみると、いくつかの羽が同じように赤くなっており、しかもゆっくりと赤の色が羽全体に広がっているように見える。

 その赤色は、なぜかどこかで見たことがあるような――

 

「――まさか、この羽、俺の血を吸って……!?」

 

 そんな叫びをあげる仲間の声を聴き、俺は驚くより前に納得してしまう。

 見たことあるのも当たり前だ。仕事をこなせばよくみることになる色なのだから。

 

「あら、やっと気が付きました? 私の赤羽音(あかばね)の能力の1つ目、というか形状ゆえの特性です。軸の表面に細かい溝が刻まれているので、刺さった部分から血液を吸い上げ、羽全体を染め上げます。ゆえに、赤い羽根と書いて、赤羽音(あかばね)、と」

 

 そんな聞いてもいないことをプレルが上空で話しているうちに、俺たちの羽はどんどん赤くなっていき、それにつれてもう一つ変化が起き始めた。

 

 ……なんだ? だんだん、痛みがひどく――

 

 羽の刺さっている場所の痛覚が、だんだん強くなっているように思えてきたのだ。

 最初は大したけがじゃないと無視できていたのに、時間がたつにつれて頭の片隅で常に痛みを感じるようになってきて、さらに――

 

「――ぅぐ、ぐううううぅ。い、いてぇ……。いてえぇぇぇ……!!」

 

 仲間の一人がついに悲鳴を上げ始めるころになると、この感覚が気のせいだとは誰も思わないほどに、痛みがはっきりと感じられるようになり、ついには動けなくなってうずくまるものまで出てきてしまうようになった。

 かくいう俺も踏み出す一歩がだんだんと重くなっていき、意識を保つのも一苦労になってきている。

 しかもこの痛み、羽が赤ければ赤いほどにひどくなっているような――

 

「ふふふ……、いい感じで悲鳴が出てきていますね。私の赤羽音(あかばね)の能力は、飛ばした分の羽が復活する『破損再生』の他にもう一つ。真骨頂ともいえる『痛覚増加』があります。効果は皆さんの体験している通り、吸い取りまとった血の量に応じて、刺さった部分の痛覚を強化するというものです。だんだんとひどくなる痛みは我慢できるものではなくなり、4分の3が赤くなるころには、こんな風に皆悲鳴を上げ始めます」

 

 どこか誇らしげにそういうプレルは、もはやだれも立っていないことを確かめると、ゆっくりと地面に降り立ち、唯一顔を上げて自分をにらみつけている俺の方へと歩み寄ってきた。

 何とかして一撃を加えようと思っても、焼けるような痛みと、そして出血から来るのであろうめまいによってまともに体を動かすことができず、俺はプレルに顔を向けたまま、完全に倒れてしまう。

 意識を失おうと思っても失えず、それでもだんだんと暗くなっていく視界の中で、プレルは嬉しそうに、歌うように語りかけてくる。

 

「苦しそうですねぇ、大丈夫ですか? さっさと痛みに負けて気絶してしまったほうが楽だと思いますよ?」

 

 うるせぇ、と悪態をつくこともできない俺の様子に、さらに嬉しそうな顔を見せつける。

 

「――ああ、言い忘れておりました。私の『赤羽音』、赤と羽の文字については言いましたが、音についてはふれていませんでしたよね?」

 

 そんなことはどうでもいいのに、なぜかこの女の言葉は耳に残ってくる。

 

「最後の音が意味するのは、もちろん皆さんの悲鳴です。だんだんと増していく痛みに耐えかねて、だんだんと大きく、広がっていく悲鳴。――とても、素敵な音です」

 

 『あ、それと』と、思い出したようににっこりと笑顔で、目の前の侍女は付け加える。

 

「大抵の人は、羽が完全に赤くなる頃には気絶してしまいますので、あなたもそうなる前に、ぜひ、素敵な悲鳴を上げてくれるとうれしいのですけど、そのための元気、残してくださってますか?」

 

 そんなふざけたことを言っている女の顔に一撃拳を叩き込みたかったが、それがかなうより前に、俺の視界は真っ暗になって――

 

 

 

――今宵は、これまで――

 

 

 

   ●

 

 

 最後の1人の意識が完全に断たれたのを確認すると、長い黒髪の侍女(・・・・・・・)は、持っていた大きな鉄扇をゆっくりと閉じる。

 それに従って、倒れている無傷の(・・・)男たちにかぶさっていた、大量の木の葉がゆっくりと消えていった。

 最終的に、苦痛の表情を浮かべて倒れる男たちのみとなった広場をざっと見渡し、完全に制圧が完了したことを確認すると、女は鉄線を一振りして、細身の片刃の剣――斬魄刀に戻す。

 ふぅ、と軽く息を吐き出し、刀を腰の鞘に納め、代わりに懐にもうけられた魔法による収納から、明らかに異常な量の丈夫そうな縄を取り出して、倒れる男たちを拘束していきながら、女は誰に利かせるでもなく、つぶやく。

 

「――さすがのプレルも、勝手に自分の幻覚を使われているとは、想像できないでしょうねぇ……」

 

 『バッカスの泉』所属侍女型自動人形。序列10位、メヌエ。

 彼女の持つ斬魄刀の能力は、『五感を支配し、幻覚を与える』というもの。

 幻覚を与える能力や魔法は、大抵何か一つの感覚をきっかけとして全感覚を支配するものだが、メヌエの斬魄刀『狐狗狸(こくり)』は若干特殊で、『発生させた葉を認識した感覚器官を支配する』というものである。

 要は、能力で発生させた葉を『目で見た』ならば幻覚を見せることができ、葉同士がぶつかることで発生するカサカサという音を『耳で聞いた』ならば幻聴を聞かせることができる、というものである。

 これを組み合わせ、何らかの幻覚を与えて拘束するのがメヌエの戦い方であり、当人はとても穏やかで、物語を紡ぐのが好きなだけなのであるが、その創造性と汎用性の高い能力もあいまって、タネを知らなければあっという間に無力化されてしまうという強力な能力によって、現在50体いる自動人形の中でも10位という序列についているのである。

 

「まあ、私たちをおいてさっさと主を見つけてしまったあなたが悪いのですよ? あと数十年は使われると思ってくださいね?」

 

 恐怖や苦痛を与えて気を失わせるために、手っ取り早い方法としてかつての仲間の姿と性格、能力を利用しているのだが、効率的だとわかってはいても若干の罪悪感はある。

 それをごまかすための言葉をわざわざ口に出して自身に言い聞かせているあたり、徹しきれない生真面目さがにじみ出ている。

 

「……とりあえず、適当な1人に別の幻覚を見せて話させた襲撃計画は先ほど報告しましたが、この程度なら皆しっかりと対応してくれるでしょう」

 

 最後の1人を完全に拘束し、まとめて運ぶための増員を待ちながら、どこか甘いメヌエはぽつりとつぶやいた。

 

「――私以外のところ、やりすぎてないかなぁ……」

 

 

   ●

 


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