●
深い森の中を駆け抜ける集団がある。
数は十数人ほどだが、全員が古ぼけたぶかぶかのローブをはおり、覆面をつけているおかげで、人相はおろか体格や性別さえもはっきりとしない。
そんな怪しすぎる集団の目的がまっとうなものであるはずもなく、彼らが目指しているのは森を抜けたところにある酒蔵であり、狙いはその中の酒や金目のものだった。
しかし、彼らの役割が狙っている物品の奪取かというと、そうではない。
彼らの役割はあくまで盗難の補助であり、念には念を入れて7グループ用意された陽動班の一つが彼らなのだ。
ゆえに、怪しすぎる姿を隠さず、よほどあからさまな警備魔法でない限りはわざと引っかかりながら、中央部を目指す。
その途中で警備の者とぶつかるのは想定内、むしろそちらが主な目的である彼らは、森が開けた瞬間に目の前に立つ人影を見つけ、覆面の裏でにやりと口の端をゆがめすらした。
そして、先頭の者がさも驚いたように立ち止まり、それぞれ誰何の声を上げ、それに対する警備担当が、所属と名乗りを上げる。
そのうちの1グループはメヌエが担当したが、それ以外の6グループも、実はほぼ同時に警備担当と接触していた。
●
「『バッカスの泉』所属、男型自動人形。序列36位、ダイクだ。観念しろ、侵入者ども」
木々の間を抜けたとたん、開けた
短い黒髪、浅黒い肌、がっしりとした体格、鋭い目つきなどのおかげでずいぶんと凶暴な印象を受けるその男だが、おそらく動きやすいように着崩しているとはいえ、執事服を身にまとっていることから、身分はわかりやすい。
それでもなお強烈な違和感を放っているのが、腰にさした細身の剣らしきものだ。
執事服に合わないことこの上ない武器。
しかし、男の立ち姿は、細身とはいえ無視でできない重量であろうその剣を携えた状態で、ごく自然なものだった。
……なめてかかるとまずそうだ。
ここまで自然な状態へ至るためには、剣を『使う』のではなく、『体の一部にする』必要がある。
その境地に至るために必要なのは、気が遠くなるような密度の濃い鍛錬。
目の前の男は人間の若造にしか見えないが、実際には長い年月を剣にささげた達人であると扱ったほうがよさそうだ。
「バッカスの泉所属ってことは、警備員の一人ってことだな。お前一人で俺たち全員を相手にできるつもりか?」
「どうせ仲間がどこかに隠れてるんだろ? とっとと出て来いよ!」
「それともあれか? お仲間において行かれたのか? 囮役ご苦労さん!」
作戦の都合上わざと――数名の馬鹿どもはもしかしたら何も考えずに本気でやっているかもしれないが――煽るような言葉で増援を呼ぶように仕向けるが、ダイクと名乗った男は微動だにせず、ゆっくりと俺たち全員に目を向けて、
「……13人、か。メヌエのところより少ないが、見た感じこれで全員だろうな。ったく、もうちょい多ければ盛り上がったのに、何で他より少ないんだよ、おい」
と、つぶやくように言う。
あまりにも落ち着いたその様子にこちらがひそかに戸惑っていると、ダイクとやらは一つ大きなため息をつき、
「まあいい。芸術賞はもらえないだろうが、とりあえず任された仕事を全うできなきゃ話にならん。かっこつけて名乗りを上げたんだ。せいぜい華々しく散ってくれや」
と言い放つと、腰にさした剣を抜き放ち、俺たちのほうに向かって構える。
砂地故にジャリっという砂のこすれる音が聞こえ、男が臨戦態勢になったことを示してきたので、こちらもハンドサインで戦闘準備を促す。
本来ならば戦闘開始は少しでも遅らせたいのだが、これ以上時間を稼ごうとしても無駄になるどころか、こちらの初動が遅れて不利になってしまうだろう。
故に、目の前の男を格上だと想定させ、全力でたたきつぶすように追加の指示を飛ばす。
周りの連中も俺の雰囲気が変わったのに気が付いたのか、へらへらとした表情は変えないように努めながらも自然な流れで執事を取り囲む形に展開していく。
この様子を見て執事が油断してくれれば御の字だったのだが、さすがにそんなことはなく、警戒を緩めることなく、しかし緊張で体を固くしすぎることもない、自然な状態を維持し続けている。
その状態を保ったまま、こちらの布陣が完成し、あとはいつ襲い掛かるかを待つだけとなり、
「……ところで、一つ提案なんだが――」
と、気を散らすための唐突な会話と同時に、一斉攻撃のハンドサインを出した。
●
サインに従い、俺たちは執事へと一斉に襲い掛かる。
執事の周囲を取り囲むように展開していた俺たちが一斉に攻撃すれば、それは回避不可能の袋叩きとなる。
どんな達人だろうと、剣一本で十数人の攻撃を防ぐことはできまい。
それに加えて不意を衝いての同時攻撃だ。
どんな手だれであろうと、確実に討ち取れる。
真正面にいたりすると反撃を食らってやられる可能性もあるが、今回正面にいるのは俺だ。
混乱を伴う攻撃など、簡単にあしらえるだけの経験を積んでいる。
だからこそ、つまらない油断でいらぬ手傷を負わないように、目の前の執事に向かって突き進みながらも、その動きに注意を払い続ける。
その視線の先で、執事に動きがあった。
集中している俺の目の前で、正面に構えた剣が、ゆっくりとその切っ先を下げていく。
だが、それは執事が剣を振り下ろしたのではなく、
……剣を、手放した!?
剣をつかんでいた両手のうち、右手を完全に剣から少し離し、左手も位置は変わっていないが五指からは完全に力が抜かれている。
その行動の結果、剣は左手の人差し指を中心に回転し、重力に従って切っ先を真下に向けたのだ。
切っ先を下に向けたまま宙に浮かんだ状態になっている剣は、当然重力に従って地面に落ちていくが、完全に落ちる前に少し離していた右手が動き、剣の柄を逆手に掴む。
そして同時に、執事が口を開き、
「掻き乱せ、『
唐突にそう叫んだ執事が剣を地面に勢いよく突き刺すのと、俺たちの武器が執事に振り下ろされるのは、ほぼ同時だ。
いまさら何をしようと遅い、と考えながら、俺は手に持つ短剣を執事の胴体に向かって振り下ろす。
だが、俺の攻撃が届くと思ったその時、不意に足元で爆発が起こった。
●
「ぐあっ!?」
全身が衝撃に押され、俺の体は数メートルほど吹き飛ばされた。
視界の端でほかの連中も吹き飛ばされているので、おそらく全員同じように吹き飛ばされたのだろう。
……なにが起こった!?
着地と同時に姿勢を整え、生じた焦りを無理矢理押さえ込みながら執事のほうを見るが、足元にあった砂が飛び散って浮かんでいる以外、不自然なものは何も見当たらない。
……火の魔法で爆発を起こしたのか?
そう判断を下しかけるが、それにしては執事自体に何の影響も見られないし、何より執事の足元や自分の服に焦げ目ひとつない。
ならば風か、とも思ったが、背後の樹木はなぎ倒されるどころか枝がゆれてもおらず、執事を中心とした直径1mの円よりも外の砂だけが周囲に向かって動いているという点から、単純な風の魔法でもなさそうだ。
ということは――
「――ジャン、ルソー、モンテ、ロック! 今すぐ風の魔法で足元の砂を全部吹き飛ばせ!!」
と、俺は仲間の中でも強力な風の魔法を使えるやつらにそう呼びかける。
何の説明もないままの命令だったが、そのあたりはいつものことでもあるので、戸惑うことなく4人は詠唱を始める。
「「「「
詠唱の完了と同時に、俺たちは持っていた薄めの布で顔を覆い、吹き飛ばされる砂から目を守る。
踏みしめた感じからある程度は予測できていたが、この辺りは普通の地面に砂を十数センチほど敷き詰めただけの地形だ。
だからこそ、四人がかりの魔法で、あらかたの砂を吹き飛ばすことができ、結果として俺たちの足元にはちらほらと砂が残っているだけの地面が現れている。
馬鹿正直に普通の攻撃魔法を使えば、いくら地面に向けて撃つといっても仲間に被害が出る。
だからこそ地面に向かっての武装解除呪文であったが、ある意味正しい使い方をしている。
なぜならば、
「お前、砂を操るんだろ? だったら、こうしてやれば何も出来ねえってことだな!」
そう、俺が予測した執事のもつ剣の能力は、砂を操ること。
先ほど俺たちを吹き飛ばしたのは、砂を操って壁にしたものをたたきつけるという攻防一体の技だろう。
ならば対処は簡単だ、武器となる砂を根こそぎ吹き飛ばしてしまえば良い。
わざわざ足場の悪い砂地で待ち構えていたぐらいだ、他に攻撃手段がないか、あっても砂自体を操作するのに比べて数枚劣るのだろう。
「へぇ、メヌエのところよりも少ないが、質は良いな。これは中々楽しめそうな連中だ」
そういってにやりと笑う執事が地面に突き刺した得物を抜いて構えなおすが、その武器を見て、俺は思わず眉をひそめた。
先程までは確かに片刃だったはずの剣から、刃がなくなっていたのだ。
……なんだ、アレは?
一番近い表現としては、『短めのランス』が当てはまるだろう。
元々1m程度の長さだった片刃の剣の刀身を、長さをそのままにランスに付け替えられたような状態だ。
先端がとがってはいるものの、全体は元々の剣が持っていた鏡のような金属光沢ではなく、表面がくもったような鈍い輝きしかもっていない。
短めなので取り回しはしやすいのだろうが、薙ぎ払いと突きに気をつけて接近すれば難なく下せるだろう。
……本来は近付かれた時用の砂の能力だったんだろうが、先に見せたのは悪手だったな。
武器の形状を見て接近戦が苦手だと判断して不用意に近付いたところを砂で弾き飛ばし、その隙を突いてグサリ。
初見ならば数人やられてしまっていただろうが、タネが見えてしまえばたいしたことはない。
「砂もなくなり、能力もばれたお前はもう何も出来ない。大人しくくたばれや!」
そう叫ぶのと同時に、俺は再び一斉攻撃の指示を出す。
砂を吹き飛ばしたり会話をしたりで稼いだほんの少しの時間で、他のやつらは全員体勢を立て直している。
そいつら全員、今度こそ一切の油断なく武器を構え、俺の合図と同時に執事へと突っ込んでいった。
●
武器と武器がぶつかり、火花が飛び散る。
飛び散る火花には激しい音も付属しているが、その音は金属同士がぶつかり合うような鋭く派手な音ではない。
あまりにも地味な、固いもの同士がこすれあうギャリギャリというものであった。
……なんだ、あいつの戦い方は?
仲間たちの中心にいる執事の行なっていることは、派手な火花が飛び散る戦場には似つかわしくないものだった。
……避けるでもなく、薙ぎ払うでもなく、ただただ受け流すだけ、だと?
そう考えながら観察している最中も、執事は一貫して仲間たちの攻撃を受け流し続けている。
右から来たナイフの一閃に対して、斜めに構えた鈍い色の剣を当てて軌道を頭上へそらすように受け流す。
その直後に来た正面からの両手剣と左から槍の同時攻撃も、逆手に構えなおした剣に身体を隠すようにして受け流す。
どうしても同時にさばけないような攻撃には蹴りなどではじくこともあるが、前後左右、上下も含めたコンビネーションのほぼすべてを、執事は鈍い色の剣で受け流しきっている。
刃がない分、欠けるという心配をしなくて良いのはわかるが、それを差し引いても明らかに行動が偏りすぎている。
なにせ、明らかに避けたほうが楽な攻撃でさえも、後に支障がなければわざわざ剣を構えなおして受け流しているのだ。
その行動の偏りのせいで、今この場所は火花飛び散る派手な戦場になっているのだが、
……何を狙ってやがる?
攻撃はすべて仲間たちに任せ、俺は少し離れたところから執事の様子を観察しているが、執事の表情や動きからは、焦りや不安と言うようなネガティブなものは一切感じ取れない。
むしろ、何かの準備が着々と進んでいるのが楽しくてしかたがないような、そんなわくわくした表情すら見せていて――
「――おい、遊んでないでとっとと片付けろ!」
この乱戦がずっと続くようでは、攻撃用の魔法を当てることも困難だ。
本当ならば決着をつけるのを遅らせる為に魔法なしの戦いを続けたいところではあるが、このまま長引かせる方がまずいのではないかという予感が俺の中でだんだん膨らんできている。
だからこそ、本来の目的を無視して早期決着を命じたのだが、
「――ぅお!?」
「あれ? 俺の剣が……!?」
そのタイミングを狙ったかのように、仲間たちの間から驚きの声が聞こえてくるようになった。
ある者はいきなり自分の持っている剣が折れたことに対する驚きの声を。
またある者は、自分の短剣の刃の部分がいつの間にか何ヶ所もえぐれるように削れているということに対する驚きの声を上げている。
細かい違いはあれど、ほぼ全員が何らかの形で自分の得物が破損していることに対する驚きだ。
「――全員、一度距離をとれ!!」
このままでは埒が明かないので、一度仕切りなおすために距離をとるように指示を出す。
混乱が続くなか、それでも指示をすばやく実行する訓練をつんでいる仲間たちは、すぐさま俺の指示通りその場を飛び退き、執事から離れる。
その仲間たちとすれ違うように、ずっと控えていた俺自身が執事に向かって突っ込んで行く。
使い慣れた短剣で狙うのは、執事の首もとだ。
訓練や仕事のなかで何度もくり返して効率化された一連の動きによって突き出される銀色の切っ先だが、目標である首もとに届く前に、執事の武器がその進路をさえぎるように飛び込んできた。
これまで仲間たちと執事の戦いを見ていた俺はそうなることを予想していたので、あえて短剣の進路を変えず、しかし短剣をもつ右腕の各所に込められている力をほんの少しだけ抜き、さらに執事の武器とぶつかった瞬間に力を加える向きを変えた。
すると、本来ならば勢い余って執事の武器の表面を滑るはずの俺の短剣は執事の剣の表面に当たってそのまま止まることになる。
「――へぇ、こいつはなかなか……」
他の仲間たちと同じように武器の表面を滑らせようとして上手くいかなかったのに驚いたのか、目を少しだけ大きく広げて感心したようにそうこぼす執事は気にせずに、俺は執事の持つ武器を間近で観察し、そして納得する。
「なるほど、これが武器破壊のタネか。道理で変な見た目してると思ったぜ」
そうつぶやいた俺は、執事の武器に触れ続ける短剣を動かさないように上手く力を加えながら、その場を飛び退き、執事の回りを囲むように広がっていた仲間たちのところまで離れ、わかったことを声に出して共有する。
「全員、あいつの武器に触れるな! あいつの武器、表面がヤスリみたいになってやがる。ヘタに武器をたたきつけると削り取られて壊されるぞ!!」
それを聞いた仲間たちは先程まで起こった現象について納得したのか、ある者は遠距離用の装備に付け替え、またある者は武器をぶつけ合わない戦法を取る為に構えを変えた。
だが、その様子を見ながら、執事はニヤニヤと余裕の笑みを浮かべつつ、持っている武器を地面に突き刺してしまう。
「……おい、何のまねだ? 策が尽きたから降参でもする気か?」
「いやいや、そんなことはしねえさ。俺の仕事はお前たちをこの先へ行かせないことだぜ? 仕事の放棄はいけねえや」
そんな軽口をたたきつつも、執事の姿勢や視線から油断の色は見えない。
執事自身の言うとおり、あきらめたのではなく、何か別の策を試す気なのだろう。
だが、
「砂も無い、武器の秘密もばれ、さらにはその対策まで取られた。――これ以上何が出来るってんだ、おい」
冷静さを奪う為の挑発半分、これ以上隠しだまがあるのかという呆れ半分でそう問いかければ、執事は肩をすくめるしぐさをしながら、目の前に突き刺した武器の柄に右手を乗せ、言う。
「まあ、そのとおりだな。この『
まあ、庭師に戦闘能力を求めるって方がおかしいわな、とげらげら笑いながらこぼす執事だが、ひとしきり笑った後にふと俺たちを眺め、
「ところで、1つお前たちに問題だ。――砂って何だ?」
「……んなもん、そこらにある石や岩が砕けて細かくなったもんに決まってるだろうが」
先程感じた『早くしとめないとまずい』という予感を『策はすべてつぶしたのだから、後は時間稼ぎに徹しても問題ないだろう』という思考で塗りつぶし、俺は執事の問に代表して答える。
すると執事はニヤニヤ笑いを止めることなく俺の方を見て、そして口を開いた。
「ああ、そのとおりだ。あってるよ大正解。さっきの力加減といい、あんたなかなかやるじゃねえか」
その表情とあいまって俺のことを子馬鹿にしているようにしか見えない執事は、そういいながらさらに言葉を続ける。
「それじゃあそんな優秀なあんたにもう1つ問題だ。石とか岩とか呼ばれるものは、そこらにあるものだけか?」
「あ? そりゃあ色とか成分とか、色々種類はあるだろうが……」
そこらにある灰色の物から、高級品として扱われる白い物、硬くて鋭い真っ黒なものから、俺たちの大好きな
「――っ!? お前ら、今すぐあいつに魔法をぶち込め! 最大火力だ!!」
「は、いったい何言って――」
「良いから早くしろ! あいつの周りには今、砂があるんだよ!」
「いやいや、だってお前、砂ならさっき全部吹き飛ばしたじゃねえか」
これまで俺の指示に従ってきた仲間たちだが、さすがにこの状況でいきなり攻撃しろと言う指示にすぐ従うことは出来ないようだ。
まあ、今俺に話しかけているやつは魔法が苦手なやつで、それ以外の魔法が使えるやつはでかい魔法の詠唱を始めているので最悪ではない。
なので、そいつらにことの重要さを気づかせる為にも、俺はついさっきまでしていた思考の内容を叫んだ。
「砂ってのは石とか岩が細かくなったもんだ。だが、石にもいろんな種類がある。そこらにあるのや色が違うもの。宝石なんてのも石の一種だし――」
詠唱が進む中、ニヤニヤ笑いを一向に止める気配の無い執事をにらみつけながら、俺は決定的な一言を告げる。
「――武器の材料となる鉄を含む、『鉄鉱石』ってのも、石の一種だろ?」
「ああ、確かに――っておい、まさかあいつ!?」
そいつも今の状況に気がついたようで、先程まで落としていた執事への警戒を最大にまで上げる。
「多分そうなんだろうな。あいつはさっきまで、あのヤスリみたいな武器で俺たちの武器を削りまくってた。当然、その削った武器の破片は、あいつの周りに散らばっているわけで――」
あと少し、あと少しで魔法の詠唱が完了する!
「小さな鉄の粒――砂鉄だって、あいつは操れるはずなんだよ!」
「ああ、百点満点大正解だ! ――だが、もう遅い!!」
執事の笑顔が先程よりも好戦的なものになった瞬間、仲間たちからの魔法が全方位から放たれた。
炎が、風が、岩が、魔法によって生み出された様々なものが執事の方へ向かっていくが、
「――くそ、ダメか」
執事の周りから浮かび上がった大量の砂が執事の周りを分厚く取り囲み、盾となってすべての魔法を防いでしまった。
「おいウソだろ!? なんで砂があるんだよ! さっき全部吹き飛ばしたはずだろ!?」
「鉄の塊でも砕けば砂って扱いに出来るんだ。その鉄の砂で地面の土や石を砕けば、砂なんかいくらでも作り放題って事だろ!」
そう叫びながら、俺は撤退の指示を出す。
このままでは全員やられてつかまってしまう。
時間を稼ぐのは良いが、つかまってしまえば意味が無いのだ。
だから、全員転移用の魔法具を使う隙を確保できるところまで離れようとするが、
「――な、動けねえ!?」
「おい、俺の足が、砂に!」
その判断を下す頃には、誰一人その場を動けなくなっていた。
見れば、俺を含めた全員の足を、地面から出てきた砂の手ががっしりとつかんでいた。
その砂の腕はどんどん砂を増やしながら伸びてきて、ついには俺たちの脚全体を取り囲むほどにまで大きくなってしまう。
最後の手段として脱出用の魔法具を無理に発動しようとするも、それを察知したのか砂が伸びてきて魔法具を奪ってしまった。
「――くそ、こんな大量の砂を操れるのかよ!」
「おいおい、聞いてなかったのか? 俺が操れるのは近くにある砂と、『砂楔』が
そういう執事の方に無理やり視線を向ければ、やつの武器は地面に突き刺さったままで――
「まさかお前、この地面の下を全部砂に……」
「ああ、あんたたちがプレゼントしてくれた砂鉄を使ってがんがん砕かせてもらったぜ。さすがに少し時間がかかるから、その間話に付き合ってもらえて助かったよ、ありがとさん」
突き刺さっている武器を通して、俺たちの立つ大地の下に広がる『1つの大きな砂の塊』を操作しながら、執事は話を続ける。
「俺の『砂楔』の能力が砂の操作だってわかったとき、うちの社長が教えてくれた砂使いの話があってな?」
俺たちの身体にまとわり付く砂の量はどんどん増えていき、胸元から下はすべて砂で覆われ、動けなくなってしまう。
「その砂使いが戦いの中で言った言葉が俺の中でがっちりと嵌ってな。二番煎じで申し訳ないが、俺の決め台詞として採用させてもらったよ。お前らにも教えてやるから、よく聞いてろよ」
ついに口元まで砂で覆われ、息が出来ない酸欠の状態になりながら、それでも執事の言葉が耳に飛び込んでくる。
「砂が無ければ何も出来ない? そのとおりだ。だがな――」
ついには視界すらもふさがれたが、直前まで執事が浮かべていた得意そうな表情がまぶたに張り付いて離れない。
「――砂があれば、何でも出来る!!」
わざわざ耳の部分の砂を薄くしたのだろう。
はっきりと聞こえたその言葉を最後に、酸欠によって俺の意識は絶たれてしまった。
●
人現大の砂の塊に囲まれた中で、ダイクは得意げにうなずくと、気を失った者から順番に口元と鼻の辺りだけ砂を取り、気道を確保してそのまま死んでしまわないようにする。
そうして全員が気を失ったのを確認すると、身体全体を覆う砂はそのままに全員を一箇所にまとめ、塊に砂楔を触れさせて持ち上げると、賊を収容する場所へと向かい始めた。
大の男が、自分の十倍以上もある砂の塊を引き連れながら鼻歌交じりで歩いている異様な光景がしばし続くが、ふと鼻歌が止まり、ついでダイクの足も止まる。
先程まで浮かべていた得意げな笑顔すら消え、気まずそうな表情を浮かべながら、ダイクはぼそりとつぶやいた。
「……そういや、社長に『これ以上砂地を増やして環境破壊を行なうようなら、減俸も覚悟しておけ』って言われてたっけ」
やべえどうしよ、と青ざめながらとぼとぼと歩くダイクの背中は、先程とは打って変わってすすけているように見えた。
●