創造王の遊び場   作:金乃宮

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第四話

   ●

 

 

 私がこの世界に来てから200年ほどが経った。

 正直言って、もう少し先の時代に送ってもらえばよかったかな、と思う時もある。

 原作開始まであと500年ほど。

 少々暇になってしまう。

 不死鳥たちとの交流も続いているし、月に一度ぐらいは『酒精の実』(精霊を酔わせる例の実の事だ)を持っていき、酒宴を行っている。

 まあ、私は精霊ではないので、『酒精の実』を使った果実酒を飲んでいるが。

 

 そういえば、精霊用アルコール飲料『スピリット』は依然として人気商品だ。

 売り出して100年ほど経つが、いまだに根強い人気がある。

 まあ、うちの会社の独占商品だから仕方のない事とも言えるが。

 その会社、正式には酒造会社『バッカスの泉』というのだが、つい先日創立100周年を記念して発売した新製品『スピリット・ウンディーネの吐息』も好評で、大いに売れた。

 ミントを混ぜた涼しげな口当たりで、キャッチコピーが『クールな恋人に罵倒されたようなゾクゾク感に夢中になる!!』というものだ。

 先ほどの果実酒も精霊以外の種族向けに発売しているがなかなか評判がいい。

 『精霊系種族と同じ味を楽しめる』というのが理由らしい。

 

 ちなみに、『バッカスの泉』の本拠地を知る者は誰もいない。

 各地に販売所はあるが、本社の場所や製造工場の場所は誰にも教えていない。

 というより、世界のどこにもそのようなものは存在せず、私が『酒精の実』の樹を植えた魔法球内の島を広くして、そこで製造と新製品の開発を行い、完成品を各地の販売所に転送している。

 従業員は全員擬似的な魂を与えられた人形たちだ。

 まあ人形とはいっても見た目は魔法世界の人々と変わらない。

 普通の人々の中にいても違和感はないし、皆種族や外見はバラバラだ。

 外見はともかく種族が違うのは、それぞれの工程に合わせていろいろな種族を模した人形を作ったからだ。

 擬似魂も、100年ほどで学習が終わり、普通に感情を持つことができる。

 外見や役割の違いからか、さまざまな性格の個体が生まれることとなった。

 彼らにも給料や休暇が与えられ、休みの日には外界に出て楽しむことも許可している。

 まあ、見た目が変化しないのをごまかすために認識阻害魔法はかけていかなければならないが、田舎町ならまだしも人の移り変わりが激しい都市クラスの町なら全く問題なくまぎれることができる。

 私自身は経営にはほとんど口を出さず、時々相談を受け指示を出したり、最終的な判断を下したりするぐらいで、時間の大半は雑貨屋の経営を一人で行っている。

 無論、今でも20年ごとに引っ越しを繰り返しながら雑貨屋は続けている。

 客商売をすることによって噂や情報を集められると言う利点もあるが、何よりやっていて楽しいからだ。

 店名は統一すると私の不老不死がばれるきっかけとなってしまう可能性があるので、引っ越すたびに変えている。

 前回は『ザ・ワード』(御言より)だったし、その前は『イマジン』(創造=想像より)だった。

 今は比較的大きな町で、『フレイム・バード』(不死鳥の外見より。もうネタがなくなってきた)という店名で店を出している。

 今回は大きな町であり、近くに学校などもあることから時間帯によってはかなり忙しい。

 その分いろいろな話をきけるのだが、最近子供たちの数が少なくなってきている。

 どうも学校が終わっても寄り道せずに急いで帰るものが増えているようだ。

 大人からすれば喜ばしいことなのだろうが、子どもが皆簡単に楽しい時間をあきらめるはずがないので、何かしらの事態が起きているのだろう。

 

 そう思って比較的暇な時間に来た客にいろいろ話を聞いてみると、どうやら近くに危険な犯罪者が来ているとか。

 旧世界や魔法世界で何人もの人を襲い、殺してきた重罪人らしい。

 その者が、最近この近くの町に現れたという。

 その町でも討伐隊が組まれ、撃退しようとしたそうだが返り討ちに合ったそうだ。

 その町から、今度はこの町に来るのではないかとの噂が立ち、そのために子どもたちはあまり外を出歩かず、早く家に帰っているらしい。

 

 聞いてみれば簡単な理由だった。

 自分が襲われるかもしれないという恐怖が、子どもたちの好奇心や遊び心に勝った。

 ただ、それだけのことだ。

 特に面白い話でもなかったが、ある言葉が、私の興味を大きく引いた。

 

 曰く、その者は『吸血鬼の真祖』である、と。

 

 吸血鬼と言えば不老不死で有名だ。 会ってみて損はないだろう。

 そう思って、その者の話をもっと詳しくしてほしいと頼んだ。

 すると客は、噂だから本当ではないかもしれない、という言葉を最初に置いて語りだした。

 

 曰く、その者は氷と闇を使う魔法使いである。

 

 曰く、その者は『旧世界(地球)』出身で、30年ほど前から魔法世界に渡ってきた。

 

 曰く、その者は女、子どもは殺さず氷漬けにする。

 

 曰く、その者は人形を使って戦う。

 

 曰く、その者は見た目は金髪の美しい少女だが、もう100年は生きている。

 

 曰く、吸血鬼なので不死身だが、ネギとニンニクが苦手らしい。

 

 曰く、その吸血鬼の、彼女の名前は、

 

 

 

『エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル』

 

 

 

 その名前を聞いたとき、久しく忘れていた原作知識が蘇ってきた。

 そういえば、彼女が吸血鬼化して旅に出るのが原作開始の600年程前だった。

 そこから考えると、旧世界で迫害され、そして魔法世界に渡って来て、しかしこちらでも指名手配されていて、その追手から逃げ続けながら居場所を探している、というところだろうか。

 

 ……まあなんにしても、彼女も不死の種族だ、接触しない手はない。

 

 そう思うと私は、情報をくれた客に礼を言い、客が来ないのならば仕方ないということにして店を一時閉店とすると、すぐに索敵能力を最大限に広げ、彼女を探すことにした。

 すると、少し離れた森の奥に彼女らしき反応と、それを追う複数の反応があった。

 それを確認すると、私はすぐに行動を開始した。

 

 

   ●

 

 

 ……くそっ! しつこい!!

 

 ここは深い森の中だ。 

 草木が生い茂り、地面には太い根が張り、普通の人間では真っ直ぐ進むことなどとてもできないような、そんな森の中。

 いくら特殊な体を持つ私でも、本来の姿である10歳の子供の姿ではこんな速さで進むことは不可能で、幻術を応用して作った実体付きの幻覚である大人の体でもこのスピードがやっとだ。

 当然私以外の姿はない。

 

 だがわかる。

 わかってしまう。

 

 ヒト以上の感覚を持つこの吸血鬼の体は、私が察知できるぎりぎりの距離を維持している2人の気配を感じている。

 こいつらは囮のようなもので、他にも気配を断つことに長けた者が何人かいるだろう。

 でもなければこの私をたった二人で、しかもこんなに遠くまで追ってくるはずがない。

 おそらく、私が囮の2人を襲おうと近付いた瞬間に隠れた者が私を後ろから襲うという作戦だろう。

 つまり奴らは、この私がいい加減にしびれを切らしてやけになる瞬間を待っているのだ。

 

 ……もっとも、そんなことは有りえんがな。

 

 これでも100年は生きている。 

 今私を追いかけてきている誰よりも経験を積んでいるだろう。

 特に追いかけられる経験ならばだれにも負けない自信がある。

 

 ……まあ、何の自慢にもならんがな。

 

 苦笑して、それから気を引き締めなおす。

 下手に気を抜いて隙を見せた瞬間、奴らは襲いかかって来るだろう。

 ずっと追われ続け、しかし襲われることもなく、休むことも許されない。

 強い敵には正面からでは勝てない。

 ならば、と裏をかいてくる。

 その考えは正しい。

 どんな経過でも勝てばすべてが正しくなる。

 卑怯な手でも勝者の側からすれば策略だ。

 弱者の声など踏みつぶされて誰にも聞こえることはない。

 だから奴らは、強者である私に精神的な揺さぶりをかけに来た。

 だが、奴らは人間だ。耐久力は吸血鬼と比べ物にならない。

 

 しかし、奴らはその障害を乗り越えてきた。

 人間の武器はその数の多さ。

 個には組織で襲い掛かってくる。

 しかも、奴らはかなり大きな組織らしい。

 追われ続けてもう一週間ほどになるが、何度か人員が交代している。

 おそらく、私が逃げている位置を逐一報告し、予想を立てて交代の人員を送っているのだろう。

 こちらは一人。休むことは許されず、ただ精神をすり減らしていく毎日。

 その点奴らは、交代で私を監視し、交代で休んでいる。

 これでは負けは見えている。

 

 ……いっそのこと、体力が残っているうちに奴らを――

 

 そう思いもしたが、奴らも弱者とはいえ手練れだ。

 さらに、先の戦いで自分の従者である兵器人形『チャチャゼロ』は壊されてしまっている。

 幸い核は無事だったため、修理すれば元通りだが、その暇さえ奴らは与えてはくれない。

 従者のいない魔法使いなどいい的にしかならない。

 吸血鬼の多大な魔力があっても使えなければ意味がない。

 身体能力は普通の人間とは比べ物にならないほど高いが、このようなからめ手を使ってくる奴らだ、その対策も取られているだろう。

 状況は硬直していて、しかもこのままでは自分がどんどん不利になっていく。

 

 ……くそっ! そのためにも早くチャチャゼロを修理したいのに……!!

 

 思考に焦りが出始め、しかもそのことに気づきさらに焦りが膨らんでいく。

 

 ……くそ! なんで私がこんな目に……!

 

 いつの間にか思考は別の方向へ向かっていった。

 その思考は、この100年間幾度となく行ったもの。

 すなわち、吸血鬼(こんなからだ)になったことを恨むもの。

 

 なんで、なんで、どうして。

 

 何度尋ねても返事など帰ってくるはずもない。

 尋ねる相手など自分しかおらず、自分も答えなど持っていないのだから。

 唯一の答えとなりそうなものは、もうとっくに壊してしまった。

 10歳の誕生日に、自分を吸血鬼(こんなからだ)にした男は、この手で殺してしまったのだから。

 その時点での恨みは晴らしてしまい、そのあとに生まれたものをぶつける場所はもう失われてしまった。

 よってその恨みは自分の中に溜め込まれるばかり。

 

 そうやって溜め込まれたものが100年分。

 人間ならばとっくに狂っているだろう。

 そうならないのは、自分が吸血鬼だから。

 だがそれは幸いにはなりえない。

 発狂という逃げ道がなくなったということなのだから。

 ならばいっそのこと、とつかまって処刑されてみようかと思ったこともある。

 だが、今ある道具では自分を傷つけることはできても完全に殺すことはできない。

 苦痛があるばかりで、死という安らぎにたどり着くことはない。

 自分に残された道は、ただ生き続けるという地獄のみ。

 

 そうしてまた、晴らせぬ恨みがまた一つ積み重なる。

 

 いつか自分を受け入れてくれる場所がある、と信じて旅をしてみても、出会うのは自分を狙う刺客のみ。

 一縷の望みを託してわたってきた魔法世界にも、そんな場所はなかった。

 ばれれば追われ、隠してもばれ、また追われる日々。

 いい加減うんざりだ。

 だがそれでも、逃げ道がない以上、そこに居続けるしかない。

 

 恐怖と苦痛、疲労、そして、……孤独。

 それらと共に生きていくしかない。

 

 ……いや、孤独だけは解決できるな……。

 

 そう、孤独だけは解決する手段がある。

 とても簡単な方法が、一つだけ。

 

 

 

 

 ――気に入った人間を吸血鬼(なかま)にすればいい。

 

 

 

 

 そこまで考えて、考えてしまった自分に恐怖する。

 いきなり吸血鬼(ばけもの)にされる恐怖と絶望を自分は知っているはずなのに。

 にもかかわらずその方法を考え、一瞬とはいえ『それも良いな』と考えてしまった自分の吸血鬼(じぶん)らしさが恐ろしく、また嫌になる。

 

 そうしてまた一つ、自分に恨みを積み重ねる。

 罪重ねていく。

 

 そんな風に暗い考えに取り憑かれていき、またこの果てのない追いかけっこの疲れから、意識がもうろうとしてくる。

 また、たとえ今の自分が日の光に触れても大丈夫な体になったとはいえ、それでも太陽の光が好きになったわけではなく、いくら日の光を避けて森の中を進んでいるとはいえその精神的な苦痛もあいまって、集中力はもう底を尽きかけている。

 

 だから気が付かなかった。

 

 追っ手の状況にも。

 

 身の回りの気配にも。

 

 自分に近付いてくる気配にも。

 

 自分の目の前に現れた男の姿にも。

 

 

   ●

 

 

 反応できなかった。

 いきなりあらわれた(実際には気配も隠さず近付いてきていたのだが)男の姿に、一瞬何も考えることができなかった。

 目の前に現れた男はローブをまとっており、顔はよく見えない。

 おそらく、気配を隠していた追っ手の一人が、隙ができたと判断して襲い掛かってきたのだろう。

 

 ……くそっ! ここまでか!!

 

 今日だけでも何度ついたかわからない悪態を心の中で突きつつ、臨戦態勢を取る。

 だが、すぐに違和感に気付く。

 

 ……どうしてこいつは今私の目の前にいる……?

 

 隙をついて襲ってくるならば、そもそも自分の視界に入ること自体がおかしい。

 全く視界に入らずに仕留めるか、姿を見た時にはもう動けなくしておくのがこいつの仕事のはずだ。

 だが、私に疲労はあれども無事であるし、体も動く。

 ならばこいつは追っ手ではないただの一般人か、あるいは、

 

 ……何かの罠か。

 

 後者の可能性が高い。

 いつまでたっても隙を作らない私に奴らがじれて、隙を作るために設置した罠。

 確かにいきなり目の前に人影が現れれば驚き、隙もできるだろう。

 だが、その考えもすぐにおかしいと気付く。

 その理由も簡単で、罠だと考えることができているからである。

 本来ならば、目の前の男を見て、気を取られた瞬間に仕留められていないのは不自然だ。

 罠でもない。ということは……。

 

 「貴様、何者だ? ここいらの町の者か?」

 

 なんだかわからないが、考えていても埒が明かないので、とりあえず質問してみることにする。

 そうして、関係者ならば始末するなりなんなりするし、無関係ならば最低限の警戒は残しつつ巻き込まないようにここから離れることにしようと思う。

 そんな悠長なことを考えている余裕はないのに、ぼやけた頭は平和なことを考えてしまう。

 質問の答えにかかわらず、戸惑ったような口ぶりならば無関係、押し殺したような声ならば関係者。

 そういう判断基準を持って、一言目で見極めようと思った。

 そして、目の前の男はローブのフード部分を背中側にやり、奇妙な髪形と髪色(頭髪すべてを頭の後ろになでつけたような髪型に、顔のサイドに一筋白髪が入った黒髪)に鋭い視線を持った顔を出すと。

 

「やあ、こんにちは、エヴァンジェリン君。……君と友人になりに来たよ」

「…………は?」

 

 落ち着き払った声に予想していない言葉。

 判断基準外のセリフにまた思考が止まる。

 

 ……なんだ? こいつはなんなんだ? いやマジで。

 

 戸惑っていると、目の前の男は何を勘違いしたのか、

 

「ああ、君を追いかけていたストーカー達四人なら君の幻を追いかけて明後日の方角に向かったよ。だから君は安心して私と歓談できる。心配はいらないよ、私は場をわきまえずに長話をするほど愚かではないからね」

 

 そんな訳のわからないことを言い出した。

 だが、辺りの気配を探ってみると、確かに今まで感じていた気配が見当はずれな方向へ去っていく。

 

 ……助かった、のか? いや、その前にこいつは……?

 

 一瞬安堵を得そうになるが、気を引き締めて目の前の男の正体を暴こうとするが、

 

「……貴様、何……者だ。何の……つもりで……こんな……こと……を……」

 

 一瞬でも得てしまった安堵により、体は休息を求めてしまう。

 

 ……まず……い……。

 

 そうして意識は遠くなり、そのまま地面に倒れこんでしまう。

 意識を失う直前に感じた地面の感触は、なぜか温かく、そして懐かしいモノだった。

 

 

   ●

 

 

 ……暖かい。

 

 心地好い、暖かさ。

 この100年間、感じる事のなかった空気。

 100年前までは当たり前だった空気。

 100年前にいきなり奪われた空気。

 もう得られるはずの無い物を、なぜかまた感じている。

 それはまるで、今までの100年が夢だったとでも言うように。

 目を覚ませば優しかった使用人がいて、着替えて朝食に行けば父と母が笑顔でいてくれて。

 その笑顔に自分も笑顔になって、元気良く、でもおしとやかに挨拶をして。

 それを見た両親の顔がもっと優しいものとなって。

 そうしてそのまま朝食が始まって。

 そんな日常の始まりを思い出させるような、そんな空気。

 

 今では非日常の最たるものとなってしまった、そんな空気。

 

 取り戻せない物であるとわかっていたとしても、諦め切れない。

 もしかしたら、今までの出来事は全て悪い夢で。

 目が覚めたら、いつも通りの日常(非日常)が始まるかも知れないと。

 そう思って目覚め、何度絶望したことか。

 それでもなお、信じて、祈ってしまう。

 目を開ければ、全てが悪い夢になっていますように、と。

 そして今もまた、そんなことを考えながら、目を開けた。

 

 

 そこは、まだ夢の中だった。

 

 

   ●

 

 

 真っ白なシーツにふかふかのベッド、

 横を見れば開け放たれた窓からは木漏れ日が差し込み、

 反対側を見れば寝室としては一般的な広さの部屋に趣味のよい家具がほど良い加減で置いてあり、掃除もよく行き届いている部屋がある。

 今の自分では夢の中でしか出会えない物ばかりがそこに並んでいる。

 てっきりどこかの洞穴か廃屋でいつものように目覚めたと思っていたのだが、やはりまだ夢の中らしい。

 ならばもう少し浸っていようと部屋の中や窓の外をぼーっと眺めていると、夢の中に見知らぬ登場人物が現れた。

 その人物は部屋の扉を静かにあけて中に入ってきた。

 そして私が目を覚まし、起き上がっているのがわかると顔を笑顔にして、

 

「おはようございますお嬢様。お目覚めはいかがでしょうか?」

 

 私の家にはこんな家政婦はいたっけか、と思いながら返事を返す。

 

「ああ、悪くない」

「それはようございました」

 

 にっこり笑ったその女は、自分の着替えを手伝ってかわいらしい外見相応(年相応ではない)の服を着せると、まだ少しぼーっとしている私に、

 

「それでは朝食にいたしましょう。準備はもうできておりますし、ご主人様もお待ちです」

 

 そう言って私をどこかに案内していく。

 ずいぶん長い夢だなあ、とか、こんな屋敷見たことあったかなあ、とか考えながらその女についていく。

 少し歩くと他の部屋の物より少し大きく立派な扉があり、私を案内してきた女はその前で立ち止まり、

 

「こちらでご主人様がお待ちです。どうぞお入りください」

 

 と促してくる。

 そのうえ扉を開けてくれもしたので、もはや入る以外の選択肢はなくなった。

 そうして中に入ると、寝室や廊下と同様によく掃除が行き届き、家具の趣味もいい、広々とした部屋があった。

 その部屋の真ん中には少々大きめの机があり、そこにはおいしそうな朝食が2人分向かい合わせで並んでいる。

 扉から少し歩いたところには私が座るのであろう椅子があり、その席の机を挟んだ反対側には、男が座っていた。

 夢ならばそこに父がいるのだろうな、と思ってみてみると、残念ながらその男は父ではない見知らぬ誰かだった。

 少々残念に思いながらも、では誰だろう? とよく見てみると、どこかで見た覚えのある顔だ。

 見た覚えはあるのだが、と思い出せないでいると、その様子を眺めていたであろう男が苦笑気味に声をかけていた。

 

「やあ、おはよう。よく眠れたかね?」

 

 そのどこか偉そうな声に、私は寝ぼけた頭を一瞬でクリアにし、今までのことを思いだしていた。

 

 ……そうだ、こいつは森の中で私に声をかけてきた……!!

 

 思い出した瞬間に私は周囲を警戒し始めるが、

 

「今更何をやっているのかね。私がその気なら、君は三桁の回数は殺されているよ?」

「うるさい! 貴様は何者だ! 私をどうする気だ!?」

「私が何者か、か……。それは私も知りたいことだ。私という種族は私しかいないだろうからね。説明しようにも『私は私だ』としか言えんよ。あと、君をどうする気かと言えば、これから始まる朝食に招待しようとしているだけなのだがね」

「ふざけるな!! 貴様、私が誰だかわかっていないのか!?」

「わかっていなかったらどうするつもりかね? 自分は悪名高き『吸血鬼の真祖』だとでも言うつもりかね? そんなことをしてもトラブルの種にしかならんよ、エヴァンジェリン君?」

「……っ! 貴様、私が誰だかわかっていてなぜここに招いた? 私は追われる身だぞ? 下手に匿えば貴様も追われることになる。それがわからんのか?」

「下手に匿えば、か。ならば上手く匿えばいい。それだけのことだよ」

「ずいぶんと落ち着いているな? どうせうまく取り入って私が油断した時を見計らって私を追っ手に突き出そうという魂胆だろうが、そうはいかんぞ!」

「だから、そうしようと思えばそうする機会はいくらでもあったと言うのに。寝ている間に縛り上げて封印してしまえばすぐに突き出せるし、そうすればわざわざこんな朝食会など開く意味もない。今頃私は受け取った賞金で豪遊しているだろうさ」

「ならば何が目的だ!? 不老不死の秘密でも知りたいのか!? 生憎だが私を調べてもそんなものはわからんし、私もこの体のつくり方はしらんぞ!!」

「それこそ私にとってはどうでもいいことだよ。私にとって不老不死(そんなもの)は何の価値もない、とるに足らない物だ」

 

 

「―――貴様ぁーーーーー!!!!」

 

 

 もう限界だった。

 理不尽なものだとは分かっているが、どうしてもこの怒りを抑えることができない。

 先ほどまでの正しすぎる正論にも苛立たせられたが、この怒りほどではない。

 

 こいつは今なんといった?

 不老不死を『そんなもの』だと?

 私がこんなにも苦しめられているものに対して『そんなもの』?

 許せるわけがない。

 何も知らぬ『若造』風情が、

 

「知った風な口を、きくなぁーーーーー!!!!」

 

 こいつが何を考えているかなど関係ない。

 今すぐこの場で殺してしまえば、それで終わりだ。

 吸血鬼のバカ高い魔力に物を言わせて、無詠唱で魔法を発動させる。

 

「喰らえ! 闇の吹k―――」

 

 魔法を目の前の男に打ち込もうとした瞬間、

 

「―――っ!!!!」

 

 いきなり場面が変化した。

 

 

   ●

 


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