●
いきなりの言葉に、場の空気は一瞬で凍りついた。
だが、エヴァンジェリンも歴戦の強者、簡単に我を失ったりはしない。
何があったとしても、思考を止めることは死につながるのだから。
……え? 雌? 奴隷? いや、あの、えーっと、それは、その、つまり、なんだ。
だからその、あー、うん、いやまて、そうだ、でも、うん、これはつまり、えーと、
あ゛ーーーー!!??
多少思考が滅茶苦茶でも、思考を止めてはいけないのだ、……たぶん。
パニックを起こしているエヴァンジェリンを見ながら、ミコトは冷静にくすんだ銀色の指輪を左手中指にはめ、
「少しは真面目にやりたまえ、この駄メイドが」
言うと同時にキャロルの頭上に向かって指をパチンと鳴らす。
するといきなりキャロルの頭の上に妙なモノが現れ、そのままキャロルの頭に向かって落ちていき、
「あいたーーー!!」
バン、ともベコン、とも聞こえる何とも言えない音が起こり、頭を押さえてうずくまるキャロルの横に、いきなり現れたモノがガランガランと音を立てて転がっていく。
それはひらべったく、丸い容器で、くすんだ銀色をしていることから何かの金属でできていることがわかる。
底面積に対して高さが極端に低い円柱の中をくり抜いて器にしたようなそれは、おそらくミコトが出したモノなのだろう事がわかる。
その光景を見て、少しは冷静になれたのだろうエヴァンジェリンは、顔を赤らめ、少々引きながらミコトに向かって言う。
「あー、その、なんだ。……ミコト、侍女に手を出すのは良いが、少々変な趣味に走りすぎていないか? 友人として、それはどうかと思うぞ?」
「頼むからこの駄メイドの戯言を本気にしないでくれたまえ、エヴァ君。私がこの駄メイドに手を出したという事実は存在しない」
「そっ、そうか。ならばいい。ところで、さっき落ちてきたのは何だ? お前が出したんだろう?」
エヴァンジェリンが尋ねると、ミコトは先ほどつけた指輪を見せて、
「ああ、この指輪の能力だ。これは私が作った対駄メイド用ツッコミ専用魔法具の一つでね、好きな場所にこの容器、タライを呼び出すと言う効果がある。その名も、『そこにタライがあったらい~な』だ。名前に関しては、旧世界、地球は極東の島国の言葉を学べば意味が分かるようになるよ」
「……そうか、なんとなくくだらなそうだから意味に関しては知りたくはないな。というか、なんでタライなんだ?」
「特に意味はない。怪我をさせない程度にダメージを与えるためにはこのあたりが良いかと思ってね」
そんなことを話していると、キャロルが頭を押さえながら立ち上がって、
「なっ、何をするんですかご主人様!? 痛いじゃないですか!! ……はっ!? やっぱりご主人様の好み的には『エロペット』の方が良かったですか!?」
指が二回なって悲鳴が二回響いた。
「……いい加減にしたまえ、キャロル君。次はないよ?」
「は~い、わかりました。ボソッ(……でも、もう一回くらいなら……)ってすいません、本当にもうしませんから!! だからその右手の刀をしまってください!! さすがにそれはシャレになりません!!」
「だったらきちんと自分の身の上をエヴァ君に話したまえ。……全く、どうしてこんなふうに育ってしまったのか……」
「……なんだ、お前たちは親子なのか?」
「当たらずとも遠からず、と言ったところかね。……ここからは自分で言いたまえ。また変なことを言ったら……、わかるね?」
「は~い、わかりました~」
そう言ってキャロルはエヴァンジェリンの前に立ち、
「それではエヴァンジェリンお嬢様、私のことを説明させていただきます。……ん~、そうですね~、とりあえず、見てもらった方が早いですね♡」
そう言ってキャロルはエヴァンジェリンに手袋をした自分の右手を差し出す。
「お手を拝借いたします♡」
「あ、ああ」
いきなりのことに少々戸惑いつつも、エヴァンジェリンは右手を差し出し、握手の形をとる。
「ちゃんと握ってますね? それでは行きますよ~?」
何をだ? という問いを発するまでもなく、その結果はやってきた。
「えいっ♥」
かわいらしい気合の声とともに、彼女の体からパキッ、という軽い音が響き、次の瞬間、エヴァンジェリンの手にわずかな重みがかかる。
キャロルが一歩下がったのを見て、何事だ? と思って自分の手を見ると、自身の手には右手の手袋が残されていた。
そう、ちゃんと
「うわぁ!!」
自分の手の中に残された右手首を見て、驚きのあまり声を上げ、さらにはそれを放りだしてしまう。
空を舞った手首は、大した時間をおかず、今までエヴァンジェリンたちが向かい合っていた机の真ん中にポトリ、と予想外に軽い音を立てて落っこちた。
「えっ、いや、あの、ちょっ、手首が……」
再びパニックになるエヴァンジェリンの目の前で、
手首が五本の指を足のようにして立ち上がった。
「…………え?」
混乱しすぎて反応ができなくなったエヴァンジェリンの目の前で、手首は五本の指を器用に使い、蜘蛛のようにトタタタタ……、と駆け寄ってくる。
その様子は少し、否、かなりホラーなものであり、エヴァンジェリンも「うぉわーーー!!!」と妙な悲鳴を上げ、椅子ごとひっくり返り、頭を打ち付けてしまう。
その様子を目を見開いて驚いた顔で見ていたキャロルは、机の上を自分の方に向かってきた手首を左手で受け取り、元の場所に付け直しながら、
「あらあら、少々驚かせすぎてしまいましたかねぇ♡ ……ええご主人様、キャロルは深く反省しております。ですので首筋に突き付けているこの刀をどうか収めてくださいませ」
「……真面目にやれ、と言わなかったかね?」
「いえ、あの、事実だけ言っても信じられないかな~っと思いまして。だったら見せた方が早いかな~、と……」
「……まあいい。――どうかね、エヴァ君、これで分かったかね?」
ぶつけた後頭部を「あいたたた~」と押さえながら立ち上がったエヴァンジェリンに対してミコトが尋ねると、エヴァンジェリンは困惑の表情を隠さずに言う。
「……いや、何が何だか……。義手……なのか?」
「ふむ、二割正解、と言ったところかね」
「ヒントです。私の体は全身作りものですよ♡」
その言葉に、エヴァンジェリンの表情は驚きに染まる。
「全身、作り物? ――まさか、人形、なのか?」
「正解だ、エヴァ君」
その言葉に、エヴァンジェリンはキャロルの体をまじまじと見まわす。
侍女服で全身を包んでいるし、ソックスや手袋で肌をほとんどさらしていないが、その動きはとても自然なものだし、顔も人形とはとても思えない。
自分も人形遣いであり、それにより数多くの人形に触れてきたし作ってきた。だが、ここまで人間らしく、ここまでしっかりした自我を持っている人形は見たことはないし、作ることもできないだろう。
「人形……、とてもそうは見えないが……?」
「そうですね~。それでは……、えい♥」
エヴァンジェリンの疑いの声を聞いたキャロルは、しばし考えるそぶりを見せると、両手を耳をふさぐように顔の横に添えると、またかわいらしい掛け声とパキッ、という音と共に、
自分の首を外して見せた。
もはや驚きよりもドン引きの方が強くなって少し離れたエヴァンジェリンに対してキャロルは笑顔を浮かべた自分の首を差し出して、
「どうかいたしましたか? エヴァンジェリンお嬢様? そんなに驚いてた顔をして。かわいいお顔が台無しであいたーーー!!」
そのまま何もなかったかのように話し始めたキャロルの首の上にまたタライが落ちてきて、キャロルの悲鳴が響いた。
「そんなに何度も何度もタライをぶつけて、おかしくなったらどうするんですか、ご主人様!!」
「この程度の衝撃でどうにかなるほど軟な作りにすると思っているのかね? 大体これ以上おかしくなることはないだろうが。私としてはすこしぐらいおかしくなれば逆に正常になるのではないかとふんでいるがね。ともあれさっさと首を元に戻したまえ。いたずらが過ぎるぞキャロル君」
「は~い」
さすがに何度もタライを喰らうのは嫌なのだろう。キャロルは素直に首を元の場所に戻した。
その光景を見ながら、エヴァンジェリンは先ほどのミコトの発言について尋ねる。
「おい、ミコト。今お前、こいつを自分で作ったように言っていたが……?」
「うん? ……ああ、その通りだよ。キャロル君は私が作った
「
「まあ、かなり苦労したのは事実だがね。さあキャロル君、改めて自己紹介を。今度は真面目にやりたまえよ」
「は~い、了解しましたご主人様♡」
そういうとキャロルは真面目な顔になってエヴァンジェリンの前に立ち、スカートを少しつまんで優雅な礼をすると、
「私はご主人様……、ミコト様により作られた試作型
いきなりの変わり様に面食らっていると、ミコトが感心したように、
「やればできるではないかね。だてに稼働時間が現実時間で100年、魔法球使用による実時間で約せ「ご主人様? 女性に歳の話題は厳禁ですよ♥」……さて、この話はいったん止めて、食事にしようか。冷めないうちに、ね」
「はい、ご主人様♡」
冷や汗を流しながらのミコトの提案に、にこやかに応じたキャロルは持ってきたワゴンから食事の皿を机の上に並べていく。
そうしてすぐに食事の用意を整え、ミコトの隣に立ったキャロルは、
「それではご主人様、お嬢様、ごゆるりとお召し上がりくださいませ。お食事の後、エヴァンジェリンお嬢様にはデザートとして果物を。ご主人様には果物と私をご用意いたしておりますのでお楽しみにおぉっと危ない!!」
また戯言を繰り出し始めたキャロルにミコトはまた指を鳴らしてタライを呼び出すが、そう何度も食らってはいられないとキャロルは両手を頭上に差し出してタライを受け止める。
「おや、よく受け止めたね」
感心したようにミコトが言うと、キャロルはタライをワゴンの上に置きながら自慢げに、
「フフフ……、私はご主人様謹製の
「そうか、では、これでどうだね?」
そういうと、ミコトはことさら大きく指を鳴らす。
すると、今までの直系50センチほどのタライとは違い、直径が2メートルもある大きなタライが降ってきた。
だがそれも、キャロルは多少ふらつきながら受け止めてしまう。
「おっとっと。……フフフ、少々戸惑いましたが、この程度ならば応用の範囲内です。ご主人様のタライアタックを学習した私にはもう通用しませんよ!!」
タライを持ち上げながら勝ち誇るキャロルに対し、ミコトはそっけなく、
「そうかね、ではしばしそのままでいたまえ」
そう言いながらミコトは空中で手を少し振ると、タライを掲げるキャロルを放って食事を始めた。
その間に、キャロルの掲げるタライの中から妙な音が聞こえてきて……。
「あの~、ご主人様? なんだかタライの中に水が注がれてるような音が聞こえるのですが……?」
「ふむ、君の聴覚素子は正常に稼働しているようだね」
「なんだかだんだん重くなってきたのですが……?」
「感圧素子の調子もよさそうだ」
「あ、あの、ご主人様? さっき何か魔法を使われましたか?」
「魔力感知装置も良好だね。……ああ、水の魔法を使ったよ。ただ単に特定の場所に水を発生させるだけのものだから、水の属性が得意でなくとも発動は可能だよ」
「あ、あの、ご主人様? これ以上は……、無理って重さに……、なってきたのですが……?」
「今度は人工筋肉の耐久度の調査だ。制限時間は私たちの食事が終わるまでだからしっかりやりたまえ。ああ、こぼしたらその倍の重さで行くからね?」
「ぬ、ぬぉーーー……。そ、そんなーーーー……」
「さて、我々はキャロルの言う通り、ゆっくり食事を続けるとしようか」
「……ああ、そうだな」
場をさんざんひっかきまわした彼女を心配するものは、この場に一人もいなかった。
●