なぅ、ぷりんてぃんぐ! ~二次元美少女を実体印刷!!~ 作:きゃら める
* 4 *
「いつもありがとうございます!」
「――%$#」
「あ、ありがとうございます……」
差し出された本を俺が確認し、千夜がお金を受け取り、それを渡されたソフィアが瞬時に計算して釣り銭を客に手渡す。
俺がやってるのは売れた本の集計と、減った本の品出しと、乱れた場所の整理くらいだが、そんなサイクルを開始してもう一時間ばかり、ひっきりなしに客が来ていて、せっかく人数分の椅子があるのに座ってる暇もないほどだった。
約束通りに、と言うべきか、俺の横でエルは立っている。
事前にお願いした通り桜色の鎧を身につけ、装飾よりも実用性重視の剣を腰に佩き、ただ呆然と立っている。
ヴィクトリアンスタイルのメイド服のソフィアはいつものこととして、何故か千夜も、以前俺が暴走してがっつり気合いを入れてつくった戦乙女エルディアーナのコスプレ衣装を、いままでは拒否っていたのに今日は着ていてくれたが。
今日来ているのは数日前にエルに言った通り、祭りの会場だった。祭りと言っても、中規模程度の同人誌即売会だったが。
本と言えば電子書籍が当たり前の時代になったが、紙の本の人気は根強く書店は絶滅には至っていないし、同人誌に関してはいまなお印刷刊行が主流だ。
広いイベント会場の外壁沿いという、目立つし人が裁きやすい良好な立地にスペースを構える俺のサークル「ヴァルキリー・オペレーション」は、多少ガタのある長机の上にクロスを敷き、「放浪の戦乙女」第二部七巻を新刊として、第二部既刊六巻までと、第一部総集編の計八冊を並べている。
いつも手伝ってくれる千夜の他に、ソフィアという強力過ぎる助っ人と、まさに作品の中から飛び出してきた姿のエルをマスコットとして、いつもの二倍近い勢いで自作同人誌を頒布しまくっていた。
写真についてはソフィアが妨害電波を発して撮影できないようにしていたが、ネットではエルは勿論、根強い人気のメイドの上、ロボットスタイルのソフィア、こっちの世界でもけっっこう人気のある千夜の初コスプレということで話題が駆け、冷やかしも含めて早い時間からかなりの人が集まる事態となっていた。
「……これは、祭りなのか?」
新刊がほぼ完売し、在庫の少ない既刊本にも欠品が出始めた頃、やっと人集りが途切れてひと息つくことができた。
会場に到着してからずっと呆然としていたエルは、椅子に座ってもやはり呆然としたままで、問いかけていると言うより呟いている感じの言葉を漏らしていた。
「お祭りと言えばお祭りかなぁ。和輝がマンガ描くの早いから、月一回くらいは来てる感じだし、定期行事みたいになってるけど」
「いつもより人は多いけどね」
「そりゃあまぁ、いつもより花が多いからねー」
「……確かに」
いまは売り子にはソフィアが立ち、いつのまにそんなものを使えるようにしたのか、小型のタブレット端末で合計金額の表示や本の案内をしたりと、喋れないのにお客さんの対応をそつなくこなしていた。
俺と千夜とエルは、椅子に座って空いた椅子の上に置いた、ソフィアと俺とで朝早くにつくっていたサンドイッチをつまんでいる。
同人活動を始める前、ちょっとしたことで名が知られていたこともあって、多少絵が上手い程度では苦戦を強いられるオリジナル作品を扱う創作同人サークルとしては、俺は中堅程度の人気となっている。それが今日は創作系大手にも手が届きそうな集客となったのは、千夜のコスプレとエルとソフィアという新戦力のおかげだ。
確かに俺や千夜にとっては一種の祭りだったが、想像と違っていただろうエルは、いまだに状況に追いつけていない様子で、けっこう気合いを入れてつくったローストチキンサンドを、……まだ三つしか食べていない。
何か声を掛けてやろうと思ったが、人と話すのが苦手な俺は、こういうときに何て言ってやればいいのかわからない。
ちらりと千夜の方に視線で助けを求めると、何か噴き出しそうになりながらもエルに声をかけてくれる。
「今日は元気ないね、エル。さすがにお祭りってのが想像と違い過ぎた?」
「それもある、が……。なんと言うべきか、わたしが、……いや、わたしの物語は、こうして人に売り渡され、広まっているのだな、と思うと、何だか奇妙で、何と言っていいのかわからない感じがあってな……」
「あー。そりゃそうだよねぇ」
エルにかける言葉が思いつかないらしい千夜だが、それについては俺も同じだった。
私小説を書いて頒布してるならともかく、自分の生きてきた軌跡をマンガにされて売られているという感覚は、さすがに俺でも理解しようがない。
「でもこうやってエルの物語ができていってる、ってのは確かなんだよね」
「エルのだけじゃないだろ。お前の話だって収録してる」
「あ、あははははっ。それはそうだけど」
第二部の一巻からは、俺の同人誌にはエルの物語だけじゃなく、画才のない千夜が書いたファンタジーロボットものの小説をページを増やして収録している。
二次創作とも違うオリジナルの作品だが、彼女のロボット好きが反映された作品と言えるものだった。
まだそれほど小説に書き慣れているとは言えない千夜だが、千夜の小説目的で俺の本を買ったり、感想が届く程度には人気が出始めていた。
「……まぁ、本の利益は得るの生活費に回すってことでお袋と話はついてるし、今日はエルが手伝ってくれたおかげでこれだけ売れたんだし、よかったよ」
「そういう話になっていたのか」
四つ目のローストチキンサンドを口に運ぶ手を止めて、目を丸くしたエルに俺は微笑みかける。
お袋も親父も稼ぎは良い方だから余裕はあるが、エルのことについてはリアライズした俺が責任を取れってことで、これまでフィギュアやマンガとかのオタクグッズや、機材や資料に使っていた利益を全部でないにしろ生活費に回すって話になっていた。
食費の他はあまりかからないとは言え、人ひとりを養うのは所詮中堅クラスの同人誌の売り上げではまかない切れるものではないから、お袋も援助してくれるし、俺も売り上げをエルに使うことは異存はなかった。
「あたしだって頑張ったでしょう? こんな格好もしたんだし」
「……まぁ、そうだよな」
立ち上がってくるりと回り、コスプレ姿を見せてくれる千夜。
さすがに金属製で本物の鎧や剣であるエルの姿に遜色がないとまでは言えないが、樹脂成形の専門の業者と相談したり、塗料や布地の素材を選んだりしてつくった千夜の戦乙女衣装は、そこらの安物コスプレ衣装とは一線を画した出来映えだ。
ウィッグとかは用意してなかったから、ツーサイドアップの濃い茶色の髪はそのままだが、エルの隣に立つと、千夜は戦乙女の姉妹と言っていいくらいの姿をしていた。
同い年くらいの女子としては大きい方と言っても、エルほどは胸のない千夜が身につけたブレストアーマーは、ちょっと虚勢を張ったサイズになってしまっているが。
「でもなんで、今日はそれを着てくれたんだ? 千夜。いままで拒否してたのに」
「いや、それはまぁ、なんて言うか……」
「今日は後でロボット展見に行くんじゃなかったのか? 早めに行かないと撤収までに戻ってこられなくなるぞ」
「えぇっと、今日は、その、ううぅ……」
何かに困ったように千夜は口ごもり、隣に座るエルに視線を投げかける。
どういう意味を込めた視線なのかはわからないし、卵サンドを頬張っているエルも不思議そうな顔をしているだけだった。
「――*&%$」
「ふむ。なるほど」
「莫、莫迦っ。そんなんじゃないから! 違うっての!!」
振り向いたソフィアが何かを言うが、俺にはその言葉の意味は理解できない。
納得したらしいエルは食事を進め、千夜は顔を真っ赤にして俯いてしまっていた。
「うぅぅー。ロボット展はまた来年でも行くからいいのっ。今日はもうここにいるから気にしないで、和輝!」
「……わかった」
恥ずかしがっているらしいが、俺には千夜が何をそんなに恥ずかしいのかわからず、考えるのも放棄した。
「あの……、新刊はまだ残っていますか?」
ふたつ目のサンドイッチを食べ終えてソフィアと交代しようと立ち上がったとき、小さく、そしておずおずとした感じの声がかけられた。
見ると長机の向こう側に立っていたのは、コスプレをした女の子。
「すごっ……」
あっちには聞こえないくらいの声で呟く千夜の感想に、俺も同意せざるを得なかった。
おそらくウィッグだろうが、お尻の辺りまでの長さがある真っ白な髪。
レオタードのようなアンダーウェアを着、胸や腰、肩や腕には光沢のあるプロテクターを身につけ、目を覆っているのは、形こそ千夜が持っているのと同型だが、パールホワイトに輝くスマートギア。
千夜はもちろん俺も見ている、現在二期が絶賛放映中のロボットアニメ「ピクシードールズ」。人形サイズのロボットが人間サイズになって戦うバトルものだが、それに登場するシンシアというロボットを、原作のイメージよりちょっと小柄ではあったが、彼女は忠実にと言って良いくらいに再現していた。
千夜が今日着ているエルディアーナのコスプレも気合いを入れてつくったものだが、それよりもさらにハイレベルな衣装の出来映えだった。
「新刊ですね」
ソフィアに変わって前に出て、今日の新刊の最後の一冊を手に取る。
決して大きくない胸に手を当ててホッと安堵の息を吐くと、イメージを壊さないためだろう、彼女は白く光沢のあるバッグから財布を取り出した。代金を受け取ってソフィアに渡し、新刊をシンシア姿の女の子に手渡す。
目はスマートギアに隠れて見えないが、口元に嬉しそうな笑みを浮かべた彼女は、本を鞄に仕舞って、俺にぺこりと礼をしてから踵を返した。
「この前もそうだったけど、本当に気合い入ってるよね」
「うん……」
あの子が俺の本を買いに来たのは、たぶん三回目。最初は第一部の総集編を買い、前回は第二部を新刊までの六冊を全部買っていっていた。
前回もその前も、毎回気合いの入ったコスプレをしていて、ネットでもちょっと話題になっているらしかったが、本人は写真嫌いらしい上、顔を隠す感じの衣装が多くて正体不明だった。
「千夜が着ているものも見た目だけならばわたしの鎧と遜色のないと思えるものだったが、いまの方のはそれを上回るな」
コスプレどころか実物の鎧を身につけているエルですら、食事の手を止めて去って行くコスプレシンシアの姿を眺めていた。
――でもあの子、どこかで見たことがあるような気がするんだよな。
千夜にもエルにもうるさく言われて髭を剃った滑らかな顎をさすりながら、俺は少し考え込む。
いままで気づかなかったが、あの子の顔、というか顔の輪郭は、即売会会場以外のどこかで見たことがあったような気がしていた。スマートギアで顔の上半分が見えなかったし、ウィッグで本来の髪も隠れていたから誰だったのかまでは思い出すことができなかった。
「どうかしたのか? 和輝」
「……いや、なんでもない」
椅子から立ち上がったエルが俺の横顔を見ながら問うてくるが、いまひとつはっきりしないのでそう答えていた。
「――$#&」
「え? 何? 和輝が? 嘘?! そうなの?」
「何がだ」
千夜が慌てて俺に訊いてくるが、そもそもソフィアに何を言われたのかがわからないから答えようがなかった。
人混みの中に消えて見えなくなったシンシアの後ろ姿が、喉に引っかかった小骨のように、俺の中に残り続けていた。
*
即売会会場から駅へと向かう化粧タイルが敷き詰められた道には、人はまばらだった。
遅い昼食を求めて人が並ぶ店の辺りを通り過ぎると、まだ閉会には充分に時間があるため、晴れ渡った冬の寒空の下には、ベンチでくつろぐ人やたむろしている人々もいない。
地味な濃茶のPコートを羽織り、ダークグリーンのミニスカートに黒いタイツを合わせた赤坂このみは、口元に微笑みを浮かべながら大きなトートバッグを担ぎ直して駅へと急いでいた。
ヴァルキリーオペレーションのブースがいつになく盛況だとネットの実況情報を仕入れたときには少し焦ったが、他の本も含めて目的のものはすべて買うことができた。本を買う他には用事がなかったため、このみは混む前にと思って会場を後にしていた。
最後の新刊を買えたこと、ブースにまさに「放浪の戦乙女」の主人公、エルディアーナがそのまま飛び出してきたかのようなコスプレを見られたことも嬉しくて、このみはスキップしたい気分になっていた。
「あのさぁ、ちょっといいかなぁ?」
道の左右に植えられた街路樹の影から現れ声をかけてきたのは、三人の男たち。
このみと同じ高校生くらいの男子だろうと思えたが、嫌な笑みを浮かべて行く手阻む三人から逃れようと後退る。
「そこまでつき合ってほしいんだけどさぁ」
顔を近づけて言ってくる、リーダーらしいガタイのいい男のタバコ臭い息に顔を顰め、恐怖と緊張で硬くなってしまいそうになる身体を必死で後退らせていた。
助けてくれそうな人はすぐ側にはいない。悲鳴でも上げれば駆けつけてくれるだろうが、ひとりで逃げ切れるならばそうしたかった。
「あれ? こいつあいつじゃね? 確か一年の、ほら……」
「あぁ、確か郁代たちがいじめてるっていう。根暗で臭い奴とは聞いてたけど、さらにオタクだったのかよ」
リーダーの後ろに控えている男たちがこのみをいじめている女子の主犯格の名前を出した途端、足が動いていた。
男子たちが阻んでいる駅の方角ではなく、左手の方へ。日曜であるために今日は営業していないショールームなどの建物があるビジネスエリアに向かって、このみは走り出していた。
とにかく逃げることしか考えていなかった。
学校や、家の中でだけならともかく、いまのこの場所にあんな気分を持ち込みたくはなかった。
「おい! 待てよ!」
決して足の速くないこのみでは、不意を突いた逃走で少しは距離を稼げたと言っても逃げ切れるはずもなく、人気のない大きな建物の影に押し込まれる形で背中を押され、転んでしまった。
転んだ拍子にトートバッグの中身が零れる。
大きな荷物の大半は箱に収めて発送していたが、箱に入らなかったもの、今日どうしても読みたい本は、バッグの中に入っていた。乱れないよう小さくまとめておいた白いウィッグや、パールホワイトのスマートギアが、バッグから飛び出て覗いていた。
「うわっ、こいつレイヤーって奴なんじゃね?」
「レイヤーってあれだろ? アニメの格好とかしてる莫迦。パンツ丸見えとかでも恥ずかしくねぇのかよって」
「そういうので男釣って遊んでんだろ。オタクのモヤシ捕まえて金巻き上げるのもいいけど、こういう楽しみもいいかもな」
壁を背にするこのみは、三人の男子に囲まれ逃げることもできない。
「私は、そんなんじゃない……」
男子たちの言葉を受けて、このみは聞こえないほど小さな声でそう反論する。
「あー? なんだよ。聞こえねぇよ。何でもいいからとりあえず暖かいとこ行こうぜ。お前だってこんな寒いとこでしたくねぇだろ」
ふざけているとしか思えない男子の言葉に、このみは怒りを覚え始めていた。
倒れ込み、上半身を起こしただけの体勢のこのみは、両手の拳を強く握りしめる。
アニメやマンガに興味を持つようになったのは、中学に入ってから。
成績や生活態度には口を出すが、このみ自身には興味を示さない親に隠れて、データで済む電子書籍のマンガを買い、アニメの動画配信を見て過ごしていた。
自分と同じようにアニメやマンガが好きな人々が集まって開催される同人誌イベントが行われているのを知ったのは、中学三年のとき。
行きたいと思ったが、行く勇気がなくて、けれどあるときコスプレを知り、違う自分になって会場を歩くなら、と思って会場に足を運ぶようになっていた。
いまでは同人誌を買うよりも、アニメのキャラクターになり切ることが楽しくて、写真を撮られたりするのは怖くて撮影をしている広場には行けなかったが、このみにとって普段とは違う自分になれるコスプレは、生き甲斐にもなっていた。
男子たちが言うような不純な気持ちは、ひと欠片もなかった。
ただアニメが好きで、アニメのキャラクターを現実にしたくて、そのために衣装も頑張って自分でつくり、完成度を高めるためにこっそり業者にも手配をするようになった。
アニメが好きではないらしい彼らのような人間に、コスプレを貶されたくはなかった。
「なぁ、聞いてんのかよ」
かけられた気色の悪い声に、このみの中の怒りが膨れ上がる。
そのとき見つけたのは、鞄から零れている、スマートギア。
「――いなくなっちゃえ」
「あ? なんだって?」
手を伸ばしてきた男から逃れ、建物の出っ張りの隅へと逃れたこのみは、素早くスマートギアを被って電源を入れ、ケーブルを差し込んだまま鞄に仕舞い込んでいた箱を取り出し、スマートギアの映像出力に接続した。
「あんたたちみたいな人間なんて、消えちゃえ!」
叫び声を上げながら、このみは箱の上部にある稼働開始ボタンを押し込んだ。