なぅ、ぷりんてぃんぐ! ~二次元美少女を実体印刷!!~ 作:きゃら める
* 6 *
ダイニングテーブルに並んでいるのはビーフシチューが入った深皿とご飯の茶碗、サラダボール。本当はシチューに浸して食べるためのパンも準備していたが、それはいまここにはなかった。
食事はひとり分。
灯りは点いているのにいつになく暗く感じるダイニングで、俺はひとりシチューをすする。
エルは俺の家に住んでるわけだからいつもいたし、ここのところは千夜がなんだかんだと理由を付けて夕食を食べに来てたし、食事をつくるときはソフィアも手伝ってくれていた。
以前は当たり前だったのに、久しぶりのひとりの夕食は、味は申し分ないのに、何となく味気なさを感じていた。
「はぁ……」
「なんだ和輝。モテ期終了か? 理想の女の子に嫌われたのか?」
「理想の女の子じゃない。エルは作品の登場人物だよ」
俺の返事に含み笑いを漏らしているのは、お袋。
日曜も仕事の関係で出かけていたお袋は、膝下丈のタイトスカートなスーツを着ていた。
「今日はパーティか何かじゃなかった?」
「途中でフけてきた。だってせっかくの料理がオッサンの話でしなびてきちゃってたんだもん。あぁいうのは嫌よねぇ」
この前聞いた話ではアパレル業界の大御所か何かの記念パーティって話だったような気がしたけど、いいんだろうか、とは思う。
――まぁでも、お袋だしな。
ざっくばらんで歯に衣着せぬ言動のお袋は、業界では鼻つまみ者という話がちょくちょくネットに出てはいるが、高いセンスと手の早い仕事と、どんな相手でも間違いは間違いと言い、強引であっても筋も通せば尻ぬぐいもする性格のため、勢力はつくれなくてもフリーとしてひっきりなしに仕事が来ているみたいだった。
「んで、エルちゃんたちはどうしたの? 今日はイベントでその打ち上げの予定だったんじゃないの?」
「……エルには、嫌われたかも」
「ほほぉー」
何でか嬉しそうな顔をするお袋。
「んじゃあエルちゃんたちはいま千夜ちゃんの家?」
「うん。夕食もそっちで食べるって」
「え? んじゃあワタシの分のシチューはぁ?」
子供に見せるものじゃないだろう、と思うようなぐずった表情を浮かべるお袋。
今日はイベント上がりってことでいつもよりちょっと豪勢な食材を使って、金曜の夜からつくり始めたシチューをお袋が狙っていたのはわかっていたから、寸胴は奪って行かれたが自分とお袋の分はちゃんと残してあった。
「ちゃんと確保してあるよ」
「そっか。よしっ。着替えてくるから準備お願いっ」
エルほどでないにしろ美味いもの好きなお袋は、にぃと笑ってダイニングから出て行こうとする。
「一緒に食事しながら、今日何があったか聞かせてよ」
「ゾディアーグってあれか。確かエルちゃん主演のマンガに出てきたボス。真っ黒マッチョ」
「そう。ってか、よく憶えてるね」
税金関係の処理をお願いしてる関係で、本は毎回渡してあると言っても、よく内容まで憶えてるものだと思う。
夕食を食べ終え、今日あったことをひと通り説明した後、水色のパジャマに着替えたお袋は手酌で瓶ビールを飲みながら、眉根にシワを寄せていた。
「宿敵と戦わせずにあんたから金をせびり取ろうとした不良の命を救わせた、かぁ」
「そんな感じ」
コップに注いだビールをひと息で飲み干し、お袋は難しい表情を浮かべながら言った。
「エルちゃんがどう感じたのかもだいたいわかるし、和輝がそいつらを助けようとした理由もわかる。でもエルちゃんは和輝が何を考えてそいつらを助けたかわかってないんだぁね」
「うん。説明することもできなかったしね」
――それに、たぶん上手く説明することもできない。
帰りの電車の中で、不機嫌そうにしているエルに説明しようと思っていたが、上手く言葉にできなかった。家に帰って落ち着いてから話そうと思ったけど、家の前に着くなりエルに「今日は和輝の顔をこれ以上見ていたくない」と言われて千夜の家に行かれちゃったから、説明する機会も得られなかった。
こういうときは、人づき合いが苦手で、話すのも苦手な自分のことが嫌になる。
たぶん千夜にもそういうことがこれまでたくさんあったんだと思うけど、いまは彼女は言わなくても察してくれるようになった。
でもエルは、まだリアライズによって実体化し、話をするようになってから十日と経っていない。言葉にしなければ伝わらないだろう。
ため息を漏らし、俺は食後のコーヒーのカップを傾ける。
「何? そんなに凹んでるの? 女の子に嫌われるのはいつものことだったじゃない。やっぱりエルちゃんだから? この先はエルちゃんとどうなりたいの? 千夜ちゃんだっているのにさぁ。あぁー、でも、性格ならあのちょっと茶目っ気のあるソフィアちゃんもいいよねぇ。ロボットだけど。見た目は甲乙つけがたいしなぁ」
「……何言ってんだよ」
ニヤニヤ笑っているお袋がからかっているのはわかっているが、流す余裕も反論する元気もいまの俺にはなかった。
「でもさ、ゾディアーグみたいな魔神だったかって、この世界にいるわけないよねぇ」
「それもあるんだけど、あいつはゾディアーグじゃなかった」
「どういうこと?」
小首を傾げながら問うてくるお袋に、俺の感じたことを話す。
マンガの中でエルが戦ったゾディアーグは、腕力や魔法だけなく、知能が高かった。
魂の伴侶と認められる勇者に出会い、ハイ・ヴァルキリーとなったエルに苦戦するも、事前に仕込んでおいた計略で、自分が滅ぼされつつも勇者の魂を砕くような奴だった。
今日見たゾディアーグは、姿こそそのままだったが、喋ることもなく、魔法を使うこともなく、目の前に立ったソフィアに殴りかかるだけだった。
外見だけがゾディアーグで、中身は別物だったように。
そして奴の行動パターンは、エルをリアライズした日に出会った、サンショウウオに似た怪物も同じだった。
「じゃあ和輝は、今日出会ったゾディアーグとその前出会った怪物は同じようなもの、って考えてるわけ?」
「……わからない。でもその可能性は高いと思う」
「んーと、つまりどういうこと?」
新しい瓶ビールの戦を抜いているお袋が口にした疑問に、俺はいま考えてることを話す。
「もしかしたら、同じ人が生み出したのかも知れない。……リアライズプリンタで」
ビールを注いだコップを口に運ぶ手を止め、お袋が目を細める。
「和輝はリアライズプリンタが和輝のと千夜ちゃんの以外にもあるって考えてるわけ?」
「うん」
「ちょっとそのリアライズプリンタってのがよくわかんなわね。ワタシも使ってみていい?」
「いいけど……。あんまり変なもの出さないでくれよ」
「大丈夫大丈夫」
そろそろ酔いが回ってきた感じのあるお袋は、テーブルの上に置いてある携帯端末をつかんでリビングに行く。俺もその後を着いて行き、エルをリアライズして以来そのままだったリアライズプリンタが使えるよう平面モニタの電源を入れる。
お袋が自分の携帯端末からモニタに転送したのは、ファッションデザイナーらしく、ちょっと抽象的なタッチの、女性ものの服のイラスト。
「りっ、あらーいずっ」
やる気のなさそうな声を出しながら稼働開始ボタンを押すが、エラー音がするだけだった。
「ふむ。じゃあ次」
言いながら次の服のイラストを転送してボタンを押しても、やはりエラー。
それからまた何枚かの画像を試したり、俺が代わりにボタンを押してみても、ひとつもリアライズすることはできなかった。
「なるほど……。和輝はエルちゃん。千夜ちゃんはソフィアちゃん。でもソフィアちゃんは和輝が描いた絵だったわね。それに第三のリアライズプリンター所持者、――リアライザーは、和輝のゾディアーグをリアライズした。和輝が何か特殊ってこと?」
「たぶん違う。最初の怪物は、何だったか忘れたけど、怪談話か都市伝説の本に載ってた奴だと思う」
「なるほど、なるほど。リアライズのキーは和輝じゃない、と。じゃあなんだと思うの?」
酔ってふざけていたようにも見えたのに、鋭く細められた目から向けてくるお袋の視線は、これまで見たことがないくらい真剣なものだった。
「たぶんリアライズプリンタは、想像力と、想い入れを実体化するものなんだと思う」
「根拠は?」
「……ソフィアのレディモードは、最初は生身の女の子のはずだったんだ。でも上書きリアライズに失敗して、千夜がロボはロボに、って言うからメイドロボの画像に差し替えて成功したんだ。それにソフィアには絵では描ききれない、コメントで書いてあった設定も反映されてた。エルはコメントすらなかったし、絵を実体化しただけなら生きてるだけでも不思議なのに、彼女は俺がこうだと思った能力、性格、時間を反映して実体化してた」
「そういうこと、か……」
考え込むように腕を組み、顎をさすりながらリビングに戻って椅子に座ったお袋は、コップに残っていたビールを煽る。
「種明かしすると、さっき表示した服は、全部実際に実物をつくったことがあるものなんだ。未公開のものは契約の関係で見せにくいってのもあるんだけど、正直さっきのはもうあんまり想い入れはなかったんだよね。製品化されてワタシの手からは離れちゃってるし。和輝の予想する通りリアライズプリンタが想いを実体化するものなら、さっきの奴じゃあダメでしょうねぇ」
「それにもしかしたら、絵自体はトリガーに過ぎないのかも知れない、とも思ってる」
「と言うと?」
「もし、リアライズプリンタが絵以外の、頭の中にある想像も含めて実体化できるんだとしたら、絵を使わず、強い想いや恐怖心とかの感情とかも、リアライズできるのかも、って。そういうことでリアライズしたら、都市伝説の怪物とか中身が違うゾディアーグをリアライズできるかもと思うんだ」
「なるほどね。さすがにその通りだ、って納得できるほどの答えではないけど、いまの状況までで考えれば欠点はないわね」
ビールをコップに注ぐお袋と一緒に、俺も話してる間に温くなってしまったコーヒーを飲み干す。
「もし和輝の予想通りなら、今後はよっぽどのことがない限り、リアライズプリンタは使わない方がいいかもね」
「なんで?」
口元に寄せていたコップをテーブルに置いたお袋と視線を合わせる。
わずかに緑がかっても見えるお袋の瞳には、俺を射貫くような厳しさと同時に、心配そうな色が浮かんでいるように見えた。
「普通のプリンタがインクを消費して、データだった画像を紙に印刷するように、もしかしたらリアライズプリンタも何かを消費して想像を実体化するのかも知れない」
「本当に?」
「さすがに確かめる方法が思い浮かばないけど、想像や想いを現実に打ち出すことによって和輝が何かを失っているのだとしたら、それは本来和輝にとって大切なものかも知れない。そんなリスク自体あるかどうかわからないけど、ないとわかるまでは使わない方が無難でしょうね」
「……そうかもね」
言われるまでそんなこと考えもしてなかった。
エルをリアライズした後は他のものをリアライズしようとは考えてもみなかったけど、エルをリアライズしたことによって俺の大切なものが失われてるかも知れない、と考えたら、少し怖くなってくる。
「しっかし、あんなもの、誰が造ったのかしらね?」
いまさらな疑問を口にするお袋。
エルが実体化した時点で常識離れしているって言うのに、それを気にせず受け入れて普通に生活出来ているお袋は、常識が壊れているって言うか、不思議なことに慣れている気すらしてくる。
――その点は、俺や千夜もあんまり変わらないか。
まだたいした時間が経っていないのに、俺も千夜もエルやソフィアがいる生活に慣れ始めている。ロボットでアッというまにいまの状況を把握して受け入れたソフィアもそれは同様だ。
でもエルは、いまなおこの状況を受け入れられているようには見えない。
――これから、どうなるんだろうな。
やりたくてやってしまった感じがあるエルのリアライズだったが、稼働開始ボタンを押すときに考えていたことが実現できるのか、少し不安になっていた。
「製造者の情報とか、なんかわかった?」
「あ、いや、発送元の住所は空き地になってたし、ナイトメアエレクトロニクスって会社名も、何も情報は出てこなかった」
「三人目どころか、もっとたくさんの人がリアライズプリンタ持ってたら、世の中どうなっちゃうのかしらねぇ」
「うっ……」
怖い想像をしそうになるが、上手く頭の中に思い描くことができなかった。もしリアライズプリンタがたくさんあるとしても、持ち主がどんな人で、どんな想いを持って使うのかがわからなかったから。
――でも、三人目のリアライザーは、危険だ。
いつかもっと大きな怪物を生み出すかも知れない三人目のリアライザー。誰かが止めなければ、街は、日本は、大変な事になってしまうかも知れない、と思った。
「考えてることはだいたいわかるけど、和輝と千夜ちゃんは戦えないんだから、気をつけなさい」
ビールの空き瓶とコップを手に椅子から立ち上がったお袋が言う。
「うん、わかってる」
「それと、また怪物が現れたらワタシに教えてくれてもいいから」
「いや、絶対無理だって」
「ワタシはけっこう強いのよぉ」
「知ってるけどさ、無理だよ」
酔いが回ってきたのかニヤニヤと笑っているお袋は、俺の中では世界最強なんじゃないかと思ったりする親父とけっこう渡り合うことができる猛者だ。でもソフィアが焼いてシミにしてやっと活動を止めるような怪物に、お袋が敵うはずがない。
「まっ、あんたはエルちゃんたちと協力して、やりたいようにやってみなさい。怪我にだけは気をつけて、ね」
「うん」
「ワタシはワタシのできる範囲で、大人の力とか使ってあんたたちのバックアップくらいするからさ」
「何するつもりだよ」
俺の問いかけに答えず、頼もしいんだかなんだかわからない笑みを残して、お袋はキッチンへと入っていった。
自分が使っていたコーヒーカップを持って後を追った俺は、考えていた。
リアライズプリンタのリスク。
その製造者と目的。
そして、第三のリアライザー。
エルをリアライズしたことで……いや、リアライズプリンタに関わったことで、触れたことがない世界が広がり、俺はそれに巻き込まれていっているような予感がしていた。