なぅ、ぷりんてぃんぐ! ~二次元美少女を実体印刷!!~ 作:きゃら める
* 4 *
スマートギアを頭から脱ぐと、狭い庭から外の方へ、夜の闇の中で大きな何かがゆったりとした動きで出て行くのが見えた。
「また、使っちゃった……」
呟いて、このみはLDKと言いながらもテーブルとソファを置いたらたいして広さを感じない屋内に、草履を脱いで掃出し窓から入る。
灯りの点いていない家の中には、もう深夜に近い時間であるのに、このみしかいない。
二階の両親の寝室にも誰もいない。それどころか、ここひと月ほど、その部屋の扉が開けられたことはなかった。
窓を閉め、接続していたケーブルを外してスマートギアをダイニングテーブルに置いたこのみは、白いブラウスの上に入っていたベストのポケットに入れておいた携帯端末で灯りを点ける。暖房も付けていない部屋は、黒い膝丈のスカートに合わせた厚手のタイツでは寒いくらいだったが、点ける気も起きなかった。
手に持ったままだったリアライズプリンタもテーブルに置き、椅子に座ったこのみは、そのままテーブルに突っ伏す。
「はぁ……」
さっきまで、いろんなことでもやもやとして、胸が締めつけられるようで、吐き気がしているみたいだった気持ちが、いまは落ち着いてきていた。
リアライズプリンタを使うと、そんな気持ちが軽くなるような気がしていた。
目の前に置かれたリアライズプリンタをつつき、もう一度ため息を吐く。
「あれは、どうなるんだろう」
今回でリアライズプリンタを使ったのは三回目。
届いたそのときは最初、上手く使うことができず、投げ出してしまった。けれどその日の夜、このみを襲うように湧き上がってきた孤独に、何もかもが嫌になって、無我夢中で稼働させた。
寂しくて、悲しくて、恐ろしくて、泣きそうで、そんな気持ちを吐き出したくてスマートギアを被って稼働ボタンを押すと、怪物をリアライズすることができた。
読んだその日は眠れないほど怖かった都市伝説の本に描かれたイラストそのままの怪物が、どうなったのかは知らない。ニュースなども調べてみたが、怪物が出たという報告はとくに見つからなかった。
もしかしたらしばらくしたら消えてしまうものなのかも知れないと、このみは思っていた。
二度目に使った同人誌即売会の帰り。
大好きなコスプレを性欲の体現のように言った彼らを許せず、いなくなってほしくて使って、その通りになったようだったが、途中で怖くなって逃げてしまった。
そのときは強くてすべてを壊す存在を想像して、大好きなマンガ「放浪の戦乙女」第一部のボス、ゾディアーグの姿をした怪物がリアライズされていた。
あのゾディアーグも、どうなったのかは知らない。あの三人は喧嘩をして大怪我をしたらしい、という記事を見かけたが、その後どうなったのかはわからなかった。身体が引き裂かれるほどの怪我だったのだから、たぶん死んだのだと思っていた。
そのことに、とくにこれと言って思うことはない。いなくなった方がいいものがいなくなっただけ。そう感じるだけだった。
けれども、それとは別に思うことがあった。
「私、そんなことのためにあの人のマンガのキャラクターを使っちゃったんだな」
早乙女和輝が隣のクラスにいることは、知っていた。
彼が描くようなマンガに憧れて、自分でも描いてみようと思ったこともあった。けれど、上手く描くことはできなかった。
第二部から収録されるようになった、決して上手くはない、何故和輝の本に収録されているのかよくわからないロボットものの小説を真似して、自分でも書いてみようとしたのに、それすら書き上げることができなかった。
自分には絵を描く才能も、文章を書く才能もないことは、このみ自身がよくわかっている。
学校では暗いと言われ、臭いと言われ、教具を隠されたり壊されたり、殴られたり蹴られたり、制服を汚されたり、お金を取られることも普通だった。
そのことを滅多に帰ってこない親に告げても、もっと頑張りなさい、と言われるだけ。
父親も母親も、このみのことはもちろん、家のことも、夫婦であるはずのお互いのことも興味がなく、自分のことと世間体にしか興味がないらしいことは、もう小学校の頃から知っていた。
死んでしまいたい、と思うこともあった。
でもいまはそうは思わない。
「こんな世界、なくなってしまえばいい」
そう呟いてこのみは身体を起こす。
スマートギアとリアライズプリンタ。
目の前にあるこのふたつがあれば、いらないものを壊せる怪物を生み出すことができた。その怪物を使えば、自分の居場所のないこの世界自体を壊すことができるかも知れないと、いまのこのみは考えていた。
「でもこの先、私はどうなっちゃうんだろう」
リアライズプリンタで怪物をリアライズすると、気持ちが楽になるのはわかっていた。
けれども同時に、ここのところ何に対してもやる気がなくなってきていた。
それでも時折大波のように押し寄せる気持ちがあって、怖さや恐ろしさを自分の中に溜め込んでおけなくて、今日もまた使ってしまった。
使い続けたらもっと気持ちが希薄になるかも知れない、とも思う。
「それならそれで、いいか……」
気持ちと一緒に自分は消えてしまうかも知れない。でもそうなるとき、たぶん居場所のないこの世界も消えているだろう。
だったらこのまま気にせず使い続ければいい。
そう思いながら、このみは大切なふたつの道具に笑いかけていた。
*
酔いが回ってくらくらする頭に手を当てながら、パンツスーツの着た女性は、人通りの少ない道を歩いていた。
毎日のように通っている道だったが、飲み会で遅くなり、寝静まっている左右の家々からは音がほとんどせず、慣れた道のはずなのに不気味さを感じるほどだった。
立ち止まってこみ上げてきた吐き気を飲み込み、再び歩き始める。
「……なんだろ、これ」
ちょうど通りがかかった街灯の下に、何かがいた。
太いドラム缶の上に空飛ぶ円盤を乗せて手脚を生やし、青や赤や白など鮮やかな色で塗ったそれは、どこかで見た何かのマスコットキャラクターの着ぐるみだった気がした。けれど酔いが回って働かない頭では、名前すら思い出すことができなかった。
若干気色の悪さもあるが、割と可愛らしい着ぐるみが何故こんなところにいるのかと思いつつ、鞄を持っていない右手を伸ばして微動だにしないそれを撫でてみようとする。
「うっ……」
触れようとした一瞬、円盤の上に突き出た目が動いて自分を見つめたような気がして、女性は手を引っ込めた。
思い返してみると、こんな夜遅くに着ぐるみがいるのはおかしいように思えた。
酔っていてわからなかったが、何かがおかしいように感じていた。
朝になって明るくなってからもう一度この道を通ってみようと思いつつ、すれ違うように着ぐるみから遠ざかる。
その途端、腕を引かれたような気がした。
鞄を持っていた左腕が、引っ張っても動かなかった。
嫌な予感に振り返って見ると、着ぐるみが、噛みついてきていた。
口のようになっている円盤の真ん中が開き、手の間近、鞄の把手の付け根のところまでが、前屈みになった着ぐるみの口の中に没してしまっている。
わずかに開かれた口の中には、街灯の光を照り返す鋭い牙が無数に並んでいるのが見えた。
「ひっ」
悲鳴を上げようとしたのに、声が出なかった。鞄から手を離して逃げようと思ったのに、腰が抜けて尻餅を着いてしまった。
身体を起こして鞄を空中に放り上げた着ぐるみは、そのまま鞄を噛み砕き、飲み込んだ。
「いや……。いや……」
逃げないといけないのはわかっていても、腰に力が入らなくて立ち上がれなかった。助けを呼ばないとと思っていても、声は喉で詰まって口までは出てきてくれなかった。
大きく口を開いた着ぐるみ。
歯というより、粉砕器か何かのような、赤い口の中のあらゆる場所に無数の牙が並んでいる。
ゆったりとした動きで女性に近づく着ぐるみは、牙の間に唾液のような糸を引きながら、頭から女性に噛みつこうとする。
声も出ない女性が涙と鼻水を流しながら目を見開いたとき、牙が見えなくなった。
死んだのだと思ったが、身体に痛みはなく、無事な両手を確認することもできた。見ると、口を閉じてのたのたと後退っていく着ぐるみの鼻先に、大振りのナイフが突き刺さっていた。
「あー。これが例の怪物かぁ」
とくに驚いた様子もなく、面倒臭がっているようにも聞こえる声音で言いながら、女性と着ぐるみの間に立ったのは、輝美。
「よいしょっと。あ、さっさと逃げなさい。こんなのに食べられたくなかったらね」
おもむろに着ぐるみに近づいて蹴りつけながらナイフを抜いた輝美は、振り返って女性にしっしと手を振る。
「う、う、ううぅあーーーっ」
やっと悲鳴を上げることができた女性は、這いずるようにしながらも意外に速い速度で逃げていった。
「まるでワタシが怪物みたいな悲鳴を上げて、失礼しちゃうわね、まったく」
輝美に鋭い視線を向けてくる着ぐるみの鼻先にはナイフが刺さった跡である穴が残っているが、血などは流れていない。再び口を開け、ゆっくりと輝美へと迫ってきていた。
「生き物ってぇわけじゃないみたいね、こいつ。和輝から聞いてたけど、けっこう面倒臭そうな奴ねぇ。ま、いいんだけどさ」
頭が裂けるほどに大きく口を開いている着ぐるみを見ながら、ナイフを水平に構えた輝美は、ニヤリと口元に笑みを浮かべていた。