野獣先輩 精霊説   作:ほろろぎ

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MTISKTN「男と女、その出会いは愛をもたらした。男と男、その出会いは何をもたらすのか」


2話 野獣ミステイク

「ぬわああん疲れたもおおおおおおん」

 

 人通りの無い市内の道中で、五河 士道は呻くような溜息と共にその言葉を吐き出した。

 雲一つない青空の真ん中では、地上を焦がさんとばかりに灼熱の太陽が強烈な熱線を放射している。

 まだ夏は始まったばかりだというのに嫌に暑い。

 焼けたアスファルトから立ち上る熱気で、向こう側の景色はユラユラと波打っている。

 汗で湿ったシャツが肌に張り付く不快感。

 帰ったらまずシャワーだな。それから冷蔵庫でキンキンに冷えたアイスティーを飲もう。

 そんな熱気でまいってしまっている士道の隣では、彼と同じく都立来禅高校の制服に身を包んでおきながら、照りつける暑さをものともしない様子の少女が楽しげに歩いていた。

 

「あ~今日も学校楽しかったな~。早く帰って宿題しなきゃ」

 

 ニコニコと屈託のない笑顔を浮かべながら夜刀神 十香は言った。

 別に、この日に限って特別な催し物が開かれたというわけではない。いつも通りの授業が行われただけだ。

 だが十香という少女は、日々の何でもない出来事にも嬉しさや楽しさを感じる事が出来る恵まれた精神を持っている。

 それは彼女が生まれつき持っていたものではない。

 十香の生は誕生と同時に呪われたものであった。

 自らの由来を喪失した虚無感と、手に余るほどの強大な『力』だけを与えられた彼女は、自身の為すべき事も分からず独りきりでこの世界に放り出されたのだ。

 そうして望まざる力による破壊を振りまく十香に向けられたのは、人々からの恐怖と憎しみ。

 そんな人間に、世界に絶望の念を抱き他者を拒絶していた十香であったが、その彼女に手を差し伸べ、暗闇の底から救い上げてくれたのが、今彼女の隣を歩く士道という男だった。

 

「十香はマジメ君だな」

 

 早々宿題などという物の存在を忘れ去っていた士道は素直に感心した。

 

「私はエライかシドー!?」

 

「ああ、偉い偉い」

 

「そうか! では、もっと褒めてもよいのだぞ」

 

 十香はただでさえ近かった士道との距離をさらに詰めるように近づくと、擦りつけるように頭を差し出す。

 その行為から十香がなにを望んでいるのかを察知した士道は、柔らかな手つきでゆっくりと十香の頭を撫でてやった。

 二人の姿は恋人のものというよりは親子か兄妹、もっと言えばご主人様とペットの犬のような雰囲気だ。

 和やかな時の流れを二人は楽しむ。

 だがそれを打ち破る不穏な音が、突如として士道たちの耳に飛び込んできた。

 

クウォーン… クウォーン…

 

 どこかしら不安を煽るサウンドが、士道と十香の住まう天宮市に響き渡る。

 

『ただいま当空域に空間震警報が発令されました。これは訓練ではありません。市民の皆さんはただちに近くのシェルターに避難してください』

 

 各所に設置されているスピーカーからの呼びかけに二人は顔を見合わせた。

 空間振動現象、それは30年前から突如発生し始めた空間に起きる地震、自然災害の一種である。

 被害の規模は甚大で、街一つから国単位で地上から消滅してしまう事もあった。

 人々が慌てて避難を始める中で、士道たちは平然とその場に立ち尽くしている。まるで何かを待っているかのように。

 果たしてそれは起きた。

 二人の体が淡い光に包まれると、風船のようにフワリと体が地面から離れ……次の瞬間には何の痕跡も残さず消えてしまったのである。

 彼らはどこへ行ってしまったのか。そこはシェルターなどではない。

 士道たちは突如として、SF映画のセットを思わせる舞台へと放り込まれた。

 そこでは大きなスクリーンを正面に、左右に分かれるように数人の男女が近未来的なマシン設備と共に配置されている。

 空間震を防ぎ世界を守るために結成された秘密組織であるラタトスク機関、その母艦である空中艦フラクシナスのブリッジで、メンバーである彼らは自らの職務をまっとうせんと一心にコンソールを叩き情報を集めていた。

 

「来たわね、士道」

 

 さながら基地の発令所ような空間の背後、一段高い場所に設置された高級そうな椅子に腰かけながら、ラタトスクの司令官でもある士道の義妹の五河 琴里は、14歳という幼さを感じさせない高圧的な態度で言った。

 

「空間震が起きたって事は、また新しい精霊が出たのか?」

 

 士道は緊張感のこもった視線を琴里に向ける。

 

「そのはず……なんだけどね。ちょっと妙なのよ」

 

「なにかあったのか?」

 

「私が説明しよう」

 

 歯切れの悪い琴里に変わって、隣に控えていた村雨 令音解析官が一歩前に出る。

 

「まあ説明と言っても、まだ我々にも状況が整理しきれていなくてね」

 

 最新の観測機器や優秀なクルーたちをもってしても、先ほど起きた空間震は不測の物であったようだ。

 もし上層部の人間がこの場にいたら、「はー、ホンマつっかえ。やめたらこの仕事?」と言う事だろう。

 令音が手元の端末を操作すると、正面の大スクリーンにグラフやら何やらのデータが表示されたが、士道にはそれらが何を示しているものなのか皆目わからなかった。

 

「とにかく、今回の空間震は今までのものとは違うという事だけ頭に入れておいてくれればいい」

 

 専門的な説明は一切省いて令音はそれだけ士道に伝えた。

 

「規模が小さかったおかげで被害が大した事なかったのがラッキーだったわね。でも……」

 

 琴里が補足するように言う。

 モニターには震源の起きた場所が映されているのだろうが、そこにはノイズが走り詳しい状況を黙視する事が出来ない。おまけに他の観測機にもエラーが起きているようだ。

 この何もかも不明な状況で、士道はこれから空間震の震源地へただ一人飛び込んで行かなければならない。それは士道にしかできない使命があるからだ。

 その士道にたいし、今まで静観していた十香が口を開いた。

 

「おっシドー、一人で大丈夫か大丈夫か? 私も一緒に行くか?」

 

 士道はその申し出を嬉しく思ったが、首を左右に振り断った。

 

「いや、十香も今は普通の女の子なんだ。危ない目には合わせられない。俺一人で大丈夫だ」

 

 そう言うと令音に目配せをした。

 令音は頷くと手元の端末を操作し、士道と十香をフラクシナスまで運んできた転送装置を作動させる。

 青白い閃光に包まれながら、士道は小型の通信用インカムを耳へとはめ込み、心を落ち着かせるように大きく息を吐いた。

 

「気を付けてね、士道」

 

 琴里の言葉にヘーキヘーキと応えるように軽く手を上げ、士道は単身まだ見ぬ震源地へと飛んだ。

 士道がブリッジから消えて数秒後にインカムからの音声が繋がるが、空間震による電波障害か雑音交じりの音が流れてきた。

 

「士道、状況を報告しなさい」

 

『……それが、煙か霧みたいなものが立ち込めてて何も見えない』

 

 見えねえってのは恐えなあ。

 スピーカーからは瓦礫の上を歩くような足音と、士道の吐息が漏れ聞こえる。息が荒いけどどうした? 心臓悪いのか?

 

『ファッ!?』

 

 突然スピーカー越しに士道の驚きの声が響いた。

 

「どうしたの!? 精霊が出たの!?」

 

『いや……せい、れい? なのか? うーん……』

 

 どうにも要領を得ない様子の士道。

 復旧し始めた観測機による情報によれば、士道のすぐ側に一つの生命反応が見受けられる。それも眠っているのか完全な静止状態でだ。

 このままではらちが明かないと見た琴里は、士道ごと精霊と思われる存在をフラクシナス内に転送し、怪我でもして気絶しているのなら治療を施そうと考えたのだが、何故か士道はやめなされやめなされと反対の姿勢である。

 結局は琴里が指令権限で転送を実行したのだが、ブリッジに現れた物体を見たクルー一同は揃って驚愕の声を上げた。

 

「「「なんだこのおっさん!?」」」

 

 あーあやっちまったよ、みたいな表情を浮かべている士道の横では、一人の男が大の字になって寝ころんでいた。それも裸で。

 正確には下半身に一枚の、伸縮性のあるボクサー型のスパッツに近い感じのブリーフを履いていた。

 鍛え上げられた体格に短髪と浅黒い肌が、見るものに何かスポーツでもやっていたかのような印象を与える。

 

「……シン、彼が精霊なのかね?」

 

 騒然としているブリッジの一同の中で、ただ一人冷静な令音が訪ねた。

 

「さあ、俺には何とも……十香、お前どう?」

 

 士道は精霊の一人でもある十香に意見を求める。

 

「むむむ……四糸乃や琴里のような匂いを感じる気もするが……違う気もする。そいつ臭そうだし」

 

 十香は腕を組んで考えながら答える。

 結局は何もわからず、本人に直接聞くしかないと言う事で一旦治療室へと運ぶこととなった。

 

「……ヌッ!」

 

 治療室のベッドへと男の体を寝かせ、脳波やら何やらを測定しようとした所で、呻くような声と共に男の目がカッと見開かれた。

 最初はボンヤリとした視線を天井に向けていたが、やがてキョロキョロと周囲に目を走らせ、一緒に治療室まで来ていた士道たちに気がつくと

 

「おいおいおいおい、何やってんだ」

 

 警戒するような声色で言った。

 

「心配しなくていい。我々は君に危害を加えるつもりはない」

 

「ほんとぉ?」

 

 年長者である令音が落ち着かせるように言うと、男は憎たらしい子供の様に応える。

 士道はその男をマジマジと見つめた。彼からは、24歳の学生というような矛盾した奇妙な印象を受ける。やはり人間ではないのだろうか?

 

「あの、あなたは精霊なんですか?」

 

「そうだよ」

 

 士道のダイレクトな質問を男はあっさりと肯定した。

 

「つっても、俺も変な髪型の女の子にそう言われただけで、精霊ってのが何なのかよくわかんねぇんだけどなぁ」

 

 そうか、と短くうなづいた令音は、かいつまんで重要な点のみを男に話して聞かせる。

 

「精霊とは超常の力を持ち、通常は隣界と呼ばれる世界に存在する。そして、こちら側に出現する際大規模な破壊を伴う。そのため精霊は特殊災害指定生命体と呼称され、AST──自衛隊の精霊対策チーム──などに殲滅対象として狙われている」

 

 だから、と言葉を続ける。

 

「君のことは、我々ラタトスクが保護する」

 

「てめぇ職権乱用じゃねーかよ!」

 

 男は棒読みのまま令音に食って掛かるが、彼女は涼しい顔でそれをいなした。

 

「ならどこで寝泊まりするつもりだね? 食事は? 君の今の格好では即刻逮捕も免れないと思うが?」

 

 パンツ一丁の自身をかえりみて反論できずにいる男に、この状況でお前に自由はないと言わんばかりに令音は畳みかける。

 しょうがねぇなぁと渋々ながら従う男に、なかなか良い気分だな~。威張りたくなるよな~? とどこか満足気に彼女は頷いた。

 

「ではシン、彼の名前を君が決めてくれないか」

 

「えぇ……」

 

 その後のやり取りで、男は自身に関する記憶があやふやなことが分かり、まずは名前を付ける事が最善だろうと言う事で令音が提案したのだが、それに対して士道は困惑の声を上げた。

 以前も十香の名前を付けてやる事態が起きたが、その時のように何かヒントになるものが無いかと男の姿を見やる。

 ふと彼の視線が気になった。鋭い獣のような、それでいて純粋な少年のような無垢さを持つ眼光。

 

「野獣……」

 

「よし、今から彼の識別名は『ビースト』だ」

 

「えぇ……」

 

 口を突いて出た士道の呟きから、即決で男の名前が決定された。

 その適当さに士道はまたも戸惑いの声を上げるが、当の野獣は満更でもなさそうだった。

 




次回 『士道の受難』
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