士道は野獣の瞳をまっすぐに見つめ、迷うことなく告げた。
「野獣さん、俺と……デートしてください」
「ちょっ、このバカッ!」
背後で満足げに、そしてニヤニヤと楽しげな笑みを浮かべ事の推移を眺めていた琴里は、士道の発言を聞いて慌てたように声を荒げる。
当の野獣は他人事のように士道の言葉を聞いていた。
突然の内容で理解が追いついていないのだろう。
「……は?」
やがて、野獣は威圧的な雰囲気で短く発した。
サッー! その態度に、士道は急激に頭が冷えていくのを感じる。
冷静になれば、自身と同様に野獣も男にデートに誘われて、喜んで了承する訳がないと思ったのである。
「誰がいきなりデートに誘えっつったのよオラァン!! 手順ってもんがあるでしょうが!?」
琴里が士道の胸ぐらをつかんで怒鳴りつける。
クビだクビだクビだ! 普通の会社ならば即刻辞職を勧告されるレベルの失態であった。
「すいませへぇぇ~ん!」
「バカじゃねぇ?」
平謝りする士道を本音で罵倒する琴里。
部屋の隅の方でそんなやりとりをする二人を、野獣は黙って見ている。
一帯は妙な雰囲気と静寂に包まれた。
「士道、どうにかしろ」
琴里は無責任な無茶ブリをかます。
「やっぱり無茶なんじゃないか? 野獣さんだって男とデートなんてしたくないだろうし……」
「無茶は承知の上よ」
士道は小声で琴里に耳打ちする。
「世界が終わる前にアイツを殺すか、キスして笑って終わらせるしかないのよ」
「ハァ~~~」
士道はクソデカ溜息をついて、どうやって野獣を説得するか頭を悩ませはじめるが、以外にも救いの手は向こうの方からやってきた。それも最悪の形で。
野獣は、ポンと士道の肩に手を置くと、ニヤァ~っと口の端を三日月形につり上げこう言った。
「なんだよ
まるでハグレてしまった親を見つけた子供のように、とても嬉しそうな笑顔だ。
士道はその笑みに、とてつもない恐怖心がこみ上げるのを感じた。ゾワッと背筋にサブイボが浮かび上がり、無意識に自身の尻を両手で庇う。
お前
琴里は琴里でドン引きしたような表情で、実際にも野獣から距離を取りつつ彼のことを見つめている。
先ほどまではイケイケどんどんの精神で士道の背中を押していたが、野獣の発言を聞いてから一転して、一人の妹として兄の事(主に貞操)を心配し始めた。
デートというのは便せん上で、ただ一緒に色々やって(意味深)親交を深めてパパパっとキスして終わりっ! のはずだったのに、本気で恋されでもしたら今後の士道たちの生活にも影響を与える事になるだろう。
「ねーホモ……ねーホモ……」
返事が無い士道に野獣は語りかける。
マズイと思った士道は即座に野獣の誤解を解こうとするが、それを琴里は静止した。
「これはチャンスよ。ちょっと心配だけど、このままデートしてしまいなさい」
士道に作戦の続行を耳打ちする。
「お前他人事だと思って軽く言うなよ!」
「誤解はあとで解けばいいわ。私たちも全力でサポートするから」
「あぁーすわわぁー……」
自身の逃れられないカルマを思い、士道は絶望の声を漏らす。
結局、野獣は士道の事を誤解したままデートの約束を取り付け、疲れたと言って空いていた客間へと引っ込んでいった。
リビングに残された士道はソファの上にガックリと腰を降ろし、泣いているかのようにテーブルに突っ伏している。
琴里はそんな兄にわずかばかりの同情を向けたが、同時にラタトスクの司令官として自分の判断は間違っていないという自負も持ち合わせていた。
こうして五河家の夜は、めちゃくちゃなままに更けていくのであった。
士道が野獣とのデートの約束を取り付けた翌日、琴里と士道はフラクシナスのブリッジに赴いた。
男同士のデートという初めての作戦に対するミーティングのためだ。
しかしラタトスクサイドとしてもこのような事態は想定していなかったようで、これまで3度の精霊とのデートを成功に導いてきたメンバーをもってしても有用な意見は出ずじまいだった。
「どうすっかな~俺もな~」
琴理をフラクシナスに残し、士道は一人で精霊マンションを訪れた。
艦内ではいまだに野獣用デート会議が行われているが、そちらにだけ任せっきりになる訳にもいかない。
士道がマンションを訪ねた理由は、デート作戦に対して少しでも妙案を得ようと、精霊仲間である十香と四糸乃の意見を求めてであった。
自身とデートを経験した彼女達であるなら、野獣とのデートに対しても何かいいアイディアを提供してくれるかもしれない。
ピ^~ヒョロピ^~
十香の部屋のドアを開けると、上手い具合に四糸乃も居合わせた。
二人は士道を温かく迎え入れてくれた。
士道はテーブル越しに二人と対面する位置で椅子に座ると、彼女達を訪ねてきた理由を説明する。
十香と四糸乃は士道の話を聞いて難しい顔を浮かべた。
「頼む、協力してくれ! お前たちも野獣さんが仲間になってくれたら嬉しいダルルォ!?」
士道はテーブルに手をつき頭を下げる。
しかし、二人が微妙な表情を浮かべているのは単に妙案が浮かばなかったからにすぎなかった。
「すまん、シドー。力になれなくて……」
シュンとした様子で十香が謝るが、士道は気にしなくていいと告げた。
「あの……わ、わたしは、士道さんが楽しむのが……い、一番いいと思います」
四糸乃は控えめな様子で言った。
士道自身がデートを楽しむ、それは琴理とのデートの際にも気づいた事であった。
「そうだな、お前らに相談してよかったよ。あーさっぱりした」
吹っ切れた士道は皮肉にもとれる礼を二人に述べると、自分の家に帰っていった。
さらに翌日、ついに野獣とのデートの日が到来した。天気は快晴、今日も暑い一日になりそうだ。
士道は外出着に着替えると先に玄関に出て野獣を待っていた。
その間に、フラクシナスと通信するためのインカムを耳にセットする。
『士道、本当に貴方に任せて大丈夫なの?』
インカムの向こうから琴理の声が流れてきた。
その声には疲労の色がたまっている。
結局、野獣とのデートプランの会議は徹夜で行われ、そして答えが出る前にデート本番の時間にまでなってしまったわけだ。
「ああ。ま、何とかなるだろ」
四糸乃の後押しのおかげで余計な気負いが無くなった士道は気楽な感じで答える。
『よう言うた! それでこそ男や!』
お前も見習わにゃいかんとちゃうんか? と琴理は隣に控えている神無月に言った。
その時、ギィー、ガッタン! と盛大な音を立てて玄関扉が開かれる。
中からはISLANDERSのTシャツを着た野獣が出てきた。
「おまたせ! 財布もハンカチも無いんだけど、いいかな?」
「よしっ」
士道は野獣の言葉に適当に相槌を打つと、二人は揃って家を出発した。
「本日は素敵なデートのエスコートをしてくれるそうで、よろしくお願いしますね~」
「よろしくお願いさしすせそ」
軽く頭を下げる野獣に、士道もこちらこそと返事をする。
「それで、今日は何をするんだ?」
野獣は興味津々といった風に尋ねた。
「まま、そう焦んないでよ。まずこの街さぁ……案内しようと思うんだけど……ついて来ない?」
「おっ、そうだな。じゃけん今から行きましょうね~」
天宮市は空間震によって起きたすり鉢状の大地に造られた街で、士道の家はその外縁部分に建てられている。
二人はすり鉢の底にある街の中心地を目指し、螺旋状にはしる道路を歩き進めていった。
「それにしても暑い……暑くない?」
野獣が日光から手で顔を隠しながら尋ねる。
「ま、多少はね? 今年の夏は特に暑い感じですね。アイスティー持ってきたけど、飲みますか?」
士道はショルダーバッグの中から魔法瓶を取り出し野獣に渡した。
「ありがとナス。バッチェ冷えてますよ~。……フゥッー!」
野獣はアイスティーを美味そうにゴクゴクと飲み干した。
「あ、さ、
一リットルはあったアイスティーを飲み下しておいて、すでに次の空腹の事を野獣は考えている。
「昼頃には空いてますよ」
「ですよねぇ? 多分」
「この辺にぃ、美味いラーメン屋の屋台、来てるらしいっすよ」
士道はスマホで情報を調べながらそれを伝える。
「あっそっかぁ、行きてえなぁ」
「行きましょうよ」
「おっそうだな」
士道の提案で、二人は昼食を屋台のラーメンにする事に決めた。
そんな風にのんびりと会話を楽しみながら、二人は徐々に市街に近づきつつあった。
士道は今回の野獣とのデートを、デートと考えず友人との遊びだという風に考えを変えている。
だから気負わず野獣との会話もスムーズに行えているのだ。
琴理も、順調に事をこなす士道の様子をフラクシナスのモニター越しに見てホッと胸をなでおろした。
どうやら今回は自分たちのサポートもあまり必要ないかもしれない。
そして、この様子なら何事も無く野獣の霊力を封印できるだろう。一件落着! 終わりっ! 閉廷! …以上! 解散解散!
「さあ、私たちの
ご機嫌な様子の琴理。
視線の先では、士道と野獣の二人が来禅高校の校舎前を通過する所が映されていた。
「はえ~、こ↑こ↓が
野獣は校舎を眺めしみじみと言った。
その様子は二人を知らない者が見れば親子に思ったかもしれない。
「なあ
突然野獣は士道に呼びかけた。
ニヤニヤと悪い笑顔を浮かべている。
「どんぐらいやってないの?」
「? なんのこったよ」
「ホナニーだよ! ホナニー!!」
「へええっ!?」
人通りが無いとはいえ、白昼の中堂々と野獣は問題発言を大音量でかました。
「何言ってんすか!! やめてくださいよ本当に!」
赤面しながら士道は動揺する。
「いいだろお前成人の日だぞ。高校生ならさぁ、あんな可愛い女の子たちに囲まれてたら、したくても出来ないダルルォ? お兄さんに苦しい胸の内を告白してみな、おいしろ」
豹変した口調に加え、有無を言わせぬ野獣の眼光に飲まれた士道は、逡巡のすえ口を開いた。
「二ヶ月くらい……」
「だいぶ溜まってんじゃんアゼルバイジャン」
野獣は満足げな顔で頷いた。
一連のやり取りは当然フラクシナスにも届いていたわけだが、そこは琴理が慌てている隙に、情けからか気を聞かせてくれた令音が通信記録を削除してくれたおかげで士道の面子は保たれる事となった。
とにもかくにも男同士にしか通じないやり取りのおかげで、士道と野獣の仲はより一歩近づいた様子だった。
「何でこんなキツいんすかねえ、やめたくなりますよ~なんかデェートォー」
否、そう思っているのは野獣だけかもしれない。
士道は体中から変な汗が出てシャツがもう、ビショビショであった。
「ウフフッ」
非難めいた士道の視線を受け、野獣は笑って誤魔化す。
そんなやり取りの間に、二人は商店街にまでたどり着いていた。
休日もあってか通りはかなりの人で埋め尽くされており、どの店も繁盛している様子だ。
そんな華やかな雰囲気のおかげで、テンションの下がっていた士道の気分もいくばくか持ち直した。
その隣では対照的に、野獣が寂しそうな視線を人々に向けている。
きっと家族や友人などの繋がりのある人たちを見て、たった一人で帰る場所の無い自身を思い出してしまったのだろう。
「野獣さん……」
士道は野獣に何か声をかけなければならない気がしたが、どう慰めていいのか思いつかず、その後の言葉も出てこなかった。
「風呂入ってさっぱりしましょうよ~」
出し抜けに野獣が言った。その顔には先ほどまでの悲しげな色は無い。
「入ろうぜはやく」
ニカッと笑みを浮かべ士道を見つめる。
自分の事を気にかけてくれた士道を、逆に心配させまいと気丈に振る舞っているのだろう。
「そうですね」
士道もつられて微笑を浮かべた。
「うし、行くか」
「あ、待ってくださいよぉ。野獣さん銭湯の場所知らないでしょ?」
「お、そうだな。じゃけん案内してくださいね~」
士道と野獣は連れ立って、銭湯を目指し人混みの中に消えるのだった。
……この時はまだ誰も気付かなかった。
二人のデートが最悪の終わりを迎えることを……。
次回 『野獣、吼える』