野獣先輩 精霊説   作:ほろろぎ

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MTISKTN「さようなら野獣先輩。さようならひと夏の夢。さようなら、永遠に……」


最終話 田所ドリーム

 バ ァ ン !!

 

 空気を揺るがす大音響が天宮市の一角に轟く。

 盛大な大破音と共に煙が花火のように膨れ上がり、天高く舞い上げられた瓦礫片が雨のように辺りに降り注いだ。

 野獣たちのいたゲームセンターは何の前触れも無く、一瞬にして跡形も無く消し飛んでしまった。

 巻き上げられた爆煙が溜息のように周囲に広がっていく。

 その煙が揺らいだ。奥の方から数人の人影がこちらに向かって歩いてくる。士道を抱えた野獣と、同じく四糸乃を抱えた十香であった。

 

「ゲホゲホ……! みんな、大丈夫か? 大丈夫か?」

 

 一様に咳き込む中で、士道が何とか言葉を絞り出す。

 

「煙いだけで誰も怪我とかしてないから、ヘーキヘーキ」

 

 野獣が顔の前の土埃を手で払いながら言った。十香と四糸乃も相槌を打つ。

 

「一体なにが起きたんだ……。おい、琴理。聞こえるか? おーい!?」

 

 インカム越しにフラクシナスへと呼びかけるが返事は帰ってこない。ただザーザーというノイズ音のみが流れてくるだけである。インカムを指で叩いてみるが、故障しているという訳では無い様だった。

 

「ったくよぉ……。人がいるとは思わなかったのか?」

 

 野獣が誰かに語りかけるように呟く。

 その声に士道が視線を向けると、野獣はゲームセンターの跡地とは対面する向かいの空を見上げていた。

 野獣の視線の先を追うと、夕暮れの赤く染まった空に浮かぶ一つの影を見つける。

 沈みかかる夕陽を背にしたそれは、厳めしい機械の翼を備えた1人の人間であった。

 風になびくブロンドの長髪や豊かな胸のふくらみから女性である事は分かるが、顔の前面はバイザー状のゴーグルで覆われており素性は判明しない。

 さらに右手には、これ以上は世界中探しても見つから無いだろうと思えるほどの長大なキャノン砲を構えていた。

 焼け上がった砲身からはシュウシュウと熱気が噴出し、その大砲による狙撃がゲームセンター崩壊の原因であることがうかがえる。

 

「まさか……『AST』か!?」

 

 士道が叫ぶ。ASTとは空間震を引き起こす精霊を排除するために、極秘裏に設立させた対精霊専門部隊である。

 現在フラクシナスとの通信が繋がらないのも、ジャミングによる通信妨害が行われているせいであろう。

 特殊な戦闘用ユニットを装備する彼女は確かにASTの魔術師(ウィザード)にしか思えなかったが、それに対して十香が異を唱えた。

 

「いや、あいつ……メカメカ団よりもっと嫌な感じだ……」

 

 四糸乃も怯えたように十香に縋り付いている。

 

「士道、十香、四糸乃。お前ら、急いでここから離れろ」

 

 野獣が宙に浮かぶ女性から視線を外さず言った。

 バイザー越しだが、彼女から放たれる強い殺気とでも呼ぶべき気配を野獣は感じている。

 

「どうやらあいつの狙いは俺だけみたいだからな」

 

「だからって、野獣さんを見捨てるわけにはいかないだろ!」

 

 士道は声を荒げるが、野獣は冷静な声色で返す。

 

「安心しろよ~、俺だって精霊の端くれなんだからさ。あんな女一人くらいパパパっとやって、終わりっ」

 

 確かに、今まで十香たち精霊がASTに襲われた事は多々あったが、数十人の戦力をもってしても精霊に対しては一切歯が立たずに撃退されてきた。

 おまけに今の霊力が封印された状態の十香と四糸乃では戦力になるどころか、帰って足を引っ張ってしまうだろう。

 

「わかった。死ぬなよ、野獣さん」

 

 士道は断腸の思いで十香たちを連れると、急いでその場を後にした。

 

「止まるんじゃない! 犬の様に縦横に駆け巡るんだ!」

 

 野獣が士道の背中に向けて声をかける。

 女性魔術師は走り去る士道たちを悠々と見送ると、空からゆっくりと地上に降り立った。

 

「あいつらを見逃してくれるなんて、ずいぶん優しいじゃんアゼルバイジャン」

 

「私の狙いは貴方だけですので、こちらとしても邪魔な彼らにはいなくなってもらった方が都合がいいんですよ」

 

 初めて魔術師が口を開いた。凛とした鋭さを持った声色だ。

 

「反転した精霊が現れたと報告を受け急いで来てみれば、まさかイレギュラーの貴方とは……。ですがせっかくですので、貴方の霊結晶(セフィラ)を頂かせてもらいます」

 

 野獣には彼女の言っている事がさっぱり理解できなかったが、丁寧な口調とは裏腹に物騒な内容であろうことは感覚で分かった。

 

「俺の命を奪おうとしてるってことでOK? OK牧場? でもそう簡単にくれてやるわけにはいかねぇんだよなぁ」

 

 自身の体内奥深くに沈殿していた力を表出させる。

 野獣の体が目も眩まんばかりに輝きを帯び始めた。

 魔術師はその眩しさも意に介さず野獣を見つめている。

 やがて閃光が野獣の衣服を消し飛ばし、眩い銀色の体表を持つ全身を露わにした。

 頭部には黒い単眼ゴーグルを装着し、それ以外は一切なにも身に着けていない。股間も丸出しだ。

 

「ヴォエッ!」

 

 あまりの汚さに吐き気をもよおした魔術師が餌付いた。

 これこそが野獣の持つ異様な霊装、神威霊装・(エックス)番『サイクロップス』だ。

 

「『邪剣──夜──(ンニャピエル)』……逝きましょうね」

 

 野獣が自らの天使の名を呟くと、その手に一振りの刀が現れる。何の変哲もないただの日本刀の外観だ。

 鞘に収まったそれを抜刀の体制で構えると、野獣の全身から闘気が目に見えて発される。

 

「ほう、それなりに楽しめそうですね」

 

 魔術師がゴーグルの奥で笑った。

 巨砲を捨て、背部から刀身がレーザーで出来た剣を取り出し構える。

 

「アデプタス1、これよりビーストと戦闘を開始します」

 

 睨み合う二人の影。

 お互いがお互いの出方を伺っていた。

 数秒の静寂。

 先に仕掛けたのは野獣の方だった。

 

「突然行って、びっくりさせたる!」

 

 豹変したような野獣の叫び。

 その言葉通り、野獣は真正面から魔術師に向かって一足で飛び掛かる。

 弾丸よりも早い速度で接近し、勢いもそのままに鞘から刀を抜き放った。

 

 ガギィン!

 

 金属同士がぶつかりあう音が響く。

 野獣の刀は危なげもなく、魔術師のレーザーブレードで受け止められていた。

 チッと舌打ちし、野獣は次いで刀を上空から振り下ろすが、またしてもレーザーブレードで防がれる。

 2激3激と撃ち込まれる邪険──夜──はすべからく魔術師の剣によって受け止められていた。

 

「そんなんじゃ虫も殺せませんよ?」

 

 魔術師が挑発するように言った。

 

「まだ小手調べだって、それ一番言われてるから」

 

 野獣も負けじと返す。

 

「エンジン全開!」

 

 その言葉と共に、野獣の刀を振る速度が何倍にも早くなった。

 これには魔術師も驚いたようで、徐々に野獣の剣さばきに追いつけなくなっていく。

 

「オルルァ! オルルァ! オルルァ!」

 

 次々と放たれる天使の剣戟が、魔術師のブレードをかわし魔術師自身に振り下ろされる。

 しかし邪険──夜──の斬撃は、魔術師の使用する随意領域(テリトリー)と呼ばれるバリア空間によって寸での所で防がれていた。

 

「なかなかやりますね。私も少し本気を出しましょうか」

 

 魔術師は背部に装備されていたもう一本のレーザーブレードに手をかけた。

 同時にダイナモ感覚によって殺気を感じた野獣は、瞬時にその場から離れる。

 と、さきほどまで野獣の首があった位置を、魔術師が手にかけたレーザーブレードが通り過ぎて行った。

 コンマ1秒判断が遅れていれば、野獣は首を切り飛ばされていただろう。

 魔術師から距離をとり離れる野獣。

 先ほどの魔術師の剣を振り抜く速度は、今までの戦闘時以上の物だった。

 その上に両手でもって繰り出される剣撃は、単純に戦闘力の倍加以上のものをもたらすだろう。

 厄介な相手だと野獣は嘆息する。

 

「どうしました? 手を動かしなさい、私を楽しませるんでしょう?」

 

 魔術師が笑う。

 

「お前精神状態おかしいよ……」

 

 戦闘を、命のやり取りを楽しんでいる様なその笑みに、野獣はわずかに戦慄した。

 

「お前みたいなロクでもない奴は、何としても倒しましょうね~」

 

 使命感を胸に、野獣は精神を集中する。ゴーグルに紅い光が灯った。

 

「YOUR FIRST TARGET…… CAPTURED…… BODY SENSOR…… EMURATED、EMURATED、EMURATED……」

 

 野獣が機械的な音声を紡いだ。

 

「何をするつもりか知りませんが、貴方では私に傷一つ負わせる事はできません」

 

 魔術師が2本のレーザーブレードを構え野獣に切りかかる。

 同時に野獣もまた魔術師に向かって突進していった。

 空中で2人の剣がぶつかり合う。激しい閃光が走った。

 魔術師が目にもとまらぬ速度で、ブレードを連続的に野獣に打ち込む。

 それに対し、野獣も全く同じように天使を打ち合せていく。まるで鏡写しのように。

 先ほどまでの戦闘と比べて不自然なまでに互角の打ち合いに、魔術師は野獣の力の本質に気づいた。

 

「まさか……私の動きをトレースしているのですか……!?」

 

 相手の動きを読み取り、それと完全に同調する。これこそが野獣の持つ真の能力であった。

 

「お~いい表情だぜぇ!」

 

 動揺を見せる魔術師にご満悦の野獣。

 

「なるほど、貴方もそれなりに厄介な相手のようですね」

 

「諦めて帰ってくれるんですか?」

 

「まさか、あの人の期待を裏切る訳にはいきませんから。それに、もう勝ち目は見えました」

 

 魔術師は余裕たっぷりに笑みを浮かべる。

 不敵な態度を野獣は不審に思い警戒を強めた。

 

「へぇ……何をするつもりなんですかねぇ?」

 

「こうします」

 

 突然、野獣の胸が爆発した。

 

「おっぶぇ!?」

 

 驚愕の声を上げる野獣。ガクリと膝をついた。

 銀色の体表が真っ赤に染まっている。

 胸に手をやると、穴は開いていないようだが筋肉は爆ぜ胸骨が覗いているのが分かった。

 深刻なダメージによる大量の出血で、足元には見る見るうちに水たまりのような血だまりが広がっていく。

 

「ああイッタイ、イッタイ、痛いいいぃぃぃぃぃ!」

 

 野獣は苦悶の表情で叫ぶ。

 爆発は正面から起きた。しかし魔術師に不審な動きは見られなかった。

 野獣は魔術師の背後の空間に視線を向ける。

 見ると、視線の先には地面にうち捨てられたキャノン砲が、こちらに砲身を向けたまま転がっている。遠隔操作で射線上にいた野獣を狙撃したのだ。

 

「そのダメージではまともに動く事は出来ませんね。いくら私の動きをコピーしようと、身動きが取れなければどうという事もありません」

 

 野獣は自らの迂闊さを呪った。ただでさえ戦闘能力は相手の方が上だったというのに、この深手では逃げる事もままならない。

 

「さようならビースト。あなたの霊結晶(セフィラ)は我々が有効に活用させてもらいます」

 

 魔術師がレーザーブレードを頭上に掲げ、野獣の前に立つ。

 

「お姉さんやめちくり~」

 

 野獣は何とかその場から逃げようと、もがくように地を這いずる。

 

「何だお前根性無しだな」

 

 その姿を見た魔術師は落胆したような、軽蔑したような声色で言った。

 しかし魔術師は気づかなかった。野獣の逃げようとする先が不自然な方向へ向いている事を。

 逃げる野獣に構わず、魔術師は背後から切りかかろうとブレードを構え、迷いなく振り下ろした。

 

「どっかっせぇ~!!」

 

 気合の雄叫びと共に、野獣は勢いよくブレードをかわした。

 そのまま渾身の力を込めて、邪険──夜──を魔術師に向かって振り上げる。

 死力を振り絞った天使の一撃は魔術師の随意領域(テリトリー)を粉砕し、そのまま魔術師の胸部装甲を破壊していった。

 思わぬ反撃に驚く魔術師だが、さらに背後からの衝撃が彼女を襲う。

 何かがぶつかり砕ける音と共に、液体が魔術師の体に降りかかった。

 甘い果物や、アルコールの強い発酵臭がない交ぜになった匂いが彼女の鼻をつく。

 魔術師が後ろを振り返ると、視線の先には逃げたはずの士道たち3人が舞い戻って来ていた。

 士道と四糸乃は両手に瓶のジュースを、十香にいたってはビール瓶をケースごと振りかぶるように持ち上げている。

 さきほどの魔術師に向かってブツケられた物の正体がこれだ。

 魔術師は濡れた前髪をかき上げながら言う。

 

「援護のつもりですか? 無意味なことを……」

 

 ブッチッパ!

 

 突然奇妙な音が響いた。

 魔術師は頭に疑問符を浮かべているが、周囲から見ていた野獣たちにはその音の発生源が何であるかすぐに理解できた。

 魔術師が背部に装備している巨大な武装ユニットだ。

 ユニットから煙が立ち上り、バチバチと電気まで走っている。

 先ほど士道たちが投げつけた飲料水が武装の隙間から内側に浸透し、内部機構をショートさせたのだ。

 魔術師も、バイザー内に投影されるシステムエラーの警告文の表示を見て事態を理解したようだ。

 

「まったく、やはり試作品は使えませんね」

 

 舌打ちと共に吐き捨てる。

 

「やりますねぇ」

 

 フラフラと立ち上がった野獣は士道たちに向けて親指を立てた。

 そして、自らの天使を構え、野獣は魔術師に対面する。

 

「最後の一騎打ち、ほらいくどー」

 

 その言葉に応えるように、魔術師もブレードを構えた。

 張りつめた空気が一帯に漂う。

 士道たちは固唾を飲んで野獣たちの動向を見守っている。

 数秒間、時間が止まったように睨み合っていた野獣と魔術師だが、崩れる瓦礫の音を切っ掛けに両者は同時に駆けだした。

 

「愛のパワーをください!!」

 

 雄叫びと共に野獣は最期の一振りにすべてを賭けた。

 音速を超えた速度で両者はすれ違う。

 その一瞬、ぶつかり合った刀身から閃光のような火花が散った。

 お互い背を向けたまま制止する両者。

 勝負は決した。

 魔術師のレーザーブレードに無数のヒビが入り、そのまま霧散するように砕け散った。

 これで魔術師の持つ武器は何一つなくなったわけである。

 野獣は振り返り、邪険──夜──を軽く肩に担ぎながら言う。

 

「まだやるかい?」

 

 魔術師はゆっくりと首を左右に振った。

 

「残念ですが、これでは任務の続行は不可能の様です。ここは撤退させてもらいましょう」

 

 そう言うと魔術師はふわりと空中に浮かびあがる。

 

「なかなか楽しめましたよ。ですが、次に会う時はこうはいきません。再戦の時を楽しみにしていますよ、『ビースト』」

 

 魔術師はそう言い残すと、あとはもう振り返ることも無く一っ飛びに野獣たちの前から去って行った。

 

「野獣さん!」

 

「やじう! 大丈夫か!?」

 

 決着を見届けた士道たちが野獣の下へ駆け寄ってきた。

 その姿を見た野獣は頬を緩ませる。

 同時に、死力を振り絞った戦闘を終えた安堵感からか、野獣の体から一気に力が抜け地面に向かって落下を始めた。

 士道と十香はなんとか野獣が地に倒れ伏す前にその体を抱きとめることに成功する。

 2人はゆっくりと野獣の体を地面に横たえてやる。

 野獣の姿は銀色の体表は元の肌色に戻り、弾け飛んだはずのズボンも元に戻っていた。

 しかし上半身の衣服は元に戻らず、やはり怪我を負った胸部からは出血が止まらず続いていた。

 

「琴理! 聞こえるか!? 野獣さんが……!」

 

 士道はインカム越しにフラクシナスへと呼びかける。

 

『ええ、事態は把握しているわ。今、治療部隊を向かわせているから、あと少しだけ待ってなさい』

 

 魔術師が去ったことで通信も回復したようで、ノイズ交じりに琴理の声が聞こえてくる。

 琴理の言葉に士道は安堵の溜息をもらす。

 その間にも四糸乃がハンカチで必死に野獣の胸を押さえ、出血を止めようとしていた。

 

「野獣さん、もうちょっとだけ我慢してくれ。すぐに治療班がやって来るから」

 

 野獣に語りかける士道。

 野獣は虚ろな瞳で士道たちを見上げる。

 

「逃げろっつったのによぉ……何で戻ってくるんですかねぇ……。けど、おかげで助かったぞ……。ありがとナス……」

 

 見るからに生気の無い顔色で呟く野獣の言葉は、まるで遺言のように士道たちの耳に届いた。

 精霊といえども肉体を持っていればその性質は人間に準ずる。

 野獣の命は出血と共に失われつつあった。

 士道も上着を脱いで、四糸乃と同じように野獣の胸を圧迫し、少しでも出血を抑えようとする。

 

「これは……ダメみたいですね」

 

 自身の命が助かる見込みは無いと悟った野獣は、諦観を込めて言う。

 

「諦めんな……! 諦めんなよッ!!」

 

 死にゆく野獣の運命など認めないといった風に士道が叫ぶ。

 

「俺たちのデートは、まだ終わっちゃいないんだ!!」

 

 野獣の手を強く握り締める。士道の瞳からは涙があふれ、こぼれた雫が野獣の拳を濡らした。

 

「あっ、そっかぁ……。生きてぇなぁ……」

 

 力無く笑う野獣の言葉、それは届かぬ願いであった。

 だんだんと野獣の呼吸が弱まっていく。

 十香と四糸乃も、とめどなくあふれる涙を止めようとはしなかった。

 野獣に残された時間はあと数分も無いであろう。

 士道は覚悟を決め、野獣に最期の言葉を伝える。

 

「野獣さん、あんたは自分の過去を悔いて、自分の事を嫌っていた。生まれてくるべきじゃなかったって思ってた。でも、あんたが生まれてきたこと……、そして俺たちとの出会いは……、絶対に間違い(ミステイク)なんかじゃなかった!!」

 

 それは、野獣が何よりも待ち望んでいた許しの言葉だった。

 砂漠に水が吸い込まれていくように、士道の言葉は野獣の心の隅々にまで浸み渡っていった。

 

「まるで、夢みたいだなぁ……」

 

 野獣は両目に涙を浮かべてそうつぶやいた。

 そして、野獣の体が輪部から粒子と化しはじめる。

 別れの時が訪れた。

 十香と四糸乃も、握られた士道と野獣の拳に掌を重ねる。

 見る見るうちに野獣の下半身が消滅していく。

 

「そうだ……、最期に思い出した俺の本当の名前、覚えておいてくれよな~……。俺の名前は、田所……」

 

 野獣は自身の真名を3人に伝えた。

 

「あ、やっと……夏が終わったんやな……」

 

 その声を残して、野獣の体は光の粒子となり、空中へと溶け込んでいった。

 残された士道たちはしばらくその場にうなだれていたが、やがて立ち上がった。

 いつまでも悲しんではいられない。それを野獣は望んでいないから。

 沈みかかる空から、夕日の残光が士道たちを照らす。

 3人はそこに野獣の温もりを感じた。

 涙をぬぐい、士道は空に向かって野獣の名を呟いた。

 

「夢じゃないよ、浩二」




最後まで読んでくれてありがとナス!

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