マルガレーテ《完結》   作:日々あとむ

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■前回のあらすじ

ガガーランはヒロインの鑑。
 


Defensive War Ⅰ

 

 

 アインズが昼頃にエ・ランテルへ到着し、冒険者組合に冒険者として登録した頃には夕暮れとなっていた。そして肩を落としとぼとぼ歩いていたアインズがまず最初に向かったのは道具屋――それも薬師のいる道具屋だった。

 

(一応、ガガーランに案内されてエ・レエブルは色々見て回ったけど……この街でも調べておかないとな)

 

 特に気になるのが、アインズの持つポーションとの色の違いだ。アインズの持つポーション……ユグドラシルのポーションは赤い色の液体なのだが、ガガーランに案内されて見たエ・レエブルで見たポーションの色は青色だった。治癒のポーションだと言っていたが、アインズの持つポーションと色以外でも何か効能が違う可能性がある。是非とも調べておきたかった。

 

(えぇっと、確かポーション系専門の道具屋の看板は……と)

 

 教えてもらった看板の絵を思い出しながら、街中を見て回る。エ・レエブルの時と同じように、視線が自分に集まるがアインズは気にしない。というか、ちょっと慣れた。

 

(お、あった)

 

 歩いて街中の地理を確認しながら探し、ようやく看板を発見する。こういったポーション系の道具屋は幾つもあるようで、この区画の通りの左右に幾つも同じような看板が掲げてあった。

 

(どれにするかなぁ……)

 

 何故か嗅げる臭いはアゼルリシア山脈の山でも嗅いだ植物特有の匂いだ。街中では普通匂わない類のものである。その区画から強く匂いがあり、あまり長居したい気分ではない。

 アインズは迷いながら、一番大きな家に入る事にした。その大きな家は他の家屋と違い、前に店舗・後ろに工房といったものではなく工房・工房といった作りになっているようだったためとても目立ったのだ。

 アインズがドアを開けると、上に取り付けられている鐘が大きな音を立てた。室内は応接室のようになっており、部屋の中央には向かい合った長椅子が置かれ、他には書類が並んだ本棚が置かれている。

 

「はいよ、いらっしゃい」

 

 アインズが室内を興味深げに眺めていると、部屋の奥から老婆が現れた。老婆はアインズを見ると少し驚き、胸元にあるプレートを見ると微妙な表情で話しかけた。

 

「あー……もしかして、エ・ランテル出身じゃない新しい冒険者かい?」

 

「……よく分かりましたね。ええ、そうです」

 

 内心で驚き、そう言うと老婆はその理由を語ってくれた。

 

「うちは他の所のポーションよりいい性能のポーションを売ってるんでこの街じゃ有名なんだよ。そしてうちに置いてある商品は基本、(カッパー)の冒険者が買えるような値段じゃない。他の店の薬草とか見た方がええぞ」

 

「ああ――なるほど」

 

 つまり、高位冒険者御用達――と言ったところか。店にもランクがある、というのは分かる。現在のアインズは最下層の冒険者なのだから、この老婆が有名人であり、店の商品もそれに見合った商品を出していると言うのなら、アインズは確かに場違いだ。そして、それにも関わらずアインズがこの店を訪れたという事は、アインズはこの街に詳しくないと言っているに等しい。

 

「いえ、お金ならあるのでお構いなく。どのようなポーションがあるのか見せていただけますか?」

 

 アインズがそう言うと、老婆は呆れ顔で頷いた。

 

「……まあ、そんな高価そうな鎧着てる時点で金くらいあるだろうな、と思っとったよ。ちょいお待ち。……やれやれ、ンフィーはいつ買い物から帰って来るんだか」

 

 最後の方は聞こえなかったが、老婆はそう言うと部屋の奥へと消えていった。……少しすると、幾つもの青い液体の入った瓶を持って出て来る。

 老婆はアインズに座るように促すと、その対面に座って机の上にポーションの瓶を並べる。

 

「回復のポーションでよかったね?」

 

「ええ」

 

「なら、この三種類だよ。右が薬草で作ったポーション、真ん中が魔法と薬草、左が魔法で作ったもの。どれを買うんだい?」

 

「…………」

 

 アインズは思わず固まる。ユグドラシルとは全く違う作成方法が出て来たからだ。もしやここに青色のポーションと赤色のポーションの秘密が隠されているのかと、アインズは口を開く。

 

「……申し訳ありません。実はあまりポーションに詳しくないので、それぞれ何が違うのか教えていただけますか?」

 

「うん?」

 

 アインズの言葉に老婆は不思議そうな顔をした。その表情から、どうやら常識的な事を訊ねたようだと察するが、仕方が無い。聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥とも言う。別に見栄を張るような相手もいないので、アインズは素直に訊ねた。

 

「いえ、私の知るポーションとは生成方法が違ったものがあったので、気になったのです。よければ教えていただけませんか?」

 

 アインズがそう言うと、老婆は納得した表情で頷いた。

 

「――ああ、なるほど。ポーションには三種類あってね、一つが薬草だけで作るものさ。こいつは即効性はなく――」

 

 アインズは老婆の話を頷きながら聞く。

 老婆から聞いた説明では、薬草で作ったポーションは即効性が無く、効果も薄いが非常に安価。魔法と薬草で作ったポーションは、効果が現れるのが薬草のものより早いが、それでも時間がかかる。冒険者がよく飲む回復系のポーションはそれらしい。

 そして最後の魔法のみで作ったポーションは、魔法と同じく即効性があり、効果も魔法と同じものらしい。ただし高額だが。

 

 説明を聞き終えたアインズは、続いて気になる事を訊ねる。

 

「どうしてポーションの色は青いんでしょうか? 他の色ってないんですか?」

 

 老婆は苦虫を噛み潰したような表情で、悔しそうに語った。

 

「ポーションは製作過程でどうしても青くなっちまうのさ。理由は分からないがね」

 

 なんじゃそりゃ。アインズは自分の持つポーションの色を思い出し、心の中で首を傾げた。少なくとも、ユグドラシルではそんな色のポーションは無い。誰がポーションを作ろうと、そんな色のポーションを生成したという話は聞いた事が無かった。

 

「伝説によれば、完成された真なるポーション……〈保存(プリザベイション)〉のかかっていないポーションは神の血の色、と言われておる。薬師の界隈じゃ神の血は青いんだ、なんて冗談があるくらい、別の色のポーションなんて存在しないのさ」

 

「〈保存(プリザベイション)〉?」

 

「魔法のみで生成したポーションは沈殿物がない代わりに、錬金術溶液を使う。錬金術溶液は鉱物をベースにして作るもんなんだ。そのため、時間の経過と共に劣化するんだよ。だから、魔法で保存するのさ。伝説のポーションは劣化しないらしいがね」

 

「……なるほど」

 

 時間の経過と共に効能が劣化するポーション、というのはさすがにアインズも知らない。というか、ユグドラシルには無い。さすがの糞制作も、「時間と共に劣化して役立たずになるので定期的に補充して下さいね」というふざけたシステムを搭載する事は無かった。

 そうなると、考えられるのは――おそらく、ポーションはこの異世界に伝わる内に異世界特有の進化を遂げた、という事だろう。

 この異世界では、アダマンタイトなどという柔らかい鉱物がもっとも硬く、最高の鉱物だと言われているらしい。つまり、この異世界にはユグドラシルほどの材料の豊富さは無いのだ。そうなると、ユグドラシルと同じようなポーションは作れない。

 それを何とか再現しようと四苦八苦した結果――今のようなポーションが出来たという事だろう。

 

「お話、ありがとうございました。それで、このポーションは幾らでしょうか?」

 

 十分な話が聞けたので、さっそく値段を訊ねる。さすがにポーションの一つも買えないほど金が無い、というのは無いだろうと思うので大丈夫だろう。魔法で作ったと言われているポーションを指差した。

 老婆はアインズの言葉に「金貨八枚だよ」と言った。アインズでも十分余裕で払える金額だ。アインズは怪しまれないための見せる用の無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)から硬貨を入れていた皮袋を取り出し、中を覗く。

 

「…………」

 

 忘れていたが、ほとんど白金貨だ。(ドラゴン)討伐で蒼の薔薇から貰った報酬は全て白金貨であったし、あの緑竜(グリーンドラゴン)が渡してきたのも、ほとんどが白金貨であり、金貨や銀貨は少ない。銅貨に至っては、一枚も持っていない。

 

「……ではこれで」

 

 仕方なく、白金貨を出す。老婆は受け取ると、釣銭の金貨とポーションをアインズに渡した。釣銭を皮袋にしまった後、ポーションと共に無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)に入れる。

 用が終わったので、席を立った。そして店を出る時に、アインズは老婆に声をかけられた。

 

「そういや、お前さん。お前さんの知るポーションはどんな生成方法だったんだい?」

 

「――ああ、私が知るポーションの生成方法は魔法ですよ。薬草で作るものは聞いたことがなかったので、それで不思議に思って訊ねたんです。貴重な話、ありがとうございました」

 

「そうかい。――また、ポーションが要り様ならうちに来な」

 

 その言葉を最後に、今度こそ店を出る。アインズは再び街中の散策を始めた。魔術師組合の位置、定期的にアンデッドが湧く共同墓地の様子など、このエ・ランテルには幾らでも見て回りたい場所があった。

 ――アインズが冒険者組合で紹介された宿屋に向かったのは夜も更けた頃、そしてそこで飲んだくれと一悶着あったのだが――当然、余裕で鎮圧し、アインズは一人部屋を満喫した。

 

 

 

 

 

 

 翌朝、アインズは冒険者組合を再び訪れた。入ればカウンターがあり、そこに三人の受付嬢。笑顔で冒険者達の相手をしている。昨日、アインズの登録に付き合ってくれた受付嬢もそこにいた。見回すと左手側に大きな扉があり、反対の右手側にはボードがある。そこには幾枚もの羊皮紙が張り出されており、その羊皮紙を前に冒険者達が相談をしているようだ。おそらく、どの依頼を受けるか相談しているのだろう。

 冒険者達はアインズが入るとアインズの方へさっと視線を巡らせ、最初にプレートに、次に姿格好へと舐めるように動かして――興味無さげに視線を逸らされた。アインズも同じように周囲の冒険者達を見回すが、プレートは金や銀が多く、銅は一切無い。昨夜の宿屋で見た冒険者達もいなかった。

 

「…………」

 

 なんとなく、ボードの前に立っている冒険者達を見て依頼の仕組みを察するのだが、無いはずの汗腺機能が復活した気がする。

 

(舐めるな――俺にはこれがある!)

 

 文字を解読するためのアイテムは無いが、ガガーランに教えてもらった文字の勉強をするための絵本――それを見てエ・ランテルまでの道中に作った「あいうえおを書いた紙」――これがあれば、何とかなるだろう。たぶん。

 アインズはそう思いながら歩を進め――アインズの姿に気づいた、昨日の受付嬢がさっと手を上げた。

 

「ゴウンさん、ご指名の依頼が入っております」

 

「え?」

 

 その受付嬢の言葉にざわりと空気が急激に変化し、アインズもまた首を傾げた。先程とは別の好奇の視線がアインズに集中する。

 

「一体、どういう事でしょうか?」

 

 受付嬢のもとまでやって来て、アインズは疑問に思った事を口にする。受付嬢もよく分かっていないらしく、困惑の表情を浮かべながら口を開いた。

 

「はい、ンフィーレア・バレアレさんからご指名の依頼が先程ありまして……会議室の一つでお待ちしておりますので、どうぞこちらに」

 

 受付嬢はそう言うと、アインズをその会議室まで案内する。アインズも大人しく受付嬢について歩き――案内されたそこに、金髪の少年が椅子に座って待っていた。

 金髪の少年はアインズの姿を確認すると、立ち上がって軽く頭を下げる。

 

「はじめまして、僕が依頼させていただきましたンフィーレア・バレアレです」

 

「ご指名頂いたアインズ・ウール・ゴウンです」

 

 アインズも同じように名乗り、頭を下げる。受付嬢は「ではごゆっくりどうぞ」と言うと、軽く頭を下げて去って行った。ンフィーレアという少年と、アインズが室内に取り残される。

 

「とりあえず、席にお座り下さい。さっそく依頼のことを話しましょう」

 

「そうですね――ですが、一つ訊ねても?」

 

「はい?」

 

 席に促され座りながら、アインズは疑問に思った事を口にする。

 

「私は昨日、この街に来たばかりです。そして冒険者として登録したのも昨日で、プレートは(カッパー)……そんな私に、どうして指名依頼を?」

 

 もしや何らかのこの世界特有の魔法か何かでアインズの実力を見抜いたのだろうか、だとすればかなり厄介であるが――ンフィーレアは微笑みを浮かべて答えてくれた。

 

「ああ……今までは別の冒険者の方に依頼していたんです。ですが先日、その方達がエ・ランテルを出られて別の街へ行かれてしまったので……だから、ちょうど別の方に依頼しようと思っていたんですよ。新しい冒険者の方を探していた時に、祖母が立派な鎧を着た冒険者の方に出会ったと言っていたので、じゃあその方に依頼してみようって思いまして」

 

「祖母?」

 

「はい。昨日、うちの店でポーションを買われたでしょう?」

 

「――ああ、なるほど」

 

 昨日、ポーションの説明をしてくれた老婆だ。どうやら、ンフィーレアの祖母だったらしい。その老婆にはアインズが別の街からやって来た事も、金を幾らか持っている普通の新人冒険者では無い事も知られている。おそらく、ちょっとした青田買い感覚で依頼してみたのだろう。

 

(カッパー)のプレートの方ならお安いですし、今からする依頼はそれほど困難なものでもないので、頼んでみようかなって」

 

「ふむ……理解しました。では、依頼の方を説明してもらってもよろしいですか?」

 

「はい!」

 

 そして、アインズがンフィーレアから聞いた依頼内容は、エ・ランテル近郊にある小さな村までの護衛であった。カルネ村と言うのだが、その村を滞在拠点として、トブの大森林に向かいポーションに使用する薬草を採取するのが、今回の依頼であったらしい。

 アインズはいくら村まで近いと言っても、二日はかかる距離にたった一人で護衛任務を受けるのは、と難色を示したくなったのだが、ンフィーレア曰くそこまで気を張るようなものではないとの事。何でも、その近郊の森には森の賢王と呼ばれる魔獣が生息し、その縄張りであるために滅多な事ではモンスターが現れないのだとか。そのため、護衛無しでも行けない事は無いらしく、護衛の無い村人達の行き来の生還率も高い。

 

(……まあ、有名人の孫の指名依頼を断るのも、今後の生活に差し支えるか。この状態での護衛は不得手なんだけどなぁ……)

 

「分かりました。受けましょう」

 

「ありがとうございます! それと、僕のことはンフィーレアと気軽に呼んでいただいて結構ですよ」

 

「そうですか? 私もアインズと気軽に呼んで下さって結構です」

 

 嬉しそうな顔のンフィーレアにそう返す。ンフィーレアは続いて、準備に最低限必要な物の説明などをしてくれた。

 全ての説明が終わると、ンフィーレアが声を上げる。

 

「では、準備を整えて出発しましょう!」

 

 

 

 ――話は、前日に遡る。

 

 ンフィーレアは買い物を終えて、自らの家までの道のりを歩いていた。その帰り道、立派な漆黒の鎧の戦士を見つける。

 

(立派な鎧だなぁ……)

 

 その威風堂々たる姿に驚き、つい視線でその姿を追ってしまう。他の街の住人もンフィーレアと同じように視線で漆黒の戦士を追うが、当の本人は慣れっこであるのか何も気にした様子なく歩き去っていった。

 

「ただいまぁ、おばあちゃん」

 

 目的地に着き、ドアを開けると珍しく祖母のリイジーが工房から出てきて応接室の長椅子に座っていた。目の前には二種類のポーションが机の上に置いてある。そして、リイジーはそのポーションを前に何かを考え込んでいた。

 

「おばあちゃん?」

 

 ンフィーレアは不思議に思い、リイジーに語りかけるがリイジーはンフィーレアに気づいていないのか、思考の海に浸かりそれに没頭している。こんな時のリイジーには何を話しかけても無駄なので、ンフィーレアは早々にリイジーに話しかけるのを諦めた。その思考が終着点に辿り着いた時、改めて話を聞けばいい。

 

「……何故ポーションの色を? 興味があるなら、他にも訊くべきことはあったはず……作り方の違いを訊いた理由は……まさか……いや、しかし……」

 

 ぶつぶつと何事か呟いて思考しているリイジーを尻目に、ンフィーレアは買ってきた物を片付ける。そうして全てを片付けて、リイジーと自分に飲み物を準備したその瞬間――

 

「えぇい! 考えても仕方ない! ンフィー! あんた、カルネ村にちょいと行って薬草取って来な!」

 

 リイジーのいきなりの言葉に、ンフィーレアは驚愕で目を見開く。

 

「どうしたの、おばあちゃん。まだ、カルネ村まで行って森で薬草採取が必要になる時期じゃないけど……」

 

 ンフィーレアの言葉に、リイジーが捲し立てるように説明した。

 先程、漆黒の戦士がポーションを買いにやって来たそうなのだが、その時の様子が妙に気になったと言うのだ。ポーションの作り方に興味を示し、かつ何故青色なのかを気にした事。それがリイジーの勘にどうも何かを告げるらしく――その漆黒の戦士を探って欲しいのだとか。

 

「旅の途中なら、ポーションを使ってくれるかもしれないしね。その時に色違いのポーションか普通とは違うポーションを出してくれれば――分かるだろ? ちょっと顔を繋いでおいておくれよンフィー」

 

「……うーん。まあ、それなら……」

 

 護衛任務なら、怪我をする事だってあるだろう。その時にリイジーの狙い通り、普通とは違うポーションを出してくれるかもしれない。そうでなくとも――友好関係を深めた場合、もしかすればそういったポーションを持っている事を教えてくれるかもしれない。

 普通とは違うポーション。ンフィーレアとて薬師であり、研究者だ。当然、気になる。

 ンフィーレアはリイジーの勘を信じる事にした。脳裏には先程すれ違った漆黒の戦士の姿が思い起こされる。確かに、あれだけ立派な鎧を装備した戦士ならば、普通とは違うマジックアイテムを持っていても不思議ではない。そう信じられるほどに――すれ違っただけで、不思議な、何とも言い難い気配の人だったのだ。

 

「じゃあ、明日の朝すぐに組合に指名の依頼をしてくるよ」

 

「頼んだよ、ンフィー」

 

 そして、もう一つ。

 

(カルネ村に行けば――ふふ)

 

 ンフィーレアの頭の中に、その村に住む恋している少女の顔が思い起こされる。彼女と会う口実も出来る事だし――ンフィーレアは少し浮ついた気持ちで、明日を持った。

 ――そして次の日、ンフィーレアは無事件の漆黒の戦士、アインズに依頼を受けてもらう事が出来たのだった。

 

 

 

 ……カルネ村はエ・ランテルより北東に位置する。行き方は北上し、森の周辺に沿って東に進むルートと、まず東に進んで、それから北へ進路を変えるルートの二つがあった。今回、護衛のアインズと一台の馬車を引いたンフィーレアが選んだルートはより安全な後者のルートだ。森の周辺に沿って進むのはモンスターとの遭遇率が高まるため、アインズ一人の護衛では手数が足りない可能性がある。そのため、警護という観点から問題があったのだ。

 一応、護衛対象であるンフィーレアは魔力系の魔法詠唱者(マジック・キャスター)であり、第二位階魔法まで使用出来るそうだが、護衛対象を戦闘に参加させてしまっては本末転倒だろう。というか、アインズとしては第二位階魔法程度では安心出来ない。

 

(いざという時はマジックアイテムを幾つか使用するか。この姿でも、魔法を使用出来ないわけでは無いけど……あまり使っているところは見られたくないな)

 

 そう心に決め、アインズはンフィーレアと穏やかな会話をしながら歩く。ンフィーレアは馬車に乗り一頭の馬を操っているが、アインズは徒歩だ。馬車の荷台には薬草を詰めるための瓶を乗せているので、アインズが座る余地は無い。……まあ、護衛任務で護衛対象の馬車にのんびり座るのもどうか、というところなのでアインズは全く気にしないが。

 

 ……道中は、何事もなく進んだ。しかし、太陽が頂点を過ぎる頃……本来、カルネ村に向かう途中に一つあるはずの村で、異変が起きていた。

 

「あれは……」

 

「煙?」

 

 アインズとンフィーレアは、その村があるはずの位置から、灰色の煙が立ち昇っているのを発見する。それは、物が燃えて火が消えた後の煙に似ていた。

 

「……何か、起こっているみたいですね。ンフィーレアさん、気をつけて下さい」

 

「は、はい!」

 

 アインズはンフィーレアにそう言うと、背負ったグレートソードを取り出しすぐさま臨戦態勢に移れるようにする。ンフィーレアもまた、馬車の手綱をぎゅっと握り周囲を警戒するようにして馬を操る。そうして段々と村に近づき……アインズはそこでふと足を止めた。仮にあの異変が何らかの囮であった場合、これ以上の接近は確実に敵に気づかれるだろう。

 なので、先にンフィーレアに方針を訊ねる。

 

「ンフィーレアさん、一つ訊いておきますが……このまま村に向かい、異変を確認しますか? ――それとも、無視して迂回し、本来の目的の村まで向かいますか? どちらも、メリットとデメリットが存在しますが……」

 

 アインズがそう訊ねると、ンフィーレアは少し考えてから……アインズに答えた。

 

「アインズさん。このまま、村に行きましょう。一応、異変を確認しておきたいです。場合によっては、エ・ランテルに帰らないといけませんから」

 

「分かりました。では、確認しに向かいましょう。ンフィーレアさん、決して私から離れないで下さい」

 

 アインズの言葉に、ンフィーレアは深く頷く。アインズとンフィーレアは共にその村まで向かった。鼻腔に、焼け焦げたような臭いが届く。

 そして、近寄った時に二人の視線に飛び込んだのは、焦土と化した村跡であった。ほとんど焼き尽くされ、家屋は崩落し残った残骸が墓標のように佇んでいる。

 

「こ、これは……なんてひどい……」

 

 ンフィーレアが慄いたように声を上げる。アインズは冷静に、ンフィーレアに向かって告げた。

 

「……生存者がいないか探しましょう。……絶望的ですが」

 

「……は、はい!」

 

 村まで入り、馬車を降りたンフィーレアを連れてアインズは警戒しながら周囲を探る。

 

(俺の“不死の祝福”に反応が無いから、アンデッドはいないはずだけど……やれやれ。この少年も生命探知系の魔法は使えないらしいし、面倒だなぁ)

 

 そうして家屋の残骸を覗きながら、残された生存者を探す。……幸い、生存者は六名ほどいた。それ以外は全て撫で斬りにされたようで、女子供も生き残っていない。

 ンフィーレアがびくびくと震える中、アインズは生存者から何とか話を聞いた。生存者は震える声で、アインズ達に感謝しながら事の顛末を語ってくれる。

 

 ――その話の内容とは、いきなり帝国の騎士達が村を侵略し、村人達を殺し回ったという事だった。大きめの広場に追い立てられるように集められ、順次殺されていく。そして、家屋は火を点けて燃やされ、徹底的に破壊し尽くされた。

 

 ンフィーレアはその話を聞いて、震える声で呟いた。

 

「な、なんて酷い……帝国騎士が、こんなところまで来ているなんて」

 

 顔色の青いンフィーレアを横目で見ながら、アインズは更に生存者から話を聞く。

 

「他には何か言ってましたか?」

 

 アインズに訊ねられた村人は、少し思い出すように考えて――アインズに告げた。

 

「そういえば……確か、彼らは『次の村に行くぞ――』と、そのような事を言っていたような……?」

 

「――――」

 

 ンフィーレアはその言葉を聞いて絶句する。アインズは、その言葉で更に思考の海に潜った。

 

(……何かの作戦行動か? ここまで徹底的にしているとなると、何らかの極秘作戦……帝国騎士、というのも怪しいな。もしかすると、法国の欺瞞工作かも)

 

 そうなると、冒険者である自分の手には余る事態だ。早急にエ・ランテルへと帰還し、冒険者組合に報告して王国に知らせなくてはならないだろう。

 アインズは話を聞いた村人の肩を軽くポンポン、と叩いて労うと立ち上がってンフィーレアを見た。

 

「ンフィーレアさん。エ・ランテルに戻って報告を――」

 

「――アインズさん」

 

 アインズの言葉を遮って、ンフィーレアは顔色を真っ青にしながらアインズを見つめた。その、覚悟を決めたような表情と気配に、アインズは首を傾げる。

 

「……このまま、目的地のカルネ村まで行って下さい」

 

「……正気ですか?」

 

 兜越しに、ンフィーレアを見つめる。アインズの表情は見えていないはずだが、視線を感じるのだろう。ンフィーレアはごくりと喉を鳴らしながら、アインズへ頷いた。

 

「最初から、カルネ村に向かうという依頼だったはずです。このまま、カルネ村までついて来て下さい」

 

「……分かっているとは思いますが、状況が違います。このまま目的の村まで向かえば、高確率でこの村を襲った事態に巻き込まれるでしょう」

 

 アインズがそう告げるが、ンフィーレアの心は変わらないようだった。首を横に振って、「お願いします」と頭を下げてくる。そんなンフィーレアに困惑するのはアインズだ。何がンフィーレアをそんなに頑なにしているのか、アインズはさっぱり分からなかった。この村に到着するまでの話し合いでは、エ・ランテルへ帰還する事も可能性として入れていたはずだ。

 しかし、今のンフィーレアはそれを頑なに拒否している。

 

「……生存者はどうする気ですか? この村跡には、血の臭いが満ちています。鼻のいいモンスター達なら、興味を抱いて集まってくるでしょうね。そうなると……村人程度で、生き残れると思いますか?」

 

「それは……! その……でも、僕は…………」

 

 アインズがそう、冷たい現実を告げてもンフィーレアは拒否を示した。今、ここにある命ではなく――カルネ村にいる、誰かをンフィーレアは優先している。アインズはそう察した。

 そして、アインズの言葉に現実に還ったのは生き残った六人の村人達で、ンフィーレアの言葉に目を見開いて、恨み言さえ吐きかねないほどの敵意を彼に向けている。無理もない。ンフィーレアは、せっかく生き残った村人達を見捨てて、助けられるかどうかも分からない誰かを助けに行きたいと告げているのだから。

 このまま放っておけば、村人達がンフィーレアに掴みかかるだろう。そうなると、冒険者のアインズとしても寝覚めの悪い事になる。――このまま街に戻って、悪評が立つのも避けたかった。

 

「……分かりました。このまま、カルネ村に向かいましょう」

 

「……!」

 

 アインズの言葉に、ンフィーレアは伏せがちだった顔を上げる。対して、村人達は心底絶望しきった顔をした。そんな彼らの前に手を突き出して、黙らせる。

 

「ただし――村人達をこのままにしておくわけにもいきません」

 

 アインズは無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)から一つのアイテムを取り出す。取り出したマジックアイテムの名を小鬼(ゴブリン)将軍の角笛と言い、吹けば小鬼(ゴブリン)達を十九体永続的に召喚するというアインズが何故かアイテムボックスに入れていたゴミアイテムだ。

 アインズが取り出した小さな角笛に、ンフィーレアも村人達も首を傾げる。アインズはくるりと体を反転させ、彼らに見えないようにすると兜の口部分を消して笛を吹いた。

 

 プー、という貧相な、まるで子供の玩具のような軽い音が周囲に響く。そして――

 

「呼ばれて参上しやした、旦那! 何でも言って下さい!」

 

 次の瞬間、十九体の小鬼(ゴブリン)達がその場に召喚される。突如現れた小鬼(ゴブリン)達の姿に、ンフィーレアや村人達が驚いた。そして――

 

(し、喋ってるううぅぅぅ!?)

 

 アインズも実は、驚いていた。

 

(そ、そうか……そういえば緑竜(グリーンドラゴン)も喋っていたもんな。(ドラゴン)種族のアイツが特別なんじゃなくて、他のモンスターも喋る奴は喋るのか……そうか……)

 

 精神を鎮静化させながら、アインズは口元を隠していた手をどけ、小鬼(ゴブリン)達に命令する。

 

「王国の兵士達が村人達を助けに来るまで、お前達が護衛していろ。村人達の安全がある程度確保されたら、俺と合流しに来い」

 

「分かりやした、旦那」

 

 リーダー格の小鬼(ゴブリン)……小鬼の指揮官(ゴブリン・リーダー)が頷く。それを確認し、アインズは振り返ると村人達に説明した。

 

「先程の角笛は小鬼(ゴブリン)を召喚するマジックアイテムです。帝国騎士が現れたと言うのなら、国境地帯の見張りに全く発見されていないという事はあり得ないでしょうから、必ずエ・ランテルから王国兵士が派遣されるでしょう。それまでの安全を、彼らが確保してくれます」

 

「そんな……ここまでして下さるなんて……ありがとうございます、冒険者様」

 

 村人達は口々にアインズに礼を言い、ンフィーレアは罪悪感が薄れたのかほっとした表情を作る。彼も、内心では見捨てる事に抵抗があったのだろう。――それでも、カルネ村にもっと大切な何かがあっただけで。

 村人達も、あまり小鬼(ゴブリン)達に抵抗が無いようだった。おそらく、今は極度の人間不信になっているのだろう。そのため、助けてくれるのならモンスターでも構いはしない、という心境になっているのだ。

 

「ではンフィーレアさん、急いでカルネ村まで行きましょう」

 

「すみません……ありがとうございます、アインズさん」

 

 ンフィーレアはアインズに礼を言い、再び馬車を引いて二人は旅を急いだ。村人達と小鬼(ゴブリン)が二人を見送ってくれる。

 ――急いだせいであろう。休憩は最低限であったため馬はもはや疲れ切っているが、そのおかげで二人がカルネ村に到着したのは早朝の事……まだ、何の変化も無い小さな村の姿を維持したままであった。

 

「……ま、間に合った……!」

 

 ンフィーレアはそう呟くと、馬車から降りてアインズの制止も振り切り走っていく。その後ろ姿をアインズは頬を掻いて見送った。どうも、ンフィーレアは一目散に目的の場所まで走ってしまったらしい。

 

「……普通、最初に連絡するのは村長だろうに。……その辺りは、まあまだ子供なのかなぁ……」

 

 アインズはそう呟くと、仕方なくンフィーレアを追って歩く。幸い、昨日の夕方頃に王国の兵士達が生き残りの村人達を助けに来たらしく、小鬼(ゴブリン)達は伝言(メッセージ)でアインズに夜の内に連絡を入れてきていた。今日の夕方頃には合流出来るだろう。

 そう安堵していたが――アインズは、ふと人類より優れた聴覚に届いた音に反応する。

 

「……やれやれ。本当に、ギリギリだったな少年」

 

 アインズはそう溜息をつくと、背からグレートソードを抜いて両手に構える。

 遠くから、人間の絶叫が擦れて聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

「すみません! ンフィーレアです!」

 

 目的の家の前に着いたンフィーレアは、全速力で走ったがために息を乱しながらドアの前で叫んだ。すると、少ししてドアが開く。ンフィーレアもよく知る顔……自分が恋する少女エンリの両親だ。幼い頃に両親を亡くしているンフィーレアにとっても、憧れの両親と言っていい。そんな二人が、息を切らし汗を垂らして急いでここに来た、と分かる様子のンフィーレアに首を傾げている。

 

「どうしたんだね、ンフィーレア君」

 

「そんなに急いで……さあ、中に入って」

 

 室内に促され、ンフィーレアは「お邪魔します」と言って中に入る。そして、二人に矢継ぎ早に見て来た事を捲し立てた。

 話を聞いていく内に二人は驚愕の顔になり――そして徐々に表情を険しくしていく。

 ンフィーレアが話を終えると、二人は信じられない、という表情をしながらもすぐにンフィーレアを信用してくれた。これでも長い付き合いなのだ。

 

「分かった。ンフィーレア君、私はすぐに村長のところに話を通してくる。君も一緒に来て欲しい」

 

「私はネムを連れて、水を汲みに行っているエンリを呼び戻してくるわ。そのまま森に二人を避難させてから、急いで戻って来ます」

 

 二人がそう言い、それぞれ準備をしようとすると――周囲から叫び声が聞こえて来た。馬の嘶きと――悲鳴である。

 

「――――」

 

 三人は同時に顔を見合わせる。そして――

 

「ネムを急いで起こして来るんだ! ンフィーレア君、すまないが家内と共に逃げてくれ!」

 

「そんな! おじさんは――」

 

「私はエンリとすれ違いにならないよう、この家で待つつもりだ。ンフィーレア君、私の妻と娘をよろしく頼む……!」

 

「――――そんな、それなら僕が待つべきです。僕なら魔法を使えますから、少し逃げ遅れるくらい平気です……!」

 

 ンフィーレアがそう言うが、しかし彼は首を横に振った。

 

「いや、駄目だ。君にそんな危険な役は任せられない。頼む、君しか妻と娘を任せられる相手はいない……行ってくれ!」

 

 そうして言い争いをしている内に、母親に起こされたネムが起きて来た。剣呑とした雰囲気に目を丸くし、不安そうに三人を見上げている。

 

「頼む……ンフィーレア君!」

 

「……分かりました」

 

 ンフィーレアは唇を噛み締め、苦々しく頷く。今から逃げた方が生き残る確率は高く、そしてンフィーレアが助ければ更に生き残れる確率は高くなるはずだ。対して、エンリを待っていれば例えンフィーレアでも数の暴力で潰され、二人とも死んでしまうかもしれない。

 ましてや、実の父親を押しのけて(エンリ)を助けに向かうなど――それを納得させるほどの説得をンフィーレアには出来るはずがなかった。

 

「おじさん……! また、後で……!」

 

「ああ、ンフィーレア君。また後で会おう……!」

 

 二人は、そうして別れる。もしかすればこれが今生の別れになるかも知れない――そう考えて、ンフィーレアはゾッとする。

 

(おばさんとネムを森に避難させたら、後でおじさんとエンリを探しに行こう……!)

 

 そう決意して、ンフィーレアは三人で家を出る。目指すはトブの大森林だ。森の中に逃げ込めば、助かるだろうと希望を抱いて――

 

 

 

 ――そして、ンフィーレア達が去った後に、エンリは異変を察知して自らの家に走って帰って来た。

 

「お父さん! お母さん! ネム!」

 

「エンリ! 無事だったか!」

 

 帰って来た家には、父親一人しかいなかった。

 

「母さんとネムはンフィーレア君に任せてある! さあ、逃げよう!」

 

「ンフィーレアが……」

 

 エンリのよく知る相手だ。時折薬草を採取しにカルネ村に滞在するので、今回もそんな風にして村に来たのだろう。彼にとっては最悪のタイミングであろうが、自分達にとっては幸運だ。ンフィーレアは魔法が使えるので、普通の人間より強い。少なくとも、この村の人間よりは強いだろう。

 故に、エンリは安心して母親と妹の無事を確信する。父親と二人逃げようとして――

 

「あ――」

 

 最悪のタイミングで、それは現れた。

 

 玄関口に一つの影が差し込む。日光を背に、帝国の騎士が立っていた。

 

「――――」

 

 その男は父親とエンリを視線で数え、そしてエンリは自分が舐め回されるような嫌な感触を覚える。チャリ、と騎士が剣を持つ手に力を込めたのが音で分かった。家に入ろうと騎士は一歩踏み込み――父親がエンリを守ろうと騎士にタックルしようとして――

 

 それより早く、その帝国騎士の頭上にそれは振り下ろされた。

 

「え?」

 

 黒く厚い刃が、帝国騎士の脳天に叩き込まれ、そのまま下に下ろされ帝国騎士が真っ二つになる。身体を二つに別たれた帝国騎士は叫び声を上げる間もなく、絶命した。周囲に血飛沫が飛ぶ。帝国騎士の身体から噴出した血液が、父親とエンリを汚す。

 ……そうして、帝国騎士の姿が地面に落ちたその先に、全身鎧(フルプレート)で全身を覆い隠した、漆黒の戦士が立っていた。

 

「――あ」

 

 漆黒の戦士は振り下ろした大きなグレートソードを横に振り払い、刃に纏わりついた血を遠心力で吹き飛ばす。何も言えない。騎士を文字通り一刀両断したような相手に、単なる村人でしかないエンリ達では何が言えよう。あの漆黒の戦士が相手では、全てを諦めて首を差し出すか、地面に膝をつき慈悲を乞うくらいしか助かる道が無いと、そう本能で理解する。

 

「――――」

 

 漆黒の戦士は二人を見回し――家の中も見て、そして何も言わず踵を返し、歩いて去って行く。

 その漆黒の戦士の後ろ姿を見て、父親が呆然と呟いた。

 

「冒険者……」

 

「え?」

 

「冒険者だ。間違いない。胸に冒険者を示すプレートがあった。……そう言えば、ンフィーレア君が来る時、必ず冒険者を雇っていたな……いつもの人とは違うようだけど」

 

「それじゃあ、味方なのお父さん」

 

「ああ……ついて行こう、エンリ。あの漆黒の戦士の近くにいれば、安全だろう」

 

 少し考えて、エンリは父親の案に頷く。エンリと父親は手を取って漆黒の戦士の後を追った。

 

 ――そして、その漆黒の戦士は圧倒的だった。遭遇する帝国騎士達は全て一刀で斬り伏せていく。脳天から真っ二つに。あるいは真横から胴を。肩から斜めに上半身と下半身を。

 

「すごい……」

 

 父親と二人、エンリは思わず呟く。それほどまでに、漆黒の戦士は圧倒的だったのだ。帝国騎士達はまるで相手になっていない。大人と戦う子供でも、もう少し抵抗らしい抵抗が出来るだろう。

 漆黒の戦士は誰かを探すように歩き回りながら、帝国騎士達を斬り伏せていく。エンリと父親はその後ろを追って歩いた。この頃には、既にエンリ達はこの漆黒の戦士がンフィーレアを探しているのではないか、と予想しているが……怖くて、とても言い出せない。

 怖い理由は――死の恐怖だ。ここで漆黒の戦士から離れたら、自分達は死ぬのだろうという予想。その予想の正しさを、周囲に転がる同じ村人の死体が証明している。

 だから、二人は漆黒の戦士に何も言い出せない。

 

「――旦那!」

 

 そうして歩いている内に、漆黒の戦士が足を止め、不思議に思っているとなんと狼に乗った小鬼(ゴブリン)達が現れた。小鬼(ゴブリン)達は漆黒の戦士に話しかける。

 

「俺達だけですが、先に合流させてもらいました。周囲は見張りが立ってるんで、入るのに苦労したんですが」

 

「そうか。こちらは非常事態だ。見て分かる通り、襲撃を受けている。他の村人達はどこにいるか分かるか?」

 

「そうですね……(ウルフ)の匂い曰く、どうもこの村の中央に集められているみたいです」

 

「……なるほど。あの村で聞いた通りの行動か。だとすれば、まだ少年は生きてそうだな。俺はこれから村の中央まで正面突破する。お前達は俺が引きつけている隙に、少年を確保して守れ」

 

「了解しました」

 

 漆黒の戦士の言葉に小鬼(ゴブリン)達は頷くと、狼に乗って再び去って行った。その姿を確認した漆黒の戦士は、エンリ達に振り向くと初めて話しかける。

 

「――というわけで、私の近くにいるのはお勧めしません。離れた方がいいでしょう。襲撃された後の家屋かどこかに……」

 

「……いえ。申し訳ありませんが、一緒について行ってもよろしいでしょうか?」

 

 父親がそう言う横で、エンリはこくこくと頷く。この漆黒の戦士から離れるのは怖かったし……何より、村の中央にンフィーレア達がいるかもしれないと聞いては、行かないわけにはいかなかった。

 そんな二人の様子を見た漆黒の戦士は、少し気の毒そうにしながら告げる。命の保障はしませんよ、と。二人はそれでも頷いた。

 漆黒の戦士は、もう何も言わなかった。そして――再び歩き出した。エンリ達はその後ろをおっかなびっくりついて行く。

 

 少しして、エンリは帝国騎士に追い回されている村人を発見した。村人は広場に逃げ込もうとしているのだろう。それを帝国騎士が追い回しているのだ。

 

「あ――」

 

 エンリと父親がその姿を見て叫びそうになる。漆黒の戦士が、片手に持っているグレートソードを下段に構えたのが視界に入り――エンリ達の見ている前で、それを勢いよく片手で投擲した。

 

「カッ――」

 

 グレートソードは勢いよく、空気を切り裂くようにしながら回転し突き進み、その村人を追い回している帝国騎士の背を貫通する。帝国騎士が倒れ込んだ。漆黒の騎士は空いた手でエンリ達にその場に留まるよう知らせると、無造作に歩いていく。

 よく見れば、それより少し先に帝国騎士が何人もいた。どうやら、広場に近づいていたらしい。漆黒の戦士の後を追うのに夢中で、エンリ達は気がついていなかった。

 帝国騎士達は自分達の仲間が大剣で串刺しにされたのを、ごくりと生唾を飲み込んで見ている。漆黒の戦士は無造作に歩き――そして、倒れている帝国騎士の身体を踏みつけると、グレートソードの柄を握って横に引くように引き抜いた。地面をガリガリと刃が削る。助けられた村人は、怯え叫びながらその場を離れた。

 

 静寂。

 

「――うおぉぉおッ!」

 

 勇気ある、一人の帝国騎士が剣を構えて漆黒の戦士に向かっていった。太陽の光を反射して、漆黒の戦士の胸元で揺れる(カッパー)のプレートが光る。帝国騎士が懐に入り込むように、若干屈みながら剣を突き立てようとして――

 

 それより早く、漆黒の戦士はエンリ達が見ていた時と同じように、切っ先を下げていたグレートソードを上に持ち上げるように振り抜いた。

 

「――――」

 

 一閃。それだけで、向かって来た帝国騎士の身体が二つに切断される。どしゃりと地面に転がった帝国騎士を、他の者達も眺め――

 

「総員! あの化け物を片付けろ!!」

 

 帝国騎士達の絶叫が、カルネ村の中に響き渡った。

 

 

 

(――糞! 何なんだ、あの化け物は――!!)

 

 村を襲っていた者の一人、ロンデスは目の前で起こる殺戮に舌打ちした。

 

 ……最初は、単なる前の村と同じ作業でしかないと思っていた。おかしいと思ったのは、包囲網を狭めていく内に、死体が目に入ってきた時だった。

 体を真っ二つにされた、自分の仲間達を見て何か異様なモノがこの村にいる事を悟った。血の臭いに誘われて、もしやモンスターが森から出て来たかと思い、さっさと仕事を進めようと急いでいたところ――女性と幼女を連れて逃げる魔法詠唱者(マジック・キャスター)の少年に会ったのだ。

 魔法詠唱者(マジック・キャスター)ならば、あの死体も納得出来る。魔法とはそれほどに不可思議なもの。だが同時に、魔力が無ければ発動出来ない。

 ロンデス達が見つけた時には、魔法詠唱者(マジック・キャスター)の少年はそのような魔法を使っている様子が無かった事から、てっきり魔力が尽きかけておりもうそうした事は出来ないのだと思っていた。

 故に、細心の注意を払いながらも同じように村人と共に広場に追い詰めた。

 

 だが――――

 

(あり得ないだろ! なんで(カッパー)のプレートの冒険者ごときが、一撃で鎧ごと人間を真っ二つに出来るんだ!?)

 

 犯人は別だった。最弱のプレートを胸元にぶら下げた漆黒の戦士が、ロンデス達が見た死体と同じようなモノを、次々と生産していく。

 漆黒の戦士は圧倒的だった。ただの一振りで人間を真っ二つにし、しかも太刀筋が速過ぎて気づけば両断している。回避行動さえ取れない。片手で両手剣を振り回し、蹴りの一撃で骨を砕き頭部を踏み潰し、漆黒の戦士は自分達を蹂躙していく。

 数の暴力で抑えようとしても無駄だった。漆黒の戦士の鎧は何で出来ているのか恐ろしく頑丈で、ロンデス達の武器では傷一つ付きはしない。

 そして相手は、ただの一振りで自分達を即死させる。

 

(――俺達の攻撃は通らない! しかし相手の攻撃は問答無用で通る……! ならば……!)

 

「撤退だ! 笛を吹け!! 他の者達は守れ!」

 

「――――」

 

 ロンデスの言葉に、全員が一糸乱れぬ動きを行う。他の者達も既に、漆黒の戦士と戦っても勝ち目が無い事を悟っているのだ。

 

「――――」

 

 漆黒の戦士は撤退するならば何もする気はないのか、両手に持つグレートソードの切っ先を地面に下ろし、反応が無い。及び腰ながらも仲間はそんな漆黒の戦士を警戒し、そうしている間に仲間が笛を吹き、馬と弓騎兵を呼ぶ。

 ――高らかに鳴り響く笛の音。睨み合っている内に馬の走る足音が聞こえ、騎乗している仲間が自分達を回収しようと手を差し出す。そして……

 

「――やれ」

 

 漆黒の戦士がそう呟いたかと思うと、村人達が集まっていた広場の物陰から、狼に騎乗した小鬼(ゴブリン)が二体飛び出してきた。

 

「なッ……!?」

 

 いきなりのモンスターの登場に、場が騒然となる。馬がモンスターの気配に一瞬足を止め――

 

「はっ!?」

 

 そうして視線を逸らした隙に、漆黒の戦士がロンデスに向かって全身鎧(フルプレート)を装備しているとは思えない速さで突っ込んできた。

 思わず、剣を構えて防御しようとする。しかしそれが何になるのか。漆黒の戦士の一撃は容易くロンデスを切断するだろう。

 だが、ロンデスは無事だった。漆黒の戦士は両手のグレートソードを周囲に振り回すように投げつけて――

 

「な――んだ、とおおおぉぉぉお!?」

 

 漆黒の戦士はロンデスの剣を鎧で弾くと、首を引っ掴み地面に引き倒し――足を振り上げてロンデスの片足を踏み潰した。

 

「――――!!」

 

 たまらず、絶叫を上げる。ロンデスの片足を踏み潰した漆黒の戦士はロンデスから離れ走り、再び投げ捨てられ地面に突き刺さったグレートソードを握っていき、小鬼(ゴブリン)達と共に仲間達を殲滅する。

 ……もはや、周囲は大混乱であった。狼と小鬼(ゴブリン)、漆黒の戦士によって周囲の仲間達は馬が混乱し逃げる事も叶わず――戦闘が終わったと言える頃には、逃げ出せたのは精々一人か二人くらいだろうという事が窺えた。

 

「…………」

 

 痛みに足を手で押さえ這いつくばりながら、ロンデスは呆然と仲間達の死体を見る。漆黒の戦士はグレートソードを振り刃にこびりついた血を吹き飛ばすと、二本のグレートソードを背負う。

 そして――――

 

「――さて、とりあえずの危機は去ったか」

 

 漆黒の戦士は何でもない風にそう呟くと――もはや疑うべくもないが――わざと生かしたロンデスを見たのだった。

 

 

 

 

 

 

(はぁ……やれやれ。本当に面倒臭いことになったなぁ……)

 

 アインズは小鬼(ゴブリン)達が帝国騎士の格好をした男を引き摺っていくのを見ながら、内心で溜息をつく。危機が去ったと認識がようやく追いついた村人達は、互いの顔を見回し――不安そうにアインズを見た。

 

「アインズさん!」

 

 不安そうにする村人達の中、ンフィーレアがアインズに声をかける。ンフィーレアはアインズへと近寄り、その姿を見つけてアインズは少しだけ苛立たしげな気持ちを落ち着かせるために深呼吸し、ンフィーレアに返事をした。

 

「ンフィーレアさん。一応、私は貴方の護衛として雇われているんですから、あの状況で勝手に離れては困ります」

 

「す、すみません……確かに軽率でした」

 

 アインズに開口一番小言を言われたンフィーレアは、しかしアインズの小言ももっともだと納得したらしく頭を下げて謝る。

 

「ン、ンフィーレア君……その方は……?」

 

 一人の男性が集団の中から進み出ると、アインズとンフィーレアに近づき恐る恐る声をかけた。ンフィーレアはこの村の人間達と親しいらしく、その男性はンフィーレアにはあまり警戒心を抱いている様子は無い。

 

「あ、紹介しますね! 僕が今回この村に来るまでに雇った冒険者の方で、アインズ・ウール・ゴウンさんって言います」

 

 ンフィーレアの紹介でようやく村人達も安心したのか、ざわめきが広がっていき、そして男性は村の代表者だったらしくアインズに向き直って頭を下げた。

 

「ありがとうございます、冒険者様。貴方のおかげで、この村は救われました」

 

「いえ、お気になさらず。私はンフィーレアさんの護衛……結果的に村を救っただけで、単なるついでですよ」

 

「それでも! それでも……ありがとうございます! 貴方様がいなければ、この村は今頃どうなっていたことか……」

 

 男性は何度も頭を下げ、アインズに礼を言う。その男性に頭を上げるよう言っていると、先程からずっとアインズについてきていた少女とその父親らしき男性が近寄って来た。

 

「ンフィーレア!」

 

「エンリ!」

 

 少女はエンリと言うらしく、ンフィーレアが驚く。そして、ンフィーレアの顔に安堵の色が広がったのをアインズは見て取った。

 

「ンフィーレア! ネムとお母さんは……」

 

「エンリ! あなた!」

 

「お姉ちゃん! お父さん!」

 

 集団の中から、女性と幼い少女が出て来て、エンリという少女とその父親も二人の様子を見て顔をくしゃくしゃにして泣きながら抱きついていた。どうやら、親子の感動の再会というものらしく、それを目の前で広げられたアインズは気まずげに兜ごしに頬を掻く。

 ンフィーレアも少し気まずげに佇んでおり、手をおろおろとさせていた。家族の再会を見ていた男性はンフィーレアを見て、少しだけ生温い視線を送っている。

 

(何だかなぁ……)

 

 再び、アインズは溜息をつくと男性に話しかけた。

 

「それより、村の中を生き残りがいるか見て回った方がいいのでは? それに、村が本当に安全かも調べた方がいいでしょう」

 

 アインズが言いにくいが水を差すような事を言うと、弾かれたように全員がアインズの顔を見る。

 

「た、確かにそうですな。申し訳ございません、冒険者様……その、出来れば手伝っていただけると……」

 

「ええ、勿論かまいませんよ」

 

 男性の言葉を予想していたアインズは、快く見えるよう引き受けた。

 

 

 

 ――結果として、村の周囲に帝国騎士の格好をした者達はいなかった。そして、家屋の地下にこっそりと逃げていた村人が二、三人見つかっただけであとの広場にいなかった者は全て死んでいた事が判明した。

 その見て回る途中で残りの小鬼(ゴブリン)達が合流する、というハプニングがあったがアインズのマジックアイテムから召喚されたモンスターだという事を、アインズと実際に見ていたンフィーレアが説明すると村人達も安心したようだった。

 ……死体を集め、とりあえずすぐにでも弔う事が出来る死体だけでも共同墓地で葬儀をするらしい。少しだけアインズも参加し、葬儀を眺めていたがアインズの知らない神の名を唱え、祈りを捧げていた。やはり、この世界にはこの世界特有の神様というものがいるらしい。

 

(やはり、人間の村で生活して正解だったな。あの緑竜(グリーンドラゴン)に訊いただけじゃ分からないことも、山のようにあるし)

 

 ただ、今のところあの緑竜(グリーンドラゴン)は嘘をついたわけでは無いようで、そこだけは安心している。……まあ、嘘をついた場合が怖かっただけの小心者だったのだろうが。

 

 途中で葬儀を抜けたアインズは、小鬼(ゴブリン)達が隔離していた生かして捕まえた帝国騎士の格好をした男のもとを訪れる。

 小鬼(ゴブリン)達は最低限の止血だけはしておいたようで、男の片足はアインズに潰されているが出血ですぐにでも死亡する、という心配はなさそうだ。

 

 男はアインズを見ると、恐怖に引き攣った顔をする。周囲は小鬼(ゴブリン)に囲まれているので、余計にそう思ったのだろう。

 

「……さて、お前がどこから来たのか是非教えて欲しいんだが」

 

 アインズの言葉に、男は唇を噛み締め黙秘を貫く。当然だろう。生き残りは自分だけ、黙秘さえしていれば生きていられる。ならば黙るしかあるまい。

 

「帝国騎士の格好をしているが――俺の予想では法国の偽装工作員だろう?」

 

 びく、と男の身体が揺れる。分かり易い反応である。あまり、嘘をつくのが得意ではないのかもしれない。

 

「ふん、やはりそうか……。さて、どうするかな……」

 

 そう言いながら、男の顔色を伺う。血の気が失せて真っ青で、アインズの決定を不安そうに待っている。……その様子から、本当に法国の工作員なのかも知れなかった。

 

(厄介なことになったな……)

 

 内心で頭を抱える。明らかに、アインズが関わるべき事件では無い。むしろ、ンフィーレアを連れてさっさとこの村から逃げてしまいたい案件だ。

 

(王国の兵士達がそろそろ到着するらしいから、そいつらにこの村とこいつを預けて、少年を説得してさっさと村から逃げるか)

 

 小鬼(ゴブリン)達は王国の兵士達の姿を隠れて確認し、村人達の生き残りが安堵していたのを見て村人の一人にこっそり声をかけて離脱したらしい。そのため、兵士達より早くカルネ村に到着したのだ。

 

(そういえば、この小鬼(ゴブリン)達もどうするかな)

 

 あの角笛で召喚した小鬼(ゴブリン)達には召喚時間の制限がないので、死ぬまで存在し続ける。

 

(今の内に、森でこっそり全員片付けてしまうか)

 

 そう考えながら、視線を男に固定する。

 ……正直な話、かなり弱かった。アインズの戦士の真似事でも平然と押し切られ蹂躙されるとは、さすがのアインズも驚きである。

 村人は村人らしく一レベルしかないのだろうが、この村を襲った男達も一〇レベルも無いように思えた。

 

(法国の工作員のくせに、こんなに弱いのかぁ?)

 

 ここまで弱いと、おそらく詳しい事は何も知らされていないのだろう。単純に、順番に王国のエ・ランテル近郊の村を襲えと言われてその通りに行動していただけに違いない。そうでなければ、あまりに弱過ぎる。

 

(……と、いうことは別動隊がいる可能性もあるわけだ。嫌だなぁ……そっちが本命ってことは、かなり強いだろうし)

 

 何をしに来たのか情報が少な過ぎて、アインズには分からない。それでもかなり厄介な出来事に巻き込まれているのだけは分かるのだ。

 

 ――とりあえず王国の兵士達が来るはずなので、その時にこの帝国騎士の格好をした男を渡すよう村長に伝え、アインズは村の葬儀が終わった後ンフィーレアや村人達の頼みで倒れた家屋の片付けなどを手伝った。小鬼(ゴブリン)達の一部はンフィーレアの仕事である薬草採取を手伝うように命令し、残りは村の周囲を警戒するように命令している。

 そうして夕方まで働き、ンフィーレアも小鬼(ゴブリン)達と共に薬草を採取して帰って来た頃――アインズの祈りもむなしく、新たな火種がカルネ村へ投げ込まれようとしていた。

 

「――ああ、ようやく来たか。出来れば俺達が村を出た後に到着して欲しかったんだが」

 

 小鬼(ゴブリン)達の報告に、アインズは無い眉を顰める。昨日小鬼(ゴブリン)達が見た王国兵士達が、ようやくカルネ村の付近まで現れたのだ。彼らは前の村でも何らかの用事を済ませたのだろうし、そのため馬があっても自分達より到着が遅れたのだろう。

 

「――その、冒険者様」

 

 小鬼(ゴブリン)達と話していると、会話を聞いていたらしい村長が不安そうな顔で近寄ってくる。アインズは安心させるように優しく語りかけた。

 

「大丈夫ですよ。王国の兵士達がこの村に近づいてきているだけのようです」

 

「そ、そうですか」

 

「ただ、念には念を入れて村長殿の家に生き残りの村人達を避難させた方がいいでしょう。……お前達、ンフィーレア少年も避難させろ。そして、お前達はそのまま村人達を守れ。……村長殿は私と共に広場に」

 

 村長と小鬼(ゴブリン)達にそう言うと、小鬼(ゴブリン)達は急いでアインズの命令通り行動した。村長も相手は王国……味方という事で、特に緊張はしていない。

 

 ……そしてしばらくすると、騎兵が二十ほどこの村に現れた。魔法を使える小鬼(ゴブリン)曰く、彼らが見た王国の兵士達で間違いないらしい。

 

 広場に隊列を組んでやってきた彼らの中から、一人リーダーらしき男が現れる。男の名はガゼフ・ストロノーフと言って、アインズもどこかで聞いた事があった。――確か、イビルアイとの会話で出て来た男のはずだ。王国戦士長であり、この人間の周辺国家の中で最強の戦士だと言っていたはずだ。

 

(……という事は、今の俺よりは強いか)

 

 ガゼフと会話をしながら、アインズはそのような事を考える。ただ、装備が蒼の薔薇と比べても酷くみすぼらしく、アインズはその姿に内心首を傾げた。いかに強くても、この装備ではアインズに傷をつけるのは無理そうだ。

 

 ガゼフは気持ちのいい男で、かつ善良なのか冒険者風情のアインズ相手に馬から降り、頭を下げて礼を言った。その事で周囲にざわめきが起きた事から、よほど権力がモノを言う世界観なのだろう。

 

 ガゼフはアインズの連れている小鬼(ゴブリン)達の話も、前の村で村人達から聞いていたようで、その事についても礼を言われた。アインズは気にせずともいいと伝え、捕らえた帝国騎士の格好をした男の事と、この村で起きた事を詳しく話そうとし――

 

「――戦士長! 周囲に複数の人影が!」

 

 慌ててやってきた王国の兵士――いや、戦士か――の言葉に、内心で盛大に溜息をついたのだった。

 

 

 

「――意外です」

 

「うん?」

 

 法国の非合法特殊部隊、六色聖典のいずれかが村を囲い、狙いはガゼフだと判明して――そして話し合いからアインズと小鬼(ゴブリン)達が協力する事になったが、小鬼(ゴブリン)がアインズにぽつりと呟き、その言葉にアインズは首を傾げた。

 

「言ってはなんですが、旦那はもっと冷たい人間かと思ってました」

 

「ああ……」

 

 小鬼(ゴブリン)の言葉に、アインズは納得する。確かに小鬼(ゴブリン)達の予想通り、アインズはわざわざ無償で人助けするほどお人好しではない。今回ガゼフを助けるのは、そうしなければならない理由があるからだ。

 

「仕方あるまい。権力者のガゼフを生かして還さないと、王国で過ごしにくくなるからな」

 

 法国の非合法工作員の存在を知った以上、単なる村人や冒険者が生きていくのは社会的に困難だろう。まず間違いなく、口封じに殺される。別にアインズは殺される気など毛頭ないが、しかしエ・ランテルで村を見捨てただとかンフィーレアを見捨てただとか中傷されるのは面倒臭いし御免である。

 社会的に殺されようと別人のふりをすればいいだけだが、しかしアインズ・ウール・ゴウンの名前が中傷されるのは我慢がならない。ユグドラシルではDQNギルドの代名詞であったり、悪の華などと言われたりしたが、異世界でもそのような事を噂されるのは勘弁願いたい。かつての仲間達にも顔向け出来なくなる。

 

「分かっているとは思うが、お前達は少年の護衛だ。いざという時は、この少年を連れて逃げろよ」

 

「分かりました」

 

 小鬼(ゴブリン)が頷いたのを見て、満足する。ンフィーレアは村に残って待機だ。ガゼフ達が敵に突込み乱戦に持ち込み敵を引きつけている間、村人達は逃げる手筈になっている。……もっとも、ガゼフが敗北し死亡した時点で村人達の命運は尽きたも同然だが。

 アインズもガゼフに付き合い、敵を殺していかねばならない。馬はアインズに怯えてアインズを乗せてくれないし、そもそもアインズも馬の乗り方を知らないので、少し遅れる形になるが。

 

(確かマジックアイテムがあったな、ああいう馬のゴーレムを出すやつ)

 

 それを使って練習しないとなあ……とアインズは思いながら、作戦の開始を待った。

 

 

 

 

 

 

 ――戦場を見てアインズが抱いた感想は一つ、「弱い」。それだけである。

 

(嘘だろ……?)

 

 アインズは少し離れた位置で、ガゼフ率いる王国の戦士達と法国の特殊工作員達の戦いを見ている。その感想がそれだった。

 幾ら装備が拙いとはいえ、弱過ぎる。法国の特殊工作員達はまだ正確に判断出来るほどの材料は無いが、しかし王国の戦士達は弱過ぎた。たかだか第三位階魔法で召喚された天使達でさえ満足に倒せないとは。

 唯一倒せているのはガゼフのみだが、そのガゼフでも数の暴力で押されており、とても指揮官までは辿り着けないだろう。

 

「弱い。弱過ぎる。……第五位階が伝説の魔法だなんだと言われて、鼻で嗤ったが――まさか真実だったとは」

 

 アインズは呆然としながらも、戦場へと足を踏み入れる。アインズに気づいた天使が数体アインズに向かうが、アインズは平然と力づくで天使達を両断した。天使達が光の粒子へと消え、法国の特殊工作員達がアインズにぎょっとする。

 

「……何者だ?」

 

 敵の指揮官らしき男が、アインズに向かって冷静に訊ねる。それにアインズは気軽に答えた。

 

「王国に所属する冒険者だよ。国同士の諍いに手は出したくないのだが……この状況では致し方あるまい?」

 

「――ふん」

 

 敵の指揮官も、冒険者のアインズが冒険者の決まりを破ってガゼフの手助けをする理由は仕方なくと気づいているのか、特に興味も無さそうだった。

 天使達が迫る。アインズはそれを一閃する。再び天使達が光の粒子へと消えた。

 

「……(カッパー)のプレートではありえん強さだな」

 

「……最近登録したばかりで……まだ名無しというわけだ」

 

「なるほど……。ストロノーフと同様、あの冒険者にも気をつけろ。こちらに近寄らせるな」

 

 冷静な指揮官の言葉で、思わぬ伏兵の登場に不安を抱いていた法国の特殊工作員達の態度が平静に戻る。次々と彼らは減らされた天使達の数を召喚して元に戻していく。

 

(天使系モンスターに物理攻撃は効果が薄い。俺みたいに力づくは……王国の戦士達じゃ無理だろうな)

 

 アインズは向かってくる天使達を斬り伏せていき、横目で王国の戦士達の行動を見るがガゼフ以外は天使達にむしろ押されている。ガゼフも派手に暴れ回っているが、段々と動きが鈍ってきているように思えた。

 ガゼフ達は人間なので、疲労が蓄積されていっているのだろう。アインズはアンデッドのため平気だが、彼らはそうはいかないわけだ。

 

(時折面倒臭くもあるけど、やっぱりアンデッドの身体の方が便利でいいか)

 

 天使達を平然と斬り倒し、次々に消滅させていく疲れ知らずのアインズに、指揮官は段々とアインズへ視線を固定されていく。そして明らかに、ガゼフよりもアインズに対して向かってくる天使達の数が増えてきた。それも当然だろう。ガゼフに囲いを突破され指揮官を撃破されても、アインズが同様の事をしても、それでは空気が変わってしまう。そうなると、ガゼフに逃げられるかもしれず彼らの任務は失敗だ。

 ここまでお膳立てして、それは許されないだろう。彼らは何としても、ここでガゼフを亡き者にしなければならない。

 だが――――

 

「――ハァッ!」

 

 アインズはグレートソードを振り、天使達を斬り伏せる。徐々に距離を詰めていき、ついにガゼフと同じ距離まで近づいた。

 

「かたじけない! ゴウン殿!」

 

「お気になさらず。それより――」

 

「ああ――指揮官を倒そう!」

 

 ガゼフも活気づき、アインズと協力して更に距離を詰めていく。アインズが一歩前に出てガゼフの盾になり、ガゼフはアインズの打ち漏らしを倒して突き進む。敵も魔法を唱え始めるが――その全てが、アインズの上位魔法無効化Ⅲの前に無効化された。

 

「馬鹿な! 魔法を無効化だとぉ!?」

 

 指揮官が仰天の声を上げ、ガゼフもアインズの背後で驚いていた。

 

「ゴウン殿! 一体どうやって……!?」

 

「――私の鎧は特別製でして、第六位階までの魔法は無効化するんです!」

 

 ――と、このように言い訳しておく。天使達の物理攻撃も鎧の頑強さの前に弾かれるので、ガゼフは「おぉ……」と感嘆しながらも納得したようだった。

 

「伝説級の防具だと……! 貴様は一体何者なのだ……貴様、冒険者風情では有り得んだろう!?」

 

「――知らんな!」

 

 アインズは指揮官の絶叫を切り裂くように、グレートソードを振るって天使達を両断する。彼らは徐々に押されてきた。少し見ればこちらも戦士達は倒れ伏し、立ち上がる元気も無いようだが構わない。このままジリジリと距離を詰めていけば、敵も魔力が尽きて単なる的になる。

 

「――なるほど。確かに今のままでは勝てんな」

 

 そして――冷静に、敵の指揮官はアインズとガゼフの奮闘を分析し結論を出した。

 

「確かにお前達は強い。流石だと言っておこう。――ガゼフ・ストロノーフ。あるいはお前が最強装備のままであったならば、勝ちを拾うことが出来たかもしれん」

 

 指揮官の横には監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)。視認する自軍構成員の防御力を僅かであるが引き上げる能力を持つが、自分が動いた時その能力を失う。そのため、あの天使は全く動いていない。

 

(冷静だな……まだ何か隠し玉を持っている可能性があるか……)

 

 アインズは警戒しながら徐々に距離を詰めていく。

 

「――だが、やはり不可能だ。最高位天使の前ではな!」

 

 指揮官が懐から取り出した水晶を見て、アインズは思わず瞠目する。それほどまでに、アインズはそのマジックアイテムの存在に驚愕したのだ。――今の状況がまずい、と思うほどに。

 

「魔封じの水晶……!」

 

「その通りだ冒険者! これには二〇〇年前、魔神をも単騎で滅ぼした最強の天使を召喚する魔法が籠められている! お前達がどれほど強かろうと……人間では決して勝てん!」

 

 距離は――まだ遠過ぎる。今のアインズでは狙撃魔法は使えない。この魔法で編んだ鎧を解く必要がある。

 だがおそらく、その前に召喚されるだろう。本当に召喚されるのがアインズの想像する最強の天使ならば、この状態では勝ち目がない。急いで本来の姿に戻らなければならない。

 

「さあ、その威光に震えるがいい! 威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)

 

「――――」

 

「な、なんということだ……!」

 

 輝く幾枚もの翼で出来た化け物。その姿を前にしてガゼフが絶望の声を上げる。そして――

 

熾天使(セラフ)級じゃないのかよ!!)

 

 恥ずかしい。かなり恥ずかしい。最高位天使だと言うものだから、絶対そっちだと思ったのに。危うくアンデッドの姿を晒すところであった。

 

(なんだか、気が抜けたなぁ……)

 

 アインズは内心で溜息をつきながら、目の前に召喚された天使を見る。厳しい相手だが、まあ何とかなるだろう。

 

「――下がれ」

 

「え?」

 

 アインズはガゼフをグレートソードの柄で背後に吹き飛ばし、自分から引き離す。見れば、威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)が攻撃態勢に移っていた。

 

「第六位階までの魔法を無効化するだと? ならば第七位階魔法をくらうがいい! ――〈善なる極撃(ホーリースマイト)〉」

 

 アンデッドのアインズに、善属性に傾いた魔法が直撃する。当然、この攻撃はアインズにも通った。

 

(なるほど……これがダメージを負う感覚か)

 

 また一つ、気になる実験が終わった。アインズはそれに満足する。

 

(しかし法国には第七位階魔法を使用出来る存在がいるのか……それとも、プレイヤーか? いや、プレイヤーなら第十位階魔法を込めておくだろ? でも魔封じの水晶があるってことは、確実にプレイヤーが“いた”のは確かだな……)

 

 法国に対する警戒を強める。いずれは訪れてみたいが、それは情報を集めてからの方がいいだろう。

 アインズがそう結論付けると共に、光の柱が消え去っていく。そして、平然と立っているアインズを見て、敵の指揮官達が呆然と立っている姿がアインズにも見えた。

 

「――さすがに今のは痛かったぞ」

 

「お、お前は本当に人間か……? 十三英雄級の存在だとでも言うのか?」

 

「さあな……。その答えを知る者達に、私は会える日を待っている」

 

 プレイヤーならば分かる答えを告げて、アインズは再びグレートソードを強く握り、威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)に向かった。アインズは平気だが、ガゼフはこの攻撃に耐えられないだろう。今までのガゼフの様子から、それをアインズは見て取った。

 ――激戦が始まる。三〇レベル程度の戦士級の物理攻撃のみのアインズと、アインズに満足にダメージを与えられない威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)の攻防は、千日手と言っていい。

 だが、それで十分過ぎる。召喚には時間制限がある。この威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)もしばらく時間が経てば消えるだろう。

 

 つまり――彼らが反撃の手段を失ったその時こそ、アインズの勝利の時だ。

 

「――撤退だ!」

 

 敵の指揮官が絶叫し、周囲の部下達もその言葉に弾かれたように動き威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)がアインズを抑えている内に撤退し始める。

 ガゼフを殺している暇は無い。何故なら、アインズが生き残ればそのアインズに殺されると全員分かっているからだ。威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)が抑えている今の内に撤退しなければ、彼らの死はほぼ確定する。少なくとも――アインズは指揮官は確実に捕らえる。

 

「――――ふう」

 

 そして――威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)の召喚時間制限が過ぎて消えた頃には、もはや草原には法国の特殊部隊の姿は、どこにも見えなくなっていた。

 疲労のバッドステータスはつかないはずだが、なんだか気疲れしてアインズは地面に座り込む。既に、時刻は夜になっており、威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)が消えたため周囲は真っ暗になっていた。

 

「ゴウン殿!」

 

 座り込んだアインズを心配し、ガゼフが駆け寄る。アインズはそれに片手を振る事で答えた。

 

「大丈夫ですよ。まあ、ダメージを受けたことは確かなのですが」

 

「ああ――いや、それは……本当に大丈夫なのか?」

 

「ええ、生きてます。……心配なら、後でポーション代でも奢って下さい」

 

「……勿論だ!」

 

 アインズの言葉に、ガゼフは大声で叫んだ。そして――ガゼフは地面に膝をつき、頭を下げる。

 

「――ゴウン殿、この度は本当に迷惑をかけた。貴殿がいなければ、我々は敗北していただろう」

 

「お気になさらず。私と戦士長殿の違いは、単に装備の違いですよ。強さ的には同じようなものでしょう。ですから――敵の指揮官が言っていた通り、貴方の装備が完全ならばやはり生き残れたでしょうね」

 

 たぶん。まあ、それをさせないためにガゼフは何らかの理由で装備をつけていないのだろうが。少しだけ、コレクターとしてガゼフの本来の装備が気になるところだ。

 

「いや……それでも、あの天使には勝てたか分からない。だから礼を言わせてくれ、ゴウン殿。本当に――本当に、ありがとう……!!」

 

 ガゼフの言葉にアインズは少し照れた。ここまで、本気でお礼を言われたのはカルネ村の住民を助けた時くらいだ。今日は珍しい事ばかりである。

 

(おかしなものだな……)

 

 人間として生活していた時には、ここまで誰かに面と向かって本気で感謝の気持ちを向けられた事はない。だがアンデッドになり人間ではなくなった今になって、人間にこうも感謝の念を向けられる。――蒼の薔薇然り、カルネ村然り、ガゼフ然り。

 だが、悪い気はしなかった。

 

「さて――それより、部下の皆さんを起こして、村に帰りませんか? 私も疲れましたし、村人達も安心させないと」

 

「ああ、そうだな……!」

 

 頭を上げたガゼフが笑い、立ち上がるとアインズに片手を差し出す。その片手の意味がアインズは一瞬分からず――けれどすぐに理解して、内心で笑みを作りながら片手のグレートソードを手放し、手を握って身を起こすのを手伝ってもらった。

 

 ――星空が漆黒の戦士と王国戦士長を照らす。じきに夜が明けるだろう。

 

 

 

 

 




 
漆黒の剣とハムスケの出番を犠牲に、カルネ村とガゼフ(あとニグンさん)を救出する……!
 

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