ユグドラシルのサーバーダウンを信頼できる友人と迎えることができたモモンガは戸惑っていた。予定の時間を過ぎてもログアウトしないのだ。何とも締まらないオチに気が抜けながら、GMコールをするためにコンソールを呼び出そうとするも、反応がない。隣にいるバクさんに確認を取れば、バクさんも同じ状況のようでひとまず安心する。まあ、いずれ解消されるだろう。
それにしても何だか気取った話し方をするバクさんに違和感を覚える。中二病にでも目覚めたんですか?と揶揄しようと手元から目を離したところで、こちらを凝視するバクさんからあり得ない言葉がでる。
「…ところでモモンガさんの口が動いているように見えるのだが…」
「は?何を…ってバクさんの口も動いてますよ!?」
どういうことだ!まさかの新規アップデートか?!
いや、あり得ない。そんなことをすればとてつもないデータ用量でサーバーがパンクする。
一瞬の混乱が何かに抑制され、冷静な思考が戻ってくる。何だこれは。自分の状況に戸惑っているところへ、自分でも、バクさんでもない。女性の声が掛けられる。
「失礼ながら、何かございましたか?モモンガ様、バク様」
NPCが喋っている。明確な意思を持って!こちらを!心配そうに!見つめている!
その驚きもまた、抑制される。
こちらに敬意を持っているようだからひとまずは安全か?何もかもが分からない。しかしこのままでいられるわけもない。状況の確認のため、声を掛けようとした瞬間、目の前を半分龍化したバクさんに遮られ、怯えたような声が聞こえた。
「も、申し訳ございません!至高の御方々の会話にしもべが口を挟むような不敬を!この無礼、このアルベドの命を持ってどうか、どうかお許しください!」
「…よい。許そう。その場で待機せよ」
「ありがとうございます!」
俺を庇ってくれたのか、と思うと同時に、頭の中に声が響く。
ーモモンガさん聞こえますか?
ーバクさんですか?
ーよかった、繋がった!
ーこれはメッセージですか
ー頭の中で話せるみたいで。反射的に動いちゃってすいません。アルベドビビらせちゃいました。
ー庇ってくれてありがとうございます。いえ、良い判断だと思います。お陰である程度今後の対応が浮かびました。いったいこれはどういう状況だと思いますか?
ー男のロマンでいうなら、一昔前に流行った異世界転移ってやつじゃないかと。荒唐無稽ですが…
ー異世界転移…。でもそれくらいじゃないと感情が抑制されたりとかの説明がつかないか…。となると周囲の状況確認が必要ですね
ー俺も言葉が抑制されているようで偉そうにしか話せないんですよ!恐らくスキルの影響かと思うんですが…。状況確認、俺行きましょうか?
ー外が安全かも分からないのになにかあったらどうするんですか!
ーあっはい
ーあ、感情抑制された。…ひとまず斥候を放つ意味とこちらの命令を素直に聞くかの実験で指示を出します。バクさんはじっとしていてください
ー了解です!
バクさんの行動力というか素直さは美徳であるけど、何だかなあ。ぼやきつつメッセージを切り、あたりを見回す。…あれはたっちさんが創造した`セバス・チャンか。確かカルマも善性であったはずだし、見た目も人間だからよほどでない限り大丈夫だろう。
「セバス。大墳墓を出、周辺地理を確かめ、もし仮に知的生物がいた場合は交渉して友好的にここまで連れてこい。交渉の際は相手の言い分を殆ど聞いても構わない。行動範囲は周辺1キロだ。戦闘行為は極力避けろ」
「了解いたしました、モモンガ様」
「メイドの1人も連れて行け。もしお前が戦闘になった際は即座に撤退させ、情報を持って帰らせろ」
「――直ちに」
「セバスについていく1人を除き、他のメイドたちは各階層の守護者に連絡を取れ。そしてここまで――いや第6階層、アンフィテアトルムまで来るように伝言を伝えよ。時間は今から1時間後。それが終わり次第、お前達は9階層の警戒に入れ。それとアウラに関しては私から伝えるので必要は無い」
「「「「「「はっ」」」」」」
ーこんな感じでどうです?
ーいいと思います。この短時間でよく思い付きましたね!さすがです
ーありがとうございます
ー残ってるアルベドはどうするんですか?
ーあー…。ちょっと実験しようかと
ー実験?
ーむ、胸を揉もうかと
ー…
ーいや!やましい意味は無くてですね?セクハラでGMに連絡がいかないかとですね!
ーそんなに重ね重ね説明しなくても分かってますよ
ーなら無言はやめてください!
ーしかし、目の前でそういうことやられるのはちょっとなあ。あ、いいこと思い付いた
そう、この時点で悪い予感はしていたのだ。バクさんの思いつきは良い意味でも悪い意味でも人を振り回す。かつてのギルド最盛期で起きたあれやこれやの騒動を思い出し、何をする気だと問いただそうとしたときにはバクさんの顔が目の前にあった。
「な、何を」
「じっとしていろ」
ベロリと、眼窩を長い舌でねぶられる。生身の人間であるなら体験出来なかっただろう感覚に身体が強張る。ぞわりぞわりと皮膚などもうないはずの身体に鳥肌が立つ気がした。
何だこれは何だこれは何だこれは。
思考がまとまらない。感情が抑制されない。見えるのは、真っ赤な色をした舌と、普段は髪で隠れている目と、鱗の浮いた端整な顔。
「ふむ。何事もないようだ。このような接触では…モモンガさん?」
とりあえず殴っておいた。
▼メインターゲットを完了しました
次はきっと主人公視点。