狼少女の夢日記 〜ぼくらはあの時同じ月を見ていたんだ〜 作:三月時雨
ぼくがこの世界に放り込まれたのも、篠宮さんとこの森の中で初めて会ったのも2週間前の同じ夜だった。それからいろいろあってぼくらは行動を共にしている。毎晩ぼくは篠宮さんと一緒に彷徨う。その後、夜が明けて朝になると目を覚まして現実での一日を過ごす。それで日が沈んでベットの上で眠りに落ちると、ぼくは一面の緑に囲まれながら篠宮さんの側にいる。その繰り返し。
篠宮さんはぼくと顏を合わせまいとしているのか、そっぽを向いている。それは目の前に広がるずっと遠くまで続いている木々の果てを眺めているようでもあった。
空が暗くなるにつれて、月が一層輝きだす。篠宮さんは同じ姿勢のままでまだ横腹の辺りを押さえていた。
「傷、まだ痛むの」
「うん………。大丈夫…………」
ずっと痛みが引かないせいか篠宮さんの口調が少し弱気だった。
「湿布とかあれば良かったんだけど……」
「持ってないでしょ?」
持ち運びしないといけないので、当然ぼくらの荷物は最小限の物しかなかった。
「うん…………」
篠宮さんは残念そうにため息をした。
「あればなぁ。あれば少しは楽になったのに」
「あればね」
「うん、あれば……」
ここで、会話が途切れる。入ってたりしてないかと思ってぼくは自分の荷物の中を探ってみたが、やっぱりない。どちらかが怪我をする度に確認してしまうのだが、何も変化はない。荷物の中身と自分達の居場所を嘆くしかなかった。ここが家であれば、戸棚の引き出しを開ければ、そうでなくてもドラッグストアまで走れば手に入る代物のはずなのに、だ。
「……シャワー、浴びたいな…」
篠宮さんはポツリと呟いた。
「水の量最大限にしてこれでもかってくらい水使ってすっきりしたいなぁ…。はぁぁ、川は冷たいし、ゆっくり楽しめないし、川自体を見つけるのも大変だし……」
「ま、朝まで我慢しよ」
「今したいの! 朝になったら髪についた土ぼこりとかは全部なくなってるから意味ないの!」
何気なく言っただけなのに怒られた。
「もぅ! 桐原君が変なこと言っちゃうから余計浴びたくなっちゃったでしょ。どうしてくれるの。ほら、特別なパワーみたいので何とかならないの」
何と無茶苦茶な……。何とかしてあげたいのは山々なんだけど…。ぼくも体中のほこりとか落としたいし。
「ぼくには無理だよ。特殊能力なんか持ってないし」
「そんなの、初めから分かってるよ!」
篠宮さんは苛立ったように吐き捨てた。ぼくは、はぁぁとため息をつく。
「………まぁ、ここを出るまで頑張ろう」
「分かってるよ……」
篠宮さんは拗ねた顏で言う。
「夢なんだから、出口はあるよ」
「桐原君に言われなくても、それくらいわたしだって知ってるよ。これは、夢」
「そう、夢」
「夢なんだからね」
「うん‥‥‥‥‥」
また、ぼくらは話す言葉がなくなった。日が沈むにつれて、木々の葉が緑色を失って行く。
「…桐原君は、本当に魔法みたいなのは使えないの?」
「残念なことにね」
「わたしより化け物倒すの上手なのに?」
「上手でも」
「夢の中なのに?」
「夢だけど。持ってないものは持ってない」
「やっぱり、そっか……」
「夢だけどね」
「夢なのに。……………出口、あるのかなぁ……」
篠宮さんは膝を曲げて体育座りの姿勢になって、そう小さく言った。