その高校のそのクラスには対照的な二人がいた。
一人は一二三零。品行方正で冷静沈着、成績優秀な学級委員長。教師は勿論生徒からもから信用され信頼され、将来を有望される生徒だ。
もう一人は九十九一。零の逆であると言えばその実態が分かりやすい。悪逆の限りを尽くし、教師や生徒からの信用と信頼は最低。その高校で何か問題が起これば必ず一が疑われ、そしてそれらの問題の大抵、一に起因するものなのだ。
奇縁というか、バランスが取れているというか、一と零は同じ中学校の出身だったりする。
そんな二人がいるその高校で、文化祭翌日のその日、事件が起こった。そのクラスが文化祭で出店し儲けた売り上げ、約三十万円が何者かに盗まれてしまったのだ。
容疑者はクラスメイト全員。一が文化祭中に乱入してきたチンピラと乱闘を起こし、連帯責任でその日、文化祭の後片付けをそのクラスが請け負っていた。学校にいたのはクラスメイト全員と担任教師のみ。犯行時刻は、最後に回していた校門から本校舎までの飾り付けを取り外していた時間帯にまで絞り込めた。
学校側からの指示は一つ。
クラスメイトと担任教師だけで犯人を見つけ、処罰せよ。つまり、犯人を見つけ、その犯人に与える罰を決めろ、ということだった。
本来は文化祭の代休となるその日に、そのクラスは自らのホームルーム教室に集まり、犯人探しを始めていた。
「どうせお前が犯人だろ、一。さっさと自白しろよ」
開口一番がそれだった。
発言者は十六夜量。量の発言に多くのクラスメイトが賛同し、所謂多数決による犯人の確定がなされようとしていた。暫定的犯人である一は、しかし涼しい顔をして笑った。
「ははっ、信用がないねぇ。それに俺はお前らに幾つもの恨みをかっているからな、そうやって憂さ晴らししたくなる気持ちもよく分かるぜ。嫌いな奴の言動は何でも憎く思えるし、好きな奴の言動は何でも素晴らしい行いのように見えるよな」
笑いながら、腹を抱えながら一は続ける。
「いいぜ、いいぜ。だったら俺を犯人にしてしまえばいい。ただし、俺は犯人じゃない。それでも多数決ってのは絶対だ。そうやって決議を取ればいい。なぁ、委員長。どんな正義も多数決で悪だと決めれば悪になる。逆に言えばどんな悪でも多数決で正義と決めれば正義になるって訳だが、お前らはそうやって正義を捏造するってことでいいんだな?」
「…………」
「へぇ、ノーコメントか。何かやましいことでもあるのかな? まぁ、ともかく、別に俺は俺が犯人だってことでも構わないぜ。それで罰も正々堂々と受けてやろう。学校くらい、俺は辞めてやってもいいぜ。邪魔者が消えてスッキリするだろ? だけど、それでいいのか? 無実の人間を陥れたクズ野郎が、この中にいるってことになるぜ? なぁ、量。開口一番にそんなことを言って、クラスを誘導させて、これで俺が犯人じゃなかったら、お前が犯人だって自白しているようなものだぜ? それにその後に賛同した奴らもだ。最初に量に吹き込んでおけば、それで後は賛同するだけだ」
「ふざけんな! 人に罪をなすりつけてんじゃねぇよ!」
反射的に叫ぶ量に一は一言、笑みを崩さずに「それは俺の台詞だ」と告げる。
にやにやと、人の心を除くような、そして確信を持っているかのような、そんな一の口調に誰しもが一時停止する。
「さて、なら真面目に犯人探しをしようぜ。簡単な話だろ? この中で犯行可能な人間を炙りだして行けばいいんだ。まずは俺、素行不良の劣等生九十九一。さて、次は誰だ? ――と、まぁ容疑者が主導権を握ってりゃ、ダメか。なら委員長、お前が進めろよ」
「ああ、分かった」
まず最初に行われたのは、状況の整理。多くの生徒が校門前に集まって飾り付けを取り外していた。職員室は校門を抜けた先で垂直に建つ本校舎の左端から入れる、南校舎の中にある。職員室は計三つあり、手前から第一、第二、第三職員室となっており、中は繋がっている。その日は第一職員室しか開いておらず、盗まれた三十万円が置いてあったのは第三職員室の最奥にある金庫の中だった。金庫はクラスで用意したものでクラスメイト全員が暗証番号を知っていた。
つまり、犯行は誰にでも可能。ただし、金を盗むには第一職員室に入るしかなく、犯人は第一職員室に入るしかない、ということになる。
次に行われたのは犯人の炙り出しである。犯行時刻にどんなことがあったのかをクラスメイト全員で思い出していき、犯行可能な人間を炙りだしていった。結果、容疑者はクラスメイト四十人から五人にまで絞りこまれた。絞り込まれたのは、皆から一度でも外れたことのある生徒五人である。
それぞれ――。
九十九一。
八百京。
十六夜量。
五月雨千。
そして、一二三零。
である。
そして次に始まったのは容疑者五人のアリバイ証言。
九十九一。
「俺はずっとサボっていた。それはお前らがよく知っているだろ? ずっとずっと、忌々しげに俺の方を見ていたんだから。まぁ、連帯責任の元凶がサボってんだから、そういう目を向けるのも納得だけどな。分かるか、俺はお前らの疑いの目でアリバイが証明されてんだよ」
十六夜量。
「俺はみんなに頼まれた荷物を学校の外にあるトラックに運んで戻ってきただけだ。出入り口は一つしかないし、職員室に向かおうとしたらお前らの所に通らないといけないだろ。みんな一に騙されんな。犯人はアイツに決っているんだから」
八百京。
「僕は、トイレに行って、そのついでにみんなに頼まれたジュースを買ってきただけだよ。職員室はトイレや自販機と反対の方向にあるし、職員室に向かおうとしたら普通にみんなに見つかると思うな」
五月雨千。
「私が体弱いの知っているでしょ? その日、その時は保健室に行っていたの。一応私は文化委員だったし、ラインでみんなにあれこれ指示をしていたから、その時のラインの時刻を見てくれたら証拠になると思うよ。それと、……確か、えっと、零君が一度保健室に、来てくれたよね、その、えっと、あったこれこれ、この指示を出した時だからこの時間。保健室には先生がいたし、私は無理だよ」
一二三零。
「俺は文章で伝えられないから、千さんに指示を直接仰ぎに行った。先生もその時いましたよね」
全員のアリバイに嘘はなく、クラスメイトもそれが事実だと違いの記憶を辿って認識した。
結局、誰が犯人なのか分からない。――ただ一人を除いては、しかし、彼はそれを言わない。面白がって、皆が犯人を見つけようと、クラスメイトを、友達を疑おうとするその様を楽しんでいた。
「犯人は一体誰なんだよッ! さっさと出てこいよ! どうせお前なんだろ一ッ!」
「人を疑うなんて最低だなぁ。だから俺はアリバイがあるって言ってんだろうが」
「はやくしろよ! なんで俺達まで拘束されなくちゃいけねぇんだよ! 俺にも用事があんだよ!」
「零、もういいから一にしてしまうぜ! それでいいじゃねぇか!」
「だから、そんなことしたら、真犯人の思う壺だぜ?」
「がっかりだよ! お前らがそんなやつだと思わなかった!」
「真剣に早く終わらせようぜ、何かもうやってらんない」
「犯人とかもうどうでもよくねぇか? 全員で何かの罰を受けたらいいじゃない」
「人間としてそれはどうなの? これは窃盗よ。犯人を見逃すの?」
「はいはい、もういいから、そういう正義ごっこ」
「一時期、一は三十万の時計が欲しいとか言ってなかったか、そういえば」
「だから、その時に言っただろ、俺にはアテがあるって。盗む訳ねぇだろうが」
一は皆が苛立ち、怒りに震え、友情が壊れていくその様を楽しんでいた。
しばらくして、全員が黙ってしまう。これ以上、何を言おうとしても仲が悪くなるだけ。何も言いたくなくなったのだ。そうなった所で、一は笑い出した。大笑いで、再び腹を抱えて笑った。
「――お前ら馬鹿だなぁ。なんでこんなことも分かんねぇのかなぁ」
ぼそっと呟く。
それに苛立ったクラスメイトは一に敵意を見せる。しかし、それも無視して一は続ける。
「一人いるだろ、明らかにアリバイが不確かな奴が。それに千、お前何か隠してるだろ? 大事なことを一つだけ」
「……な、なんのこと?」
「とぼけてんじゃねぇよ。零のことを言うとき、言葉を選んでいただろうが。何かを隠そうとしていたってことだろ、それ」
「…………」
「いいのか黙っちゃって。お前が怪しまれるぜ? さっさと、言ってしまえば、重要な情報をさ」
沈黙。クラスメイト全員が千に向く。その威圧感、プレッシャーに耐えられず、千はしばらくして、それを告げる。
「……零君が来て出て行ってから、十分くらい経った後に、体調が戻って、保健室を出たの。……その時に、私、零君をみたの。その、第三職員室の扉に触れている、零君を」
それで犯人が確定した。
「――決まったな。零。……犯人は、お前だろ、一二三零」
「…………」
零は答えない。ただ黙って下を向くだけだった。
「嘘だろ?」
「そんな訳ないだろ、零がする訳ないだろ」
「でも、確かに零だけ、全然、アリバイがない。それに職員室を通ってるし……」
「けど」
ざわめく。優秀な生徒だと思っていた一二三零の犯罪。それにクラスメイトが全員動揺してしまっていた。
「――クラスメイトからも、教師からも信用のおかれている委員長。ならさ、第三職員室の鍵を何かの経緯で預かっていてもおかしくねぇよな。それを開けて、金を盗んで、そしたらまぁ、十分くらいか? もう、確定だな」
「だけど、零が?」
「どうして?」
「なんで……?」
「ははっ! よかったな、零。これまでの態度が功をなして、まだ半信半疑だぜ? いいよなぁ、信用されてる奴は。何をしても、その信用でみんなが疑いきれない。一方の俺は何もしなくても、疑われる。本当に便利だよなぁ、人からの信頼ってよ」
満面の笑み。残酷な笑み。
「俺は自分を含めた人間が嫌いだから、人間に信用されようと思う人間のことが、分からなかったんだ。だけど、なるほどな、友達ってのはそういう時に使うのか。どんな犯罪も信用や信頼を勝ち取れば、いい奴フラグが立つってことか。お前らはその為にそうやって友達ごっこをしている訳だ。クラスでの馴れ合いとか、SNSでのクソダセェこととかポエムとか、あんなゴミみたいな投稿はその為なのか。はははっ、自分の保身の為にそうやって友達を作ってるだな、なるほどなるほど、そりゃ、確かにいい奴を演じている方がいいな。人間なんて信用ならねぇけど、利用は出来るか」
「……黙れ。それ以上、話すな。――俺が犯人だ。それで、いいだろ」
「はい、よくできました」
「……すまない。俺が盗んだし、もう俺の手元にはない。……随分前に、俺は昔の友達に借金をしていて、それが三十万だったんだ。……つい、魔が差してしまった。本当にすまない」
「へぇ、昔の友だち、ねぇ。もしかしたら、ソイツは、最初から友達なんて思ってなくて、ただの金づるだと思ってたかもしれねぇのに、そうやって友達って言えるお前の、その鈍さ或いは傲慢さは感心するぜ」
――後日。
一二三零は退学した。それが、信用を全て裏切った零への罰だった。
それからしばらくして。
「それ珍しい時計だな」
「そうだろ? これ三十万したんだぜ」
「三十万って、お前どっから金を得たんだ?」
「ん? まぁ、返るべき金が返ってきたって所かな」
人を簡単に信用することは結構愚かなことですが、その愚かさもまた人間らしさということで。