Charlotte ~時を超える想い~ -after story-   作:ナナシの新人

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Episode9 ~挑発~

 二回表の守備。打者一巡された初回とは打って変わって、一番から始まる攻撃はきっちり三人で終わらせた。そして、六番目時(めどき)から、七番美砂(みさ)、八番高城(たかじょう)と下位へ向かっていくこちらの攻撃も本気を出した秋生(あきお)さんの前に三者凡退に切られ、攻守交代。試合は中盤戦、三回の攻防に突入。この回相手は、四番からの打順。

 

「テメェ、いつになったらマウンドに上がるんだ?」

「投げませんよ、俺は」

「ああん? 最後まで、嬢ちゃんに投げさせる気か、テメェ」

「ええ、もちろん」

 

 今言ったのは、ブラフ。本当は、この二順で交代と決めている。けど、それもあくまで理想。彼女に疲れや異変が見えた時は、即交代。

 

「ケッ! 三点取られた責任を嬢ちゃんにおっかぶせて、テメェは高みの見物ってか? いいご身分だな。あの春原(アホ)を刺した肩は飾りか? ちっとは骨のある小僧だと思ったが、とんだヘタレだなっ!」

 

 ――マズい、キレそうだ。奈緒(なお)が。

 挑発混じりの汚い罵倒に、不愉快そうに眉尻を上げて、女の子がしちゃいけない表情になりかけてる。さっさと済ませた方がよさそうだ。

 

「まぁ、そうですね。投げてもいいですよ。ただし、追加点を奪えればですけどね」

「フン、たいそうな自信じゃねーか。いいだろう。オレ様のバットで引きずり出してやるぜ!」

 

 バットを握る両の手に、見るからにチカラが入った。構えに迫力がある。一歩間違えれば、二打席連発の花火を打ち上げられかねない。

 落ち着いて、と両手を地面に向けてジェスチャーを送る。頷いた奈緒(なお)はいったん、プレートを外し、目を閉じて深呼吸。次、前を見た時には、しっかりと落ち着きを取り戻していた。

 そして、セットポジションから投じられた初球――インコースのストレート。

 

「甘ぇって言ってんだろ!」

 

 ――完璧。迷いのないフルスイングで振り抜いた打球は、まるで初回のリプレイを見ているかのように高々と舞い上がった。

 

「走らないんですか?」

「必要ねーよ」

「確かに、必要ないですね」

 

 レフトの熊耳(くまがみ)が、打球を追って懸命に下がる。

 その足が、フェンスの手前で止まった。そして、こちらを向き――。

 

「アウト!」

 

 塁審が、大きく右手を掲げた。

 

「残念でしたね」

「何しやがった?」

「力負けじゃないですか」

「フン、そうかよ」

 

 放り投げたバットを拾い上げ、仏頂面でベンチへ戻っていった。そして同じく、前の打席ホームランを打たれた五番が、入れ替わりで打席に入る。

 

「ん? なんだ? 私に、何か付いているか?」

「いえ、お気になさらず」

 

 おそらく彼女が、この相手の中で二番目の実力者。いや、腕力を除いた純粋な運動能力なら一番かも知れない。けど、コースさえ間違えなければ、十分勝負出来る。

 サインを送って、ミットを構える。力強く頷いた奈緒(なお)の外角のストレートに、彼女もまた、迷うことなくバットを振った。

 ――これも、完璧。

 打ち返された打球は、ライト方向への大飛球。打球の上がったライトでは、黒羽(くろばね)がはわはわしながら辿々しく、ボールを見上げている。美砂(みさ)有宇(ゆう)が二人揃って、黒羽(くろばね)のフォローに向かうが、追いつけるかは微妙なところ。

 

「とうっ!」

 

 ライト付近で砂塵が舞い上がる。砂煙が落ち着き、姿を見せたのは、センターの高城(たかじょう)。倒れ込んだままグラブを掲げ、塁審に掴んだ白球を見せつける。

 

「アウトッ!」

 

 超ファインプレー。バッターランナーは、既にセカンドベースを回っていた。落ちていたら、ランニングホームランの可能性もあった。

 

「ナイス、高城(たかじょう)!」

「やるじゃねーか! 見直したぜ!」

「ありがとうございますっ」

「いえ、お気になさらず。ゆさりんの役に立てるのならなんのこれしき!」

 

 ズレたメガネと、汚れた服は名誉の勲章と言わんばかりのドヤ顔。本当によく追いついてくれた。黒羽(くろばね)の隣に据えた甲斐がある。この良い流れに乗り、続く六番も打ち取り、四番からの好打順を三者凡退退けた。

 ベンチへ戻って、二打席目に備えて防具を外す。

 

「いってきま~すっ」

「ゆさりんっ、ファイトなのですー!」

「ゆさりん、頑張ってくださいっ!」

「はーいっ」

 

 三回裏は、ラストバッター黒羽(くろばね)からの打順。

 どこに忍ばせていたのか、高城(たかじょう)は「西森一族」とプリントされた黄色い法被をはおり、全身全霊でエールを送っている。

 

「ひくなっ!」

 

 奈緒(なお)美砂(みさ)、二人の重なったツッコミが響く。それにしても、久しぶり聞いた。少しばかり懐かしさを感じつつ、自分の打順が回るまでの間に、前泊(まえどまり)に撮影しておいてもらった、秋生(あきお)さんの投球映像に目を通す。

 

「どうだ?」

 

 隣に座った有宇(ゆう)が、カメラの液晶を覗く。

 

「相当速いな。しかも真っ直ぐだけでも十分通用するのに、フォーク、シュートと多彩だ」

「厄介だな」

「打席での感じはどうだった?」

「変化球はわからないけど、ストレートには迫力がある」

 

「試合の話しを聞いてから、みんなで、バッセンで練習してたけど。打てるイメージが湧かなかった」と、若干肩を落として感服している。

 

「イケメン同士、何を話してんすかー」

 

 有宇(ゆう)とは反対側の隣に、奈緒(なお)が座った。

 

「絵になるでしょ?」

附属(うち)の会長が居たら暴走してるっすよ」

「あはは、それは大変ですね。見ますか?」

「はい。おお~、画質いいっすねっ! さすが最新型っ!」

「俺たちにも見せてくれよ」

 

 背中越しに画面を覗いてきた隼翼(しゅんすけ)たちにも、打席で対峙した印象を尋ねる。

 

「フォークは、どんなに感じでしたか?」

「手元で消えた。けど、球速差があるからどちらかに絞れば狙えるかもな」

「なるほど。熊耳(くまがみ)さん、シュートの方は?」

「ストレートに近い軌道で、手元で小さく斜めに食い込んで来た」

 

 曲がるシュートよりも、芯を外すツーシームに近い変化球。

 グラウンドに目を向ける。パァン! と、キャッチャー春原(すのはら)のミットが、小気味いい音を響かせていた。

 

「はわわっ......」

「ストライク! バッターアウトッ!」

 

 真ん中のストレート三つで、見逃しの三振。黒羽(くろばね)は一度もバットを振れず、とぼとぼと意気消沈でベンチへ帰ってくる。

 

「す、すみません......」

「ドンマイですっ、ゆさりんっ」

「もーまんたいなのですー!」

「あっ、あたしの打順っすね」

 

 奈緒(なお)が、バットを持って立ち上がった。

 

奈緒(なお)さん」

「わかってますよ。思い通りにはさせません。では、行ってきまーす」

 

 さすが、ちゃんと気づいている。

 

「なぁ、そろそろ教えてくれ。初回でいったい、なにを得たんだ?」

「私も、気になる。本当に打たれてないし」

「相手の傾向ですよ」

 

 初回は、ど真ん中の山なりのストレートで相手の力量を探ってた。そして浮かび上がったのは、四番と五番以外に外野の頭上を越える打球を飛ばす力はない、ということ。

 

「遅いボールは見やすい反面、反発力が小さいから打ち返すのにパワーが必要なんです。五番には、回転運動で運ばれましたが。純粋な腕力で外野へ飛ばしたのは、四番だけですので」

 

 二巡目は、各打者の特徴に合わせてしっかりコースをついた。四番には、初回より少し速い内角のボール球で差し込み。五番には、踏み込まなければ届かない外角低めのボール球を詰まらせて打ち取った。なまじ見えるから、必ず手を出して来ると計算しての策。

 

「六番の、芳野(よしの)さんって言ったっけ? あの人、力ありそうだけど?」

「一打席目、二打席目ともに追い込まれるまで手を出しませんでした。かなり慎重なタイプですね」

「そもそも、大きいのを狙わないってことか」

「そんなところです。奈緒(なお)さんの度胸と、抜群の制球力があって初めて成立する戦術です」

奈緒(なお)ちゃん、スゴいな」

 

 ビデオカメラを有宇(ゆう)に預けて、グラブを持つ。

 

「少し、肩を作りたいので。どなたか受けていただけますか?」

「投げるのか?」

「ええ、三回り目から替わるつもりです」

 

 元々運動能力の高い相手、さすがに対応してくる。

 制球を度外視して本気で投げれば、もっと速いボールを投げられる。緩急を使う手段もあるけど、体力面を考えると無理させたくない。

 

「そっか。お前の肩の強さを考えると、俺か、熊耳(くまがみ)あたりだな。どうする?」

「どっちでもいい」

「じゃあ、ジャンケンで決めるか」

 

 二人が、キャッチャーを決めるジャンケンを始めようとしたまさに時、鈍い金属音が響いた。反射的に視線をグラウンドに向ける。一塁でアウトになって戻ってくる、奈緒(なお)の元へ駆け寄る。

 

「大丈夫ですか? 鈍い音がしましたけど......」

「大丈夫っすよ、心配性っすね。はい。(しょう)くんの打順です。あたしの分もお願いします」

「......行ってきます」

 

 バットを受け取り、バッターボックスに入る。

 

「何があったんですか?」

「あん? ふふーん、さーねぇ~」

 

 意地悪くほくそ笑んでいる。

 もう後悔しても遅いけど、しっかり見ておけばよかった。

 

「さっきの女の子は、内角のストレートに詰まっただけだよ」

「そうですか。ありがとうございます」

「あっ! テメェ、勝手に教えんなよ。情報流すとか、八百長だぞ!」

「......退場にするぞ?」

「やだな~、冗談に決まってるじゃないっすか。アハハ」

「おい、テメェ! さっさと構えやがれ、張り倒すぞ!」

「う、ういっす! くっそ~......」

 

 正に四面楚歌状態。

 とにかく、理由を知れてよかった。迷いがあれば、打てるものも打てない。ひとまず、この打席に集中する。

 

「フッ、いい面構えじゃねーか。さて、第二ラウンドだ。はなっから全開でいくぜ、喰らいやがれ!」

 

 初球は、ストレート。それも、今までとは桁が違う途轍もないストレートが、ど真ん中に決まった。甘ければ初球からでも振りにいこうと思っていたが、バットを振ることさえままならなかった。

 

「ス、ストライク!」

「ひっ、ひぃーッ!?」

 

 打席を外して、今の一球を頭の中で振り返る。

 球速はおそらく、140キロ前後。目を慣らす目的で、最大160キロが出る高速設定のマシーンのボールを見てきたけど、生身の人間が投げる強力な回転の掛かったストレートとは、また別種の球質。そうやすやすと攻略出来そうにない。気持ちを引き締めて、打席に戻る。

 

「お待たせしました」

「うむ。プレイ!」

 

 二球目、初回にホームラン叩き込んだ内角高め。

 今度は、しっかり振り抜くが。ボールの下を掠め、キャッチャーのミットに収まった。ファウルチップ。まだ振り遅れてる。加えて、手元でのノビもキレも想像以上。中途半端に当てにいっても、力負けするだけだ。ならばと、グリップエンドに小指をかけて、バットを長く持ち直して対抗。

 勝負の三球目――外角の真っ直ぐ、全球ストレート勝負。

 振りまけないようにバットを振り抜いた打球は、一塁線を大きく切れて、一塁側のフェンスに当たった。

 

「やるじゃねーか。たった三球で、オレ様のストレートに合わせてくるとはな。褒めてやるぜ。けどな――」

 

 四球目、フォークボール。隼翼(しゅんすけ)の助言通り、 球速差で見極め、ひとつカウントを戻した。続けて、五球目。ど真ん中の甘いコースに一球前のフォークよりも速いスピードボール。よもや失投かと思いきや、ミートポイントで捉えたはずのボールが消えた。

 

「スイング!」

(しょう)が、空振った!?」

「いや、まだだ! キャッチャーが後ろに逸らしてる! 振り逃げだ!」

 

 指摘を受けて走るも、追いついたキャッチャーの送球の方が早くアウトに終わる。

 

「フン!」

 

 若干不機嫌面で、マウンドを降りていった。

 ベンチへ戻り、準備をしながら今の打席、五球目の映像を見せてもらう。

 

「挟んでますね。フォークっすか?」

「いえ、フォークよりも回転がかかっていました。それに」

 

 ――速かった。となると、考えられる球種は。

 

「スプリット?」

「フォークよりも若干浅く挟んで投げる、高速の変化球です」

「でも、一球前のフォークと同じくらい変化してますよ?」

「何か、カラクリがあるはずです。それより、手の方は?」

「心配ご無用っす。さぁ、行きましょー」

 

 確認する間もなく、先に行ってしまった。

 前泊(まえどまり)にカメラを託し、グラウンドへ。投球練習で受けた感じ、特に変化はみられない。

 ――思い過ごしならいいんだけど。

 しかし、残念なことに、その願いは叶わなかった。

 構えたところへボールが来ない。結局、ストライクが入らず、この回先頭の七番を歩かせてしまった。異変を感じ取り、すぐさまマウンドへ向かおうとするも「大丈夫っす」と、制止されてしまった。

 マスクを被り直して、ミットを構える。

 たぶん打席で、腕か手を痛めた。打順は八番、ここから下位打線。彼は、右肩を痛めている。そう痛打はないハズ。何より、ひとつでもアウトを取れば、奈緒(なお)も降りやすい。

 初球、真ん中に力の無い棒球が来た。バッターの岡崎(おかざき)がバントで転がした打球は、奈緒(なお)の真正面。ボールを取り、セカンドを見てからファーストへ放った送球が乱れた。

 ベースを離れて捕球した有宇(ゆう)が、ベースを踏み直す。判定は、アウト。事なきを得たが、一死二塁のピンチ。今度こそタイムをかけて、マウンドへ向かう。

 

「ちょっと握り損なっただけです」

「どうしたんだ? 友利(ともり)

 

 有宇(ゆう)を筆頭に内野全員が、マウンドに集まってくる。

 

「何でもないですって。ほら、早く戻ってください。球審に怒られるっすよー」

奈緒(なお)さん」

「ん? なんすか」

 

 差し出した右手を、奈緒(なお)はじっと見つめている。

 

「握手」

 

 すると、顔を背けて手を背中に隠した。

 

隼翼(しゅんすけ)さん。キャッチャーは、どうなりました?」

熊耳(くまがみ)だ」

「そうですか。熊耳(くまがみ)さん、来てください!」

「ちょっと待ってくださいっ。イタっ」

 

 熊耳(くまがみ)を呼んだことで隙を見せた奈緒(なお)の手を取る。隠していた右手を握ると、奈緒(なお)の顔が少し歪んだ。やっぱり、ケガ。手を離すとちょうど、熊耳(くまがみ)がやって来た。

 

「何か用か?」

「投げます、受けてください」

「そうか。わかった」

 

 キャッチャーミットを手渡そうとすると、奈緒(なお)は間に割って入った。

 

「待ってください! まだ投げれるますって。せめて予定通り、あとひとりだけでも――」

「ダメです」

「むぅ~......」

 

 不服そうな表情で俺を見つめる奈緒(なお)を、右手で抱き寄せる。

 

「おおっ!?」

「ほう」

「やるわねっ」

「ったくよ。こんな時に、イチャつくなよ」

「ハァ」

 

 俺の取った行動にタメ息をつく、有宇(ゆう)。若干ひいてる美砂(みさ)、驚いている上級生を無視して、彼女にだけ聞こえるように耳元で話す。

 

「明日は、祝日ですね。デートしましょう。だから今は、休んで、しっかり治してください」

「んっ」

 

 抱き締めていた身体を離す、奈緒(なお)は振り向いて熊耳(くまがみ)に顔を向けた。

 

熊耳(くまがみ)さん、お願いします」

「ああ。と言っても、ただ受けるだけだがな」

「では、あたしは下がります」

「おつかれ、奈緒(なお)ちゃん。七野(しちの)! 熊耳(くまがみ)の代わりにレフトに入ってくれっ!」

「仕方ねーな!」

 

 と言いつつ、アピールの場が来て、やる気満々のご様子。

 主審に選手交代と守備位置の変更を伝え、熊耳(くまがみ)の準備が整ったところで投球練習を開始。最後のボールを投げ込み、熊耳(くまがみ)をマウンドに呼ぶ。

 

「緊急登板なんで投げ込みが足りません。投球練習を兼ねて、九番は敬遠します」

「そうか、サインは?」

「ストレート一本。ただ、緩急を適当につけます。最後に投げた球速をベースと考えていただければ」

「わかった。可能な限り、後ろへ逸らさないように善処する」

「お願いします」

 

 熊耳(くまがみ)が、ポジションへ戻る。

 

「プレイ!」

 

 九番は、七番の女子と同じくらいの小柄な少女――風子(ふうこ)の打席。予定通り、熊耳(くまがみ)が立ち上がる。

 

風子(ふうこ)の威圧感に怖じ気つきましたか、まぁ、無理もありません。何故なら風子(ふうこ)には、ヒトデの――」

「キミ、フォアボールだよ。早く行きなさい」

「最悪ですっ」

 

 ――とても失礼な方ですっ! と、悪態をつきながらファーストへと歩く。これで打順は戻って一番、春原(すのはら)の三打席目。

 

「あんなのを敬遠するなんて、勝負を捨てたみたいだね」

「あなたの方が楽だからですよ」

「ああんっ?」

 

 投球モーションに入る。

 

「へっ、僕も見くびられたもんだねぇ。本気だしちゃうよ?」

「事実だぞー」

「うるさいよっ!」

 

 味方ベンチのヤジに突っ込んでいる間に、ストライクゾーンをど真ん中をスローボールが通過。

 

「ストライク!」

「ええっ!?」

「インプレイ中だ」

「......岡崎(おかざき)、テメェ!」

「あんたバカ? 学習能力ないの?」

「僕が悪いんですかねぇ!」

 

 初回と同じようなやり取り。

 

「くっそ、来いよっ!」

 

 気合いを入れて、構え直した。

 しっかり観察してから足を上げ、投球モーション入ると「走れっ!」と大声で叫んで、春原(すのはら)はバットを寝かせた。セーフティバント。咄嗟に、胸元を抉る内角高めへ外す。

 

「うおぉーっ! って、ひぃ!?」

 

 腰が引け、キン! と、甲高い音を響かせて転がし損ねた打球が浮いた。熊耳(くまがみ)がダイレクトでキャッチして、一塁への送球。春原(すのはら)の指示でスタート切っていた風子(ふうこ)は戻れず、ダブルプレー。ラッキーな形で、スリーアウトチェンジ。

 

「あんたね。自分で走らせておいて、バント失敗って。どうせ死ぬなら、一人で死になさいよ」

春原(すのはら)、サイテー」

「カッコわるーい」

 

 キャッチャーフライを打ち上げた春原(すのはら)は、ベンチの前で正座して、目に涙を浮かべながら、女性陣から罵倒を甘んじて受けていた。

 

「ナイスピッチっす」

「ありがとうございます」

 

 ベンチに戻ると、奈緒(なお)が出迎えてくれた。

 四回裏は、三番の隼翼(しゅんすけ)からの打順。そろそろ、反撃の糸口を掴みたい。追い込まれてから一球ストレートをカット。そして、勝負球は、スプリット。空振り三振。

 春原(すのはら)が身体に当てて弾いたボールを、サード美佐枝(みさえ)が素早くバックアップ、アウト。

 続く有宇(ゆう)熊耳(くまがみ)も凡退に打ち取られ、スリーアウトチェンジ。

 

「リリースポイントにズーム出来ますか?」

「ちょっと待ってください。えーと、出来た」

 

 映し出された映像を見る。

 

「なるほど、そういうことか」

「わかったんすか?」

「はい、原理は。次の回に説明します、行ってきますね」

 

 五回の表、二番、三番を打ち取り、四番。

 

「ようやくだな、小僧」

「ええ。と、その前に」

 

 内野を集めて、守備位置の指示を出す。

 有宇(ゆう)を外野のライト線、隼翼(しゅんすけ)は外野のレフト線に移動。目時(めどき)は左中間、美砂(みさ)は右中間へ移動。

 つまり内野は、俺と熊耳(くまがみ)の二人だけ。外野七人の超変則ポジション。

 

「おい、どういうつもりだ!」

「簡単な事ですよ。外野フライは、ホームラン以外全部アウト。ゴロやライナーで内野を抜ければ、俺はセカンドへ。熊耳(くまがみ)さんはサードに走り、外野から返球を受ける。ルール上問題ありません」

 

 単純に考えると、ホームラン以外なら九割シングルヒット止まりに抑えこめる理屈。

 

「もう一つ、仮にあなたが出塁した場合。俺は迷わず、次の打者を敬遠します」

「なるほど、得点源のともぴょんを封じ込むってか」

「その呼び方は止めてくれと言ったはずだが?」

「細けぇこと気にすんなよ。要は、追加点を奪うには、ホームランしかねぇってことだろ。つまり、オレとお前の一騎討ち。上等じゃねーか!」

 

 ファウル二球で追い込み、高めの釣り球を見逃し、ワン・ツー。内野を集めた時に伝えたサインを熊耳(くまがみ)に送り、四球目を投げる。

 ど真ん中からややシュートしながら膝元へ落ちる変化球――スプリット。振りに行った膝を落とし、バットの先に当てた、バックネットへのファウル。

 

「オレ様のスプリットを瞬時に模倣しやがるとはな。なかなかやるじゃねーか。だが、無駄だ」

「そうですか」

 

 次も、スプリット。

 先ほどよりも低め、ピクリともせずに見送った。簡単に見逃された。見極められたか探るため、同じボールを続ける。これも同じコースから落とすも見送くられて、フルカウント。

 フルカウントからの七球目も、スプリット。四球目と同じコース。

 

「無駄だって言ってんだろーがッ!」

 

 膝元へ落ちるスプリットを、躊躇することなくフルスイングで捉えた。

 引っ張った打球は、左中間へのライナー性の当たり。が、あらかじめ左中間に守っていたショート目時(めどき)の守備範囲。しっかり掴んで、スリーアウトチェンジ。

 

「チッ、ライナーかよ」

「ふぅ......」

 

 あれだけのプレッシャーをかけて、あの打球。正直、持っていかれたと思った。けど今ので、攻略法が見えた。

 

「あのスプリット対策ですが、ここを見てください」

 

 守備中、奈緒(なお)が撮影してくれていたカメラの映像を見せながら説明する。

 

「つまり、変化前のコースが腰から下の場合は見送り、逆に腰から上の時に手を出してきました」

「腰から下の場合は、全部ボールってことか」

 

 腕を組ながら、隼翼(しゅんすけ)が頷く。

 

「ええ、腰から上の場合は、ちょうど膝の上辺りがミートポイントになっています。そこで、腰から下は全て見送ってください」

「そこに、ストレートが来たら?」

「そこへ投げられたら、振っても当たらないですよ」

「ははっ、違いないなっ」

「兄さん、笑いごとじゃないよ」

「わかってるって。だが、攻略法が見えたな。美砂(みさ)、頼むぞ!」

「任せろっ、あたしのセンスで打つ!」

「あっ、美砂(みさ)さん」

 

 打席へ向かおうとした美砂(みさ)に声をかける。

 

「あの人、女性にはストレートしか投げません」

「......ナメやがって。後悔させてやるぜっ!」

「頼りにしてます」

「よし、行ってくるぜっ!」

「お姉ちゃんっ、ガンバってー!」

「ファイトなのです!」

 

 ベンチに座って、戦況を見守る。

 

(しょう)くん、さっきの話なんすけど」

「ああ、あのスプリットは、ツーシームだったんです。ツーシームは、フォーシームよりも空気抵抗を受けるので」

「それで、フォークみたいに落ちたんですか」

「そういうことですよ」

 

 五回裏、先頭バッターの美砂(みさ)は粘りを見せて、四球で出塁。続く七番目時(めどき)はしっかり、送りバントを決めて、一死二塁。

 チャンスで八番、高城(たかじょう)

 高城(たかじょう)は作戦通り、追い込まれてから低めのスプリットを二球見送り、低めのストレートを見逃し、三振に倒れて、二死二塁。九番の柚咲(ゆさ)も三振に打ち取られ、六回表の守備。

 ホームランを打っている五番、智代(ともよ)からの打順も三者凡退に抑えて、歩いてベンチに帰る。

 

七野(しちの)さん」

「あん?」

隼翼(しゅんすけ)さんたちも、グリップエンドを小指と薬指で挟むようにしてバットを握ってください。振り切れば、ヘッドスピードが上がります」

「どうして、高城(たかじょう)の時に言わなかったんだ?」

「これは、高城(たかじょう)さんがスプリットを見極めてくれたお陰」

「私ですか?」

 

 意味がわからないといった様子で、眼鏡を直す。

 

「ええ、追い込まれてから連続で見極めたことで最後はストレートを投げざるをえなかった。つまり、見極められた以上、ストレート投げる頻度が増える」

「ストレートを狙い打ちってことか」

「そういうことです。それに、美砂(みさ)さんが粘ってくれたお陰で球威も落ちてます。勝負所ですよ」

「よっし! 反撃開始だっ、七野、頼むぜっ」

 

 実のところ、球威は落ちていない。士気を上げる為のブラフ。

 しかし、その甲斐があってか、七野(しちの)は初球のストレートを打ち、ファースト岡崎(おかざき)への内野安打で出塁。

 

「草野球に延長戦はねぇ。最後の勝負だ」

 

 牽制する素振りも見せず、セットポジションからの投球。

 一球も振らずに追い込まれてしまう、カウントワンツーからの勝負球は、スプリット。俺の狙いは、前打席にやられた、このスプリット。打ち方は見せてもらった、内角に落ちる変化球に対しオープンステップ、膝を落として、軌道にバットを乗せる。

 ――捉えた。

 芯で捉えた打球は、ピッチャーの頭上を襲った。

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