Charlotte ~時を超える想い~ -after story- 作:ナナシの新人
二回表の守備。打者一巡された初回とは打って変わって、一番から始まる攻撃はきっちり三人で終わらせた。そして、六番
「テメェ、いつになったらマウンドに上がるんだ?」
「投げませんよ、俺は」
「ああん? 最後まで、嬢ちゃんに投げさせる気か、テメェ」
「ええ、もちろん」
今言ったのは、ブラフ。本当は、この二順で交代と決めている。けど、それもあくまで理想。彼女に疲れや異変が見えた時は、即交代。
「ケッ! 三点取られた責任を嬢ちゃんにおっかぶせて、テメェは高みの見物ってか? いいご身分だな。あの
――マズい、キレそうだ。
挑発混じりの汚い罵倒に、不愉快そうに眉尻を上げて、女の子がしちゃいけない表情になりかけてる。さっさと済ませた方がよさそうだ。
「まぁ、そうですね。投げてもいいですよ。ただし、追加点を奪えればですけどね」
「フン、たいそうな自信じゃねーか。いいだろう。オレ様のバットで引きずり出してやるぜ!」
バットを握る両の手に、見るからにチカラが入った。構えに迫力がある。一歩間違えれば、二打席連発の花火を打ち上げられかねない。
落ち着いて、と両手を地面に向けてジェスチャーを送る。頷いた
そして、セットポジションから投じられた初球――インコースのストレート。
「甘ぇって言ってんだろ!」
――完璧。迷いのないフルスイングで振り抜いた打球は、まるで初回のリプレイを見ているかのように高々と舞い上がった。
「走らないんですか?」
「必要ねーよ」
「確かに、必要ないですね」
レフトの
その足が、フェンスの手前で止まった。そして、こちらを向き――。
「アウト!」
塁審が、大きく右手を掲げた。
「残念でしたね」
「何しやがった?」
「力負けじゃないですか」
「フン、そうかよ」
放り投げたバットを拾い上げ、仏頂面でベンチへ戻っていった。そして同じく、前の打席ホームランを打たれた五番が、入れ替わりで打席に入る。
「ん? なんだ? 私に、何か付いているか?」
「いえ、お気になさらず」
おそらく彼女が、この相手の中で二番目の実力者。いや、腕力を除いた純粋な運動能力なら一番かも知れない。けど、コースさえ間違えなければ、十分勝負出来る。
サインを送って、ミットを構える。力強く頷いた
――これも、完璧。
打ち返された打球は、ライト方向への大飛球。打球の上がったライトでは、
「とうっ!」
ライト付近で砂塵が舞い上がる。砂煙が落ち着き、姿を見せたのは、センターの
「アウトッ!」
超ファインプレー。バッターランナーは、既にセカンドベースを回っていた。落ちていたら、ランニングホームランの可能性もあった。
「ナイス、
「やるじゃねーか! 見直したぜ!」
「ありがとうございますっ」
「いえ、お気になさらず。ゆさりんの役に立てるのならなんのこれしき!」
ズレたメガネと、汚れた服は名誉の勲章と言わんばかりのドヤ顔。本当によく追いついてくれた。
ベンチへ戻って、二打席目に備えて防具を外す。
「いってきま~すっ」
「ゆさりんっ、ファイトなのですー!」
「ゆさりん、頑張ってくださいっ!」
「はーいっ」
三回裏は、ラストバッター
どこに忍ばせていたのか、
「ひくなっ!」
「どうだ?」
隣に座った
「相当速いな。しかも真っ直ぐだけでも十分通用するのに、フォーク、シュートと多彩だ」
「厄介だな」
「打席での感じはどうだった?」
「変化球はわからないけど、ストレートには迫力がある」
「試合の話しを聞いてから、みんなで、バッセンで練習してたけど。打てるイメージが湧かなかった」と、若干肩を落として感服している。
「イケメン同士、何を話してんすかー」
「絵になるでしょ?」
「
「あはは、それは大変ですね。見ますか?」
「はい。おお~、画質いいっすねっ! さすが最新型っ!」
「俺たちにも見せてくれよ」
背中越しに画面を覗いてきた
「フォークは、どんなに感じでしたか?」
「手元で消えた。けど、球速差があるからどちらかに絞れば狙えるかもな」
「なるほど。
「ストレートに近い軌道で、手元で小さく斜めに食い込んで来た」
曲がるシュートよりも、芯を外すツーシームに近い変化球。
グラウンドに目を向ける。パァン! と、キャッチャー
「はわわっ......」
「ストライク! バッターアウトッ!」
真ん中のストレート三つで、見逃しの三振。
「す、すみません......」
「ドンマイですっ、ゆさりんっ」
「もーまんたいなのですー!」
「あっ、あたしの打順っすね」
「
「わかってますよ。思い通りにはさせません。では、行ってきまーす」
さすが、ちゃんと気づいている。
「なぁ、そろそろ教えてくれ。初回でいったい、なにを得たんだ?」
「私も、気になる。本当に打たれてないし」
「相手の傾向ですよ」
初回は、ど真ん中の山なりのストレートで相手の力量を探ってた。そして浮かび上がったのは、四番と五番以外に外野の頭上を越える打球を飛ばす力はない、ということ。
「遅いボールは見やすい反面、反発力が小さいから打ち返すのにパワーが必要なんです。五番には、回転運動で運ばれましたが。純粋な腕力で外野へ飛ばしたのは、四番だけですので」
二巡目は、各打者の特徴に合わせてしっかりコースをついた。四番には、初回より少し速い内角のボール球で差し込み。五番には、踏み込まなければ届かない外角低めのボール球を詰まらせて打ち取った。なまじ見えるから、必ず手を出して来ると計算しての策。
「六番の、
「一打席目、二打席目ともに追い込まれるまで手を出しませんでした。かなり慎重なタイプですね」
「そもそも、大きいのを狙わないってことか」
「そんなところです。
「
ビデオカメラを
「少し、肩を作りたいので。どなたか受けていただけますか?」
「投げるのか?」
「ええ、三回り目から替わるつもりです」
元々運動能力の高い相手、さすがに対応してくる。
制球を度外視して本気で投げれば、もっと速いボールを投げられる。緩急を使う手段もあるけど、体力面を考えると無理させたくない。
「そっか。お前の肩の強さを考えると、俺か、
「どっちでもいい」
「じゃあ、ジャンケンで決めるか」
二人が、キャッチャーを決めるジャンケンを始めようとしたまさに時、鈍い金属音が響いた。反射的に視線をグラウンドに向ける。一塁でアウトになって戻ってくる、
「大丈夫ですか? 鈍い音がしましたけど......」
「大丈夫っすよ、心配性っすね。はい。
「......行ってきます」
バットを受け取り、バッターボックスに入る。
「何があったんですか?」
「あん? ふふーん、さーねぇ~」
意地悪くほくそ笑んでいる。
もう後悔しても遅いけど、しっかり見ておけばよかった。
「さっきの女の子は、内角のストレートに詰まっただけだよ」
「そうですか。ありがとうございます」
「あっ! テメェ、勝手に教えんなよ。情報流すとか、八百長だぞ!」
「......退場にするぞ?」
「やだな~、冗談に決まってるじゃないっすか。アハハ」
「おい、テメェ! さっさと構えやがれ、張り倒すぞ!」
「う、ういっす! くっそ~......」
正に四面楚歌状態。
とにかく、理由を知れてよかった。迷いがあれば、打てるものも打てない。ひとまず、この打席に集中する。
「フッ、いい面構えじゃねーか。さて、第二ラウンドだ。はなっから全開でいくぜ、喰らいやがれ!」
初球は、ストレート。それも、今までとは桁が違う途轍もないストレートが、ど真ん中に決まった。甘ければ初球からでも振りにいこうと思っていたが、バットを振ることさえままならなかった。
「ス、ストライク!」
「ひっ、ひぃーッ!?」
打席を外して、今の一球を頭の中で振り返る。
球速はおそらく、140キロ前後。目を慣らす目的で、最大160キロが出る高速設定のマシーンのボールを見てきたけど、生身の人間が投げる強力な回転の掛かったストレートとは、また別種の球質。そうやすやすと攻略出来そうにない。気持ちを引き締めて、打席に戻る。
「お待たせしました」
「うむ。プレイ!」
二球目、初回にホームラン叩き込んだ内角高め。
今度は、しっかり振り抜くが。ボールの下を掠め、キャッチャーのミットに収まった。ファウルチップ。まだ振り遅れてる。加えて、手元でのノビもキレも想像以上。中途半端に当てにいっても、力負けするだけだ。ならばと、グリップエンドに小指をかけて、バットを長く持ち直して対抗。
勝負の三球目――外角の真っ直ぐ、全球ストレート勝負。
振りまけないようにバットを振り抜いた打球は、一塁線を大きく切れて、一塁側のフェンスに当たった。
「やるじゃねーか。たった三球で、オレ様のストレートに合わせてくるとはな。褒めてやるぜ。けどな――」
四球目、フォークボール。
「スイング!」
「
「いや、まだだ! キャッチャーが後ろに逸らしてる! 振り逃げだ!」
指摘を受けて走るも、追いついたキャッチャーの送球の方が早くアウトに終わる。
「フン!」
若干不機嫌面で、マウンドを降りていった。
ベンチへ戻り、準備をしながら今の打席、五球目の映像を見せてもらう。
「挟んでますね。フォークっすか?」
「いえ、フォークよりも回転がかかっていました。それに」
――速かった。となると、考えられる球種は。
「スプリット?」
「フォークよりも若干浅く挟んで投げる、高速の変化球です」
「でも、一球前のフォークと同じくらい変化してますよ?」
「何か、カラクリがあるはずです。それより、手の方は?」
「心配ご無用っす。さぁ、行きましょー」
確認する間もなく、先に行ってしまった。
――思い過ごしならいいんだけど。
しかし、残念なことに、その願いは叶わなかった。
構えたところへボールが来ない。結局、ストライクが入らず、この回先頭の七番を歩かせてしまった。異変を感じ取り、すぐさまマウンドへ向かおうとするも「大丈夫っす」と、制止されてしまった。
マスクを被り直して、ミットを構える。
たぶん打席で、腕か手を痛めた。打順は八番、ここから下位打線。彼は、右肩を痛めている。そう痛打はないハズ。何より、ひとつでもアウトを取れば、
初球、真ん中に力の無い棒球が来た。バッターの
ベースを離れて捕球した
「ちょっと握り損なっただけです」
「どうしたんだ?
「何でもないですって。ほら、早く戻ってください。球審に怒られるっすよー」
「
「ん? なんすか」
差し出した右手を、
「握手」
すると、顔を背けて手を背中に隠した。
「
「
「そうですか。
「ちょっと待ってくださいっ。イタっ」
「何か用か?」
「投げます、受けてください」
「そうか。わかった」
キャッチャーミットを手渡そうとすると、
「待ってください! まだ投げれるますって。せめて予定通り、あとひとりだけでも――」
「ダメです」
「むぅ~......」
不服そうな表情で俺を見つめる
「おおっ!?」
「ほう」
「やるわねっ」
「ったくよ。こんな時に、イチャつくなよ」
「ハァ」
俺の取った行動にタメ息をつく、
「明日は、祝日ですね。デートしましょう。だから今は、休んで、しっかり治してください」
「んっ」
抱き締めていた身体を離す、
「
「ああ。と言っても、ただ受けるだけだがな」
「では、あたしは下がります」
「おつかれ、
「仕方ねーな!」
と言いつつ、アピールの場が来て、やる気満々のご様子。
主審に選手交代と守備位置の変更を伝え、
「緊急登板なんで投げ込みが足りません。投球練習を兼ねて、九番は敬遠します」
「そうか、サインは?」
「ストレート一本。ただ、緩急を適当につけます。最後に投げた球速をベースと考えていただければ」
「わかった。可能な限り、後ろへ逸らさないように善処する」
「お願いします」
「プレイ!」
九番は、七番の女子と同じくらいの小柄な少女――
「
「キミ、フォアボールだよ。早く行きなさい」
「最悪ですっ」
――とても失礼な方ですっ! と、悪態をつきながらファーストへと歩く。これで打順は戻って一番、
「あんなのを敬遠するなんて、勝負を捨てたみたいだね」
「あなたの方が楽だからですよ」
「ああんっ?」
投球モーションに入る。
「へっ、僕も見くびられたもんだねぇ。本気だしちゃうよ?」
「事実だぞー」
「うるさいよっ!」
味方ベンチのヤジに突っ込んでいる間に、ストライクゾーンをど真ん中をスローボールが通過。
「ストライク!」
「ええっ!?」
「インプレイ中だ」
「......
「あんたバカ? 学習能力ないの?」
「僕が悪いんですかねぇ!」
初回と同じようなやり取り。
「くっそ、来いよっ!」
気合いを入れて、構え直した。
しっかり観察してから足を上げ、投球モーション入ると「走れっ!」と大声で叫んで、
「うおぉーっ! って、ひぃ!?」
腰が引け、キン! と、甲高い音を響かせて転がし損ねた打球が浮いた。
「あんたね。自分で走らせておいて、バント失敗って。どうせ死ぬなら、一人で死になさいよ」
「
「カッコわるーい」
キャッチャーフライを打ち上げた
「ナイスピッチっす」
「ありがとうございます」
ベンチに戻ると、
四回裏は、三番の
続く
「リリースポイントにズーム出来ますか?」
「ちょっと待ってください。えーと、出来た」
映し出された映像を見る。
「なるほど、そういうことか」
「わかったんすか?」
「はい、原理は。次の回に説明します、行ってきますね」
五回の表、二番、三番を打ち取り、四番。
「ようやくだな、小僧」
「ええ。と、その前に」
内野を集めて、守備位置の指示を出す。
つまり内野は、俺と
「おい、どういうつもりだ!」
「簡単な事ですよ。外野フライは、ホームラン以外全部アウト。ゴロやライナーで内野を抜ければ、俺はセカンドへ。
単純に考えると、ホームラン以外なら九割シングルヒット止まりに抑えこめる理屈。
「もう一つ、仮にあなたが出塁した場合。俺は迷わず、次の打者を敬遠します」
「なるほど、得点源のともぴょんを封じ込むってか」
「その呼び方は止めてくれと言ったはずだが?」
「細けぇこと気にすんなよ。要は、追加点を奪うには、ホームランしかねぇってことだろ。つまり、オレとお前の一騎討ち。上等じゃねーか!」
ファウル二球で追い込み、高めの釣り球を見逃し、ワン・ツー。内野を集めた時に伝えたサインを
ど真ん中からややシュートしながら膝元へ落ちる変化球――スプリット。振りに行った膝を落とし、バットの先に当てた、バックネットへのファウル。
「オレ様のスプリットを瞬時に模倣しやがるとはな。なかなかやるじゃねーか。だが、無駄だ」
「そうですか」
次も、スプリット。
先ほどよりも低め、ピクリともせずに見送った。簡単に見逃された。見極められたか探るため、同じボールを続ける。これも同じコースから落とすも見送くられて、フルカウント。
フルカウントからの七球目も、スプリット。四球目と同じコース。
「無駄だって言ってんだろーがッ!」
膝元へ落ちるスプリットを、躊躇することなくフルスイングで捉えた。
引っ張った打球は、左中間へのライナー性の当たり。が、あらかじめ左中間に守っていたショート
「チッ、ライナーかよ」
「ふぅ......」
あれだけのプレッシャーをかけて、あの打球。正直、持っていかれたと思った。けど今ので、攻略法が見えた。
「あのスプリット対策ですが、ここを見てください」
守備中、
「つまり、変化前のコースが腰から下の場合は見送り、逆に腰から上の時に手を出してきました」
「腰から下の場合は、全部ボールってことか」
腕を組ながら、
「ええ、腰から上の場合は、ちょうど膝の上辺りがミートポイントになっています。そこで、腰から下は全て見送ってください」
「そこに、ストレートが来たら?」
「そこへ投げられたら、振っても当たらないですよ」
「ははっ、違いないなっ」
「兄さん、笑いごとじゃないよ」
「わかってるって。だが、攻略法が見えたな。
「任せろっ、あたしのセンスで打つ!」
「あっ、
打席へ向かおうとした
「あの人、女性にはストレートしか投げません」
「......ナメやがって。後悔させてやるぜっ!」
「頼りにしてます」
「よし、行ってくるぜっ!」
「お姉ちゃんっ、ガンバってー!」
「ファイトなのです!」
ベンチに座って、戦況を見守る。
「
「ああ、あのスプリットは、ツーシームだったんです。ツーシームは、フォーシームよりも空気抵抗を受けるので」
「それで、フォークみたいに落ちたんですか」
「そういうことですよ」
五回裏、先頭バッターの
チャンスで八番、
ホームランを打っている五番、
「
「あん?」
「
「どうして、
「これは、
「私ですか?」
意味がわからないといった様子で、眼鏡を直す。
「ええ、追い込まれてから連続で見極めたことで最後はストレートを投げざるをえなかった。つまり、見極められた以上、ストレート投げる頻度が増える」
「ストレートを狙い打ちってことか」
「そういうことです。それに、
「よっし! 反撃開始だっ、七野、頼むぜっ」
実のところ、球威は落ちていない。士気を上げる為のブラフ。
しかし、その甲斐があってか、
「草野球に延長戦はねぇ。最後の勝負だ」
牽制する素振りも見せず、セットポジションからの投球。
一球も振らずに追い込まれてしまう、カウントワンツーからの勝負球は、スプリット。俺の狙いは、前打席にやられた、このスプリット。打ち方は見せてもらった、内角に落ちる変化球に対しオープンステップ、膝を落として、軌道にバットを乗せる。
――捉えた。
芯で捉えた打球は、ピッチャーの頭上を襲った。