Charlotte ~時を超える想い~ -after story- 作:ナナシの新人
古河ベイカーズとの試合後、俺たちは全員揃って、銭湯へ来ていた。
「フゥ、疲れが吹き飛ぶな」
「だな」
風呂場特有のエコーがかかったような声。通常の湯槽よりもややぬるめの炭酸泉に浸かりながら、隣で息を吐いた
「どうだ? なかなかいいもんだろ」
提案者の
「頼むから、前を隠してくれ......」
少し離れた位置から
「けっ、テメェのブツがチンケだからってひがんでんじゃねーよ」
「いや、別にひがんではないけど。てか、そこまで粗末じゃねーよ。少なくとも、
「僕を引き合いに出さないでいただけませんか!?」
静かな癒やしのひとときが、一瞬で賑やかになった。
「あの、右手は?」
「問題ねーよ」
ぷらぷらと、軽く右手を振って見せる。
試合は、数字だけでいえば、古河ベイカーズよりも上回って勝利を収めた。しかし、内容に関していえば快勝とはほど遠い不本意な結末。
ツーシームスプリットを捉えたピッチャーライナー、センター前へ抜けようかという痛烈な打球を、グラブを付けていない利き手の右手を差し出して止めにいく暴挙に出た。当然、無事にすむはずもなく、打球をまともに受けた右手を負傷して緊急降板。その後、後続の投手から得点を奪って逆転勝利と、なんとも歯切れの悪い結末に終わった。
「そうですか。あれで決着がついたとは思ってませんので」
「上等だ。いつでも相手になってやるぜ」
「もう勘弁して欲しいんだけど。つーか、負けた側が言うセリフじゃないだろ」
「あん? テメェ、
「いや、オッサンが残したランナーなんだから、負け投手はオッサンだろ」
「なおさらだな! いつ招集されてもいいようにしておけよ。嬢ちゃんたちにも伝えておけ」
大きくタメ息をついた
「で。お前は、さっきから何仏頂面してるんだ?」
「......
「ハァ、またかよ。オッサンにヤキ入れられるぞ?」
「仕方ないだろ、男のサガなんだよ!」
「お前なぁ......」
もの凄い呆れ顔で、軽蔑の眼差しを向けている。
「クソ!
「知るかよ」
「まっ、気持ちはわかるぜ」
「オッサンには、
「それとこれとは別問題だ。だがな――」
「テメェ!
「ひ、ひぃっ! 分解せず自然のままにしておいた方がいいと思いまして。こ、今度は、四色問題の証明を考えたいと思いますっ!」
「なら先ず、グラフ彩色から解きやがれっ!」
「結局、同じような展開かよ......」
話しの内容からして、以前にも似たようなことがあったようだ。
それにしても――あのふたり、姉妹じゃなくて、親子だったのか。そもそも、この人はいったい何歳なのだろうか。俺たちと同世代の娘が居るとは思えないほど、実に若々しい。
「なぁ、四色問題ってなに?」
「ん? 隣り合う図形同士が、同じ色で重ならないように四色だけで塗り続けることが出来るかどうかっていう証明の問題」
「ふーん」
聞いてきた割には、あまり興味がなさそうだ。
「
「兄さん」
入室してすぐ、
「本当は、お前だって気になってるんだろ?」
「何を?」
「女湯」
『おっ、結構広いですね』
『ですねー』
『なんだ、露天風呂はねーのか』
『周りから丸見えっしょ。前みたいに、山の中じゃないんすから』
『あんたたち、入る前にちゃんと掛け湯なさいよ』
『今回も
『あ! こらっ、走らないっ!』
三人の会話から少し遅れて、古河ベイカーズの女性たちの声も聞こえて来た。
「なぁ、
「テメェッ! グラフ彩色はどうした!」
「ひいぃっ! す、すみません、問題の意味すらわかりませんっ!」
怒鳴られてヘタレる
「あははっ、
「ああ。お前は?」
「
俺たちを指差して紹介。
「
「どんな紹介の仕方ですか!?」
存在な扱いを受けて憤る
「ところで
それは、俺も気になっていた。
今、
「気分が悪いんですか?」
「いえ、すごぶる快調です」
「じゃあ何だよ?」
顔は真正面を向いたまま無言でスッ、と女湯の方を指差した。
『
『いえいえ、
『......あたしは、もう少し欲しいっす』
『私も......』
『ムダよ。
『あゆからしてみれば、お三方ともナイスバディなのです!』
『てゆーか、彼氏いる時点で贅沢なのよ』
なぜだろうか、とても気まずい気分なのは。まるで、開けてはならないパンドラの箱を開けてしまったかのような感じだ。隣を見ると、
「おわかり頂けましたか?」
「いや。まったく、わからないんだが」
正確には、わからないと自分に言い聞かせている、だろう。
「なぜ、わからないのですか!? わかろうとしないのですか!? この忌々しい一枚の壁を隔てた向こう側に、一糸纏わぬ
『ひくなっ!』
魂が込められた咆哮の直後、
「ど、どうしよう?
「知るか」
『やっば! そういえばここ、声が筒抜けだったわね。
「は、はいっ! 何でしょうか!?」
壁の向こう側から聞こえた
『変な想像したらどうなるか、分かってんでしょうね?』
「は、はい......」
辛辣な言葉に、涙を流がした。
「へぇ、光坂も、もうすぐ文化祭なのか。」
「お前たちの学校もか。何をやるんだ?」
「さーな。俺は、生徒会長だから見回り――」
『と、
「ん?
『よ、呼んでみただけですっ』
「......そうかよ」
「お手本のようなバカップルだな」
「ほっといてくれ」
『
今度は、
「聞こえますよー」
『うわぁ、ホントに聞こえるんすねー』
「それで、何か?」
『本当に聞こえるのか、呼んでみただけっす』
「......そうですか」
「バカップル」
軽く絞ったタオルで目を覆った
『さてと。そろそろ、髪洗いますか』
『あ、お手伝いまーす』
『ありがとうございます。次は、あたしが手伝いますので』
『微力ながら、あゆもお手伝いいたします!』
『あの、
『これ? 電気風呂よ』
『電気っ!? 感電しちゃうんじゃ――きゃっ!』
「おい、
「いえ、その、まだお風呂から上がれないッス」
苦笑いの
「どれ。あれからちっとは成長したか?」
覗き込んだ視線を、とても物悲しそうな表情で背けた。
「うぅ、いっそのこと笑い飛ばしてください!」
いつぞや時とは違い、とても賑やかな時間だった。
サウナから汗だくで出てきた、
「お待たせしましたー」
「いえ、どうぞ」
「ありがとうございますー」
女湯の暖簾を潜って出てきた
「たまには、銭湯もいいですね」
「そうですね。今度、近所の銭湯にも行ってみましょうか」
「おっ、いいっすね」
話をしていると周りにはいつの間にか、全員が集まっていた。各々、水分補給をしながら談笑している。
だが、
「何があったんすか?」
「なんだ、見てなかったのか。
「仲いいんすね」
「あ、ああ......まぁ、そうだな。仲はいいな」
「えへへ」
遠い目をして妙に歯切れの悪い返答、彼女さんに関しては愛想笑いをしている。
「全員、行き渡ったか?」
その
「よーし! 全員いるな。試合は負けちまったが、最高におもしれぇー勝負が出来たと思ってる。お前らと野球が出来たこと、一生忘れねぇ! ってことで、お疲れさん!」
合図に、それぞれ瓶を合わせて乾杯。
星ノ海学園対古河ベイカーズの一戦は、こうして幕を閉じた。
* * *
星ノ海学園の最寄り駅で寮住まいの
「すぐに作りますので」
「手伝いますよ」
「大丈夫っす、簡単な
彼女の言葉に甘えて、寝室兼仕事部屋でパソコンを立ち上げる。画面を開くと、何件かメールが届いていた。自動に振り分けられた中から優先順位に高いモノから目を通していると、ノックが聞こえ、
「出来ましたよー」
「あ、はい。ありがとうございます」
スタンバイモードにして、ダイニングテーブルへ向かう。
「いただきます」
「どうぞー」
手を合わせ、手料理をいただく。いつも通り、とても美味しい。箸を止めて
「もう大丈夫ですか」
「ん? う~ん......」
少し考えてから、箸を置いた。
「いたいっすー、お箸も持てないっすー」
左手で右手をさすりながら、演劇部もびっくりな棒読み。
間違いなく茶番だけど、今日は痛い思いをさせてしまったから、少し付き合ってあげよう。席を立ち、料理をリビングのテーブルへ運ぶ。
「はい、あーん」
「あ、あ~ん」
少し恥ずかしそうに口に入れた、飲み込み終えたところを尋ねる。
「次は、どれにしますか?」
「じゃあ、冷やっこをお願いします」
「これは、ちょっと難易度高いですね」
いじわるっぽく、
豆腐に薬味と醤油をかけて崩れないように気をつけて運ぶ。
「う~んっ、おいしかったっ」
「ごちそうさまでした。片付けて来ますね」
「お願いしまーす」
食器を流しに運んで洗い物を済ませ、リビングへ戻ると、クッションが三枚縦に並んでいた。
「お疲れさまっす。うつ伏せで寝てください」
言われた通り、三つ並んだクッションの上にうつ伏せになる。すると、柔らかく温かい何かが腰の上に乗っかった。何は想像はつくが、顔を動かして、その正体を確かめる。思った通り、
「顔戻してくださーい。よっと......」
首の付け根辺りに、心地よい圧迫感。
「首周りは......こってないっすね」
「風呂上がりにストレッチしましたから。でも、気持ちいいです」
「そうっすか? でしたら続けます」
しばらく、マッサージを受ける。
血行が良くなったのか、身体が温まってきた。
「もう十分ですよ、ありがとう。マッサージ上手ですね」
「
お礼を伝えると、
「よっし! っと......んっ、なんすかっ?」
後ろから肩を触ると、小さく声をあげた。気にせずに、軽く揉む。
「やっぱり。力抜いてください」
「大丈夫っすよ、このくらい」
「ダメ。ちゃんとしないと、明日デート行けなくなりますよ?」
「仕方ないっすね」
諦めて、身体を預けてくれた。
「んっ、はぁ、ん......あっ、そこっ、やば......いっすぅ......」
「変な声出さないでください」
「うぅん......誰の、せい......すかっ、あっ......」
結構な球数を放ったことが原因で張っている肩周りを中心にマッサージしているのはいいのだが、妙に艶っぽい声。気にしないように心がける。
「はい。お終い」
「えぇーっ」
身体から手を離すと、
「さぁ、寝ましょう」
「むぅ~......」
「明日は早いんですから、先に着替えてください」
クッションに座ったまま動こうとしない。
仕方ない。彼女の腰に左腕をそえてる。不思議そうに首をかしげた。
「なんすか? って、わっ!」
右手で、軽く額を押す。すると、
俗に云う、お姫様抱っこ状態。目の前には、真っ赤になった
「お、重くないっすか?」
「軽すぎて心配になりますよ」
そのまま状態で寝室まで運び、部屋の手前側のベットに降ろす。
「着替え、どれにしますか?」
「じゃあ、淡い緑色の長袖のでお願いします」
「了解っす。パステルグリーンっと」
クローゼットから、複数枚ある
「どうぞ」
「ありがとうございます」
「じゃあ、リビングに居ますので。着替えが済んだら、声をかけてくださいね」
「いえ、居てくれていいっすよ」
「そうですか? じゃあ、外見てますね」
確か今日は、満月だったはずだ。窓辺に向かい、カーテンの外側へ回って窓を開けて、夜景を眺める。路地裏と街灯、秋の夜空に輝く満月の明かりと、少し肌寒い秋風が火照った体に心地いい。
「お待たせしましたー」
着替えを終えた
「今日は、月がキレイっすね」
「そうですね」
夜空に輝く満月を眺めていると、
「少し寒かったですね」
「そうっすね」
「寝ましょうか」
「うん」
俺も着替えを済ませて電気を切り、自分のベッドに入る。
隣で布団に入っている
「明日、どこでデートしましょうか」
「うーん。定番ですと、遊園地、水族館、動物園あたりかなー?」
「そうですね。じゃあ少し遠出をして、遊園地と水族館に行きましょうか?」
「遊園地と水族館......はい、そうしましょう」
返事あと、少し何かを考え込んでいるように想えた。
「
「なんすか?」
「考え事、ですか」
「明日、何を着ていこうかな~? って考えてました。遠出のデートは初めてですし」
「そう、ですか」
「はい、そうです。おやすみなさい」
そう言うと
そんな思いとは裏腹に、試合の疲れもあってなか、隣のベッドからは、すぐに寝息が聞こえた。
――考えすぎだったかも知れない。
どうにせよ、明日になれば理由も分かるだろう。そう言い聞かせて目を閉じると、すぐに睡魔が襲って来た。