Charlotte ~時を超える想い~ -after story-   作:ナナシの新人

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Episode11 ~表情~

 翌朝、開園時間に合わせて自宅を出発し、遊園地と水族館が併設されている隣県のテーマパークへやってきた。今日は祝日ということもあってか、開園直後の園内は、そこそこの賑わいを見せている。

 

「結構、混んでますね」

「そうですね。どっちから行きましょうか?」

 

 そう尋ねると、奈緒(なお)は真剣な顔で、双方のチケット売り場を見比べる。彼女に習って、同じように売り場を見る。どちらかというと、水族館の方が比較的空いているように感じた。

 

「水族館からにしましょうか」

「はい。と言うことで、さっそく行きましょー」

 

 人混みでぐれないように手を繋ぎ、売り場でチケットを買い求めて、水族館のゲートを潜る。館内は薄暗く、小さな水槽から、何メートルもある巨大な水槽が展示されている。それらの水槽の中を、様々な魚、海洋生物たちが、思うがまま優雅に泳いでいる。

 中でも目を引いたのは、集団でまとまって泳ぐ小魚の群れ。渦を描くように泳いでいた魚たちが、群れの先頭の動きに合わせて瞬く間に姿を変えた。その後も何度か、姿を変えて泳ぐ。導くかのように群れの先頭を泳ぐ姿はさながら、音楽団をまとめる指揮者だった。

 

「そろそろ、別の場所に行きましょう」

 

 このままずっと見ていても飽きないだろうけど、他の客も増えて来た。邪魔にならないように、別エリアへ移動。

 次に現れたのは、頭上、横、下、すべてを見渡せる透明なトンネル。まるで、海の中を歩いているかのような錯覚を覚えた。

 

「スゴいっすね」

「本当、あ――」

「ん? あっ、ウミガメ。近くで見ると大きいなー。しかも、こっち見てるし」

 

 遠くの方から泳いできたウミガメは、奈緒(なお)の視線の高さで留まったまま動かない。

 

「この子、全然動かないっすね」

「はは、気に入られたみたいですね」

「うーん、複雑っす」

 

 人懐っこいウミガメに別れを告げて、この水族館名物イルカショーを観るため、イルカショーが行われる屋外プールへ移動。人気イベントかつ、祝日であることも重なり、会場は満員だったが、運良く空いている席を見つけて座ることができた。

 いよいよ、イルカショーの開演。数頭のイルカが、調教師の合図に合わせ、息を合わせて数々の技を決めていく。

 

「近くで観れてラッキーでしたね」

「はい。でも、ここって――」

 

 何かに気がついた奈緒(なお)が言いかけた時、ピィーッ! と、大きな笛の音が会場に鳴り響いた。水中へ潜って行ったイルカたちは猛スピードで水中を駆け抜け、水面から超跳躍。息の合ったタイミングで跳んだイルカたちの1頭が、俺たちの目の前に着水。考えるより先に自然と体が反応した。咄嗟に、奈緒(なお)を覆うようにして庇う。

 

「うっわぁ~」

「......濡れなかった?」

「おかげさまで!」

 

 ずぶ濡れの俺の姿を見て、少し可笑しそうに微笑む。こんな近くの席が空いていた理由は、これか......。

 悪運が良かったのか、奈緒(なお)の前に座っていた背が高めな家族連れの男性のお陰で、海水を被ったのは髪と上着だけで済んだ。ちなみにその人は、レインコートを着用済み。よくよく見ると、座席下にレインコートが用意されていた。ショーの開始直前で、注意事項を聞きそびれたのは誤算だった。

 煩わしく額に貼り付く、海水で濡れた髪を掻き上げる。

 

「どうしました?」

「いえ、何でもないっす」

 

 奈緒(なお)の視線に若干の疑問を感じつつも席に座り直し、上着を脱ぐ。どうやらイルカショーは、今の大ジャンプが最大で最後の見せ場だったみたいだ。

 

「少し早いですけど、お昼にしましょう」

「そうですね」

 

 水族館を出た先にある、園内のベンチに座る。肩に掛けていたバックから、真新しいタオルを手渡してくれた。受け取ったタオルで髪を拭いている間に、奈緒(なお)の膝の上に、彼女の手作り弁当が用意された。

 

「はい、あーんっ」

 

 おかずが刺さったフォークが口元に差し出される。両手が塞がっているため、好意に甘えていただく。しっかり味わって、素直な感想を伝える。

 

「美味しい」

「よかったです。あたしも食べよーと」

 

 水族館の感想を話しながら昼食を済ませ、遊園地へ移動。ちょうど昼時ということもあってか、どのアトラクションの待ち時間もそうない。

 

「どれから行きます?」

「アレ!」

 

 奈緒(なお)が指を差した先には、鉄骨で組まれたレールの上を高速で移動する鉄の塊。一回転するレールやら、一部分が海に突き出していたりと、なかなかスリリングな構造をしている。

 

「アレ、ですか?」

「あれー? もしかして~、高くて速いの苦手なんすかー?」

 

 いたずらっ子のような笑顔で、下から覗き込むように見つめてくる。正直に言ってしまえば、苦手な部類のアトラクション。ある意味で。

 

「しかたないなー。じゃあ別のにしますかー」

「いえ、大丈夫ですよ。予め準備してきましたから」

「用意?」

 

 場内案内のパンフレットを頼りに、奈緒(なお)リクエストのジェットコースター「トルネード・イン・ザ・スカイ」の列へ向かう。

 順番が来るのを待つ間。今月末に開催される星ノ海学園の文化祭の話をしながら待ち時間を潰す。徐々に、乗車の順番が近づいて来た。

 

「本当に、大丈夫なんですか?」

 

 さっきまで笑顔だった奈緒(なお)が、一転心配そうな顔に変わる。

 

「大丈夫ですよ」

 

 と答えて、座席に座る前に、手に持っている水族館で濡れた上着のポケットから眼鏡ケースを取り出して、眼鏡を掛ける。

 

「あっ、メガネ姿久しぶりに見ました」

「最近は、掛ける機会も少なかったですから」

 

 眼鏡を掛けるのは、夏休み以来。前世でもそうだったのだが、実は、軽いドライアイを患っている。高所も取り立てて得意というわけでもないのだが、速度に生じて起こる風圧が苦手。

 昨晩、遊園地と聞いたため、予め長時間パソコンに向かう時に掛けている眼鏡と目薬を用意してきた。復学してから、あまりパソコンに向かう機会も少なくなったから、多少は良くはなってきたけど。まだ苦手なのは変わりない。

 準備を整え、座席に座る。安全チェックが行われると、コースターは動き始めた。スピードを維持しながら恐怖心を煽るようにゆっくりと坂道を登り、頂上から一気に急降下、高速で乱高下と連続回転を繰り返す。奈緒(なお)は楽しそうな声を上げて、終始笑顔を絶やさなかった。

 

「いやー、爽快でしたねっ」

「もう一回行きましょうか」

「いいんすかっ?」

「もちろん。あ、目薬いいですか?」

「大変っすね。上着持ちます」

「ありがとう」

 

 もう一度乗ったあと、一通り絶叫系のアトラクションを制覇。フードコートでアイスを食べながら、休憩を取ることに。

 

「うーん、冷たくておいしいっすね」

「そうですね」

 

 眼鏡を外して、もう一度目薬を差してから、フードコート内の備え付けの時計を見る。時刻は、16時。日が傾き始め、東の空が、少しオレンジ色に染まり始めている。ずいぶん日が短くなった。時間を考えると、あと二つ位かな。

 

「さて。じゃあ、行きましょう」

「どこへ?」

「着いてからのお楽しみっす。こっちでーす」

 

 次の目的は決まっているらしく、手を引いて歩き出した。

 連れて来られたのは、おどろおどろしい雰囲気が漂う暗いお化け屋敷。井戸の中から、黒い長髪で生気のない顔の女性の人形がせり上がってきたり、雑に血糊が塗りたくられた鉄格子の中から無数の腕が一斉に飛び出たり、通路で大鉈を持った男が後ろから迫ってきた。

 

「きゃー、怖いっすー」

 

 こういったものは不得意ではないようで、とてもわざとらしい悲鳴をあげながら、腕に抱きついてきた。鉈を持った男が、軽く舌打ちを打つ。軽く視線を向けると、気まずそうに後退りして隠れていた通路へそそくさと消えていった。

 

「ナイス!」

 

 腕から離れて、親指を立てる。どうやら奈緒(なお)にも、あの舌打ちが聞こえていたらしい。何はともあれ、無事に? お化け屋敷を抜けて、最後に観覧車へ。

 

「キレイですね」

「はい。キレイっす」

 

 夜景狙いの混雑を避けて乗った、夕暮れ時ゴンドラ。海へ沈み行く夕日を眺める。

 ふと、隣に座る奈緒(なお)へ視線を移すと、水平線の向こう側へと沈んでいく夕日を見つめているその横顔が、どこか儚げに見えたのは思い過ごしだろうか――。

 自宅近くのカフェで、少し遅めの夕食を済ませてから帰宅。風呂上がり、寝室に入ると部屋の明かりは点いていなくて、先に風呂を上がった奈緒(なお)の姿も見当たらなかった。

 ただ、部屋の奥から僅かに感じる、涼しい風。揺れるカーテンの向こう側で、夜風に当たっている彼女がいた。

 

「風邪、引きますよ」

「......大丈夫です」

 

 後ろから、優しく抱きしめる。

 

「暖かい。もう少しだけ、このままでいてください......」

 

 返事の代わりに、少しの間、彼女の体を後ろから包むように抱きしめ続けた。

 

 

           * * *

 

 

 翌日の昼休み。星ノ海学園生徒会室のソファーに座りながら、昨日のことを考えていた。

 

「考えごとか?」

「ああ、ちょっとな」

 

 テーブルを挟んで対角に座る有宇(ゆう)は、書類から目を離して聞いてきた。今、生徒会室に居るのは、俺と有宇(ゆう)の二人だけ。

 

友利(ともり)のことか?」

「ご名答。一昨日の夜から、少し元気がないみたいなんだ」

「珍しいな。何か心当たりはないのか?」

「そうだな......」

 

 少なくとも一昨日の夕食までは、いつも通りだった。

 何かあったとすれば、その夜、水族館と遊園地に行くことになってから。

 ずっと引っ掛かっていたことがある。

 昨日は朝から、妙にテンションが高かった。

 本音を悟られないよう、いつもより甘えてみせて、それでいて、時おり寂しそうな表情をする場面が何度か。

 

「昨日、デートしたんだ。水族館と遊園地で」

「遊園地......」

 

 行き場所を聞いた有宇(ゆう)は、眉間にシワを寄せて目をつむり、少ししてから思い出したのかゆっくり目を開いた。

 

「もしかして。隣の県の、水族館と隣接してる遊園地か?」

「ああ、よくわかったな」

「あそこへ行ったのか......」

 

 窓の外へ顔を向けた有宇(ゆう)は、昨日の奈緒(なお)と同じような表情を見せた。おそらく二人は、何かの事情を共有している。

 有宇(ゆう)と同じように、窓の外の景色へ目を移す。

 風に吹かれた枯葉が、秋空を舞っていた。

 

「......聞かないのか?」

「ああ、待つよ」

 

 話せないことのひとつやふたつ、誰にだってある。

 それは、よくわかる。それに――。

 

「長い間、待たせてたから」

「そっか」

 

 呟くように言った有宇(ゆう)は、手元の書類に目を戻した。

 

「なんの書類?」

「生徒会の引き継ぎ資料。文化祭が終わったら、新生徒会が発足するから」

「なら、もうすぐだな。選挙はないのか?」

星ノ海学園(うち)は、現生徒会長からの指名制なんだよ」

「それでか。頑張れ、次期生徒会長様」

「やめてくれ! シャレにならない」

 

 両手で頭を抱えて、テーブルに突っ伏して項垂れる。

 

「せっかく、まともな学生生活を送れると想ったのに。僕の学校生活に平穏はないのか?」

「でもまあ、そうだな。隼翼(しゅんすけ)さんが、お前を指名したい気持ちはわかるよ」

「買い被りすぎだろ。そんなデキよくないからな。自分で言ってて悲しいけど......」

「ははっ、奈緒(なお)も言ってたんだよ。今のお前なら、生徒会長に向いてるかもって」

友利(ともり)が? ボロクソに言われた記憶しかないんだが? って、着信だ。ちょっとごめん」

「いや。俺もだ」

 

 同じタイミングで、お互いのスマホに着信が来た。電話ではなく、メッセージ。差出人は、話題に上がっていた奈緒(なお)から。

 

友利(ともり)からだ」

「お前もか?」

 

 お互い、送られてきたメッセージの内容を確認。文面は違えど同じ内容だった。有宇(ゆう)は、生徒会の仕事を高城(たかじょう)たちに任せ、併設マンションへ帰宅することなく、俺と一緒に最寄り駅へ向かった。

 

「僕も、なんだろう?」

「さあ」

 

「放課後、少し付き合ってください。星ノ海学園の最寄り駅で待っています」これが、俺たちに送られて来たメッセージの内容。その内容通り、奈緒(なお)は改札付近で待っていた。

 

「あっ、おつかれっすー」

「お疲れさまです」

友利(ともり)。何の用だ?」

「お二人に、一緒に来て欲しい場所があります」

 

 事情は聞かず、俺たちは彼女の後に続いて歩く。

 目的地へ向かっている途中、いつか訪れたことのある花屋に立ち寄って、花束を購入して、再び歩みを進める。

 どこへ向かっているのか、何となく想像がついた。

 そしてそれは、的中した。

 目的地は、前世で火傷を負った手の治療を受けた病院。

 エレベーターに乗り、三階の小児科病棟へ。そして、とある病室の前で立ち止まった奈緒(なお)は、ノックをしてから扉に手をかけた。

 

「こんにちはー」

 

 個室の病室。患者名は、知らない名前。

 ベッドで横になっていたのは、歩未(あゆみ)と同年代くらいの幼さが残る少女。

 

「......誰?」

関口(せきぐち)伊緒里(いおり)ちゃん、ですよね。あたしは、友利(ともり)奈緒(なお)といいます。こっちは、宮瀬(みやせ)(しょう)くんと、乙坂(おとさか)有宇(ゆう)くん」

 

 伊緒里(いおり)と呼ばれた少女は驚きはしたが、その後はあまり興味を示さず、うつむき加減で覇気がなく、生きることに絶望している、そんな感じに思えた。

 

「これは、お見舞いのお花です。花瓶、借りますね」

 

 花を花瓶に活けた奈緒(なお)は、伊緒里(いおり)のベッドの脇の椅子に腰を降ろす。

 

伊緒里(いおり)ちゃんは今、お友だちのことで悩んでいますね」

「――えっ? ど、どうしてわかるの?」

「お姉ちゃんには、特殊能力があるんです。耳を貸してください」

 

 耳元に顔を近づけて、彼女にだけ聞こえるように内緒話。伊緒里(いおり)は、目を丸くして驚く。

 

「どうして知ってるの!?」

「お姉ちゃんの特殊能力です」

「ほ、ほんとっ?」

「本当です」

 

 ――ですよね、と俺たちに同意を求めた。

 頷いて見せると、伊緒里(いおり)は辿々しく話し始めた。

 仲よしだった友だちが、急に遊んでくれなくなった。その理由が、自分のせいだと思い込んでいる。追い打ちをかけるように、体調不良が重なり、友だちと話し合うことすらできず、入院生活を送ることになってしまった、と。

 

「なるほど、寂しかったでしょうに。お姉ちゃんに任せなさい!」

 

 自分の胸に抱き寄せ、安心させるように優しく頭を撫でながら、力強く励まし言葉をかけた。

 

「......うんっ」

「うん。じゃあ今日は、一緒に遊びましょう。トランプ持って来たんですよー。伊緒里(いおり)ちゃんは、何がいいですか?」

「ババ抜き!」

「ナイスチョイス! ささ、お二人も来てくださーい」

 

 ベッドを囲うように座り、時折ゲームを変えながら、四人でトランプをして遊んだ。

 

「では、今日は帰ります。また明日来ますね」

「うん。ありがとっ」

 

 病室を出て、行きに降りた駅へ。

 

「今日は、ありがとうございました」

「いや、構わない。僕も気になってたし。それより、明日行くんだろ?」

「はい。あなたは、どうしますか?」

「僕も行くよ。お前、またキレそうだからな」

「ふん......そっすか。では、明日の放課後今日と同じ時間に、この駅前で」

「了解。じゃあ、また明日」

 

 有宇(ゆう)とは反対方向のホームから電車に乗って、神楽坂の自宅へ。

 

「起きてますか?」

 

 電気の消えた寝室。ベッドで横になっていると、奈緒(なお)が声をかけてきた。身体を起こし、ベッドを椅子の代わりにして座っている彼女に問いかける。

 

「眠れませんか?」

「......聞かないんですか? 伊緒里(いおり)ちゃんのこと」

「飲み物入れますね。リビングで話しましょう」

 

 キッチンで飲み物を用意して、テーブルを挟んで腰を降ろす。

 

「どうぞ」

「ありがとうございます。伊緒里(いおり)ちゃんのことですが。彼女は、読心術の能力者でした。初めて会ったのは、あなたを見つける少し前のことです」

 

 人気の少ない路地裏でひとりぼっちで居たところを見つけ、先ほど病室で聞いた話しを聞き出すために、奈緒(なお)有宇(ゆう)伊緒里(いおり)の三人で、昨日デートに行った遊園地で遊んだそうだ。

 

「その日の夜、伊緒里(いおり)ちゃんの親友の家に乗り込みました。伊緒里(いおり)ちゃんを避けている理由を尋ねるために。聞かされたのは、伊緒里(いおり)ちゃんはもう治ることのない病気を、徐々に身体が動かなくなる難病を患っている、と言う話でした。だから突き放したって、キズつきたくないから嫌いになるって」

 

 伊緒里(いおり)の親友の言い分に奈緒(なお)は激昂し、彼女を激しく叱咤。少々乱暴だけど結果的に、伊緒里(いおり)自身も、親友も、病に向き合う覚悟を決めるきっかけにはなった。

 

「あたし、忘れてたんです。時間が戻ったら、こうなるってことを。胸ぐら掴んで、怒鳴りつけたクセに......」

 

 だいたいの事情は飲み込めた。昨日見た、あの表情の理由も。

 

「少し待っていてください」

「あ、はい」

 

 寝室から、ノートパソコンを持ってくる。電源コードを差し、パソコンを立ち上げ、症状から推察した病名を打ち込む。

 

「病名は、これですか?」

「はい、それです」

「可能性はあるな」

「えっ?」

 

 キーボードを打ち込み、とある製薬会社のサイトを開く。

 

「これを見てください」

「これは?」

 

 隣に移動した奈緒(なお)は、画面を覗き込んだ。

 

「アメリカで行われた臨床実験の結果です。個人差はありますが、寿命と運動機能に改善の効果が出ています」

「これは、どういった治療なんですか?」

「遺伝子治療。ウイルスベクターと呼ばれる新しい治療法です。血液や組織に、特定の遺伝子を発現させ、その遺伝子の機能を使って疾患を治療する方法」

「遺伝子治療......こんな治療法が。治るんですか?」

「わかりません。日本ではまだ、承認されていませんので。けど、可能性はあります。医学は日々進歩を続けていますから」

 

 翌日の放課後。住宅街の一軒家の前で、俺たちは待っていた。伊緒里(いおり)の親友を。

 

「あの、何かうちに用事ですか?」

 

 声の主は、肩にかかるくらいの長さの少女。

 

穂乃花(ほのか)ちゃんですよね。あたしたちは、伊緒里(いおり)ちゃんの友だちです」

伊緒里(いおり)ちゃんの......帰ってくれませんかっ。あたし、もうあの子には関わりたくないんですっ」

「用事が済んだら帰ります」

 

 玄関先では迷惑になると判断して、中庭へ移動。

 

「理由を教えていただけませんか?」

「あの子の友だちなら話せませんっ」

 

 彼女は断固として、避ける理由を話そうとしない。

 

伊緒里(いおり)ちゃんがこれから先、身体が動かなくなる難病だからですか?」

「――っ!? どうしてっ?」

「あたしたちは、全て知っています」

「......それなら、わかるでしょ!? 誰よりも大切な友だちが動けなくなっていく姿を見るぐらいだったら、嫌いになっておいた方がマシでしょ!? だから嫌いになるんだよっ、大好きだった伊緒里(いおり)ちゃんを大嫌いになるんだよっ!」

 

 冷静を保とうとしていた奈緒(なお)だったが、拳を握り絞めている。なるほど、奈緒(なお)がキレた理由も頷ける。有宇(ゆう)も、何も言わずに見守ってはいるが、若干苛立ちを覚えていることがわかる。

 

「そうですか、わかりました。ですが、一応教えておきます。伊緒里(いおり)ちゃんは病気の治療のため、海外へ渡ることになりました」

「――え? 海外!?」

「はい。もう二度と会えないと思います。ですので、親友だったあなたには、一応知らせておこうかと。用件は済みました。それでは、これで」

「ま、待って! 伊緒里(いおり)ちゃんの病気は、もう治らないって!」

 

 呼びかけに振り向いた奈緒(なお)は、穂乃花(ほのか)の目をまっすぐ見て――。

 

「あなたには関係ないでしょう」

 

 そう、冷たくいい放った。

 

「おい、友利(ともり)。さすがにそれは......」

「この子が言ったんです、自分で。もう、伊緒里(いおり)ちゃんには関わりたくないと、嫌いになると。なら、知る必要はありません」

 

 有宇(ゆう)のフォローに対しても、奈緒(なお)は自分の意見を曲げることはなかった。

 

「――る」

「何ですか、まだ何かあるんですか」

「......ある」

「聞こえません」

「関係ある、伊緒里(いおり)ちゃんは――伊緒里(いおり)ちゃんは、一番大好きな親友だもん!」

「何を、今さら。都合のいいときだけ......」

 

 ――マズイ。奈緒(なお)がキレた。

 

「そこまで」

 

 今にも掴みかかりそうな勢い奈緒(なお)と、怯える穂乃花(ほのか)の間に割って入る。奈緒(なお)は――邪魔するな、と言うように鋭い目を向けてきた。こんな目を向けられたのは、初めて一希(かずき)さんの見舞いに行った帰りのバスの中以来だ。

 

有宇(ゆう)奈緒(なお)を連れて、先に行ってくれ」

「わかった。友利(ともり)、行くぞ。伊緒里(いおり)が待ってる」

「――ですが!」

「今日も、一緒に遊ぶんだろ? 遅れたら心配するぞ」

「......わかりました」

 

 ――遅れたら心配する。それは奈緒(なお)にとって、痛恨の言葉。なぜならそれは、約束を破るということ。伊緒里(いおり)を裏切る行為に値するからだ。奈緒(なお)有宇(ゆう)を見送ってから、奈緒(なお)の剣幕に怯えて腰が引けている穂乃花(ほのか)と向き合う。彼女は、俯いたままだった。

 

「少し話をしましょう。俺は、あなたが取った行動を否定はしません」

「えっ......?」

 

 予想外の言葉だったのだろう、驚いた表情で顔を上げた。

 

「逃げたくなる気持ちは痛いほどわかる。似たような経験をした人を、俺は知っているから。その人の場合は、親友じゃなくて、もっと身近な家族だった」

「......家族?」

 

 穂乃花(ほのか)の呟きに頷いて、続きを話す。

 

「最期を看取ることしか出来なかった。どうすることも出来なくて、あきらめて、しょうがないって自分自身に言い聞かせて、必死に納得させて。それでも、何か出来たんじゃないかって、何度も、何度も頭の中で繰り返して......自暴自棄になった」

「......それで、その人は?」

「立ち直った。新しい目標を見つけたから。そして、それを達成した。みんなは誉めてくれた、よくやったって、お疲れさまって。でも、ふとした時に思い出すんだ。本当に誉めてもらいたかった人が側に居ない、その現実を......」

 

 目を閉じて、空へ顔を向けて、ゆっくり目を開く。

 どこまでも続く青空が視界に広がっていた。

 顔を戻して、向き直す。

 

「キミが離れていったのは自分のせいだと、避けられるようなことをしたんだと、彼女は今も自分自身を責め続けてる。自分の病気のことよりも、親友のことで悩んでる」

「......伊緒里(いおり)ちゃんが?」

「海外に渡る決意したのは。病気を治して。穂乃花(ほのか)さん、あなたに謝りたいから、そう言っていた」

 

 登校前、俺と奈緒(なお)は、伊緒里(いおり)の病室を訪ねた。この時間なら両親が見舞いに来ている、と昨日聞いていた。

 そして昨夜、奈緒(なお)に話した内容をまとめた資料を渡した。彼女の両親はもちろん、彼女自身も戸惑っていた。不治の病と告げられた難病に対して、僅かな可能性があるということに。

 だが、共同開発国のアメリカでも、承認されたばかりの新薬。まだ試験運用期間に過ぎない。しかし、新薬の認可に時間がかかる日本では、新薬の有効性が証明されても、他国と比べ承認が遅れるのは確実。加えて、医療費、滞在費も莫大にかかる。アジア系への有効性を調べる臨床試験への協力という形で治療を受けられるよう、海外の親友を通じて話しを進めてはいるが、どれだけ急いでも来年以降になるだろう。

 

伊緒里(いおり)さんは、今すぐ海外へ行くわけじゃない。手続きとか、詳しい検査とか。どっちを選んでも後悔するかもしれない。だけど、俺たちは彼女の傍に居る。今、後悔しない方を選ぶことにした」

 

 穂乃花(ほのか)に、問いかける。

 

「キミは、どうする?」

 

           *  *  *

 

 後日。伊緒里(いおり)の見舞い帰り、最寄り駅に向かって歩いていると、唐突に、有宇(ゆう)が呟いた。

 

「女性って、スゴいな」

「そうですか?」

「そうですよ」

 

 不思議そうに首をかしげる奈緒(なお)に、俺は有宇(ゆう)の言葉に同意。

 穂乃花(ほのか)は、伊緒里(いおり)と一緒に居ることを選んだ。そして、彼女もまた、病気と向き合う決心を固めた。

 

「そういえば、何を話していたんですか?」

「僕も気になる」

 

 奈緒(なお)は病室を出る時、伊緒里(いおり)に呼び止められて内緒話をしていた。

 

「約束しただけっすよ」

「約束?」

「女子の会話を詮索するのは野暮です。さぁ、駅に着きましたね。帰りましょう」

 

 俺たちを置いて、早足で改札を抜けて行く。

 

「約束って、何だろうな?」

「さぁ?」

 

 二人の約束が何なのかは見当もつかない。

 

「じゃあな、有宇(ゆう)

「ああ、また明日な」

「また明日」

 

 有宇(ゆう)と別れて、奈緒(なお)のあと追って駅のホームへ向かう。 階段を下ってホームに降りると、先に居た奈緒(なお)が、突然頭を下げた。

 

「先日は、すみませんでした。ダメだってわかっていたのに。止めに入ってくれたあなたにも、八つ当たりして。最悪っす」

「気にしてませんよ」

「あたしが、気にしているんですっ。ということで、何かお詫びをしたいのですが」

 

 参ったな。簡単に納得してくれそうにない。

 

「じゃあ、晩ご飯のリクエスト。肉じゃがをお願いします」

「そんなのでいいんすか?」

奈緒(なお)さんが、作ってくれるのを食べたいんです」

「わかりました。では、いつも以上に腕によりをかけて作りますっ」

「楽しみにしてます。あ、電車来ましたね」

 

 速度を落としてホームに入って来た車両が止まるのを待つ

 

「そういえば、もうすぐ、星ノ海学園の文化祭っすよね。結局、何するんすか?」

「さあ? 何するんですかね」

「まだ決まってないんすか?」

「知るかぎりは」

 

 そんな他愛もない会話をしながら、定刻通りに到着した電車に乗り、近所のスーパーで買い物をしてから家路についた。

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