Charlotte ~時を超える想い~ -after story-   作:ナナシの新人

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Episode12 ~機会~

 文化祭当日まで一週間を切った、放課後のロングホームルーム。憮然とした表情で教壇に立つゆり先生は、危機感を募らせていた。

 

「あんたたち、真面目に考えないと本当に間に合わなくなるわよ!」

 

 うちのクラスの出し物は、未だ未定のまま。

 今、陥っている事態の原因のひとつの最たる理由は、目の前の先生その人。実は、出し物は決まりかけていたのだが、済んでのところでひっくり返された。

 

「そんなつまらない企画認めないわ。楽しくないと意味がないのよ!」

 

 鶴ならぬ、ゆり先生の一声で、当初の企画は白紙撤回。

 かたっぱなしから提案しているのだが、他クラスと被ったり、ネタに走ったりと、これといったものが出ず停滞状態が続いている。

 

「もうこの際、学年さえ違えば別のクラスの出し物と被ってもいいわ。誰か、何かアイディアはないの!?」

「はい!」

 

 真っ直ぐ手を上げた高城(たかじょう)が、イスから立ち上がる。

 

「ゆさりんのディナーショーを提案いたします!」

 

 昼なのにディナーショーとはこれいかに、なんてツッコミを入れている時間も惜しいらしく、ゆり先生は、またか、と呆れ気味な顔を見せた。

 

「熱意に免じて一応聞いてあげるわ。企画の詳細な内容は?」

「食事を楽しみながら、ゆさりんの歌を聞き、トークを聞く。まさに至福のひとときを過ごせる夢のような企画です!」

「却下」

 

 渾身の提案を秒で却下された高城(たかじょう)は、無表情で静かに腰を降ろした。因みに、俺と有宇(ゆう)とで共同で提案した、白紙の本を机に置いておき、最後のページに「捲っている間にあなたが思ったことが、この本の内容です」と書いておくという超手抜き企画も秒で却下された。

 

柚咲(ゆさ)ちゃんが大変なだけじゃない。まったく。学園祭は、全員で参加して楽しまないと意味ないのよっ!」

 

 全員参加で楽しむ。文言だけ見れば簡単に思えるけど、得手不得手もあるし、祭り的な催しが苦手な人だっている。なかなかハードルの高い要求だ。

 

「でも、あやからない手はないよな。そうなると、やっぱり売り子だよな、ウェイトレスとかなら......」

乙坂(おとさか)くん、起立。意見があるなら堂々といいなさい」

「あ、はい。えっと。他クラスの出し物を見て思ったんですけど、露天系は食べ歩きに向いている店が多いんです」

 

 確かに。たこ焼き、焼きそば、たい焼き、クレープなどのスィーツ系にいたるまで、腰を落ち着けて食べるよりも、食べ歩きが出来る回転率を売りにした店が多い。

 

「ファミレス並の規模は無理でも、個人カフェみたいな感じならどうかなって思って」

「なるほど、喫茶店ね。それで、ウェイトレス」

「はい。うちのクラスには、柚咲(ゆさ)が居るから回転率を考慮しても採算は見込めると思う。コーヒーメーカーは、寮の食堂にあるし。(しょう)は、自前で持ってるよな?」

「あるよ。理事長室にも、本格的な手入れの道具がある。豆の発注もつてがある」

「よし。附属に行った女子は、裁縫を習ったんだよね?」

 

 ――うんっ。と、学校交流で奈緒(なお)が通う附属校へ行った三人の女子生徒が頷いて答えた。どうやら、方向性は見えてきた。

 

「じゃあ、衣装は三人を中心に、家庭科が得意な人が担当してくれ。デザインは任せるよ」

「りょうかーい。任せてー!」

「手の空いてる人は、内装の準備と必要な材料の発注。豆の発注は、(しょう)に任せる。調理器具の類いは、僕の方で、当日借りられるように話しをつけておく。こんな感じでどうですか?」

「だそうよ。みんなはどう? 乙坂(おとさか)くんの案でいいかしら?」

 

 今までの苦戦が嘘だったみたいに、満場一致で出し物が決まった。

 その日の夜。夕食をいただきながら、ようやく決まった文化祭の話題を上げる。

 

「へぇ、カフェになったんすね」

 

 メインターゲットは生徒ではなく、在校生の父兄や、卒業生。賑やかな雰囲気の文化祭の中で、落ち着いてくつろげる空間の提供を目的としたニッチな需要を狙った隙間産業。テイクアウト専門のコーナーも併設する予定で、ある程度の採算も見込めるだろう。

 ただ、ひとつだけ問題がある。

 

「それで、なんですけど」

「ん? なんすか?」

 

 箸を咥えながら、奈緒(なお)は小さく首を傾げた。

 

「当日、長めに時間を貰えることを条件に準備期間中の責任者なっちゃって......」

 

 それは、出し物が決まった後のこと。

 責任者にされるのを察したのか。有宇(ゆう)は、ゆり先生に任命される前に「生徒会の仕事があるから」と言って、代わりに俺を推薦してきた。断言してもいい、あれは完全に逃げた。

 二学期からの新参者ということもあって、断ろうとしたのだが「引き受けるてくれるなら、午後はフリーにしてあげるわよ」と言う、悪魔の囁きに耳を傾けてしまった。

 

「しばらく、帰りが遅くなると思います。だからその間、実家の方――」

「そうですか。では、夕食の用意をして待ってます」

「えっと」

「あたしのうちは、ここです」

 

 若干不満気に口を尖らせ、ジッと見つめて目を逸らさない。

 

「......お願いします」

「お任せください。あ、帰り時間は連絡ください。お風呂の準備もしておきますので」

 

 ということで、翌日から文化祭へ向けた準備が始まる。

 しかし、物事というものは、一度決まってしまえば後は早いもので。多少の混乱はあったものの、各々割り当てられた役割をしっかりこなし、作業は急ピッチで進んだ。

 

「コーヒーメーカー四台、ホットプレート二台、冷凍庫とクーラーボックス、耐熱容器。テイクアウト用の紙コップ、紙皿、ストロー......」

「進行状況は、どんな感じ?」

 

 生徒会の役目で、各クラスのチェックに出ていた有宇(ゆう)が、クラスに顔を出した。

 

「調理器具と日持ちするものは一通り揃った。生ものは、前日と当日に分けて搬入出来るよう発注済み」

 

 急で、あまり凝ったものは出来ないが、クラブサンドと簡単な甘味をメニューに取り入れる予定。内装は、力自慢の高城(たかじょう)を中心に準備中。旅の途中に立ち寄った北欧のカフェをイメージして、カウンター席とテーブル席を完備。衣装の方は先日、デザインが決まり、こちらも急ピッチで作業が進んでいる。

 

「前日の夕方には、終わるかな」

「そっか」

「さて、豆の発注に行ってくる」

「直接仕入れに行くのか?」

「実際自分の目で見て、判断したいから」

「こだわるな」

「出す以上は、な」

 

 有宇(ゆう)は、呆れ顔。ぶっちゃけ、現役アイドルの黒羽(くろばね)の人気にあやかれば、インスタントコーヒーでボロ儲け出来るだろう。けど、やはりコーヒーを売りに出店する以上は、納得のいくクオリティのものを提供したい。

 少しの間、クラスを有宇(ゆう)に任せ、星ノ海学園を出た。

 

宮瀬(みやせ)さん。偶然ですね」

「ご無沙汰しています」

 

 出先の町で、スーツ姿の男性と女性に遭遇。男性の方は、有宇(ゆう)たちが家に来た時、電話で話した人。実際会うは今回で、三度目。女性の方は、初対面。丁寧な挨拶と一緒に、名刺を受け取る。どうやら、同じ職場の上司と部下という関係性。

 

「例の件ですが。来月中には、良い返事が出来ると思います」

「そうですか。よろしくお願いします」

「はい。確かに承りました。それでは、私たちはここで――」

「失礼いたします」

 

 丁寧に会釈をして、俺が出てきた駅へ入って行った二人を見送る。さて、こちらも用事を済ませよう。馴染みの専門店へ赴き、前日の夕方に受け取れるよう注文をして、星ノ海学園へ戻った。

 その後、準備は滞りなく着々と進み。学園祭前日の放課後。

 

「内装の方は、完成しましたね」

「ええ、お疲れさまです」

「いいえ、なんのこれしき。では、我々大道具係はしばしの休憩に入らせていただきます」

 

 普段使って居る机の高さを調整して並び換え、クロスとランチョンマット等を敷き、小洒落たテーブル席仕様。会議室から拝借した長テーブルも同様に、カウンター席に代用。後ろに設置した棚には、電気ポットとティーセットも完備して準備万端。

 

「どうにか間に合ったな」

「ああ、後は......」

「見てくださーいっ」

 

 本番前日と言うことで、クラスの準備に参加している有宇(ゆう)と会話をしていたところへ、黒羽(くろばね)が出来上がった制服のお披露目に来た。ミモレ丈の黒いロングスカート、白の長袖シャツの上から黄色のエプロンを着け、その場でくるっと回って見せた。ふわりと浮いたスカートは、ワンテンポ遅れて戻る。

 

「どうでしょーか?」

「とても似合ってますよ」

「良いんじゃないか、動きやすそうだし」

「ありがとうございますっ」

 

 満面の笑顔の黒羽(くろばね)。生徒会の許可も下りた。衣装の方も完成。後は、コーヒー豆の調達で準備完了。有宇(ゆう)にチェックリストのファイルを預ける。

 

「じゃあ、ちょっと行ってくる。念のため最終チェック任せる」

「了解。やっておく」

「んー? どちらへ行かれるのですか?」

「注文したコーヒー豆を受け取りに行ってきます」

「手伝ってやりたいけど、こっちも重要なんだよな。万が一漏れがあったら、すぐに対処しないといけないし」

「そうなんですかー。あ、そうだっ」

 

 何か思い立ったらしく、黒羽(くろばね)は笑顔を見せた。

 注文していたコーヒー豆の入った袋を持ち、星ノ海学園へ戻るため駅へ向かって歩いている。その隣には、小さめの袋を担いだ黒羽(くろばね)

 

「重くないですか?」

「はい。大丈夫ですよ」

 

 黒羽(くろばね)は、有宇(ゆう)が手を離せないことを知ると、間髪入れず手伝いを申し出てくれた。そこそこ重い荷物だから、女の子に手伝って貰うことに気が引けたが、熱意に負けて折れてしまった。

 

奈緒(なお)さんは、明日、何時頃に来るんですか?」

「12時に、昇降口の前で待ち合わせの約束をしています。黒羽(くろばね)さんは――」

柚咲(ゆさ)でいいですよー。お姉ちゃんと一緒の時とか、ちょっとややこしいですし。あはは」

 

 以前、美砂(みさ)にも同じことを言われたのを思い出した。これからは、下の名前で呼ばせて貰おう。

 

「じゃあ、柚咲(ゆさ)さんで。シフトは、午後からですよね」

「はい。遊びに来てくださいね。特別サービスでおもてなししますので!」

「それは、楽しみですね」

 

 ありがたい話しだけど、おそらくは行けない。柚咲(ゆさ)目当ての客で大行列が出来るのが容易に想像できてしまう。

 

「じゃあ、性格は、今と全然違ったんですか?」

「そうなんです。もっと明るい? って感じでしょーか」

 

 最寄り駅から星ノ海学園へ続く坂道の途中、柚咲(ゆさ)としている話しは、共通の友人である有宇(ゆう)のこと。記憶を取り戻す前の有宇(ゆう)は、今とも、昔のような斜に構えて頃とも違い、社交的な性格をしていたらしく。人当たりの良さと、本来の甘い容姿も伴って、女子からの人気も上々。彼女が知る限り、告白も何度か受けたそうだ。

 どんな感じだったのか、少し見てみたい気もする。

 

「ところで、記憶が戻るのはどんな感じですか? やっぱり、戸惑ったりしましたか?」

 

 柚咲(ゆさ)は、荷物を持っていない方の指を唇に添えて、少し考え込む。

 

「うーん、そういうのは、あまりなかったかもです」

 

 その辺は個人差があるみたいだ、と世間話をしているうちに、星ノ海学園に到着。クラスに戻ると、どことなく重苦しい空気が漂っていた。

 教壇で腕を組み、難しい顔をしているゆり先生が、使いから戻ってきた俺たちに気づいた。

 

「おつかれさま。二人とも」

「ただいまでーす。どうしたんですか?」

「非常事態、大問題よ」

 

 難しいを通り越して、眉尻を上げ、とても深刻そうな表情(かお)になった。大問題が起きた、そう思わせる雰囲気だ。

 

「はわわっ、いったい何がっ?」

「当日のシフトよ。宮瀬(みやせ)くんは午前上がり、柚咲(ゆさ)ちゃんはお昼時の稼ぎ時。その先は、乙坂(おとさか)くんを当てようと思ったら。アイツ、『僕は、生徒会で見回りがあるから』って言って、また逃げたのよっ!」

 

 要約すると、客寄せパンダ不在の時間が生じる、と。

 打開策を見つけるため教室内を見回すと、逸材を見つけた。

 

「居るじゃないですか」

「どこに?」

「そこに」

 

 俺は、ある人物を指差した。

 

「私ですか?」

「身長は、有宇(ゆう)よりも高いですよね?」

「はぁ? 確かに、乙坂(おとさか)さんより少し高いですが。それが何か?」

 

 やや引き気味に全身を眺め、全体像からイメージを作る。

 

「あの――」

「いける。ちょっと来てください。柚咲(ゆさ)さん、手伝っていただけますか?」

「はーい」

 

 見つけた逸材と柚咲(ゆさ)を連れて教室を出て、彼女の意見を仰ぎながら、空き教室で仕上げる。教室に戻って、お披露目。

 

「どうですか?」

「あら、結構化けたわね。本性出さなきゃ、なんとかなるかしら?」

 

 責任者から、ゴーサインが出た。これで、準備は全て完了。

 いよいよ、学園祭当日がやって来た。

 

「カフェラテ、二つお願いしますっ!」

 

 午前11時過ぎ。柚咲(ゆさ)とは色ちがいの赤いエプロンを着たクラスの女子が、客の注文を伝えに来た。有宇(ゆう)発案のカフェ客入りは上々。客層は、当初の思惑通りとは少し違って、客の大半を他校を含めた女子生徒が占めている。だが、柚咲(ゆさ)が接客に入る午後には、間違いなく男女の比率は逆転するだろう。

 

「カフェラテ上がりました、お願いします。で、こんな所で油売ってていいんですか?」

 

 作ったカフェラテを、接客を担当している女子に渡し、開店直後からカウンター席を占拠している、五人上級生に話かける。

 

有宇(ゆう)たちに任せてるからいいんだよ」

「どうせ私たちは、今日で引退だしねー」

「三年間か。早かったような、短かったような......」

「どっちも同じじゃない」

 

 頬杖を突きながら、窓の外の景色を遠い目をしてボケる隼翼(しゅんすけ)に、目時(めどき)は少し笑いながらツッコミを入れる。

 

「みなさん、進路は決めたんですか?」

 

 理事長室から拝借したミルで、コーヒー豆を挽きながら尋ねる。

 

「もうみんな、推薦で決まってるよ」

「まぁ、半分そのために生徒会に所属してたようなものだからな」

「身も蓋もないわね」

 

 挽いた豆をフィルターに移し、コーヒーを淹れる。

 

「美味いな。酸味と苦味のバランスがいい」

「理事長オリジナルブレンドです。目時(めどき)さんのは、ラテ用に濃いめにブレンドした豆を使ってます」

「へぇ、メニューに合わせてくれてるんだ」

「ってことは、俺のは酸味を抑え目にしてくれてるのか。拘ってるな」

 

 推薦で進学が決まっているということもあり、五人の会話には余裕が感じられた。少し早い思い出話しを聞きながら、次々入る注文を処理していくと、約束の時間が近づいて来た。教室の後部のドアが開き、昨日見た黄色の制服を着た柚咲(ゆさ)が姿を見せ、カウンターの中に入ってきた。

 

「おつかれさまでーす。交代の時間ですよー」

柚咲(ゆさ)さん。じゃあ、お願いしますね」

「はーいっ」

 

 汚れても目立たない様に着けていた黒いエプロンを外して、奈緒(なお)と約束した昇降口へ向かう。

 

「あれ?」

 

 昇降口の外に出たが。ぱっと見て、奈緒(なお)の姿は見当たらない。朝、出かけで奈緒(なお)は、制服で来ると言っていたから附属の制服を着た生徒を探してみる。何人か来ているだが、やはり奈緒(なお)は見つからない。電車が遅れているのだろうか、スマホを手にした、正にその時――。

 

「彼氏を待っているので」

 

 近くで、聞き覚えのある不機嫌そうな声が聞こえた。

 そちらを見ると、星ノ海学園の女子生徒が、二人組の他校の男子に絡まれていた。

 

「あっ!」

 

 女子生徒と目が合う。

 彼女は他校の男子たちの脇を通り抜け、両手で俺の腕に抱きついてきた。

 

「これ、あたしの彼氏!」

 

 見せつけるようにして、その子が宣言すると、二人は舌打ちをして悪態をつきながら、校門の方へ歩いていく。

 

「ハァ、しつこかった。まったく、遅いっすよー」

 

 めんどくさそうにタメ息をついてから、視線を俺に向け批難の言葉を口にする。

 

「すみません。えっと、その制服は?」

「ん? あっ!」

 

 星ノ海学園の制服に身を包んだ少女は――しまったっ! と言った感じで声を上げた。

 校舎に戻った俺は、校舎前でナンパされていた彼女と廊下を歩いていた。あの時、星ノ海学園の制服に身を包んでいた少女は、待ち人――友利(ともり)奈緒(なお)、その人だった。

 

「来るの遅いからお腹空いたし、変な男子には絡まれるし、サプライズも失敗したじゃないっすかっ」

「いや、今も驚いてますよ。ナンパされたのは、奈緒(なお)さんが可愛いからで。昼は、今から行きましょう」

「まっ、いいっすけど」

 

 教室に戻ると、予想通り廊下の外まで長い行列が出来ていた。こうなることを見越して事前に用意しておいた整理券が、大活躍している。

 

「すごい人ですね」

「今、柚咲(ゆさ)さんが接客してるからですよ」

「なるほど、それで。じゃあ、またあとで来ましょう」

「そうですね。どこへ行きましょうか?」

「決まってるじゃないっすか」

 

 おもむろに手を取って、少し早足で歩き出した奈緒(なお)が向かった先は、生徒会室。

 

「おじゃましまーす」

 

 ノックをすることなく、扉を開けた。

 生徒会室の中では、有宇(ゆう)と中等部の制服を着ている歩未(あゆみ)が、二人並んでソファーに座って、昼食を食べていた。

 

「誰かと思ったら(しょう)か......って、友利(ともり)かっ!?」

 

 星ノ海学園の制服姿の奈緒(なお)を見て、持っていた割り箸が手から滑り落ちた。床に落ちた割り箸をゴミ箱に入れた奈緒(なお)は、新しい割り箸を差し出す。

 

「何してんすか。はい、どうぞ」

「あ、ああ、悪い。じゃなくて、どうしたんだ? その制服......」

「理事長先生からいただきました。生徒手帳もありますよ。ほら」

「ホントだ。いろいろ端折られてるから訳がわからないけど」

「こんにちはー。歩未(あゆみ)ちゃん」

「こんにちはですー」

 

 混乱している有宇(ゆう)を後目に、歩未(あゆみ)と挨拶。

 

友利(ともり)お姉ちゃんの制服姿、とてもお似合いなのですー!」

「ありがと。歩未(あゆみ)も似合ってるよ。あたしの妹になりませんか?」

「ならないよ。てか、脈絡がなさ過ぎだ」

「細かいなー。さてさて、あたしたちもお昼にしましょう」

 

 有宇(ゆう)たちの向かい側に座ると、左肩にかけていた星ノ海学園指定のスクールバックから取り出したピンク色の包みを二つ、テーブルの上に置いた。露店に目もくれず、直行して来た理由も頷ける。ここなら、静かに食べられる。

 乙坂(おとさか)兄妹と同席させてもらい、改めて校内を見て回る。

 

歩未(あゆみ)ちゃん、どこに行きましょうか?」

「お化け屋敷!」

「定番ですね」

 

 ご所望のお化け屋敷を出し物としているクラスに到着。

 

「何で、僕まで......」

「いいじゃないっすか、見回りってことにしておけば。それとも~」

「......わかったよ、入ればいいんだろ」

 

 有宇(ゆう)は、まるで弱みを握られているかのように、渋々、入店することを了承。先日行った遊園地と比べてしまうのは酷だけど、手作り感があって割と楽しめた。

 その後、クラスの友だちと約束がある歩未(あゆみ)と別れて、出し物をのんびり見て回ってから自分のクラスへ。

 

「いらっしゃいませ。おや、乙坂(おとさか)さんと宮瀬(みやせ)さん。それと......友利(ともり)さん!?」

 

 出迎えてくれたのは、無造作に乱れた髪ながら見栄えのいい長身の男子生徒。俺と柚咲(ゆさ)有宇(ゆう)の三人で仕込んだ逸材の正体は、眼鏡を外し、髪型を変えた高城(たかじょう)奈緒(なお)は、自分に驚く見覚えのない高城(たかじょう)を不思議そうに見ている。とりあえず、空いているカウンター席に通してもらい、互いに事情を説明しあう。

 

「そういうことっすか。眼鏡と髪形で変わるもんすね」

「フッフッフ、実は、他校の女子生徒から連絡先を聞かれましてね。それも、ひとりではなく複数人です。これは、私の人生始まって以来最大のモテキの到来です!」

「なら、柚咲(ゆさ)のことはもういいのか?」

「はっ! いったい私は、どうしたらいいんでしょうかー!?」

 

 抱えた頭を打ち付け、テーブルに突っ伏した。

 

「ひくなっ!」

「見てくれは変わっても、性格(タチ)は変わらないんだな」

 

 何ごとかと他の客の注目を集めたが。有宇(ゆう)は澄まし顔でコーヒーをすすりながらも、冷静なツッコミを入れる。

 そうしてダベっているうちに、やや沈むのが早くなった太陽が、空をオレンジ色に染め始めた頃――。

 

「いらっしゃいませー。こちらの席へどうぞー」

 

 接客しているのは、ピンクのエプロンを着た奈緒(なお)

 学祭の終了時間まで、あと一時間弱。客足が途絶えてくると思っていたら、逆に客足が増え始めた。そのため、人手が足りなくなり「あんたたちも手伝いなさい。奈緒(なお)ちゃん? 星ノ海学園(うち)の制服着てるんだからいいでしょ!」と、ゆり先生の命令で急遽手伝うことになった。

 

「お待たせしました、コーヒーとパンケーキですっ。って! なんで、あたしが手伝わなくちゃならないのよっ!」

 

 赤紫のエプロンを着たゆり先生は、客として来店した自分のクラスの教え子に不満をぶちまける。

 

「ゆり先生が言ったんじゃん、『全員で参加して楽しまないと意味ないのよっ』って」

「ちっ」

 

 痛いところ突かれて舌打ち。なんとも大人げない。

 

「豆が切れました。取ってきますね」

「あ、はーい」

 

 近くにいた奈緒(なお)に報告を入れて教室を出て、コーヒー豆を置いてある家庭科準備室に向かう。豆の袋を持って教室に戻る途中――。

 

「あれ? もしかして、(しょう)くん?」

「――え?」

 

 廊下ですれ違った見知らぬ女性に声をかけられた。

 セミロングの明るい茶髪、自然な薄化粧をしている。ゆり先生と同じくらいか、少し下くらいの女性。

 誰だろうか。記憶を探るが見覚えはない。けど、俺の名前を知っていて、なおかつ下の名前で呼ぶ人物は限られている。面識はあるはず、少なくともこの人には。

 

「えっと、すみません」

「ううん、久しぶりだもん。背伸びたね。びっくりしちゃった」

「あ――」

 

 その言葉と、名前を聞いて思い出した。

 記憶の中の姿よりも、ずっと大人びているから気がつかなかった。

 この女性(ひと)は――遠い昔、幼かった俺を気にかけてくれていた人。

 

 

           * * *

 

 

 教室に戻ると、柚咲(ゆさ)美砂(みさ)も接客に加わっていた。どうやら、目についた生徒は片っ端から動員されているようだ。

 カウンターの裏に回って、コーヒー豆を補充していると、突然背中に圧迫感を感じた。振り向いて確かめる。有宇(ゆう)が、身を隠すようにしてしゃがんでいた。

 

「どうしたんだ?」

「いや、ちょっと......」

「二人で、なにしてんすか?」

 

 黙ったまま息を潜めていた有宇(ゆう)は、顔だけだしてテーブル席を確認すると、また隠れた。見ていた方を見る。二人組の他校の少女が談笑していた。あの制服は確か、陽野森高校。

 

「ああ~。そう言うことっすかー」

「知り合いですか?」

乙坂(おとさか)さんの元カノ。と言っても前の話で、星ノ海学園に転校してくる前の話ですけど」

「べ、別に付き合ってた訳じゃないし」

 

 もの凄くバツが悪そうに目を背けながら言った。

 

奈緒(なお)さん、これお願いします」

「はーい、了解っす」

 

 パンケーキが二つ乗ったおぼんを手渡すと、意図を汲み取ってくれた奈緒(なお)は笑顔を見せて、陽野森高校の女子生徒のテーブルへ持っていった。彼女たちと少し会話をしてから戻ってくる。

 

「はい、どうぞー」

「なんだよ?」

白柳(しらやなぎ)さんの連絡先。パンケーキは、カウンターの男子からって伝えたところ、お礼がしたいそうで。預かってきました」

「......余計なことを」

「パンケーキ代は、あたしたちが出します。ちゃんと連絡しないとダメですよ」

「......わかったよ」

 

 連絡先が書かれた紙を受け取り、二人とも通常業務に戻った。

 そして――。

 

「みんな、お疲れさま! じゃあ行くわよっ? カンパーイ!」

 

 無事に閉店を迎え、教室で打ち上げが始まった。それぞれ近くに居るクラスメイトと紙コップを合わせて、打ち上げ用に取り置きしておいたケーキやお菓子を肴に盛り上がる。

 

奈緒(なお)さん、宮瀬(みやせ)さん、おつかれさまでーす」

「おつかれっす」

「お疲れさまです。美砂(みさ)さんも、ご苦労さまです」

「まったくだぜ。まぁ、退屈しのぎにはなったけどな」

 

 四人で話していると「なあ、星ノ海学園(うち)にあんなカワイイ子いたか?」と、男子の話し声が聞こえてきた。女子の間でも、似たような疑問の声が上がっている。

 

「そんなの別にいいじゃない! ほら、あんたたちも呑みなさい!」

「ゆり先生、それ、お酒なんじゃっ!?」

 

 暴走する担任を、生徒が制すという可笑しな状況。

 少し話をしたあと、黒羽(くろばね)姉妹に先に帰ること伝えて、一足先に学校を出た。週末は、奈緒(なお)の母親に二人で顔を見せる約束。これだけは、決して欠かせない。

 

「楽しかったですね」

「はい、とても賑やかでした。まさか、接客することになるとは思わなかったっすけど」

「はは、あの制服似合ってましたよ」

「そうですか? そう言えば、(しょう)くんは明日は振り替え休日になるんすよね?」

「ああー......そうなりますね。昼食は適当に食べます」

 

 今日は日曜日、明日は代休で火曜日から数日が後片付けになる。

 

「カップ麺だけとかはダメっすよー」

「わかってますよ」

 

 翌朝。

 

「行ってきまーす」

「いってらっしゃい」

 

 登校する奈緒(なお)を見送った俺は一人、かつて生活を送っていた田園調布へ足を運んだ。

 そして今、とある建物の前に立っている。

 整理がついてからと考えていたけど。どうせ、いつかはやらなければならないことだ。これも何かの縁、いい機会だと言い聞かせて前を見る。

 

「よし、行くか......」

 

 管理人から借りた鍵を回し、入り口のドアノブに手をかけた。

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