Charlotte ~時を超える想い~ -after story- 作:ナナシの新人
文化祭当日まで一週間を切った、放課後のロングホームルーム。憮然とした表情で教壇に立つゆり先生は、危機感を募らせていた。
「あんたたち、真面目に考えないと本当に間に合わなくなるわよ!」
うちのクラスの出し物は、未だ未定のまま。
今、陥っている事態の原因のひとつの最たる理由は、目の前の先生その人。実は、出し物は決まりかけていたのだが、済んでのところでひっくり返された。
「そんなつまらない企画認めないわ。楽しくないと意味がないのよ!」
鶴ならぬ、ゆり先生の一声で、当初の企画は白紙撤回。
かたっぱなしから提案しているのだが、他クラスと被ったり、ネタに走ったりと、これといったものが出ず停滞状態が続いている。
「もうこの際、学年さえ違えば別のクラスの出し物と被ってもいいわ。誰か、何かアイディアはないの!?」
「はい!」
真っ直ぐ手を上げた
「ゆさりんのディナーショーを提案いたします!」
昼なのにディナーショーとはこれいかに、なんてツッコミを入れている時間も惜しいらしく、ゆり先生は、またか、と呆れ気味な顔を見せた。
「熱意に免じて一応聞いてあげるわ。企画の詳細な内容は?」
「食事を楽しみながら、ゆさりんの歌を聞き、トークを聞く。まさに至福のひとときを過ごせる夢のような企画です!」
「却下」
渾身の提案を秒で却下された
「
全員参加で楽しむ。文言だけ見れば簡単に思えるけど、得手不得手もあるし、祭り的な催しが苦手な人だっている。なかなかハードルの高い要求だ。
「でも、あやからない手はないよな。そうなると、やっぱり売り子だよな、ウェイトレスとかなら......」
「
「あ、はい。えっと。他クラスの出し物を見て思ったんですけど、露天系は食べ歩きに向いている店が多いんです」
確かに。たこ焼き、焼きそば、たい焼き、クレープなどのスィーツ系にいたるまで、腰を落ち着けて食べるよりも、食べ歩きが出来る回転率を売りにした店が多い。
「ファミレス並の規模は無理でも、個人カフェみたいな感じならどうかなって思って」
「なるほど、喫茶店ね。それで、ウェイトレス」
「はい。うちのクラスには、
「あるよ。理事長室にも、本格的な手入れの道具がある。豆の発注もつてがある」
「よし。附属に行った女子は、裁縫を習ったんだよね?」
――うんっ。と、学校交流で
「じゃあ、衣装は三人を中心に、家庭科が得意な人が担当してくれ。デザインは任せるよ」
「りょうかーい。任せてー!」
「手の空いてる人は、内装の準備と必要な材料の発注。豆の発注は、
「だそうよ。みんなはどう?
今までの苦戦が嘘だったみたいに、満場一致で出し物が決まった。
その日の夜。夕食をいただきながら、ようやく決まった文化祭の話題を上げる。
「へぇ、カフェになったんすね」
メインターゲットは生徒ではなく、在校生の父兄や、卒業生。賑やかな雰囲気の文化祭の中で、落ち着いてくつろげる空間の提供を目的としたニッチな需要を狙った隙間産業。テイクアウト専門のコーナーも併設する予定で、ある程度の採算も見込めるだろう。
ただ、ひとつだけ問題がある。
「それで、なんですけど」
「ん? なんすか?」
箸を咥えながら、
「当日、長めに時間を貰えることを条件に準備期間中の責任者なっちゃって......」
それは、出し物が決まった後のこと。
責任者にされるのを察したのか。
二学期からの新参者ということもあって、断ろうとしたのだが「引き受けるてくれるなら、午後はフリーにしてあげるわよ」と言う、悪魔の囁きに耳を傾けてしまった。
「しばらく、帰りが遅くなると思います。だからその間、実家の方――」
「そうですか。では、夕食の用意をして待ってます」
「えっと」
「あたしのうちは、ここです」
若干不満気に口を尖らせ、ジッと見つめて目を逸らさない。
「......お願いします」
「お任せください。あ、帰り時間は連絡ください。お風呂の準備もしておきますので」
ということで、翌日から文化祭へ向けた準備が始まる。
しかし、物事というものは、一度決まってしまえば後は早いもので。多少の混乱はあったものの、各々割り当てられた役割をしっかりこなし、作業は急ピッチで進んだ。
「コーヒーメーカー四台、ホットプレート二台、冷凍庫とクーラーボックス、耐熱容器。テイクアウト用の紙コップ、紙皿、ストロー......」
「進行状況は、どんな感じ?」
生徒会の役目で、各クラスのチェックに出ていた
「調理器具と日持ちするものは一通り揃った。生ものは、前日と当日に分けて搬入出来るよう発注済み」
急で、あまり凝ったものは出来ないが、クラブサンドと簡単な甘味をメニューに取り入れる予定。内装は、力自慢の
「前日の夕方には、終わるかな」
「そっか」
「さて、豆の発注に行ってくる」
「直接仕入れに行くのか?」
「実際自分の目で見て、判断したいから」
「こだわるな」
「出す以上は、な」
少しの間、クラスを
「
「ご無沙汰しています」
出先の町で、スーツ姿の男性と女性に遭遇。男性の方は、
「例の件ですが。来月中には、良い返事が出来ると思います」
「そうですか。よろしくお願いします」
「はい。確かに承りました。それでは、私たちはここで――」
「失礼いたします」
丁寧に会釈をして、俺が出てきた駅へ入って行った二人を見送る。さて、こちらも用事を済ませよう。馴染みの専門店へ赴き、前日の夕方に受け取れるよう注文をして、星ノ海学園へ戻った。
その後、準備は滞りなく着々と進み。学園祭前日の放課後。
「内装の方は、完成しましたね」
「ええ、お疲れさまです」
「いいえ、なんのこれしき。では、我々大道具係はしばしの休憩に入らせていただきます」
普段使って居る机の高さを調整して並び換え、クロスとランチョンマット等を敷き、小洒落たテーブル席仕様。会議室から拝借した長テーブルも同様に、カウンター席に代用。後ろに設置した棚には、電気ポットとティーセットも完備して準備万端。
「どうにか間に合ったな」
「ああ、後は......」
「見てくださーいっ」
本番前日と言うことで、クラスの準備に参加している
「どうでしょーか?」
「とても似合ってますよ」
「良いんじゃないか、動きやすそうだし」
「ありがとうございますっ」
満面の笑顔の
「じゃあ、ちょっと行ってくる。念のため最終チェック任せる」
「了解。やっておく」
「んー? どちらへ行かれるのですか?」
「注文したコーヒー豆を受け取りに行ってきます」
「手伝ってやりたいけど、こっちも重要なんだよな。万が一漏れがあったら、すぐに対処しないといけないし」
「そうなんですかー。あ、そうだっ」
何か思い立ったらしく、
注文していたコーヒー豆の入った袋を持ち、星ノ海学園へ戻るため駅へ向かって歩いている。その隣には、小さめの袋を担いだ
「重くないですか?」
「はい。大丈夫ですよ」
「
「12時に、昇降口の前で待ち合わせの約束をしています。
「
以前、
「じゃあ、
「はい。遊びに来てくださいね。特別サービスでおもてなししますので!」
「それは、楽しみですね」
ありがたい話しだけど、おそらくは行けない。
「じゃあ、性格は、今と全然違ったんですか?」
「そうなんです。もっと明るい? って感じでしょーか」
最寄り駅から星ノ海学園へ続く坂道の途中、
どんな感じだったのか、少し見てみたい気もする。
「ところで、記憶が戻るのはどんな感じですか? やっぱり、戸惑ったりしましたか?」
「うーん、そういうのは、あまりなかったかもです」
その辺は個人差があるみたいだ、と世間話をしているうちに、星ノ海学園に到着。クラスに戻ると、どことなく重苦しい空気が漂っていた。
教壇で腕を組み、難しい顔をしているゆり先生が、使いから戻ってきた俺たちに気づいた。
「おつかれさま。二人とも」
「ただいまでーす。どうしたんですか?」
「非常事態、大問題よ」
難しいを通り越して、眉尻を上げ、とても深刻そうな
「はわわっ、いったい何がっ?」
「当日のシフトよ。
要約すると、客寄せパンダ不在の時間が生じる、と。
打開策を見つけるため教室内を見回すと、逸材を見つけた。
「居るじゃないですか」
「どこに?」
「そこに」
俺は、ある人物を指差した。
「私ですか?」
「身長は、
「はぁ? 確かに、
やや引き気味に全身を眺め、全体像からイメージを作る。
「あの――」
「いける。ちょっと来てください。
「はーい」
見つけた逸材と
「どうですか?」
「あら、結構化けたわね。本性出さなきゃ、なんとかなるかしら?」
責任者から、ゴーサインが出た。これで、準備は全て完了。
いよいよ、学園祭当日がやって来た。
「カフェラテ、二つお願いしますっ!」
午前11時過ぎ。
「カフェラテ上がりました、お願いします。で、こんな所で油売ってていいんですか?」
作ったカフェラテを、接客を担当している女子に渡し、開店直後からカウンター席を占拠している、五人上級生に話かける。
「
「どうせ私たちは、今日で引退だしねー」
「三年間か。早かったような、短かったような......」
「どっちも同じじゃない」
頬杖を突きながら、窓の外の景色を遠い目をしてボケる
「みなさん、進路は決めたんですか?」
理事長室から拝借したミルで、コーヒー豆を挽きながら尋ねる。
「もうみんな、推薦で決まってるよ」
「まぁ、半分そのために生徒会に所属してたようなものだからな」
「身も蓋もないわね」
挽いた豆をフィルターに移し、コーヒーを淹れる。
「美味いな。酸味と苦味のバランスがいい」
「理事長オリジナルブレンドです。
「へぇ、メニューに合わせてくれてるんだ」
「ってことは、俺のは酸味を抑え目にしてくれてるのか。拘ってるな」
推薦で進学が決まっているということもあり、五人の会話には余裕が感じられた。少し早い思い出話しを聞きながら、次々入る注文を処理していくと、約束の時間が近づいて来た。教室の後部のドアが開き、昨日見た黄色の制服を着た
「おつかれさまでーす。交代の時間ですよー」
「
「はーいっ」
汚れても目立たない様に着けていた黒いエプロンを外して、
「あれ?」
昇降口の外に出たが。ぱっと見て、
「彼氏を待っているので」
近くで、聞き覚えのある不機嫌そうな声が聞こえた。
そちらを見ると、星ノ海学園の女子生徒が、二人組の他校の男子に絡まれていた。
「あっ!」
女子生徒と目が合う。
彼女は他校の男子たちの脇を通り抜け、両手で俺の腕に抱きついてきた。
「これ、あたしの彼氏!」
見せつけるようにして、その子が宣言すると、二人は舌打ちをして悪態をつきながら、校門の方へ歩いていく。
「ハァ、しつこかった。まったく、遅いっすよー」
めんどくさそうにタメ息をついてから、視線を俺に向け批難の言葉を口にする。
「すみません。えっと、その制服は?」
「ん? あっ!」
星ノ海学園の制服に身を包んだ少女は――しまったっ! と言った感じで声を上げた。
校舎に戻った俺は、校舎前でナンパされていた彼女と廊下を歩いていた。あの時、星ノ海学園の制服に身を包んでいた少女は、待ち人――
「来るの遅いからお腹空いたし、変な男子には絡まれるし、サプライズも失敗したじゃないっすかっ」
「いや、今も驚いてますよ。ナンパされたのは、
「まっ、いいっすけど」
教室に戻ると、予想通り廊下の外まで長い行列が出来ていた。こうなることを見越して事前に用意しておいた整理券が、大活躍している。
「すごい人ですね」
「今、
「なるほど、それで。じゃあ、またあとで来ましょう」
「そうですね。どこへ行きましょうか?」
「決まってるじゃないっすか」
おもむろに手を取って、少し早足で歩き出した
「おじゃましまーす」
ノックをすることなく、扉を開けた。
生徒会室の中では、
「誰かと思ったら
星ノ海学園の制服姿の
「何してんすか。はい、どうぞ」
「あ、ああ、悪い。じゃなくて、どうしたんだ? その制服......」
「理事長先生からいただきました。生徒手帳もありますよ。ほら」
「ホントだ。いろいろ端折られてるから訳がわからないけど」
「こんにちはー。
「こんにちはですー」
混乱している
「
「ありがと。
「ならないよ。てか、脈絡がなさ過ぎだ」
「細かいなー。さてさて、あたしたちもお昼にしましょう」
「
「お化け屋敷!」
「定番ですね」
ご所望のお化け屋敷を出し物としているクラスに到着。
「何で、僕まで......」
「いいじゃないっすか、見回りってことにしておけば。それとも~」
「......わかったよ、入ればいいんだろ」
その後、クラスの友だちと約束がある
「いらっしゃいませ。おや、
出迎えてくれたのは、無造作に乱れた髪ながら見栄えのいい長身の男子生徒。俺と
「そういうことっすか。眼鏡と髪形で変わるもんすね」
「フッフッフ、実は、他校の女子生徒から連絡先を聞かれましてね。それも、ひとりではなく複数人です。これは、私の人生始まって以来最大のモテキの到来です!」
「なら、
「はっ! いったい私は、どうしたらいいんでしょうかー!?」
抱えた頭を打ち付け、テーブルに突っ伏した。
「ひくなっ!」
「見てくれは変わっても、
何ごとかと他の客の注目を集めたが。
そうしてダベっているうちに、やや沈むのが早くなった太陽が、空をオレンジ色に染め始めた頃――。
「いらっしゃいませー。こちらの席へどうぞー」
接客しているのは、ピンクのエプロンを着た
学祭の終了時間まで、あと一時間弱。客足が途絶えてくると思っていたら、逆に客足が増え始めた。そのため、人手が足りなくなり「あんたたちも手伝いなさい。
「お待たせしました、コーヒーとパンケーキですっ。って! なんで、あたしが手伝わなくちゃならないのよっ!」
赤紫のエプロンを着たゆり先生は、客として来店した自分のクラスの教え子に不満をぶちまける。
「ゆり先生が言ったんじゃん、『全員で参加して楽しまないと意味ないのよっ』って」
「ちっ」
痛いところ突かれて舌打ち。なんとも大人げない。
「豆が切れました。取ってきますね」
「あ、はーい」
近くにいた
「あれ? もしかして、
「――え?」
廊下ですれ違った見知らぬ女性に声をかけられた。
セミロングの明るい茶髪、自然な薄化粧をしている。ゆり先生と同じくらいか、少し下くらいの女性。
誰だろうか。記憶を探るが見覚えはない。けど、俺の名前を知っていて、なおかつ下の名前で呼ぶ人物は限られている。面識はあるはず、少なくともこの人には。
「えっと、すみません」
「ううん、久しぶりだもん。背伸びたね。びっくりしちゃった」
「あ――」
その言葉と、名前を聞いて思い出した。
記憶の中の姿よりも、ずっと大人びているから気がつかなかった。
この
* * *
教室に戻ると、
カウンターの裏に回って、コーヒー豆を補充していると、突然背中に圧迫感を感じた。振り向いて確かめる。
「どうしたんだ?」
「いや、ちょっと......」
「二人で、なにしてんすか?」
黙ったまま息を潜めていた
「ああ~。そう言うことっすかー」
「知り合いですか?」
「
「べ、別に付き合ってた訳じゃないし」
もの凄くバツが悪そうに目を背けながら言った。
「
「はーい、了解っす」
パンケーキが二つ乗ったおぼんを手渡すと、意図を汲み取ってくれた
「はい、どうぞー」
「なんだよ?」
「
「......余計なことを」
「パンケーキ代は、あたしたちが出します。ちゃんと連絡しないとダメですよ」
「......わかったよ」
連絡先が書かれた紙を受け取り、二人とも通常業務に戻った。
そして――。
「みんな、お疲れさま! じゃあ行くわよっ? カンパーイ!」
無事に閉店を迎え、教室で打ち上げが始まった。それぞれ近くに居るクラスメイトと紙コップを合わせて、打ち上げ用に取り置きしておいたケーキやお菓子を肴に盛り上がる。
「
「おつかれっす」
「お疲れさまです。
「まったくだぜ。まぁ、退屈しのぎにはなったけどな」
四人で話していると「なあ、
「そんなの別にいいじゃない! ほら、あんたたちも呑みなさい!」
「ゆり先生、それ、お酒なんじゃっ!?」
暴走する担任を、生徒が制すという可笑しな状況。
少し話をしたあと、
「楽しかったですね」
「はい、とても賑やかでした。まさか、接客することになるとは思わなかったっすけど」
「はは、あの制服似合ってましたよ」
「そうですか? そう言えば、
「ああー......そうなりますね。昼食は適当に食べます」
今日は日曜日、明日は代休で火曜日から数日が後片付けになる。
「カップ麺だけとかはダメっすよー」
「わかってますよ」
翌朝。
「行ってきまーす」
「いってらっしゃい」
登校する
そして今、とある建物の前に立っている。
整理がついてからと考えていたけど。どうせ、いつかはやらなければならないことだ。これも何かの縁、いい機会だと言い聞かせて前を見る。
「よし、行くか......」
管理人から借りた鍵を回し、入り口のドアノブに手をかけた。