Charlotte ~時を超える想い~ -after story- 作:ナナシの新人
移転作業が済んだ屋内は、テーブルや本棚、生活雑貨などが多少残っているものの、既に生活感はなく閑散としていた。
うっすらと積もる埃が、歩く度に足跡を残す。
マスクと手袋を付けて、すっかり雰囲気が変わった室内を、古い記憶を頼りに進む。普段なら賑わいを見せるレクリエーションルームを抜け、階段を上った先の突き当たりの部屋の前で立ち止まる。
あの日――この部屋で目覚めた時から、全てが始まった。
学園祭で偶然出会った女性はかつて、この施設で同じ生活を送っていた女性。何度も“
初めての“
「さて、と」
時間は限られている、感傷に浸っている時間も惜しい。長年寝泊まりをしていた部屋に入り、先ずは固く閉ざされた窓を解き放つ。冬への移ろいを感じさせる晩秋の冷たい風が頬を撫でる。窓の外には、懐かしい街並みが広がっていた。
目を閉じて、ひとつ大きく息を吐き、後ろを振り返る。部屋の隅に置かれた複数のダンボール箱。
――よし、始めよう。
さっそく、作業に取りかかった。
* * *
季節がひとつ巡り、吐く息は白く、街を歩く人たちからはどことなくせわしなさを感じる師走の始め。積もらない程度の雪が舞う中、出先から神楽坂へ戻ってきた俺を、よく知る人物が待ち受けていた。
「来たか。おつかれ」
「どうした?
制服の上から星ノ海学園指定のコートをはおり、首にはマフラーを巻き、ポケットに手を入れて少し背を丸めている。その顔は遠目から見ても、鼻の頭が少し赤く染まっているもがわかった。そこそこ長い間、待っていたみたいだ。
「これから、ちょっといいか」
六本木タワービル12階。行きつけの食事処。
立ち話をするには辛い季節ということ、
運ばれてきたホットコーヒーを飲みながら、しばらく沈黙が続く、先に切り出したのは
「最近、何やってるんだ?」
「私用だ。大したことじゃない」
「それは、僕にも話せないようなことなのか?」
珍しい。妙に食い下がってくる。
「個人的な用事、話しても面白くないだけだよ」
少し目を落とした
「
――そうか、見られてたのか。まあ、あの辺りはTVのロケ地としてもよく使われてるから、可能性はゼロではないと思っていた。
「今日、お前が帰ったあと生徒会室でその話を、
「
「今から、少し時間あるか?」
事情は、だいたい把握した。
今度は俺が、
外に出ると、気温は更に下がり、芯から凍えるような寒さになっていた。目的地に向かう前に、近くのホームセンターで使い捨てカイロと懐中電灯を購入。
「懐中電灯って、どこへ行くんだ?」
「行けばわかる。お前に紹介したい人が居る」
「そっか、わかった」
ビニール袋からカイロを取り出し、駅構内のベンチに座った
「寒いぞ」
「ありがと」
電車からバスに乗り換え、最寄りのバス停で下車。この辺りは街灯も疎らで、足下も良くはない。予め購入しておいた懐中電灯で夜道を照らしながら歩を進める。
「結構、歩くんだな」
「ああ、不便な場所にあるんだ」
「不便な場所?」
しばらく歩き、暗い足下に注意をして長い石段を上り、六本木から一時間強。ようやく、目的地に到着した。
「ここは......そうか、そういうことか」
目的地に到達した
「僕、お前が一人暮らしじゃないって言った時、届いたんだって思ってた。けど、届かなかったんだな」
「ああ、届かなかった。
「......そっか。余計なお世話かも知れないけど、
「そうだな......」
奈緒には全部、片付いたら話すつもりではいた。けど、いい機会なのかもしれない。
「明日、学校休む」
「了解、ゆり先生に僕から伝えておく。あとさ――」
「わかってる。整理がついたら話す」
「そうしてやってくれ。それとなくぼかして伝えておくから」
「ああ。さあ、戻ろう」
踵を返して、来た道を戻る。
別の路線電車に乗った
玄関の前で、一度深呼吸をしてから、鍵を回して扉を開く。
「ただいま」
「おかえりなさい。遅かったですね」
声をかけると、
「
「そうっすか、
言われて気づいた。そういえば、昼から食べていない。
「そうですか。まだっすか」
今一瞬、口元が緩んだような。
「さあ、着替えて来てください。用意しておきますので」
急かされる形で、寝室へ。急いで着替えを済ませてダイニングに向かうと、テーブルの上には、二人分の料理が用意されていた。
「まだ、食べてなかったんですか?」
時刻は、22時を回っている。
「お気になさらずに。実は、新しいレシピに挑戦していて、少し時間が掛かったんです」
そう言って、
辛い想いさせてしまってもなお、まだ笑顔を向けてくれる。最悪だな、心が痛む。
「と言うことで、食べましょう。さすがにお腹が空きました」
「いただきます」
「どうぞー」
テーブルには、初めて見る
箸で摘まんで、口に運ぶ。違和感を感じた。初めての料理なのに、どこかで食べたことのあるような不思議と懐かしさを感じた。俗に云う既視感というやつだろうか。
「どうですか?」
「あ、はい。美味しいですよ。あの、これ......」
「ん?」
「いえ、何でもないです。食べましょう」
遅い夕食を食べて、並んで洗い物をして、少し熱め湯槽に浸かって、寝室のベッドで横になる。
目を閉じてから、どれくらいの時間がたっだだろうか。身体を隣に向ける。寝息は聞こえない。
きっとまだ、起きている。
そう思ったから、身体を起こして声をかけた。
「
「なんすか?」
身体を傾けて、こちらを向いた。
「明日、学校欠席します」
「体調、悪いんですか?」
身体を起こして、心配そうに聞いてきた。
「用事があって。あの、それでなんですけど。一緒に来てくれませんか?」
「――えっ?」
予想外の言葉だったのだろう。少し驚いた感じで、小さく声を上げた。
「期末も近いし、無理を言ってるのもわかるんですけど。でも、一緒に来てほしい」
「行きます」
「ありがとう」
翌朝、
「お待たせしました。では、行きましょう」
朝は、近所のファミレスで済ませた。
朝のラッシュ時と比べると、いくぶん空いたホームのベンチで電車の到着を待っていると、突然、クスッと笑った。
「どうしたんですか?」
「いえ、なんか懐かしいなーって。授業気にしないで、調査に出ていた頃のことを思い出してました」
「唐突でしたもんね、いつも」
「まだマシっすよ?
「はは、ご苦労さまでした」
「他人ごとだと思ってるっしょ。あなたの時も、同じくらい大変だったんですよ。能力効かないし、呼び出されるし。めっちゃ警戒してたんすから」
「その節はどうも、ご迷惑をおかけしました」
素直に頭を下げるしかない。
「まっ。こんな関係になるなんて夢にも思いませんでしたけど」
それは俺も、同じ気持ち。
「あ、来ましたね」
電車に乗って、バスに乗り換え、昨夜
「結構、歩くんすね」
「大丈夫ですか?」
手を伸ばすと、躊躇せずに握り返してくれた。
繋いだ手がじんわりと暖かくなる。
「もう少しです」
「んっ」
手を繋いで一歩一歩長い石段を登り、開けた場所に出た。
「ここは......お寺ですか」
「ええ」
都市部を外れた山間に、ひっそりと佇む古寺。
「こっちです」
一度手を離して、本道から細い脇道を行く。
目的地は、古寺の脇の墓地の一画にある、小さな墓石。
見覚えのあるスーツ姿の男女と、作業着姿の男性が複数人集まって会話をしていた。
スーツの男女は以前、文化祭の準備の時に偶然会った二人。
「おはようございます」
「
「はい。やっぱり、立ち会おうと思って」
「そうですか。きっと喜んでいらっしゃると思いますよ。ではみなさん、お願いします」
声を合図に、作業着を着た男性たちは、小さな墓石の撤去を始めた。墓の中に保管されていた骨つぼを受け取り、登ってきた石段を降り、入口付近の駐車場に停めてあった車に乗って移動。
車は、30分程走ると、広い駐車場に停車。車を降りて歩くこと数分。小高い丘の上にある霊園に到着。霊園は、隅々まで手入れが行き届いており。海と山の自然と、都心の街並みを一望できる。
「うわぁ~、キレイなところですね。見晴らしもいいですし」
「そうでしょ。お二人には、無茶なことを頼みましたから」
「そう言っていただけると、冥利に尽きます」
「こちらです、どうぞ」
二人の後をついて歩く。
真新しい墓石の前で歩みが止まった。中に、持ってきた骨つぼを納め、用意してくれた花束を手向ける。
「ありがとうございました」
二人に向かって、頭を下げる。
「いいえ、とんでもありません」
「ご挨拶させていただきます」
墓に手を合わせた二人は、俺たちに向き直した。
「我々は、この辺りで。お二人は、いかがなさいますか?」
「自分たちで帰ります。近くにバスも、電車もありますから」
「そうですか。それでは、失礼します」
「失礼いたします」
「ありがとうございました」
もう一度頭を下げて、二人を見送り。顔を上げて、
「
「いいえ、全然」
一度、深く呼吸。心を落ち着かせ、墓を見ながら話す
「不安な思いをさせて、ごめん。今さら言っても、言い訳にしかならないけど話しますね。
何も言わずに、ただ黙って聞いている。
「そのことで昨晩、
返事の代わりに、
「過去を変えて助けたかった。特殊能力者だけじゃなくて......両親も。だけど、届かなかった。“
特殊能力が発病するのは、思春期の間だけ。だとしたら、俺の思春期は早すぎる。実際、特殊能力が発病したのは、きっと
だけど俺は、記憶を持ったまま時を遡った。
「ここから先は、
「......はい」
目を閉じて話し始める。
あの時の想いを――懺悔の想いを。
「最後の“
目を開いて、目の前で眠る両親の真新しい墓を見る。
「助けたかった想いは本心。だけど、俺は......」
声が震える、この先を口にしたくない。
そんな想いが駆け巡る。だけど――声にしないと前に進めない。
「......戻ってきた日付を見た時、届かなかったのに、助けたかったのに。俺は、少しだけほっとしたんだ......それが、凄い嫌で......」
左手がギュッと握られた。
「
何度も、何度も同じ時間を繰り返してきた俺には、もう振り返るには遠すぎる。
「正直もう、両親の声はおろか、顔も上手く思い出せないんだ」
すすり泣く声が聞こえた。俺のものじゃない。隣を見る。
「どうしたの? どうして?
「わかんないっす。なんか、いろんな感情が湧いてきて――」
ポケットからハンカチを取り出して、彼女の大きく綺麗な瞳から頬を伝う涙を拭う。目を真っ赤にした
「もう、いいんですよ」
「......え?」
まるで子どもをあやすように、とても穏やかで優しい声で微笑む
「あれ? おかしいな。俺......」
――両親を亡くした時だって......。
「大丈夫、他には誰も居ません。ずっと、そばにいます。どうぞ」
その言葉を聞いた瞬間、張っていた気が解けた。
うつむいて、左手で顔を隠す。
「お疲れさま。よくがんばったね」
ずっと聞きたかった言葉。
その言葉を、彼女が代わりに言ってくれた。
もう、止まらなかった。
――この瞬間、すべてが報われた気がした。
ずっと忘れていた涙を......今、優しく抱きしめてくれた