Charlotte ~時を超える想い~ -after story-   作:ナナシの新人

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Episode13 ~涙~

 移転作業が済んだ屋内は、テーブルや本棚、生活雑貨などが多少残っているものの、既に生活感はなく閑散としていた。

 うっすらと積もる埃が、歩く度に足跡を残す。

 マスクと手袋を付けて、すっかり雰囲気が変わった室内を、古い記憶を頼りに進む。普段なら賑わいを見せるレクリエーションルームを抜け、階段を上った先の突き当たりの部屋の前で立ち止まる。

 

 あの日――この部屋で目覚めた時から、全てが始まった。

 

 学園祭で偶然出会った女性はかつて、この施設で同じ生活を送っていた女性。何度も“時空移動(タイムリープ)”を繰り返してきた俺には、もう記憶の片隅に微かに残る程度しか思い出せないけど、みんなのお姉さん的な存在だったことは覚えはある。

 初めての“時空移動(タイムリープ)”前は、進学を機に施設を離れてしまったから知らなかったけど、久しぶりの再会を懐かしむ会話の中で移転の話しを知った。当時、既に施設を出ていたから知らされなかったのか、それとも過去を変えたことで未来がこのように変わったのか。どうにせよ。全部に片が付いてから、とずっと先延ばしにしていた。そんな俺に、向き合うきっかけを与えてくれた。どれだけの時が経とうとも、幾つもの季節が巡ろうとも、お姉さんだった。

 

「さて、と」

 

 時間は限られている、感傷に浸っている時間も惜しい。長年寝泊まりをしていた部屋に入り、先ずは固く閉ざされた窓を解き放つ。冬への移ろいを感じさせる晩秋の冷たい風が頬を撫でる。窓の外には、懐かしい街並みが広がっていた。

 目を閉じて、ひとつ大きく息を吐き、後ろを振り返る。部屋の隅に置かれた複数のダンボール箱。

 ――よし、始めよう。

 さっそく、作業に取りかかった。

 

           * * *

 

 季節がひとつ巡り、吐く息は白く、街を歩く人たちからはどことなくせわしなさを感じる師走の始め。積もらない程度の雪が舞う中、出先から神楽坂へ戻ってきた俺を、よく知る人物が待ち受けていた。

 

「来たか。おつかれ」

「どうした? 有宇(ゆう)

 

 制服の上から星ノ海学園指定のコートをはおり、首にはマフラーを巻き、ポケットに手を入れて少し背を丸めている。その顔は遠目から見ても、鼻の頭が少し赤く染まっているもがわかった。そこそこ長い間、待っていたみたいだ。

 

「これから、ちょっといいか」

 

 六本木タワービル12階。行きつけの食事処。

 有宇(ゆう)とここへ来るのは二回目、個人的には前世以来来店。

 立ち話をするには辛い季節ということ、有宇(ゆう)の表情がいつもよりも深刻......とまではいかないが。少し真剣に思えたから、奈緒(なお)に遅くなると連絡を入れて、完全個室で気兼ねなく話せるこの店を選んだ。

 運ばれてきたホットコーヒーを飲みながら、しばらく沈黙が続く、先に切り出したのは有宇(ゆう)

 

「最近、何やってるんだ?」

「私用だ。大したことじゃない」

「それは、僕にも話せないようなことなのか?」

 

 珍しい。妙に食い下がってくる。

 

「個人的な用事、話しても面白くないだけだよ」

 

 少し目を落とした有宇(ゆう)は、呟くように言った。

 

柚咲(ゆさ)がさ。先週、お前が女の人と歩いてるところを見たって」

 

 ――そうか、見られてたのか。まあ、あの辺りはTVのロケ地としてもよく使われてるから、可能性はゼロではないと思っていた。

 

「今日、お前が帰ったあと生徒会室でその話を、友利(ともり)が聞いちゃったんだ」

 

 奈緒(なお)は、星ノ海学園の制服を持っている。サプライズで迎えに来たところで偶然聞いてしまい、柚咲(ゆさ)を問い詰めたと言うことらしい。

 

表情(かお)には出さなかったけどさ。あんな様子の友利(ともり)、初めて見た。結構、責任感じてるみたいなんだ。もし――」

「今から、少し時間あるか?」

 

 事情は、だいたい把握した。

 今度は俺が、有宇(ゆう)を連れ出す。

 外に出ると、気温は更に下がり、芯から凍えるような寒さになっていた。目的地に向かう前に、近くのホームセンターで使い捨てカイロと懐中電灯を購入。

 

「懐中電灯って、どこへ行くんだ?」

「行けばわかる。お前に紹介したい人が居る」

「そっか、わかった」

 

 ビニール袋からカイロを取り出し、駅構内のベンチに座った有宇(ゆう)に向かって軽く投げて渡す。

 

「寒いぞ」

「ありがと」

 

 電車からバスに乗り換え、最寄りのバス停で下車。この辺りは街灯も疎らで、足下も良くはない。予め購入しておいた懐中電灯で夜道を照らしながら歩を進める。

 

「結構、歩くんだな」

「ああ、不便な場所にあるんだ」

「不便な場所?」

 

 しばらく歩き、暗い足下に注意をして長い石段を上り、六本木から一時間強。ようやく、目的地に到着した。

 

「ここは......そうか、そういうことか」

 

 目的地に到達した有宇(ゆう)は、全てを察したらしく、身体の緊張が解けたのが目に見えて分かった。

 

「僕、お前が一人暮らしじゃないって言った時、届いたんだって思ってた。けど、届かなかったんだな」

「ああ、届かなかった。柚咲(ゆさ)さんが見たのは、このことでな。大変だっただろ」

「......そっか。余計なお世話かも知れないけど、友利(ともり)に話してやってもいいんじゃないか?」

「そうだな......」

 

 奈緒には全部、片付いたら話すつもりではいた。けど、いい機会なのかもしれない。

 

「明日、学校休む」

「了解、ゆり先生に僕から伝えておく。あとさ――」

「わかってる。整理がついたら話す」

「そうしてやってくれ。それとなくぼかして伝えておくから」

「ああ。さあ、戻ろう」

 

 踵を返して、来た道を戻る。

 別の路線電車に乗った有宇(ゆう)と別れて、神楽坂へ。

 玄関の前で、一度深呼吸をしてから、鍵を回して扉を開く。

 

「ただいま」

「おかえりなさい。遅かったですね」

 

 声をかけると、奈緒(なお)が普段と変わらない態度で出迎えに来てくれた。

 

有宇(ゆう)と話していました」

「そうっすか、乙坂(おとさか)さんと。じゃあ、晩ご飯は一緒に済ませましたか?」

 

 言われて気づいた。そういえば、昼から食べていない。

 

「そうですか。まだっすか」

 

 今一瞬、口元が緩んだような。

 

「さあ、着替えて来てください。用意しておきますので」

 

 急かされる形で、寝室へ。急いで着替えを済ませてダイニングに向かうと、テーブルの上には、二人分の料理が用意されていた。

 

「まだ、食べてなかったんですか?」

 

 時刻は、22時を回っている。

 

「お気になさらずに。実は、新しいレシピに挑戦していて、少し時間が掛かったんです」

 

 そう言って、奈緒(なお)は小さく微笑んだ。

 辛い想いさせてしまってもなお、まだ笑顔を向けてくれる。最悪だな、心が痛む。

 

「と言うことで、食べましょう。さすがにお腹が空きました」

「いただきます」

「どうぞー」

 

 テーブルには、初めて見る料理(おかず)が並んでいた。

 箸で摘まんで、口に運ぶ。違和感を感じた。初めての料理なのに、どこかで食べたことのあるような不思議と懐かしさを感じた。俗に云う既視感というやつだろうか。

 

「どうですか?」

「あ、はい。美味しいですよ。あの、これ......」

「ん?」

「いえ、何でもないです。食べましょう」

 

 遅い夕食を食べて、並んで洗い物をして、少し熱め湯槽に浸かって、寝室のベッドで横になる。

 目を閉じてから、どれくらいの時間がたっだだろうか。身体を隣に向ける。寝息は聞こえない。

 きっとまだ、起きている。

 そう思ったから、身体を起こして声をかけた。

 

奈緒(なお)さん、起きてますか」

「なんすか?」

 

 身体を傾けて、こちらを向いた。

 

「明日、学校欠席します」

「体調、悪いんですか?」

 

 身体を起こして、心配そうに聞いてきた。

 

「用事があって。あの、それでなんですけど。一緒に来てくれませんか?」

「――えっ?」

 

 予想外の言葉だったのだろう。少し驚いた感じで、小さく声を上げた。

 

「期末も近いし、無理を言ってるのもわかるんですけど。でも、一緒に来てほしい」

「行きます」

「ありがとう」

 

 翌朝、奈緒(なお)は学校に欠席の連絡を入れてから、リビングに姿を見せた。見慣れた附属の制服姿とも、普段の部屋着とも、カワイイ系の私服姿とも違って、清楚系で落ち着きを感じる、少し大人びたコーディネート。

 

「お待たせしました。では、行きましょう」

 

 朝は、近所のファミレスで済ませた。

 朝のラッシュ時と比べると、いくぶん空いたホームのベンチで電車の到着を待っていると、突然、クスッと笑った。

 

「どうしたんですか?」

「いえ、なんか懐かしいなーって。授業気にしないで、調査に出ていた頃のことを思い出してました」

「唐突でしたもんね、いつも」

「まだマシっすよ? 乙坂(おとさか)さんの時なんて、奪われる危険を常に伴っていたので、高城(たかじょう)と交代で何日も張り込みしてましたし」

「はは、ご苦労さまでした」

「他人ごとだと思ってるっしょ。あなたの時も、同じくらい大変だったんですよ。能力効かないし、呼び出されるし。めっちゃ警戒してたんすから」

「その節はどうも、ご迷惑をおかけしました」

 

 素直に頭を下げるしかない。

 

「まっ。こんな関係になるなんて夢にも思いませんでしたけど」

 

 それは俺も、同じ気持ち。

 

「あ、来ましたね」

 

 電車に乗って、バスに乗り換え、昨夜有宇(ゆう)を連れていった場所を目指す。

 

「結構、歩くんすね」

「大丈夫ですか?」

 

 手を伸ばすと、躊躇せずに握り返してくれた。

 繋いだ手がじんわりと暖かくなる。

 

「もう少しです」

「んっ」

 

 手を繋いで一歩一歩長い石段を登り、開けた場所に出た。

 

「ここは......お寺ですか」

「ええ」

 

 都市部を外れた山間に、ひっそりと佇む古寺。

 

「こっちです」

 

 一度手を離して、本道から細い脇道を行く。

 目的地は、古寺の脇の墓地の一画にある、小さな墓石。

 見覚えのあるスーツ姿の男女と、作業着姿の男性が複数人集まって会話をしていた。

 スーツの男女は以前、文化祭の準備の時に偶然会った二人。

 

「おはようございます」

宮瀬(みやせ)さん、おはようございます。いらっしゃったんですね」

「はい。やっぱり、立ち会おうと思って」

「そうですか。きっと喜んでいらっしゃると思いますよ。ではみなさん、お願いします」

 

 声を合図に、作業着を着た男性たちは、小さな墓石の撤去を始めた。墓の中に保管されていた骨つぼを受け取り、登ってきた石段を降り、入口付近の駐車場に停めてあった車に乗って移動。

 車は、30分程走ると、広い駐車場に停車。車を降りて歩くこと数分。小高い丘の上にある霊園に到着。霊園は、隅々まで手入れが行き届いており。海と山の自然と、都心の街並みを一望できる。

 

「うわぁ~、キレイなところですね。見晴らしもいいですし」

「そうでしょ。お二人には、無茶なことを頼みましたから」

「そう言っていただけると、冥利に尽きます」

「こちらです、どうぞ」

 

 二人の後をついて歩く。

 真新しい墓石の前で歩みが止まった。中に、持ってきた骨つぼを納め、用意してくれた花束を手向ける。

 

「ありがとうございました」

 

 二人に向かって、頭を下げる。奈緒(なお)も一緒に頭を下げた。

 

「いいえ、とんでもありません」

「ご挨拶させていただきます」

 

 墓に手を合わせた二人は、俺たちに向き直した。

 

「我々は、この辺りで。お二人は、いかがなさいますか?」

「自分たちで帰ります。近くにバスも、電車もありますから」

「そうですか。それでは、失礼します」

「失礼いたします」

「ありがとうございました」

 

 もう一度頭を下げて、二人を見送り。顔を上げて、奈緒(なお)を見る。

 

奈緒(なお)さんも、ありがとうございました」

「いいえ、全然」

 

 一度、深く呼吸。心を落ち着かせ、墓を見ながら話す

 

「不安な思いをさせて、ごめん。今さら言っても、言い訳にしかならないけど話しますね。柚咲(ゆさ)さんが見た女性は、さき程の女性です。先週の放課後、ここ以外の候補を案内してもらっていました」

 

 何も言わずに、ただ黙って聞いている。

 

「そのことで昨晩、有宇(ゆう)に怒られました。話してやれって。聞いてくれますか?」

 

 返事の代わりに、奈緒(なお)は頷いた。

 

「過去を変えて助けたかった。特殊能力者だけじゃなくて......両親も。だけど、届かなかった。“時空移動(タイムリープ)”で戻れたのは、使用者の特殊能力が発病した日。俺には、5年前の秋が限界だったんだ」

 

 特殊能力が発病するのは、思春期の間だけ。だとしたら、俺の思春期は早すぎる。実際、特殊能力が発病したのは、きっと奈緒(なお)有宇(ゆう)と同じくらいの年齢だった。

 だけど俺は、記憶を持ったまま時を遡った。隼翼(しゅんすけ)が“時空移動(タイムリープ)”で過去に飛んだ先の日、5年前の秋が、俺の特殊能力発病の日になったのだろう。そうでないと、矛盾が発生してしまう。

 

「ここから先は、有宇(ゆう)にも話していない。あなたにだけ話します」

「......はい」

 

 目を閉じて話し始める。

 あの時の想いを――懺悔の想いを。

 

「最後の“時空移動(タイムリープ)”。過去に戻った日、もしかしたらって思ったけど、やっぱり届かなくて......。だけど俺には、絶対に成し遂げないといけないことがあったから『仕方ない、最初からこうなることも覚悟していた』。そう自分に言い聞かせて、半ば強引に受け入れて、前に進んだ」

 

 目を開いて、目の前で眠る両親の真新しい墓を見る。

 

「助けたかった想いは本心。だけど、俺は......」

 

 声が震える、この先を口にしたくない。

 そんな想いが駆け巡る。だけど――声にしないと前に進めない。

 

「......戻ってきた日付を見た時、届かなかったのに、助けたかったのに。俺は、少しだけほっとしたんだ......それが、凄い嫌で......」

 

 左手がギュッと握られた。

 

奈緒(なお)には、分かり合うには早い方がいいとか、偉そうなこと言っておきながら。もし届いたら、どんな顔をして会えばいいのか分からなくて......だから――。俺、そんな出来た人間じゃないんだ......」

 

 何度も、何度も同じ時間を繰り返してきた俺には、もう振り返るには遠すぎる。

 

「正直もう、両親の声はおろか、顔も上手く思い出せないんだ」

 

 すすり泣く声が聞こえた。俺のものじゃない。隣を見る。

 

「どうしたの? どうして? 奈緒(なお)が泣いてるの?」

「わかんないっす。なんか、いろんな感情が湧いてきて――」

 

 ポケットからハンカチを取り出して、彼女の大きく綺麗な瞳から頬を伝う涙を拭う。目を真っ赤にした奈緒(なお)は、俺をまっすぐ見つめ、背伸びをして抱き寄せるように、左手を背中に回し、右手で頭を撫でる。

 

「もう、いいんですよ」

「......え?」

 

 まるで子どもをあやすように、とても穏やかで優しい声で微笑む奈緒(なお)の顔がぼやけた。

 

「あれ? おかしいな。俺......」

 

 ――両親を亡くした時だって......。

 

「大丈夫、他には誰も居ません。ずっと、そばにいます。どうぞ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、張っていた気が解けた。

 うつむいて、左手で顔を隠す。奈緒(なお)は、両腕でしっかり抱き締めてくれた。

 

「お疲れさま。よくがんばったね」

 

 ずっと聞きたかった言葉。

 その言葉を、彼女が代わりに言ってくれた。

 もう、止まらなかった。

 

 ――この瞬間、すべてが報われた気がした。

 

 ずっと忘れていた涙を......今、優しく抱きしめてくれた奈緒(なお)の腕の中で流した。

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