Charlotte ~時を超える想い~ -after story- 作:ナナシの新人
人出の多い昼下がりの帰り道。
満員電車とまではいかないものの、それなりに混雑している車内で、お互い言葉は交わさず、手を繋いで寄り添い合って電車に揺られているのは、なかなか居心地の悪いものだった。他の乗客からみれば、バカップルか、はたまた新手の修羅場か、なんとも微妙な空気感。とは言っても、ただの自意識過剰なだけなんだろうけど。
「次で降りて、タクシーにしましょうか」
「あと二駅ですよ。それに、そっちの方が気まずいかと」
確かに。涙は乾いているとはいえ、もし渋滞に捕まろうものなら密室で長時間の拘束、想像を絶する気まずさが待ち受けている。正しく誰も得をしない。極力気にしないように努めて、最寄り駅で下車。近所のスーパーで食料を調達してから、帰宅。お互い部屋着に着替えて、食べ損ねた昼食の分少し早めに夕食の準備に取りかかった。
「何を作るんですか?」
「それは、出来てからのお楽しみです。今日も、新メニューに挑戦しようと思っているので、ちょっと時間かかるかもです」
「じゃあ、手伝わせてください」
「ん、お願いしまーす」
久しぶりに、二人並んでキッチンに立った。
しかしながら、献立はふせられているため手伝えることは限られている。下ごしらえをしている間に、米を炊いておく。
そして出来上がった料理を、野球の試合後の時のように、今はコタツに替わったリビングに運ぶ。箸と飲み物、炊き上がった米を盛った茶碗を準備して、一緒にコタツに入った時には、十六時を回っていた。
「さすがに、ちょっと狭いですね」
「でも、暖かいっす。さぁ、冷めないうちに食べましょう」
手を合わせて、ご相伴に与る。
一番最初に手に付けたのは、手間をかけて作ってくれた新メニュー、グラタン。スプーンで掬った白い湯気が立つグラタンを、火傷しないように少し冷ましていると、隣から視線を感じた。新メニューのためか、期待半分緊張半分といったご様子。
「どうぞ」
「あ、あーん」
半ば強引にスプーンを口元へ差し出す。うれし恥ずかしそうに開けた口が閉じられようしたその時、来客を知らせるインターフォンが鳴り響いた。
「誰か来たみたいですね」
「まったく、空気読まないな。はいはい、今行きますよー」
先ほどまでとは打って変わって、若干不機嫌そうに口を尖らせてながら、コタツを出た。
しばしのお預け。料理に手を付けず待っていると、
客人は、
「あれ? もう晩飯だったのか?」
「わぁー、おいしそ~」
コタツの上に並ぶ料理を見た二人は、それぞれ違った感想を述べる。
とりあえず、座ってもらって用件を伺うことに。
「やっぱ、
「ほんと、おいしい!」
二人とも、ちゃっかり料理をつついている。
「それで今日は、二人揃ってどうしたんですか?」
「ああ、そうだった。こいつを渡しに来たんだよ」
箸を置いた
「
「会場は、
封を切って、手紙に軽く目を通す。
「あれ? クリスマス当日じゃないんすね」
「
24日25日の二日間の公演予定。俺たちは25日、クリスマス当日に本人から招待を受けている。
「それに~、イブは二人で過ごしたいでしょ?」
「当然だよな」
息ピッタリ、二人は、少しからかうように笑った。
――だけど、クリスマスか。
今まで特別意識する機会は殆どなかったけど、今回は一緒に過ごせる。ちゃんと考えておこう。
「さて、冗談はこれくらいにして。元気そうで安心した。今朝、
「こんなに献身的に看病してもらえば、すぐよくなるわよね。でも
「
大筋は間違ってはいないけど、ものすごく誤解を与えそうな切り取り方だ。
「......そうか。気持ちはわかるぞ。
「何の話しですか?」
「体調不良にかこつけて、エロいこと――」
「してないし、させてません」
言い切る前にきっぱり否定しておく。
想定していた中で一番上のカテゴリーの答えだった。
「そもそも、私用で休んだだけです」
「ほんとぉ~? あやしいわねー」
「ははは。まぁ、それとなく聞いてたけどな」
謀られた。思わずタメ息が漏れる。
今ので満足したのか、食事に戻る。多めに炊いておいて正解だった。
「おかわり、いかがですかー?」
「ありがとう、いただくよ。おっと、
スマホを手に持って、
「これ、全部
「いえ。今日は、二人で作りました」
「手伝っただけですよ。献立も、味付けも、
「そう......」
神妙な面持ちで顔ふせた
「
* * *
二人が帰った後、食器を片づけて、寝室に入った。
「どうしたんすか?」
「一緒に見てほしい物があって」
自分のベッドに下に置いておいた、施設から持ってきたダンボール箱を取り出す。すると、ベッドに座っていた
「ごめんなさい!」
ベッドの上で、謝罪の言葉と一緒に頭を下げた。
「えっと、何がですか?」
突然の行動に戸惑いを隠せない。理由を聞く。
顔を上げた
「これを――」
「これは?」
受け取ったノートを開く。
「レシピノート?」
「......はい。
昨日、部屋の掃除をしていた時、このダンボールを見つけたらしい。目を戻して、流し読む。
昨日の夕食から、ずっと感じていた既視感の理由がわかった。
レシピノートには昨夜、そして今晩、
「その~、エッチな本かな~って思いまして」
「いいですよ、
「あ、はいっ」
レシピノートは横に置いて、ダンボールの封を開く。俺の隣に座った
どうやら、見たのはレシピノートだけみたいだ。
「あっ、アルバムはっけ~ん。見ていいですか?」
「どうぞ」
「
「おお~、お父さん、めっちゃイケメンっすね! ん? なんすか?」
「
「あたし?」
手紙を
――こういう顔だったかな。
記憶を辿ってみても、やはり思い出せない。
「お母さんも、キレイな方ですね」
「手紙、何が書いてあったんですか?」
「
「......そう、ですか。よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
お互い頭を下げて、顔をあげる。それがなんだか可笑しくて、お互い笑顔になっていた。アルバムに視線を戻して、ページを進める。捲る度に二人の姿は年を重ね、やがて、小さな子どもの姿が見られるようになった。
「すっげー、かわいいっ。お母さん似っすねっ」
「う~ん、そうですか?」
――自分じゃよくわからないな。
アルバムを
1998/×/××。
今日から、日記を付けることにした。
記念すべき初めての日記。その内容は、今日、病院に行ったら「おめでたです」と、先生から知らされた!
嬉しくて涙が止まらなかった。あの人に話したら、どんな顔するかな? すごく楽しみ。
――母の日記。
俺が、母の身体に宿ったのを知った日から始まっていた。
1998/×/××。
今日は、定期健診の日。順調に大きくなってるみたい。
この子に逢える日が待ち遠しいなー。
そうそう、あの人は今日もたくさんのベビー用品を買って帰って来たんだよ。まだまだ先の事なのにね。
日記は、一日も書かすこと無く続いている。
そして、次のページを捲る。
「
「ん?」
アルバムに夢中になっていた
日記に落としていた顔を勢いよく上げ、信じられないといった感じで目を大きく見開いる。
「これ、すごい......運命っすよっ」
「そう、なのかも」
「かもっ?」
ハッキリ肯定しなかったからか、批難の視線をいただいた。
「......運命ですね」
「ですよね!」
満面の笑顔。
今まで見た笑顔の中で一番の笑顔かもしれない。
「今日は、この辺りにしておきましょう」
「続き読まなくていいんですか?」
「時間はあるから。それに......今日は、少し疲れました......」
「そうっすか。じゃあ今日は早めに休みましょう。お風呂沸かしてきます」
先に風呂をいただき、間接照明の柔らかな光が灯る寝室のベッドで横になる。
同じベッドの中で横になっている彼女は、微笑んでいた。
「初めてっすね」
「うん?」
「来てほしいって言ってくれたの」
「ああ......そうですね」
話している間に眠ってしまったりとか、手を繋いだままとかはあっても、一緒に寝たいと言ったのは初めて。彼女も、一瞬驚いていた。
「全然嫌じゃないっすよ。むしろ嬉しいですし、温かいし」
そう言ってくれても、自分でも分かるくらい今日の俺は何処かおかしい。誤魔化すように、話題を振った。
「来週からは、忙しくなりますね」
「月曜からは期末試験。冬休みに入ったら、
「
「はぁ~、そうなんすよねー」
少し困った感じかな。
「う~ん......あたしひとりだと限界があるんすよね。あ、そうだ。スマホを取りたいんで、ちょっといいですか?」
「ダメ」
「嬉しいっすけどー」
優しく抱き留める。嬉しそうに困ってる。
「冗談。はい、どうぞ」
身体を抱いている腕を放す。
自分のベッドで充電していたスマホを持って、隣に戻ってくる。
「さむっ! 暖冬って言ったの誰っすか。まったく」
わざとらしく悪態をつきながら身を寄せ、スマホをいじる。
「目、悪くなりますよ?」
「少しだけですから」
「
「はい?」
枕元に置いてあるスタンドライトと点けて、PCメガネを
「うん、似合ってる」
「そうっすか? 普段かけないから何か変な感じ......えっと、あった」
「
「はい。あたしだけですと、バリエーションが心許ないので。よし、と」
「クリスマスパーティーのプレゼントも考えておかないといけないですね」
「
今度一緒に探す約束した。
どこで探そうか話していたところ、俺は、いつに間にか眠りについていた。
夢を見ていた。遥か昔の遠い記憶。
顔も、声も思い出せない両親の夢を――。
話すことも、もちろん触れることも出来ない。
それでも、夢の中の二人は、仲むつまじく寄り添い合って微笑みかけてくれているように感じた。
お疲れさま、とねぎらってくれているかのように。
* * *
翌朝、妙にくすぐったい感覚で目が覚める。
「おはようございまーす」
「......
「そうですよ」
笑顔の
暖かなぬくもり、やわらかい手の感触、甘い香りに包まれて、また眠ってしまいそうになる。
「これも初めてっすね。あたしが先に起きてるの」
確かにその通りだ。俺の方が遅いことは、今まで一度もなかった。
時計を見る。いつも目の覚める時間よりも一時間以上遅い。
それ以前に、ここまで熟睡したのは何年――いや、もう思い出せないくらい前のこと。
「さあ、朝ご飯にしましょう」
「簡単なもので......」
「実は、もう出来てます。今、コーヒーを淹れているので、先に顔を洗ってきてください」
「わざわざ?」
「それを聞くのは野暮です」
「ですね。着替えてから行きます」
「はーい」
いつも通りの美味しい朝ごはんをいただき、いつもとは違って少し慌ただしく家を出た。
師走の暦通り、駆け足で日々は過ぎ去り、期末試験を終えて、短縮授業の放課後を迎えた。
自宅玄関を開けると、先に帰ってきていた
「おかえりなさいませ。お三方は、いらっしゃいませ。ささ、お上がりください」
「おじゃましま~すっ」
「邪魔するぜ」
「お邪魔します」
リビングに荷物を置いて、キッチンに入る。
キッチンテーブルの上は、様々な食材が陣取っていた。
「それでは、始めましょう」
「一緒にがんばりましょー!」
「二人とも、お願いしますっ」
先日の
それは――
彼女が料理を教わりたい理由は......容易に想像が付く。
「ところで、
一人だけエプロンを付けていない
「あたしは、食べる担当だ」
「あはは、そうですか。助かります」
「だろ?」
これだけの食材、五人いるとは言え、俺以外は女性。
食べる担当と宣言してくれた彼女の存在は、実に頼もしい限り。それよりも、快く引き受けてくれたはいいが、ライブのリハーサルは大丈夫なのだろうか。
「心配すんな、今日と明日はオフだ。いい気分転換になるだろうからよ」
「そうですか。じゃあ俺は、寝室にいますので。何かあれば声をかけてください」
「あっ、はーい。了解っす」
断りを入れて、寝室兼仕事兼
「あたしも行っていいか?」
「構いませんけど、特に面白くないですよ?」
「暇潰しにはなるだろ。ほら、行くぞ」
「ひくなっ!」
寝室に入るなり、
「いきなり何ですか?」
腕を組んでいた
「1LDKだから仕方ないんですよ」
「それじゃない。あれだっ!」
「はい?」
もう一度よく見る。
一つのベッドの上に並んだ二つの枕。なるほど、彼女が勘違いするのも無理はない状態だった。
「あたしはいい。けどな、
「別に、
「嘘つけ!」
「ほんとですよ」
「さて、時間が無いので始めます」
「ったくよ」
PCを立ち上げ、さっそく作業開始。
普段この時間は、学校に居るため本格的に作業をするのは久しぶりだった。作業を始めてから数分も足らずで、
しばらくして、
出来上がった料理の味見をしてほしいとのことだった。三人一緒にキッチンへ戻る。テーブルに料理が並んでいる。
「どうかな?」
「美味しいですよ」
「ああ。結構、うめーな」
「ほんと!? よかった~」
翌日の放課後は、ケーキ作りなのだが。思いのほかバターが必要らしく、途中で足りないことに気がつき、
「お姉ちゃんの言った通りですね」
「
「はい。
「ああー......」
意識はしてなかったけど、確かにそうかも。多分それは、アメリカの親友二人が、そういった行動を自然と取っていたから、俺も自然と身に付いたんだろう。
「お姉ちゃん、『あたしを女扱いするなんてな』ってよろこんでましたよ」
笑顔の
「......悪かったな」
「はい?」
この時は結局、理由は教えてもらえなかった。
この謝罪の意味を知ったのは、数日後のことだった。