Charlotte ~時を超える想い~ -after story- 作:ナナシの新人
見慣れたいつもの街は、様々な色の煌びやかな装飾で彩られ。宣伝の看板を持ったサンタ衣装のケーキ屋の店員、子ども連れの家族、同年代の仲間連れ、カップルの姿が多く見られ、クリスマスムード一色で賑わう街を大勢の人たちが行き交っている。
俺たちも、その中のひと組。
カフェの二人掛けのテーブル席で対面して座っている彼女も今日は、一段と気合いが入っている。
「ん? どうしたんすか」
「人出が多いなって思って」
ガラス窓の外へ目を向ける。
「当たり前っすよ。クリスマスなんですから」
今日は、12月24日。クリスマス本番は明日。ただ明日は、
昼は、
「喜んでくれてよかったですね。アンゴラウサギのぬいぐるみ」
彼女の親友からウサギ好きと聞いて選んだ贈った普通のウサギのぬいぐるみと比べて、毛玉のように丸いフォルムのぬいぐるみを。抱いてみたり、頭の上に乗せてみたりして、最終的には膝の上に納まっていた。
「それは、いいんですけど~」
湯気の立つティーカップをかき混ぜながら、少しだけ複雑そうな
「勘違いされていたのは、驚きました。まぁ、今思えば仕方なかったかもっすけど」
その誤解は、見舞いを重ねていくうちに自然と解けたらしいのだが。年頃の女の子の
「ああ言っておくのが一番なんすよ。一目惚れって言っておけば、みんな納得してくれますし。文化祭の時に学びました」
少し目を細めて恨めしそうな表情を向けられる。女子校ということも相まって、結構突っ込んだことも聞かれたようだ。愛想笑いで誤魔化し、店内の掛け時計に目をやる。
「そろそろ時間ですね」
「あ、ホントだ。少し急ぎましょう」
会計を済ませ、
「そんなにかしこまらなくてもいいのよ。楽にしてね」
と、いつものように優しい笑顔で気遣ってくれるのだけれど。こればかりは、なかなか慣れないもので。
「それならいっそのこと、
「あら、それいいわね」
「さすがにそれは――」
――まだ早いというか、なんと言うか。こちらの戸惑いなんてものはお構いなしに、
「レコーディングですか?」
お茶をいただきながらの会話。話題は今日、所属しているレコード会社のイベントで他県でのクリスマスライブに参加している、
「そうなの。年末は帰省出来るって話しだったんだけど、急遽指名されたらしくて。これ、二人に渡しておいてって」
テーブルに置かれた一枚のCDは、音楽番組や、店内の放送でも最近よく耳にするバンドのアルバム。ケースの裏面に
「小規模のフェスには出演していたけど。本格的なメジャーデビューになるのかしらね」
「スゴい!」
――ほんと、凄い人だ。まだ夢半ばなのかもしれない。だけど、自在の音を変化させられる特殊能力を失っても諦めずに、自身の目標に向かって一歩一歩着実に進んでいる。話しが止まない俺たちに、
「じゃあ、ちょっと置いてきますね」
「一緒に行きます」
「大丈夫、すぐそこだから」
「そうっすか? では、待ってます」
一度、ひとりで自宅へ戻る。預かったCDを棚に置いて、クローゼットにしまっておいたクリスマスプレゼントを持って、迎えに行く。二人は、玄関先で話しながら待っていた。
「お待たせしました」
「いえ。じゃあお母さん、行ってきます」
「はい、いってらっしゃい。気をつけてね」
手を振って見送られてながら、実家を離れる。
次にいく場所が、今日のメイン。どこへ行くかは、伝えていない。
「暗くなってきましたね。どこへ行くんすか?」
「初めて出会った街」
連れてきた場所は、初めて出会った街――六本木。
ちょうど夕食時。以前居住を構えていたシンボルタワー内に暖簾を構える、馴染みの食事処へ連れてきた。完全個室で、周りを気にせずに食事も、夜は夜景も一望できる穴場スポット。
「めっちゃ高そうなんっすけど」
「そうでもないですよ」
基本的なグラウンドメニューは。さすがに今日は、特別なコース料理をオーダーしてあるけど。
「あそこのカフェでよかったのに......」
少し不満気にそう言うと、初めてのデートで行ったカフェへ目を向けた。そのカフェも今夜は、大盛況。落ち着いて食事を楽しめる雰囲気じゃなさそう。
「今日は、特別ということで」
「特別ですか?」
「周りを気にせず、誰にも邪魔されないで、一緒に過ごしたいから」
「そ、そうっすか。じゃあ、今日だけ特別ということで」
年末のイベントについて話しをしながら、運ばれてきた料理を堪能、食べ終えた食器を片してもらう。落ち着いたのを見計らい、淡いピンク袋でラッピングされたクリスマスプレゼントを渡した。
「メリークリスマス」
「ありがとうございますっ! なんだろ~? 開けていいっすか?」
どうぞ、と頷くと。丁寧にヒモを解いて、プレゼントを取り出した。
「おおっ、最新の音楽プレーヤー! それに、
喜んでもらえてよかった。いつも「これで、十分ですので」と言って、スマホで音楽を聴いていた。本当は、アクセサリーとかの方が今日の雰囲気に合っていたんだろうけど。もっと特別な時にプレゼントしようと思う。それに、こんなに喜んでもらえると、なんだかこっちまで自然と嬉しくなる。
「えっと、じゃあ、あたしからも......」
プレゼントをバッグにしまった手が、不意に止まった。そして、チラッと一瞬こちらを見て。意を決したように、綺麗にラッピングされた長方形の箱を、テーブルに置いた。
「ど、どうぞ」
「ありがとうございます」
持った感じ、結構軽い。
「開けてもいいですか?」
「今、開けるんすか......?」
「やっぱり、帰ってからにします」
ホッとした様子で、胸をなで下ろした。
本当に、なんなんだろうか。
とりあえず、プレゼントのことは一旦置いておき。会計を済ませ、タワービルの屋上に造られた展望台に出た。冷たい北風が、都心部特有のビル風と一緒に吹き抜け、吐く息を息を白く染めた。
「わっ、想ったよりも寒いっすね」
「そうですね。マフラー......」
「よっと」
突然、腕に抱きついて来た。
「ん。だいぶ温かくなりました。もう少し奥の方へいきしょー」
そのまま、転落防止のフェンス際へまで行く。
転落防止の策の向こう側には、東京の眩い夜景が広がっている。高層ビルの窓から漏れる黄色系の光の中でも一際目立つ、東京を象徴する二本のシンボルタワーも今日は、クリスマス仕様の特別カラーでライトアップされている。下を見れば青、白、青紫のイルミネーションで彩られた歩道が、まるで川のように遠くまで続いていた。
キャンプの時に一緒に見た、無数の星々が瞬く自然の夜景とは、また少し違った感じのキレイさがある。ふと気がつくと、周りはいつの間にか、カップルだらけになっていた。誰もが周囲の視線なんてものは気にせずに身を寄せ合って、二人だけの世界の中、とても幸せそうな雰囲気で満ちている。
「キレイっすね」
「そうですね」
たぶん、きっと今の俺たちも、傍から見れば同じなんだと思う。
しばらくの間、身を寄せ合ったまま、視界に広がる煌びやかな夜景を眺めた。
* * *
予定よりも少し帰りが遅くなった、クリスマスイブの夜。
コタツの上には、病院に置いていったクリスマスケーキの代わりに、帰り道にある洋菓子店で買った小さめのホールケーキと、淹れたての温かい飲み物を注いだマグカップが二つ。浴室から戻ってきた
「あ、そうだ。ノーパソ、借りていいっすか?」
ケーキを食べ終えた
「どうぞ。でも......」
そろそろ、沸かしてくれていた風呂が......と思っていたところで、湯が沸いたことを知らせるアラームが鳴る。
「お先に、どうぞー」
と言うことなので、食器を片づけ、先に風呂をいただき。濡れた髪を乾かしてリビングに戻る。入れ替わる形で、着替えを持った彼女が浴室へ向かう。玄関の戸締まりを確認してから寝室に入り、ベッドに座って、マナーモードのままにしてあったスマホを手に取る。何件かメッセージが届いていた。それらをチェックしていると、リビングと繋がるドアがノックされた。
顔を向ける。すると、こちらの様子を窺うように顔だけを見せてた。
「どうしたんですか? その、フード」
白いもこもこがついた赤いフードを被っている。
「今度のクリスマスパーティで着る衣装の一部です。それっぽい格好をしようという話しになりまして」
「そうなんですね。似合ってますよ。ところで、入らないんですか?」
「......入りますよ?」
若干躊躇するように寝室に入ってきた
「ど、どうですか?」
予想外の姿に言葉を失ってしまった。
一人分間を開けてベッドに座った彼女からは、言葉以上の緊張感が伝わってくる。ひとまず衣装をよく見る。胸元が強調され、背中にいたっては、下着が見えるんじゃないかと思うほど、腰まで大きく開いている。薄手で大胆な衣装。
「えっと、それで出るんですか?」
「で、出ませんっ! これは、今日だけっ!」
「そう......ですか。それは、よかった......」
この格好でパーティーに出席すると言ったら、間違いなく全力で止めてた。
「......こんな姿見せるの、あなたにだけです」
思わず、肩を抱き寄せる。抵抗なく預けてくれた華奢な体を抱いて、すぐに気がついた。
「寒い?」
「ん? 少しだけ。でも、風邪じゃないのでご安心を」
今、着ている薄手の衣装のまま寝室に入るか葛藤している間に、少し冷えてしまったらしい。壁を背にして、毛布を膝掛けにして座り直す。
「そうだ。みんなから、メッセージ届いてましたよ。たぶん、
「ほんとっすか」
「じゃあ......」
「大丈夫っす。あたしの方が近いので。あっ......!」
「どうしました?」
「いえ、その、まだ開けてなかったんだ~、と想いまして......」
充電中のスマホの近くに置かれた、プレゼントの箱に目を向けた。彼女の隣へ行き、プレゼントを持って元の場所に戻る。
「開けていい?」
「ど、どうぞ......」
丁寧に包装紙を剥がし、現れたモノは――別の柄の包装紙。
「包装紙のマトリョーシカ? 斬新ですね」
「違います、念のためです!」
と言うことらしい。
しかし、この念の入れようと、どこか落ち着かない様子。中身はいったい、なんなのだろうか。もう一枚の包装紙を剥がすと、プレゼントの正体と理由が判明。思わず顔を向ける。フードを深く被った彼女は、うつむき加減で顔を伏せながら、恐る恐る尋ねてきた。
「......引きましたか?」
「それはないよ。少し驚いたけど」
改めて見る。想像以上に相当な覚悟だったはず。
想えば、ずっと後ろめたさに似た罪悪感が常に纏わり付いていた。それらもようやく、ひと息ついて。いろんな意味で落ち着いてきた。けれど、同時にそういったタイミングを逸して......いや、違うな。どんな御託を並べようとも全部言い訳でしかない。今すべきことは、しっかりと向き合うこと。
「後悔しない?」
「しません。絶対っす」
「そっか。ありがとう」
腕の中で顔を上げた彼女は、真っ赤に頬を染めながらはっきりと答えてくれた。愚問で、無粋にも程がある。
頬に手を添える。どちらからともなく自然と顔を寄せ、交わした口づけは、今までで一番長く、とても暖かかった。
あの日、長い年月うちに秘めていた懺悔の気持ちを打ち明けた日から深まった絆が、より一層深い繋がりになった気がするのは、きっと気のせいなんかじゃない。
それが思い上がりではないことは、確かなことだった。
* * *
柔らかな間接照明が灯る薄暗い寝室。同じベッドで横になっての会話も、今までよりも、お互いの体温をより感じられる近い距離。
「前から思っていたんですけどー、緊張とか、動揺とかしないんすか?」
「え? してますよ、ちゃんと。今も」
「全然、そうは思えないんですけど」
なんだか、ご機嫌斜めなご様子。百聞は一見に如かず。
「
「時計? わっ!」
反対側の壁の掛け時計に顔を向けたところを、胸に抱き寄せる。ぴったり密着している状態。ふわりとした、まるで花畑の中にいるような香りがする。ずっとこうしていたい、そんな気持ちになる。
「どうですか?」
目を閉じて、心臓の鼓動を聴いていた彼女は、ゆっくり目を開けた。
「......すごい速い」
「
「うんっ」
「
返事の代わりに、キスで答えてくれた。
「あ、そうだ」
「ん?」
胸の中で、小さく首をかしげる。
「何か返せないかな、って想って」
「別に何もいらないっすよ。見返りとかそういうのじゃないですし。クリスマスプレゼント貰いましたし」
まぁ、そう言うと思っていた。けど、プレゼントよりも大切なもの貰った。見返りなんて求めるようなタイプじゃないのは承知の上だけど、でも、何かお返しをしたい。今までと、これからのことも含めて。
「何かない?」
「う~ん、と言われましても。あっ、そうだ!」
「受け取ってください」
「ありがとうございます。開けていいですか?」
「どうぞー」
今度のは、特に何ごともなく普通に了承を貰えた。
リボンと包装紙を解いて、高級感のある箱を開ける。箱の中は、ペアの腕時計が二本。
「指輪は、つけれない時もあるので」
「ああ......」
彼女が通う学校は、国立の名門女子校。当然、光り物のアクセサリーの類いを身に付けることは校則で禁止されている。腕時計なら、校則違反にも当てはまらない。
「これ、高かったんじゃ」
「大丈夫です。ちゃんと貯金ありますから」
値段のことは気にしないでください、と小さい方の腕時計を手に取った。
「実は最初、
「誰に、
「......
「そうですか、わかりました。まったく、あの人たちは......」
タメ息をついて、天井を見上げる。
先日の料理教室時の、
――悪かったな。あれは、こういう意味だったんですね、
「やっぱり、何かないですか? 二つも貰って......」
「あれは、あたしからのプレゼント。
枕元に脱いであった真っ赤なフードを頭に被って、にっと笑った。
「じゃあサンタさんにお願いがあるんですけど、いいですか?」
「お願いっすか? まぁ、今は、サンタですし。特別っすよ?」
「大好きな女の子が喜んでくれるプレゼントを贈りたいんだけど、何がいいかな?」
「ずるいっすよ」と言いたげな視線を向けてから、真剣に考え始めた。
「う~ん......あ、ひとつだけありました。欲しいもの」
「なんですか?」
どこか、言いづらそうにしている。遠慮などうぞと促すと、重い口を開いた。
「......日記が、欲しいっす」
「日記? いつもつけてる日記用の機材?」
「いえ、そうではなく。
華奢な身体を抱いたまま、身体の位置を入れ換える。
そして、ベッドの下に置いてあるダンボール箱から、母がつけていた日記帳の最新冊を、
「はい、どうぞ」
「いいんですか?」
「
「ありがとうございますっ」
ベッドから身体を起こした
「あたし、ずっと書き続けます......」
「ずっと?」
「はい、ずっとです。この日記帳がいっぱいになって書けなくなっても、新しい日記帳につけ続けます」
「そっか。じゃあ、愛想尽かされないようにがんばらないといけないですね」
「そうですよー、がんばってください。その、あたしのために――」
「はい、がんばります。あなたのために」
初めて出会った、あの日の夜のやり取りを思い出した。
あの時はまさか、こんな関係になるなんてことは夢にも思わなかった。コツンと、おでこを合わせて笑い合う。
「明日......もう、今日ですね。
「開場16時、17時開演だったはずです」
なら、十分間に合う。
「何か用事ですか?」
「
「ジュエリーショップ」
「......うんっ!」
とびっきりの笑顔で胸の中に勢いよく飛び込んで来た彼女を、しっかりと受け止めて抱きしめる。柔らかい感触、安心する甘く爽やかな香り。暖かい体温が、心と身体を包み込む。
今、新しい目標が出来た。
決して、この笑顔を失わないように守っていこうと。
温かな体温と共に感じる、彼女の鼓動を感じながら。