Charlotte ~時を超える想い~ -after story-   作:ナナシの新人

18 / 33
Episode16 ~時を越えた想い~

「悪いな。突然、押しかけちゃって」

「構わないけど」

 

 クリスマス数日後の昼前。乙坂(おとさか)兄弟が、部屋を訪ねてきた。二人が妹と暮らしている、星ノ海学園併設のマンションの部屋は今、午後から開かれる数日遅れのクリスマスパーティの準備の真っ最中。店に注文したケーキを取りに行って欲しい、と妹の歩未(あゆみ)に頼まれたそうらしいのだが。予約した時刻まで時間があり、持て余す暇を潰す目的でケーキを注文した店から比較的近所のうちに立ち寄ったそうだ。

 と、言うのは建前で。実は、今日開かれるクリスマスパーティで、とあるサプライズが予定されている。乙坂(おとさか)兄弟の家では今、クリスマスパーティと、サプライズの準備が秘密裏に急ピッチで進められている。歩未(あゆみ)の真の目的は、サプライズの主役のひとりを家から遠ざけること。時間稼ぐには持って来いというわけだ。

 

「どうぞ」

「ああ、いただくよ」

「ありがと」

 

 キッチンで用意したホットコーヒーのティーカップを三つ、コタツに置き、一旦止めていた手を再び動かす。秒単位で満ち引きが繰り返される数字の波が表示されている、ディスプレイとにらめっこ。

 

奈緒(なお)ちゃんは?」

「今、美容室へ行っています。昼前には終わると言っていたので、そろそろ帰ってくると思いますよ」

 

 言ったそばから「ただいまー」と、玄関から奈緒(なお)の声が聞こえて来た。席を立ち、玄関へ出迎えに向かう。

 

「おかえり」

「ただいま。お客さんですか?」

 

 普段はない、男物靴二足を見て聞いてきた。その答えは、返事よりも先に姿を見せた。

 

「よう、奈緒(なお)ちゃん、おかえり」

「あっ、隼翼(しゅんすけ)さん。それに、乙坂(おとさか)さんも?」

「お邪魔してるよ」

「いらっしゃいませ。今、お茶を――」

 

 既に用意たことを伝えると「そうですか。では、着替えてきます」と、寝室へ入って行った。コタツに戻る。二度目を離した間にも、数字の波の満ち引きは留まることなく続いている。座り直して、三度数字の波の動きを読む。午前の取引終了までの間に、計二件の取引が成立したあと、マーケットは中休み入った。メガネを外し、軽く息を吐く。

 

「おお、大幅なプラス収支で取引を終えた。さすがだな」

「てか。普通に、バイトのひと月分以上の利益を出してることに引いてる」

隼翼(しゅんすけ)さんは、比較にならないほど桁が違う額を稼いでるでしょ?」

「え? そうなの?」

「まーな。有宇(ゆう)歩未(あゆみ)の大学進学と、結婚式を賄えるくらいはな。つっても俺の場合は、“時空移動(タイムリープ)”の恩恵を最大に活用しただけだから、投資の本質の知識は、素人に毛が生えた程度しか持ち合わせていない」

 

 若干自虐的に笑い飛ばした隼翼(しゅんすけ)に対し、有宇(ゆう)は申し訳なさそうな顔をしていた。なんとなく、しんみりした空気が流れる。

 

「お待たせしました。なんだか盛り上がってますね。なにごとですか?」

 

 部屋着に着替えを終えた奈緒(なお)が、いいタイミングでリビングに戻ってきてくれたおかげで雰囲気は一変して、華やかな空気に変わる。

 

「このことで少し話していたんだよ。さすが、伝説の相場師唯一の弟子だなって」

「ああ~、なるほど。でも、こんなの全然ですよ。前のビジネスルームなんて、部屋の壁にディスプレイが何台も設置されてて、デスクには、キーボードとマウスが三つほどありましたし」

 

 マーケットを荒らし回っていた頃は、それだけの機材と情報が必要だった。マーケットは、秒単位で勝負が決まる超高度な情報戦。売り手と買い手の思惑が一致して初めて成立する取引。そのためには、迅速かつ信憑性が高い新鮮な情報が不可欠。世界各地の天気予報、脚色されていない新鮮ニュースを常時チェック出来る環境が必須だった。

 

「今は、やらないのか?」

「さすがに、そこまでガチには。今月は、いろいろと入り用だったので」

 

 さり気なく視線を向けると、小さく微笑んだ奈緒(なお)の右手の薬指には、指輪が光り輝いている。実はまだ、前に買ったペアのリング。クリスマス当日に行ったジュエリーショップで選んだ指輪は、サイズの微調整や需要過多な時期的なことも相まって、少し時間がかかるとのこと。

 

「ところで、お二人は?」

歩未(あゆみ)にお使いを頼まれたんだけど、まだ時間があって。お邪魔させてもらったんだよ」

「そうでしたか。もうすぐお昼ですけど、どうしますか? 昨日の残りでよければ用意しますけど。といっても、カレーっすけど」

「ぜひとも頼む!」

 

 力強く答えたのは隼翼(しゅんすけ)ではなく、有宇(ゆう)の方だった。用意してくれている間に、午前の収支と、午後の取引に向けて情報収集。

 

「はい、お待たせしましたー」

 

 手を止めて、ダイニングテーブルに着席。手を合わせて、昼食をいただく。有宇(ゆう)は、カレーとライスを掬ったスプーンを感極まった表情で見つめたまま、なかなか口に運ばない。

 

「赤くない......そうだ、赤くないんだよ。これが、日本のカレーライスの色なんだ、不自然に赤くないんだよな! う、うまいっ! うまいぞ、友利(ともり)!」

 

 一転、若干涙ぐみながら、カレーを勢いよくほうばる有宇(ゆう)。まるで飲み物のように、次々と口にかっ込んでいく。

 

「おおげさっすね。歩未(あゆみ)ちゃんの料理だって、すごく美味しいじゃないですか」

 

 彼女の言うように、以前ご相伴に預った歩未(あゆみ)の手料理は、奈緒(なお)に引けを取らない腕前だったと記憶している。

 

歩未(あゆみ)の作る料理は、少し(こだわ)りがあってな。普通に作ればうまいんだけど。でも、ホントうまいよ。奈緒(なお)ちゃん」

「ありがとうございます」

 

 食後にコーヒーを淹れ、リビングのコタツでひと休み。

 

「やっぱ、コタツいいよな~」

 

 だらしなく突っ伏す隼翼(しゅんすけ)。元カリスマ生徒会長の面影は微塵も感じない。併設の寮は今、全室床暖房が完備されているため暖房器具の類いはあまり使わないそうだ。

 

「あたしが住んでた頃よりも贅沢ですね」

「理事長様々だよ。最高の環境で、学生生活を謳歌させてもらってる」

「それも、あと少しだね。兄さん」

 

 最上級生の隼翼(しゅんすけ)たちは、あと三ヶ月あまりで卒業の時を迎える。

 

「この一年は、本当に充実した一年だった。有宇(ゆう)にも、苦労かけたな」

「ホントだよ」

「ははっ、あとは頼むぞ、新生徒会長!」

「ハァ......」

 

 それはそれは、とてもタメ息を漏らし、横を向いて突っ伏した。

 

「おいおい、大変なのはこれからだぞ?」

「ご心配なく。来年からは俺も、サポートしますから」

「そういってくれると安心だな。けど、奈緒(なお)ちゃんはいいのかい?」

 

「一緒に居れる時間減るだろ?」と、奈緒(なお)のことを気遣う。

 

「あたしも、生徒会に所属してますので。進級したら、今より帰りも遅くなると思います」

「そっか。じゃあ、有宇(ゆう)を......星ノ海学園をよろしく頼む」

 

 天板に両手を付いて、改まって頭を下げた。

 

「承りました。安心して、新生活を送ってください」

「そうさせてもらうよ。けど、一人暮らしになるのか......」

 

 両手を頭の後ろで組んだ隼翼(しゅんすけ)は、そのまま倒れこみ「いろいろ考えないとな......」と目を閉じた。

 

「なぁ~」

「なんだ?」

「あの写真の人たちって。もしかして、両親?」

 

 突っ伏していた有宇(ゆう)は、リビングの隅にある小さな仏壇を見つけ、飾っている写真を指差して尋ねてきた。

 

「ああ、そうだよ」

「そっか。挨拶させてくれ」

「俺も、頼む」

 

 コタツを出た兄弟は一転、真面目な表情で正座をして目を閉じ、静かに手を合わせた。

 

「美男美女ですよねー」

「そうだな。宮瀬(みやせ)は、親父さん似だな」

「あたしは、お母さんに似てると想います。特に、目がそっくりなんすよ。すごく落ち着く目をしてるんです」

「へぇ、よく見てるなぁ」

「まぁ、恋人ですし」

「ははっ、そりゃそうだな。さて、そろそろ受け取り時間だ。行こう」

「そうだね。お暇させてもらうよ」

 

 一緒に出ようかと思ったけど。支度に時間がかかりそうだったため、別々にパーティ会場へ向かうことになった。PCを片付け、寝室で身支度を整える。

 

「手伝いましょうか?」

「あ、お願いしまーす。このまま持っていていただければ」

 

 形が崩れないように、首の後ろで束ねられた髪を持つ。滑らかで、いつもとはまた違ういい匂いがする。

 

「なんか、つやつやしてますね」

「あ、わかりますか。トリートメントしてもらったんです」

「それで、キレイなんですね」

 

 左の胸元で首の後ろから持ってきた束ねた髪を青いリボンで髪を結び、鏡を見ながら前髪とバランスを整えている。熊耳(くまがみ)が、逆の右肩から長い髪を結んで垂らしているけど、同じような結び方でも全然違って見えるのが不思議。清楚で落ち着きのある服装も相まって、普段よりも大人びて見える。手提げバッグを持って、ドレッサーの椅子から立ち上がった。

 

「よし、と。このセットの仕方も教わったんですけど、どうっすか?」

「似合ってるますよ。いつもより、大人っぽく見える」

「おっ、マジっすかっ?」

 

 なんだか、嬉しそう。素直な感想は、ベストチョイスの褒め言葉だったようだ。

 散歩がてら少しのんびり街を歩き、パーティー会場の乙坂(おとさか)兄妹の部屋を訪ねて、インターホンを押す。出迎えてくれたのは、有宇(ゆう)

 

「来たか。いらっしゃい」

「お邪魔しまーす」

「あれ? 友利(ともり)......だよな?」

「そうですけど? どうかしましたか?」

「いや、いつもと髪形がちがったから。どうぞ」

 

 玄関には、靴がたくさんある。広いリビングに入ると、用事で席を外している隼翼(しゅんすけ)を除いた全員が集合しており、どうやら、俺たちが一番最後の到着のようだ。三人暮らしのだからなのか、前世の二人部屋よりも若干広い間取りのような気がしないでもない。

 そんなことを思っていると、トナカイの角を生やした歩未(あゆみ)が、話しの輪の中から立ち上がった。

 

「いらっしゃいませー!」

「お誘いありがと、歩未(あゆみ)ちゃん」

「いえいえ。こちらこそ、お越し頂きありがとうございますなのですー! お着替えは、あゆのお部屋でどうぞですっ!」

「では、着替えてきますので」

 

 手荷物を預かり、二つ並んで空いている椅子に座る。

 隣には、サンタの衣装を着崩した美砂(みさ)が、向かいの目時(めどき)たち上級生の会話に加わり。反対隣のひとつ空いた席では、有宇(ゆう)柚咲(ゆさ)高城(たかじょう)の三人が話しをしている。預かった手荷物を隣の席に置き、前を見ると、想定外のことが起きていることに気がついてしまった。

 

「ん? なんだ、いつの間にか来てたんだな。友利(ともり)は?」

「ああ......今、別室で着替えてます」

「そうかよ」

「あっ、宮瀬(みやせ)さん、どうですかー?」

 

 美砂(みさ)と話していたところへ声かけて来たのは、妹の柚咲(ゆさ)。立ち上がって、スカートの両端を軽く持ちあがて見せた。

 サンタの帽子にミニスカート、服の上からでもボディラインが分かる、少し大胆なサンタ衣装に身を包み、いつもの黒いリボンではなく、赤に緑色のアクセント付きのリボンで、髪を結んでいる。因みに美砂(みさ)は、柚咲(ゆさ)と同じタイプの衣装を片方の肩が出るほど大胆に着崩している。

 

「とても似合ってますよ」

「ありがとうございますっ」

 

「ひくな!」と、言いたげな冷たい視線を隣から感じた。

 

「もちろん、美砂(みさ)さんも」

「とってつけたみたいに言うなっての」

「本心ですって。もっと、魅力的だと自覚した方がいいと思いますよ」

「......ふんっ」

「あ、お姉ちゃん、照れてる」

「照れてねぇ!」

「なーに、口説いてんすか?」

 

 着替えを終えた奈緒(なお)は目を細めながら、歩未(あゆみ)と一緒に戻ってきた。衣装は、イブの夜と違ってちゃんとしたサンタの衣装。スカートは、姉妹と同じで、膝上丈のミニスカートだけど。

 ぽんぽんっと、隣の席を軽く叩いて呼ぶ。

 

「口説いてませんよ。飲み物、何にしますか?」

「じゃあ、同じもので」

 

 ウーロン茶をコップに注ぐ。

 

奈緒(なお)さんの髪形、とってもお似合いですっ」

「どもっす。赤いリボンも、クリスマスに合ってていいっすね。あたしも、赤か白にすればよかったかな?」

「はい、どうぞ」

「あ、ありがとうございまーす」

 

 隣に座った奈緒(なお)は、黒羽(くろばね)姉妹とお喋りを始める。それから数分後、隼翼(しゅんすけ)がリビングへ姿を現した。

 

「よっ、お待たせ」

「めっさ遅~いっ!」

「あははっ、悪い悪い。全員揃ってるな。じゃあ、さっそく始めるか。年忘れクリスマスパーティーを、な?」

 

 その爽やかな笑顔は、誰もが咎める感じをなくしてしまう。

 これが、天性のカリスマ性というやつなのだろうか。それでも、しっかり突っ込みが入るのはご愛敬。

 

「年忘れクリスマスって、どっちがメインなのよ?」

「どっちもさ。お得感があっていいだろ?」

「こほんっ! それではみなさん、ご唱和をお願いします!」

 

 わざとらしく咳をして立ち上がった歩未(あゆみ)が、進行役を務める。今日のパーティーは、彼女発案の企画。名目は、少し遅れたクリスマスパーティー。しかし、とあるサプライズが用意されている。それは――。

 

隼翼(しゅん)お兄ちゃん」

「なんだい?」

「ゆさりん殿!」

「ん? わたし?」

 

 首をかしげる二人。俺たちは、事前に準備しておいたクラッカーを持つ。

 

「お誕生日おめでとうなのですー!」

 

 歩未(あゆみ)の言葉に合わせ、クラッカーを鳴らす。突然のサプライズに二人は、呆気にとられたまま目を丸くして驚いていた。

 正確には、二人の誕生日は今日じゃない。ただ、二人の誕生日が近しいことと、年末年始は実家に帰省する人もいたりと。忘年会とクリスマス、二人の誕生日を一緒にしてしまおうということになった。

 

「あはは、びっくりしました~。でも、ありがとうございますっ!」

「まったく、道理で気合い入った料理が並んでると思ったよ。ありがとな、みんな」

 

 サプライズは無事、大成功を収めた。飛び散った紙吹雪やらを片付けて、テーブルに並んだ食事をいただく。

 

「これ、歩未(あゆみ)の味付けじゃないな。奈緒(なお)ちゃんかい?」

「いえ、違います。今日は、作っていませんので」

「じゃあ、柚咲(ゆさ)ちゃん......はないか。知らなかったんだしな」

 

 柚咲(ゆさ)も「はい。わたしでもありませんよ~」と、人懐っこい笑顔で小さく首を横に振る。隼翼(しゅんすけ)は目をつむって考え込み、チラリと視線を送る。

 

「まさかの、美砂(みさ)ちゃんか?」

「ちげーけど、なんかムカつく。つーか、ちゃん付けすんな!」

「あははっ、と言うことは、目時(めどき)か」

 

 若干緊張した面持ちで「ええ、そうよ」と、目時(めどき)は答えた。一番に反応したのは、七野(しちの)

 

「マジか!」

「へぇ、料理上手だったんだ。今になって、新しい発見だね」

 

 前泊(まえどまり)に同意し、隼翼(しゅんすけ)も頷く。

 

「だな、長い付き合いだけど、全然知らなかった。うん、やっぱり美味いな。な? プー」

「そうだな」

「そう、よかった。奈緒(なお)ちゃんと、柚咲(ゆさ)ちゃんに習ったのよ」

「そうだったのか。もしかして、今日のためだったりしてな!」

「......そうよ。今日のために、無茶言って教えてもらったの」

 

 ここで、一気に攻めた。軽口で放った一言に思わぬ返答が返ってきたことに、隼翼(しゅんすけ)は若干の戸惑いを見せながらも慎重に言葉を選んでいる。

 各々空気を読み、熊耳(くまがみ)たちと美砂(みさ)は、どこからか持ち寄った雀卓を囲み。有宇(ゆう)は、歩未(あゆみ)柚咲(ゆさ)と一緒に、誕生日兼クリスマスケーキを切り分けるためにキッチンへ立った。俺と奈緒(なお)は、年末年始の予定を話しながら行く末を見守る。

 

「――そっか。ありがとな、嬉しいよ」

「うん......」

 

 この時、半分告白ともとれる目時(めどき)の言葉に対しての返事は、なんとも曖昧なもの。感謝......と言う意味では伝わっているのだろうけど。どう反応すればいいのか、反応に困る返事。

 隼翼(しゅんすけ)は再び箸を進め、まったく別の話題を持ち出した。

 

「そうだ、忘れてた。さっき、春原(すのはら)から連絡があったぞ。地元で決まったってさ」

「ホント? じゃあ、後は岡崎(おかざき)だけね」

「あの、岡崎(おかざき)さんって。(なぎさ)さんの彼氏の、岡崎(おかざき)さんのことですか?」

「ああ、そうだよ」

 

 野球対決で知り合って、たまに連絡を取り合っていたそうだ。隼翼(しゅんすけ)が遅れた理由は、春原(すのはら)との電話。実のところ俺と奈緒(なお)も、岡崎(おかざき)の方とは交友があったりする。

 試合後日、これまた偶然、町中を号泣しながら激走する早苗(さなえ)さんを追いかける秋生(あきお)さんと遭遇し、有無も言わさず強制連行され。その後も何度かお邪魔させてもらう仲になり。その時、とある事情で古河の家に居候している彼とも言葉を交わす機会が少なからずあって。今では、古河の人たちと同じくらい親しい間柄。

 

岡崎(おかざき)さんでしたら、芳野(よしの)さんのところでお世話になるそうですよ。今は、アルバイトがてら研修中だそうです」

 

 俺たちが同棲していることを知ったからなのかは不明だが、卒業に合わせて、(なぎさ)さんと同棲生活を始める予定と聞いている。

 

「へぇ、そうなのか。そいつは、よかった」

「これでみんな、進路は無事に決まったわね」

「みなさんは? 推薦で決まったことは聞きましたけど」

「みんな、同じ進学先だよ。目時(めどき)は、文系だったよな?」

「ええ。主に法律関係を学ぶつもり。隼翼(しゅんすけ)は、経営学って言ってたわよね?」

「けど、兄さん。どうして、経済学じゃなくて経営学なの?」

 

 切り分け終えたケーキを持って戻って来た有宇(ゆう)が、疑問を投げかける。経済学を学んでいく過程で、経営学に興味を持つことはままあるが、最初から経営学一本はやや珍しい。

 

「実は俺、進学するつもりはなかったんだよ」

 

 何気なく言った隼翼(しゅんすけ)に、熊耳(くまがみ)を除いた全員の視線が集まる。

 

「なんだ? 伝えてなかったのか?」

「話す機会がなかったんだ。まぁ、終わった話しだったってこともあってな。あれは――」

 

 ことの始まりは、今年の夏休み前。

 そう、俺と奈緒(なお)が、あの約束の岬で再会を果たした日のこと。

 あの日、病院を訪れた隼翼(しゅんすけ)は、(かつ)先生に星ノ海学園の経営を引き継ぐ意思を伝えた。

 だが、しかし――。

 

「『乙坂(おとさか)くん。キミは、僕が頼んだ無理難題な責務を見事に成し遂げてくれた。もうキミを縛るものは何もない。これからは、自分自身のために人生を歩みなさい』って諭されちまった。それでもって食い下がったら『ふむ。なら、70まで続けるとしよう。その時になってもキミの意思が変わらなかったら、理事長の席を譲ろう』ってな」

「なるほど、それで経営学を」

「さすが、奈緒(なお)ちゃん。そういうわけだから、あと15年くらい理事長に甘えさせてもらうつもりだ」

「だけど。どうして、兄さんばかりが......」

 

 ――人生を犠牲に。といいたい有宇(ゆう)の気持ちは、痛いほど伝わってくる。

 

「そんな表情(かお)するな、有宇(ゆう)。俺は今が、すっげー幸せなんだぜ? 愛する家族がいて、最高の仲間がいて。頼もしい後輩たちがいる」

 

 一人一人の顔を見ながら話す隼翼(しゅんすけ)表情(かお)と声は、すごく穏やかだった。

 

「一度は裏の世界で生きていく覚悟を決めていた俺が、こんな楽しい学生生活を。過ごすことのないはずだった青春を送れるなんてこと、夢にも思わなかった」

 

 俺も、近い感情を共有している。

 穏やかな日常なんてものとは、無縁の生涯を送ると思っていた。

 

「どういう意味......?」

 

 目時(めどき)は眉をひそめて、小さく首をかしげる。事前に話しを聞いていた熊耳(くまがみ)も、根底までは聞かされていなかったのか話しに耳を澄ませている。

 

「話していなかったんですか?」

「ああ、知らない方がいいことだってある。そう思っていた。けど――」

 

 ここに居る誰もが、聞かずにはいられない。そんな目をしていた。手に触れた暖かい感触、重ねられた奈緒(なお)の手を握り返す。

 

「いい機会なのかもな」

「そうですね」

「じゃあ、話すとするか。俺が、俺たちが歩んで来た。長い、長い旅の物語を――」

 

 語り出す。

 時空を超えて紡ぎ、歩んだ。長い旅の物語を。

 

 

           * * *

 

 

 家主に許可を得て、ベランダに出た。

 人工的な光りが少な目のこの辺りは、イブに見た都心の夜景とはまた、別な景色が広がっている。

 

「懐かしいな。あたし、夜空を眺めて待っていたんです。あなたが帰ってくるのを。ですが、帰国の連絡一回だけとか、どういう了見ですか? 破局案件っすよ」

「その節は、どうも......」

 

 長い間待たせてしまったことは事実だから、危険に巻き込まないためとは言え、こればかりは平謝りするしかない。

 

「許しません。と、言うのは嘘。ちゃんと帰ってきてくれたので許します。あたしのところへ――」

 

 そう言うと腕を組んで、華奢な体を預けてくれる。寄り添い合い、お互いの体温を感じながら上空に瞬く星空を見ていると、ベランダのドアが開いた。ベランダへ出てきたのは、隼翼(しゅんすけ)目時(めどき)

 

「邪魔しちまったか?」

「いいえ、そろそろ戻ろうと思っていたところですから」

「そうっすね。温かいものをいただきましょう」

 

 空気を呼んで部屋に戻ろうとしたところを呼び止め止められる。

 

「二人に、聞きたいことがあったんだ。いいかい?」

「構いませんけど......」

 

 目時(めどき)へ目を向ける。

 

「私からも、お願い」

「分かりました。それで?」

 

 隼翼(しゅんすけ)は、フェンスに腕を乗せ、今までにないほど真剣な顔で話しを切り出した。

 

「二人は、今の関係になることに戸惑いとか、躊躇(ためら)いとか、感じなかったのか?」

 

 隼翼(しゅんすけ)の疑問は、理解できる。

 俺は、いや、彼もまた、いわゆる普通の恋愛は絶対に出来ないと思っていた。

 

「さっき話した通り。俺と宮瀬(みやせ)は、見た目は二人と変わらないけど、二人よりも長い時間を繰り返して生きてきた。正直、精神的にはかなり歳上になるんだよな?」

 

 幾度となく“時空移動(タイムリープ)”を繰り返した俺たちは、常人の何倍もの時間を記憶して生きてきた。同世代の人たちよりも、知識や経験は比にならない。

 

「そういうの。二人は、気にならなかったのか?」

 

 質問に答えたのは、奈緒(なお)

 それも一瞬の躊躇なく、間髪を入れず。

 

「あたしは、すべてを知った上で好きになりました。誰かを想う気持ちに理屈なんて関係ないと思います。目時(めどき)さんも同じじゃないんすか?」

 

 隼翼(しゅんすけ)は、目時(めどき)に視線を向けた。

 

「......そうね。初めて会った時、隼翼(しゅんすけ)が“時空移動(タイムリープ)”で何度もやり直してきたことを知って、正直、驚いたわ。でもわたしは、何かを成し遂げようとしていた、どうすればいいのか途方に暮れていたわたしたちを導いてくれた、決意に満ちた目に惹かれたの。意識したことなんて、一度もなかったわ。きっと、これからも......」

「そっか......」

 

 目時(めどき)の決意を聞いた隼翼(しゅんすけ)は、先ほど曖昧な返事とは違う答えを出す。

 

「俺は、目時(おまえ)のこと、そういう風に見たことは一度もなかった。必死だったんだ。歩未(あゆみ)有宇(ゆう)を、特殊能力者を守ることで精一杯だったんだ」

「うん、わかってる」

「悪い。だけど、これからはしっかり見る。仲間としてだけじゃなくて、ひとりの女性として。それでいいか?」

「うん。今は、それだけで......」

 

 部屋から漏れる光りの加減だったのか、笑顔で答えた目時(めどき)の瞳が一瞬、光って見えた気がした。きっと気のせいじゃないだろうと思う。

 

「冷えて来ましたね。戻りましょうか?」

 

 二人に、声をかける。

 

「そうだな。あ、そうそう。熊耳(くまがみ)へのプレゼント、あれは傑作だったよ」

「ほんと。あれは、懐かしかったわ」

「あたしたちとしては予想外でしたけど、ね?」

「まさか、髪を切ってるとは思いませんでしたよ」

 

 ひと通り話し終わったあと、俺と奈緒(なお)は用意しておいたプレゼントを、熊耳(くまがみ)に手渡した。贈った理由は、熊耳(くまがみ)が俺たちのキューピッドだから。彼が居なければ、彼女と出会うこともなく、決して交わることのない別々の道を歩いていた。

 感謝の気持ちを込めて贈ったのは、熊耳(くまがみ)の長い髪を束ねるための「髪留め」。けど、予想外のことに髪はバッサリ切っていた。面接に合わせてバッサリいったらしい。いくら推薦とはいえ、あの長髪では心象に良くないと判断したそうだ。

 けど熊耳(くまがみ)は、俺たちの想いを汲んで短くなった髪を後ろで束ねてくれた。その姿が、隼翼(しゅんすけ)たちと初めて出会った時と同じ髪型だったらしく、昔に戻ったみたいだと盛り上がっていた。

 

「そう言えば、隼翼(しゅんすけ)さん、どこに住むんすか? 決まってたら、新しい住所を教えて欲しいんですけど。年賀状とか」

「それなんだけど。まだ決まってないんだよ。そうだな、二人と同じマンションにしようか? 学校から近いし。毎日、奈緒(なお)ちゃんの手料理を食べられるしな」

「そこは、目時(めどき)さんに作って貰えばいいんじゃないですか?」

「あっ、それいいっすね」

 

 俺の提案に、奈緒(なお)が乗っかる。

 

「いっそのこと、押しかけて一緒に住めばいいんすよ。あたしみたいに」

「えっ? 流石に、それはちょっと.......」

 

 戸惑う目時(めどき)に対し、奈緒(なお)は先日の仕返しと言わんばかりに不安を煽る。俺も、それに乗った。

 

「今、攻めないと他の女性(ひと)に取られちゃいますよー?」

隼翼(しゅんすけ)さん、モテますからね。卒業式後、第2ボタンは間違いなく争奪戦でしょうね」

「それに、今までは生徒会長ってこともあって、なかなか告白できなかった女子()が勇気を出すかもっ!」

 

 横目で目時(めどき)を見ると、思い詰めた真剣な表情(かお)をしている。

 

「おいおい、何言って――」

隼翼(しゅんすけ)、一緒に住みましょう」

目時(めどき)っ!?」

「冗談よ、ゆっくり行きましょ」

「ああ、そうだな」

 

 隼翼(しゅんすけ)の長い時の旅も、ようやく終わりの時を告げ。これからは、自分自身の為に人生を歩むことが出来るのかもしれない。

 

「ん? なんすか?」

「幸せだなって思って」

「今、あたしも同じこと思ってました」

 

 そう、俺と......俺たちと同じように。

 時を超えた誓いを叶えて。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。