Charlotte ~時を超える想い~ -after story- 作:ナナシの新人
「悪いな。突然、押しかけちゃって」
「構わないけど」
クリスマス数日後の昼前。
と、言うのは建前で。実は、今日開かれるクリスマスパーティで、とあるサプライズが予定されている。
「どうぞ」
「ああ、いただくよ」
「ありがと」
キッチンで用意したホットコーヒーのティーカップを三つ、コタツに置き、一旦止めていた手を再び動かす。秒単位で満ち引きが繰り返される数字の波が表示されている、ディスプレイとにらめっこ。
「
「今、美容室へ行っています。昼前には終わると言っていたので、そろそろ帰ってくると思いますよ」
言ったそばから「ただいまー」と、玄関から
「おかえり」
「ただいま。お客さんですか?」
普段はない、男物靴二足を見て聞いてきた。その答えは、返事よりも先に姿を見せた。
「よう、
「あっ、
「お邪魔してるよ」
「いらっしゃいませ。今、お茶を――」
既に用意たことを伝えると「そうですか。では、着替えてきます」と、寝室へ入って行った。コタツに戻る。二度目を離した間にも、数字の波の満ち引きは留まることなく続いている。座り直して、三度数字の波の動きを読む。午前の取引終了までの間に、計二件の取引が成立したあと、マーケットは中休み入った。メガネを外し、軽く息を吐く。
「おお、大幅なプラス収支で取引を終えた。さすがだな」
「てか。普通に、バイトのひと月分以上の利益を出してることに引いてる」
「
「え? そうなの?」
「まーな。
若干自虐的に笑い飛ばした
「お待たせしました。なんだか盛り上がってますね。なにごとですか?」
部屋着に着替えを終えた
「このことで少し話していたんだよ。さすが、伝説の相場師唯一の弟子だなって」
「ああ~、なるほど。でも、こんなの全然ですよ。前のビジネスルームなんて、部屋の壁にディスプレイが何台も設置されてて、デスクには、キーボードとマウスが三つほどありましたし」
マーケットを荒らし回っていた頃は、それだけの機材と情報が必要だった。マーケットは、秒単位で勝負が決まる超高度な情報戦。売り手と買い手の思惑が一致して初めて成立する取引。そのためには、迅速かつ信憑性が高い新鮮な情報が不可欠。世界各地の天気予報、脚色されていない新鮮ニュースを常時チェック出来る環境が必須だった。
「今は、やらないのか?」
「さすがに、そこまでガチには。今月は、いろいろと入り用だったので」
さり気なく視線を向けると、小さく微笑んだ
「ところで、お二人は?」
「
「そうでしたか。もうすぐお昼ですけど、どうしますか? 昨日の残りでよければ用意しますけど。といっても、カレーっすけど」
「ぜひとも頼む!」
力強く答えたのは
「はい、お待たせしましたー」
手を止めて、ダイニングテーブルに着席。手を合わせて、昼食をいただく。
「赤くない......そうだ、赤くないんだよ。これが、日本のカレーライスの色なんだ、不自然に赤くないんだよな! う、うまいっ! うまいぞ、
一転、若干涙ぐみながら、カレーを勢いよくほうばる
「おおげさっすね。
彼女の言うように、以前ご相伴に預った
「
「ありがとうございます」
食後にコーヒーを淹れ、リビングのコタツでひと休み。
「やっぱ、コタツいいよな~」
だらしなく突っ伏す
「あたしが住んでた頃よりも贅沢ですね」
「理事長様々だよ。最高の環境で、学生生活を謳歌させてもらってる」
「それも、あと少しだね。兄さん」
最上級生の
「この一年は、本当に充実した一年だった。
「ホントだよ」
「ははっ、あとは頼むぞ、新生徒会長!」
「ハァ......」
それはそれは、とてもタメ息を漏らし、横を向いて突っ伏した。
「おいおい、大変なのはこれからだぞ?」
「ご心配なく。来年からは俺も、サポートしますから」
「そういってくれると安心だな。けど、
「一緒に居れる時間減るだろ?」と、
「あたしも、生徒会に所属してますので。進級したら、今より帰りも遅くなると思います」
「そっか。じゃあ、
天板に両手を付いて、改まって頭を下げた。
「承りました。安心して、新生活を送ってください」
「そうさせてもらうよ。けど、一人暮らしになるのか......」
両手を頭の後ろで組んだ
「なぁ~」
「なんだ?」
「あの写真の人たちって。もしかして、両親?」
突っ伏していた
「ああ、そうだよ」
「そっか。挨拶させてくれ」
「俺も、頼む」
コタツを出た兄弟は一転、真面目な表情で正座をして目を閉じ、静かに手を合わせた。
「美男美女ですよねー」
「そうだな。
「あたしは、お母さんに似てると想います。特に、目がそっくりなんすよ。すごく落ち着く目をしてるんです」
「へぇ、よく見てるなぁ」
「まぁ、恋人ですし」
「ははっ、そりゃそうだな。さて、そろそろ受け取り時間だ。行こう」
「そうだね。お暇させてもらうよ」
一緒に出ようかと思ったけど。支度に時間がかかりそうだったため、別々にパーティ会場へ向かうことになった。PCを片付け、寝室で身支度を整える。
「手伝いましょうか?」
「あ、お願いしまーす。このまま持っていていただければ」
形が崩れないように、首の後ろで束ねられた髪を持つ。滑らかで、いつもとはまた違ういい匂いがする。
「なんか、つやつやしてますね」
「あ、わかりますか。トリートメントしてもらったんです」
「それで、キレイなんですね」
左の胸元で首の後ろから持ってきた束ねた髪を青いリボンで髪を結び、鏡を見ながら前髪とバランスを整えている。
「よし、と。このセットの仕方も教わったんですけど、どうっすか?」
「似合ってるますよ。いつもより、大人っぽく見える」
「おっ、マジっすかっ?」
なんだか、嬉しそう。素直な感想は、ベストチョイスの褒め言葉だったようだ。
散歩がてら少しのんびり街を歩き、パーティー会場の
「来たか。いらっしゃい」
「お邪魔しまーす」
「あれ?
「そうですけど? どうかしましたか?」
「いや、いつもと髪形がちがったから。どうぞ」
玄関には、靴がたくさんある。広いリビングに入ると、用事で席を外している
そんなことを思っていると、トナカイの角を生やした
「いらっしゃいませー!」
「お誘いありがと、
「いえいえ。こちらこそ、お越し頂きありがとうございますなのですー! お着替えは、あゆのお部屋でどうぞですっ!」
「では、着替えてきますので」
手荷物を預かり、二つ並んで空いている椅子に座る。
隣には、サンタの衣装を着崩した
「ん? なんだ、いつの間にか来てたんだな。
「ああ......今、別室で着替えてます」
「そうかよ」
「あっ、
サンタの帽子にミニスカート、服の上からでもボディラインが分かる、少し大胆なサンタ衣装に身を包み、いつもの黒いリボンではなく、赤に緑色のアクセント付きのリボンで、髪を結んでいる。因みに
「とても似合ってますよ」
「ありがとうございますっ」
「ひくな!」と、言いたげな冷たい視線を隣から感じた。
「もちろん、
「とってつけたみたいに言うなっての」
「本心ですって。もっと、魅力的だと自覚した方がいいと思いますよ」
「......ふんっ」
「あ、お姉ちゃん、照れてる」
「照れてねぇ!」
「なーに、口説いてんすか?」
着替えを終えた
ぽんぽんっと、隣の席を軽く叩いて呼ぶ。
「口説いてませんよ。飲み物、何にしますか?」
「じゃあ、同じもので」
ウーロン茶をコップに注ぐ。
「
「どもっす。赤いリボンも、クリスマスに合ってていいっすね。あたしも、赤か白にすればよかったかな?」
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございまーす」
隣に座った
「よっ、お待たせ」
「めっさ遅~いっ!」
「あははっ、悪い悪い。全員揃ってるな。じゃあ、さっそく始めるか。年忘れクリスマスパーティーを、な?」
その爽やかな笑顔は、誰もが咎める感じをなくしてしまう。
これが、天性のカリスマ性というやつなのだろうか。それでも、しっかり突っ込みが入るのはご愛敬。
「年忘れクリスマスって、どっちがメインなのよ?」
「どっちもさ。お得感があっていいだろ?」
「こほんっ! それではみなさん、ご唱和をお願いします!」
わざとらしく咳をして立ち上がった
「
「なんだい?」
「ゆさりん殿!」
「ん? わたし?」
首をかしげる二人。俺たちは、事前に準備しておいたクラッカーを持つ。
「お誕生日おめでとうなのですー!」
正確には、二人の誕生日は今日じゃない。ただ、二人の誕生日が近しいことと、年末年始は実家に帰省する人もいたりと。忘年会とクリスマス、二人の誕生日を一緒にしてしまおうということになった。
「あはは、びっくりしました~。でも、ありがとうございますっ!」
「まったく、道理で気合い入った料理が並んでると思ったよ。ありがとな、みんな」
サプライズは無事、大成功を収めた。飛び散った紙吹雪やらを片付けて、テーブルに並んだ食事をいただく。
「これ、
「いえ、違います。今日は、作っていませんので」
「じゃあ、
「まさかの、
「ちげーけど、なんかムカつく。つーか、ちゃん付けすんな!」
「あははっ、と言うことは、
若干緊張した面持ちで「ええ、そうよ」と、
「マジか!」
「へぇ、料理上手だったんだ。今になって、新しい発見だね」
「だな、長い付き合いだけど、全然知らなかった。うん、やっぱり美味いな。な? プー」
「そうだな」
「そう、よかった。
「そうだったのか。もしかして、今日のためだったりしてな!」
「......そうよ。今日のために、無茶言って教えてもらったの」
ここで、一気に攻めた。軽口で放った一言に思わぬ返答が返ってきたことに、
各々空気を読み、
「――そっか。ありがとな、嬉しいよ」
「うん......」
この時、半分告白ともとれる
「そうだ、忘れてた。さっき、
「ホント? じゃあ、後は
「あの、
「ああ、そうだよ」
野球対決で知り合って、たまに連絡を取り合っていたそうだ。
試合後日、これまた偶然、町中を号泣しながら激走する
「
俺たちが同棲していることを知ったからなのかは不明だが、卒業に合わせて、
「へぇ、そうなのか。そいつは、よかった」
「これでみんな、進路は無事に決まったわね」
「みなさんは? 推薦で決まったことは聞きましたけど」
「みんな、同じ進学先だよ。
「ええ。主に法律関係を学ぶつもり。
「けど、兄さん。どうして、経済学じゃなくて経営学なの?」
切り分け終えたケーキを持って戻って来た
「実は俺、進学するつもりはなかったんだよ」
何気なく言った
「なんだ? 伝えてなかったのか?」
「話す機会がなかったんだ。まぁ、終わった話しだったってこともあってな。あれは――」
ことの始まりは、今年の夏休み前。
そう、俺と
あの日、病院を訪れた
だが、しかし――。
「『
「なるほど、それで経営学を」
「さすが、
「だけど。どうして、兄さんばかりが......」
――人生を犠牲に。といいたい
「そんな
一人一人の顔を見ながら話す
「一度は裏の世界で生きていく覚悟を決めていた俺が、こんな楽しい学生生活を。過ごすことのないはずだった青春を送れるなんてこと、夢にも思わなかった」
俺も、近い感情を共有している。
穏やかな日常なんてものとは、無縁の生涯を送ると思っていた。
「どういう意味......?」
「話していなかったんですか?」
「ああ、知らない方がいいことだってある。そう思っていた。けど――」
ここに居る誰もが、聞かずにはいられない。そんな目をしていた。手に触れた暖かい感触、重ねられた
「いい機会なのかもな」
「そうですね」
「じゃあ、話すとするか。俺が、俺たちが歩んで来た。長い、長い旅の物語を――」
語り出す。
時空を超えて紡ぎ、歩んだ。長い旅の物語を。
* * *
家主に許可を得て、ベランダに出た。
人工的な光りが少な目のこの辺りは、イブに見た都心の夜景とはまた、別な景色が広がっている。
「懐かしいな。あたし、夜空を眺めて待っていたんです。あなたが帰ってくるのを。ですが、帰国の連絡一回だけとか、どういう了見ですか? 破局案件っすよ」
「その節は、どうも......」
長い間待たせてしまったことは事実だから、危険に巻き込まないためとは言え、こればかりは平謝りするしかない。
「許しません。と、言うのは嘘。ちゃんと帰ってきてくれたので許します。あたしのところへ――」
そう言うと腕を組んで、華奢な体を預けてくれる。寄り添い合い、お互いの体温を感じながら上空に瞬く星空を見ていると、ベランダのドアが開いた。ベランダへ出てきたのは、
「邪魔しちまったか?」
「いいえ、そろそろ戻ろうと思っていたところですから」
「そうっすね。温かいものをいただきましょう」
空気を呼んで部屋に戻ろうとしたところを呼び止め止められる。
「二人に、聞きたいことがあったんだ。いいかい?」
「構いませんけど......」
「私からも、お願い」
「分かりました。それで?」
「二人は、今の関係になることに戸惑いとか、
俺は、いや、彼もまた、いわゆる普通の恋愛は絶対に出来ないと思っていた。
「さっき話した通り。俺と
幾度となく“
「そういうの。二人は、気にならなかったのか?」
質問に答えたのは、
それも一瞬の躊躇なく、間髪を入れず。
「あたしは、すべてを知った上で好きになりました。誰かを想う気持ちに理屈なんて関係ないと思います。
「......そうね。初めて会った時、
「そっか......」
「俺は、
「うん、わかってる」
「悪い。だけど、これからはしっかり見る。仲間としてだけじゃなくて、ひとりの女性として。それでいいか?」
「うん。今は、それだけで......」
部屋から漏れる光りの加減だったのか、笑顔で答えた
「冷えて来ましたね。戻りましょうか?」
二人に、声をかける。
「そうだな。あ、そうそう。
「ほんと。あれは、懐かしかったわ」
「あたしたちとしては予想外でしたけど、ね?」
「まさか、髪を切ってるとは思いませんでしたよ」
ひと通り話し終わったあと、俺と
感謝の気持ちを込めて贈ったのは、
けど
「そう言えば、
「それなんだけど。まだ決まってないんだよ。そうだな、二人と同じマンションにしようか? 学校から近いし。毎日、
「そこは、
「あっ、それいいっすね」
俺の提案に、
「いっそのこと、押しかけて一緒に住めばいいんすよ。あたしみたいに」
「えっ? 流石に、それはちょっと.......」
戸惑う
「今、攻めないと他の
「
「それに、今までは生徒会長ってこともあって、なかなか告白できなかった
横目で
「おいおい、何言って――」
「
「
「冗談よ、ゆっくり行きましょ」
「ああ、そうだな」
「ん? なんすか?」
「幸せだなって思って」
「今、あたしも同じこと思ってました」
そう、俺と......俺たちと同じように。
時を超えた誓いを叶えて。