Charlotte ~時を超える想い~ -after story- 作:ナナシの新人
「起きてください。朝ですよー」
まどろみの中、愛しい人の声がする。
その直後、カーテンを引く音が聞こえて、閉じられていた視界が明るくなった。
「起きないなー、う~ん......」
まるで花畑の中にいるような、甘く花やかな香りがする。
「仕方ない。早く起きないと、もう――」
彼女の吐息を感じると共に、耳元で囁かれた言葉に目を開けて、体を起こす。
「あっ、起きた。おはよーございまーす」
「おはよう」
「してやったり」と言った感じで、
「さぁ、顔を洗って、朝ごはんにしましょう。今日は一日、朝から忙しいですから。と言うことで、急いでください」
そういうと忙しなく、寝室を出て行った。
「あれは、ズルいな」
後ろ姿が見えなくなったドアを見つめながらひとつタメ息をついて、ベッドを出る。洗面所で顔を洗って、リビングに入ると、エプロン姿の
「何か手伝いありますか?」
「じゃあ、急須をお願いします。キッチンにありますので」
急須と茶筒、給湯ポットを持って戻り、いつもとように一緒にコタツに入って、おいしい朝食をいただく。
「待ち合わせの時間は、13時でしたよね?」
「はい。けどあたしは、11時に
掛け時計を確認。今は、7時を少し回ったところ。予定時刻から逆算する。
「そうなると、8時には家を出たいですね」
身支度の時間も欲しい。少し急いで朝食をいただき、簡単に身支度を済ませる。そして、予定通りの時間に玄関の鍵を掛けた。
「では、行きましょー」
「はい、お願いします」
「毎年ちゃんとしてますので任せてください」
「頼りにしてます」
「じゃあ、まずは氏神様からお参りです」
今日は、1月1日。正月、元日、元旦、賀正新年。
どれも、新しい年を迎えた祝いの日を表す言葉。
昨晩二人だけで、初めて日を跨いで迎えた年越しは、少し感慨深いものがあった。
「はい、とうちゃく~」
氏神様を奉っている近所の神社に到着。
さすが元日、大勢の参拝者が、お堂に列を成していた。
「じゃあ、あたしの
ここに来たのは、神楽坂へ引っ越した当日、忙しなく手を合わせて以来。本格的なお参りとなると、前世で赤坂の神社へ行ったのが直近のため、実質数年ぶりになる。そんな訳で、毎年しっかり参拝に行っている
「ただいまー」
「おかえり、
「あっ、お兄ちゃん。ただいまっ」
出迎えてくれたのは彼女の母ではなく、兄の
「ご無沙汰してます」
「おう、よく来たな。さぁ、遠慮しないで上がってくれ」
彼のあとに付いて、リビングへ。
「お母さんは?」
「部屋で準備してる。で、その頭どうしたんだ?」
「あれは、深い
岬で再会した時以来、約5ヶ月ぶり再会。あの時の俺は、茶髪に眼鏡と変装していた。眼鏡の方は、
「なんだ、茶髪イケてたのになぁ」
「ええ~っ? チャラいだけだよー」
「バンドマンをわかってないな。赤、青、金、銀、オレンジ、ミドリ、ムラサキだっているんだぜ?」
「
仲よく言い合う兄妹の後に続き。
身支度が整うのを待つ間、久しぶりに二人で言葉を交わす。
内容は、世間話から始まり、プロギタリストである彼の活動へ。傍からしてみれば苦労話しも、声色や表情は充実感に満ち溢れていた。そんな時間はあっという間に過ぎ去り、
「お待たせしました。どうですか?」
「とても似合ってますよ。かんざしも綺麗ですね」
アップに近いアレンジされたポニーテールを止めるかんざしが、普段よりも大人っぽさを演出している。
「お母さんが、用意してくれてたんですっ」
嬉しそうに笑顔を見せ、隣の椅子に腰掛けた。
電車の時刻までまだ余裕あったため、二人も会話に加わった。
「けど、あの時の子どもが、
「お兄ちゃんは、反対?」
少し不安そうに聞いた。
「んなワケねーだろ。聞いた時は、驚いたけどな。でも、ふたりとも幸せそうだからな。それで、予定日はいつなんだ?」
「まだまだ先だよー」
「最短でも、今の学校を卒業してからなので......」
「いや、そっちじゃねぇよ」
その言葉の意味を理解するのに数秒掛かった。返事をする前に、答えが告げられる。
「出産予定日。子どもができたから、そう言う話になったんだろ?」
とんでもない勘違いをされていた。
それは、誤解と必死に説明する俺と
「なんだよ、そう言うことかよ。道理で可笑しいと思ったんだよなぁ。
「もう、早とちりすぎだよー」
「ふふっ」
誤解が解けて、一安心。
「ところで、お前ら――」
次に発せられた言葉は、いろんなことを考えるさせられるきっかけの言葉だった。彼女の実家を出て、
「な、
「う~ん、ぎこちないですね」
「
「あっ!」
「やっぱり、いきなりは難しいですね」
「そうっすね。少し急ぎましょう、のんびりしすぎました」
腕時計で時間を確認した
「あっ、
約束の相手のひとり、妹の
「お待たせしました」
「いえいえ~、わたしたちも来たばかりですので。ね、お姉ちゃん?」
「ああ」
「でしたらよかったです。あ、そうだ、挨拶が遅れました。明けましておめでとうございまーす」
「はいっ、おめでとうございますっ」
店先で新年の挨拶を済ませて、店内へ中に入ると、数人の女性スタッフが準備万端で出迎えに来てくれた。
彼女たちの着替えを待つ間、クラスメイトから届いた新年の挨拶メッセージに返信しておく。
「
呼ばれた声に、スマホから目を離して顔を上げる。
視界に居たのは、赤を基調にした艶やかな晴れ着に袖を通した、赤い髪飾りでサイドアップにまとめた華やかな女性。
「とてもお似合いですね。綺麗です」
「ありがとうございますっ」
それは正に、アイドルのような素敵な笑顔。
「けど、少し意外でした」
「はい?」
「黒とか、大人びたのを選ぶかなって思っていたんで。
「わたしって、そんなイメージですか~?」
そう返した、彼女の動きがピタリと止まった。
「どうしました?」
「......いつから気づいてた?」
「もちろん、最初からですよ」
「ちっ、だとよっ!」
悔しそうに軽く舌打ちをした
「ふふーん、お二人とも、ゴチっす」
「うぅ~」
「ちっ」
どうやら、彼女の変装を見破れるか賭けをしていたらしい。
「二人は、まだ着替えないんですか?」
「あ、それがですね~」
「いっぱいあって、なかなか決められないんすよ」
「そうなんですよ~。それで、
予想は、的中。
「そういう訳なんで、見立てを手伝ってください」
「わかりました」
三人の後に続いて、衣装部屋へ入る。
「なるほど。これは確かに、目移りしますね」
「そうなんすよ」
衣装部屋のラックには、ぱっと見ても軽く百を遥かに越えるであろう艶やかな着物が種類、色別に掛けられている。
「候補は、決まっているんですか?」
「あたしは、いくつか。持ってきます」
「わたしは、お姉ちゃんが着てるのが気になってますっ」
「これか? なら今、脱ぐからちょっと待ってろ」
着物の襟元に手を掛けた
「着替える前に、写真撮らせてください」
「あん?」
「みんなに送っておきます」
「そいつは、面白そうだなっ!」
「でしょ?
俺が居るのに着物を脱ごうした
「あの~、わたしって、あんな感じなんですか?」
「少しやり過ぎな気がします。
「そうですか?」
「おっけーっす。じゃあ、送っときます」
すると、スマホに着信が来た。また新年の挨拶かと思い画面を見ると「ベストショット!」という文章と共に、目の前にいる
「これで、よっし。反応楽しみっすね」
「さて、着替えてくるか」
今度はしっかり、女性スタッフと更衣室に入っていく。スマホをしまった
「どれがいいと思いますか?」
「これ」
即答で、淡い桃色の花柄の着物を選んで指を差す。
「これにしますっ」
「他のは、戻しておきますね」
「ありがとうございます。じゃあ着替えてきますっ」
別のスタッフさんと更衣室へ。手を借りながら着物を戻す。
そして、
「さて、あたしはどうするかな?」
お前も手伝え、と視線が言っている。
「これ、どうですか?」
「ひくなっ! これじゃ、
美砂に見せたのは、襟元が広く開いた妖艶な着物。彼女のいう通り、花魁風の着物。
「冗談ですよ。本当はこっち」
別の着物を見せる。
「ったくよっ。これか?」
「絶対、似合いますよ」
「......ほんとかよ」
疑念の視線を向けられる。花魁衣装で不信感を持たれたみたいだ。「ま、候補の一つにしておいてやるよ」と言って彼女は、自身で選んだ着物を含め何着持って、更衣室に入っていった。ロビーに戻り、ベンチに座って、三人の着替えを待つ。
「お待たせしました、どうっすかっ?」
着替えを済ませた
「二人ともお似合いです。キレイですよ」
「そうっすか? ありがとうございまーす」
「ありがとうございますっ」
話しながら
「うわぁ~、すっげー」
「お姉ちゃん、すごいキレー!」
姿を見せた
黒を基調にしたコバルトブルーのグラデーションがかかった花柄の晴れ着。
「その着物にしたんですね。やっぱり、似合ってますね」
「店員が、これが一番似合うって引かなくて強引にだ。髪まで弄られた」
美砂のロングの金髪はアップにセットされ、彼女の魅力を更に引き出している。
「高級老舗旅館の若女将みたいっすね」
「将来、小料理屋とか開いたら繁盛間違いないと思いますよ」
「バカ言ってねぇでさっさと行くぞっ!」
「あ、待って、お姉ちゃん!」
スタッフにお礼を言って
* * *
待ち合わせの13時まで10分前。
星ノ海学園最寄りの神社に到着すると、
「ね、着替えてよかったっしょ?」
「そうですね。助かりました」
あの後、
「けど、落ち着かないかな。同じ正装でも、スーツなら慣れてるんですけど」
「似合ってますよ」
「
少し離れた場所で
「わぁ! なんすか、突然......」
突然の出現に驚いた
「あなたは、あなたと言うお人は――」
うつむきながら、わなわなと肩を震わせている。
「女神ですかっ!?」
ガバッ、と勢いよく顔上げた。
そして、取り出したスマホの待受画面を見せつける。
「ゆさりんのプライベートの晴れ着姿っ! さっそく、ゆさりん専用フォルダに保存させて頂きましたっ!」
眼鏡が曇るほど興奮し、息遣いも荒い。
その様子にドン引きした
「ひくなっ!」
「み、
見かねた
彼女の迫力に気圧されたのか、
「それは、あたしだっ!」
「|何を言っているのですか? 着ている着物が違うじゃないですか」
確かに、
「わかったか?」
コクっと小さく頷いた
「何を見せたんですか?」
「ん? ああ、これだ」
スマホの画面を見せて、スクロールさせる。それは、変装している最中の過程を記録した画像。着替え前、髪を結ぶところ、極めつけは
「なぁ、
「二人とも、やり過ぎですよ?」
「......後で謝っておきます」
「ちっ」
「何の話だ?」
簡単に事情を説明。
「嘘だろ? あれ、
「そんなに似てますか?」
「そっくりだよ。
「あ、そうなんですかー」
間違えられたのに、なんだか嬉しそうな
「コイツには、一瞬でバレたけどな」
「おかげで夕食はゴチっす」
「よくわかったな」
「しぐさとか、雰囲気でな」
こればかりは直で接しないと違いは分からないだろう。
「他にも微妙に髪の長さとかも違うんだ」
「よく見てるな」
「そりゃ、好きだし」
「お、おいっ!」
「なんすか? あたしも、好きっすよ」
「あれ?」
予想外のリアクションだったらしく、肩透かしをくらった形になった。
「よかったね、お姉ちゃん」
「何がだっ!」
「もちろん、
「当然っす。てか、嫌いなら関わろうとも想いませんし」
「ありがとうございますっ、わたしも大好きですよー!」
「それで、
近くで駄弁っていた
「愛してます」
「なるほど、そう返すのか」
腕を組んで、何やら感心した様子で頷いている。
「あっ、そうだ。
「はい、どうぞ」
預かっていた手荷物から取り出したビデオカメラを受け取った
「こんな時にも撮るのかよ」
「こんな時だからこそ撮るんすよ。おーい、
頭を打ち付けていた
「お待たせ致しました!」
「お前は、ぶれないな」
「さぁ、お参りに行きましょう」
鳥居をくぐり、社殿への道を歩く。その途中不意に、
「どうしました?」
「いえ。ああして、カメラを構えている姿を見ると、やはり
「ああ、確かにそれは、僕も何となくわかるよ」
「あたしのアイデンティティーは、カメラっすか?」
「いえいえ、懐かしいと思っただけですよ。調査の時は、いつも構えてましたから」
「だな。初めてあった時も、撮ってた」
「でしたね」
姉妹も、
「でも、何で今も撮ってるんだ?」
「クリスマスパーティーの時も撮ってた」と、
「みんなとの思い出ですから。それに将来必要っしょ?」
「将来?」
「披露宴とか。みんなもいつか、結婚するんですから。その時に役に立つっしょ?」
「披露宴って。気が早すぎだろ」
「なに言ってんすか。進級したら今よりも、確実に忙しくなるんです。あっという間に、卒業っすよ?」
「大変だな、お前らは」
他人事の様に、
「それこそ、
「あん? あたしは、進学する気はないぞ」
「......は?」
「えっ?」
「就職ですか?」
「あたしには、お前らみたいな学力はねーし。特に、やりたいことも見つからねー。それなら、実家を手伝おうって思ってな」
黒羽姉妹の実家は、長野県で蕎麦処を営んでいる。若干目を伏せた
「それに、この格好なら看板娘になるだろ?」
「そりゃ、間違いなくなるでしょうけど......」
「みなさん、続きはお参りをしてからしましょう。ここで立ち止まると、他の参拝者の迷惑になります」
「ああ、そうだな。二人とも後にしよう」
空気を読んだ
「実はあたしも最近、就職もいいかなーって思ってんすよ」
「何かしたいことがあるんですか?」
「永久就職~っ」
「わぁ~!」
光る指輪を、右手薬指から左手薬指にはめ直して、笑ってを見せた。
「はぁ~」
「どうした?
「私たちが、ようやく一歩進んだと思ったら。二人は百歩くらい先に行ってるなって」
「あははっ、
「当事者が笑わないでよ!」
「おい、
談笑の最中、普段と違う雰囲気を感じたのか。
「そのまま附属の上に進学すると思っていたんです」
「違うのか?」
「たぶんなんですけど。どうも、みんなと同じ大学に通いたいんじゃないかなって思うんです」
星ノ海学園旧生徒会の中で、唯一別の学校。国立の附属校に通っている。星ノ海学園の学校行事の話になると、疎外感のような感情を抱いて居るように感じていた。正直、再会当初、星ノ海学園へ転校したがっていた
「ハァ......ったくよ。あたしに、勉強教えろ」
「親孝行は、いいんですか?」
「まっ、もう少し待ってもらうさ。実際父親には、進学しろって言われてるしな」
「そうですか。ありがとうございます」
「甘えん坊の後輩を持つと苦労するぜ」
「可愛いでしょ?」
「さーな」
この時の
店を出た時には、日が傾き始めたこともあって、参拝者が少なくなった社殿の前に戻った。
「
「はいはいっと、じゃあとりますよー?」
初めに約束通り、
「じゃあ、撮るわよ」
「お願いしまーす!」
――カシャッ!
そして、
* * *
「う~ん、このくらいかな? はーい、ミルクですよー」
頬に哺乳瓶を当ててミルクの温度を確認してから、
「おお~っ、ちゃんと飲んでるっ」
一生懸命ミルクを飲む姿を見て感動している。
「なかなか、うまいじゃねぇか」
「本当、上手ですね。
「えへへ~、学校で習いましたので」
「
「そうだろ! 俺様の孫だからなっ!」
表情がだらしなく緩んでゴキゲン、完全に祖父バカ。
この春、お互い卒業して旧星ノ海学園生徒会全員が、
今日は、
「
「あ、はい」
「はい、
まだ座っていない首に腕添えて慎重に抱く、温もりと軽い重みが伝わってくる。腕の中で、笑顔を見せてくれた。
「おお、様になってるっ!」
「
「チッ......小僧、
「あらあら。
「くっそ~! ジェラシー!!」
大人げなく畳の上で転げ回っている。
「式の当日は、よろしくお願いします」
「おうよ、任せとけ!」
「ありがとうございます」
快く引き受けてくれた二人に、
「だがな、テメェ! 俺の
「もう~、あたし、
「
「けっ!」
「はは、肝に銘じておきます」
古河家を後にして、自宅へ帰る。
「
「うん、そうだね」
何やら、視線を感じる。何かを訴える様な目をしていた。
「どうしたの?」
「欲しくないの? 赤ちゃん」
「......まあ、いつかは。今は、居れるだけで幸せだから」
「――うん」
手を繋ぐ。繋いだ
「その日記、いつも持ち歩いてるよね」
「うん、あたしの宝物。もう、いっぱいで書けなくなっちゃったけど」
そう言った
「あ、そのページ――」
「うんっ、一番のお気に入りっ!」
「そっか......」
お気に入りのページは、折り癖がついている。何度も、何度も繰り返し読んでいたのがわかる。大切に日記をしまって、手を取り繋ぎ直す。
「あ、もうこんな時間だ。みんな、待ってるよ」
「そうだね、行こう」
神楽坂の自宅マンション。
その玄関前では既に、みんなが待っていた。
「あっ、お二人ともー!」
「いちゃついてっから遅れたんじゃねーだろうな?」
「お急ぎください。せっかくのゆさりんの手料理が冷めてします!」
「ごめん」
みんなに謝ってから一度立ち止まって、
母の日記。
「
「ん? なんですか?」
久しぶりの敬語。彼女もまた、敬語で返してくれた。
1998/×/××。
一番大切なことを忘れてた。そろそろ、名前を決めないと。
まだ性別は分からないけど、二人で話し合った結果......。もし、男の子だったら――
「絶対、幸せにします」
「はい、お願いします!」
それは、今まで見てきた数え切れないほどの笑顔の中で、間違いなく一番の笑顔――かけがえのない宝物だ。