Charlotte ~時を超える想い~ -after story-   作:ナナシの新人

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Episode17 ~宝物~

「起きてください。朝ですよー」

 

 まどろみの中、愛しい人の声がする。

 その直後、カーテンを引く音が聞こえて、閉じられていた視界が明るくなった。

 

「起きないなー、う~ん......」

 

 まるで花畑の中にいるような、甘く花やかな香りがする。奈緒(なお)の匂い。ずっと感じていたいと想う、安心する香り。

 

「仕方ない。早く起きないと、もう――」

 

 彼女の吐息を感じると共に、耳元で囁かれた言葉に目を開けて、体を起こす。

 

「あっ、起きた。おはよーございまーす」

「おはよう」

 

「してやったり」と言った感じで、奈緒(なお)は得意気な表情をしている。どうやら、狸寝入りはバレていたらしい。

 

「さぁ、顔を洗って、朝ごはんにしましょう。今日は一日、朝から忙しいですから。と言うことで、急いでください」

 

 そういうと忙しなく、寝室を出て行った。

 

「あれは、ズルいな」

 

 後ろ姿が見えなくなったドアを見つめながらひとつタメ息をついて、ベッドを出る。洗面所で顔を洗って、リビングに入ると、エプロン姿の奈緒(なお)が、コタツのテーブルに朝食を用意してくれていた。

 

「何か手伝いありますか?」

「じゃあ、急須をお願いします。キッチンにありますので」

 

 急須と茶筒、給湯ポットを持って戻り、いつもとように一緒にコタツに入って、おいしい朝食をいただく。

 

「待ち合わせの時間は、13時でしたよね?」

「はい。けどあたしは、11時に柚咲(ゆさ)さんたちとお店で待ち合わせの約束があるので。10時頃には、実家を出たいです」

 

 掛け時計を確認。今は、7時を少し回ったところ。予定時刻から逆算する。

 

「そうなると、8時には家を出たいですね」

 

 身支度の時間も欲しい。少し急いで朝食をいただき、簡単に身支度を済ませる。そして、予定通りの時間に玄関の鍵を掛けた。

 

「では、行きましょー」

「はい、お願いします」

「毎年ちゃんとしてますので任せてください」

「頼りにしてます」

「じゃあ、まずは氏神様からお参りです」

 

 今日は、1月1日。正月、元日、元旦、賀正新年。

 どれも、新しい年を迎えた祝いの日を表す言葉。

 昨晩二人だけで、初めて日を跨いで迎えた年越しは、少し感慨深いものがあった。

 

「はい、とうちゃく~」

 

 氏神様を奉っている近所の神社に到着。

 さすが元日、大勢の参拝者が、お堂に列を成していた。

 

「じゃあ、あたしの真似(まね)をしてください。最初は、この手水で手と口を清めます」

 

 ここに来たのは、神楽坂へ引っ越した当日、忙しなく手を合わせて以来。本格的なお参りとなると、前世で赤坂の神社へ行ったのが直近のため、実質数年ぶりになる。そんな訳で、毎年しっかり参拝に行っている奈緒(なお)に作法を教わりながら、無事にお参りを終え。その足で、彼女の実家へと向かう。

 

「ただいまー」

「おかえり、奈緒(なお)

「あっ、お兄ちゃん。ただいまっ」

 

 出迎えてくれたのは彼女の母ではなく、兄の一希(かずき)さん。例の話しを伝えたところ、多忙の合間を縫って帰省してくれた。

 

「ご無沙汰してます」

「おう、よく来たな。さぁ、遠慮しないで上がってくれ」

 

 彼のあとに付いて、リビングへ。

 

「お母さんは?」

「部屋で準備してる。で、その頭どうしたんだ?」

「あれは、深い事情(わけ)があって、一時的なものですよ」

 

 岬で再会した時以来、約5ヶ月ぶり再会。あの時の俺は、茶髪に眼鏡と変装していた。眼鏡の方は、奈緒(なお)に外されたからかけてなかったけど、ウイッグはつけっぱなしだった。

 

「なんだ、茶髪イケてたのになぁ」

「ええ~っ? チャラいだけだよー」

 

 兄妹(きょうだい)で、真逆の反応。

 

「バンドマンをわかってないな。赤、青、金、銀、オレンジ、ミドリ、ムラサキだっているんだぜ?」

(しょう)くんは、バンド組んでないから」

 

 仲よく言い合う兄妹の後に続き。奈緒(なお)は「少し待っててください」と、母親が待つ部屋へ入っていった。

 身支度が整うのを待つ間、久しぶりに二人で言葉を交わす。

 内容は、世間話から始まり、プロギタリストである彼の活動へ。傍からしてみれば苦労話しも、声色や表情は充実感に満ち溢れていた。そんな時間はあっという間に過ぎ去り、奈緒(なお)と母親がリビングに姿を見せる。

 

「お待たせしました。どうですか?」

「とても似合ってますよ。かんざしも綺麗ですね」

 

 アップに近いアレンジされたポニーテールを止めるかんざしが、普段よりも大人っぽさを演出している。

 

「お母さんが、用意してくれてたんですっ」

 

 嬉しそうに笑顔を見せ、隣の椅子に腰掛けた。

 電車の時刻までまだ余裕あったため、二人も会話に加わった。

 

「けど、あの時の子どもが、奈緒(なお)となぁ。世の中わかんねーんもんだな」

「お兄ちゃんは、反対?」

 

 少し不安そうに聞いた。

 

「んなワケねーだろ。聞いた時は、驚いたけどな。でも、ふたりとも幸せそうだからな。それで、予定日はいつなんだ?」

「まだまだ先だよー」

「最短でも、今の学校を卒業してからなので......」

「いや、そっちじゃねぇよ」

 

 その言葉の意味を理解するのに数秒掛かった。返事をする前に、答えが告げられる。

 

「出産予定日。子どもができたから、そう言う話になったんだろ?」

 

 とんでもない勘違いをされていた。

 それは、誤解と必死に説明する俺と奈緒(なお)を見て、母親はどこか可笑しそうに微笑んでいた。

 

「なんだよ、そう言うことかよ。道理で可笑しいと思ったんだよなぁ。奈緒(なお)の腹、ぜんぜん大きくなってねぇし」

「もう、早とちりすぎだよー」

「ふふっ」

 

 誤解が解けて、一安心。

 

「ところで、お前ら――」

 

 次に発せられた言葉は、いろんなことを考えるさせられるきっかけの言葉だった。彼女の実家を出て、黒羽(くろばね)姉妹との待ち合わせ場所の最寄り駅でバスを降りる。

 

「な、奈緒(なお)

「う~ん、ぎこちないですね」

奈緒(なお)さんも、敬語......」

「あっ!」

 

 一希(かずき)さんに言われた言葉は、「ところで、お前ら。なんで、敬語で話してるんだ?」。けど、今さら変えるのも難しい、と言うより若干違和感を覚える。流れの中でなら自然に呼べたことは何度かあった気がするが。改めてなると、気恥ずかしさに似た感情を覚える。

 

「やっぱり、いきなりは難しいですね」

「そうっすね。少し急ぎましょう、のんびりしすぎました」

 

 腕時計で時間を確認した奈緒(なお)は俺の手を取り、少し早足で歩みを進める。道の角を曲がり、待ち合わせ場所のレンタル衣装屋が見えた。

 

「あっ、奈緒(なお)さ~んっ、宮瀬(みやせ)さ~んっ!」

 

 約束の相手のひとり、妹の柚咲(ゆさ)が手を振りながら呼ぶ。

 

「お待たせしました」

「いえいえ~、わたしたちも来たばかりですので。ね、お姉ちゃん?」

「ああ」

「でしたらよかったです。あ、そうだ、挨拶が遅れました。明けましておめでとうございまーす」

「はいっ、おめでとうございますっ」

 

 店先で新年の挨拶を済ませて、店内へ中に入ると、数人の女性スタッフが準備万端で出迎えに来てくれた。奈緒(なお)の手荷物を預り、三人は、スタッフに案内されて衣装部屋。

 彼女たちの着替えを待つ間、クラスメイトから届いた新年の挨拶メッセージに返信しておく。

 

宮瀬(みやせ)さんっ、どうですかっ?」

 

 呼ばれた声に、スマホから目を離して顔を上げる。

 視界に居たのは、赤を基調にした艶やかな晴れ着に袖を通した、赤い髪飾りでサイドアップにまとめた華やかな女性。

 

「とてもお似合いですね。綺麗です」

「ありがとうございますっ」

 

 それは正に、アイドルのような素敵な笑顔。

 

「けど、少し意外でした」

「はい?」

「黒とか、大人びたのを選ぶかなって思っていたんで。美砂(みさ)さんは」

「わたしって、そんなイメージですか~?」

 

 そう返した、彼女の動きがピタリと止まった。

 

「どうしました?」

「......いつから気づいてた?」

「もちろん、最初からですよ」

「ちっ、だとよっ!」

 

 悔しそうに軽く舌打ちをした美砂(みさ)は、衣装部屋に通じるドアに向かって声を掛ける。ドアが開いて、本物の柚咲(ゆさ)奈緒(なお)が出てきた。二人は、普段着のまま対照的な表情をしていた。

 

「ふふーん、お二人とも、ゴチっす」

「うぅ~」

「ちっ」

 

 どうやら、彼女の変装を見破れるか賭けをしていたらしい。

 

「二人は、まだ着替えないんですか?」

「あ、それがですね~」

「いっぱいあって、なかなか決められないんすよ」

「そうなんですよ~。それで、宮瀬(みやせ)さんの意見を伺おうと思ったんですけど」

 

 予想は、的中。店舗(みせ)のスタッフは全員女性。男目線の意見を聞きに来たついでに、美砂(みさ)が勝負を持ち出し、奈緒(なお)が乗った。結果は、先ほどの通りの結果。

 

「そういう訳なんで、見立てを手伝ってください」

「わかりました」

 

 三人の後に続いて、衣装部屋へ入る。

 

「なるほど。これは確かに、目移りしますね」

「そうなんすよ」

 

 衣装部屋のラックには、ぱっと見ても軽く百を遥かに越えるであろう艶やかな着物が種類、色別に掛けられている。

 

「候補は、決まっているんですか?」

「あたしは、いくつか。持ってきます」

「わたしは、お姉ちゃんが着てるのが気になってますっ」

「これか? なら今、脱ぐからちょっと待ってろ」

 

 着物の襟元に手を掛けた美砂(みさ)を、奈緒(なお)が止めに入った。

 

「着替える前に、写真撮らせてください」

「あん?」

「みんなに送っておきます」

「そいつは、面白そうだなっ!」

「でしょ? 柚咲(ゆさ)さんっぽくお願いしまーす」

 

 俺が居るのに着物を脱ごうした美砂(みさ)を止める訳じゃないのか。男として見られていないのだろうか? その美砂(みさ)はリクエストに答え、アイドル顔負けのあざとい笑顔でポーズを決めてみせる。

 

「あの~、わたしって、あんな感じなんですか?」

「少しやり過ぎな気がします。柚咲(ゆさ)さんは、もっと自然ですよ」

「そうですか?」

 

 柚咲(ゆさ)の場合は、今の美砂(みさ)くらいあざとい方がファンには喜ばれる気もする。彼女の大ファンの歩未(あゆみ)とか、高城(たかじょう)とか、高城(たかじょう)とか、高城(たかじょう)とか――。

 

「おっけーっす。じゃあ、送っときます」

 

 すると、スマホに着信が来た。また新年の挨拶かと思い画面を見ると「ベストショット!」という文章と共に、目の前にいる美砂(みさ)のあざとい着物姿の写真が、グループチャットアプリ画面に表示されていた。

 

「これで、よっし。反応楽しみっすね」

「さて、着替えてくるか」

 

 今度はしっかり、女性スタッフと更衣室に入っていく。スマホをしまった奈緒(なお)が、候補の着物を数着持って俺の元へ持ってくる。

 

「どれがいいと思いますか?」

「これ」

 

 即答で、淡い桃色の花柄の着物を選んで指を差す。

 

「これにしますっ」

「他のは、戻しておきますね」

「ありがとうございます。じゃあ着替えてきますっ」

 

 別のスタッフさんと更衣室へ。手を借りながら着物を戻す。

 そして、奈緒(なお)と入れかわる形で美砂(みさ)が出てきた。今度は、柚咲(ゆさ)が更衣室へ。

 

「さて、あたしはどうするかな?」

 

 お前も手伝え、と視線が言っている。

 

「これ、どうですか?」

「ひくなっ! これじゃ、花魁(おいらん)じゃねぇか!」

 

 美砂に見せたのは、襟元が広く開いた妖艶な着物。彼女のいう通り、花魁風の着物。

 

「冗談ですよ。本当はこっち」

 

 別の着物を見せる。

 

「ったくよっ。これか?」

「絶対、似合いますよ」

「......ほんとかよ」

 

 疑念の視線を向けられる。花魁衣装で不信感を持たれたみたいだ。「ま、候補の一つにしておいてやるよ」と言って彼女は、自身で選んだ着物を含め何着持って、更衣室に入っていった。ロビーに戻り、ベンチに座って、三人の着替えを待つ。

 

「お待たせしました、どうっすかっ?」

 

 着替えを済ませた奈緒(なお)柚咲(ゆさ)が、先にロビーに出てきた。二人は着物姿を見せつけるように、刺繍が施された振り袖を軽く持ち上げる。

 

「二人ともお似合いです。キレイですよ」

「そうっすか? ありがとうございまーす」

「ありがとうございますっ」

 

 話しながら美砂(みさ)を待ち、しばらくして。

 

「うわぁ~、すっげー」

「お姉ちゃん、すごいキレー!」

 

 姿を見せた美砂(みさ)は、想像以上だった。

 黒を基調にしたコバルトブルーのグラデーションがかかった花柄の晴れ着。

 

「その着物にしたんですね。やっぱり、似合ってますね」

「店員が、これが一番似合うって引かなくて強引にだ。髪まで弄られた」

 

 美砂のロングの金髪はアップにセットされ、彼女の魅力を更に引き出している。

 

「高級老舗旅館の若女将みたいっすね」

「将来、小料理屋とか開いたら繁盛間違いないと思いますよ」

「バカ言ってねぇでさっさと行くぞっ!」

「あ、待って、お姉ちゃん!」

 

 スタッフにお礼を言って柚咲(ゆさ)は、姉の後を追っていた。

 

           * * *

 

 

 待ち合わせの13時まで10分前。

 星ノ海学園最寄りの神社に到着すると、有宇(ゆう)たちは既に集合していて。全員、着物姿だった。

 

「ね、着替えてよかったっしょ?」

「そうですね。助かりました」

 

 あの後、黒羽(くろばね)姉妹を追おうとしたが「(しょう)くんは、着替えないんですか?」と聞かれ。乗り気のスタッフさんに押し切られる形で袴に着替えさせられた。

 

「けど、落ち着かないかな。同じ正装でも、スーツなら慣れてるんですけど」

「似合ってますよ」

友利(ともり)さんっ!」

 

 少し離れた場所で有宇(ゆう)たちと一緒にいたはずの高城(たかじょう)が、まるで瞬間移動した錯覚するほどの勢いで、奈緒(なお)の目の前に現れた。

 

「わぁ! なんすか、突然......」

 

 突然の出現に驚いた奈緒(なお)は引き気味に、腕に抱きついて来た。

 

「あなたは、あなたと言うお人は――」

 

 うつむきながら、わなわなと肩を震わせている。

 

「女神ですかっ!?」

 

 ガバッ、と勢いよく顔上げた。

 そして、取り出したスマホの待受画面を見せつける。

 

「ゆさりんのプライベートの晴れ着姿っ! さっそく、ゆさりん専用フォルダに保存させて頂きましたっ!」

 

 眼鏡が曇るほど興奮し、息遣いも荒い。

 その様子にドン引きした奈緒(なお)は、更に強くしがみついた。

 

「ひくなっ!」

「み、美砂(みさ)さんっ?」

 

 見かねた美砂(みさ)が、間に割って入る。

 彼女の迫力に気圧されたのか、高城(たかじょう)は少し距離を取った。

 

「それは、あたしだっ!」

「|何を言っているのですか? 着ている着物が違うじゃないですか」

 

 確かに、高城(たかじょう)が間違えるのも無理はない。写真の美砂(みさ)と、今、柚咲(ゆさ)が着ている着物が同じ柄だから、計らずも絶妙なカモフラージュになっている。言葉では納得しない高城(たかじょう)に、スマホを見せた。

 

「わかったか?」

 

 コクっと小さく頷いた高城(たかじょう)は分かりやすくは肩を落とし、社殿の方へ歩いていった。美砂(みさ)に尋ねる。

 

「何を見せたんですか?」

「ん? ああ、これだ」

 

 スマホの画面を見せて、スクロールさせる。それは、変装している最中の過程を記録した画像。着替え前、髪を結ぶところ、極めつけは柚咲(ゆさ)とのツーショット写真。これでは、疑いようがない。

 

「なぁ、高城(たかじょう)のやつどうしたんだ?」

 

 有宇(ゆう)柚咲(ゆさ)が、一緒にやって来た。視線の先の高城(たかじょう)を見ると、社殿近くの灯籠に頭を打ちつけていた。ゴツゴツ、と痛い音がここまで聞こえる。

 

「二人とも、やり過ぎですよ?」

「......後で謝っておきます」

「ちっ」

「何の話だ?」

 

 簡単に事情を説明。

 

「嘘だろ? あれ、美砂(みさ)だったのかっ?」

「そんなに似てますか?」

「そっくりだよ。歩未(あゆみ)なんて、すぐに待受に設定してたぞ」

「あ、そうなんですかー」

 

 間違えられたのに、なんだか嬉しそうな柚咲(ゆさ)

 

「コイツには、一瞬でバレたけどな」

「おかげで夕食はゴチっす」

「よくわかったな」

「しぐさとか、雰囲気でな」

 

 こればかりは直で接しないと違いは分からないだろう。

 

「他にも微妙に髪の長さとかも違うんだ」

「よく見てるな」

「そりゃ、好きだし」

「お、おいっ!」

 

 有宇(ゆう)はおそるおそる、奈緒(なお)を見る。

 

「なんすか? あたしも、好きっすよ」

「あれ?」

 

 予想外のリアクションだったらしく、肩透かしをくらった形になった。

 

「よかったね、お姉ちゃん」

「何がだっ!」

「もちろん、柚咲(ゆさ)さんも好きですよ」

「当然っす。てか、嫌いなら関わろうとも想いませんし」

「ありがとうございますっ、わたしも大好きですよー!」

「それで、奈緒(なお)ちゃんのことは?」

 

 近くで駄弁っていた隼翼(しゅんすけ)たちが、話題に入ってきた。

 

「愛してます」

「なるほど、そう返すのか」

 

 腕を組んで、何やら感心した様子で頷いている。

 

「あっ、そうだ。(しょう)くん、カメラ貸してください」

「はい、どうぞ」

 

 預かっていた手荷物から取り出したビデオカメラを受け取った奈緒(なお)は、電源を入れてカメラを回し始めた。

 

「こんな時にも撮るのかよ」

「こんな時だからこそ撮るんすよ。おーい、高城(たかじょう)ー、後で柚咲(ゆさ)さんとのツーショット録ってやるぞー」

 

 頭を打ち付けていた高城(たかじょう)が、猛スピードで駆けて来た。

 

「お待たせ致しました!」

「お前は、ぶれないな」

「さぁ、お参りに行きましょう」

 

 鳥居をくぐり、社殿への道を歩く。その途中不意に、高城(たかじょう)が笑った。

 

「どうしました?」

「いえ。ああして、カメラを構えている姿を見ると、やはり友利(ともり)さんだなと思いまして」

「ああ、確かにそれは、僕も何となくわかるよ」

「あたしのアイデンティティーは、カメラっすか?」

「いえいえ、懐かしいと思っただけですよ。調査の時は、いつも構えてましたから」

「だな。初めてあった時も、撮ってた」

「でしたね」

 

 姉妹も、有宇(ゆう)たちと同じ思いみたいだ。俺も、特殊能力者を調査する時は、いつもああしていたこと思い出した。誰よりも熱心に、誠実に、自分のことを犠牲にしても懸命に取り組む姿に、心を打たれたんだ。

 

「でも、何で今も撮ってるんだ?」

 

「クリスマスパーティーの時も撮ってた」と、有宇(ゆう)が疑問を投げかける。奈緒(なお)の返答は、シンプルな答え。

 

「みんなとの思い出ですから。それに将来必要っしょ?」

「将来?」

「披露宴とか。みんなもいつか、結婚するんですから。その時に役に立つっしょ?」

「披露宴って。気が早すぎだろ」

 

「なに言ってんすか。進級したら今よりも、確実に忙しくなるんです。あっという間に、卒業っすよ?」

「大変だな、お前らは」

 

 他人事の様に、美砂(みさ)は言った。

 

「それこそ、美砂(みさ)は来年受験だろ? そんな悠長でいいのか?」

「あん? あたしは、進学する気はないぞ」

「......は?」

「えっ?」

 

 有宇(ゆう)奈緒(なお)は、美砂の言葉に声をあげた。固まっている二人の代わりに理由を聞く。

 

「就職ですか?」

「あたしには、お前らみたいな学力はねーし。特に、やりたいことも見つからねー。それなら、実家を手伝おうって思ってな」

 

 黒羽姉妹の実家は、長野県で蕎麦処を営んでいる。若干目を伏せた美砂(みさ)は「とんでもない親不孝しちまったからな」と、小さな声で後悔の言葉を口にした。

 

「それに、この格好なら看板娘になるだろ?」

「そりゃ、間違いなくなるでしょうけど......」

 

 奈緒(なお)の言うように、人気アイドルの実家と美人姉が看板娘。話題性抜群なことは間違いないだろう。

 

「みなさん、続きはお参りをしてからしましょう。ここで立ち止まると、他の参拝者の迷惑になります」

「ああ、そうだな。二人とも後にしよう」

 

 空気を読んだ高城(たかじょう)の意見に、有宇(ゆう)が賛同。ひとまず参拝を済ませ、神社の敷地内にある甘味処で腹ごしらえをすることに。

 

「実はあたしも最近、就職もいいかなーって思ってんすよ」

「何かしたいことがあるんですか?」

「永久就職~っ」

「わぁ~!」

 

 光る指輪を、右手薬指から左手薬指にはめ直して、笑ってを見せた。

 

「はぁ~」

「どうした? 目時(めどき)

 

 奈緒(なお)柚咲(ゆさ)のやり取りを見ていた目時(めどき)は頬杖を突いて、小さくタメ息をついた。

 

「私たちが、ようやく一歩進んだと思ったら。二人は百歩くらい先に行ってるなって」

「あははっ、宮瀬(みやせ)の甲斐性は半端ないからな」

「当事者が笑わないでよ!」

「おい、友利(ともり)のやつどうしたんだ?」

 

 談笑の最中、普段と違う雰囲気を感じたのか。美砂(みさ)が、確認に来た。少し考えて個人的な見解を伝える。

 

「そのまま附属の上に進学すると思っていたんです」

「違うのか?」

「たぶんなんですけど。どうも、みんなと同じ大学に通いたいんじゃないかなって思うんです」

 

 星ノ海学園旧生徒会の中で、唯一別の学校。国立の附属校に通っている。星ノ海学園の学校行事の話になると、疎外感のような感情を抱いて居るように感じていた。正直、再会当初、星ノ海学園へ転校したがっていた奈緒(なお)を止めてしまった経緯がある。だから、今後の進路は彼女の意思を尊重してあげたい。

 

「ハァ......ったくよ。あたしに、勉強教えろ」

「親孝行は、いいんですか?」

「まっ、もう少し待ってもらうさ。実際父親には、進学しろって言われてるしな」

「そうですか。ありがとうございます」

「甘えん坊の後輩を持つと苦労するぜ」

「可愛いでしょ?」

「さーな」

 

 この時の美砂(みさ)の表情は、すごく優しかった。

 店を出た時には、日が傾き始めたこともあって、参拝者が少なくなった社殿の前に戻った。

 

友利(ともり)さん、お願いしますっ!」

「はいはいっと、じゃあとりますよー?」

 

 初めに約束通り、高城(たかじょう)柚咲(ゆさ)のツーショットを、彼のスマホで撮ってしてから。また、ビデオカメラを回し始めた。各々好きに記念撮影したりして、最後に、偶然仲間内と参拝に来ていたゆり先生にお願いして、全員の集合写真を撮って貰うことになった。

 

「じゃあ、撮るわよ」

「お願いしまーす!」

 

 ――カシャッ! 

 そして、奈緒(なお)が言った通り、季節は思った以上の速さで巡り、過ぎ去っていった。

 

 

           * * *

 

 

「う~ん、このくらいかな? はーい、ミルクですよー」

 

 頬に哺乳瓶を当ててミルクの温度を確認してから、奈緒(なお)は、抱いている赤ん坊の口に哺乳瓶を近づける。

 

「おお~っ、ちゃんと飲んでるっ」

 

 一生懸命ミルクを飲む姿を見て感動している。

 

「なかなか、うまいじゃねぇか」

「本当、上手ですね。奈緒(なお)ちゃんは、いいお母さんになりますね」

「えへへ~、学校で習いましたので」

 

 秋生(あきお)さんと早苗(さな)さんに誉められて、とても嬉しそう。彼女が今、抱いている子は、岡崎(おかざき)夫妻の子ども。つまり、古河夫妻の孫にあたる。名前は、岡崎(おかざき)(うしお)

 

(うしお)ちゃん、カワイイ!」

「そうだろ! 俺様の孫だからなっ!」

 

 表情がだらしなく緩んでゴキゲン、完全に祖父バカ。

 この春、お互い卒業して旧星ノ海学園生徒会全員が、隼翼(しゅんすけ)たちと同じ大学へ進学が決まった。そして卒業後、俺と奈緒(なお)は籍を入れ、気持ちを新たに新生活を送っている。

 今日は、(かつ)先生のところへ挨拶へいったあと、古河夫妻にも挨拶するため古河家に足を運んだところ、偶然、孫娘を預かっていた。岡崎(おかざき)夫妻は今、デート中だそう。

 

宮瀬(みやせ)さんも、抱いてあげてくださいね」

「あ、はい」

「はい、(しょう)くん。こうやって首を添えて、腕を支える感じで抱いてあげてね」

 

 まだ座っていない首に腕添えて慎重に抱く、温もりと軽い重みが伝わってくる。腕の中で、笑顔を見せてくれた。

 

「おお、様になってるっ!」

(うしお)もご機嫌ですね」

「チッ......小僧、(うしお)を渡しやがれ!」

 

 秋生(あきお)さんが手を伸ばすと、(うしお)はぷいっと横を向いた。

 

「あらあら。(うしお)は、若くてカッコいい男の子の方がいいみたいですね」

「くっそ~! ジェラシー!!」

 

 大人げなく畳の上で転げ回っている。

 早苗(さなえ)さんに(うしお)を預け、寝かしつけてから本題に入る。

 

「式の当日は、よろしくお願いします」

「おうよ、任せとけ!」

「ありがとうございます」

 

 快く引き受けてくれた二人に、奈緒(なお)と一緒に頭を下げる。

 

「だがな、テメェ! 俺の奈緒(むすめ)を泣かせたら、ただじゃおかねぇぞ!」

「もう~、あたし、秋生(あきお)さんの子どもじゃないんだけど」

秋生(あきお)さんは、(なぎさ)がお嫁に行っちゃって、今度は奈緒(なお)ちゃんも。だから、寂しいんですよ」

「けっ!」

「はは、肝に銘じておきます」

 

 古河家を後にして、自宅へ帰る。

 

(うしお)ちゃん、カワイかったね」

「うん、そうだね」

 

 何やら、視線を感じる。何かを訴える様な目をしていた。

 

「どうしたの?」

「欲しくないの? 赤ちゃん」

「......まあ、いつかは。今は、居れるだけで幸せだから」

「――うん」

 

 手を繋ぐ。繋いだ奈緒(なお)の左手にひんやりした感触、過去に買ったペアリングとは違う指輪。ふと、その指輪を見ると、右肩から下げているバッグに目が止まった。

 

「その日記、いつも持ち歩いてるよね」

「うん、あたしの宝物。もう、いっぱいで書けなくなっちゃったけど」

 

 そう言った奈緒(なお)は、繋いでいた手を離して、日記を手に持ってページを捲った。

 

「あ、そのページ――」

「うんっ、一番のお気に入りっ!」

「そっか......」

 

 お気に入りのページは、折り癖がついている。何度も、何度も繰り返し読んでいたのがわかる。大切に日記をしまって、手を取り繋ぎ直す。

 

「あ、もうこんな時間だ。みんな、待ってるよ」

「そうだね、行こう」

 

 神楽坂の自宅マンション。

 その玄関前では既に、みんなが待っていた。

 

「あっ、お二人ともー!」

「いちゃついてっから遅れたんじゃねーだろうな?」

 

 柚咲(ゆさ)は大袈裟に手を振り、美砂(みさ)は冗談交じりに言って。

 

「お急ぎください。せっかくのゆさりんの手料理が冷めてします!」

 

 柚咲(ゆさ)が作った料理を両手に持った高城(たかじょう)は、相変わらず。有宇(ゆう)は黙ったまま、少しクールを気取って軽く手を挙げて見せた。どことなく、隼翼(しゅんすけ)に似てきた気がする。

 

「ごめん」

 

 みんなに謝ってから一度立ち止まって、奈緒(なお)を見つめる。

 母の日記。奈緒(なお)のお気に入りのページに書かれていた内容――。

 

奈緒(なお)さん」

「ん? なんですか?」

 

 久しぶりの敬語。彼女もまた、敬語で返してくれた。

 

 1998/×/××。

 一番大切なことを忘れてた。そろそろ、名前を決めないと。

 まだ性別は分からないけど、二人で話し合った結果......。もし、男の子だったら――(しょう)。もし、女の子だったら――。

 

「絶対、幸せにします」

「はい、お願いします!」

 

 それは、今まで見てきた数え切れないほどの笑顔の中で、間違いなく一番の笑顔――かけがえのない宝物だ。

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