Charlotte ~時を超える想い~ -after story-   作:ナナシの新人

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Episode2 ~再会~

 約束の週末。

 集合時間の少し前に、プールに到着。

 ここまでの移動中に「混む前に場所取りをしておく」と、事前に連絡を受けたため、二人分の入場券を買い求めて中に入る。

 

「じゃあ、入口付近に居ますね」

「了解っす。では、のちほど」

 

 先日、一緒に新調した水着などの着替えを入れたバッグと、朝早起きして作ってくれた昼食が入ったバスケットを持って、お互い別々の更衣室へ。手早くに着替えを済ませ、貴重品等の必要最低限の物を持って、プールへと続く通路を抜ける。

 プールは、屋外と屋内施設が混在する大型複合施設。かなりの規模だった。探すのに苦労しそうだ。

 奈緒(なお)を待ちながら、ざっと見渡してみるも、それらしき姿は見つけられなかった。

 

「お待たせしましたー」

 

 到着したことを知らせるメッセージを送信した直後、着替えを済ませた奈緒(なお)が、更衣室から出てきた。淡いピンクを基調にしたフリル付きの可愛らしい水着姿。髪形も、ポニーテールから、親しみのあるツーサイドアップにしている。それ以上に、初めて見る水着姿に思わず見入ってしまいそうになる。

 

「その水着、やっぱり似合ってますね」

「ど、どもっす。えーと、隼翼(しゅんすけ)さんたちは~と......」

 

 照れ隠しのように視線を、人混みの中へ向けた。

 

「今、連絡をいれました。既読になったので――」

「おーい、こっちだ!」

 

 言ったそばから、その人物が、俺たちへ向かって手を振ってアピールしている。

 

「行きましょう」

「あっ、そうだ。日焼け止めクリームなんですけど」

 

 それはたぶん、俺が預かっているバッグの中に入っている。ここで渡しても、他の客の迷惑になる。水着と一緒に買った、お揃いの白いラッシュガードを、彼女の肩にそっと添える。

 

「あとで渡しますね」

「はい。では、行きましょー」

 

 大勢の人混みではぐれないように、しっかり手を繋いで、隼翼(しゅんすけ)の元へ向かう。

 

「相変わらず、仲はいいみたいみたいだな」

「おかげさまで」

「あの、隼翼(しゅんすけ)さん。他の方々は?」

「もうみんな、好き勝手に遊び回ってる。荷物は、向こうにまとめてある。こっちだ」

 

 隼翼(しゅんすけ)の案内で、プールサイドに完備された日陰の休憩スペースへ移動。敷かれたレジャーシートの上に、荷物がまとめて置かれていた。傷まないように保冷剤を多めに入れてきたけど、ここなら心配なさそうだ。

 ただ、昼食のこと以上に気になることがある。奈緒(なお)も、同じことを思っているのか、若干、呆れ顔を覗かせた。

 

「どうして、麻雀やってんすか?」

 

 四人掛けの小洒落たテーブルには相応しくない、麻雀卓がセッティングされており。熊耳(くまがみ)を筆頭に、目時(めどき)七野(しちの)前泊(まえどまり)、と懐かしい顔ぶれが麻雀を楽しんでいた。

 

「アイツらは、生徒会室でも暇があると打ってるよ」

 

 今の星ノ海学園は、はたして大丈夫なのだろうか、とも心配になったが。巨大組織を束ねていた隼翼(しゅんすけ)が、手綱を握っているのだから、大きな問題はないのだろうけど。

 とりあえず、手に荷物をレジャーシートに置き、日焼け止めクリームを渡す。奈緒(なお)は、羽織っていたラッシュガードをはだけて、手のひらで伸ばしたクリームを腕に塗り始めた。

 

「誰が、トップ?」

熊耳(くまがみ)よ、いつも通りね」

「またえらく断トツだな。つーか七野(しちの)、持ち点五千切ってるじゃないか」

「狙い打ちされてるからねー」

「さっき、なかなかの大物手が入っていたみたいだけど、欲張って振り込んでから運を持っていかれたんだよ」

「チッ! 他ヤツも狙えよ」

「フッ、お前は、分かりやすいからな」

 

 ずいぶんと盛り上がっているみたいだ。

 

「手伝ってもらってもいいですか?」

「どの辺りですか?」

「背中と腰の間辺りをお願いしまーす」

 

 レジャーシートの上に座って、背中を向けた。肩甲骨の下辺りから日焼け止めクリームを塗る。くすぐったいのか、小さく身じろぎをした。

 

「なんか、こそばゆいっすね」

「もう少しで終わるんで......はい、終わりましたよ」

「ありがとうございまーす。使いますか?」

 

 上は着てる。逆に、顔と手だけ日焼けするのもバランスが悪いため、素直に借りておくことにする。

 

「手伝います、後ろ向いてください」

 

 言われるがまま、されるがまま、背中を向けたのはいいのだが。確かにこれは、こそばゆい。ふと、奈緒(なお)の手が止まった。

 

「キズ痕ないんすね」

「ああ......」

 

 失態で負った刺し傷の痕も、“時空移動(タイムリープ)”したことで消えてしまった。過ぎ去った過去の出来事だから、あまり負い目に思って欲しくない。けれど、そんな思いとは裏腹に、彼女は、キズ痕があった場所にそっと手を触れた。

 

「消えてしまっても、ちゃんと心に残っています。護ってくれたこと。ということで、ここだけ塗らずに日焼けで再現しちゃいましょう」

「本気ですか?」

「もちっす。クリームの厚みを微妙に変えて、グラデーションを作って、と」

 

 いたずらな笑い声。本気なのか、冗談なのか、どっちなのだろうか。どっちでもいいか、楽しそうだし。

 

「いい?」

 

 麻雀をしていた目時(めどき)が、いつの間にか、俺たちのところへ来ていた。

 

「ごめんね。お邪魔だったよね?」

「いえ」

 

 返事を聞いて、近くにしゃがんだ目時(めどき)は微笑んで、奈緒(なお)に尋ねる。

 

「あなた、あの時の、附属の生徒さんよね?」

「はい。その節は、ご迷惑とご心配をおかけしました」

「ううん、大事に至らなくてよかった。ふたりとも、隼翼(しゅんすけ)と知り合いなのよね?」

 

 どうやら、俺たちのことは覚えていないようだ。

 先日、町中ですれ違った、乙坂(おとさか)兄妹ですら覚えていなかったのだから、仕方ないといえばそれまでなのだが。少しだけ、寂しさを憶えた。

 

「あっ、ごめん。自己紹介がまだだったわね。私は、目時(めどき)。星ノ海学園の生徒会役員で、って知ってるわよね。あっちの男子三人も、同じ生徒会のメンバー」

「あたしは、友利(ともり)奈緒(なお)です。それで、彼は――」

宮瀬(みやせ)(しょう)。理事長の秘蔵っ子だよ」

 

 答えたのは奈緒(なお)ではなく、隼翼(しゅんすけ)だった。

 

「えっ? そうなのっ?」

「恩師なんです、先生は」

 

 莫大な資金と、政財界と太いパイプを持つ先生の力添えがなければ、目的を達成することは到底不可能だった。目的を達成した後も、何かと世話になっている。正しく、人生の恩師と呼べる人。

 

「なんだ、そういうこと。びっくりした。苗字違うし」

「あはは、まぁ、俺たちにも関係あることだけどな」

「どういうこと?」

「機会があれば話すよ。先ずは、有宇(ゆう)たちを呼んでくる。少し早いけど、昼飯にしよう」

 

 それだけを言い残し、隼翼(しゅんすけ)は、屋外プールのウォータースライダーの方へ歩いて行った。

 

「もー、肝心なところはいつもはぐらかすんだから。じゃあ私は、飲み物を調達に行こうかな。奈緒(なお)ちゃん、手伝ってもらえる?」

「あ、はい。いいですよ」

「ちょっと待て。こっちの準備、終わってんぞ?」

「三人でも出来るじゃない。あ、そうだ。麻雀打てる?」

 

 いつか聞かれたのと同じ質問、同じ返事を返す。

 

「いえ、やったことありません」

「そっか。うーん、とりあえず入ってくれる? ルールは教えるから、七野(しちの)が」

「俺かよ!?」

「いいでしょ。行きましょ」

「はい。じゃあ、行ってきます。アイスコーヒーでいいっすよね?」

「お願いします」

 

 話しをしながら、フードコートへ歩いて行くふたりを見送り、空いている席に座る。

 

「失礼します。宮瀬(みやせ)です」

「僕は、前泊(まえどまり)。それで――」

 

 右隣の前泊(まえどまり)は手でふたりを示し、丁寧に紹介してくれる。対面は、熊耳(くまがみ)。左隣が、七野(しちの)というならび。

 

「ルール、説明するぞ」

 

 七野(しちの)から、ルールの説明を聞いていると、妙な視線を感じた。視線の主、対面の熊耳(くまがみ)へ向ける。

 

「何か?」

隼翼(しゅんすけ)と顔見知りなのか?」

「ええ、理事長繋がりで」

「そうか。ところで、どこかで会ったことないか?」

「いいえ、初めましてですよ」

 

 この世界では――。

 だけど、驚いた。有宇(ゆう)ですら反応を示さなかったのに、アイツよりも関係性が希薄だった熊耳(くまがみ)が、そう言ったことに。断片的に覚えているのだろうか。

 

「勘違いか。悪いな」

「いいえ」

「続けていいかー?」

「ああ、すまん」

 

 説明の続きを聞き終えると、前回トップの熊耳(くまがみ)が、サイコロを持った。

 

「手札と役の数が多いポーカーみたいな感じかな」

「まあ、そんなところだな」

「点数計算は、アプリを使えば出来るから。難しく考えなくて大丈夫ですよ」

「解らないことがあれば、その都度聞いてくれ。さて、始めるとするか」

 

 親決めのサイコロが振られ、熊耳(くまがみ)の親でゲームが始まる。対局が進み、ルールと各々の打ちスジを把握でき始めた頃、奈緒(なお)目時(めどき)が戻ってきた。

 

「どんな感じ? トップは、やっぱり熊耳(くまがみ)か。あれ? 宮瀬(みやせ)くんが、二位なんだ」

「コイツ、全然振り込まねぇーんだ。そのクセして、危険牌だろうがお構いなしに打ちやがる」

「それがまた、通るんだよね」

「へぇ、いいカンしてるんだ」

「間違いなく、隼翼(しゅんすけ)の弟より上手いな。さて、リーチ」

 

 ツモ切りで、リーチ棒を雑に卓上に放り投げた熊耳(くまがみ)の仕草を見た三人は、揃って肩を落とした。

 

「どうしたんすか?」

「アレやられちゃったら降りるしかないのよ。今、熊耳(くまがみ)の前にある山から牌を引いてるでしょ。あの中に、アガり牌があるの」

 

 山積みは、手動。熊耳(くまがみ)ほどの実力者なら、自分で積んだ牌を覚えていない方が不自然。ここから先は全て、熊耳(くまがみ)のアガり牌の可能性があるため迂闊には切れず、自分の役を崩す他ない。

 相手の動きを封じるリーチ。

 その証拠に七野(しちの)は、手牌から現物を切って勝負を降りた。いくら気を配ったところで、確実に積み込みをしているわけだから、ツモられるのは時間の問題。ジリ貧なことに変わりはない。

 

「どうぞー」

「ありがとうございます」

 

 少し汗をかいたアイスコーヒーを口に運びながら、疑問に想う。奈緒(なお)の顔が、少し紅いような気がする。

 

「気のせいです。で、勝てそうっすか?」

「うーん、難しいでしょうね」

 

 点差は、約二万点。跳満以上の直撃か、倍満以上のツモアガりでなければ逆転は不可能。そして熊耳(くまがみ)は、ここまで一度も振り込んでいない。

 普通に考えれば、難しい。そう、普通に考えれば。

 奈緒(なお)にだけ聞こえるように、小声で話す。

 

「無茶すれば勝てます」

「目には目を、歯には歯をっす」

 

 上等。

 手牌と捨牌、仕掛けるタイミングと周囲の様子を窺いながら、静かに場を回す。一巡後、有宇(ゆう)たちを呼びに行った隼翼(しゅんすけ)が、熊耳(くまがみ)の肩に腕をかけた。

 

「どうなってる?」

「見ての通りだ」

「相変わらず容赦なしだな~」

「ねぇ、隼翼(しゅんすけ)有宇(ゆう)くんたちは?」

「今、飲み物買ってる。すぐ来るよ」

「なら、この局で打ち切りにするか。どうせ、これで終いだ」

 

 親指の腹で引いた牌をなぞった熊耳(くまがみ)は、牌をひっくり返すと、眉間にしわを寄せた。

 

「どうした? プー。おっかない表情(かお)して」

「いや、思い違いをしていたようだ」

 

 リーチしているため、アガり牌以外はツモ切りするしかない。宣言して、牌を倒す。

 

「それ、ロンです」

「――なッ!?」

「役は、清一色。ということは」

「うげっ!? 跳ねやがった!」

「うっそ、跳満直撃!? 土壇場で逆転じゃないっ」

「おいおい、マジかよ」

「この局で打ち切りでしたよね?」

「ああ、逆転だ」

 

 ひとつ息を吐き、潔く負けを認めた。イカサマだと気づいている。抗議しないのは、積み込みを認めることになるから、といったところだろうか。

 

「今の、どうやったんですか? 違う色の牌が何個かあったはずでしたけど」

「すり替えただけですよ」

 

 全員の意識が隼翼(しゅんすけ)に向いた瞬間、不要な手牌と、役に必要な捨て牌、熊耳(くまがみ)のツモ牌をすり替えた。策としては単純、効果は絶大。

 

「しっかし、驚いたな。プーが、素人相手に負けるなんて」

「いや。俺は、素人相手に飛ばされたことがあるぞ」

 

 奈緒(なお)と、顔を見合わせる。聞く十分に価値はある。

 

「いつですか?」

「......忘れた。ただ、飛ばされたことだけは覚えてる」

「へぇ、不思議なこともあるのね」

 

 もしかすると。その出来事が、あまりにも強烈に印象に残っていて若干覚えてるのかもしれない。

 

「ただいまなのですー!」

 

 考え込んでいたところへ、つい先日聞いた声が聞こえた。顔を向ける。紙コップを持った、乙坂(おとさか)兄妹がやって来た。

 

「おっ、来たな。有宇(ゆう)歩未(あゆみ)も」

「あっ、もしかして、お二人が、隼翼(しゅん)お兄ちゃんのお知り合いの方でしょーか?」

 

 歩未(あゆみ)が、俺たちの姿を捉える。有宇(ゆう)の方は、これといったリアクションはない。

 

「うん、そうだよ。あたしは、友利(ともり)奈緒(なお)。こっちは、宮瀬(みやせ)(しょう)くん。よろしくね、歩未(あゆみ)ちゃん」

「はいっ、こちらこそよろしくお願いしますなのですー!」

 

 久しぶりに、彼女の笑顔を見た。

 記憶の中と変わらない、無垢な笑顔だった。

 

「ほら、有宇(ゆう)お兄ちゃんも挨拶しないと」

 

 歩未(あゆみ)に促され、有宇(ゆう)は面倒くさそうに前に出る。とりあえず、自己紹介をすると信じがたい返答が返ってきた。

 

「いや、知ってるし」

「どういうことっすか? まさか――」

「......覚えてるのか?」

 

 返事は、イエス。

 黙っていた理由は、非常にシンプル。今日のサプライズのため、隼翼(しゅんすけ)から口止めされていただけだった。

 

「言っておくけど、仮に口止めされてなかったとしても。あの状況で声をかけられるほど、僕は、メンタル強くないからな?」

 

 あの時は、腕を組んで歩いていた。

 もし、同じ立場なら声をかけれた自信はない。

 

「とにかく、元気そうでよかった。友利(ともり)も」

「お互いさまです。ところで、他のみんなは? 来てるんすよね」

「アイツらは――」

 

 振り向いた先のプールサイドに、大きな人集りが出来ていた。

 

「あの中?」

「ちょっと噂が流れた途端にあれだよ。今は、高城(たかじょう)がどうにか抑えてる」

「それで、彼女は――」

 

 不安と期待。ふたつの感情を胸に抱きつつ、帰国前から抱えていた懸念の真相へと迫る。奈緒(なお)も緊張した面持ちで、このあと発せられる有宇(ゆう)の答えを待っている。

 有宇(ゆう)の口が開かれようとした瞬間、人集りの中から、女性の声が聞こえた。それは、怒号にも似た声。

 

「あたしは、柚咲(ゆさ)じゃねーって言ってんだろ!」

 

 黒羽(くろばね)の声に似てる。

 けど、彼女の声質とは微妙に差異を感じた。

 

「そういうことだよ」

「そっか」

「よかったっすね。ちゃんと届いて」

 

 重ねた手を通じて、同じ想いを分かち合う。

 届いた。在りし日の約束を、長い時を越えて――。

 

「おい、乙坂(おとさか)! 手伝え!」

「ハァ、ちょっと行ってくる」

 

 飲み物を預かる。

 

「お昼の準備をしましょう。なんだか、お腹が空きました」

「ですね」

 

 一足先にレジャーシートに座り、持参したバスケットから紙皿などの食器と、奈緒(なお)が早起きして作ってくれた、サンドイッチや揚げ物などのオードブルを広げる。

 ちょうど準備を終えた頃、人集りがまばらになり、三人組の男女がこちらへ歩いてきた。ひとり足りない、と不思議に想いながらも出迎えるため立ち上がる。すると、ひとりの女性が駆け寄ってきて、軽く蹴りを入れてきた。

 

「なんですか?」

柚咲(ゆさ)を泣かせたバツだ!」

「なにしたんすか?」

 

 奈緒(なお)から、冷たい目で見られた。まったく心当たりはないし、会ったこともない。

 

黒羽(くろばね)さんは、どこっすか?」

「ここでーす」

 

 三人とは反対側から、ひょこっと姿を現した。

 

「いつの間に」

美砂(みさ)を囮にして、流れるプールで移動させたんだ」

「流されて来ましたっ」

「そういうことです。見てください、この名誉の負傷を!」

 

 軽くメガネに触れた高城(たかじょう)は、鍛え上げた肉体についた引っかき傷を誇らしげに披露。黒羽(くろばね)は、申し訳なさそうに苦笑いを浮かべる。

 

「あはは~、お手数おかけしてすみませーん」

「いえ、むしろ私にとっては、勲章といってさしつかえありません!」

「ったくよ。でよ、お前たちで合ってるんだよな?」

 

 どうやら、記憶はおぼろげのようだ。

 

「確証持たずに蹴ったんすか?」

乙坂(おとさか)に確認した。まぁ、なんだ、その、あれだ」

 

 先ほどの勢いが嘘だったかのように、突如、言い淀んだ。

 

「気恥ずかしいんだろ」

 

 有宇(ゆう)の言葉を聞いて、納得。

 前世で、ストレートな気持ちを綴った手紙を送ったわけだから。いってみれば、思いの丈をぶちまけた翌日、シラフで会うような感じなのかもしれない。

 

「本来なら居ないはずのあたしが今、ここに居るのは、お前のおかげだからよ。感謝してる。ありがとな」

「覚えていてくれたんですね」

「ああ、柚咲(ゆさ)たちほど鮮明じゃねーけどな」

 

 そんなの些細なことは、どうでもいい。

 今、ここに居る。それだけで、十分すぎる。

 

「それで、蹴った理由は?」

 

 目を細めた奈緒(なお)が、美砂(みさ)に問い詰める。

 

柚咲(ゆさ)を泣かせたからだ」

 

 話しが振り出しに戻った。

 要約すると。先に記憶を取り戻した黒羽(くろばね)が、泣きついてきたから、という何とも理不尽な理由だった。

 

「じゃあ、一番最初に思い出したのは、黒羽(くろばね)さんだったんすか?」

 

 積もる話しもあるだろう、と気を利かせてくれた隼翼(しゅんすけ)のはからいで、ふたつのグループに別れての昼食。旧生徒会役員の面子で集まり、詳しく話しを聞く。

 

「そうなんですよー。過去の復帰ライブで歌った新曲のレコーディング中に、突然、いろいろな映像が映画みたいに流れ込んできた感じで」

高城(たかじょう)は、その復帰ライブ中に思い出したみたいだ。僕は、“ZHIEND(ジエンド)”のライブで」

 

 先に記憶を取り戻した二人は、異変に気づいた隼翼(しゅんすけ)から事情を聞き、口止めされていたそうだ。

 

「ぶっちゃけ、我が目を疑ったぜ。お前、まるで別人みたいなオーラを纏ってたからよ」

「ですですっ。顔付きとか雰囲気が急に、あの頃の感じになってビックリしちゃいました」

「そんなにかな? 自分じゃよく分からないよ」

 

 死と隣り合わせの危険な旅をしていたから、心に余裕ができるのは当然。美砂(みさ)に至っては、あの頃の有宇(ゆう)を知らないのだから驚くのも無理はない。

 

「ところで高城(たかじょう)は、さっきから何をしてるんだ?」

 

 会話に参加せず、背中を向けていた高城(たかじょう)が、多種多様の菓子袋を手に振り向く。

 

「ふっふっふ、祝杯の準備をしていたんです! 再会を祝して、乾杯といきましょう。それでは乙坂(おとさか)さん、乾杯の合図をお願いします」

「何で、僕が......」

「いいじゃないですか。我々、星ノ海学園旧生徒会が再集結した記念すべき日なんですから」

「ハァ。はい、乾杯」

 

 おそらく、世界で一番祝う気のない乾杯。

 シラけた空気が漂う。

 

「分かったよ、やればいいんだろ!」

 

 空気に耐えられなくなったのか、自ら仕切り直して、改めて乾杯。再会を祝して、各々、紙コップを重ねる。

 

「終わったんだよな?」

「ああ、終わった」

「そっか。おつかれ」

 

 今のやり取りを、昼食を食べ終えてこちらへ来た歩未(あゆみ)が、不思議そうな顔をして首をかしげている。

 

「いったい、なんのお話しでしょーか?」

「お勤めご苦労さまって話しだよ」

「んー? ちんぷんかんぷんなのです~」

 

 両手の人差し指を、こめかみに持っていき、頭にクエスチョンマークを浮かべた。

 

「それで? どうしたんだ」

「そうでしたっ。波のプールへお誘いにきた所存でありますっ」

「ああー、行きたいって言ってたな」

 

 どうする? と、伺うような視線を送ってきた。

 奈緒(なお)は今、黒羽(くろばね)とお喋りの最中だけど、独断で問題ないだろう。歩未(あゆみ)に会えるのを楽しみにしていたし。ゴミの片付けを始める。奈緒(なお)が、気づいた。

 

「そういうことは、ちゃんと言ってください」

「弾んでいたみたいだったんで。なんの話しをしていたんですか?」

「水着の話しっす。褒めてくれましたよ」

「それは、よかった」

(しょう)くんのおかげっすね。さて、片付きましたし。行きましょう」

「ですね。あ、そうだ。熊耳(くまがみ)さん」

 

 麻雀をしていたテーブルで、隼翼(しゅんすけ)たちとダベっていた熊耳(くまがみ)へ向かって、麻雀牌を放り投げる。

 

「コイツは......」

「これ、プーのアガり牌じゃないか!」

「ホントだ、どうして......?」

「勝負の最中に目を切るのは、自滅行為ですよ?」

「フッ、そうだな。肝に銘じておく」

 

 誘いを受けた波のプールへ行く前に、標準のプールで軽く身体を慣らす。三時間あまりが経ち、初めてプールに浸かったことを知った有宇(ゆう)は「何しに来たんだ?」と、若干呆れていた。

 

「うーん、スッキリした」

「はい、どうぞ」

「あっ、ありがとうございまーす」

 

 プールから上がった奈緒(なお)に、ラッシュガードを羽織らせると笑顔を見せてくれた。つられて笑顔になる。

 

「お前ら、引くぐらい仲いいな」

「当然っす」

「おかげさまで」

 

 美砂(みさ)から冷ややかな視線を浴びながら、水分補給をしていると、通り掛かりった女性がこちらに気づいた。その女性は、俺たちもよく知る人だった。

 

「あら、あなたたち」

「あっ」

 

 奈緒(なお)が、小さく声を漏らす。

 その女性は、白いビキニ姿。赤紫がかったセミロングの髪に、鮮やかな緑色のリボンを巻いた特徴的なカチューシャを頭に着けている。

 仲村(なかむら)先生、相変わらず美人だ。周囲の視線を集めている。

 

「こんにちはっ、ゆり先生~」

「ハロ~、柚咲(ゆさ)ちゃん。乙坂(おとさか)くんたちも居るのね」

 

 休憩所でダベっている有宇(ゆう)隼翼(しゅんすけ)たちを見て言った。

 

「えっと、そっちの二人は......初めましてよね」

「わたしたちのお友だちでーす」

友利(ともり)奈緒(なお)です」

宮瀬(みやせ)です」

仲村(なかむら)ゆり。星ノ海学園の教師で、柚咲(ゆさ)ちゃんの担任よ。よろしくね」

 

 前世では英語教師だったはずだが。今は、クラスを受け持っているらしい。仲村(なかむら)先生は、学生時代の友人と来ているそうだ。

 

「あなたたちも、参加するの?」

「参加? 何の話っすか?」

「あれよっ!」

 

 彼女が、指差した方を見る。

 そこには、大きなテント設営されていた。

 そして、入り口にがげられている垂れ幕には、こう記されていた。

 

 赤い稲妻ゾリオン・サバイバルゲーム会場、と。

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