Charlotte ~時を超える想い~ -after story- 作:ナナシの新人
時系列は二年の一学期、付属の文化祭に起きた話になります。
街を華やかに染めていた薄紅色の桜は散り、萌葱色の若葉が芽吹き始めた頃。ひとつ上の学年に進級し、お互い以前よりも多忙になったが、すれ違いなどもなく、変わらず一緒の日々を送っている。
「ちょっといいっすか? お願いがあるんですけど」
「なんですか?」
目を通していた予算編成資料を置いて、正面に座った
「文化祭の招待状です。
「渡しておきますね」
文化祭の招待状が入った封筒を三通、星ノ海学園関連の資料をまとめているファイルに挟んでおく。ちなみに女子は、制服を着用していれば参加可能。
「お願いしまーす。あ、
「どうかな。聞いてみるよ」
メッセージを打ち込み、送信をタップ。
今年の春、星ノ海学園を卒業した
「今日は、兄妹の
「そっか~。じゃあ、帰りは遅くなりそうっすね」
「ポストに入れておこう。伝えておきますね」
「ん、お願い」
あの日、新年の午前、彼女の兄
「
『僕だ。いいかな?』
「はい、大丈夫です」
『うむ。実はキミに、折り入って頼みがある。文化祭の招待状は、手元に届いたかい?』
「ええ、先ほど受け取りました」
『そうか、それはよかった。さて、話しと言うのは――』
恩師
そして、話しを切り出した男性――附属の校長のひと言目は、対談を引き受けたことに対しする感謝の言葉。いえ、と小さく会釈を返す。
「先生のお知り合いと伺いました」
「大学時代の先輩後輩の関係だよ。理事長先生は、私の二つ上の先輩にあたる方で、当時から、先見の明に優れた方だった。正に、時代の一歩も二歩も先を見通すような」
学生時代を懐かしむように小さく笑って見せ、湯飲みを口に運ぶ。
「忘れもしない。あれは今から、五年前のことになる。近い将来経営危機に陥る学校法人を買収する、と突然相談を持ちかけられたことには心底驚かされたものだよ。何せ、その道の頂点に登りつめた方だからね。よもや、教育に興味を持っているとは微塵も思わなかった。しかし、話し合いを重ねていく過程で、本命は別にあると知り、あの方の考えに賛同した私は、長年培ってきた経験を余すことなく伝えた」
――なるほど、星ノ海学園の経営権買収後の学校運営が円滑に進んでいるのは、附属の校長の全面協力があってのこと。いち私立校が、国立大の附属と学校交流の機会を持てたことも、政財界とのパイプだけではなく、二人の関係性があって実現したと考えれば納得がいく。
「......実は、居たのだよ、この学園にも。特定の生徒の情報を横流しし、私腹を肥やしていた愚か者が......。まったく、情けない話しだ。聖職者が聞いて呆れる」
ここは国立、国家運営の学校。息がかかった人間が出入りしていたとしても何ら不思議はない。校長先生は常々、心を痛めていた。そうした輩が、同業者の中に紛れて存在していることに。考え得る限りの方法で対策を講じてはいたが、稀にすり抜けてしまうことに、どうしようもない無力さを嘆いていた。そんな時、突如として訪れた状況打開のチャンス。
「理事長先生は、とても愉快げに話していたよ。『近く、この世界は大変貌を遂げる。間違いない。僕の読みは、外れたことがない』と。根拠はないが、学生時代から一歩も二歩も時代の先を見通してきた人の言葉だ。そしてまた、その言葉も、現実のものとなった。世間的には、重大な倫理違反として具体的な理由は公表されていないが、新政府発足後には自校・他校の顔見知りが何名か拘束された。中には、まさかと目を疑うような人物も含まれていたよ」
信頼を置いていた人物の本性を知り、さぞ心を痛めたことだろう。心痛は計り知れない。
「しかし、これから先の未来を担う子どもたちは救われた。一連の騒動がひとまずの落ち着きを見せた頃、ようやく言葉を交わす機会を持てた。その時『潮目を変えたのは、僕の弟子だ』と、キミが成し遂げたことを誇らしげに笑っていた」
「先生が、そんなことを......」
視線を窓の外に移す。別に、気恥ずかしいとかそんな理由じゃない。複雑な心境だった。当然のことながら、俺ひとりの力で成したことではない、世界を変えただなんておこがましいにもほどがある。静かに目を閉じ、視線を戻す。
「多くの人たちの手助けがあってこそです。それこそ、星ノ海学園のことも含めて全て――」
「そうか。後継者を育てていたことにも驚いたが、なぜキミを、後継者に選んだのか理解できた。さて、堅苦しい話しはこれで終いにして。もうひとつ、重大な要件を確認しておかなければならない」
若干ピリついた空気に変わる。どうやら、こちらが本命。
「......私は黙認しているが。例の件が表沙汰になれば、責任者として、何らかの処分を言い渡さなければならなくなる」
「はい。重々承知しています。彼女も――」
その場の勢いで決めたことじゃない。彼女の母親とも、無事に卒業すると誓った。
「うむ、良い返事を聞けて安心した。彼女もまた、大切な教え子のひとりだからね」
在学中も卒業後も、と。教え子のことは全員、自分の子どものように思っている。
「今後の参考にお伺いしたいのですが。お二人は、どのような学生生活を?」
「そうだね、参考になるかは分からないが。一番鮮明に記憶に残っているのは、バブル景気最盛期の頃だったかな? 景気がうなぎ登りに上昇していき、人々が浮かれる中――」
学生時代の武勇伝なんかを時折談笑を交え、切りの良いところで話しを切り上げ、応接室を後にする。廊下に出ると、
「お待たせしました」
「あの、大丈夫でしたか?」
すぐさま駆け寄ってくる。
「大丈夫、少し話しをしただけだから。
「そうでしたか、世間って狭いっすね」
「他のみんなは?」
「うちの前会長が来ていて、会長の案内で見て回っています。あたしは、生徒会の見回りがあるので抜けてきました。と言うことで、行きましょう」
「どこへ?」
「見回りです」
という体で、シフトの時間になるまで校舎内を案内してもらう。講堂、図書室、生徒会室、学食など、備えられている施設に大きな違いはない。でもやっぱり、共学の星ノ海学園とは若干雰囲気が違って見える。全体的にシックで洗礼された感じが漂い、文化祭の出し物も
けど、以外に砕けた出し物も少なくない。クレープやパンケーキの露店系の屋台。中には、この学校が創立した大正時代をイメージした喫茶店だったり、接客も当時を思わせる着物姿で給仕するウエイトレス。この大正浪漫喫茶は、
「着付け体験も出来ますよ?」
「遠慮しておきます」
「そっすか。はい、お待たせしましたー」
着物姿の
「あれ? このコーヒー」
「あ、気づきましたか? 実は、理事長先生にお願いして、コーヒー豆を都合していただいたんです」
道理で、覚えのある香りと風味なわけだ。
「去年の学祭の、
ということらしい。戦略は、見事に的中。惣菜系の露店があまり多くないからか、常に一定数の客入りがある。他にも、コーヒー以外のサイドメニューも豊富でよく出ているのが見て取れる。
「サイドメニューは、
「あ、そうなんですね」
厨房のヘルプに入った
「私たちからのサービスです、先生」
「ありがとうございます、いただきます」
「あのあの、ところで、先生は
「そうですけど。先生は、ちょっと......」
この状況でその呼ばれ方は、何かと誤解を招きかねない。大正浪漫喫茶から、別の意味合いのコンセプトの店に変わりそう。
「じゃあ、彼氏さん。
「いえ、特に特別なことはありませんけど」
異性交遊の校則は、ほぼ形骸化状態らしいけど。同棲が表沙汰になるのは流石にマズい。噂はすぐに広がる、それも、あらぬ尾ビレ背ビレが付いて。つい先ほど、トップからお達しを受けたばかり。
「ホントですか? う~ん、年明けから急に余裕というか、大人びたような気がして見えて。何かあったのかなーって思ったんだけどなー」
――鋭い。これが俗に云う、女の勘だろうか。
唇に人差し指を添えた彼女は、何かに気づいたらしく、悪戯な笑顔を覗かせた。
「なるほど~、ペアの腕時計!」
「あはは、バレましたか」
乗らない手はない。クリスマスにプレゼントしてくれた腕時計を付けている左手を軽く上げて見せ。ホットプレートで焼いたパンケーキにデコレーションを施している
「
「中等部の頃から。私たち、お互い受験組で息が合ったんですよー」
「そうなんですね。学校では、普段どんな感じですか?」
「明るくて、責任感があって、運動も勉強もできて、誰に対しても分け隔てなく接して。それに、下の時なんて――」
学校生活のこと、中等部の頃のこと、休日や放課後に遊びに行ったときのこと、他にもいろいろ教えてくれた。
「で、何を話していたんすか? 何やらとても楽しげのようでしたが?」
シフトを抜けてすぐ、校舎の屋上へ連行された。
校舎を背に逃げ場のない状態で、少し不機嫌そうに目を細めて疑いの眼差しを向けられている。
「
「まったく、お喋りな口は縫い付け決定っす」
「お手柔らかにしてあげてください」
「ハァ」
大きなタメ息をつき、落下防止の手すりに組んだ腕を乗せて、そのまま体重を預けた。隣へ行って、手すりに片手を乗せ、少し傾き始めた日が当たる街を一緒に眺める。
「告白された中に気になる人は、居なかったの?」
不粋かつ、不躾な質問。でも、気にならないといえば嘘になる。誰も経験していない真っ新な世界で、どんな日々を過ごしていたのか。
「まっ、隠す理由もないのですし。中には、人気のある男子もいました。でも、そういう感情は起きなかったです」
「どうして?」
「恋愛にかまけてる余裕なんてなかったですし。生徒会にも所属したので」
相手は人気者、噂はすぐに出回る。生徒会での立場にも支障が起こる、と。
「もしっすよ? あの時もし、あたしに付き合ってる男子が居たら?」
不安の中に期待感がこもった目をしてる。
「どうかな。でも、きっと......」
どうしようもない相手なら躊躇なく......だけど、ここはそんな答えは求められてない。
「奪う」
「おっ、マジっすか!」
「
「もしものことなので答えられませーん」
「あれ? ずるくない?」
「いいの。今が、一番大事だから......」
腕に抱きつき、そのまま肩に体を預けてくる。
まだ少しだけ肌寒さが残る、初夏の夕暮れ。文化祭終了を告げる校内放送がこだまする。
「あ、そうだ。
「そうなんだ。じゃあ、どこか行こうか?」
「うんっ。どこがいいかな?」
「そうだね――」
そう、大切な人たちが笑顔で過ごせる日常を、本来歩めるはずだった日々を生きて欲しかった。ただ、本当にそれだけで――使命感とか、正義感とか、そんな褒められた理由じゃない。 守れなかったものも、運命を狂わせてしまったことも数多くある。
そんな俺に出来ることはきっと、目に映る大切な人を、かけがえのない日常を守ること。
きっとそれが、世界の理に触れてしまった俺に出来る、唯一の贖罪なのだから......。