Charlotte ~時を超える想い~ -after story- 作:ナナシの新人
あの夏の日。オーシャンビューの美しい純白のチャペルで永遠の愛を誓ってから数年の月日が流れ、みんな、それぞれの道へ向かって歩み始めた、冬が深まる2月下旬の出来事。
出先から、住み慣れたマンションへ帰って来ると、リビングでコタツに置かれたノートパソコンの前に居る彼は、キーボードを叩くの手を止め、窓の外を眺めていました。どうやら、あたしが帰ってきたことにはまだ、気づいていないご様子。これは、かえって好都合。伝えたいこともありますし、どんな顔するかな? 楽しみですね。
靴を脱いでそーっと、リビングに入り、声をかける。
「ただいまー」
「あ......おかえり」
少し驚いたような顔をしたあと、すぐに微笑んで出迎えてくれました。
「何か温かいもの、用意しますね」
「ありが......あっ、いえ、自分でしますのでお構いなく」
「そうですか?」
「はい。では、着替えてきますので」
寝室に入り、ドアを閉める。
危ないあぶない。カフェインは少し避けた方がいいという話しも聞きますし。先ずは、着替えを済ませましょう。マフラーとコートと脱いで、ゆったりめで保温効果の高い部屋着に着替えてリビングに戻り、自分で飲み物を用意して、隣に座る。
さて、どう切り出しましょうか。道中、いろいろ考えてはいたんですけど、ひとまず――。
「何を見ていたんですか?」
「空。少し珍しいものが見えるから」
「珍しいもの?」
窓の外を見る。ビル間から暖かな光を差す太陽を中心に、波紋のような虹色の輪が光っていた。
「ハロですか。確かに、珍しいっすね」
「天気も、これから下り坂みたいですよ」
「知ってまーす。夜は冷え込むそうなので、今晩は、お鍋にしました。ちょっと奮発して、いつもよりお肉多めです!」
「あはは、楽しみですね」
と、笑ってはくれているものの、どこか心ここにあらず、といった感じに見受けられる。何か、あったのでしょうか。パソコンの画面は、講義で使う資料の制作途中。スマホの方は......充電状態で放置されたまま。
気持ちを見透かされたように、静かに話し出した。
「昔話したこと、思い出してた」
「昔?」
「うん。式の前、ニールたちと話したこと」
思い出しました。結婚式を前々日に控えた日の夜。結婚式に参列するために遠く離れたアメリカから来日してくれた
* * *
「なるほど、事故のタイミングにズレがあると」
「はい。ちょっと気になりまして」
予め予約したお店の個室でテーブルを挟んでの会話。正面に座っているニールさんは、あまり重く受け止めずに冷静に話す。
「何かを変えれば、別の何かが生じる。前は上手くいっても、次も上手くいくとは限らない。研究も同じ。より良い成果を求めようと試みた結果、思いがけないことが起きることもある。ミサ......彼女が、命を落とす要因を取り除いたことで起こるはずのことが起きなかった。反動で、事故そのものに影響が現れてズレが生じたんだろうね」
それは、あのお墓で起きた不思議な現象。胸に秘めていた彼の悲しみ、懺悔、後悔の念を共有したこと。
「それは、トモリの愛だよ」
「ハッハッハ!」
ニールさんの隣で、もうひとりの親友――ティムさんが、アルコールが注がれたグラスを持ちながら、とても愉快そうに笑っている。こっちは、不愉快極まりないです。真剣に聞いているというのに。にしてもこの人、超が付くレベルのイケメン......いえ、この場合は、ハンサムという表現の方が正しいかも。ティムさんに至っては初めてお会いした時は、CGではないかと思ったほどですし。
「まぁ、“共鳴”は特殊だからね。いくつもの能力を掛け合わせて開発したから、オレたちにもよく分かっていないことが多いんだ。だから、何が起きても不思議じゃない」
「そんな危険なモノを身につけたんですかっ?」
「あ、あの時は、切羽詰まっていたので......
「後で、詳しく話していただきます」
「はい......」
気まずそうに目をそらした。はぁ、まったく。思わずため息が漏れる。
「あはは、やっぱり“愛”だよ。お互いを想う純粋な気持ちが、心が、共鳴の未知なる力を引き出して、奇跡を起こしたんだよ。世界を変えてしまうほどね」
曖昧かつ、抽象的な返答。科学者は、もっと論理的な答えを導くイメージがあるんですけど。
「自身のキャパに収まらないからといって、奇跡を否定するのはナンセンス。凝り固まった思考で否定することは、数多ある可能性の芽を摘んでしまう、もっとも愚かな行為。といっても、能力を失った今、検証することも出来ない。真相は、神のみぞ知るだね」
「愛を求めるための方程式も確立されていないしな」
「だねぇ」
案外軽い、いい意味で柔軟性がある。
誰も思いつかない突拍子のない発想から、新しい可能性を見いだす。天性の才を持つ人たちは、もしかするとこんな感じなのかしれません。
お二人とは今も、連絡を取り合う仲。長期休暇を利用してはるばる遊びに来てくれることもあります。三人は時折、難しい話しをします。その時、ふと話題に上がった話。
それは、一番近くで一番遠い世界。見えず、触れられず、互いに干渉することのない別世界が存在しているという説。
「俗にいう、パラレルワールドですよね。本当にあると思いますか?」
「さぁ、どうでしょうね」
太陽の周りで虹色に輝く日暈から目を離し、マウスを操作。あたしが撮ってきた動画の数々が保存してあるファイルと開いた。プール、学園祭、卒業旅行。そして、結婚式。
「確かこの時、ブーケを捕ったのって......」
「ゆり先生。次は、わたしの番よ! って大騒ぎでした」
でも、実際は~、おっと、これは、止めておきましょう。プライバシーがありますので。
「懐かしいですね」
「はい。全部、かけがえのない大切な想い出です。でも、急にどうしたんすか?」
「うん、幸せだなって」
「当たり前です。
「もし本当に、まったく別の世界が存在していたとして。もし、その世界に俺が居なくても、こんな世界は訪れていたと思う。きっと、他の誰かが俺の代わりをしたと思う。もっと上手く立ち回っていたかもしれない」
「居ません、そんな人は」
「ありがとう。でも、時々思うことはある。この世界は幾重もの枝分かれした中の、ひとつの可能性の未来で。もしかしたら......」
正直、葛藤は理解出来ます。あたしも時折、似たようなことを思うことがあります。今が幸せ過ぎて、怖くなることがありますから。だけど――。
「後悔してますか?」
「まさか、していませんよ」
「そうですか。それは、よかったです」
あたしも同じ、後悔なんてこれっぽっちありません。なぜなら、あの理不尽な世界を変えてくれた人が、隣に居てくれるのですから。答えを聞けて、安心しました。これで、安心して打ち明けられます。
「では。もう、そんなこと考える余裕をなくしてあげます」
「ん?」
「これを――」
上着のポケットに忍ばせておいたものを、コタツの天板に置く。
「手帳? 薬手帳......じゃない。これって――!」
「......ん。その、できたみたいです。赤ちゃん」
この後、思い切り抱き寄せられました。もちろん、お腹に負担がかからないように。籍を入れた当初は、あまり拘っていない感じでしたけど。スゴい喜んでくれて、嬉しくてたまりませんでした。最近は、後ろから包むようにして、とても優しく抱きしめてくれます。学生でいる間は、と話し合っていましたが。必要な単位も取り終え、後は卒業を待つだけです。
そして、新しい季節を迎えました。
* * *
ドレッサーの前に座りながら、ビデオカメラの動作チェックを行っていると。リビングへ繋がるドアがノックされた。返事すると、スーツ姿の
「
「はーい、すぐ行きまーす」
忘れ物がないかバッグを確認して、ビデオカメラを持つ。
「カメラ、回すんですか?」
「はい。特別な日ですから」
今日は、あたしたちの親友の結婚式。
撮影した映像は後日、編集してプレゼントする予定。手荷物を預かってくれた
「大丈夫?」
「心配性ですねー」
「そりゃそうですよ」
「大丈夫っすよ。そんなにやわじゃありませんので。あたしも、この子も......」
あの日からひと月あまり、少し大きくなったお腹に手を添える。日に日に大きくなっていくお腹、新しい命が順調に成長してるのを毎日実感しています。
戸締まりを確認してから部屋を出て、1階へ降りる。
少し離れた駐車場には、人影が二つの。
「桜、キレイですね」
「はい、とてもキレイです」
駐車場へ続く歩道に植えられた街路樹の桜。
薄紅色の小さな花を無数に咲かせている。
こんな美しい景色中で、永遠の愛を誓えることに少し羨ましく思います。ですが、あたしたちも負けていません。なぜなら、あの運命的な再会を果たした日と同じ日に、永遠の愛を誓ったんです。
正直、結婚はおろか、恋なんてしないと思っていました。それが嘘みたいに、初めて恋をして。その恋は、
ふいに、桜の花びらが目の前で舞った。
立ち止まって、繋いだ手を握り直す。
気づいた彼は、微笑みかけてくれる。
もし、この世界が枝分かれした無数の未来の可能性のひとつの世界だったとしても。
もし、別の世界のあたしが、とても幸せな日々を過ごしていたとしても。
今ここに居るあたしは、自信を持って、この言葉を伝えます。
「
「ん?」
「あたし――」
あたしは今、とても幸せです――と。
完結です。
自己満足に付き合ってくださりありがとうございました。