Charlotte ~時を超える想い~ -after story- 作:ナナシの新人
番外編 episode1
麗らかな陽気の春が過ぎ、爽やかな薫風が吹く初夏の陽気の日が増え始めた、ゴールデンウィーク明けの月曜日。定期検診を終えて、住み慣れた街を昼食と夕食の献立を考えながら歩いていた。
「うーん、何にしようかな?」
外食という選択肢もありますが、栄養バランスなどを踏まえて出来る限り自分で作るようにしている。特に今年の二月頃からは、今まで以上に食事に気を使うようになった。ほんと、ほんの数年前まで野菜は好んで食べてはいなかった自分でも信じられないくらい今は気を使っている。とは言っても、息抜きは大事。主治医の先生も、ストレスを感じるようなら逆効果と言っていましたし。
とりあえず、馴染みのスーパーの通り道にあるチェーン店のカフェで少し早めの昼食をすることにした。モーニングセットを注文し、通りに面した窓際の一人席で呼ばれるのを待ちながら、タブレット端末を立ち上げる。資料を数枚テーブルに拡げて、書きかけの卒業論文を進める。手を止めて、カウンターで受け取ったモーニングセットの玉子サンドとホットミルクで早めの昼食中、唇の端に付いたホットミルクをハンカチで拭き取ろうと視線を上げた時、一面ガラス張りの窓の向こう側に、とても思い出深くも懐かしい制服が目に止まった。
ただ、かけがえのない思い出、懐かしさに想いを馳せたりするなんて余裕はなく、私の目は、制服を着ている生徒に釘付けになった――。
* * *
夜。夕方近くに帰って来た彼――高校卒業と同時に籍を入れ、夫婦になった
「世界には、自分と同じ姿をした人が三人居るって話し聞いたことありますか」
「ドッペルゲンガーのことですか?」
「はい。どう思いますかー?」
「容姿が瓜二つの人が存在する可能性はゼロではないと思いますよ。遺伝子レベルで完全一致となると話しは変わりますけどね」
一卵性の双子は限りなく100パーセントに近い配列の遺伝子を持つため容姿も近いそうですが、実際は母胎環境の影響を受け、指紋、ホクロなど容姿を含め何かしらの差異が生じる。その上で、血の繋がらない他人と遺伝子配列が完全一致する確率は1兆分の1ほど、世界の人口はおおよそ70億人⋯⋯つまり、まずあり得ない。他人の空似、見間違いの可能性が高い、それが、遺伝子工学に精通する彼の見解。
「ま、ですよねー」
そう答えた私に、お箸を止めた彼は微笑みながら言った。
「見たんですね、そっくりさん」
「でもなー、あたしが見たの昔の姿だったんすよ」
「昔の姿? それなら、親族とかじゃないですか」
「いえ、居ません。聞いたことないですし」
それははっきりと断言できる。
「なるほど⋯⋯」
あ、考え込む時の癖が出た。左手を口元へ持っていって視線を落とす癖。
「はいはい、考えるのは後にしてください。おかず冷めますよー」
「あ、はい。いただきます」
「はーい。あ、そうだ。順調だそうです。今回ははっきりしなかったっすけど、次は判るかもということでした。性別」
「よかった。ちゃんと考えないとですね」
「ん」
箸を置いて、ひと月前に出席した友人の結婚式の時よりもいくぶん膨らみが目立ってきた自分の腹部に手を添える。身体に宿った新しい命が日に日に大きくなっていくのを毎日実感している。予定日は、4ヶ月後。まだ先と思っていましたが、今は、もう後4ヶ月という思いの方が勝っている。
「どっちがいいすか?」
返事は分かっている、いつも一緒の返事。
それでも聞いてしまうのは、浮かれているからなのか、それとも無意識のうちに不安を感じているのか⋯⋯違いますね。
「どっちでも。無事に元気に産まれてくれればそれだけで」
期待通りいつもの答え。
穏やかな優しい声を聞くと、とても安心するから。
食器を片づけ、少しゆっくりしてから順番にお風呂を済ませ、いつもより少し早めの就寝。ベッドで横になって、隣のベッドへ顔を向ける。
「さっきの続きですけど、不吉の前兆っていうじゃないっすか」
「見かけたのは昔の姿だったんですよね。それなら、俗説と意味合いは違うかも」
確かに。俗にいうドッペルゲンガーは自身と同じ姿いう説が一般的に知られている、過去の姿で現れるというのは聞いたことがない。それに受け取り方によっては、一種の注意喚起とも取れる訳ですし。
ともあれ、不確かなことを考えても仕方ない。
もし本当に見間違いや他人の空似ではなく、存在しているのならまたどこかで見かけることもあるだろう、と眠りについた私は翌日の午前、何かとお世話になっている夫婦が営むパン屋を訪ねた。レジ横の椅子に座ってで新聞を読んでいた古河パンの店主の
「ちょっと見ないうちにデカくなったな。今、何カ月だ?」
「5ヶ月っす。無事安定期に入ったので報告に」
「そうか。つーと、いつ頃になるんだ? 5、6、7⋯⋯」
指を折りながら数える秋生さん、答えたのは奥さんの
「9月末頃ですよ、秋生さん」
「すぐじゃねーか。よし、前祝いだ。昼飯食ってけ」
「前祝いには早すぎですって」
「細かいこと気にすんなよ。出前とるか」
「奈緒ちゃん、食べられなくなったものはありますか?」
「それはまったく。悪阻も殆どなかったので」
少し顔を出すだけだったつもりでしたが、お昼をご馳走になるのは決定事項。出前は遠慮し、今後役立つレシピを早苗さんに教わりながら昼食をご馳走になり、5月の連休中に改めて伺うことになった。
古河夫妻宅をお暇し、最寄り駅へ向かっていた途中、小高い丘の上に建つ学校へ続く坂道に植えられた桜並木が目に止まった。直接的なきっかけではありませんが、始まりはちょうど今と同じ若葉が萌える季節、あの丘の上の学校へ調査へ行ったことから。それはもう、ずいぶんと昔こと。らしくもなく思い出に浸って感傷的になったのは、きっと昨日のことがあったせい。
「行ってみますかー」
予定を変えて、昨日立ち寄ったカフェ付近へ。通常今はどの学校も授業中、街に学生の姿は見当たらない。まあ、昨日も昼時に見かけたことが不自然だった訳ですし。だから、余計気になったんですが。でも背丈、髪型が似ていただけならここまで気には留めなかった、そう、アレさえ見なければ――。
「⋯⋯マジっすか。はぁ⋯⋯」
思わず漏れるため息。
繰り下げた予定を終えて家路につく直前、探し人を見つけてしまった。奇しくも自分の実家近くの通りで。さて、どうしましょうか。声をかけるべきか、それとも見つからないようにこの場を離れるべきか⋯⋯。
少し距離を取って様子を窺っていると、ファミレスへ入っていった。5分遅れで入店。通された対角のテーブルに座る前に、ドリンクバーを注文。先に席についていたドッペルゲンガーさんの方も既に注文を終えていた。しばらくして、トレイを持った店員がやって来る。
運ばれて来たメニューはおそらく――。
「お待たせしました」
タンドリーチキンとチャイ。予想通りだった。
星ノ海学園の制服を着たハーフツインテの女生徒。テーブルの上には、紫色のスマホ、そして⋯⋯ハンディカム。
これは、もう疑いようがない。
この子は――私だ。