Charlotte ~時を超える想い~ -after story-   作:ナナシの新人

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番外編 episode3

 あれから、もうひとりの私と出会ってから三日が経った今も、私は元の世界へ帰ることが出来ないでいた。

 ここは、私の知る世界とよく似た平行世界の未来⋯⋯もうひとりの私の旦那さん、宮瀬(みやせ)さんはそう仮定した。

 決め手は、私が宮瀬さんのことを知らないから。

 私たち星ノ海学園生徒会が直近で調査、対応していた「念動力」の能力者と接触した頃にはもう、二人は既に出会っていたにも関わらず、出会うどころか存在も認知していなかった。

 

「眠れませんか?」

 

 隣のベッド、普段旦那さんが使っているベッドで横になっているもうひとりの私⋯⋯私からすると年上なので奈緒さんと呼びますか。彼女は、心配そうに声をかけてくれた。

 

「私たちは対存在ではないかって言っていましたが、本当に同一人物なんでしょうか。もし⋯⋯」

「そんなこと考えてたんすか」

 

 簡単に言ってくれますよね。まあ、名前、生年月日、血液型から家族構成まで寸分も狂いもなく一緒、疑う方が無理があるんでしょうが。でも、ちょっとした性格だったり、食べ物の好みだったり、なにより大人びた容姿や落ち着いた振る舞いが嫌でもそう思わせる。

 

「環境が違えば多少変わります」

「環境⋯⋯能力者が救済された世界なんですよね、ここは――」

「ま、全部が全部という訳ではありませんけど」

「どういうことっすか?」

 

 遺伝型の特殊能力発症抑制ワクチン、発症した特殊能力を消し去る能力のおかげで、この世界に存在する特殊能力者は現在限りなくゼロに近しいはずですし、科学者に捕まる心配もほぼない。

 

「変化は痛みを伴うものっしょ。とにかく、明日は朝早いんだから早く休むこと」

「何か重要なことあるんですかー」

「そういうトコ、ホントあたしそっくり」

「どういう意味っすか⋯⋯?」

「言葉通りの意味っすよ」

 

 話しはお終い早く寝なさい、とまるで子どもに言い聞かせるように天井へ顔を向けてしまった。こういった真意を隠すあしらい方をするところは似ているような気がする。寝返りを打つ。リビングへ繋がるドアの隙間から、微かに光が漏れている。

 一昨日、昨日の夜と私は警戒心から「不可視」の能力を使って、二人の会話を盗み聞きした。一昨日の夜は、奈緒さんを。昨日の夜は、宮瀬さんを。二人とも悪意はいっさいなくただ純粋に、頼る宛のない私の身を案じてくれていたと知った。

 ベッドを出て、リビングへ。ドアを開ける音に気づいた宮瀬さんは、テーブルに拡げられたプリントから視線を外して、顔を上げた。

 

「お水いただきます」

「どうぞ」

 

 水を注いだコップを持って、宮瀬さんの対角で少し崩して座る。すぐに察して「ちょっと待ってくださいね」と、一分ほどで手を止めてくれた。

 

「お訊きしたいことがあるんですが」

「バイトのこと?」

「いえ、それもですけど。自分で言うのもあれなんですが、奥さんのどこに惹かれたのかなーと」

「全部。友利さんから見て、奈緒さんはどう思いますか?」

 

 真面目に答えるつもりないな、と表情に出すよりも早く逆に問われた。

 

「難しいっすね」

 

 答えに困る質問。

 それは同時に、私がした質問も同じと言うことなわけなので反論は難しい。奈緒さんと自分を重ねてみる。答えはすぐに出た。

 

「⋯⋯正直まったく想像がつきません」

 

 自分が誰かを好きになって、恋愛して、結婚するなんて考えられない。結局のところ、結論はそこなんだと思う。年齢は違っても、氏名、生年月日、家族構成、親、兄の名前まで同じなのに――どうしても信じきれない理由は、きっと⋯⋯。

 

「俺も同じ。普通の恋愛なんて出来ないって思ってたから」

「そうなんすか?」

「話しはまた今度。もう遅いですし、俺も切り上げます。コップはそのままで」

「いえ、あたし洗います。ベッド占領しちゃってますし」

 

 使わせてもらっているのは、奥さんのベッドの方ですけど。

 遠慮される前に素早く回収したコップを流しで洗って、水切り台に縦置き、濡れた手をタオルで拭う。

 

「よし。とりあえず、権利勝ち取ってきます」

「はは、祝賀会の用意しておきますね。おやすみ」

 

「おやすみなさい」と返事をして、寝室に戻ってベッドに入る。

 

「何か聞けましたかー」

「特に。誰かを好きになるってどんな感じですか?」

「わかる時が来ます、あたしもそうでしたし。さ、寝ますよ」

 

 結局、二人から明確な答えはもらえなかった。

 そして、翌朝。朝ご飯を食べて、外出の準備。下着の上にキャミソール、自前のブラウス、星ノ海学園のスカートを穿いて。お借りした淡いグレーのサマーカーディガンに袖を通す。

 

「やっぱちょっと大きいか。ま、少しの間我慢してください。うーん、ネクタイにしましょう。(しょう)くん、ネクタイ借りまーす」

 

 寝室のドア越しに「どうぞ」という返事を聞いた彼女は、赤系と青系二本のネクタイをクローゼットから取り出した。選べということなので、落ち着いた紺色のネクタイをチョイスすると、慣れた手つきでネクタイを結んでくれた。

 

「はい、べっぴんさん」

「べっぴんさんって⋯⋯てか、手際いいですね」

「慣れですよ。さて、あたしも着替えますので」

 

 ベッドに座ってカーディガンのボタンを留めつつ、彼女の仕度が整うのを待ち。玄関で宮瀬さんに見送られ、奈緒さんと一緒に家を出て向かったのは、最寄り駅。何本か電車を乗り継いで、目的地の最寄り駅に到着。

 

「ちょっと休憩していきませんか」

 

 そこそこ傾斜のある坂道の途中にあった自販機の前で私は、日傘を差して歩く奈緒さんに声をかける。

 

「遅れますよ」

「余裕ありますって」

「心配してくれるのは嬉しいけど、運動は必要なんでご心配なく」

 

 本人がそう言うのなら大丈夫なんでしょうけど。でも、気にならないといえば嘘になる。ゆったりした服の上からでもわかるお腹の膨らみ。妊娠していると知った時が一番びっくりした。まあ、結婚四年目だそうなので不思議ではないんでしょうけど。

 ただ、自分に置き換えてみると⋯⋯この絵はまったく想像がつかない。

 そんなことを考えながら歩いている間に坂道を上り終えて、高台の中間に出た。自然と足はとまり、私の視線は星ノ海学園併設のマンションへ向いていた。

 ここへ来たのは、あの日⋯⋯この世界へ来た日以来。

 つい先日までひとり暮らしをしていた、星ノ海学園併設のマンション。私の部屋だったベランダに干してある洗濯物は、ここは私の居場所ではないと嫌でも実感させる。

 

「今は、地方出身、家庭環境、身寄りのない生徒が共同で生活する学生寮。今の星ノ海学園は、あたしたちが会長を務めていた頃とは別物です」

「都内指折りの名門校に迫るレベルですか」

「そういうこと。とうちゃーく」

 

 併設マンションから歩いてほどなく、目的地の星ノ海学園に到着。正門を潜って、来客用の玄関でスリッパに履き替え、職員室近くの事務室を訪ねて必要な手続きを済ませる。奈緒さんとは一度ここで別れ、試験官を務める職員が見守る中空き教室で学力テストを受けた。お昼は外で済ませて、午後は、教職員との面談。午後2時を回った頃、予定より少し時間がかかった面談が終了。一礼して、応接室を出る。

 待ち合わせ場所の事務室前に、彼女は居なかった。スマホ⋯⋯は使用不能。連絡手段がないのは不便だなーと思っていると、事務室の職員の方に声をかけられた。

 

「お疲れさまでした。保護者の方から伝言を預かっています」

 

 伝言は、学食に居るというもの。お礼を言って、学食へ向かう。授業中の校舎はとても静か、グラウンドの方から声が微かに聞こえる程度で、私が通っていた星ノ海学園とは校内の雰囲気が別物。微かに寂しさ混じりの違和感を覚えつつ、あまり馴染みのない学食に到着。学食に入ってすぐのテーブル席で、二人の女性が向かい合って話していた。ひとりはお世話になっている奈緒さん、もうひとりは、淡い緑色のリボンが特徴的なカチューシャを付けた女性。

 

「あ、来た。おつかれっす」

「わっ、ホントあの頃の奈緒ちゃんそのままね」

 

 と言われましたが、私はこの方を存じ上げていない。

 

「ふーん、姿形はそっくりでも全部一緒って訳じゃないのね。平行世界(パラレルワールド)か⋯⋯ま、いいわ。仲村ゆりよ。担当教科は、英語。一年を受け持ってるから担任になるかもしれないわね」

「友利奈緒です。その際はお願いします」

「ということです。内密にお願いします」

「了解。学校関係者の中で面識ある人限られてるから大丈夫だと思うけど。いっそのこと髪形変えてみれば? だいぶ印象変わるわよ」

 

 ヘアスタイルか⋯⋯確かに。奈緒さんと初めて会ったあの日、アルバムを見せてもらうまでイマイチ実感を持てなかった要因のひとつに髪形の相違があったと思う。何より周囲に混乱を招かないためにも、この世界に居る間は髪形を変えるのはありかもしれません、と考えて仲村先生と別れた後の帰り道、ゆるふわルーズサイドテールの奈緒さんに訊ねる。

 

「いつ頃変えたんですか。結婚してからっすか?」

「あなたと同い年の年末。心境の変化というか、そんな感じで。変えてみますか?」

「合否の結果が出てから考えます」

「では、ヘアアレンジの本買って帰りましょう」

「話し聞いてましたかー?」

「延びた面談の内容で決まったようなものっしょ」

 

 一般的な話しの面談は早々に切り上げられて、参考という体の進路相談に切り替わった。進学希望と映像関係に興味があると伝えたところ、専門的な知識を学べる進学先をリストアップしてくれたりと話しは既に卒業後の進路にまで及んだ。

 そこまで踏み込んで「不合格」はない、彼女の読み通り、後日受け取った編入試験の結果は「合格」。

 私は、この世界の星ノ海学園へ通える権利を得た。

 合格通知を受け取った夜。いつもより少し遅く帰宅した宮瀬さんから、大きめの紙袋を受け取った。紙袋に入っていた物は、星ノ海学園の夏制服、指定の体操着、ジャージなどの学校用品。

 

「それから、定期券とスマホ」

「これは、あたしたちからの合格祝いなので遠慮しないこと。てか、スマホは持ってくれていないとあたしたち()困ります」

 

 奈緒さんは"が"を強調した。この件に関しては一切取り合うつもりはない意思表示のため、素直に感謝の言葉を伝えた。

 

「あと、バイトの件。条件に合う候補をリストアップしておきました。どうぞ」

 

 宮瀬さんからクリアファイルを受け取り、プリントアウトされたリストに目を通す。個人商店、低学年向け個人塾の補佐、売店手伝いなど。

 

「選択肢は多少増えましたけど、手渡しとなると限られます」

 

 本来存在しない私が、口座を開設するのはハードルが相当高いから仕方がない。バイトは追々考えることにして。寝室に置かせてもらったカゴに荷物をまとめ、先にお風呂をいただいた。

 そして後日――星ノ海学園転入初日の朝を迎えた。

 着慣れた制服に袖を通し、奈緒さん手作りのお弁当をバッグに入れて、靴を履いて振り返る。

 

「いってらっしゃーい」

「気をつけて」

「はい。行ってきまーす」

 

 二人に見送られて、玄関を出る。

 飛び込んできた初夏の日差しが眩しかった。通学、通勤ラッシュで溢れる人の波に乗って改札を抜けて、最寄り駅で下車。駅から星ノ海学園へ続く通学路を、同じ制服を着た生徒たちと同じように学校へと向かって歩みを進める。

 

『お願いがあります。あの子を⋯⋯もうひとりの私を――普通に学校に通わせてあげられませんか。私と同じように』

『歴史には修正力があるんだ。どう足掻いても変えられないこともあった。だから大丈夫。今、友利さんがここに居ることには必ず意味はあるから。今は、学校生活を思うように楽しんで』

 

 誰かに見送られること、誰かが迎えてくれること⋯⋯当たり前なことを、ずっと忘れていた。

 そんな私は、二人の気持ちに支えられて今日、この世界でやっと前を見てスタートを切ることが出来た。

 そう、心から思えた。




4話終了の予定が少し伸びそう
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