Charlotte ~時を超える想い~ -after story- 作:ナナシの新人
編入初登校日の放課後。この世界へ来てからお世話になってるこの世界の私の自宅がある最寄り駅ではなく、彼女の旦那さんがリストアップしてくれたバイト先の候補近くの最寄り駅で、電車を降りた。スマホの地図アプリに入力した住所は、ここから歩いていける距離にある。元の世界でもあまり馴染みのない街を散策がてら歩いていると、チェーン店のカフェのテラス席に見覚えのある人を見つけた。青信号に変わった横断歩道を渡って、カフェのテラス席の男性に声をかける。
「こんにちわー」
「あ、おかえり。歩いて来たんですか?」
テーブル上のタブレットから目を離して顔をあげたのは、宮瀬さん。
「はい。散策がてら」
「暑かったでしょ。中入りましょう」
タブレットをバッグにしまって、ティーカップを持って席を立った宮瀬さんのあとに続いて入店。冷房の効いた涼しい店内に入ると返却口に空のティーカップを置き、隣のレジカウンターへ。
「お好きなものどうぞ」
「いいんすか。じゃーあ、季節のフルーツフラッペ、フルーツジュレとホイップ追加でっ!」
「エスプレッソのショートを、会計は二つ一緒で。席お願いしていいですか?」
「はーい」
そこそこ埋まっている店内の窓際の二人掛けの席に座って待ち。注文した飲み物が乗ったトレイをテーブルに置いた宮瀬さんは、正面の席に腰掛ける。プラカップを受け取り、差したストローを口に運んでひとくち。
「いただきまーすっ。うっま!」
フルーツの自然な甘味とクリームの甘味が絶妙なハーモニー。散策で少し火照っていた身体が、冷たいドリンクの美味しさを更に引き立てる。宮瀬さんは微笑みながら、湯気の立つ紙コップを口に運んだ。逆に私はストローを離し、訊ねる。
「コーヒー好きなんですか? 二杯目っすよね?」
「ん? そうですね」
その割には、自宅で飲んでるところを見たことない、ということは。私は特に気にならないけど。
「奈緒さん、コーヒーのニオイダメとかすか?」
「そういう訳じゃないですよ。妊娠中で少しカフェイン控えてるから。気を使ってる訳じゃないけど、何となく外で飲むようしてるんです」
「あっ、なるほど⋯⋯」
妊娠、出産すると食べ物の好みが変わることがある、という知識はありましたが。妊娠中は食事の制限もある、と。お肉の焼き加減とか微妙に違ったりしたのはそういった事情があったんですね。
「友利さんは、今から見学ですか?」
「はい。リストにおすすめとありましたので。お二人のお知り合いの方なんですよね?」
「気のいいご夫婦ですよ。生業は、個人経営のパン屋。店主の奥さんが、近所の子供に勉強を教えているんです」
小学生向けの学習塾と書いてありましたが、個人経営なら規模は小さそう。なにより知人だから何かと融通が利く、と。
「宮瀬さんは、なぜここに?」
「星ノ海学園の理事長を訪ねてました」
「理事長先生⋯⋯」
「友利さんの世界の星ノ海学園の理事長と、この世界の星ノ海学園の理事長は別人ですよ」
この世界の理事長先生は、宮瀬さんの恩師。特殊能力の発症抑制する新型ワクチンの生産・量産、顔の広さから政財界への根回しなど重要な役割を担っていた人物と聞いている。存在しないはずの私が支障なく星ノ海学園へ通えるのも、二人の関係があってこそ。ひょっとしたら私に関する事案⋯⋯と思いきや見当違いだった。
「不動産関連の相談すか」
「まだまだ先の話しですけどね。時間大丈夫ですか?」
腕時計を見る。お昼に電話してアポとった時間まであと20分。ここから歩いて10分くらい。そろそろ移動を始めた方がよさそう。お互い飲みかけのカップを持って席を立ち、お店を出る。少し傾き始めた日差しが道路に反射して少し眩しい。眩しさにやや目を細めていると突然、視界に影が出来た。影を作ってくれたのは、折り畳みの日傘を差した宮瀬さん。
「使ってください。バスと電車移動なんで遠慮なく」
「ありがとうございます、お借りします。ごちそうさまでした」
「いいえ、気をつけて。そうだ。"とてもおいしそうでした"これを覚えておいてください。気をつけて」
「はあ? いってきまーす」
なんのことかよくわかりませんが、ともあれ目的地を目指して歩き出す。大通りを抜けた先の公園の向かい。
「あっ、あった」
地図アプリに打ちこんだ住所の事業所と同じ「古河パン」の看板。約束の時間5分前に到着。外から見る限りお客さんは見当たらない。少し早いけど今ならお店の邪魔にならない。身だしなみを整えて、横開きのドアを開ける。
「失礼しまーす」
「らっしゃーい⋯⋯あん? どっかで見たことあるような⋯⋯」
緑と白の縦縞のエプロンを着た店主と思われる赤毛の男性が、レジの奥で訝しげな顔を浮かべる。まあ、そりゃあそうっすよね。髪形を変えているとはいえ、5年以上前から交流があるそうですし。
「ま、いい。手間取らせちまったな、詫びに10%オフだ。好きなの持ってけ。このパンなんてどうだ? 早苗特製の――」
「いえ、買い物ではなく。お昼に電話した者です。宮瀬さんの紹介で」
「あいつの知り合いか。ちょっと待ってろ。今、呼んでくる。おーい、
店主の男性はお店の奥へ。少しして、青いリボンで髪を一本に束ねたロングポニーテールの女性と一緒に戻ってきた。
「お待たせしました。初めまして、古河早苗です。奈緒ちゃんの遠い親戚なんですよね?」
「誰かに似てると思ったら、奈緒か。親戚なら似ててもおかしくねぇな⋯⋯てか、附属の頃の奈緒そのままじゃねーか。名前は?」
「友利奈緒です」
「ふーん、名前も一緒なのか」
「漢字まで同じなんてすごい偶然ですね」
あっさり信じた。年齢差があるから知り合いには下手に誤魔化すより似ているで通した方がいい、という奈緒さんの判断は正しかった。早苗さんの後に続いて、家に上がり、居間で詳しい話しを伺う。
「近所の子たちに勉強を教えています。教えているのは、主に小学生です。少人数なので、個別指導みたいになりますね」
「なるほど」
見学させてもらうこと。元教師だった早苗さんの授業はとても解りやすい。区切りのよいところまで教科書を進め、個別学習に切り替わった。早苗さんはひとりひとり子供たちの様子を見ながら、詰まった子の勉強を見てあげている。早苗さんが他の子を見ている間に、ツインテールの女の子の手が止まった。古河塾が開かれる古河家の客間の後ろで見学していた私は座布団から立ち上がって、女の子の隣で足を崩して座る。
「どこか解らないの?」
「えっと、ここ⋯⋯」
「図形面積の問題か。これ解ける?」
教科書を数ページ遡って、解説を交えながら一緒に問題を解く。その後他の子の勉強を見ているうちに、いつの間にか終了時間を迎えた。玄関先で、子供たちを見送る。子供たちの背中が小さくなった。手を振って見送っていた早苗さんが、こちらを向く。
「お疲れさまでした。いかがでしたか?」
「そうですね⋯⋯とても大変でした。理解してもらえるように教えるのは難しいですね。でも、やり甲斐は感じました」
「そうですか。よければこのまま続けてみませんか? あの子たちも喜びます」
そもそも積極的に他者と関わることを極力避けてきた私に、務まるのでしょうか。いろんな考えが頭を巡る。私が出した返事は⋯⋯。
「――お世話になります。よろしくお願いします」
「はい。こちらこそよろしくお願いしますね」
「決まったみてーだな。よし、そうと決まれば夜飯食っていけ」
どこからともなく、店主の男性が現れた。晩ご飯⋯⋯時間的にもう下ごしらえは終わっているはず。丁重にお断りした。
「一日くらいどうにでもなんだろ」
「無理を言ってはいけませんよ、
「けっ! ほら、これ持っていけ」
渡された物は、長い紙袋。中身は、バゲット。
「奈緒から注文があった、お前に持たせてくれってな。伝えてくれ。今度は、三人で来いってな」
「お伝えします。では、失礼します」
「おう、またな」
「気をつけてくださいね」
店先で見送ってくれた夫婦に会釈をして、家路につく。最寄りのバス停からバスで駅まで移動して、電車で最寄り駅へ。駅舎を出ると、日が暮れ始めていた。少し急ぐ。マンションの階段を上り、インターホンを押す。
『あ、帰ってきた。今、開けまーす』
奈緒さんの声。カチッとロックが外れる音がした。
「おかえり」
「ただいまー。古河さんからパンを預かりました」
「どもっす。何か言ってました?」
「顔を出せ、だそうですよ」
「行けてないからなー」
奈緒さんの後に続いてリビングに入ると、いい匂いがした。エプロンを着けた宮瀬さんが、キッチンに立っていた。
「おかえりなさい」
「ただいまっす。何作ってるんですか?」
「煮込みハンバーグ。チーズ載せますか?」
「お願いしますっ!」
「ほらほら、先に着替えてくる」
「はーいっ」
寝室で部屋着に着替えて戻り、晩ご飯。メニューは、ビーフシチューベースの煮込みハンバーグ、ポテトサラダとツナ、トマトのサラダ。ナイフで一口大にカットしたハンバーグをひとくち。
「うっま! ハンバーグ肉感えぐっ! これ、市販のすか?」
「彼の手作りっすよ。ひき肉じゃなくて細切りにしたお肉使っててー、うっま!」
まったく同じリアクションをする私たちを見て、宮瀬さんは微笑む。
「あはは。古河塾はどうでした?」
「あ、はい。お世話になることにしました。奈緒さんも、附属の頃手伝っていたと聞きましたが」
「ときどきっすよ。ま、あの経験があったから塾講師をずっと続けられたんでしょうけど」
奈緒さんは進学してから、近所の有名個別指導塾の講師をしている。彼女の授業は評判で隣県から電車を乗り継いで受けに来る生徒もいる、と宮瀬さんが以前教えてくれた。
夕食後少し時間が経ってから入ったお風呂を上がって、時刻はいつもの就寝時間を迎えた。こちらに来たばかりの頃はこんなに早く? と思いましたが、慣れてしまえば自然と眠気が来る。なんとなく肌艶が良くなった気も。
「進路いつ頃決めたんですか?」
間接照明が灯る寝室のベッドで横になり、隣のベッドの奈緒さんに訊ねる。
「参考にはなりませんよ」
「わかってます。気にはなるので」
「きっかけはたぶん、ゆり先生。世界改変以前の前世の話しになりますが、もう誰も信じないと決めて、人との関わりを極力絶っていたあたしをずっと気にかけてくれていたんです」
同じ境遇でも、私たちの過ごしていた環境は違う。
不意に起き上がった奈緒さんは、ベッドの縁に座り直した。
「学校はどうでしたかー?」
また唐突に話題を変え――いえ、カフェで会った宮瀬さんも、夕食時も話題にあがらなかったのは、このタイミングを待っていたんでしょう。
「まあ、普通でした」
そう⋯⋯、普通。
特殊能力が存在しない世界の学校は、普通の学校だった。
普通に授業を受けて、普通にお昼を食べて、放課後は部活動、学業、仲の良い友人と寄り道をする。それは、私が生徒会長と目指していた普通の学校で。決して叶うことのない、特殊能力とは無縁の学生生活――。
彼女は、ぽんっぽんっと空いている隣を軽く叩く。
「なんすか?」
「いいから来る」
「はぁ⋯⋯わっ!」
腰を降ろしたタイミングで、やや強引に体を横にさせられた。頭に感じる温かい感触⋯⋯膝枕。
「こういうことは旦那さんにしてあげてください」
「してあげたいのは山々なんすけどーあんま甘えてくれないんすよねー」
いくら別人格とはいえ、対存在の自分に頭撫でられながらのろけ話を聞かされる身にもなってほしいものです。
「で、なんすか?」
「深い意味はありません。あたしたちは、100味方ってこと。いろいろ想うことはあると思いますが、心のまま素直に行動してもいいと思います。まだ子供なんですから」
恋愛して、結婚して、妊娠して、出産を控えている彼女からみれば、6つ下の私はそう見える。
「物事の捉え方とか、考え方は大人びてますが」
「ご存じの通りひねくれ者なので。はっはっ」
「思春期っしょ。それでいいんじゃないっすか。あたしも同じ。大人って言われてもふわっとしててちゃんとした自覚は持てていませんし」
「そういうもんすか?」
「そういうもんすよ」
私からみれば、年齢以上に大人に見えた奈緒さんもそうなんだ。そう思うと何だか、知らず知らず張っていた肩と、気持ちが少しだけ楽になった。
それにしても――彼女の鼻歌を聴きながら頭を撫でられるのが、途轍もない安心感と、どうしようもない懐かしさを私与えてくれた。