Charlotte ~時を超える想い~ -after story-   作:ナナシの新人

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番外編 episode5

 月終わりの週末。今日は、三人一緒に外出。近所のスーパーに立ち寄り、昼食の食材を購入し、電車とバスを乗り継いで目的地の最寄りの駅で下車。近道の公園を通って、向かいのパン屋さんへ向かう。

 

「こんにちわー」

 

 私は挨拶をしながら横開きのガラス戸を開ける。パンの香ばしいいい香りのする店内のレジ奥のイスに座ってスポーツ紙を読んでいる、パン屋の店主秋生(あきお)さんが顔を上げた。

 

「らっしゃい⋯⋯って、お前らか。よく来たな。ちょっと待ってろ。早苗(さなえ)ー」

 

 秋生(あきお)さんは、住居と繋がっている襖を開けて奥へ声をかける。「はーい」と女性の柔らかな声が聞こえて、奥さんの早苗(さなえ)さんがお店へ出てきた。

 

「いらっしゃいませ。三人とも」

「ご無沙汰してます」

「まったくだ」

 

 (しょう)くんの挨拶に、秋生(あきお)さんが茶々を入れる。軽口とは理解しているけど、スケジュールの都合からなかなか顔を出せないでいたことに少しバツが悪そうに苦笑いを浮かべながら、スーパーの袋を差し出した。

 

「たっく、変な気ぃ遣いやがって。肉か。よし、炭買いにいくぞ」

「わざわざ?」

「いい肉持ってきたお前が悪い。ホットプレートじゃ味気ねぇからな。早苗(さなえ)(なぎさ)に連絡頼む。夜はバーベキューってな」

「わかりました。お昼の食材お願いできますか?」

「あたしの方からあとで連絡いれますので」

「おうよ。行くぞ」

「じゃあ、行ってきますね」

 

 (しょう)くんの手荷物を預かり、買い物へ出かける二人を見送る。上がらせてもらって、荷物を居間の端に置いて。台所の冷蔵庫を確認している早苗(さなえ)さんに訊ねる。

 

「お昼どうしますか?」

「そうですね。お二人は何かリクエストありますか?」

「何がいいっすか?」

「あたしに聞きますか。うーん⋯⋯」

 

 腕を組んで真剣に考える仕草が何だか微笑ましい。私もこうだったのかな? なーんてことを思っていると、思案していた奈緒(なお)ちゃんが口を開いた。

 

「パスタとかどうっすか?」

「ん。いいんじゃないっすか。夜バーベキューですし」

「いいですね。今切らしているので、パスタソースと一緒に買ってきてもらいましょう。お願いできますか?」

「はい。メッセ送ります。お好きなパスタソースをどうぞ」

「あたし、カルボナーラで!」

「私は、秋生(あきお)さんと同じ物で」

「はーい、と」

 

 買ってきて欲しいものリストを本文に打ちこんだメッセージを、(しょう)くんへ送る。「了解」とすぐに返信が来た。スマホをしまって、用意してくれた麦茶をいただきながら二人の帰りを待つ。

 

「ところで、奈緒(なお)ちゃん」

 

 呼び掛けに二人揃って「はい」と反応した私たちに、早苗(さなえ)さんは困った様子で苦笑い。(しょう)くんは「友利(ともり)さん」と呼び分けていますし、私たちはお互い「さん」「ちゃん」と付けて呼び合うようにしたので不便は感じませんでしたが。共通の知人からするとやっぱりややこしい。ひとまず、顔を向けて呼んでもらうことにした。

 

「性別はわかりましたか?」

「まだです。明後日の診察でわかると思います」

「女の子じゃないっすか」

 

 私と早苗(さなえ)さんの視線が、奈緒(なお)ちゃんに向く。

 

「いや、なんとなくそんな気がしただけっす」

 

 と言ったけど、妙にはっきりした答えだった気がする。まあ、確率は5割ですし。明後日の定期検診でわかることのためたいして気に止めることはなかった。

 目線を私に戻した早苗(さなえ)さんは、あのあと続いていたであろう話しに軌道修正。

 

「わかったら教えてくださいね」

「お気遣いなく」

「そうはいきません。(うしお)の時よくしてもらいましたから」

 

 (うしお)ちゃんは、秋生(あきお)さん早苗(さなえ)さん夫婦の孫娘。母親で夫婦のひとり娘、(なぎさ)さんとも結婚前から交流があり、何かとお世話になっているからあまり気を遣わないでいただきたいのですが。いただいたご厚意は素直に受け取って、部屋が紙オムツで溢れない程度にやんわりお願いすると「伝えておきますね」と早苗(さなえ)さんは微笑んで台所へ向かった。すると、お店の方から「すみませーん」とお客さんの声が聞こえた。

 

「はーい」

 

 早苗(さなえ)さんの代わりにお店へ出る。塾の方と一緒にお店の手伝いもしたからレジの使い方は覚えてるけど、お客さんが持ってきたトレイには手伝いしていた時には見覚えのない新商品のパン。値札を確認しようとしたところで、奈緒(なお)ちゃんがヘルプに入ってくれた。

 

「合計360円になります。400円お預かりします」

「40円のお返しとこちら商品です。ありがとうございましたー」

 

 連携プレーで無事乗り切った。お客さんがお店を出たことを確認してから、奈緒(なお)ちゃんにお礼を伝える。

 

「助かりました」

「たいしたことではないので。スマホ鳴ってました、はい」

「どもっす。今から帰ってくるって」

 

 連絡をくれたのは、ここから10分くらい歩いたところにあるホームセンター。追加で夜の食材もお願いしたから荷物は多そう。バーベキュー用品もあるし。店番お願いして、迎えに行きますか。

 

「レジの使い方わかりますか?」

「見ていたのでなんとなくは。あたし行きましょうか?」

「重いっすよ」

「なおさらっしょ。安静にしててください」

 

 そう言って奥へ下がっていった。大丈夫って言ってるのに、まったく。奈緒(なお)ちゃんを店先で見送り、店番と値札を確認しながら三人が帰りを待つ。そして彼女が迎えに出かけてから5分ほどで帰ってきた。

 早苗(さなえ)さんがあらかじめ準備していたお湯を張った鍋で人数分のスパゲッティを茹でている間に、手分けして買い物袋を片す。肉と海鮮は優先して冷蔵庫にしまう。常温で大丈夫な物も直射日光が当たる場所は避けて、かさばる食材は保冷剤と一緒にクーラーボックスで一時的に保存。ひと通り片付け終えた。ちょうど茹で上がったパスタを盛ったお皿を居間のテーブルに運び、庭でバーベキューの準備をしている(しょう)くんと秋生(あきお)さんを呼んで、世間話をしながら少し遅めのお昼をいただく。

 

「食った食った。さて、(なぎさ)たちが来る前に一服してくるか」

「あたし、散歩行ってきます」

「仕度しますね」

「はーい。奈緒(なお)ちゃんも一緒に行きますか?」

「ご遠慮します。夫婦水入らずでどうぞ。早苗(さなえ)さん、手伝えることありますか?」

「ありがとうございます。紙コップと紙皿を縁側に持っていってもらえますか」

 

 若干気を遣いすぎなところもありますが、こうして二人の時間を作ってくれる。身支度を整えて、店舗兼住宅の外へ。先に出て待ってくれている彼が差した少し大きめの日傘の陰の中に入る。行き先は特に決めていない。東京23区の中でも比較的自然が多く残る町の住宅街から一本横道に折れて、もえぎ色の新緑の葉桜並木が数100メートルに渡って延びる坂道を歩幅を合わせてゆっくり歩く。

 

「ここへ来る時はいつも葉桜っすね」

「来年は桜の季節に来たいね。でも、坂道でベビーカー危ないか。ここまでの移動もあるし、やっぱり少し歩けるようになってから――」

 

 真面目に考え込んじゃった。気が早いなーと思いながらも、薄紅色の桜並木の下を手を繋いで歩く。少し先の未来を想像すると自然と心が弾む。それに、最近あまり携帯しなくなったビデオカメラの出番も増えそう。

 坂道の上に立つ学校の正門が見えたところでUターン、登ってきた坂道を戻る。

 

「お茶して行きましょうか」

「じゃあ、そこのファミレスにしましょう。(なぎさ)さん居るかな?」

 

 進行方向の道沿いのファミレスに入る。少し大胆で派手な制服を着た女性店員さんの案内で、窓際の席へ。向かい合って座り「ご注文はそちらのタブレットをお使いください」と店員さんは一礼して下がっていく。店内をざっと見た限り、(なぎさ)さんの姿は見当たらない。今日はシフト外みたいですね。

 注文した飲み物とパンケーキが運ばれてきた。二段に重なっているパンケーキの間にバターを塗って、小さな白い容器のメープルシロップを上から流しかける。甘い香り。ナイフで一口サイズにカットしたパンケーキを刺したフォークを口に運ぶ。

 

「ん~っ!」

 

 ふわふわ食感とバターの香り、甘いメープルシロップの相性が抜群。味わいながらカットしたパンケーキを、正面に座っている彼の口元へ運ぶ。

 

「はい、どうぞ。あーん」

「いただきます。うん、美味しい」

「ですよねー」

 

 他系列よりスイーツに力を入れているここのファミレスは、来る度に新メニューが増える。今日も三人だったら一品多く頼めたのになー。

 

「もうすぐひと月になりますね、友利(ともり)さんが来て」

「はい」

 

 あの子が⋯⋯奈緒(なお)ちゃんが、私の前に現れてもうすぐひと月。出会った頃は警戒心全開でどうなるかと思いましたが、最近は物腰柔らかくなってきた。DNA鑑定で私たちが同一人物である、と科学的に証明されたからということもあるんでしょうけど。学校だったり、古河(ふるかわ)夫妻だったり、調査以外での交流が増えたことが大きいんでしょう。今の私がそうだったように。

 

「有しているのは、”不可視”だけなんすよね?」

「ええ。間違いなく」

 

 となると、やはり他者の特殊能力による影響。しかし、他人を別の世界へ送る能力なんていったい何が目的なのやら。考えたところで結局は何もわからない私たちに出来ることは、見守ることだけ。

 

「あまり訊かないですよね、生徒会のこととか。干渉することを避けてるのかな」

「それもあると思います。まあ、あの頃のあたしは誰ともプライベートの付き合いはなかったので優先順位が低いのかもしれませんが。あっ、兄のCDはこっそり聴いてますよ」

「あはは、そうなんですね」

「話し変わりますけど、明後日何時くらいに帰って来られますか?」

「普段より1時間くらい早く帰れますよ」

「じゃあ、報告は帰って来てからにします。寄り道せず帰ってくること」

 

 ピッと指を差す。彼は「はい」と微笑んで頷いた。

 スマホが鳴った。(なぎさ)さんたちが来たという連絡を受けた私たちは一旦話しを切り上げ、古河夫妻宅へ向かった。

 

 

           *  *  *

 

 

 そして、翌々日。お昼前に定期検診で訪れた産婦人科の待ち時間は思ったより長くなった。いつもより少し遅めのお昼を外で済ませて、近所のスーパーで買い物をして帰宅。寝室で部屋着に着替えてからエプロンを付けて、キッチンに立つ。テーブルに置いた材料をレシピに通り計量し、使う順番ごとに並べて置き直して、ケーキ作り開始。作るのは、フルーツ多めのスクエアケーキ。

 レシピに習って材料を混ぜた色つきのスポンジが無事焼き上がり、粗熱を取り終えた頃、奈緒(なお)ちゃんが帰って来た。

 

「ただいまー。ん? 甘い匂いがする」

「おかえり。今、ケーキ作ってるとこ」

「ケーキ作れるんすか。旦那さんの誕生日っすか?」

「違いますよ」

 

 まあ、ある意味記念日か。それは今は置いておいて、着替えを促して次の工程へ。冷蔵庫に入れたスポンジが冷えるのを待つ間に生クリームを泡立てて、ケーキに乗せるフルーツを用意。部屋着に着替えた奈緒(なお)ちゃんが戻ってきた。

 

「すげー豪華。マスカットとサクランボもある」

「余ったフルーツはお弁当に入れるんで期待しててください。さてとー」

 

 ここからが大変。冷やしたスポンジに生クリームを塗る仕上げの工程。彼女にも手伝ってもらって、薄くカットしたイチゴを生クリームを薄く塗った一段目のスポンジに乗せてスポンジを重ねる。側面もいい感じに仕上がった。最後にカットしたフルーツを配置して、フルーツたっぷりデコレーションケーキが完成。

 

「よし、完成。ありがとうございました、助かりました」

「たいしたことしてないので。では、課題やってきます」

 

 奈緒(なお)ちゃんは寝室へ行き。私は、夕食の準備に取りかかる、とはいっても午前中に仕込みは済んでいるため、あとは(しょう)くんが帰って来てから火を入れるだけ。30分ほどして、インターホンが鳴った。モニターを確認して、玄関のカギを開ける。

 

「ただいま」

「おかえりなさーい。あっ、寄り道してきた」

「朝にね」

 

 そう言って、右手に持った茶色の紙袋を持ち上げて見せた。

 

「そのパターンか。着替え用意するので、手洗って来てください」

 

 背中に回って軽く押して促し、寝室のドアをノック。返事を確認してから入り、彼の部屋着とハンガーを洗面所へ持っていく。

 

「それで、どうでした?」

「順調っす。ご心配なく。ご飯のあと詳しく話しますのでもう少し待っていてください」

 

 着替えを渡し、キッチンに戻って夕食の仕度。今日のメニューは、チキンステーキとグラタン、サラダ。食後に、冷蔵庫からさっき作ったフルーツケーキを出してテーブルの中央に置いて、切りやすいように温めた包丁を(しょう)くんに手渡す。包丁の刃を当て三等分のおおよその目安を定めると、刃を入れる。小皿に取り分ける際ピンク色の断面のケーキを見た彼の手の動きが一瞬止まった。気がつきましたね。今日の診察で判明した子供の性別は、女の子。

 

「そっか。どうぞ、友利(ともり)さん」

「ありがとうございますっ」

「はい、奈緒(なお)さん。それとこれも」

 

 ケーキを取り分け終えると、彼は足下に置いた茶色の紙袋の中から取り出したピンクのラッピングをテーブルに置く。包まれていたのは、ピンクのチェック柄のフリル付きスタイ。

 

「かわいいっすね。でも、聞いてなかったんすよね? あたしもケーキ作りの時に気づいたし」

「その心配は必要ないっすよ。抜かりない人なんで」

「バレてた」

「あっ、青いラッピング。最初から二つ用意してたんすか。じゃあこれは、弟のっすね」

「――な、なにいってんすか。唐突に」

 

 突拍子のない発言に思わず声がうわずった。

 

「いや、なんとなく男女の姉弟の方がバランスよくないっすか」

 

 まったくこの子は⋯⋯遠慮がなくなったのをいいことに。しかも当の本人に悪気がないのがまた⋯⋯というか二人目前提だし。まあ、性別はどうあれ弟妹は居た方がいいなーとは思ったり。チラリと(しょう)くんを見ると、とても穏やかな眼をして微笑んでいた。

 

「どうしたんすか?」

「うん。きっとこんな感じなんだろうなって思って」

 

 ――私も同じことを感じていた。

 それは今日、お腹の子の性別がわかって急に湧いた実感。

 奈緒(なお)ちゃんが――もう一人の私が私たちの前に現れて始まった三人での生活。同じテーブルを囲んで食べるご飯も、彼を待ち惚けさせたショッピングも、玄関で見送る後ろ姿も。少し年の離れた妹の様に想って一緒の時間を過ごしていた日々が今では、そう遠くない将来に訪れる家族の日常。そんな風に想うようになった。

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