Charlotte ~時を超える想い~ -after story- 作:ナナシの新人
月を跨いで初めての週末の放課後。部活動や帰宅する生徒で賑わう星ノ海学園の廊下を、私はひとり職員室へ向かって歩いている。用件は週初めの放課後に告げられた行事へ参加の有無を伝えるため。ドアをノックして、職員室へ入る。職員室では、数名の教職員が忙しなく作業をしていた。ぱっと見渡した限り、探している教員の姿は見当たらない。ドアから一番近いデスクに座っている男性教員に訊ねる。
「まだ応接室に居るんじゃないか」
「応接室⋯⋯ありがとうございます。失礼します」
会釈をして、職員室をあとにする。応接室⋯⋯スマホで返事を伝える方法もありますがひとまず、応接室へ向かう。閉ざされた応接室のドアの向こう側からは話し声が漏れ聞こえる。内容はわからないですが、なにやら会話は弾んでいるご様子。まだ時間がかかりそう。スクールバックに手を入れてスマホを探していると、不意に、応接室のドアが開いた。ふわっと香る芳ばしい香りとともに出てきたのは、
「あら、
「例の件できたんですが。お取り込みのようですので」
「別に構わないわよ、あなたの知ってる人だしね。コーヒー淹れるから入りなさい」
「はあ。失礼しま⋯⋯あっ」
応接室で
「どうしてこちらに?」
「保護者面談、と言うのは冗談で。依頼されていた資料を渡しにきたんです。メールでよかったんですけど」
「理由付けがないと会う機会なんてないでしょ。はい、コーヒー。ミルクと砂糖は自分よろしく」
「ありがとうございます。いただきます」
紙コップとミルク、角砂糖の瓶を私の前に置き、正面の席に腰かけた。
「ちょうどいいわ。三者面談しましょっ」
そんな語尾に♪が付きそうに嬉々としてするようなことではないと思いますが。
「家での様子はどう?」
「
どういう意味っすか、答えになっていないのですが。
「なるほどね。
だからどういう意味っすか。勝手に納得しないでいただきたいのですが。抗議の眼を向けるも、
「授業態度、生活面はいたって真面目、転校直後の中間試験は学年トップクラス。教職員からの評判も高いわ。何か質問は?」
「ゆり先生から見た、
「しっかり者のいい子よ。クラスでも”上手く”やってるわ」
言葉にはしなかったけど「彼女なりに」が頭に付いているのを察しているようで、
「あの。あたしからいいですか」
「なーに?」
「
「学生の頃見たニュースの知識くらいよ。ただ、私の周りには一芸に長けた人が多くいたから、それが特別な才能、特殊能力だったと仮定すれば納得いくことも多いわ」
「ゆり先生も、能力者だったんでしょうね。能力者を惹きつける能力――カリスマかな」
「カリスマねぇ。実際のところはどうだったのか半信半疑だったけど、あなたの存在でようやく確信を持てた。特殊能力は確かに存在していたってことをね」
* * *
急遽行われた三者面談を終えた私は応接室を出たところで、
「これから、古河塾ですよね。よろしく伝えてください」
「伝えておきます。
「ええ。
「はーい」
階段を一階まで降りた先で別れる。
無事間に合った古河塾手伝い終えて、いつもの時間帯に帰宅。
「ただいま」
「おかえりなさい。聞いていると思いますが、晩ご飯は二人なので外へ行きます。ウナギ、ハンバーグ、焼き肉、お好み焼き、中華、駅弁どれがいいですか?」
駅弁だけ異彩を放ってる気がしますが、ある程度選べるなら駅弁かな。
「では、着替えて来てください。準備はしてあるので貴重品だけでいいっすよ」
「準備?」
「ん」
指差した先に、普段
「火元、電気、戸締まりもよし。では行きましょー」
「バッグ貸してください」
「じゃあそっちはあたしが持ちます」
財布とスマホ、ハンカチなどを入れたトートバッグを渡して、チャック付きの大きめのバッグを受け取る。肩に担いだバッグは見た目より軽く、体に接地した面は思いのほか柔らかかった。玄関のドアを施錠して、最寄りの神楽坂駅から電車に乗って東京駅へ。帰宅ラッシュが近い時間帯の駅内は多くの人で溢れている。
「今さらなんですが、近所のデパ地下じゃダメだったんすか?」
「
手間という言葉に疑問を持ちつつ、お店のカウンターになっているショーケースのサンプルを見る。定番の幕の内弁当、お肉系、海鮮系、サンドイッチ、カレーなどどれも魅力的で目移りしてしまう。
「これにしよ」
「夕食代いただいているのでお好きなのをどうぞ。ちなみにですが、シェアという選択肢もあります」
はっとして視線を向けると、
「京都行きの乗車券⋯⋯今から行くんですか?」
「そういうこと。向こうに着くのは9時近くになるので、買い物は発車までの15分で済ませますよ。着替えは心配なく」
私が肩に担いでいるバッグの中は、私たちの着替えだった。
訊ねたいことはたくさんありますが、今は買い物を優先。着替えはあるとのことなので、駅構内のカフェチェーン店で食後のデザートドリンクを買って改札前で合流し、新幹線の改札を抜ける。帰宅ラッシュと重なった下り線のホームは、大勢の人だかりで歩くのも大変。
「えっと、こっちか」
「私たちの席は~、あっここだ。窓側どうぞ」
「お、おお~っ!」
肩に担いでいたバッグを棚に上げてから座ったシートの座り心地は、いつも通学で乗る在来線のシートと全然違う。簡易テーブル、リクライニング、コンセント、何より座席が広い。隣に座った
「よく利用するんですか?」
「まさか。年に数回遠出する時だけですよ。ちなみにグリーン車は今日が二度目。あなただってあるっしょ」
「いや、ないっすけど」
てか、新幹線も中学の修学旅行の往復で乗って以来。そういえば、修学旅行も京都だった。
「とういうと、ハロハロのライブもなしか」
「
「そ。ま、なかったのは変えられる出来事だったんでしょう」
「歴史の修正力でしたよね。実際どんな事例があるんですか?」
「詳しいことはわかりません。興味があるなら向こうに着いたら訊いてみては」
用事で関西へ行くとは聞いていましたが、京都だったんですね。定刻通り東京駅を発車した新幹線が隣駅の品川駅で停車した頃、温め終えたうなぎ弁当と厚切り牛タン弁当をシェアして夕食。それから約2時間の電車移動後辿り着いた目的地の京都駅を出た時には21時を回っていた。
「もう遅いので観光は明日にして、ホテルへ行きます。こっちでーす」
タクシー待ちの列を横目に駅前通りを北へ歩くこと数分、ホテルに到着。広い階段を上がって、大きな自動ドアを潜る。煌びやかながらも品のある広いエントランスのラウンジの二人がけのテーブル席に、スタイリッシュにスーツを着こなす
「お待たせしましたー」
「あ、遠くまでお疲れさま」
「快適でしたよ。ご無沙汰してます」
「ああ、久しぶりだな、
男性の視線が私に向く。なんだろう、どこかで会ったことがあるような気がする。
「⋯⋯なるほどな。俺のこと覚えてるかい?
「
三年前。科学者の学校から逃げだした私に進むべき道と、兄の病院を無償で手配してくれた恩人。
「そうだよ⋯⋯って言っても、過去の俺は上手く導いてあげられなかった」
「そんなことは。少なくとも、あたしと兄は救われました」
「そう言ってもらえるのはありがたいよ。まあ、反省することもあるって話しさ。それで、過去から⋯⋯それも別の世界線から来たって話しは本当なのかい?」
声を抑え、眉をひそめる
「⋯⋯そうか。もっと話したいけど、もう行かないといけない。大丈夫だよ、
「ありがとうございます」
「ああ。
「お気遣いなく。お気をつけて」
爽やかな笑顔を残し、ホテルを出て行った。クロークでチェックインを済ませ、エレベーターで客室のある5階へ移動。カードキーでロックを解除し、部屋に入る。清潔感のあるシックな内装の客室には、大きなベッドが二つ。
「荷物、テーブルに置いておきますね」
「ありがとうございまーす。お風呂入れてこよ」
「
「別フロアのシングル取ってます」
「あ。あたしがそっち行きます。今夜はお二人でどうぞ」
「そうさせてもらいましょう」
「そうですね。荷物取りに行ってきます」
「はーい、と。はいこれ、パジャマと着替え。今着ている服は別の袋が入ってるので」
「わかりました」
部屋を出て、同ホテルの3階の一室へ。室内のテーブルに置かれたバッグを持った
「お訊きしたいことがあるんですが。歴史の修正力について」
「向こうの部屋でいいですか?」
「はい」
貴重品を持ち、自販機で飲み物を買ってから二人の部屋に戻った。
「この世界は特殊能力、
「はい」
改変されたこの世界では、
「
「⋯⋯その場しのぎの対応では、怪我をする過程は違えど同じ結果になる」
「
「結果は?」
「怪我をした。ただし、結果は2パターン。同じように骨折するパターンと軽傷で済むパターン」
後者、最悪は回避できた。前者は、どんな手を尽くしても回避できない。
「考え得る手を尽くしても必ず起きてしまう出来事を"歴史の必然"と現してた。反対に、怪我そのものをせずに済むこともあります。歴史修正の猶予は最短で即日、最長でひと月ほど」
――ひと月。私がこの世界へ来て、もうすぐひと月。今も元の世界へ戻る術も、誰がこの世界へ私を送ったのかもわかっていない。特殊能力の影響によるものであることは確定として、能力に関係なく歴史修正が行われるまでの残り僅かな猶予期間の間に、この不可思議な状況に何かしら親展を迎えるのでしょうか。もし、このまま何も起きなかったら――。
「大丈夫。
初めて会った日の夜と同じように、優しく、頼もしく、身寄りのない私を安心させるように言ってくれた。聞こえていたドライヤーの音が聞こえなくなって、バスルームから
「あ、戻って来てたんすか。やっぱりこっちにする?」
「歴史の必然についてお話しを聞いていただけでので。終わったので戻りまーす」
「明日は朝早いから、夜更かししないで早く寝ること」
「朝早くからどこへ出かけるんですかー?」
あまり乗り気じゃない私に対し、
「モーニングビュッフェ。このホテルのモーニング、宿泊客以外の人も食べにくるくらい人気なんすよ。宿泊客優先だけど遅れると座れないこともあるらしいので」
パンフレットを開く。宿泊客は入れる時間が30分くらい早いけど、その時刻を過ぎると外からの利用客と同じで順番待ちになる、と。朝ご飯抜きはつらいので、素直頷く。部屋のあるフロアまで二人に送ってもらい、さっき買った未開封のジュースを部屋備え付けの冷蔵庫に入れ、着替えを持ってバスルームへ。今日はシャワーで済ませて、早く休むことにした。部屋の照明を消して、ベッドに入る。一人で寝るのも何だか久しぶり。いつも違う大きめの枕、ぐっすり寝られるかな? なーんて心配は杞憂に終わった。
普段よりも早く就寝したその夜、夢を見た。
私は、見覚えのない学校で授業を受けていた。クラスメイトの制服は、星ノ海学園とは違うブレザータイプで。私を含めた全員の手元には、筆記用具とプリントが置いてある。真剣に書いている人もいれば、迷いなく書いている人もいる。いったいなんだろう? 目を落として読もうとした、その時――枕元に置いたスマホのタイマーの音で目が覚めた。
ただの夢。
普段ならすぐに忘れてしまうような夢が、目が覚めたあとも何故か鮮明に覚えていた。