Charlotte ~時を超える想い~ -after story- 作:ナナシの新人
週明けの月曜日。月を跨いだ今日から、涼しげな夏服の制服に袖を通した
「どうぞー」
「ありがとうございます。あっ――」
「お気になさらず。集中できるっしょ」
私の妊娠が判明してから気を使って家では控えるようになった、コーヒー。気にしないでいい、と伝えてはいるんですけど。
「どんな感じすか?」
「時系列ごとに整理してまとめてる段階。
タブレットに表示されたメッセージには、箇条書きと注釈付きの文章。本人から聞いていた通り、私が近所のカフェで見かけた一日前の放課後に異変に気づいた旨が書かれてる。
「異変に気づいたのは、念動力者と野球の試合の約束を取り付けた帰り、星ノ海学園の最寄り駅で電車を降りた時。一緒に調査に行った
不可解に思いつつ、いったん自宅マンションに戻ると、星ノ海学園専用の学生寮になっていた。自宅だった部屋の表札には、別人の名前。学校中の生徒の顔、名前は全員覚えているにも関わらず、マンションで生活しているのは全員まったく見覚えのない生徒。スマホは圏外、生徒会とも連絡が取れなかった。
「ホラーっすね」
「ですね。それが本当に、彼女の記憶なら」
そう、問題はそこ。旅行の夜見たあの子の夢が別の未来の記憶と仮定すれば、タイムリープで書き換えられた別の世界線が存在している。その世界線では、星ノ海学園とは別の学校に通っていた。そして今、この世界に存在しているあの子は、星ノ海学園に通って特殊能力者の保護活動を続けていた。頭にふと過った、とある可能性。
「正直この可能性は考えたくはありませんが、科学者の学校。逃げ出した後、
「なるほど⋯⋯能力に目覚めなかった可能性もありますね。どちらにせよ、俺に近い記憶保持の能力を持つ能力者が存在していた可能性がある。仮に同じ制約なら、彼女とある程度親しい関係性の人物がこの現象に関わっていると仮定できます」
彼の能力は、関係性の深い人により影響を与える。まあ、私が簡単に心を開くことはないでしょうから、まったく同じ能力という訳ではないんでしょうけど。仮に、同じ能力だったとして、心を開く人⋯⋯。
「ん」
「ん?」
私が指差した方向に、
「なに惚けてんすか。あなたのことっすよ」
「俺?」
「ん。アメリカ帰りのあなたが、能力者のデータを盗むために科学者の学校に潜入した過程であの子と接触した、どうっすか?」
「⋯⋯
「懐かれてるじゃないっすか」
私は、間髪を入れず答える。初めて会った日から、私を介さず普通に会話していたし。週末には、
「どうしたんすか?」
「⋯⋯いえ、考えても仕方ないですね、観測できない世界の出来事ですから。いずれにしても、綻びが生じ始めているのは確かです。どこか出かけようか?」
「仕度してきます」
寝室に入った私は、着替え、日焼け対策と少し急いで身支度を整える。研修の資料作り、ゆり先生の依頼だったりと何かと多忙な人だから、二人でゆっくり出かけるのは本当に久しぶり。関西観光もできなかったし。寝室の戸締まりを確認して、キッチンでカップの片付けと水筒の準備をしている彼に声をかける。
「やっておくので、着替えどうぞー」
「ありがとうございます」
水筒とタオルをバッグに入れて、戸締まりを確認。うん、ちゃんとしてある。ダイニングテーブルの椅子に座って、スマホで天気予報を調べながら彼を待つ。
「お待たせしました」
「では、行きましょー」
持ってくれたバッグに折り畳み傘を入れ、玄関のカギを閉じる。手を借りて階段を下り、自宅マンションを出た途端に夏を思わせる梅雨入り前の日差しに目を細める。ふと、視界が暗くなった。それは、彼が差した日傘の影。
「買い物いきます?」
「んー、それもいいけど、ちょっと歩きたい気分っす」
「じゃあ、御苑でも行きましょうか」
最寄り駅から電車と徒歩合わせて30分程で到着した、御苑内のベンチに腰掛ける。体に纏わり付く初夏の都心のジメジメし蒸し暑い空気も、緑に囲まれた自然豊かな苑内では涼しく感じた。
平日の朝とまだ言っていい時間帯。私たちくらいの年齢はほとんど見当たらないし、そもそも人もあまり多くない。静かで穏やかな時間が流れる。時刻が10時を迎えた頃、彼は唐突に話しを切り出した。
「そろそろ二時限目か。附属ってどんな雰囲気ですか?」
「国立校なので身だしなみは厳しいです。ま、女子校ですので遠慮のないとこもままありますが他はあんまり変わんないっすよ。心配っすか?」
「急でしたからね」
関西旅行からの帰りの夜、保留していた学校交流参加を決めた。本来存在しないはずの自分が他の人を押し退けて行事に参加していいのか、葛藤を抱えていた。でも、世界の
話しの最中、大きな木がある芝生広場に小さな子供を連れた家族がやって来た。広場を駆け回る子供の笑い声、芝生に敷いたレジャーシートに座って見守る両親。遮る物のない広場を吹き抜ける爽やかな風に乗り、小さく呟いた彼の声が聞こえた。
「懐かしい」
「なにがっすか?」
「昔、待ち合わせした公園で見かけた家族を思い出した」
電撃の能力者の案件を解決した翌日、左手を負傷した彼を病院へ案内した時のこと。高層ビルが立ち並ぶ都市部特有のビル風が吹く公園で見かけた家族の姿。あの時の彼はどこか寂しげに見えて。それは、私と同じ気持ちだった。
彼の肩に体を預けて、自分のお腹に手を添える。
恋愛して、結婚して、ましてや自分が親になるなんてこと、あの頃の私は想像もしなくて。
彼が伸ばした手と私の手が重なる。安心するぬくもり。
「今度来る時は、三人ですね」
「まだ先っすよ。というか、名前もまだ決まってないしー」
性別が判明してから、ベビー用品は日に日に増えていますが。
「名前⋯⋯どう決めるものなんだろう」
「よくあるのは姓名判断とかじゃないっすか。あとは~どんな子になって欲しいかとか。あ、
「
「うん、いいと思いますけど絶妙に被ってますね、
「ですね。とっておきましょう」
そう言って、少し可笑しそうに微笑む。
関西旅行で
「降ってきそうですね、移動しよう」
先に立った彼が差し述べてくれた手を取って、立ち上がる。
ほどなくして降り出した小雨の中を一本の折り畳み傘に入り、傘を持つ彼に半歩寄せて、腕を組む。過去の経験からこうでもしないと私側に寄せて傘を持ち、自分の肩が雨に濡れることを厭わない彼は諦めてくれないから。青々と繁る木々に囲まれた東屋のベンチで、しばし雨宿り。
まだ見ていない少し先の未来の話をして過ごして、御苑を後にする頃にはもう、雨は上がっていた。雲の隙間から差し込む日の光に反射して、雨に濡れた街はキラキラと輝いていて見えた。
それはまるで、さっきまでしていた少し先の未来を想像して話をしていた時のようで。あの子にもこんな風に穏やかな日常を過ごせる世界が訪れてくれれば、と心から想った。
「夜は、
「そうっすね。あ、前に
そして、その理由がわかる時がもう目前まで迫っていた。