Charlotte ~時を超える想い~ -after story- 作:ナナシの新人
星ノ海学園と国立大附属校の学校交流が始まって、四度目の放課後を迎えた。電車を乗り継いで通学する星ノ海学園とは対照的に、歩いて数分で通える距離にある附属校。いつもより早い帰宅時間、見慣れ始めた町の表通りからお世話になっているマンションのある、石畳の通りへ。人通りの少ない静かな路地を歩く。マンションの階段を上り、2階の一室の前で歩みを止め、インターホンを押す。返事のあと数秒の間があり、カチッとドアの鍵が開いた。ドアノブに手をかけ、ドアを開ける。
「ただいまー」
「おかえり。早かったですね」
玄関で出迎えてくれたのは、
「今日は、手続きの関係で予備校に行ってます」
「産休っすか?」
「それも含めた話し合い。受験前の生徒も多く受け持ってるから、8月末まで続けるつもりみたいです。知ってのとおり、責任感強いから」
「大丈夫なんすか?」
「その日その日の体調と相談してになりますね、幸い送り迎えは毎日出来るから」
――ま、そんなことあるかわかりませんけど。
書き終えた今日分のレポートをファイルに閉じ、麦茶を注いだコップを口に運ぶ。夢を叶えメジャーデビューしたこの世界の兄がギタリストを務めたバンドの演奏を聴こうとスマホを取り出した時、インターホンがなった。スマホを置いて、ディスプレイを見る。二人が帰って来た、玄関先へ出迎えに行く。
「おかえりなさい」
「ただいまー。はい、お土産」
「なんすか? クリーニング店の袋?」
「晩ご飯の仕度するんで向こうで見てください」
二人は、キッチンに立ち。私はダイニングテーブルで、
――ああ⋯⋯そういうことだったんすね。
鏡に写る制服姿の自分を見た瞬間、まるでパズルのピースがぴったりはまったかように、止まっていた時計の歯車が動きだしたかように、自身の身に何が起きたのか理解した。
「もう、いいんすか?」
鏡に写る私に問いかけても返事はなく「できましたよー」と、ドアの向こう側から私を呼ぶ声。「すぐ行きます」と返事をしてから、降ろした髪を二つに結んで、リビングへ戻る。
「いいんじゃないっすか。ね?」
「ええ、附属の制服も似合いますね」
「どもっす」
「さあ、食べましょー」
「おお~っ! 豪華っすね、てか最近ずっと豪華じゃないっすか?」
「返礼品の消費期限が近かっただけっすよ」
「同じようなタイミングで届きましたからね」
と言っていますが、二人はおそらく勘づいている。もう、時間はあまり残されていないことに。そう、この時間はほんの僅かに残された、アディショナルタイムなのだから。
晩ご飯、お風呂を先にいただき、入れ替わりで
「結論は出ましたか?」
「⋯⋯観測出来ない世界のことなのですべて推察になりますが、
「⋯⋯ひとつお伺いします。なぜ、あたしに目的があると?」
私に見えるように置かれたタブレットには、先日私が送ったメッセージが表示されていて、
「二人が出会った場所。根拠は、これ。この街で出会ったことを疑問に思わなかった、ここは実家のある街。頼れるあてのない中で唯一縋れるのは、実家しかなかった⋯⋯と思ってた。でも、
「⋯⋯聞いたとおりの洞察力です。正直、驚きました」
おそらく、この人は限りなく真実に近いところまで迫っている。でも、今のままでは真実には辿り着けない。
「ほぼ正解。ですが、前提が違います。あたしに協力者が居るのではありません、あたしが、協力者です」
そう⋯⋯私は、とある能力者の願いで、この世界へ来た。
「もちろん、悪意のあるような
「迷い?」
「はい。まあ、よく聞く迷いです。選択肢がなかったあたしには、無縁な悩みですが。でも、あの子はとても真剣だった。あたしは、ほんの少し手伝いをしただけです」
「そっか。その子は――いや、何でもない」
心配しなくても大丈夫、その時がきたら自分から二人に伝えるでしょうから。
* * *
いつもと同じ就寝時刻。寝室の灯りを消し、ベッドに入った
「明日が最終日ですが、いかがっすか? 附属の学校生活は」
「新鮮です、特に課外授業は。茶道とか、華道とか通常のカリキュラムなんすか?」
ベッドに横になった私は目を閉じたまま、訊ねる。
「選択制の課外授業。学校交流期間中は広く浅くひと通り行うだけです。興味持ってくれれば、進学先の選択肢に入るっしょ。てか、結構影響力あるんすよ。予備校で受け持ってる附属の子が学校交流の特別授業をきっかけに、ほとんど決まっていた上への推薦を辞退して、志望校を変えてしまうくらい。どうですか? あなたの答えは見つかりましたか」
閉じていた目を開き、横になったまま、
「失っていた記憶を取り戻せたことはなによりです。あなたをここへ送った能力者に協力している、と聞きましたが」
「悩んでいたから協力した、それは理由になりませんか」
「命かけてまですることですか?」
見透かされている。ぶっちゃけ、諭すことは出来たでしょう。でも私は、あの子に協力した。別の世界にまったく興味がない、と言えば嘘になってしまうから。
「訊き方変えますか。この世界はどう映りましたか?」
特殊能力がない世界、科学者に捕まる心配のない世界、思春期の子供が犠牲にならない世界。普通に学校に通って、学校帰りに寄り道をして、家に帰れば「おかえり」と迎えてくれる人がいる。子供の頃まであった当たり前の幸せ⋯⋯それはまるで、夢のような世界で。けれど、夢はいつか必ず覚めるもの。自分のあるべき場所に戻った時、ここで過ごした日々の記憶はきっと、忘れてしまう。
それでも、私の眼には光が見えた。
救済された世界と同じ道は辿れなくとも、進んだ先に違う形で未来に光を灯すことが出来るかもしれない。
「覚えていないだけかもしれませんが、別世界へ行った記憶はあたしにはありません。以前彼と、ある学者が提唱した"多重世界論"について話す機会がありました。幾重にも枝分かれした世界が無限に存在していて、ひとつの可能性の世界ではなのではないか、と。能力者の願いを聞き入れたことも、世界の分岐点なのかもしれません」
「世界の分岐点、多重世界⋯⋯俗にいう、パラレルワールドっすよね?」
「はい。出会うはずのないあたしたちが、同じ世界で同時に存在しています。ですので、あたしたちのことは気にせず、あなたは、あなたが信じる道を諦めず歩いてください。きっとそれが、あなたにとってより良い未来へ繋がると思います。あの子の願いを聞いてくれてありがとうございます」
そう言って、
「さて、休みましょう。ちゃんと寝ないと成長止まっちゃいますよ」
お互いベッドに戻って、横になる。
二人とも、協力を求めた能力者が誰なのか察している。その推察は間違っていない。そして、安易に理由を聞かない二人の愛情の深さと誠実さを知った。
今はまったく想像がつきませんが、いつか自分も、二人のように思い悩む時が訪れるのでしょうか。そんなことを想いながら眠りについた。
いつもより早く起きた朝、洗面所で顔を洗い、寝室に戻って登校の準備。天気は一日晴れの予報ですが、上空に寒気が流れ込むそうで、些か肌寒い。昨日まで着ていた夏服の制服ではなく冬服の制服を着て、スクールバッグを担ぎ、このところあまり持ち歩いていなかったハンディカムを持ってリビングへ戻った私を見ても 二人はいつもと変わらず接してくれた。テーブルについて、
「肉じゃが、うっま!」
「がっついて食べると消化不良起こしますよ」
ややあきれ顔の
「行ってきます」
「ん。行ってらっしゃいませ」
「気をつけて」
玄関まで見送りに来てくれている二人に挨拶をし、玄関を出た瞬間――私は、この世界から意識を閉じた。
「行ってしまいましたか。この子の悩みは解消されたということっすかね」
「そうだね、役目を終えたんだと思う。やっぱりというか、受け継いじゃったか。他者の目を通して見る"過去視"といったところかな」
「覚悟していたことです。消去は自分の能力は消せない制約があるという話しでしたので、特殊能力の抑制ワクチンの効力も弱まるのではないかと。あなた本来の能力"継承"は、記憶だけではなく、人との繋がりなのではないか、とあたしは思っていました。ですのでこれから先の未来、どんなに時間が流れたとしても、別の世界だとしても、繋がった絆は紡がれていくんだと思います、ずっと――」
玄関の外は、雲ひとつない晴れ渡った青空がどこまでも拡がっていた。