Charlotte ~時を超える想い~ -after story- 作:ナナシの新人
厳しい暑さが続く、八月中旬。
旧星ノ海学園生徒会との再会から数日が経ち、いつものように、数字の波が満ち引きを繰り返すモニターの映像を眺めるのではなく。今日は実際にペンを取り、
書類の内容は、前世で
隣では、その
「よしっ、課題終わりっと」
シャープペンを置いた彼女は、軽く手伸びをした。
どうやら、夏休みの課題を全て片付け終えたようだ。俺の方も、ちょうど記入し終えた。書き終えた書類を封筒に戻し、ファイルする。
「じゃあ、提出してきますね」
「一緒に行っていいっすか」
肌を焼くような強い日差し、独特の蒸し暑い空気、アスファルトに揺れる陽炎。盆を過ぎれば暑さも和らぐと聞くが、まだまだ、厳しい暑さが続いている。
「今日も、暑いですね」
薄紅色のワンピース、白いサマーカーディガンに髪はポニーテール、と涼しげなファッションだが。手で扇ぐ仕草を見ると、やはり心配になる。
「大丈夫っすよ、日焼け止めもバッチリですし。さぁ、行きましょー」
心配をよそに手を取られ、星ノ海学園へ向かうため、最寄り駅へ向かう。途中で、日傘を購入しようと提案したが「日傘を持ったら、繋げないじゃないっすか」と、却下されてしまった。彼女のニュアンスからして、一人だけ日陰に入るという選択はないみたいだ。
「やっぱり、遠いですね」
電車に乗って、数十分。星ノ海学園の最寄り駅まで半分といったところ。前に住居を構えていた六本木からとあまり変わらないから気にはならないが、
「よかったんですか? あたしが歩いて、学校に通える場所で......」
神楽坂を選んだのは、彼女が通う学校に近いから。
それは同時に、彼女の実家からもそう遠くない場所でもある。
星ノ海学園への転校を諦めさせるため、合鍵を渡す、と約束したのが始まり。実家まで送って行くことを考えた結果、神楽坂がベストと判断したのだけれど。
まさか、一緒に生活することになるなんてこと、夢にも思わなかった。
「六本木からと変わらないですから。それに」
「それに?」
可愛らしく首を傾げる。
「帰って来た時、待っていてくれる人が居てくれるって思うと苦にならないですよ」
「そ、そうですか。ホント、ストレートにいいますよね」
「海外生活が長かったからですかね」
「そういうもんっすか」
「たぶん」
懐かしいやり取りに、お互いに吹き出しそうになる。
乗客が多かったら、バカップルと思われそうだが。幸い乗客は少ない、というより乗っている車両は俺たちを含めて、十数人ほどしか乗客はいなかった。
「うーん。あっ、もしかすると帰省してる人が多いのかもしれないですね。今年のお盆休みは、長期で取れるそうですので」
「盆休み? そっか、そんな時期なんだ......」
車窓へ顔を向け、空と向かって伸びる高層ビルを眺めながめながら想う。
聞いた通り、これから、いくぶん少し涼しくなっていくか。
それとも、残暑の残る短い秋になるのか。
最初の“
「どうしたんすか?」
「見慣れた風景だなって思って。次の駅ですね。降りる準備しておきましょう」
最寄り駅の改札を出て、馴染み深い通学路を歩く。
星ノ海学園に通っていたのは、半年にも満たないほんの僅かな時間。
それでも、短くも濃い時間を過ごした日々は、色あせることはなく、今も鮮明に覚えている。
「なんだか、懐かしい」
「あたしも今、同じこと想っていました」
「
「はい。思い出深い場所ですから」
六本木の自宅で出会い。その日の夜、この道を通って、星ノ海学園まで案内してもらった。
彼女の俺に対する第一印象はきっと、いや、間違いなく最悪だったと思う。あの時の
正直、こんな関係になるなんてことも――。
重ねている手を少しずらし、指を絡めるように繋ぎ直す。俺の行動に、彼女は少し不思議そうな
通い慣れた通学路を、どことなく感慨深い思いで歩いていると、目的地の近くで
「あの部屋ですよね?」
マンションの一室を指差して聞くと、小さく頷いた。
部屋のベランダで、風に揺れる洗濯物を見つめる彼女の横顔は、少しだけ寂しそうに見えた。
「さぁ、行きましょう。早くしないと帰るのが遅くなります」
「そうですね」
マンションの前で立ち止まっていた足を再び進める。
歩くこと、数分――。
「はい。到着~」
「お疲れさまです、と」
星ノ海学園の正門前に到着。
来客用の玄関で靴を履き替え、懐かしさを感じながら廊下を歩く。
例に漏れず、星ノ海学園も今は、夏休み真っ只中。盆休みの時期もあってなのか、部活動を行っている生徒の姿も殆どなく、校内は閑散としていた。
少し寄り道。教室、学食、階段を上って、生徒会室の前に立つ。
「変わらないですね、ここも」
「はい。前来た時は、しっかり見られませんでしたけど――あれ?」
予想外なことに、手にかけたドアは抵抗なく開いた。
「ん? よう、どうしたんだい? 二人揃って」
生徒会室の中では、
「書類を持ってきたんです」
「ああ~、そうか、ご苦労さん。
状況を察した
「いえ、お邪魔してしまってみたいで......って、会長?」
「
話し合い相手の女子生徒は、
「遅くなって、悪かったな」
席を立った
「本来であれば、こちらから出向くべきことでしたから。助かりましたよ」
「そっか。じゃあ、詳しい話しは、理事長室でしよう」
「いいんですか?」
「本筋は決まったからな。少し雑談してただけだよ」
生徒会室を出て、理事長室へ向かっているのだが。なぜか、附属の生徒会長さんも一緒に付いてきている。
彼女の名前は、
彼女は、二学期に実施予定の学校交流の件を話題に上げ、
そうしている間に、理事長室に到着。
ソファーに座るよう促した
「記入漏れはないな。しかし、改めて文字に起こして見るととんでもないな」
「すごいっしょ?」
書類に書かれている学歴を見て呟いた
「よし、あとは報告して完了だ。ようこそ、星ノ海学園へ!」
「お世話になります」
ソファーから立ち上がり、握手を交わして座り直す。
「クラスは、
「ええ、そうして頂けるとありがたいです」
「オーケー。クラス担任は、ゆりさんな。話は通しておく」
「今、ゆり先生は居ますか?」
「いや、居ない。学生時代の女友だちと、温泉旅行らしいぞ」
隣に座る
プールで交換した賞品は、役に立ったみたいだ。
「なんだよ? 二人だけで笑って、俺にも教えてくれよ。
「え、えぇ......」
親しげに会話する俺たちに戸惑いを見せながらも、
「来ないと思ってたら、そんな面白そうなことしてたのか。何で、俺たちを誘わないんだよ?」
「スマホ、持ってなかったでしょ」
「まーな、防水仕様っていっても限界はあるし。けど、赤毛の悪魔か。お前と互角やり合うなんて、いったい何者なんだろうな」
三人を一人で相手に出来るほど身体能力、抜群の反射神経の持ち主。やんちゃ坊主が、そのまま大人になったようなギラギラした好戦的な眼。
それに――続きは、また今度だ。
あの言葉、またいつか、どこかで遭いそうな気がする。そんなことを考えていると、会長さんが遠慮がちに手をあげた。
「あの。ひとつ、お伺いしてよろしいでしょうか?」
「ん? ああ、どうぞ」
「そちらの方――」
俺を見た。
「
「先ほどのお話しから、転入の手続きと感じましたが。校長を始めとした先生方、あるいは、理事先生を通さなくてよろしいのですか?」
不思議――いや、不信感に近い感じで聞いた。
当然の疑問だ。普通であれば、あり得ないことなのだから。
特に彼女の、彼女と
「問題ありません。彼は、理事長が直接海外から招いた特待生ですので。彼の都合に合わせ、理事長が不在の場合は、代理で俺が受理をするように、と特命を承けて手続きを行っています」
柄にもなく真面目な口調で話し、席を立った
「本来であれば、部外者には開示出来ない代物ですが。どうぞ、これで信じていただけるかと」
「これは、冗談ですよね?」
目の前に置かれた書類に目を通し、信じられないと言った様子で顔を上げた。
「紛れもない事実です。既に飛び級のある海外で、大学を卒業しています。理事長直筆のサインと捺印が証拠。納得していただけましたか?」
「......わかりました、にわかには信じがたいですが。特待生であることは事実のようですし。ところで、三人の関係は?」
先ほどまでの疑いの眼差しとは打って変わって、キラキラと目を輝かせる。好奇心満載の彼女を見た
「二人とも俺の弟、
「そうだったのですね。それで、
「
「ああ、そうか。引き止めちまって悪いな」
「いえ。では、また二学期に」
「必要な物はリストアップして、あとでスマホで連絡する」
「お手数かけます」
「
「はい。
二人に挨拶をした後、理事長室を出て来客用の玄関から校舎の外へ出た途端、
「ハァ、危なかったっす」
「そこまでですか?」
「会長の話は、巻き込まれると長いんすよー」
学校生活の話を聞きながら、最寄り駅へと向かって歩いていると、はしゃぐ子ども、浴衣姿のカップルがちらほら目についた。
「なんだか、人が多いですね」
「あっ、あれじゃないっすか?」
店の窓に、花火大会お知らせのポスターが貼られていた。
「確か、あたしの実家の近くも今日だったはずです」
「じゃあ、行ってみましょうか」
「はい。お母さんに、浴衣あるか聞いてみます」
スマホを取り出して、母親に電話を掛けた。
「あ、お母さん。あたしの浴衣って――」と、短い会話が終わり、スマホをしまう。
「用意しておいてくれるみたいです」
「そうですか、楽しみですね」
自宅に戻り、荷物を置いてから準備を済ませて、彼女の実家へと向かう。
「ただいまー」
「お邪魔します」
「おかえり、
実家の玄関を開けると、彼女の母親が出迎えてくれた。
自分の部屋に入った
「どうっすか?」
浴衣姿を見せつける様に、軽く両の袖を上げてみせる。
白生地に淡い紫色の花柄の浴衣で、鮮やかな赤い帯。髪型はアップで、髪飾り付きに簪でまとめられている。初めて見る和装に、少しドキッとした。
「すごく似合ってます」
「そっすか? どうもっす」
嬉しそうに笑顔を見せてくれた彼女は、俺の手を取って――。
「さぁ、行きましょー。お母さん、ありがと。いってきまーす!」
「はーい。いってらっしゃい、気をつけてね」
笑顔で手を振る母親に見送られ、祭り会場の河川敷に到着。
すると、既に多くの客と屋台で会場は、想像していた以上の賑わいだった。
「すごい人っすね~」
「そうですね。少し早いですけど、夕食にしましょうか」
「賛成です。先ずは、やっぱ定番の、焼きトウモロコシっしょ!」
リクエストに答えて、屋台で焼きトウモロコシを購入。
「はぁ~むっ、ん~! 焼きトウモロコシ、おいしいなぁ~。はい、
「いただきます」
反対側をかじる。香ばしい醤油の香りと味が口の中で広がる。
「うん、美味しい」
「でしょ? やっぱり焼きトウモロコシっすよねっ。えっと、次は~っと」
屋台の
「焼きそばにしましょう!」
「定番ですね。焼きそばひとつお願いします」
「はぁぃよ」
この独特のイントネーションは、どこかで聞き覚えのある声だ。店員の顔を改めてよく見る。“
「へい、焼きそば、おまち!」
「ありがとうございます」
焼きそばを一皿と、箸を二膳受け取る。その後も、たこ焼き、牛串などを食べながら回り、腹ごしらえが済んだところで今度は......。
「金魚すくいしましょう」
「どっちが多く掬えるか、勝負ですか?」
「ふふーん、当然っす。負けた方はバツゲームっすよ?」
金魚すくい勝負の結果は、お互いに7匹と引き分けで終わった。掬った金魚は、近くの子どもに配る事にして、続けてヨーヨーすくい、射的と一通り廻ったところで、メインの打ち上げ花火の開始時間まで20分弱。
かき氷、綿あめ、リンゴ飴、と花火大会に相応しいもの購入して移動。
「実は、いいところがあるんです。こっちでーす」
人並みとは反対方向へと歩き出した。隣へ行き、はぐれないように手を繋ぐ。
「どこへ行くんですか?」
「それは、着いてからのお楽しみっす」
会場から離れ、神社の赤い鳥居を潜り、石段を登りきり、社殿の裏側へ回る。
「はい、到着」
「ここですか?」
「穴場なんですよ、ここ」
高い場所に位置に神社ということで、東京の街の灯りが下に見える、少し遠くに視線を持っていった先に、先ほどまで過ごした屋台の光と大勢の人の姿が見えた。
「ここからの景色が絶景なんです」
「夜景もキレイですね」
「あっ、上がりますよっ」
彼女の声に合わせる様に、ドンッ! 爆音を響かせ、夜空に煌びやかな大輪の花を咲かせた。
「すごい......」
「すごいっしょ?」
目線と同じ高さで、止めどなく連続で咲き誇る大輪の花は、儚く美しい一瞬の輝きを魅せては散るを繰り返す。
ふと、隣を見る。花火の灯りが、彼女の横顔を照らしていた。
「――キレイだ」
「うん、キレイ......」
繋いでいる手が、少し強く握られる。
たぶん、いや、俺の言ったキレイと、彼女のキレイは意味合いが違う。でも、そんな些細な事はどうでもよかった。ただ、二人で今、こうしていられる時間がとても幸せだった。それは、怖いほどに。
そして、
「今ので最後だったみたいですね」
「はい」
少しの間、余韻に浸りながら夜空を眺めていると、彼女のスマホの着信音が鳴った。
「あっ、お母さんからだ」
「うん、わかった。また明日。お待たせしました」
「いいえ、じゃあ帰りましょうか」
「はい」
神社の階段を下り、神楽坂の自宅へ帰る。
「あたし、明日、親戚のお墓参りに行ってきます」
「そうですか、気をつけてくださいね。俺は用事で、勝先生の家を訪ねて来ます。帰りは夕方になると思いますので」
「はーい。では、夕食を用意して待ってます。食べたい料理ありますか?」
「えっと、じゃあ、肉じゃがで」
「了解っす。しっかし、肉じゃが好きっすよね」
「
どうしてか、彼女が作る肉じゃがは、どこか懐かしさを感じられた。
そして、翌日。朝午前九時。
「じゃあ、行ってきまーす」
「いってらっしゃい」
墓参りのため、実家へと向かう
さあ、俺も行こう。彼女の姿が見えなくなったのを見届けてから、勝先生の自宅へ向かった。
俺にとって、これ以上ないほど重要な案件を片付けるために――。