Charlotte ~時を超える想い~ -after story- 作:ナナシの新人
週末の放課後、
向かって右手には、天井まで伸びる本棚と螺旋階段。正面は、全面ガラス張りの窓。左手は、白いロッカーと大型テレビ、と相変わらず豪華な造りの部屋。以前と大きく違うところは、テーブルとボードに貼られていた東京都全域の地図、無造作に積まれた段ボール箱、特殊能力者の資料の束がなくなり整理整頓が行き届いているところだろうか。
生徒会室の奥、生徒会長の席に座っていた
「悪いな、わざわざ出向いてもらっちまって」
「いえ、構いませんよ。それで、用件は――学校交流の件ですよね?」
「察しがいいな、話が早くて助かる」
中央のテーブルを挟んで、向かい合うカタチで座る。
「ゆりさんから、大まかな流れは聞いてるよな?」
「ええ、簡単にですけど」
「これが、全容」
渡されたファイルを開き、資料に目を通す。
学校交流会の目的は、大きく分けて三つ。
ひとつ目は、交換留学。文字通り、互いの学校の一部生徒を交換して学校生活を送る。
交換留学については、ゆり先生から詳細な内容を聞いている。女子附属からは志願者が、星ノ海学園からはある一定程度以上の学力を持つ女子の中が対象になり、互いの学校で一週間を期限に学校生活を送る。
あと二つのうちの一つは、交流を通じて親睦を深めること。
これは、文化祭などの学校行事への招待と言い換えればわかりやすい。
そして、三つ目――特色ある課外授業の経験。
「附属の方は元々特別授業ってのがあるそうだ。うちの女子生徒は、それを体験することになるんだけど」
附属の方は通常授業の他に料理、裁縫、お茶、華道など。いうなれば、花嫁修業に近い内容のカリキュラムが時間割りに組み込まれているらしい。
「星ノ海学園も、特別な課外授業をやる必要がある。このことで、向こうの生徒会長と詰めの協議をしてたんだ」
夏休みの件は、これを話し合っていたようだ。
ともあれ、星ノ海学園特有の課外授業。何か特別なことが有っただろうか。以前は、特殊能力者保護という使命の元、秘密裏に保護活動を行っていた。
「具体的に、何をする予定なんですか?」
「
確かに、
「向こうの会長に提案を持ち帰ってもらったら、その日のうちに附属の校長先生から是非にと返事をもらった。どちらかといえば、附属の上は文系の学校ってのもあって、理事長独自視点の経済学を課外授業として行うことになったんだよ」
「そうですか」
しかし、名門国立大学の附属校との交流会。よく取り付けたものだ。
「理事長の名前を使わせてもらった。学校交流の件も、課外授業の内容も、俺の独断で附属に持ち込んだ企画。理事長には全部事後報告だよ」
思い切り他力本願だった。
しかし実質、全権を任されてるとはいえ。
そして、彼の話を聞いて。なぜ俺に話したのか、その大方の見当が付いた。
「代わりにやれですよね?」
「さっすがわかってる! 理事長の報告したら、面倒だからお前にやってもらえってさ」
「まったく、あの人は。
「買いかぶりすぎだ、俺には無理だよ。結局のところ、過去の記憶を頼りに暴騰・暴落する株の売買してただけだからな。所詮素人に毛が生えた程度の知識しかない。それにお前、教員免許持ってるだろ? それも、うち独自の特色だよ」
教員免許を取得したのは、円滑にことを進めるため裏で動いていた俺に成り代わって、ワクチン量産の陣頭指揮を執ってくれたラボの教授の恩に報いるためのもの。ほとぼりが冷めるまで匿ってもらっていた間、大学で講義を行うのに形式上必要だっただけで。今後使う予定はなかったけど、
「
あの夜、始業式の晩。
上手くいけば少しの間、また一緒に学校生活を過ごせるかもしれないと話してしまった。あの時の彼女の笑顔を思い出すと、俺の独断では決められない。
「それなら問題ないぞ。
スマホを、テーブルに置いた。
画面に映し出されているメッセージアプリ上には「そういった事情でしたら」と、
「ってことで、一週間よろしく頼む」
「わかりました。お引き受けます」
「助かるよ。授業内容は任せる、決まり次第詳細を教えてくれ。内容を向こうに伝える必要があるからな。あと、
これでひとまず話が終わり、帰宅。
カギを回して玄関を開けると、食欲をそそるいい匂いが漂ってきた。キッチンには、上機嫌で鼻歌交じりにフライパンを振るエプロン姿の
「ただいま」
その背中に声をかける。彼女はフライパンを振るう手を止めて、肩越しに振り返り「あっ、おかえりなさい。すぐ出来ますので。先に、着替えて来てください」と言うと、フライパンに目線を戻した。
言われた通り、隣の寝室で着替えを済ませ、ダイニングキッチンへ戻る。ダイニングテーブルには、色とりどりの豪華な料理が盛られた皿が並んでいた。すごい量。どうやら、相当ご機嫌な様子。
「さぁ、食べましょー」
「いただきます」
手を合わせ、料理に箸を伸ばす。
彼女は、食べている間も上機嫌だった。
「よかったんですか?」
「ん? 何がっすか?」
「課外授業を受け持つこと」
「その話しですか。ま、ちょっと残念ですけど、登下校は一緒に出来ますし。それに帰りは、生徒会室で待ってていいと許可を貰いましたので」
少し違和感を覚えた。
登下校だけで、こんなに上機嫌になる理由になるだろうか? 何か他に理由がありそうだけど。まぁ、いいか。とても嬉しそうに料理をほうばる姿を見ると、そんな些細なことはどうでも良くなった。
そして迎えた、九月下旬最終週。
今日から一週間、附属と星ノ海学園の学校交流会がスタート。
「では、行きましょう」
「はい。
手を差し出す。彼女は手を重ね、笑顔で握り返してくれた。
そしてそのまま、最寄り駅の神楽坂駅へ向かって歩き出す。
「いつも、こんな感じなんすか?」
隣のつり革を掴みながら、小声で聞いてきた。
軽く電車内を見渡す。乗客は満員という程でもないが、いつも通り通勤の社会人、通学の学生が多く居る。
「そうですね。だいたいこんな感じです」
「やっぱ大変ですね」
「あと二駅もすれば座れますよ」
「そうなんすか?」
都心からの下り電車は、郊外へ向かうほど乗客は疎らになる。そして経験通り、二駅後には座席に座ることが出来た、他の乗客に迷惑にならないように小声で話をしながら電車に揺られ、星ノ海学園の最寄り駅に到着。通学路を歩いていると、俺たちと同じように電車通学の星ノ海学園の生徒の他に、
その内の何人かは、
「あっ、
「おはようございまーす。早いっすね」
「おはようございます。
旧生徒会メンバーと合流、全員揃って登校。とは言ったモノの、全員横並びで歩く訳にはいかず、前後三人ずつ分かれて歩歩いている。すると後ろを歩く、
「お前たちに足りないのは、あれだ」
「といいますと?」
「アイツをよく見てみろ」
背中に視線を感じる。隣を歩く
「じゃ僕たちは、生徒会室に行くから」
「あたしは、講堂へ行きます。
「職員室へ寄って、準備を済ませてからですね」
「そうっすか。では、またのちほど」
みんなと分かれた俺は一人、職員室へと向かった。
職員室に入り、今日一日のスケジュールを確認。前世で毎日のように行っていた確認作業。どこか、懐かしく感じた。他の教員と共に、講堂へ移動。
「まさか。あなたが、課外授業の講師なんてね」
「仕方なくですよ」
大きな借りを返すため。
とは言っても、この程度で返しきれるとは思ってないけど。
「あ、そうだったわ。理事長が、あなたを呼んでたわよ」
「そうですか。ありがとうございます」
講堂へ入る。既に全校生徒が着席していた。
生徒会副長の
続いて、生徒会長
すると、星ノ海学園の女子生徒だけではなく、附属の生徒も含め、至るところから黄色い声が飛んでいた。整った容姿に、大勢の特殊能力者を束ね統率していた程の高いカリスマ性。当然と言えば、当然か。
事前に振り分けられた附属の生徒は、壇上の下で目印のプラカードを持つクラスの担任の元へ行き、名簿を確認したのち、各クラス移動を始めた。
「先生」
「呼び出してすまないね」
経済誌を折りたたみ、膝の上に置いた。
「いいえ、それで何か?」
「週末の放課後。
「
「うむ。今回の講師の件、想わぬカタチで彼女が割りを食う結果になってしまったからお詫びをしたくてね」
「彼女の気持ちを考えず、キミに押し付けたてしまったのは、僕の判断ミスだった」と、とても申し訳なさそうにしていた。
「お伺いさせていただきます。ただ、附属への報告書の作成があるので少し遅くなると想います」
「ああ、それは構わない。夜は、こちらで準備しておく。彼女の分もね」
「いただきます」
礼言葉を伝え、講堂を出る。
そしてそのまま、授業を行うため用意した資料を持って、1-Aへと向かった。
午前の授業を終えて、初日の昼休み。
あらかじめ約束していた学食へと足を運ぶ。学食には既に、大勢の生徒が列をなしていた。四人掛けのテーブルを二つ合わせた席でダベる、
「おつかれ」
「サンキュ」
俺の姿にいち早く気が付いた
「
「そっか。ありがとうございます」
「いいえ。やはり、このメンバーが集まったら、これを食べないと始まりませんから!」
ドンッと、胸を叩き誇らしげに宣言。
その料理は、この学食で一番人気の数量限定牛タンカレー。
「よく八つも用意できましたね」
「フッフッフ、生徒会役員の私の手にかかればこれしきのこと造作もありません!」
「一週間前から、皿洗いの手伝いをして頼み込んでたんだよ」
見栄を張る
「お、
「っんなこと、どうでもいいからよ。早く食おうぜっ」
「
「そうですね、いただきましょう」
正面に座る
「あれ? いつ来たんすか?」
「ついさっきですよ」
「ええー、言ってくださいよ」
「楽しそうに話していたんで。はい、牛タンあげますから許してください」
「もー、仕方ないないなー」
親しげに話していると、附属の女子生徒二人は興味深そうに、俺たちの様子を観察してきた。視線は気にはなるが、可能な限り気にしないように素早く食事を済ませる。それを見計らったように「
午後の最初の授業は、1-B。つまり、自分のクラス。
扉を開けて、予鈴の前に教室に入る。
教室内は、附属の生徒を除いて全員知っている顔と思ったが、附属の生徒も含めて全員知っている顔だった。
その二人は俺の姿を見て、とても驚いた表情をしている。それはそうだろう、制服姿にも関わらず資料を片手に教壇に立っているのだから。
そして、予鈴が鳴った。
「はい。席に着いてください。始めますよ」
「本当に
「もちろんしますよ。先週、言ったじゃないですか」
「ええ~、冗談だと思ったよー」
「事実ですよ。ちなみこの授業は、公民の単位になりますから、真面目に受けないと内申に響きますよ」
「ええーっ!?」
クラスの女子と軽く談笑していると「本鈴、鳴りましたよ」と、冷ややかな声が聞こえた。
声の主は、俺が普段使っている席で頬杖を付きながら窓の外を眺めている。大きな青いリボンで結んだポニーテールが、窓から入り込む、まだ少し生ぬるさが残る初秋の風に揺れている。
隣席では、現役の人気アイドルが気まずそうな苦笑いを浮かべていた。
「では、始めますね。まず資料を配ります。前から後ろの席へ回してください」
廊下側の席から順番に資料を配り、最後に窓側の席に座る
経済学とはいっても、一週間という短い期間で出来ることは基礎はおろか、さわり程度が限界。そのため最初の授業は、株価と経済、生活との関わりを話すことから始めた。
手始めにトピックスや日経平均株価を知っているか、と質問したが。俺の生業を知っている
他のクラス、特に一年は、どのクラスもこんな感じだったから予想通りの反応。配った資料を片手に、株価や円相場の成り立ちと役割。自分の将来に大きく関わることを説明すると結構、真剣な表情で聞いている生徒も多く見られた。
「はい。今日は、ここまでにします」
教室を出て、次のクラスへ行き、無事に午後の授業を全て終えて放課後。職員室で仕度を済ませ、生徒会室で待ってくれている
「遅くなってすみません」
「いえ、おつかれさまです。さぁ、帰りましょう」
校門を出て、最寄り駅へ向かって歩きながら、
「週末の放課後、理事長に呼ばれているんですけど。予定空いてますか?」
「空いてますけど。あたしも、行っていいんですか?」
「是非にと」
「わかりました、では、一緒に行きます」
そして、短くも濃密な時間を過ごした日々は終焉の時を迎えた。学校交流、最後の課外授業を終え、授業内容を精査し、理事長が自宅を構える自由が丘の住宅街へ。
一等地の高級住宅街。
小洒落た洋館が多い中、一際目立つ純和風造りの住宅。呼鈴を鳴らすと、横開きの扉が音も立てず滑らかに開き、家主であり、俺たちを招待した先生その人が姿を見せた。
「やぁ、よく来てくれたね」
「失礼します」
「おじゃましまーす」
客間に通され「楽にしていてくれ」と言って、部屋を出ていった。客間は全面畳張り、い草の薫りと綺麗に活けられた生花、外には縁側があり、隅々まで手入れの行き届いた中庭には魚たちが優雅に泳ぐ池が見える。外装よりも内装に金の掛かった住宅。
「すごいお家っすね」
「ええ、相変わらずです」
体が沈む程の柔らかい座布団に座って待っていると、先生が、お茶を入れて戻って来た。立派な一枚板のテーブルを挟んで、俺たちの正面に腰を下ろした。
「遅くなってすまない。普段は手伝いが居るんだが、今は使いを頼んでいて外に出ていてな。彼が戻るまで、お茶でも飲んでくつろいでくれ」
「はい、いただきまーす」
学校交流の感想を聞きたいということだったため、一週間の出来事を振り返りながら話した。俺たちの話しを終始、愉快そうに笑って聞いていた。
「お茶を入れ直そうか。
「はい、同じ家に毎朝コーヒーを淹れる人がいますので」
「あっはっは、なるほど」
理事長室に置かれていた道具と同じ物を戸棚から引っ張り出した。しかし、コーヒー豆の入った袋を開き、どこか困った表情を浮かべる。
「おや、コーヒー豆の在庫が心許ないな。
「いつものでいいですよね」
「ああ、それで頼む。
「はい、いいですよ」
「じゃ行ってきますね」
「はーい、いってらっしゃいませ」
座布団から立ち上がり玄関を出て、隣町の田園調布へ足を運ぶ。
田園調布――懐かしい町。
ここはかつて、施設生活を送っていた町。
正直、あまりいい思い出はないが。それでも俺にとっては、ここが全ての始まりの場所。
酷い懐かしさと、何とも表現に困る感情を抱きながら用事を済ませた帰り道の途中で、ピンク色のエプロンを着けた女性が「わたしのパンは、地雷だったんですねーっ!」と、泣き叫びながら猛ダッシュで横を通り過ぎて行った。
風を切って駆ける姿に何ごとかと想って、走り去る彼女の背中を見ていると「俺は大好きだーっ!」と、大きな声が響いた。
身体を向き直し、前を見る。
今度は、緑色のエプロン着けた男性が叫びながら走って来くる。
この声、どこかで聞いたことのあるような? どことなく既視感を覚えた。その人は、俺の横を通り過ぎてすぐ「おい、ちょっと待て、小僧」と、足を止めて声をかけてきた。
「お前、あの時の小僧だよな」
「ああ、プールの、えっと......」
まさかの再会、偶然の遭遇。
「
「そうですか。
「そうか、小僧だな」
この人、名前で呼ぶつもりないな。
「お前とはまだ決着がついて無かったな」
「そうでしたね」
あの時、
「来週の日曜、勝負だ」
「いきなりですね」
「なんだ? 都合が悪いのか? なら、俺様の不戦勝だ」
理不尽にも程がある。
「サバイバルゲームですか?」
「いや、野球だ」
「野球?」
「サバイバルゲームじゃ、どうせお互い当たらねーだろ。場所は、光坂附属高校のグラウンドだ。あとテメェの番号教えろ」
――光坂附属高校。
また、えらく懐かしい場所をピンポイントで指定してきた。
そういえば、光坂高校は、この近くだったな。とりあえず、携帯番号を教えると「俺は、
「あっ、おかえり。遅かったっすね」
「ただいま。帰り道で、プールで戦った赤毛の人と話していたんです」
「えっ? あの人、この辺りに住んでんすかっ?」
「さぁ? そこまでは」
「おや、帰って来たか」
席を外していた先生は、付き人を務める
「では私は、ここで失礼します」
「いつもすまないね」
「いえ。ご馳走さまです。ごゆっくりどうぞ」
軽く会釈をして、障子を閉めた。
頼まれたコーヒー豆の入った袋を渡す。
「どうぞ」
「ありがとう。さて。迷惑をかけた詫びと使いに行ってくれた礼だ。遠慮はいらない」
重箱の中は、自由が丘で味も値段も有名な店の鰻重。
「いいんすかっ!?」
「もちろんだよ」
「いただきまーすっ! う~ん、うっまっ♪」
満面の笑みで箸を進める
玄関先まで見送ってもらう。
「また来るといい。今度は、コーヒーをごちそうしよう」
「ご馳走さまでした。失礼します」
「お邪魔しましたー」
自由が丘駅へと向かう。
けど、いつもの様に手は繋いでいない。
彼女の両手には、紙袋の取っ手がしっかりと握られているからだ。
「それ、何ですか?」
「内緒っす」
そう言って、教えてくれなかった。
ただ、とても嬉しそうだったことだけは間違いない。