Charlotte ~時を超える想い~ -after story- 作:ナナシの新人
厳しかった残暑も影を潜め、いくぶん過ごしやすい陽気の日が増え始めた初秋の休日。今日は、プールで対決した「赤毛の悪魔」こと、
決戦の舞台は、数え切れないほどの葉桜並木の長い坂道を上った先に校門を構える学校――光坂高校。
桜の季節になると、薄紅色の可憐な花を無数に咲かすこの桜並木の坂道には以前、伐採計画があった記憶があるが。作業が進んでいる様子を見受けられないところをみると、中止か、中断か、それとも白紙になったのかもしれない。
真実はどうあれ、俺にとって、この坂道は懐かしい風景であることに変わりはない。
「相変わらず、長い坂道っすね」
隣を歩いている
「
「事前調査で来たことがあったんすよ。と言っても、無駄骨に終わりましたけどー」
若干、批難めいた視線を向けられた。とりあえず、愛想笑いを返しておく。
「確か、
と今度は後ろから、
ただ、出席日数の関係もあるから登校だけはしてくれ、としつこく催促されていたけど。特別厳しい校則はなかったような気がする。
「おや、存外変わらないものなのですね」
「成績優秀な生徒が集まる学校だからじゃないっすか? 勉強第一で、悪さしてる暇なんてないでしょうし」
それは、あり得る。潜在的なヤンチャは少なからず存在しているだろうけど、一般入学組も、スポーツ推薦組も、学業・部活動で各々結果を残さなければならない訳だから他にかまけている余裕はない。結果的に厳しく縛る必要性がないのかもしれない。
そうこう話している間に、長い坂道を登りきり、光坂高校に到着。記憶を頼りに、校舎裏のグラウンドへ。相手は既に来ていて、運動着姿で身体を動かしていた。
一塁側のベンチ前でタバコを咥えている例の人物が、俺たちに気づいた。
「来やがったか。ほう、なかなか
「こりゃ面白い勝負になりそうだ」と、
「裏の部室を使えるように手配してある。審判は、こっちで用意した。試合開始は、三十分後だ。楽しみにしてるぜ」
ベンチに荷物を置き、裏の部室で着替えを済ませ、ベンチの前で軽くストレッチをしながら、女性陣を待つ。
「そう言えば、兄さん。誰が出場するの?」
「ああ~、そうだな。あちらさんは――」
「半分以上が女子つっても、いい動きしてるし、結構手強そうだな。ピッチャーは、あの人か......」
ベンチ横のブルペンに入った赤毛の悪魔は、一球ごとに悲鳴をあげて受ける金髪のキャッチャーを相手に投球練習をしている。
「速いな、あの人のボール」
「肩慣らしの投球練習であれってことは、本番はもっとギアを上げてくるだろうな。比率的に、
着替えを終えた女性陣が、ベンチへ戻ってきた。
「
「ん? うん、いいけど」
「これで、八人。あと一人は......」
これでもかと、
「プーで」
「俺か? まぁ、いいが」
「って、オイ! オレは!?」
バットを放り出して、
「ここぞって時の切り札だよ。代打の神様、
「......マジか?」
――アピール。
何の話しかと疑問に思っていると、
「
「了解であります! 不肖
とこんなテキトーな感じで、スターティングメンバーが決まった。軽くキャッチボールをしたり、ノックを受けたりして、試合開始予定時刻五分前にベンチに戻って、各々水分補給などをしながら試合開始に備える。
「
「俺がですか?」
「勝負を受けたのは、お前だろ。それに昨夜、
仕留め損ねて、ファウルだったけど。
「じゃあ、決めさせてもらいます」
両チームのウォーミングアップ中の動きを参考に、ポジションと打順を組み、集まってもらって発表。すると、どよめきが起こった。
「マジでか?」
「当然ですよ。ベストオーダーを組みました」
「まっ、いいか。
「ありません。けど、試合の話しを聞いてから一緒に練習してました」
バッティングセンターとブルペンがある、近所のスポーツアミューズメント施設で。実力も特長も知っているから、組み立てもしやすい。何より相手チームに女性が多いからこそ、彼女にマウンドを任せることに大きな意味を持つ。
「さて、時間だ。始めるぞ!」
呼びかけを受け、グラウンドに両チームが集まる。
「安心しろ、ジャッジは公平だ。もし贔屓しようもんなら......
審判団と、相手チームの数名の顔色が青ざめた。
どうやら彼らにとって「
「......ではこれより、
球審に聞かれて初めて気がついた。何も決めてなかった。
「星ノ海学園でいいですよね?」
「ああ、いいんじゃないか」
無難に、学校名をチョイス。
「星ノ海学園でお願いします」
「わかりました。では改めて、
先攻は、
一度ベンチに戻り、準備をしてから各自ポジションに散らばる。防具を装備した俺は、キャッチャースボックスに腰を下ろし、真ん中にミットを構える。
「行きますよー」
「どうぞー」
山なりの緩いボールが、ミットを構えた場所にドンピシャリ。その後も同じようなボールで投球練習を終え、マウンドの
「じゃあ、手はず通りお願いしますね」
「了解っす」
球審に礼を伝え、腰を下ろすと、頭髪を金色に染めた相手の先頭バッターを務める男子が、意気揚々と左打席で構えた。
「なーんだ。あの人が再招集かけるから、どんな強敵かと想ったけど、この程度なら楽勝だねぇ」
「プレイボール!」
球審のコールで、試合開始。
くるっと回したバットを得意気に、ライト方向へ向かってへ掲げた。
「よーし、全盛期の由伸を彷彿とさせる先頭打者ホームランで先制してやるぞー!」
「
「なんでだよ!?」
味方ベンチからのヤジにツッコミを入れている間に、
「ストライク!」
「ええっ!?」
「インプレー中だ。ワンストライク、ノーボール」
「......
「あんたバカ? 試合中に目離してんじゃないわよ」
「僕が悪いんですかねぇ? くっそー、絶対打ってやるからな!」
ネクストバッターの女子に罵倒され、構えにリキみが入った。こちらにとっては好都合この上ない。打ち合わせ通りに攻める。甘いコースを引っ張られ、若干緩い当たりで深めに守っていたことで広く開いていた一・二塁を抜けていった。
「どうだ、
「でさぁー、そん時の
「あははっ、そりゃ傑作だわ」
その姿を見た金髪の男子――
「こうなったら、福本バリの瞬足で度肝を抜いてやるからな!」
「誰それ?」と、両ベンチから疑問の声が挙がっているが、どうやら足に自信があることに間違いなさそうだ。二番バッターの
「あんた、何年?」
「一年です」
「じゃあ二個下か。他の人も同い年なの?」
「いえ、まちまちですよ」
「そう。で、あんたたちもあの人に巻き込まれたんでしょ? お互い苦労するわね。って、うっさいわね」
「リーリーリーッ!」
一塁ベースを大きく離れた場所から、大袈裟に叫んでいる。
セットポジションで構える
慌てて滑り込んで帰塁して来た金髪の脳天に、
「アウト!」
憤死、牽制タッチアウト。
そのまましばらく起き上がらず、塁審に注意されてようやく起き上がると、恐る恐るベンチへ顔を向ける。相手ベンチでふんぞり返っている例の悪魔、
「ひ、ひぃっ!」
独特な悲鳴をあげながらも、背中を丸めれてベンチに戻っていった。
「い、いやー、
「ふんっ!」
何かを言い終える前に、ドロップキックが炸裂。ベンチの隅に転がり、そのまま動かなくなった。
とにかく、これで塁上の邪魔者は居なくなった。気を取り直して、ミットを真ん中に構える。初球を見送った後の二球目を、上手く逆方向へ運ばれた。
続く三番は、
「あの打球に追いつくとは、あの嬢ちゃん、なかなかやるじゃねぇか」
「でしょ?」
が、しかし――。
「甘ぇッ!」
初球を、フルスイング。
思い切り引っ張った打球は、その守備力を無力化させる程の放物線を描き、レフト
「ナイスバッチ!
「むぅ、
「どうした?」
「やはり、女の子らしくないのではないか?」
「こだわるなー。取れるときに取っとかねーと、前みたいになるぞ?」
「それもそうだな。よし、今回は勝負に集中するとしよう」
六番の大柄の男性。七番のツインテールの少女に連打を浴びて、二死一・二塁と更にピンチが広がる。ベンチからの応援で、男性は
八番は、ホームランを打った
彼のスイングは、まるで波を打つような振り、かなりぎこちない軌道のスイングだった。
「どこか痛めてるんですか?」
「......何でもねぇよ」
「そうですか」
見た感じ痛めてるのは、おそらく腕回り。
中腰でミットを真ん中高めに構える。二球目、釣り球に手を出して空振り。明らかにバットのヘッドが上がりきっていなかった、痛めているのは右肩。もういい。立ち上がり、右手を外に上げる
「タイムッ!」
「タイム」
「どういうつもりだ?」
「ただの敬遠ですよ」
「だから、何で追い込んでから敬遠するんだよ」
「最初から決めてたんすよ」
「え? どういうことだい?
彼女にした打ち合わせの内容は、何点取られても構わないから、打者の力量を測るために初回で一巡させて欲しい。
「と、いうことです」
「理由はあるってことね」
「なるほどな。まぁ、次は九番だし、ここで切れば致命傷は免れるか。わかった、
「はい、お任せください」
「あとで、その
全員がポジションに戻り、プレイ再開。予定通り敬遠して、九番との勝負を選択。低い位置で長い髪を大きな青いリボンで束ねている少女、
ベンチに戻ると休む間もなく、
「で、どういう
「ちょっと待って下さい。防具外しますんで......」
プロテクターを外しながら、
「じゃあ、行ってきまーす」
「あ、はい、行ってらっしゃい」
プロテクターを外し終わったところで、一番バッターの
「さっきも言いましたけど、最初から初回に一巡させる予定でした」
「三点やってまでか?」
「妙なことをしていると思っていたが、あれは、わざとだったのか?」
外野にいたためマウンドでのやり取りを知らない
「もしかして、失点イコール負けに近づくって思ってます?」
「当然だろ、なぁ?」
同意を求めるように、
「その考えは間違いですよ。将棋でも、勝つために飛車や角を捨てることもあるんです。この三点の代わりに重要な
「重要な
「次の回になれば解りますよ。次の回からは、ランナーは出ても点はやりません」
――キンッ! と、甲高い金属音が響いた。
グラウンドを見ると、
「
「じゃあ、行ってきますね」
「あ、ああ......」
若干困惑しているベンチをよそに、バットを持って右バッターボックスに立つ。トントン、と二回ホームベースの真ん中を軽く叩き、スイっとピッチャーに向けて戻したバットを肩に担ぐようにしてから、ゆったりと前に倒す。
「ほぅ、神主打法か、おもしれぇ! おい、逸らすなよ?」
「おう! 任せろいっ!」
セットポジションから、第一球。
ランナーの存在を無視して放られたボールは、ストライクゾーンのど真ん中を通過し、バンッ! と、なかなかに重そうな音を立てキャッチャーミットに突き刺さった。球速はおそらく、120キロ後半、回転数は平均値の17~20回転。バッティングセンターで速球を打ち込んできた甲斐あって、目で追えないレベルじゃない。
「次、行くぜ?」
二球目――インハイのストレート。
右肘を身体に巻き付かせるようにして畳み、体の前で捉える。
「これで、一点差っと」
打球は、先に打たれたのホームランと同じく高い放物線を描き、レフトフェンスを越えた。
それを見て、古河ベイカーズのナインは信じられないといった感じに唖然した
「ふん。なるほど、
――本気じゃない。向こうも力量を探ってたらしい。
ゆっくりベースを回ってホームベースを踏むと先に、ホームインしていた
「ナイスっす!」
ハイタッチを交わして、ベンチへ戻る。
「
「見てなかったんすかー?」
「
「なら、しょうがないっすね」
笑顔の彼女とベンチに戻ると、軽く叩かれながら迎えられる。
「ナイスバッティングだったな! よっし、次は俺の打順だなっ!」
「あっ、
バットを持った
「なんだ?」
「気をつけてください。今からが本番みたいです」
「――本番。わかった」
仕切り直しの第一球は、ズドンッ! と、俺と
「ひいぃーっ! 手が持たねえよっ!」
「あんたの手なんかどうでもいいから、ちゃんと捕りないさいっ」
「あなた酷すぎませんかっ!?」
ショートを守る
「次、フォークいくぞ。前に落とせよいいなっ?」
「うっすっ!」
相当自信があるのか、フォークを投げると予告。
「
「了解」
三球目、予告通りベースの手前で大きく落下、
「テメェ、また、俺のフォークを封印させる気かっ!」
「つ、次は捕るっすっ!」
迫力ある
無死一塁で四番は、
「
「って、言われてもな。当たる気しないんだが?」
「
「ん? なんだ?」
「フォークは無いぞ」
「了解、行ってくる」
右バッターボックスで構える。
セットポジションから一度
「ストライーック!」
「くっ!」
二球目。打ち返すことは難しいと判断した
「セカンッ!」
素早い打球処理で迷わず、二塁へ送球。ショートの
「守備も上手いっすね」
「ですね。
五番の
「すまん......」
「僕も送れなかった」
「仕方ないですよ。守備、お願いします」
プロテクターをつけて、グラウンドへ向かう。
「行きましょー」
「ええ、手はず通りお願いしますね」
「お任せください」
こっちも、ここからが本番だ。