「ーーーよっと」
壁の出っ張りや窓の縁などに指を引っ掛けて身体を持ち上げるという行動を繰り返して塔の上に登る。すでに時刻は深夜を回っていて城内に見えるのは夜間の見回りの兵士と、何かしらの用があって極力静かに動いている侍女たちだけ。
そんな中で塔の上に登ってやる事など月見しかない。城下町で買って来た上物の酒のコルクを口で開けて一口飲む。喉を焼きながら胃に落ちるアルコールの熱と香る果物の残り香が何とも心地良い。何かしらの肴でも持って来れば良かったかと考えていると横合いから皿に盛られたチーズと燻製肉が差し出された。そこにいたのはエレミアだった。
「はい、いるでしょ?」
「こりゃどうも」
エレミアが持ってきた燻製肉を摘んで口に運ぶ。肉質は良い物とは言えなかったがその安っぽさが良い。適当なところで肉を噛むのを止めて酒で流し込む。
「ふぅ……よく分かったな」
「気がついたのは最近だけどシオンって戦った後よくここでお酒を飲んでたからね。今日もそうだと思って持って来たんだ」
「よく見てるなぁ……あ、いる?」
「遠慮しておく」
そっかぁ〜なんて残念そうに言いながら酒を煽る。エレミアにはバレていたがそれなりの規模の戦いーーー今日の様な隣国との戦争などーーーをした日の夜はこうして酒を飲んでいる。どうしてかはわからないが気がついたら習慣付いていた事なので辞めるつもりは無いし、これからも続けていくつもりだ。
エレミアが持って来てくれた肴を摘みながら酒を飲む。ボトルとは言えどハイペースで飲めば無くなるのは当たり前の事で直ぐに酒は尽きてしまった。
「ねぇ、これからこの国……いや、この世界はどうなると思う?」
「……詰んでる、としか言えねぇなぁ」
そう、この世界はもう“詰んでる”のだ。元々の始まりは大地が枯れた事による上から自国の民を救う為に略奪に走った事。それがどんどん飛び火して大きくなって
だから詰み。この戦乱の世を生き残ったとしても、生命が生きられない世界になってしまうから。
その事は誰もが理解しているだろう。クラウスも、オリヴィエも、エレミアも、ディーも、国王も、そして
「ままならないね……」
「まぁしゃあねぇわな。間が悪かったとしか言えねぇ」
どこの誰が悪いというわけではなく、誰も恨む事ができない。つまりは誰にもこのやりようの無い怒りを向ける事ができないのだ。間が悪かったと自分に言い聞かせでもしなければやってられない。
空いたボトルをオリヴィエの部屋の前で御丁寧に気配を絶ちながら入ろうかどうかを悩んでいるクラウスに向かって投げつける。放物線を描きながらボトルはクラウスの頭に命中。怪我も気絶する事も無かったがボトルが割れた音でオリヴィエが部屋から出てきてクラウスと遭遇する。そして二、三言葉を交わしてからクラウスはオリヴィエの部屋の中に入っていった。
「ヘタレ王子め、さっさと告るか押し倒すかすれば良いのに」
「あははは……」
クラウスがオリヴィエに惚れている事などこの城にいる誰もが知っている周知の事実だ。しかし残念な事に当の本人たちがその事に気付いていない。オリヴィエは兎も角クラウスが気付いていないのはどうかと思う。だがクラウスの素振りからすれば完全に惚れている事が分かるのだ。
クラウスとオリヴィエ、武勇に優れて兵にも慕われている若い王子と強く優しく美しい王女、シュトゥラとその友好国家の聖王家との関係を除いたとしても友人である二人には結ばれて欲しいと願っている。
だが、それが叶うのかは分からない。これから戦乱が酷くなれば、間違いなく聖王家はアレを持ち出してくるだろうから。
「聖王のゆりかご」
「それは……」
「聖王家の動きが怪しいと人伝に聞いてね、聖王連合がベルカ全土にゆりかご起動の表明を行うそうだ。もしそうなれば玉座の王の候補者であるオリヴィエは招集される」
聖王のゆりかご、聖王家の発祥とも深く関わる巨大な戦艦。その翼は星の海でたどり着き、大地を焼き尽くす程の力を持つと言われている。聖王連合の中でもゼーゲブレヒト家をはじめとする中枢王家の子たちの多くがそれの中で産まれ、それと同時に聖王核と呼ばれる魔力補助コアを埋め込まれる。それはゼーゲブレヒトの出身のオリヴィエも例外では無く、その恩恵として強靭な肉体と巨大な魔力、そしてゆりかごの操作を行う玉座の王になり得る資格を持っている事になる。
もしも招集されて、オリヴィエがそれを受けたらオリヴィエはゆりかごを操作するための『パーツ』として使われる事になるだろう。
「まぁそれは表明があって、オリヴィエがそれを受けたらの話だ。今のオリヴィエは聖王家の王女様よりもシュトゥラのくっころ姫騎士様としての知名度の方が高いからな」
「待って、それは何かがおかしい」
「そもそもオリヴィエがシュトゥラに送られた理由は『利用価値が無いから』だ。そんな奴をわざわざ呼び寄せなきゃならない程に聖王連合が窮地に立たされるとは考えにくいけどね〜」
可能性はあるのだが、それは今の段階ではほとんど無いものと同じだ。もしかしたら聖王連合が表明を撤回するかもしれないし、オリヴィエは招集されないかもしれない。どちらにしても今のところは何も手出しが出来ない。
「でも……そうなるかもしれないんだよね?」
「あぁ、だから早めに決めておけよ。その時に自分はどうするのかを」
もしもこの可能性が現実に起きた場合、どうするのかを決めなければならない。オリヴィエ側に立つのか、クラウス側に立つのか、それとも中立を保つのか。今のエレミアなら言葉一つで誘導することは簡単だろうが、それはしない。何故ならこれは自分で考えて決めなければならない事だから。例えそれで後悔したとしても、自分で選んだ結果として受け止めて貰わなくてはならない。
寝転がって夜空に浮かぶ月を眺める。僅かに朱の差した色合いが不安を掻き立てる。
未来も予想出来ない世界だけど、今日も悩んで生きています。
ベルカは
↓
使っちゃいけないと分かっていながらも使わないと勝てないから使うしか無い。
↓
汚染が広がる。
こんな綺麗な悪循環。これは詰んでますわ。