AC FA ~女性リンクスがヤンデレだったら~ 作:トクサン
私の世界は、【王小龍】とそれ以外で出来ていた。
この世界に暴力のみが蔓延り、正義も悪も等しく企業という名の巨大な力の前に屈して早幾年。清浄な空を飛ぶクレイドルに乗る選ばれた人間以外は、
生まれた時から地上に居た、世界については良き隣人が教えてくれた。私の親代わりになってくれた人だ、彼はキリストなる神を信じる人だった。私はそのキリストとやらを見た事が無かったので信仰出来なかったが、彼が言うには世界を作った偉大な人らしい。そんな人ならきっと、いつかこの世界を幸福なモノにしてくれるだろう。
けれど彼は、私が十三を超えた辺りで息絶えてしまった。元より高齢だったが、ここに来て汚染が脳に届いたらしい。彼は最後までキリストを信じて死んだ。
「世に平穏のあらんことを――」
彼の口癖だった。
けれど、結局何も変わらなかった。
日々の糧は荒野に力強く生え伸びる野草か、既に息絶えた
本当ならば私など、生きていない筈だったのだ。あの穢れた地上の上で徐々に朽ち果てるのを待つしか無かった、彼と同じように。けれどそれは不孝ではない、大多数の人間がそうやって死に絶えて逝くのだから。だから、別に絶望などしていなかった。
「これは掘り出し物だな、
私は本当に運が良かった。
私達地上に生きる人間にとっては、天上人に等しいリンクス。BFF所属、ランク8、
当初の私は何も知らず、何も分からず、理解せず、ただ流されるままだったが、どうやら私には高いAMS適正があったらしい。強大な力は私の手足に良く馴染み、思う通りに動かせた。王小龍はその能力を見抜き、私をネクスト乘りとして育て上げたのだ。
戦術、戦略、EN管理、ネクストの理想的な機動、武装の選択、ネクストに乗るために必要な事を全て。彼は私を救うだけでなく、その後一人で生きていく為の全てを与えてくれた。
「頼むぞリリウム―― 私に恥をかかせるな」
王小龍の口癖。
無論、恩人である彼に恥をかかせる訳にはいかない。私は死に物狂いで学び、訓練し、強くなった。彼に見捨てられれば全てを失うという恐怖もあった、あの泥水を啜り、汚染された食物を頬張り、その日の命を繋ぐにも精一杯な日々。
けれど、何よりも恩が勝った。王小龍に受けた恩を返したかった、こんな私でも役立てる事があるならばと、必要とされる喜びは、今までにない充足感を私に与えてくれた。
気が付けば彼に救われてから数年が経ち、彼に用意されたネクストにて、私はカラードランク2と言う椅子に座っていた。彼の役に立ちたい一心で依頼(ミッション)に挑み、何機ものネクストを堕として来た結果、企業連は私に次席の地位を用意したのだ。
王小龍より上のランクに居座る事に、私は微かな抵抗を覚えたが、当の王小龍はとても嬉しそうにしていたので何も言えなかった。彼が喜ぶならばそれで良い、私の世界は【王小龍】を中心に回っているのだから。私は育て親である彼の事を思い出していた、キリストとやらは世界を作ったらしい、なら私のこの才能も、きっとそのキリストとやらが与えてくれたのだろう。その事に関してだけは、感謝していた。
そんな私でも唯一勝てない相手が居る。名を【オッツダルヴァ】と言った。カラードの中にて最強のランク1の称号を持つ、オーメル所属の男性。レイレナードの出身で、周囲からは天才と呼ばれるリンクス。
王小龍からの勧めで一度だけ
巧みな弾道制御、QBによる予測不可能な回避、EN管理、機体誘導、全てが高い次元で纏まった、正しく天才、私の届かない領域に居る天上人。距離を空ければ詰められ、こちらの銃撃は全て見切られると言う有様。高機動ミサイルをライフルで全て撃墜された時など、何の悪夢かと目を疑った。
結果私は彼の愛機であるステイシスのAPを半分も削る事無く撃墜され、大破水没という失態を晒した。敗北後の私は蒼褪め、王小龍の顔に泥を塗ってしまったと絶望を覚えたが、当の王小龍はただ静かに頷き――
「敗北を知るのも必須、訓練で何度負けようと何も言わん、ただ実戦で役立てばそれで良い」
そう口にした。私は己の情けなさに泣きそうになった、だからこそ自身より強い彼に教えを請い、その技術をモノにしようと追い縋った。オッツダルヴァ様―― 彼が撃墜されるまでの数ヵ月間、私は確かに彼の超絶技巧をこの目に焼き付けた。
オッツダルヴァ様は確かに天才だった。
私など足元にも及ばない、圧倒的な才能とセンス。カラードランク1の実力に見合ったその動きは、同じリンクスでさえも魅了する。いや、自身が同じくネクストを動かせるからこそ、その技巧に目を奪われるのだ。
けれど、オッツダルヴァ様は確かに強かったけれど、【決して最強では無かった】
―― ラインアーク所属 ランク9 ホワイト・グリント
―― フリーネクスト ランク3 シリエジオ
カラードを代表する三大ネクスト、ランク9ホワイト・グリントはランクこそ9だが、その実ランク1に匹敵する戦闘能力を秘めているのは公然の事実だった。国家解体戦争後、レイレナード社を単機で壊滅させたと言われる伝説的なネクスト、アスピナの傭兵【ジョシュア・アブライエン】を破った英雄。
そしてランク3、シリエジオ。この世界に姿を見せてから瞬く間に上位リンクスへと名を連ねた男。聞くところによると霞スミカの後継者と言われている。同じ後継者であるGAの厄災、インテリオルのウィン・D・ファンションを破った実力は本物だ。装備は彼女の剣を彷彿させる、分厚いキサラギ製ブレードを二本。
あらゆるネクスト、ノーマル、AFを一刀の元に切り伏せる彼を欲する企業は多い。
自身を超える三人の存在は、どこか私に透明な壁を感じさせた。舞台が違う、役者が違う、自身という存在が立ち入る事の出来ない次元。王小龍はそれを【陰謀屋の限界】と笑った。
そして企業連によるラインアークへの制裁が始まる。
ランク1、ステイシスとランク3、シリエジオの共闘。迎え撃つのはリンクス戦争の英雄、ホワイト・グリント。
ランク2の私が出撃しないのは単(ひとえ)に王小龍がそれを望まなかったから。ラインアークが生き残ろうと、消え去ろうと、どうでも良い。王小龍の目的に関して言うのであれば、その存在はどちらであっても構わなかった。
そして結果は―― ランク3、シリエジオの生還。
ランク1、ステイシスは海に没し、ランク9、ホワイト・グリントもまた藻屑となった。最初に堕ちたのはオッツダルヴァ様だと聞く、かのリンクス戦争の英雄はあの人の才を以てしても尚勝ったという事だろう。そして、その英雄を落とした男――シリエジオ。
彼は直ぐにランク1の椅子を用意され、カラードの頂点に立った。霞スミカの後継者、リンクス戦争の英雄を堕としたリンクス、オッツダルヴァをも超える天才。周囲は彼を持て囃し、そしてそれに比例して彼が出向く依頼(ミッション)は高難易度になっていった。
差が開く、ランク1との差が。
ステイシスが海に没し、ホワイト・グリントが藻屑となった今、ネクストの最強は彼であり、次席は私、リリウム・ウォルコットだ。そしてその間には決して埋められない、明確な差がある。彼と私では勝負にならない、戦ってもいないと言うのに、そんな言葉が頭を過った。
「ランク1との共闘だ、BFFの
彼と接触する機会は存外早く、そして他ならぬ王小龍によって齎された。
スプリット・オブ・マザーウィル、六脚歩行の巨大兵器。全高600m、全長2.4kmのAF。長射程の大口径実弾砲と数多の多弾頭ミサイル、近接防御火器にて全身を固めた怪物。過去何機ものネクストを沈めた凡人の操る非ネクスト、その主砲の射程は200kmにも及び、現在BFFはこのAFにより十年以上地上における覇権を握っていた。
成程、ランク1に依頼する内容としては妥当だろう。
そしてその難易度は察して余りある、ネクストは群を磨り潰す個として存在するが、並みのリンクスならば撃ち落されて終わる。あのホワイト・グリントでさえ仕留め切れず、弾切れにより撤退した事のあるAFだ。
「しかし、王小龍、私達はBFFの専属リンクスです、同胞のAFを破壊するなど――」
「その件に関しては問題無い、これは一種の【芝居】、オーメルとの契約が有る、BFF側も承知している事だ、BFFがオーメルと秘密裏に会合を開いたのだ、そこで結んだ契約がBFFのスプリット・オブ・マザーウィルの放棄、オーメルがそれに対し対価を支払う、シリエジオに対してはオーメルが別個に依頼を出した、しかしソレで撃破されても『実力で撃破された』と認識されてしまう、故に、今回の依頼にはリリウム、お前を同行させる、同じBFF所属のリンクスが参戦する事でBFFの意思によってAFを放棄したとアピールせねばならない」
勿論、この事はスプリット・オブ・マザーウィルの乗員には伝えられていない。彼らは突然の裏切りに驚くだろう、しかし問題は無い。
「死体は喋らん」
小王龍は静かにそう吐き捨てた。
短いです、ごめんなさい!(´・ω・`)
あと前編なので後編あります、想った以上に彼女の経歴を考えるのが大変だった……。