学院生並びにトリスタの市民を救援するべくカレイジャスの離陸準備が急ピッチで行われている。だが、発着場周辺は数多の機甲兵と装甲車で包囲され、離陸どころではない状況に追い込まれてしまった。対抗しようにも、救援物資の搬入を最優先にしたせいで今のカレイジャスにはまともな導力兵器さえ、満足に積み込まれていないのだ。
幸い、カレイジャスの頑丈な装甲で射撃から身を守れてこそいるがこのままでは制圧されるのは、時間の問題だった。
(くっ!一刻も早く士官学院に向かわねばならないというのに!)
第七機甲師団の兵士たちを統率するのは、赤い貴族服を纏った金髪の青年オリヴァルト・ライゼ・アルノール皇子が、普段の飄々とした余裕など全く伺えない厳しい表情で部下に指示を与えながらも、導力銃とアーツを連発して時間を稼いでいる。傍らで奮闘する護衛ミュラー・ヴァンダール少佐も群がる導力兵器を手にした大剣で、次々と薙ぎ払いながら交戦を続けているが、一向にカレイジャスを離陸させるだけの活路を切り開けないでいる。
(やってくれたな、カイエン公め!ここまでの戦力でカレイジャスを制圧しにかかるとは!余程我々とこの艦に動いて欲しくないようだ。もはや形振りに構ってなどいられぬということか!)
闇のように暗く、雷のように激しい戦意を伴った
「
災厄の
見事な銀の長髪とミュラーと並ぶほどの長身にグラマラスな肢体を白い軍服に包んだ美貌の女性。ラマール領邦軍をかつて統べていた女将軍にして、伯爵家の当主を務めるエレボニア帝国屈指の女傑━━━━オーレリア・ルグィン伯爵が愛用の魔剣
愛用の魔剣は、かつて帝国を荒らし回った鬼を封じたとされる曰く付きの代物でこの戦場においても、砲火の照り返しを受けて爛々と真紅の輝きを放っている。さながら昂る持ち主の興奮を感じ取り、歓喜しているかのようだった。
「ヌオォォォオ………!!こ、この剣気は!まさか『黄金の羅刹』ッッ!馬鹿な!何故貴族である貴女が、革新派の味方をするッ!血迷ったか!!」
「私は血迷ってなどいない。少しばかり機甲兵狩りに挑戦してみようと思ってな!」
常人が聞いたら正気を疑うような宣言だが、それに異を唱える者は誰もいなかった。今は一人でも戦力が欲しいのだ。この艦を指揮する光の剣匠ヴィクター・S・アルゼイド子爵は、離陸準備に追われていて艦橋から手が離せない。打って出ようにも今の状況でノコノコ艦橋から出た所で敵の集中砲火を浴びるだけだ。ヴィクター一人だけならば、強引に艦の外に出ることは可能だが、その場合は艦橋の乗組員が危険にさらされることになる。
艦長として艦を預かる立場上、ヴィクターには可能な限り乗組員の安全を確保する責任がある。だが、彼の弟子の中でも屈指の実力を誇る彼女ならあるいは。この戦局を覆す切り札になるかもしれない。幸いにして高度な導力技術によって艦の航行は自動操縦が可能だから、そう長い時間戦う必要もない。時間稼ぎさえ出来れば良いと言う周囲の期待に反してオーレリアは、あくまで傍若無人、傲岸不遜な態度で援護など不用。敵兵は全て鏖殺すると、不敵な自信に満ち溢れている。
詠唱の最中にも全く手を緩めないオーレリアの剣舞は一刀ごとに重さと鋭さを増し、大地さえ震撼させるほどの衝撃をもって群がる敵兵たちを粉砕していく。
「死が満ちる、死を満たせ、死を杯へと注ぐのだ
嘲笑と蹂躙と欺瞞と冒涜で見渡す戦地を猛火で染める!」
打倒したい、刈り取りたい、我が行く手を阻む者は皆鏖殺すると宣誓するは、災禍の調べ。魔剣に封ぜられた魂を呼び起こす魔剣士の切り札。ディザスター・スペルと呼ばれ、魔導師たちすら忌み嫌う禁断の呪法である。魔剣に封じられた存在の格に比例して、一時的に爆発的な力を獲得できるが、その代わりに極めて術式の制御は難しい諸刃の剣。ましてやゴルト・リッターに封じられた鬼の格は星杯騎士団を擁する封聖省でさえ手を焼いたという伝承にも名を残すほどの強者だ。
いかに鍛え抜いた剣の達人と云えど、そんな化け物を武器ごしとはいえ、従わせるなど尋常ならざる難易度であり無謀もいいところだと誰もが思い、彼女を止めようとしたが━━━━
「「鮮血の鎧を纏え!両手は呪詛を携えよ!
軍馬に騎乗し突撃すれば、敵兵はものみな等しく骸の山と成り果てようぞッ!」」
どういう不条理か、はたまた相性の成せる技かオーレリアはゴルト・リッターに巣くう鬼をも容易く屈服させ、己の従僕として見事に飼い慣らしてのけた。その証拠に並みの担い手なら、顕せるはずのないかつての鬼の姿と声がうっすらと彼女の背後に見えているではないか。
ただの刺突に鬼の闘気までが合わさり、その刺突の間合いは導力ライフルにさえ匹敵する間合いにまで延長される。滑走路を塞いでいた機甲兵がパイロットごと装甲を崩壊させられ爆死する。向かいのガトリング砲で支援射撃をしていた装甲車が、返しの薙ぎ払いで両断され横転する。まるで大型の竜巻でも荒れ狂っているかの如き、人間技の範囲を著しく逸脱した恐るべき暴威に味方であるはずの第七機甲師団のメンバーたちでさえ、呆気に取られて見入ってしまう。
「に、人間技じゃないねコレっ!ミュラー君、君の姉弟子は何処からあんなとんでもない魔剣をぶん取って来たんだい!!」
オーレリアのあまりの暴れっぷりに取り乱してミュラーにすがり付くオリヴァルト。鬱陶しげに叫んでミュラーは答える。
「発狂した執行者No.Ⅶから強奪して己の物としたらしい!!全く…………この目で見るまでは眉唾物だと思っていたが、まさかこれほどとは!つぐづく敵に回したくない方だ…………!」
「ヴァンダール少佐!離陸準備が整いました!
ここは我らに任せて乗艦して下さい!!」
部下から伝令を聞き、急いでカレイジャスに乗り込むオリヴァルトたち。銃撃を弾き返しながら豪胆に笑うオーレリアには、まだまだ余裕がありそうだ。巻き込まれぬ内に退散するが吉だろう。見れば、詠唱の効果ゆえか一時的に活性化した七耀脈が、真紅の輝きを帯びて鳴動しているではないか。
(冗談抜きで彼女は敵ごと、この発着場を破壊し尽くすつもりのようだ!何と無茶苦茶な!アルゼイド子爵共々守護騎士の予備役に数えられているというのは伊達じゃないということか)
「「オオ……!嘆かわしきかな、憐れなる獲物が朽ちる!
打ち震えるかなッ!無価値で無情な生命よ!
ただ理不尽に散り逝く獲物、これぞ戦禍の愉悦なりっ!」」
周囲の敵を引き寄せるアルゼイド流の剣技、洸閃牙で群がる人形兵器を纏めて引き寄せ、一太刀の元に両断する。吹き荒れる剣風は黄金と紅蓮、二つの闘気が入り交じり、普段は美しいオーレリアの顔を悪鬼の如き装いで彩ってさながら戦化粧のよう。死角から勇敢にも突撃してきた5人の兵士を振り返りもせずに、オーレリアは抹殺する。
「技後の硬直を狙うという発想は良かったが………甘いな弱卒。私の剣は少々悪辣だぞ………非力な女の身故、様々な工夫を施した。ヴァンダールの剣を取り入れたこともその試みの一つに過ぎん。どれ貴族らしい優雅さなど微塵も備えぬ邪剣だが………冥土の土産に堪能するがよかろう」
ラグナ・バインドと呼ばれるヴァンダール流の戦技の一つだ。手から放った闘気で相手を一時的に麻痺させると同時に間合いを使い手の意のままに制御するという、補助的な技だが━━━━オーレリアが繰り出したラグナ・バインドは、何の予備動作も無かった。背後から迫った敵が5人纏めて、巨大な鬼の腕で薙ぎ払われたかのような衝撃を受けて死亡する。無惨な死体の有り様は、まるで爆弾でも喰らったかのような惨状だ。扱う者の闘気の桁が違えば、このような小技でさえ、常人には抗いようのない殺人技となる。続けて、殺到する銃弾の雨も無造作に振るう大剣から放たれる衝撃波で1発残らず叩き返す。
「ば、化け物め!撤退ッ!撤退だぁぁぁあ!!」
「逃がすと思ったか逆賊共!!」
咆哮と共にディザスター・スペルが遂に完成する。
荒ぶる鬼との同調率は過去最高の域に突入している。
今なら執行者であろうと、斬り伏せて勝利するとばかりに真紅の剣風が唸りを上げて乱舞する。
「「悪夢の如き蹂躙だけが我等を至福に誘うのだ…!
城塞の破壊者は安寧こそを薙ぎ払わん!
悠久たれ、幕引きたる
偽神共の弾劾さえ、我が悦びを裁くに
荒ぶる災厄の鬼が稀代の相棒を経て再び現世へと舞い戻った!打ち放たれる烈光は、機甲兵の装甲すら解体する理不尽な魔力を帯びて、昂る主人の剣技を伝説の域にまで昇華させる。その活躍は、もはや人間の域にあらず。旋回性能や機動力では、生身の人間など及びもつかないはずの機甲兵が何の抵抗も出来ずに蹂躙されていく悪夢の如き光景が展開されていた。一撃ごとに大地が裂け、吹き荒れる未知の魔力が機甲兵の制御を撹乱しているのだ。こうなっては機甲兵も鉄の棺桶同然だ。
「これでさらばだ!奥義、烈洸乱舞ッ!!」
アルゼイド流の奥義である、閃光を纏った回転剣舞に拳や蹴りを交えた乱撃を放つ技・烈洸乱舞を受け、配備されていた5機の機甲兵のうち、最期の1体が撃破された残党にはもはや一片の戦意も無く遅れて合流してきたオーレリア将軍の部下たちによって拘束されていった。
シルヴァリオ風詠唱で遊んでみたかったというだけのお話でした。