崩落の軌跡   作:general30

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皇帝の私兵

 その男が帝国にやって来たのは20年以上前になる。正体不明のアーティファクトらしきモノ“塩の杭”によって壊滅的な被害を受けた小国、いや元小国というべきか。

ディック・ドレクスラーはその国から30人ばかりの難民たちを率いて入国してきた。

 

 かつてノーザンブリア大公国と呼ばれた風光明媚な宗教国は、首都ハリアスクを中心に発生した”搭らしきナニカ”の侵食によって甚大な被害を受けた。大地と生物、無機物をも例外とせずあらゆるものが塩に侵食され、物言わぬ塩の塊へと成す術もなく変えられていく。被災者に苦痛を感じる暇があったかどうかは定かではないが、その光景はまさに地獄絵図そのものであった。そのうえ杭の侵食速度は恐ろしいまでに迅速かつ、静粛に進行したために避難できた者はごく少数。いち早く異変に気付いた七耀教会の司祭が慌てて、総本山が存在する都市レミフェニアに救援と異変を報告したが、救援を待つ暇もなくその司祭までが、異変の犠牲者と成り果てる。極めて重大な危機と判断した七耀教会は、アーティファクトの封印に長けた専任の守護騎士第八位・吼天獅子バルクホルンを派遣、聖具・グレイプニルを用いて非接触のまま塩の杭を回収し、未曾有の災害はひとまずの終結を見ることになる。

 幸いに国を統べていた大公はいかなる手段を用いてかこの災禍を生き延びており、その後の国の復興に尽力するはずだった。この災害の原因が発覚するまでは。その真実とは、大公自らがある降魔儀式の失敗によって人為的に発生させられた人災だと言う事実であった。ディックと、派遣されてきた守護騎士バルクホルンの協力によってこの事実を白日の元に晒された大公は国家元首の地位を追われ、その後の消息を知る者は誰もいない。ある者は教会に外法として消されたと噂し、またある者は子飼いの部下の裏切りに遭い殺されたとも、実は大公の儀式は不完全ながらも成功しており、彼は召喚した悪魔の生け贄として喰われたというオカルトめいた顛末の噂話までが存在した。いずれにせよ、大公家の統治が崩壊したノーザンブリアは自治州として再出発することになるのたが、その道のりは非常に険しい。

 

 七耀歴を紐解いて見ても他に前例など存在しない、未曾有の災害による被害のため復興は遅々として進まなかった。未知の物質による侵食によって国土のゆうに3分の1が塩に汚染され、作物の育たない不毛の大地と化し、食料の生産も覚束なくなる。災害の混乱による疫病の流行や変質した大地に誘われるようにして続々と出現する悪魔や魔物といった、星杯騎士団が対処せねばならないような難敵との熾烈な戦い。当然教会側の人員だけではとても処理が追い付かない有り様で、エレボニアをはじめとする近隣諸国の援助を求めるほどの事態に発展するまで5日とかからなかった。

 

 そんな国を追われた人々を率いて彼はエレボニア帝国の各地を巡り歩き、やがて帝都ヘイムダルへとたどり着く。当時彼と最初に接触した人物は、まるで死神にでも会ったかのように恐怖を感じて入国審査をすることさえ忘れそうになったらしい。

 

 

 無理もない。見るからに軍人然とした屈強な体躯に険しい表情、災害の被害から市民を守るために受けたとおぼしき無数の傷は、かの地を襲った被害の爪痕を色濃く物語っている。さらに右腕を覆う時代がかった漆黒の籠手(ガントレット)に加え、大型魔獣さえも両断できそうな大剣を携えているのだ。大剣は今でこそ鞘に納められているが、これだけ巨大な武器を背負っていながらディック・ドレクスラーを名乗る男の動きは驚くほどに静かで滑らかだ。身に纏う灰色の軍服こそ流血と土砂で汚れているが、今すぐでも戦場に駆け付けられそうなほどに男の動きと口調には、一片の疲労さえ見出だすことはできない。正直、救難に駆り出された正規軍の部隊が同行していなかったら、パニックを起こしていたかもしれない。

 

 そんな時だった。ヘイムダル街に似つかわしくない人物が彼の前に現れたのは。

 

「遠路遥々よく来てくれた。我々は君たちを歓迎しよう。ようこそ、緋の帝都ヘイムダルへ」

 

 濃い金髪に真紅の装いが眩しいくらいに映える貴族服。背丈こそ眼前の陰気な男に比べて頭一つほど低いが、確かな知性と強い情熱を感じさせる物腰は何気ない歩みでさえ兵士たちの浮き足だった心を解きほぐすだけカリスマ性を感じさせる。その貴族の名はユーゲント・ライゼ・アルノール。当時はまだ帝位を継いではいなかったが、後にエレボニア帝国の皇帝になる人物であった。

 

「…………アンタの頼みを聞いてやるから、代わりにこいつらに出来うる限りの支援を頼む」

 

「もちろんだとも。私に可能な限りの支援を約束しよう。その代わりに私の力になって欲しい。かの大公国を長きに渡って守護してきた黒腕の死神(ガントレット・ハーデス)の力をね」

 

「物好きが…………どうなっても責任は持てんぞ。アンタの器、精々試させてもらう」

 

 

 こうして彼はノーザンブリアから引き連れてきた市民の移住と生活の保証等を引き換えにユーゲントの私兵となった。とは言っても雇い主には、ヴァンダール家という由緒正しい護衛の専門家たちと脇を固める練度の高い正規軍の兵士たちまで付いている。よほどの事態にならない限り、いや例え戦争が起こってもディックが出る幕はそうそうないだろう。彼が期待されている点はただ1つ━━━━━ゼムリア大陸各地で密かに暗躍する結社『身喰らう蛇』に関する情報収集及び対抗戦力としての活躍。場合によっては少人数限定ながら、仲間を加えることは許可されている。

 

 ユーゲントからの指示はこうだ。

 

「お前は可能な限り目立つな。革新派にも貴族派にも、我々皇族にも蛇絡みの重大な事件が発生しない限り、味方する必要はない。遊撃士に紛れるなり、猟兵に紛れるなり好きにして構わん。その見返りとして私は君の力を借りたいのだよ。『黒腕の死神』、いや執行者No.XX『絶凍』のドレクスラー。それとも『将軍』、『総代騎士』の方が良かったかな?」

 

「称号など興味はないから好きに呼べ。俺は兵器だ、名誉も称賛も俺の空虚を埋めるには至らない」

 

「ならばお前は闘争によって満たされる手合いか?だとしたら困るな。制御の困難な私兵など、恐ろしくて使えたものではないぞ」

 

「それも違う。俺はつまらない生き腐れの魔人だ。情は分かる、愛も分かる、人が有する感情総てを知っているなどと傲慢なことを吹聴する気もないが、永き生の果てに不要なモノは色々と封印してしまう。感情によって引き出される力を否定する積もりはないが、そもそも俺が劣勢に追い込まれることさえ、酷く珍しい。

 お前たち人間が悪い訳じゃない。単に俺が著しく不公平な生き物というだけの話だ。衰え、人並みに老化していくように劣化した今でさえ、指先を多少曲げる程度の労力で完全武装の兵士50人程度は楽に破壊できる」

 

「それはなんとも凄まじいな。全盛期のお前に匹敵する相手は………それこそ『鋼の聖女』か、『劫炎』くらいのものか?つくづく魔人というものは恐ろしい」

 

「そんな優劣に何の価値がある。格上だから座して無抵抗で許しを乞えと、冗談じゃない。軍事国家の代表とは思えん弱気な発言だな。いいか奴等は確かに脅威的な実力者だが、人間が全く対抗できないような絶対不可侵の存在とは程遠い。『鋼』は本来、光の側に属する性質上守護騎士の『聖痕』は効きが悪い。代わりに俺たちのような闇の側に属する力を叩き込めば、眠りに就かせることは十分可能だ。当てることが出来れば、の話だがな。

 現状あの女が帝国で槍を振るう可能性は低い。試練だ、審判だ、介謔だのと表現こそ回りくどいが、彼女らの勢力はあくまで敵手の成長を望んでの試練や仕合の様相を呈している。つまりは星杯騎士団と総力戦が避けられないようなケースを除いて、本気で戦争を起こす積もりはない、と判断しても良いだろう。配下が暴走する可能性もあるが、その場合は俺が昔の仲間を駆り出して潰すまでだ」

 

「もう片方……お前の弟子マクバーンはどう動くかな?」

 

「さてな………年中躁鬱のような無軌道な男だから俺にもはっきりとは読めん。未だに地に足が着かぬ、大した意思も持ち得ない半端者だが、力と暇だけは有り余っているから参戦してくるだろう。………全く面倒極まりない」

 

「ほう。弟子だというのに随分な言い草だな………それほどお前が恋しいということなのかな?」

 

「やめてくれ頭痛がしてくる。ただ単に進歩のない子供というだけだ。俺を超えるなどと息巻いてはいるが、本音は昔のように構って欲しいだけの甘ったれに過ぎない。力の使い方を覚えた程度で満足し、より高みを目指すだけの意欲も気概も持ち合わせない半端者。

 せっかく俺が人に紛れて生きる術を教えてやったというのにアイツときたら、すぐに投げ出して情けなくすがり付く始末。いい加減に愛想が尽きた。本気で俺の眼前に立ち塞がるというのなら、今度こそ引導を渡してやるのが師の務めのような気さえしてくるぞ。つくづく進歩がない、我ながら陳腐なことだ」

 

「それで………倒せるのか?その馬鹿弟子は」

 

「倒せるとも。『鋼』と違って奴は御し易い手合いだ。

『聖痕』は極めて有効。それに加えて奴は慢心しやすい阿呆でな。自分の異能の使い方がまるで分かっていない。溜めて撃つしか能がない愚か者。魔人としての身体強化に頼り切った洗練もへったくれもない戦い方が関の山。有り余る炎の威力に頼り切った隙だらけの砲兵スタイルと魔人としての本性をあらわにした際には、不細工で見るに耐えん蛮剣の使用が加わるだけ。本音を言えば、俺が相手をせずとも『光の剣匠』とヴァンダールの『金獅子』辺りが二人係りで挑めば殺すことは十分可能な範囲だ。あの二人なら組むにも問題は無かろう。精々派手に叩きのめしてくれると助かる」

 

「何だ、『火焔魔人』というからどれ程の猛者かと思ったが、『鋼』に比べて遥かに御し易いではないか?

そうなると少々不思議だな…………何故そんな狩りやすいな手合いを封聖庁は野放しにしているのだろうな?」

 

「単に近所迷惑だからだよ。秘匿すべき魔力を戦車の如く派手にばらまき、市街地に被害を出さずにはいられない迷惑千万のトラブルメーカー。仕留めるには戦時に紛れて密かにやるのが一番と判断されているのかもしれん。…………未熟千万とはいえ、一応は俺の弟子。半端な餓鬼なりに下手に追い詰められると、急に自力を伸ばしていく変な底力があってな。おかげで確実に潰すには念を押してやる必要がある」

 

「騎神、魔煌兵、機甲兵についてはどう見る?それぞれに厄介な敵と思うが」

 

「機甲兵など所詮は急場凌ぎの強襲兵器。シャロンにデータを解析させてみたが、あれは張りぼてもいいところの出来損ないだ。劣悪な整備性に操作の理不尽なまでの難易度、加速度を初めとする搭乗者への尋常ならざる負担。心理的なインパクトだけはあるが、実際はアンタたち正規軍が正式採用するほどの画期的な新兵器とはとても呼べない代物だよ。

 

 まず運用コストが高い。あんな代物をわざわざ量産するくらいだったら、主力戦車『アハツェン』を大量生産した方が遥かにマシだ。特殊な合金に間接部の磨耗しやすい部品の整備、急加速する際のスピードは一瞬だけなら戦車を抜くが、姿勢を制御する際に多大な負荷が搭乗者と機体にかかるために長時間の戦闘には全く向かない。

 

 加えて扱いの難しさ。スペック通りの機能を十全に発揮できるような兵士は、層の厚い正規軍を擁するエレボニアでさえごく限られた最上位の猛者に限定されてしまう。『赤毛』のクレイグ、『隻眼』のゼクスといった機甲師団の団長クラス。領邦軍なら『黄金の羅刹』オーレリア・

ルグィン、『黒旋風』ウォレス・バルディアスくらいのものだろう。いずれの人物も部隊の指揮、個人の戦闘のどちらをとっても極めて優秀な将であり、替えの効かない人材だ。そんな人材をわざわざ乗せてまで機甲兵を使うのは、論ずるまでもなく非効率的であり、部隊の指揮にも影響は避けられない。

 

 そこで苦肉の策として、魔煌兵を解析して作成した簡易運用システムを導入。通常の兵士でも扱いやすく、加速の際にかかるGを軽減する機能を追加してようやくまともに動かせるという体たらく。しかしこの場合は、大幅に出力を落とした状態であり本来の機動力から見ると20%程度して発揮できず、攻撃力が大幅に低下してしまう。リィンのヴァリマールに散々打ちのめされたのも、簡易操縦しかできない機甲兵の弱点がもろに出た形になる。稼働時間こそマニュアル操作より大きく延びるが、姿勢制御に難があり、死角から砲撃を喰らった場合は容易く転倒するという

笑い話のような防御の脆弱さが露呈する。リアクティブ・アーマーといった対戦車用のバリア装置を備えている機体もあるにはあるが、搭乗者に高いアーツ適性がないと発動すらままならない代物で、とても機甲兵に生じる多大な被弾面積を覆い隠すような芸当は不可能。脚部周辺の脆弱な部分を瞬間的に防御することが精一杯で、包囲からの一斉射撃を喰らったらひとたまりもないだろう。まして飛空挺からの射撃まで加えられたら、あとは死を待つばかり。

 

 これでは到底戦場の様相を変えうる新兵器には程遠い。金と見栄にあかして作っただけの欠陥兵器一歩手前の代物であり、他国で開発が進められているオーバルギアの類いの方が整備性、扱い易さ、運用効率どれを取っても上回るだろう。このような体たらくでは、正規軍が正式採用するようなケースは夢のまた夢だろう」

 

「騎神はどう使うべきか?まさか機甲兵ほどの欠陥品ではあるまいな」

 

「騎神も大局で見れば似たような代物でな。確かに機甲兵を遥かに凌駕する機動力と安定した出力、堅牢な装甲による高い防御力。加えて飛行能力まである。ただ古の時代の器物、現代の戦争にどこまで付いていけるかは未知数だな。あれは元々、魔煌兵を相手どるために作られたモノでこの地の霊脈などを抑える機能も付加されていたらしい。

アーツをより強力にしたような機能もあるにはあるが、起動者の霊力などの消耗が激しくなるために、こちらもやはり長期戦は不向きだ。オマケに整備性の問題もある。機甲兵と違って、騎神には自己修復機能があるが(ケルン)にダメージを深く負った場合は機能停止に追い込まれる。機能を拡張しようにも、あれを作った大元の製造者はとっくの昔に滅んで今では末裔しか生き残ってはいない。

あまりアテにするのは考え物だな」

 

「緋の騎神をあの魔女はどう使う?あれは変質した化け物のような存在だ。一度封印から解放が成されたなら、帝国の存亡にも繋がりかねん」

 

「まずいことにクロチルダは、魔王の凱歌(ルシフェン・リート)を知ってる。復活させることは可能だろう。

ただ彼女の計画が順当に進んだ場合でも、魔王の影程度の出現に留まる。彼女はあれを呼び起こして、自分に取り付いた先代を完全に消滅させて自由になりたいと考えているのだ。━━━━━だが、先代の意識が残る現状では色々と妨害を受けており、順調とは言い難い。計画に様々な無理を押し通したせいで、他の使徒からも介入を許す始末」

 

「奴等がまた内部抗争とはな」

 

「所詮は組織、人の集まりだ。珍しくもなんともない。わざと格下に負けたり、華を持たせたり、そういった演技に嫌気が刺した執行者も最近増えてきたらしくてな。せっかくの戦時に乗じて、騎士団と本格的にやり合う腹積もりらしい。そのついでにクロチルダの願いが叶うならそれも良し。混乱に乗じて魔煌兵なり、幻獣なりと潰し合いたいという物好きばかりがウズウズしている」

 

「それを抑えるのがお前の役割だろうに」

 

「出来うる限りは抑えるがかなりの激戦が予想される。

それと、オリヴァルトやリィンには釘を刺して置け。理想は立派だが、現状で戦況を掻き乱すことは危険だ。

 Ⅶ組は一時的に魔煌兵相手の遊撃手に据えて、解放戦線の排除が終わるまで監視する。何なら宰相なりアンタなりの居場所をわざとリークして、誘き寄せてもいい。

 所詮今の状況など俺たちにとっては前座に過ぎない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

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