崩落の軌跡   作:general30

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デュバリィ好きな方はご不快に思われるかも知れません。



悪童VS神速

 

 

 

「シャアラァァア……!!」

 

「な、なんですの!」

 

 響き渡る暴力的な咆哮と共に奇怪な軌道の打撃が白亜の騎士に打ち込まれる。魔煌兵狩りと内戦によって生じた民間人の保護等を行う、Ⅶ組メンバー相手に名乗りを上げた騎士甲冑姿の少女《神速》のデュバリィを名乗った女騎士に目掛けて野蛮な拳士が乱入してきた。

 

 ぎらついた黒瞳と収まりの悪いワインレッドの髪。この戦地にあって寸鉄ひとつ身に付けない軽装と首に掛けられた風変わりな羽根飾り。見た目は小洒落たファッションの青年だが、軽装越しにもはっきりと分かるほどの強靭な体躯は見るからに危険な雰囲気を漂わせている。

 

 

 初撃を凌いだデュバリィを相手に愉快げな笑みを浮かべながら拳士は名乗りを上げる。

 

「へえ………巧く受けたじゃねえかよガキンチョ!凌いだ腕に免じて名乗ってやるぜ!俺はアスラ。アスラ・ヘイゼルってモンだ。『破戒』殿の命により、これより『幻焔計画』への介入を開始させてもらうぜ!」

 

「くっ!また無軌道な手合いがぞろぞろと……!貴方も立場は違えど使徒の配下でしょうが!!世迷い言をほざいてないで、さっさと士官学院のメンバー相手に戦いやがれですわ!」

 

 打ち込まれた打撃から立ち直りつつも、怒りを込めた口調でアスラに命令を下そうとするデュバリィ。だが、アスラは意にも介さず笑うのみ。

 

「カカカカカ!!知るかよンんなもん!テメェが俺に命令できる立場だとでも思ってんのかよ、クカカカ!!俺は既に破戒殿から命令を受けている!深淵に味方する奴は皆敵!喧嘩をふっかけて好きに潰せとよぉ!」

 

「花火はデカい方が断然いい!手加減、試練、様子見ィ?知らねえ、見えねえ、聞こえねえ!なんだそりゃ?!

テメェが纏ってるモノは何だ?武器だろ、防具だろ?

飾りじゃねえよなあぁッ!だったらお上品ぶってねえで掛かって来いやッ!!」

 

 荒々しい震脚と共にヒビが走る大地。鳴らされる拳に荒々しい雄叫び。会話が成立する相手とは思えない狂気を孕んだ拳士。周囲の大気が紫紺の闘気で揺らめき、彼が修めた尋常ならざる巧夫(クンフー)が眼前の騎士を粉砕すべく唸りを上げる!

 

「チッ!いいでしょう!アルゼイドの娘の前にまずは貴方から始末して差し上げますわ!来なさいッ!アスラ!私の剣と貴方の拳、どちらが上かはっきりさせてやろうじゃありませんか!」

 

「ハッ!上等じゃねえかよデュバリィ!!東邦より伝わりし我が羅喉(らごう)流武術………とくと味わうがいいぜ!」

 

 途端に交錯する両者。先手こそ譲ったもののデュバリィとて、結社が誇る最高の戦闘部隊である鉄機隊に属する騎士━━━それも筆頭を任ぜられた実力者だ。常人には視認することも叶わぬほどの剣速と結社内部でも並ぶ者のない俊足。さらに敏捷性を精霊との感応を経て最大限に高める精霊銀の鎧と盾による堅牢な防御。この二つがデュバリィが筆頭を任ぜられた最大の理由であった。小柄な女性でありながらかなり大振りな剣を扱う技量も彼女が仕える主人・アリアンロードによる苛酷な鍛練によって、達人の域にある。不意を突かれて一時は防戦に追い込まれたものの、正面からの激突では剣があるぶん先手を取ることは容易い。まずは拳法使いの生命線たる機動力を削ぐべく冷気を込めた袈裟斬りを繰り出すデュバリィ。

 

「温ぃぞ!」

 

 冷気を纏った袈裟斬りが、あろうことか回し受けで捌かれる。腕に纏った闘気と刹那の見切りが成せる見事な防御。とはいえデュバリィもさすがに素人ではない。一撃を捌かれたくらいで隙を見せるような柔な鍛え方はしていない。続けて一瞬の遅滞もなく、刺突と斬撃を交えた連撃に移行してアスラが得意とする拳法の間合いに入らないように牽制する。減衰したとはいえ剣に付加された冷気は未だに健在。僅かでもアスラが受けをしくじれば、掠めた冷気がたちどころに彼の自由を奪うはず。

堅実にして的確な技の選択━━━━━ところが当たらない!

 

 いなされる、かわされる、読まれて反撃を受けている!これは一体どんな手品だというのだ?スピードはほぼ互角、互いにダメージは無し。未だにアスラは拳が届く距離まで接近を許されてはいないというのに!

 

 ゆらりゆらりと時には緩やかに、時には残像が映るほどのスピードでデュバリィの打ち込みに対して最適な捌きと反撃を剣越しにでも成立させている奇怪な闘法。これは一体?さして大した力を入れているようには見えぬというのに、いつの間にかたたらを踏む回数が増えていく。体が泳いで、体勢を徐々に崩されていく異常事態。

おかしい、私はそこまで力を入れてはいないはずなのに━━━!

 

「不可解ってツラしてんなあ?無理もねえ。だが種を明かせば簡単なことよ!俺が有する異能は"衝撃操作"。厳密には衝撃が伴う指向性のエネルギー操作ってやつ。冷気だろうが、熱気だろうが、俺が認識できてりゃ関係ねえ。掴んで捌き、透して砕くも意のままよ!━━━━こんな風にな!!」

 

 アスラの闘法を警戒して僅かに動きが鈍ったデュバリィ目掛けて恐るべき崩拳が打ち込まれる!一瞬の隙を突いて繰り出された拳は、デュバリィを紙屑のように5アージュほども吹き飛ばし地を這わせる。

 

「クククク…………ハッ━━━━ハハハハ!!!どうよ?東邦の廃れた拳法も捨てたモンじゃねえだろ!?小娘よォ!効いたか、知らんか、分からんか?応とも!ならば教えてやろう!これぞ羅喉流!泰斗流の陰で密かに受け継がれてきた暗殺拳………その真髄よォ!カカカカカ!!」

 

 泰斗流とは西ゼムリアよりも東邦の大陸を発祥の地とする古流武術のひとつである。人体に流れる氣を制御することによって武具にも劣らぬ威力を実現させる東邦の武術の大家としてカルバード共和国では広く普及しているらしい。リィン・シュバルツァーが修めている剣術流派・八葉一刀流にも氣を扱う術と共に大いに影響を受けているとのことだ。そんな泰斗流は相手を殺めることよりも活かすことに重きを置いた"活人拳"を理念とするのに対して、その対となる流派である流派・羅喉流にそういった理念やお題目の類いは存在しない。あるのはただひたすらに相手の命を奪うために粋を凝らした暗殺技巧に他ならず。動乱の時代にこそ隆盛を極めた二つの流派は、やがて戦乱が収まるにつれ歴史の表舞台から姿を消し、今では《銀》を代表とする古い武人の技巧を継承する暗殺者たちにのみ、細々と受け継がれてきたという。

 

(ううぅ…!!油断しましたわ!この私が地を這うことになるなんて……!!!羅喉流、やはり侮り難い暗殺拳ですこと)

 

 吹き飛ばされたデュバリィだが、先ほどの一撃のカラクリは読めてきた。アスラは先ほどの立ち回りから受けた衝撃を徐々に蓄積させ、自分の攻撃に合わせるタイミングで一気に衝撃を解放して大きく体勢を崩したのだ。いかな技とて万全の体勢から放たねば、殺傷力は激減し隙を晒すだけの愚行に成り果てる。アスラの異能はそれを意図的に発生させるまさに攻防一体の拳法と言えた。

 

「おい、もうへばったのかよ!体勢崩す程度に加減してやったんだ。とっとと立てや!ウスノロかテメェ?《神速》の名は名ばかりって訳か?失望させんなや!!

もっと熱く、魂を気迫を、意地を……!振り絞ろうや!信じてるぜえ!テメェらが結社最高の戦闘部隊だとよォオ!

ンな体たらくじゃあ《鋼》殿も失望するだろ、飽きさせんな?」

 

「万象全てが舞台に見えるような外道の走狗に過ぎない貴方に私が主人に捧ぐ忠義など分かるはずがありませんわ!

━━━━その侮辱…!万死に値します!!」

 

 ゆっくりと立ち上がったデュバリィ。その瞳には先ほどまでの油断や驕りは一片も見られない。神速のデュバリィにとって主人の名誉は絶対。それを侮辱する存在にはもはや一片の慈悲さえ必要ない!

 

 かざした剣に全力で闘気を込める。極限まで収束された白銀の剣気は、アスラのような"闇"の属性を帯びた存在に対して特効的な力を発揮する。いかに彼が得体の知れない拳法と異能を所持していようとも関係ない。主人から授かった技巧の全てを持って眼前の難敵を排除しよう。それこそが騎士の本懐、正義に捧ぐ愛故に。

 

 今までとは明らかに異なる真剣な殺意にアスラの喜悦がさらに深まる。なんだ、なんだよ?やればできるじゃねえか!《剣帝》亡き今では、結社最高位の剣の名手は伊達ではなかった!火付きがちっとばかし悪いだけで、底力は紛れもない本物だ……!!惜しむらくは命の危機とはほど遠い模擬戦ばかり重ねたせいで、激怒させないと雑念が完全には消えぬのが玉に瑕だが━━━━中々どうしてやるじゃないか!心地よい殺気を孕んだ剣気。まさに我らが打ち砕くに相応しい獲物!廃れた精霊魔術を交えた旧き聖騎士の末裔。その再来として申し分無い姿だ!

 

「ハッハァ!!ようやくケツに火が付いたかい騎士様よォ!いいぜやろうぜ心ゆくまでッ!俺ァ前から一度騎士気取りの大根役者を殴り砕いてみたくてなァア!」

 

 途端に炸裂するアスラの足元。挑発の合間に溜めていた氣と衝撃をまとめて炸裂させ大地をも震撼させる踏み込みと共に一瞬の内にデュバリィとの間合いを詰める。

 

 羅喉流が泰斗流の影に埋もれてしまった理由は、"異能者"しか完全には使いこなせない流派だから。発生させた衝撃を任意の場所に移動させる技巧そのものは人間でも再現させることは可能だ。八勁などと呼ばれ泰斗流にも伝わっている技術のひとつだが、アスラが駆使する羅喉流はさらに殺傷力を高めるために"異能"による完全な衝撃操作と対象の構造把握という二つの関門を突破することで、不条理なまでの機動力と攻防一体の力を発揮する。無論神ならぬ人の身であるアスラが捌ける衝撃にも限度はあるし、地に足を付けていない状態では衝撃操作が不可能になるという弱点は存在する。捌けるのはあくまで衝撃、厳密にはそれに伴う純粋なエネルギーのみであり、熱や冷気を伴う攻撃はアスラが直接防ぐ必要があるし、同族相手の攻撃や光の属性を宿した攻撃も捌くことができない。離れた相手に出来ることが震動による妨害くらいしかできず、戦車の主砲を何十発と凌ぐようなことも不可能だ。あくまで拳法をより強力にするための手段であり、"異能者"としての力の大きさは実のところ、リィンと大差ない。正直な話、制限時間も付きまとう。

 

 だが、そんな欠点など端から承知だ。元から汎用性などを求めるような殊勝な性格はしていない。不完全上等、不合理、非効率、関係ない。自分はあくまで拳士に過ぎぬ身。師より継承した技を持って舞台を華々しく彩るのみ。

 

「そう、そうだよ!戦はこうでなくっちゃな!こうでなけりゃ張り合いが無いッ!いつまでも執行者候補なんざ真っ平ご免よォ!テメェを倒して俺はⅦ番目の席に着く!!

我が勝利をここに導け、我らは朽ち得ぬ凶星なり━━!」

 

 乱舞する拳と剣戟の多重奏。デュバリィは奥の手である分け身を解禁して、多方向から一斉に斬撃を繰り出す。分け身とは、自身の姿をそっくり映し撮った幻に魔力を込めて自在に動かす高等技術だ。本来なら攻撃を受けたと相手に誤認させる際に用いられる補助的な技に過ぎないが、適性の高い彼女が使えば、恐るべき包囲網からの波状攻撃すら可能とする。亡くなった剣帝でさえ、分け身を利用した攻撃はごく単純な技に限定されただけに、これには驚いていたようだ。

 

「寝言は寝てから言いやがれですわ!残影剣!!」

「豪炎剣!」

「豪雷剣!」

 

「ただでさえうるせえ奴が3倍かよ!耳障りって次元じゃねえな!」

 

 とんでもないフットワークと防御技術で3人に増えた相手にもアスラは容易く対処する。裏拳が分け身を薙ぐ。膝と肘を用いた打撃が分け身を打ち伏せる。手刀や貫手、掌底が空中で鎌首をもたげる蛇を思わせる軌道で襲来。本体以外の分け身を打ち砕いて尚、乱拳の嵐は止まらない。

 

(くっ!忌々しい拳法ですこと。機動力では私が勝っているはずなのに、どうしてこうも主導権を握られっぱなしなんですの!腹立たしい!)

 

 光を纏った剣戟が捌けないと見るや、守勢に回っての体勢崩しを諦めて、怒涛の乱撃を駆使した削り合いに持ち込む。執行者No.Ⅷ《痩せ狼》ヴァルターにも比肩し得る卓越した格闘センスだ。これほどの拳士が執行者候補に留まっていることが信じられない位。

 

「そらそらそらそらッ!いざ見切れェ!!」

 

 実のところ圧倒しているかのように見えるアスラもそう優勢という訳ではない。初見では対処が至難の暗殺拳に翻弄されているかのようなデュバリィだが、徐々に衝撃操作に慣れてきているのか反撃が目に見えて鋭くなっていく。

 

 相手の呼吸を読み、多彩な変化と緩急に富んだ動きで翻弄する。一見隙だらけの挙動に見える打撃を適格に叩き込むため、残像を利用し意識の隙間に忍び込む独自の絶拳。

 

「手緩いですわよ!」

 

 それを勝負の中で見切りつつあるデュバリィ。脚にも闘気を纏わせて、操縦された衝撃を完全に相殺する。種が割れてしまえば対処はそう難しいものではない。要は二つのベクトルに対処すればいいのだ。命中した途端、濁流に飲まれるようにして体勢を崩されたのは、衝撃を移動させて本体の打撃と同時に全く別のベクトルが生じていたからだ。踏ん張ろうとする体の動きを阻害する方向で作用させられる衝撃操作。打撃と同時に足払いや投げ技を決められるようなものだ。種明かしが無かったら、デュバリィにも到底見切れなかったろう。

 

「種の割れた邪拳ごとき、見切ればどうということはありません!」

 

「ほざけや小娘!濁流拳ひとつ見切ったくれェで調子に乗んな!勝負はまだまだこれからだぜ!」

 

 散々殴られてようやく分かったが、アスラの衝撃操作は収束と分散、どちらか片方しか行うことができない。凄まじい手数でカモフラージュされてはいるが、一撃一撃が必殺の威力を秘めているなら自分は既に死体になっていないとおかしいことになる。やけに軽いと思ったのだ。身喰らう蛇の使徒第四柱・《破戒》のガルドシュの近衛部隊たる"飢え渇きし猟犬"(ティダロス・ハウンド)の筆頭隊士を務める手練れの男の拳としてはあまりに軽すぎる。

 

 飢え渇きし猟犬━━━デュバリィが所属する鉄機隊のように盟主に功績を認められた一部の使徒は、独自に私兵を飼い慣らすことも許される。アスラは第四柱を本来なら守護する役割があり、使徒の命がなければ私闘の類いは許可されない。それだけに普段は猟兵に紛れて雑魚狩りに徹さなければならず、フラストレーションが溜まる一方であった。

 

「さあ………こっからギアチェンジだ。しっかり付いて来いやデュバリィよォ!」

 

 態度と口調で誤魔化されているが、この男とヴァルターは同じような拳士でありながら、まるでタイプが逆なのだ。泰斗流を基礎の技とし、絶大な威力の剛拳を用いるヴァルターと衝撃操作の異能を持って完成する羅喉流を得物とするアスラ。

 

 どちらも結社を代表する拳士の端くれだが、一撃に重きを置いている分対策を立てやすい痩せ狼と多種多様な連撃を得意とするアスラ。ヴァルターを剛の拳士とするならアスラは柔の拳士に分類されるだろう。荒々しい口調に惑わされがちだが、アスラは強敵相手には確実に力を削いでいくスタイルを取る男だ。単純な拳の威力では痩せ狼が勝るだろうが、見切り難さと技数ではアスラが上を行く。ヴァルターが餓狼なら、コイツは毒蛇だ。

 

 ゴキリと指が鳴る。鉤爪のような形に構えた指から紫色の氣が煌めく。続けて荒々しい突貫から勢いよく爪を薙ぎ払う攻撃に出た。あまりのスピードに大気に真空が生まれ、デュバリィの頬を浅く切り裂く。衝撃操作を自身の機動力の向上に回して、先ほどよりも遥かにスピードを上昇させた乱拳。だが━━━━!

 

「速さ比べなら私の独壇場です!止まって見えますわよ!」

 

 余裕を持って放たれたデュバリィの斬撃が、アスラの作り出した真空刃を吹き散らして胸板に浅い裂傷を刻む。

 

「おお、さすがにコイツは効かんか!だがよォ!そろそろ終いにしようや!」

 

「望むところッ!!!」

 

 また新たに分け身を作り出すデュバリィ。幾体もの残像と共に眩い閃光を帯びた斬撃が乱れ飛ぶ。奇策は取らずあくまで正道を取る迅雷の如き斬撃の乱舞。打撃で少なからず痛手を被ったとはいえ、その剣気には一片の曇りもない。

 

 対するアスラは今まで勢いは何処へやら。成すがままのノーガード。一応致命傷こそ免れてはいるものの、全身に次々と斬撃を刻まれ、たちどころに今までの優位が崩壊していく。

 

「かっ━━━━グオオォォッ!!」

 

(何故ノーガード?何か策でもあるんですの?)

 

 訝しげに思いながらもデュバリィは連撃の手を緩めない。ここで手心を加えたが最後、魔拳士の逆襲に遭うと第六感が警鐘を鳴らしている。故に全力で剣を振り抜くのみ━━━━!!

 

「プリズムッ!キャリバーアアァア━━━!!!」

 

 自身が研鑽してきた剣術の集大成、眩い閃光を帯びた剣戟の乱舞を叩き込み、最後に横薙ぎの一閃でトドメを刺す奥義・プリズムキャリバーを放ったデュバリィだったが、思わぬ形でその奥義の成立は妨害される!

 

「クハハハハッ!!捉えたぞ!今度は俺の番だ………!」

 

 見れば最後の横薙ぎをアスラの右腕が受け止めている。

全身から大量の出血を伴いながらも、その表情はただ喜悦一色。愉しい、愉しい。殺し合いが愉しくて堪らない!流血、失血、劣勢。無傷の勝利など興が削がれる。やはり戦はこうでなくては!鮮血に染まり、罵声を浴びせて、敵の血潮に酔い痴れて戦うのが一番いい。全身に刻まれた裂傷など久し振りだ!

 

「羅喉流・奥義!飢血刀陣(がけつとうじん)!!」

 

 アスラの流れ出した血液が、さながら鎧のような刃物状の刃と化してデュバリィの脚を地面に縫い付ける。

 

「ぐっ━━━━━血でトラップを作るなんて!」

 

 全力で刺さった刃を抜こうと足掻くデュバリィだが、刃には強い呪詛が塗り込められているらしく、下半身が全く言うことを効かない。

 

「暗・剣・殺ッ!!」

 

 今までのお返しとばかりに叩き込まれる絶拳の三連打!

肘打ちがデュバリィの鎧を叩き割り、続けて放たれた旋風脚が生身の肉体を蹂躙する。甚大な衝撃が肋骨と内臓を掻き乱し、意識を尋常ならざる苦痛が埋め尽くしていく。トドメに全身の氣を練り上げた掌打がデュバリィを弾き飛ばす!

 

「これにて決着!どうよ、久し振りに全力で負けた気分は。悪くない仕合だったぜ、神速よォ」

 

「カッ………!ゴボグゥ!うぅう!………まだです!私はま…だ……!負けてはおりません!」

 

 弱々しく立ち上がったデュバリィだったが、さすがにさっきの三連打は効いたようで、恥も外聞も無く内臓を破壊されて逆流してきた血を吐き出している。脚にも深刻なダメージを負い、膝が笑っている。美しかった白亜の鎧は見るも無惨に破壊され、吐血した鮮血が下着までもドス黒く染めている。誰が見ても明らかな敗残者の姿━━━━

未だに意識を失っていない意思力は確かに見上げたものだが、もはや勝敗は誰が見ても明らかだった。何本の骨を折られ、内臓を傷付けられたのか。常人ならばあまりの痛みにショック死していてもおかしくないほどの重傷を負いながらも、勝利を諦めない精神力は本当に大したものだ。

 

「どうよ?悔しいか、痛てェか、悲しいか?けど、これがお前さんがボウズたちにやろうとしてたことなんだよなァ。事情も明かさず、ただ気に入らないから暴力振るいます。配慮はしますが死んだら許して下さい?お前、一体何様のつもりよォ!戦うなとも、侮るなとも、欺くなとも言わねえよ!俺にそんな権限も資格もないからなあ!」

 

 震える脚を叱咤して立ち上がるデュバリィに向かって容赦ない罵声を叩き付けるアスラ。気遣いだろうか、嘲笑だろうか、判断が付かない感情のこもったセリフを滔々と語りかける。

 

「けどよォ!テメェ騎士だろ、名代だろ、役者だろうがよ!陳腐な脚本でダメ出し喰らったからって諦めて、どうすんだよ!脚本に従うだけが役者に在らず!観客の反応を観察し、吟味し、期待に答えてみろや!プロだろテメェはァア!クソな脚本なんざ破り捨てて観客を沸かせてみろや!それもできねえってんなら仕方ねえ!テメェのお命ここで頂戴ッ!!思い残さず冥土に逝けやアァ!!」

 

 流血にまみれた身体と云えどアスラの拳と機動力は未だに健在。さすがに無傷の状態に比すれば、見る影もないがそれでもその拳の冴えはⅦ組のメンバーたちが対処できる域になく、デュバリィの命運はここに尽きたかに思われた。だが━━━━━━致命の一撃は来なかった。

 

「そこまでです!拳を引きなさい、《乱拳》のアスラ。

我が部下にこれ以上の暴威を振るうなら…………今度は私が相手になりましょう!」

 

 燦然(さんぜん)たる黄金の輝きを纏った騎士がアスラの拳を巨大な騎兵槍で防いでいる。顔こそ武骨な面で覆い隠されているが、その清涼な声音は女性のものだ。はっきりと怒りを滲ませた立ち振舞いの中にも隠しようのない覇気と気品がある。

 

「おお…!これはこれは鋼殿直々のお出ましとは!」

 

 拳を防がれたにも関わらずアスラは一礼する。

 

「拝謁賜り誠に恐悦至極に存じます。鋼殿の意向であるなら是非もありません。ただ一言苦言を呈させて頂くなら、これは貴女の監督不行き届きですなァ!」

 

「未だに自分に合った聖剣なり、魔剣なりを手に入れてもいない上に、貴族社会とは無関係の堅気じゃねえっすか?

素質自体はかなりのモンだ、さすがはヴィクター卿のご息女殿。その若さでもう普通の材質の剣じゃ、合わなくなって来てるとは大した資質。磨き甲斐のある原石そのものさ。そんな大器を持った相手に対してコイツのやった演技は何だよ!まるで駄々っ子じゃねえか、醜悪にも程がある。

 そりゃ包み隠さず全てをさらけ出せとは言わねえさ。ただなぁ!何がしたいか、させたいかくらいははっきりさせとかねえと、延々噛み合わんだけだぜ!貴女方が奉ずる騎士道とやらに照らし合わせると、コイツの行いは蛮行としか言い様がねえ!さすがに目に余るってウチの頭もお冠よ!」

 

「忠告は胸に留めて置きましょう。ですが貴方は少々やり過ぎた。即刻私の前から消え失せなさい!」

 

「ハハハハッ!いいね、いいね、実にそそる!堪らんわ!

んじゃまた。次はもっと激しく踊ろうや、カカカカ!!」

 

 鮮血に染まった魔拳士は黒い魔法陣から転移していった。跡には重傷を負ったデュバリィと戦闘を見守っていたⅦ組メンバーだけが残された。 


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